《砂に寄せる貝殻の詩》 ・「无型」成立前の、初期詩篇。 すべて「Tokino工房」の中の、管理人の詩と称される 「砂に寄せる貝殻の詩」の中に掲載されていたもの。 ・(初稿作成時)とのみあるものは、2010/5/24、 これをまとめた時点で多少の、あるいは大幅な改編を行っている。 《覚書的小品と後日改編的詩篇》 ・「Tokino工房」成立前の、別サイトの落書コーナーに記していた 落書きをもとに、詩的なものを「Tokino工房」に掲載したものを、 多くは(2010/5/24)に改編したもの。ただし、そのままのものも 含まれる。 「ウェヌスの宵空」  いにしえの繁栄を忘れかけの都に、鉄の咆哮(ほうこう)が響く 頃、土ぼこりと瓦礫のような街は崩れ去り、炎の姿はぱっと燃え盛 るのだった。ブラウン管のかなたに浮かぶ姿を、眺めては白いノー トの落書きを、記す気にもなれないわたしに、感慨などなにもない。 縁故もない爆撃の正義など、思うでもなく筆をもてあそび、呆れる くらいの乏しい文章を、悲しむことなくまた記す。  グラス一杯のワインで満たして、ありきたりを感謝するでもなく、 かといって向上心も忘れ、怠惰の酔いどれを楽しむくらいの、ひと 時が虚しく過ぎていくなら、破壊主義の狂騒を奏でるテレビなどそ っと消し去って、古い小唄を書き残すのみ。   『ウェヌスの宵空』    うぐいすは歌えど      われは黙す     いつの日かわが春は来たらん    ―――(読み人知らず、3、4世紀ごろか)  ちぇっ、今日こそは先に進める気がしたのに、 またこんな落書きで立ち尽くしたまま、 時計の針ばかりがちこちこ歌いつぐ、 言葉はもうどこにも見つからない。   『とおせんぼ(らくがき)』    日暮れ近くてとおせんぼ      若葉そよいで夕空に     染まっていたのは何時の日か    ―――(読み人知る、21世紀初めごろか)  一年を顧みて信任すべきものが何もなく、今日を振り返っても昨 日を振り返っても、変わらぬ事柄が明日(あす)も続くなら、未来 はいったい何のためにあるのだろう。  あなたにとって生きた証とはなんですか。   今楽しいことがありますか。    それはどんなことですか……   馬鹿げた虚言を書くものではない。  今日はもう寝ます。 (初稿作成時2003.3.23頃) 「小さな願い」 スクリャービンのピアノコンチェルトのような詩を書いてみたい 落書きし尽くされたノートの行間には 安っぽいエゴが匂いみたいに込められていて つんと鼻については自らをいらだたせる 穢れた自分ひとりを消し去ってただ 感嘆するくらいの大空のようなもの どんな小さな文章でもかまわない それが描(えが)けたらいいのだけれど (初稿作成時2003/4/8) 「こくまるがらすの歌」 今日はギリシアの同類友を呼ぶような、 少し面白いことわざをお教えしましょう。 聞きたくないなんて言わずにどうか、 こんな言葉を覚えてみてください。 こくまるがらすはいつも こくまるがらすのそばにいる 呪文みたいな言葉ひとつを覚えたら、 こころ軽やか、たましいはのびやかに、 意味もなく、悩みさえも遠のいて、 こくまろみたいでなじみますでしょう。 それでは皆さんご一緒にどうぞ、 今日一日の幸せのおまじない。 恥ずかしいなんてキザな所はお見せせず、 素直なこころ唄ってまいりましょう。 こくまるはいつもくろのなか ぽつんとたたずむくろのなか なにがいつでもこくまろのなか そんなにいてもたまるものなのか それでもなにやらうまくやっているのか なんとかかんとかやっているものか いつのまにやらおおぜいのくろのなか すっかりなじんでしまったよこくまるが こくまろみたいでなじみますでしょう さあ、楽しく精一杯に生きてまいりましょう。 ひとりではなく、一緒に歩いてまいりましょう。 おかずはときどきは、分けてあげましょう。 おいしいものは、みんなで食べましょう。 (初稿作成時2003/4月) 「七夕夏風」 涼風七夕雨雲追われ 銀河深淵の波音輝く 櫂船牽牛鷲の翼を 彼岸織女琴の響を 深更天我鳥(我鳥二つで一文字・てんが)の飛翔高く 懐風満天の煌星を走る 相愛懸想の共寝一夜を 一刻膠着を願う如くに (初稿作成時2003/7/8) 「梅雨の間の月」 あなたを浮かべるささやきのなかに 僕は鉛筆を白紙広告の落書きにして 窓辺の月明かりだけを頼りにして 発作みたいにして書き記すとき それが私にとってのほとんど唯一の 語りかけの幸福だったのですが 翌朝の日だまりにすかしてみると その言葉はどうにもならないくらい あなたの屈託のなさから乖離して 深い谷川の反対側みたいにして 二人のこころの断絶をばかり 哀しく思い起こさせはするのでした こんな狭い世界にそれこそ大勢の人が これまでも汗だくで生きてきたのだし これからもどれほどの人々が 時の流れを生きていくものならば たとえば二人くらいの波長が 触れ合うことだってきっと あってもいいのだとは 思うのだけれども…… あなたはそれでもほほ笑む一方で わたしのこころはまるで蚊帳の外で たとえばおなじ梅雨の合間の月を この瞬間に眺めたのだとしても 恐らくは、まるで異なる思いを 抱いているには違いありません それが哀しいくらい、ひとりで わたしは、またカーテンを閉ざすのです (初稿作成時2003/7/12) 「楽しい夏が待ちぼうけ」 なんだか涼しい七月でした 秋の面影、背負って泣いた なんだか、淋しい七月でした 空は高くて雲さえ秋の 予感におののく雨も降らない なんだか涼しい七月でした 暦をめくれば八の文字さえ 出てきてなんだか一息を ついても熱さは戻りません はやくも虫の鳴き音さえ すすきのざわざわ思い出す 高い空には雲が吹き抜け 短い夏は、寂しいな なんだかとっても寂しいな 風鈴がリンとなって 隣の軒先で揺れている 早く太陽が照り輝いて 水まき頃の夏に戻って 楽しい夏が待ちぼうけ 寂しさ忘れて束の間の 楽しい夏が待ちぼうけ (初稿作成時2003/7/27) 「酒の友は麦酒」 シュメールよいにしえの 紀元前二千年頃のかの 笑い合った民たちの 嘆きあった民たちの 今と変わらぬ情緒さえ 思い起こしてくださいな 「楽しきはビール 苦しきは旅路」 ギルガメッシュの友、 エンキドゥとの結びも、 共に殴りて、共に飲み ビールを讃えてからという。 (初稿作成時2003/8/8) 「天上の奏楽」 歌を奏でたい どんな文章よりも 精緻な絵画よりも 真実の彫刻よりも 音楽を奏でたい 天空の営みを司る 神々の学芸を (作成時2003/10/11) 「捨語(すてご)」 師走という名の十二月 足音のどさんどさんと 鳴り響く頃の不始末を たとえば誰が付けようか 財布のなかには金もなし 震えながらの来る年を 迎えるままのから風を 冬の寒さにしのごうか。 ポストのなかには、不思議なビラが一枚、 誰のいたずらか、そっと投げ込まれた。 言葉を捨てないでください 言葉を捨てないでください ひと日にひと言捨てたなら 億ほど消されて戻らない 言葉を助けてくださいな それな言葉は焼却の 待ちわび頃の夕暮れを 施設に送られきゃんきゃんと 泣きつつ怯えておりました 震えるままに火を放ち 記す言葉をもろともに 炎のなかにくべたなら 新聞みたいに燃えかすの 真っ赤に昇る焚き火色 捨てられ言葉は震えてる 保管期間が過ぎたなら それな消滅させられて 拾い手もなく消されゆく ひとりひとりの気持ちさえ わずかの思いを込めたなら きっと今でも生きられる 言葉もあろうものなのに 言葉を捨てないでください 言葉を捨てないでください ひと日にひと言捨てたなら 億ほど消されて戻らない 言葉を助けてくださいな 言葉はあなたのものだけど 言葉はみんなのものだから そんな最後のひと言を 眺めたままのそのビラを 疲れた私はびりびりと 破いてゴミ箱捨てました 今は言葉もかえりみず 財布の寒さが身に染みる 冬の寒さが募るとき ゆとり心も消え失せた (初稿作成時2003/11/25) 「故郷の駅」 曇り空にお似合いのにごりで 穢された窓辺の列車は揺れる ぽつりぽつりの雨粒はきっと 清めの儀式みたいな優しさで 灰色硝子をすっと拭うような 仕草の向こうにはなつかしい 故郷の山々が控えているのだ 里の明かりは薄暗さに驚いて 宵を待てずにぽつりぽつりと 灯し灯すような静けさのなか 列車はそっと速度を緩めつつ アナウンスは久しさの駅名を 自分は網棚の荷物をおろして 扉の方へと一人立つのだった シュッと開いても誰もいない 傘なしのホームに降り立てば 雨粒ばかりがぽつりぽつりと 打ちつけるような侘びしさを 小走りに改札までくぐるとき 箱庭の花壇には紫陽花の色が 紫の懐かしさと戯れるみたい おかえりとそっとささやいた 空耳さえも聞こえてくるから ただいまとそっとささやいた 故郷の大気は肌寒かったけど 優しさばかりがあふれてくる 駅前のタクシーを拾ったなら 自宅への道のりをおしえよう (初稿作成時2003/12/22) 「アルコール依存症」 お願いです。お願いします。僕はお願い致します。 うまい酒を、どうか飲ませてくださいな。それだけを、 僕は願い出たのです。追試も及第(きゅうだい)もいりません。 あらゆることがらを、僕はお断り致したのです。 ただうまい酒を、うまい酒を飲ませてください。 他には何もいらないから、うまい酒を飲ませてください。 それだけを、僕は探求し続けるのです。 風呂上がりの冷蔵庫に、あの一本も入っていなかった時の、 絶望の淵を思い起こしてください。あの呆けたような侘びしさを、 梅雨闇のなかを靴音の、すべったような尻もちをついた瞬間を、 僕は痛みをこらえてよろめくばかりなのです。 酒のない悲しみに、呆れ果てながら飲むたった一杯の、 水の味気なさをつかみ取れる者にこそ、かのギリシアの、 酒神の英知の片鱗さえも、垣間見ることが出来るでしょう。 僕は近所の子供たちを集めて、小学生のうちから、 そう教え諭したって、決して授業料は取りません。 ですから、どうか、この上は、不信任を与えず、 ただただ、うまい酒をくださいな。うまい酒を、 アルコールのない闇は、まるで最愛のあなたの、 見つからない夜よりも、伝えるところの何万倍、 悲しみに閉ざされていることでしょうか。 苦しみに閉ざされていることでしょうか。 たとえば、お酒がそっと、シルエットをカーテン越しに、 浮かべた途端に、わたしの顔はぱっと赤らんだ。 それはまるで、最愛のあなたの、見つけ出された夜よりもなおさらの、 幸福に包まれていやしませんか。たとえば須弥山(しゅみせん)の、 涅槃(ねはん)に包まれていやしませんか。あるいはまたシュメールの、 ウトナピシュティムとの邂逅(かいこう)を果たした英雄の、 束の間の喜びにさえ、似ていやしないでしょうか。ですからもし世紀末に、 アルコールとムジークの消された闇夜が訪れる時があるとしたら、 誰しもその恐怖には震えおののき、きっとお化けにあうよりも恐ろしい、 どろどろしたろくろ首みたいな右往左往にさいなまれ、 ああ、酒はないかと首は伸び、首は伸びても酒はなく、 ああ、これではもう駄目だ、めまいがする、こころが干からびて、 このままでは砂漠化してしまう。誰か深緑をかえしてくれ。 そんな思いに打ちひしがれて、きっと倒れてしまうから、 どうかお願いです、うまい酒を飲ませてくださいな。 だからお願いです、僕から酒を取り上げないで下さいな。 (初稿作成時2002.11.17) 「赤ら顔」 なあなあ、教えてくれよ いったい杜甫や李白ってのは どれほど偉大な男達だったんだ どれほど偉大な酒の歌を 残したって言うのさ そいつを知らなくっちゃあ 尊敬も軽蔑もできやしねえ  あいつは、火でも吐きそうな赤茶けた顔をしてそう叫んだきり、 とろけたような鈍い瞳を宙に漂わせた。まるで、彼の飲んだ酒の代 わりに立ち現れるかのような煙草の煙を追いかけている内に、視点 が何もない空間をさ迷い歩いているようで、まるで彼特有の生粋の 陽気さにも似て、どことなく楽しげに見えたのだった。 (作成2004.1.17) 「夜行新幹線」  今日は珍しく夜行新幹線の上り二二時三五分発に腰掛けて、人影 まばらな三号車の真ん中あたりに席を借り、隣の座席に置かれた手 荷物と一緒に旅をしているのです。遠くを見渡す遠足児童のように、 高いレールに沿って流れるみたいな車窓から、見下ろせる町の灯し を眺めては、新しい思想が浮かぶわけでもなく、眠りかけた寂しい 家々の窓からのこぼれ火や、高層マンションのマス目のような蛍光 灯の青さを、ただぼんやり見詰めているのです。相も変わらず、と りとめもないことが浮かんだり、次々に輝く光のイルミネーション みたいに、どんどん押し流されながら移ろって、消えていくような 幸せにひたっているのです。だんだん眠気が襲ってきます。恐らく は、次に瞳を開く頃にはきっと、あなたの町へと着いている頃でし ょう。それまで、お休みなさい。 (初稿作成時2004.2.22) 「過情報」  もし、毎日毎日途切れなく続く沢山の情報に嫌気が差して、それ でも情報を遮断することは不安でたまらなく、楽しくもないニュー スや新聞や、毎週の雑誌や、次の連載に、果てしなく苦しみ続ける 生活に、悩まされているというのに、そんなに辛いなら、ああ君は、 なぜそれを止めるだけのことが出来ないのだろう。そんな小さな意 志さえも、私達は画一化されてシステム化された社会に取り込まれ、 持てなくなってしまったのだろうか。そう思った君は、その後一ヶ 月以上に渡って、同じ事を考え続け、それでもまだ新聞をめくって いた。ひらりとページが移れば、政治が醜態をさらし、会社が組み 合わさっては解体し、日々の災害に事故が続いて、ほんの少しまた 社会が流れているようで、そう思う自分もその中を流されているよ うな気がして、でも飲みかけのお茶が無くなる頃には、新聞も一通 り見回して、何を得たわけでもないのだけれど、ただ昨日一日を確 認できたような、そんな安堵感が広がって、みんな忘れてただ窓を 見上げる。そしてあなた自身は何もしていはいない。 (作成時2004.9.8) 「みまかりびと」 [Ⅰ] 切なげな瞳で提案を訴えかけて見たものの 却下の怒濤にさいなまれ左遷の際(きわ)に朽ち果てた [Ⅱ] 試みに棺おけに足を突っ込んだなら 帰ってこれなくなってしまったので 今わの眠りを謳歌しているのですよ [Ⅲ] 心の臓があんまりにもおんどろいた為に お亡くなりあそばすという難しい遣り口なんだが 君そんな症状に出会ったですか? [Ⅳ] みまかり峠を じゃんじゃかじゃかじゃかと越えているあいだに つい右も左も区別が付かなくなってきて 心がうつろな状態をさ迷い始めた頃には つい足をも滑らせて 迂闊の面持ちさえ沸け出でましたので そろそろ年貢の納め時を実感してみたのである (作成2003年頃) 《工房成立前の詩篇》 ・「Tokino工房」成立前に、前サイトに詩篇として掲載していたも の、および戯曲などの作品の中で生み出されたもの。変遷を得るた めにそのまま掲載だが、一部のみ未熟が過ぎるため改編。 「訣別の日」 桜の満るより早く 別れゆく今日この時 月日の流れも遠くに忘れ 過ごす毎日にもいつしか 静かに季節は移り変わり やがて新しい明日の風が 僕達の顔を吹き抜ける 新しい日の光がきっと これからの僕達の道を もうすぐ照らすだろう まだ見ない希望の先に 長くつながる道を それぞれに示すだろう 悲しい顔はいらない 互いの道のどこかで 僕達はまたいつか きっと会えるはずだから 笑顔を持ってこの日に 訣別の挨拶を送ろう (作成時2002/03/05) 「新しい朝」 日が昇ると朝の風が 小さなわだかまりも 吹き飛ばせと抜けて行く 広い草原にはもう夏の 若葉があおく茂る 鳥が高く飛び立ち 魚達が小川を走るから 立ち上がれ今日のために 駆け抜ける大地の中を (作成時2002/04/04) 「車窓の想い」 町の明かりが流れていきます ポツリと照らす街灯も 遠く連なる国道照明も 家々の営みもみんなみんな 追いやられていくのです あるいはにぎやかな彩りに 市街地の高層ビルの輝きや ちかちかと変わるネオン看板の きらめきとたわむれながら 光の帯は流されてゆくのです いつもの時刻を帰宅列車の 窓ガラスにうつる景色さえ ぼんやり眺めていつの日か 懐かしむこともあるでしょう 忘れることもあるでしょう 僕らのいのちもそれな粒子の 流れるうちに時を連ねて それと悟らず生きている 見えないばかりに悟らずに 現れてはまた消えていくのです (初稿作成時2002/08/28) 「あかし」 喫茶店の窓辺の席に 珈琲のかおりを確かめながら 宵の街並みを見下ろしている 小さなあかしが欲しくって 車道の光のすいすいと 時を移しては消されゆく 今の刹那を切り取った 小さなあかしが欲しくって ルーズリーフの落書きを 記してみましょう今だけは 言葉のかたちで留めたら あるいは想いは残されて こんな実感のわずかくらいを 掴み取ることが出来るでしょうか 読み返してみてもつたない詩篇の 街灯みたいな味気ない羅列が ただ叙述を連ねておるばかり ただ叙述を連ねておるばかり あまりの馬鹿馬鹿しさに 消しゴムが紙の上を走れば ほら、沢山の文字が形を崩して 珈琲がゆらゆら揺れている 悲しいかなみんな消えて 思い出さえも残さない ヘッドライトの光だけが いつまでも途切れないのです (初稿作成時2002/10/15) 「オフェーリアの3つの歌」 1.本当の恋どうしたら 本当の恋どうしたら 見分けることが出来ますか 帽子の羽根を風に吹かせて 流れる方に行きますか あのひと消えてもういない どこに行ったら会えますか 青い花たば顔をうずめて 流れる涙に風の音 その白い服雪の色 降り積もったら見えますか お願いそこに眠ってはだめ 一人残して行かないで 2.恋人たちのお祭りの日に 恋人たちのお祭りの日に 暗いうちから心がおどる 窓辺に立って待ちましょう ひと目会えれば願いが叶う ほらあの人が窓の外 一緒にお部屋に行きましょう 入るときには少女でも 出てくるときは違います ねえあの時の二人の誓い 何度聞いても答えが来ない 手紙に書いて待ちましょう も一度ここで思いを告げる そんな言葉は飾りだと 冷たく部屋を出て行った 男の人はみな同じ 用がすんだら他人ごと 3.静かに流れる木の箱の中 静かに流れる木の箱の中 揺られて行くのあの人は わたしの涙たくさん落ちて あなたのもとへ届きます 色とりどりのお花をまいて 最後のお別れするのです さよなら、さよなら、いとしい人 お願い帰って来て下さい 静かに流れる雪どけの水 揺られて行くのいつまでも わたしの心ゆっくり溶けて あなたのもとへ届きます 色とりどりのお花とともに またもう一度出会えます さよなら、さよなら、いとしい人 少しだけ待っていてください (作成時2003/1/18) 「抱負」 世の中は広すぎて 言葉はありすぎて 情報もあふれて 疲れてしまいます 僕には小さな部屋と ほんの少しの知識と おいしいお酒があれば それでもう十分 いらないものばかり たくさん溜め込んで 余計にせわしくて 苦しいばかりでは 自分の生活は少しも 豊かにならないのだから 思いきり手を伸ばして つかんだものみんな 窓の外に放り出して だらだらと続く毎日に お別れいたしましょう 新しい光がもうすぐ 窓から差し込む頃には 昨日とは違う自分で 風を受けてみたい (作成時2003/3/9) 「もしも顔が青いなら」 もし僕の顔が青く見えるなら、 それは恋をしているから。 どうか信じてください、 胸のうちがこんなにも苦しくて、 海の中に身を投げ出してしまいたい。 あの人は知っているのだ、 僕があの人のものであることを。 あなたがいなくては、 どんな喜びもないのです。 (15世紀、作者不詳。 ギョーム・デュファイ作曲 シャンソン「もしも顔が青いなら」より) (作成時2003/3/18) 「さあ、吹け、潮風よ」 ほら、日が暮れていくよ 日が暮れるねえ 雲のあい間の一番星に、さあ祈りを捧げよう やさしく風が吹き抜ける大空が深く染まっては 帰り支度の海鳥たちを追ってか追わずか人の波 船が着くたびあふれ出て町明かりへと消えていく ほら、色を忘れかけたぶっきらぼうな波止場の向こうに オレンジ色して輝くような金星が海をゆらしているよ さあ吹け、潮風よ、この小さな僕の体を抜けて さあ行け、潮風よ、夕暮れの町並みを駆け抜けろ 町を抜け海を越えて、次の島に夜を告げるのだ 照れくさくては小さな声で、空に向かってつぶやきながら 心楽しく見つめるこの町がぼんやりと暮れていく ふと思い出す夕食の時間にありきたりの幸せを 知ってか知らずか親子連れが、買い物通りに消えていく (作成時2003/4/29) 「いつまでも」 赤い花びらまぶしく揺れて 風に誘われ小さく踊ろう そよぐ緑に合わせて歌う 小さな蟹がさわさわ行くよ 白くかがやく砂道抜けて 瞳こらして潮風受ければ さざ波かがやき珊瑚の浜に 空は青くて澄みわたる 遠く聞こえる三線(さんしん)の音に どこかで応える鳥の歌 ここにいつまでいたけりゃさ ここにいつまでいたけりゃさ (作成時2003/5/13) 「小さな合奏」 黒く正装をしたのっぽの椅子達がそっと コーヒーを揺らしながら座る人影ももうまばら 帰り支度を忘れたたばこの煙が遠くに映る 窓の外にはすっかり暗くなった町の灯りに 見つめる自分のシルエットが静かに写る 誰も気付かないこっそり手を振れば 窓に映った自分の影が呆れて笑っている ミルクの足りないコーヒーの香りを楽しみながら ぼんやりと眺めるヘッドライトの流れに 瞳を移せばほっそりとした三日月がそっと 夜を迎える町並みを見下ろしている このあたりはまぶしくて 秋の星達の淡い瞬きなど 知りもしないで夜が更けていくのだろう でも騒がしく流れる人々や車達の通りにも 秋の虫達の歌声がいつの間にか 小さな合奏を奏でている あの三日月が丸くなる頃には 小さな草むらの空き地では コンサートが繰り広げられるだろう むしり取られたススキの残りが揺れて 町の明かりを越えてきっと 青い月の光がその小さな会場まで射し込んで それに答えて涼しい風が 枯れた草原を揺らしてかさかさと 小さな拍手を楽団に送るだろう 忘れかけたコーヒーを飲みほして あの人の流れの中に紛れ込もう 時々聞こえてくる合奏に耳を傾けながら 涼しくなった街中を過ぎていく (作成時2003/9/6) 「秋の歌」 残念だけど自分にはこんな たわいもない言葉しか残せない 思いだけが波のように寄せては 掴み取る前に泡と消える 作りかけた小さな言葉の山も さらわれて形を崩す 黒く正装をしたのっぽの椅子達がそっと コーヒーを揺らしながら座る人影ももうまばら 帰り支度を忘れたたばこの煙が遠くに映る 窓の外にはすっかり暗くなった町の灯りに 見つめる自分のシルエットが静かに写る 誰も気付かないこっそり手を振れば 窓に映った自分の影が呆れて笑っている 残念だけど自分にはこんな たわいもない言葉しか残せない 思いだけが波のように寄せては 掴み取る前に泡と消える 作りかけた小さな言葉の山も さらわれて形を崩す ミルクの足りないコーヒーの香りを楽しみながら ぼんやりと眺めるヘッドライトの流れに 瞳を移せばほっそりとした三日月がそっと 夜を迎える町並みを見下ろしている このあたりはまぶしくて 秋の星達の淡い瞬きなど 知りもしないで夜が更けていくのだろう でも騒がしく流れる人々や車達の通りにも 秋の虫達の歌声がいつの間にか 小さな合奏を奏でている あの三日月が丸くなる頃には 小さな草むらの空き地では コンサートが繰り広げられるだろう むしり取られたススキの残りが揺れて 町の明かりを越えてきっと 青い月の光がその小さな会場まで射し込んで それに答えて涼しい風が 枯れた草原を揺らしてかさかさと 小さな拍手を楽団に送るだろう 夢も希望も忘れた目的のない くだらない言葉をつぎはぎしながら 気持ちだけが時々溢れては 掴み取る前に泡と消える わずかに浮かんだ小さな思いも はじけて影をなくす (作成時2003/9/6) 「孟夏」 緑色した歩行者信号がやがてちかちか瞬いて 赤く輝けば動き出す自動車の中にはきっと 週末の小さな2連休を楽しむ家族連れが 落ち着かない子供達を乗せて走り去る 休みの取れないトラックの運転手が 疲れ気味に苦笑しながら追い越していく 雲一つない太陽に照らされた道路から 熱い空気が浮き上がって大気を揺らせば それに答えて焼けた風が僕の帽子を揺らす 今年の夏は暑く燃えるように大地を焦がし 夜になっても余熱で町が煮え立っぎている 冷めきれないまま束の間の暗闇を抜けて こうして朝から日差しが肌を突き刺す まぶしさをこらえて空を見上げれば 太陽が光り叫んでいるのが聞こえる さあ出かけるのだ、そして 今日一日を熱く生き抜け かつてお前達を生み出した ゆるぎない輝きの下で (作成時2003/9/14) 「歩み」 [Ⅰ 歩み] 残された月日は何時までも 遠く連なって見えるもの それは感情が作り出す 楽天的な蜃気楼 遣り遂げる希望があるならば 向かうべき夢があるならば 今すぐだらりと座った席を蹴り とどまることなく歩き続ける 嵐とひもじさが体を打ち 足は疲れ指が赤切れしても 一歩一歩足を繰り出す 昨日より前に居ることの 喜びに勝るものはない [Ⅱ 歩まず] だらけた月日は何時までも 美味しいご馳走に見えるもの そちらも感情映し出す 楽天的な蜃気楼 夢も希望も思いだけ 刹那の命がすべてなら 座った背もたれ押し倒し そのままごろんと一眠り 寝相の悪さが筋を打ち 引きつり目が覚めのた打ち回わり 改め入る布団の中に 昨日と何も替わらない生活の 喜びに勝るものはない (作成時2003/10/2) 「たき火」 グラスを傾けて赤いワインが光る 淡い就寝電灯に照らされて夕日のように 小さく揺らせば淡くきらきら瞬いて 静かに暮れる秋のように淡く燃える 遠い昔まだ好奇心だけで生きていた ランドセルが大きく見えた頃の思い出 夕焼け焦げて瞬き始めた一番星の下で 色も霞んだ町のはずれに人々が集う 枯れ木の山に燃える新聞をかざして 必ず始まる楽しいたき火の秋祭り 涼しくなった大気がぱっと照らされ 時々燃える新聞が赤く舞い上がれば 追いかけて走り出す子供たち 舞い落ちる新聞はまだらに鈍く燻って 濃い赤に年老いた星のような呼吸を 繰り返しながら暗く沈んでいく 消えかけた炎に駆け込み踏んづければ 炭になりかけた最後の瞬きが飛び散って 黒ずんだ赤い火の粉を散らした それが楽しくて楽しくては 肌寒い秋の風が肌を抜けていく中を 一心不乱に何時までも走り回っていた 話に時を忘れていたおじさんが不意に 顔を高く上げては僕らに叫ぶ ほら、指さした天空にはひときわ 光度を増した火星が赤く燃えて 細い秋の星座達を照らしている 深く広い海のようなこの宇宙が 遠い未来に果てしなく続いてる 今と将来は堅く繋がっているのだと 心の中でぼんやりそう思った あれからほんの少し時が流れ 何時からだろう走るのを止めたのは あの時あそこにいたという証 この赤いグラスから透かしてみても ただ遠くに蜃気楼が浮かぶばかりで 掴みとれない夢物語のよう 遠くで小さく虫の声が聞こえ 秋が深々と更けていく (作成時2003/10/23) 「影」 秋分も過ぎて夜更けは長く寂しかろう 虫達の甲高い鳴き声も震えて途切れがちに 冷たい風が枯葉と共に鈴の音を高く舞い上げた 十五夜に近い月が幾筋も走る薄い雲を照らし 流れ行く白い波が絶えず天空の光度を変える 不意にまぶしく青光が雲を割り注ぎ込めば 風が肌を突き後ろの地面がかさかさ音を立てた 驚き振り返れば青く輝く地面の真ん中に 真っ黒に浮かんだ自分の影が寝そべっていた (作成時2004/1/20) 「心地よさ」 ほんの少しが僕には遠くて 爪先立って手を伸ばしても 指先わずかに届かない 疲れて面倒になっては うずくまって楽をして いつか歩くことさえ忘れた コタツで丸くなって 甘いみかんをむきながら 時々忘れていたように 秒針に耳を傾ける 見つめる時計の針がまた進む 今では心もすっかり擦れて はっと思うことも減った 心の動きはもう鈍くて またみかんに手を伸ばす 今年も12月が少しずつ 足音しのばせ近づいて やがて年変わりの鐘がなれば 久しぶりにはっと顔を上げては しばらく天井を仰ぎ考え込む でもきっとまた目の前の快楽 暖かいコタツから出るのは嫌で 美味しそうなみかんに手を伸ばす 時計の針が同じように回って あなたの生活の同じように回って いつか電池が止まるまで続いていく 思いがあふれ行為がなされなければ 僕たちはただそれだけのものだから (作成時2004/1/20) 「終着駅」 あなたの思いだけが溢れて 時が夢のように陰ろう 列車がいつまでも揺れて プラットフォームに近づく頃には 様々の駅を窓越しに眺めた おぼろげな記憶だけが移ろう 振り向けば錆びかけの路線が 長い軌跡を描いている 季節の香りだけを残して 景色が夢のように揺らめく 微かにブレーキがきしんで 停留所に近づく頃には 希望に待ちわびた駅だとは 知らないままの列車が止まる 折り返しを告げる掲示板に 小さな夢もはかなく消える 重く閉じたとびらを抜ければ 改札をくぐったあの町と 同じくすんだ建物が広がって 列車に疲れた旅人達は おもく足を滑らせながら 人の流れに消えていく 灰色の景色に消えていく (作成時2004/1/22 2007/2/15改訂) 「セイキロスの墓石銘の歌」 いのちある限り 楽しくありたい 煩(わずら)うことなど 何もないように 人生は束の間で 時は終わりを求めるもの   /時が終わりを告げる前に     (読み人知らず、紀元1世紀頃) (作成時2003.11.11) 「秋風にとんぼがするり」 秋風にとんぼがするり 帰り道の草原はたのしいな 早くも夕日は山のふち 真っ赤に染まったみんなの顔 今日も一日終わるよと 寂しい北風告げている 稲穂はさらりさらりと揺れて さようならの声がこだまする また明日になったらこの場所で 日が暮れるまで遊びましょう 雄一も 健二も うちさ帰れ 響子も 美咲も 家族の元へ あたたかいごはんが待っている あたたかい家族が待っている (作成時2003/12/27 改訂2007/3/23) 「フリーアンスの歌(マクベスより)」 花は日を待ち思い続けた 風にかすかな春の気配がともる頃 小鳥たちはさえずりを合わせ 緑のはえる野原を覆いつくし 色とりどりの花びらが日を浴びて 香りはすべてを包み込むだろう 今は荒野の凍てつく寒さに 小さなつぼみをそっと抱(いだ)いて 希望という名のほのうを抱いて 花咲く季節を待ち続ける 鳥は羽を折り空を見詰めた 風にかすかな花の気配がともる頃 草たちは野原を覆いつくし 青くぬける大空を羽ばたきながら たくさんの鳥たちが日を浴びて 風はすべてを駆け抜けるだろう 今は荒野の凍てつく寒さに 小さなつばさをそっと抱いて 希望という名の憧れ抱いて 舞い上がる季節を待ち続ける もし願いを聞いてくれるのならば 今はまだその小さな希望を 奪い取って行かないで欲しい やがていつしか季節か変わり 優しい太陽がすべてを溶かし 冷たい悪夢に別れを告げて 旅立ちの時が来るのだから やがていつしか季節か変わり 優しい太陽がすべてを溶かし 冷たい憎しみに別れを告げて 笑い会える時が来るのだから [初稿版] 日を待つ花静かに思い続ける 冷たい風に小さな春の気配 遠くに聞こえる小鳥達のさえずり やがてつぼみも大きく膨らみ 色鮮やかな花が野原一面を 優しく包み込む時が来る 今は何一つないこの大地に 小さな花は震えながら 微かに残る希望の下で それでも春を待っている もし願いを聞いてくれるのならば 今はまだその小さな花びらを 奪い取って行かないで欲しい やがてまた日が昇り 優しい光が差し込めば また今日も小さな夢を 見続ける事が出来るだろう (作成2001/9-12月 改訂版2007/3/23) 「夜明けの歌(マクベスより)」 厚く雲に覆われた 果てしない暗闇の季節 誰もが信頼を忘れさり 互いの猜疑(さいぎ)に打ち震えた もうすぐ凍てつく大地の上に 忘れかけていた夜明けの風が 新しい大気を連れて来る 閉ざされた闇を打ち払い 吹き抜ける暁(あかつき)の風 誰もが天空を仰ぎ見て 暴れる暗雲の最後を願った もうすぐ暗く覆われた心に 忘れかけていた日の光が 新しい朝を告げに来る 長い夢を見ていたと 誰もが微笑みながら 新しい夜明けに向かって 朝の挨拶を交わす [初稿版] 厚く雲に閉ざされ 終わりのない暗闇 誰もが信頼を忘れ 互いの嘘に震えている もうすぐ暗く覆われた大地に 忘れかけていた朝の風が 新しい大気を連れて来る 吹き抜ける夜明けの風 一面の雲を打ち払い 長い闇の大地にも いつか終わりが訪れる もうすぐ暗く覆われた心に 忘れかけていた日の光が 新しい朝を告げに来る 長い夢を見ていたと 誰もが笑いながら 新しい太陽に向かって 朝の挨拶を交わす (2001/9-12月 改訂2007/3/23) 「イーリアス断片(ハムレットより)」 コロス(合唱): ディオニューソスをたたえ、山羊の歌を奏でよ。 木馬はついに城壁を越え 勝利に沸き立つ群衆の狂乱の宴に照らされ 赤々と揺れる炎に 仮面に覆われし血に餓えた狂気を隠せ。 プリアモス: 間もなく時が迫り。 ピュロス: 勝宴が踏みにじられるまで。 コロス(合唱): 豪傑ピュロス   今や木馬に身を潜め 燃え盛る血潮を   くろがねの刃に隠す 長き戦さの終焉を   万感の胸にいだき 幾万の同胞の血を   見下ろす明松火に映し もとめるはイリアス   百万の血 コロス(合唱): その剣先、赤く鮮血に染まり 鎧も火を受け紅(くれない)のごとし 猛勇ピュロスただ求めん 国王プリアモスの姿を プリアモス: 我が名を呼ぶ者は誰ぞ 我が国を奪う者は誰ぞ 我が命を狙うものは誰ぞ 剣を振るえば10万の兵士を束ね 鞘をかざせば100万の民衆を養う 四方四万の都を治め 大神の直接の子孫として あまねくこの国の栄光に預かる プリアモスを呼ぶ者は誰ぞ ピュロス: イーリオスの太陽よ かつて栄光を納めし王よ わが同胞の血を奪いし男よ 神々の罰を思い知るがいい 己が兵の剣(つるぎ)が折れ 己が民の汚される様を まぶた閉じずに見詰めるがいい このピュロスの剣(つるぎ)に掛かり 我が父アキレウスの無念を その体に刻みこむがいい さあ剣(けん)を取れプリアモス 今こそお前の最後の時 (作成2002/1-3月) 「2003年頃作成の俳句」 春はまだあなたのことを待ちぼうけ 桜降る宵にまかせて帰宅人 私には思い遠くて過ぎる夏 桜はらりふと見あげると月の顔 描(か)き留めて仰ぎ見るなり夕能の月 我は行く雪解けさえもものとせず 《工房成立後の詩篇》 ・「Tokino工房」成立後、「砂に寄せる貝殻の詩」に管理人の詩と して掲載されたもの。成立後の詩篇に関しては、「夢によるいくつ かの変奏」などに取り込まれたものは除いてある。同時代的なので、 変遷を得る必要性を持たなかったためである。よって、掲載を必要 と認めたものは、掲載してある。 「コーヒータイム」 懐かしのCDをふと聞きたくなる午後の日射し 思い出したように棚の奥から取り出すケースに 年月のほこりが粉雪のようにかぶさっている 小さく払ってプレーヤーにかざせば 懐かしいイントロにあの頃好きだった歌声が 忘れていた思い出を浮かべるように蘇って 風に誘われながら胸の中に広がっていった そんな曲をあなたは幾つ持っていますか 日々の生活に小さなコーヒーカップが必要なように 私達の歩む道にはきっと音楽が足並み揃えて どこまでもいっしょに歩いているのでしょう ちょっと休憩、仕事をやすめて、 コーヒータイムはいかがですか (作成時2004/3/14 2007/3/9改訂) 「大晦日」 仕事に向かう小さな道に 降り積もった雪が町並みを変え 今年の最後を白く飾っているように 雪まみれの危なっかしい自転車が 軌跡を描いて歩くように進んでいった。 来年に向かう大晦日の昼前(ひるまえ)は 慌ただしさを忘れたような静けさで 今年もただ平穏に過ぎようとしている それだけの幸せを思い返してはっとすれば 白い化粧で色をなくした市街地が ほこり落とした澄んだ大気に包まれ 嬉しくて精一杯に空気を吸込んだ 遅れそうな時計の針を思い出して 一人雪の中をのろのろ走っていく (作成時2004/12/31 改訂2007/3/17) 「言語汚染」 醜き言葉の氾濫に嫌気が差し込むやいなや 若人達は安くて稚拙の満ちあふれる汚い屑籠から逃れようと 手を掻き回し足をばたつかせ苦しみもがくのでしたが よどんだ泥水がわずかな清水を駆逐し 澄んだ湖すらやがて濁り腐らせるように 彼ら自身の心すら清らかには保たれませんでした。 悪臭の快楽に染まったプランクトンが繁殖し 汚き生態系に取って代わられてから月日が流れ そしてもう誰も清水を知らなくなりましたとさ。 (作成時2005/6/10 2007/3/17改訂) 「愛しい朝」 [Ⅰ いつもの朝] 小さな部屋で音もなく沈む 遠く差し込む月の光が眩しい 窓の外では冷たい風が吹く 頬を打たれた水面が凍り付き ミシリという声が聞えるようで 慌てて振り向く赤い部屋に 小さなストーブが暖かく 青い冷たさを打ち消した 夜明けが近くて寒さがきしむ ワインを飲んで布団に入って 起きればいつもの朝が来る [Ⅰ 愛しい朝] 小さな部屋で音もなく沈む 遠く差し込む月の光が眩しい 窓の外では冷たい風が吹く 頬を打たれた水面が凍り付き ミシリという声が聞えるようで 慌てて振り向く赤い部屋に 小さなストーブが暖かく 青い冷たさを打ち消した 夜明けが近くて寒さがきしむ ワインを飲んで布団に入って 起きれば愛しい朝が来る (作成時2006/1/2 2007/3/17改訂) バラード「天ぷら先生」 値段付けの第1号に天ぷらとあって 嬉しくて天そばを4杯も食った 隅の方で先生晩飯ですかと声がして 生徒がざるそばを食っていた 俺は大変満足したから下宿にかえる 風呂は済ませたからさっさと眠る 学校に行くと黒板に何か記(しる)してある 天ぷら先生!と言って生徒が笑っている 親譲りの無鉄砲でかっと血が上って 悔しくて教場で卑怯者と怒鳴った 笑われて怒る方が卑怯ぞなもしと答えて 生徒が一斉に囃子立てた 俺は大変腹が立ったから授業を止める 昼飯を済ませたからさっさと家に帰る 下宿に着くと主人が硯(すずり)を持って来る これは端渓です!と言ってやっぱり笑っている (作成時2006/1/22) 「優しくて美しい乙女よ(ヴィルレー)」 ギョーム・ド・マショー(c1300-1377)作 優しくて美しい乙女よ どうか思うのはよそうよ 他の女性がいるのよ 私を捕らえているなんて 君に嘘は付かないよ 恋人よ、切実でありたい 死ぬまで変わりはしないよ いつでも、真心で仕えたい ああ!この胸が痛むよ 喜びはすでに過ぎたよ ぐっと心が締まるよ 貴方の哀れみが欲しくて 優しくて美しい乙女よ どうか思うのはよそうよ 他の女性がいるのよ 私を捕らえているなんて (作成時2006/1/22) ロンドー「どうして心が悲しいです」 どうして心が悲しいです どんなに涙がこぼれても 閉ざした夢があふれ出す どうして心が悲しいです ある朝わたしは思い出す こんなに流れた時さえも どうして心が悲しいです どんなに涙がこぼれても (作成時2006/1/22) ロックンロール「僕達の生涯」 何時か下らない毎日が終わりを告げ 思い描いた希望を捕まえ まるで別の生活がきっと 始まるのだろうと思っていた学生時代。 同じ服来て登校しては 仲良く一緒の授業を受けて 休み時間の馬鹿な会話は テレビも音楽もみんな知ってる ただ題名と歌手が違うだけなのに 人とは違うと思いこんでいた。 制服の裾を変えただけなのに 自己主張だと思いこんでいた。 蟻の養成所に入れられて 自己の無い社会人という名の 企業の豚に成長させられて 心の中には空っぽのエゴだけが 虐げられた反動で膨らんだ 空っぽのエゴで必死に叫ぶ 何時か下らない毎日が終わり 何か分からない希望がきっと 新しい生活を導いてくれる 同じように飼育させられて 自らを生かせる特徴を踏みつぶされて 画一化された卒業生が どんなにどんなに粋がっても 次の扉は一つしかない 最後には面接に足を運ぶんだ 希望はみんな朽ち果てて 希望はみんな朽ち果てて 同じ姿の制服で 学生時代と変わらぬ姿で 電車に乗り込む黒蟻たち 学生時代と変わらぬ生活で 相変わらずテレビを垂れ流し 漫画を読んで笑っている 誰もが知っている番組と 誰もが知っている歌手の名前 あなたは一体誰ですか エゴの中には何もない (着想2006/2/3 作成2007/3/17) 「大地の歌(八重山の思い出より)」 大地の歌さえ雲に閉ざされ 声を奪われ凍える季節 草木は照らす光を失って 己の誓いを忘れるだろう 魂(たましい)を支える幹には 蝕(むしば)みの炎が這いだし 深緑さえも焼き払うように 朽ち果て灰を降らせるならば いつしか大地は実りを忘れ 不幸の呪文となって 実りを育む作物達の 生まれ育つ人間達の 芯を氷らせ雪に埋(うず)める 天に向かって祈りを捧げ 希望の翼で雲を払え (作成2006/8月頃) 「北十字(八重山の思い出より)」 白鳥の歌は天上に伝わり 魂が星空に帰されたとき 夜を照らす十字架となって 敬虔な誓いを奏でるだろう 十字を支えるくちばしには 色違(いろたが)いの炎が寄り添って 線香花火の玉が結ぶように 重なって1つの輝きとなる いつしか白鳥は闇を照らす 幸せの道しるべとして 銀河を越える恋人たちの 地上を駆ける恋人たちの 守り神として初夏を告げる 流れる星に祈りを捧げ 仰ぎ見すれば天空(そら)を駆ける (作成2006/8月頃) 「夕暮れ残照(八重山の思い出より)」 夕暮れ残照海を染め 風さえ赤くなりました 麓(ふもと)の畑もゆらゆら燃えて 心もいつか染まります 火灯し頃(ひともしごろ)が近づいて 遙かな私の住む町が ぽつりぽつりと街灯 飾って色を落とすとき 見上げる空は深い青 星が瞬き始めます (作成2006/8月頃) 「ニライカナイ(八重山の思い出より)」 海の彼方に花が咲き 笑い声した島がある 愁いや災いなくしたような 陰りの来ない島がある この海漕いで風を受け 誰かが待っているような 想いが寄せる砂浜に 貝殻だけが打ち寄せる (作成2006/8月頃) 「蟹のほこら(八重山の思い出より)」 砂浜潜る蟹は長閑に 波を子守歌にして 小さなほこらに眠るよ 小さく祈れば悩みさえ 挟みで刻んでくれるよ P.S でも追い立てれば 指を挟んでくれるよ (作成2006/8月頃) 「光のじゅうたん(八重山の思い出より)」 傾く陽射しが雲を割って くすみゆく海原(うなばら)に注ぐ時 ふるさとの想い歌に乗せて 光のじゅうたんが揺らめいた 長閑な貨物船のシルエットが 汽笛を溶かして海を渡る (作成2006/8月頃) 「証明」 ずぶぬれの泥にまみれて膝がすり切れても 這いつくばる手の平に血が滲んでも 起きあがる目の前にもはや誰もいなくても 鼓動の震える音がかすかに響くなら にじむ涙の先に道が続いているなら 立ち止まることなく足を踏み出せ いつか雨は激しい怒りを収め 恐ろしい稲妻は閃光を失い 嵐の吹きすさぶ黒雲の合間から 穏やかな光が射すだろう 人気のない荒野にも 小鳥たちが歌声を上げ 路傍の草むらにはきっと 小さな花が開くだろう 咬んだ砂を吐いて立ち上がれ 呼吸が止まるまではきっと 歩み続けることでしか 自らを証明できないから (作成2007/2/16) 「考えないで(二冊のノートより改編)」 真夜中のベランダには かすかな風、春の澄んだ空 町明かりもすっかり消えて ポツンと照らす街灯揺れる 不思議な光の帯がすっと うつむき加減の丸い月から まっすぐ僕を射抜くようで いつもと違った部屋の中 外ではきっと蒼いそよ風が 草色あふれる大気を連れて 音を忘れた屋根から屋根へ 優しく夜を駆け抜ける だから早く窓を開けて 一人だけの真夜中の町 月明かりだけの春の中 静かにこころを任せよう もう何も悩んではいけない いつまでもこうしてただ 春を感じていればいい (作成2007/3/19) 「いく時間かが過ぎたなら」 (2冊のノート「生きること」より) いく時間かが過ぎたなら 目覚まし響くことでしょう 芳草の大気を吸込んで ほら遅れまい道を急ぐ いく時間かが過ぎたなら ご飯をいただくことでしょう 空は眩しい扉を放ち ほら遅れまい道を急ぐ こうして切磋琢磨して 思いも寄らぬ技巧を真似て きれいな単語を並べてきっと つむぎ車に乗せまして 懸命にぐるぐる回しましょう 心の中には想いがくすぶる 手作業の文芸品とは無関係に 凍えて悲鳴をあげている 気が付けば不愉快で 小さな車輪をはたと止め 寂しい大空眺めます 周りに並ぶつむぎ車 言葉の修飾シャカシャカと 立派に仕立てて見せましょう 見詰める人だけ爪弾き 心の通わぬつむぎ言葉 それでもなお繰り返し 車輪をまわして懸命に シャカシャカ音を立てまして いったい何を作りましょう 立派な修飾すてきな対比 優れた比喩に夢見る倒置 たった一つ足りないものは それは寂しく震えるこころ ねえ教えてください 本当の気持ちはどこにある それでは教えてください 本当の気持ちは落書きの中 糸も通さず機織(はたお)るまえに 唯一込められているものなら 本当の唄はこう書いてある 「もう何時間過ぎれば いつもどおりの目覚まし いつもの朝をくぐり抜け また遅れそう道を急ぐ 気が付けば不愉快 誰もが同じ訳ではない 見詰める人は爪弾き 同じ流れに解け込めない それでもなお繰り返し やりたい事はありますか いつか自分で流れを 作り出す事を夢見て」 この落書きを紡ぎまして こんなに沢山の飾りを付けて 原形質の言葉の羅列を 隠し織りしようとしたのですが 車がまわるたびに言葉が増えて 僕の思いはますます消えていくのです (作成2007/3/20) 「闇を待って咲く花は」 闇を待って咲く花は 乏しい花ではありません それはきっとすばらしく 夜を照らしはしませんか 闇を待って鳴く鳥は 切ない鳥ではありません それはきっとねんころよ 子守歌ではありませんか 朝になれば光の季節 まぶしすぎる世界では ささやかな響きは溶かされて ささやかな声は風に消え、だから 闇を待って笑う子は 暗い心ではありません それはきっとあなただけ 愛してるからではありませんか 朝になれば太陽の園 色彩豊かな世界では 淡い色彩は溶かされて 淡い濃淡は空に消え、だから 闇を舞って散る花は 寂しい花ではありません それはきっとはらはらと 月夜の晩に踊るのです 闇を舞って飛ぶ鳥は 悲しい鳥ではありません それはきっと星たちの またたきの合間を行くのです (作成2007/4/17) 「理想郷へ」 言葉の中だけで私は 穢れなく大空を駆け巡る 言葉の羅列に任せて 羞恥なく大志をいだく 思うように生きられぬほどの 軟弱の精神を忘れて 想うことも述べられぬほどの 情けなき薄弱を忘れて 抽象化された倫理と 独善の大義名分と 他人に勝る自尊心と 大いなる希望 そして生きる喜び それを現実に求められぬほど 果たして己は醜いものなのか それとも今は醜いものなのか 怠惰の時が流れて 我が姿も朽ち果て 我が心も濁り去り それでも実際に叫ぶこともなく 言葉の中だけで私は 穢れなく大空を駆け巡る たとえどんな卑怯でも 諦め悪く小さな誇りを抱き 歩き続けることを誰が 咎めることが出来るだろう どんなに草にまみれた路でも ぬかるんだ泥が続いても きっとその先には美しいもの 尊敬できる何かがきっと 立派に立っている そう信じて、歩き続ける者を 誰が咎めることが出来るだろう 己の汗と汚れを知る者ならば (作成2007/8/25) 「君よ蘇れ」 君よ蘇れ暗き闇を抜け 風運ぶはるかな大地を 小さき心あまねく照らす 日の光は誰にもそそぐ 君よ蘇れ深き心の淵を 救いの糸はきっと来ない 己(おの)が足で扉探して 光射す大地へ抜けよ 歩き続けよ終わらぬ夜を 哀しい悲鳴がこだまするとも いかなる心の闇の呪いさえも 朝日の伊吹を消すことはない 光忘れて留まる耳元に 闇は優しく囁き撫(な)でるだろう それは君を虜(とりこ)にしようと こころ吸い寄せる悪魔の子守歌 君よ蘇れはるか時を越え 原色の輝きだけを心に秘めて ひたむきに足を繰り出して 今は闇の路を突き進め P.S. いかなる他の詩にも言葉にも紛らわされることなかれ この言葉のみをこころからあなたに贈る (作成2008/07/14) 「希望という名の物語り」 物語はいつも同じ言葉で始まり 結びの文ははいつも同じだった おはようの挨拶が記され さようならの一言が残された 初めのページの前には何もなく 最後のページの後にも何もなかった 真実はそれだけだと知ったとき 生きていることは地獄になった 物語はいつも同じ装丁で飾られ 印刷の活字はどれも同じだった 登場人物の紹介が記され 締めくくりの一行が残された 初めのページの前には何もなく 最後のページの後ろにも何もなかった それだけが真実だと知ったとき こころのなかは真っ黒になった でもそれはすべてではなかった パンドラの箱に残された希望のように 小さなページの合間には 沢山の夢があって 沢山の幸せがあって 沢山の悲しみがあって 激しい闇の嵐が過ぎた夜明けには 穏やかな春の日だまりが記されていた 僕に刻み込まれた沢山の思いは 閉ざされた世界をくぐり抜けて 果てしなくこの胸に広がって 僕の中でゆたかに咲き誇るだろう 沢山の夢が広がって 沢山の幸せが広がって 沢山の哀しみが打ち寄せて 震えおののいた物語の思い出は 優しい糧(かて)となって輝き始めた 事実はいつもそこに横たわって 冷たく人を突き放す でももしかしたら真実は胸のうち 僕たちの思いそのもので 僕たちはただ真実を探して それぞれの物語を束ねていく 僕の物語がたとえ途切れても 大丈夫、僕たちの物語はきっと 引き継がれて続いていくのだから 一歩一歩つまずきながら 今はひたすらに歩んで行こう それが生きることだって 信じて歩んで行こう P.S. 小説の始まりには等しく誕生が書かれ、 何時しか定められた終焉を迎える。 始まりと終わりを同体と捕らえる限り、 読み続けることはただ苦痛だろう。 ほんの短いページの行間に込められた、 無限の可能性に共鳴出来ないならば、 想い乏しく生き続けることは地獄だろう。 プロローグとエピローグの合間に広がる、 短くまとめられたページの合間に広がる、 無限のプロセスの可能性を、 ページをめくる楽しさを知る者にのみ、 花咲く豊かな人生は存在する。 だから本をめくるのは止めにしよう。 今はただ人生のページを勇気出して、 ページを繰って進んで行こう。 (作成2008/07/21) 「新魂(あらたま)の誓い」 (「二冊のノート」の「生きるとは」に基づく変奏) 時はあなたの思うほど 砂をためてはいないもの ろうそくの揺らめきに尽き 太陽の夕べに沈むように 顧みれば一瞬の炎のきわに 僕らは灰へと変わるのだろう 西日がくだり足音がする頃 はっとして見返る背中には 虚しい死神が迫っている そして君はうなだれて 彼に腕をつかまれながら 自らの虚(むな)しき生涯の やり残した仕事を憂うのだ 気力の損なわれた肉体で とぼとぼと連行されるように 虚しい後悔にさいなまれるのだ だから立ち向かえ 炎盛(ほざか)りの季節に生きるものよ おのが心のうちに秘めた 希望の欠片がきっとあるならば それを固く握りしめて腕を伸ばして 精一杯に扉を叩くのだ だから足を踏み出せ 日盛(ひざか)りの時節に生きるものよ おのが胸のうちに隠した 希望の欠片が残っているならば それを強く抱(いだ)き留めて足を繰り出し 精一杯に道を進むのだ たとえすべての夢が破れても それでも構わない 震え留まるものに命のキャンバスを 描く資格などどこにもない されどがむしゃらに走り続けて 砕け散ったものは誰であれ 人生の絵画を描ききる資格が きっとあるに違いないのだから だから前に向かって 恐れずに足を繰り出そう 一歩踏み出さなければ 君の人生は始まらない (作成2008/08/02) ・これ以後、「三冊目のノート」の詩作ばかりが作成され、 「砂に寄せる貝殻の詩」としての詩作は完全に停止する。 また、2009年の春以降、(中原中也以降)の作品は、 「无型」へと掲載されるにいたった。