《わたくしの詩集》 《ひらがなのししゅう》 「一 すなのいろ」 すなおとが わびしいわ ふみあしも さみしくて なみだいろ くちびるも うそくさく おもえるの いつまでも ゆめみてた しあわせの なみおとを さよならの おひさまも きえかけの ゆうまぐれ わたしはね よろこびの ねがってた あたたかみ つまさきの みらいには つつみこむ ものだって いまはもう たそがれの なぎさには かいがらの しきさいも くすみゆく ときをまつ やるせなさ ひとつぶの なきべそを なだめても くれないの くつなかに なみのおと たちつくす つめたさを あいなんて いつわりの かみさまを しんじてた みじめさを なきつくす さよならの けはいです 「二 すくいぬし」 むかしむかしのそのむかし かみさまがまだひとびとに ちいさなあかりむねのうち ともしつづけていたころは すべてのおもいさいごには すくいのまどがありました そんなかすかなのぞみさえ じぶんのうでにちからこめ うちくだいたらもうにどと すくいのこえはありません それでもみんなきにとめず どこまでむかうつもりです おいていかれたひとだけが ながれのむこうなにもない きづいてこころふるえても たすけるものはなにもない (作成時2001/11/25) 「三 ふらふらさんぽ」 ふわふわとおくにゆうひがしずんだ  やんわりあかくてゆうぞらそまった   とんぼのするりとたいきがゆれても    ぽかぽかおだやかさむくはないから     あきかぜゆらゆらしごとをわすれて      とことこあるけばねむくはないから       ぼちぼちかえろうあたたかわがやに        まっているひとがそこにはいるから (作成時2001/11/25) 「四 ゆめてのひらに」 ゆめてのひらに  ひとひらのせて   そらにすかして  くるくるまわす ひかりのなかで  たいきがゆれて   うつったかげは  どんないろ あいてのひらに  ひとひらのせて   そっとだきしめ  やさしくつつむ こころのなかで  ぬくもりふれて   うつったおもい  どんないろ きいろにあかに  みどりにあおに   きらきらかがやき  まぶしくおどって わたしのきもち  わたしのおもい   そらにはばたけ  あすにむかって あいてのひらに  ひとひらのせて   ゆめにすかして  くるくるまわす ひかりのなかで  たいきがゆれて   うつったかげは  こんないろ (作成時2002/10/4) 「五 すっぱいみかんはこいのいろ」 すっぱいミカンはこいのいろ   すっぱいレモンはこいのいろ あなたのホッペにぐりぐりしたら   やかんがプシュッとおゆこぼす あなたがおこってポカポカしたら   そのままたおれてむねのなか おちゃいれるまでホカホカしたら   あまいミカンになりました     レモンもあまくなりました こんなにあまくなったなら   そのままねむくなりました おやすみなさいまたあした   おちゃはあしたにしましょうね ふたりそろっておまんじゅう   フカフカふとんですやすやすや あらたいへんだいけません   コンロとでんきはけしましょう すっぱいミカンはこいのいろ   すっぱいレモンもこいのいろ 「六 なかなおり」 ふわふわのふわをやわらげましょう ふわふわのふわはわたのかろやかに ふわりとういてはそらへとけました ふたりのふわはどこにもありません ふとわらいますふたりのなかなおり ふわふわとしたあなたのぬくもりを ふわふわとしたわたしのぬくもりを ふわふわわらうこころのあたたかを ふわふわわらうふたりのあたたかを ふわりふくらむはるひのひだまりを ふわりかたよせあなたはひきよせる ふわふわとしたこころくすぐったい ふわふわとしたあなたあいしている ふとわらいますふたりのなかなおり 「七 はなふぶき」 まけないで こころふるえる  やさしさに ふれられないよ ちくちくと むねがいたむよ  ひとりして さくらみまもる ぬくもりを わすれいろして  とぼしさの ふくらむころを ちるはなの いろはなにいろ  ひとりして さくらふぶきよ さみしくて ほおにてのひら  ぬくもりを たしかめごろを まうはなの ゆきのまにまを  ひとりして なみだながすよ ふみだして くつをふまれた  つまさきの わびしさいたい まうはなの あきらめいろに  そめてまた あゆみたいけど てのひらに ゆびでえがいた  ひとふでの ひとのなまえを だらしなく おもいなみだよ  またひとり そっとためいき すきという ことのすべてを  よいざめに おもいごころよ かなしみを はなにたくして  いのります とわのしあわせ いたみさえ いつしかきっと  おもかげに かえるゆうべを さくらばな しずかにちるよ  みまもれば なみだおちるよ おわらない まだあしなみを  あすからの しあわせにして いまはただ かぜのさむさに  ふれられて おびえていても おわらない あすのいのちを  よろこびに そめゆくわかば みどりばの しあわせにして  これからの きせついのれよ いいことが ありますように  いいことが ありますように いまよりも あすへとどけよ  いいことが ありますように 「八 しあわせ」 ひとつきりのしあわせをくださいな  ひとつきりのしあわせをくださいな   どんないつわりにかこまれてもいい  たったひとつのまことをくださいな それさえあるならわたくしはきっと  まことのひとつぶをたのみといたし   どんないつわりにかこまれてももう  おびえたりなんかきっとしないのに ただそのまことをよりどころにして  あらゆるうそにおびやかされながら   まぼろしのすがたをながめくらして  それでもきっとあるいていくのです しあわせをふみしめながらほがらかに あゆみをすすめることさえできるのです だってもし、まことのすがたをみつけたら うそだなんておもいもよらないくらいのもの みつけだすことができたならばしんぱいもなく わたしはしあわせをふみしめるみたいにして あゆみをかなでることだってできるのだし いのちのいみはそんなまことのかけらを  みつけだすことにあるのかもしれません   そのためにこそよるのふるえるなみだを  どうにかこらえてあさひののぼるまでは わたしはきえてなくなったりはしないって  そうきめたのですから わたしはきえてなくなったりはしないって  そうきめたのですから 「九 すなどけい」  すなどけいをひとつかいました   ちいさなおみせでかいました  たなおくにそっとねむっていた かわいいすなどけいをかいました  さいきんではまいにちのせいかつ   あわただしくすぎるのですから  こころのなかにゆとりがほしくて すなどけいをひとつかったのでした  つくえのうえにくるくるとまわして   それをぼんやりとながめていると  わたしのじかんがそっとかえります すなのながれをたしかめているのです  ほら、ながれにまかせてまたさらさらと そのぶんくらいのときがながれてゆきます  からっぽになってからのぞきこんだとき   ときのよいんがたしかめられるのです P.S.     すなのとけいはときのながれではなく       ひとのたましいをはかるものだと         あるほんにかいてあるのさえ       わたしはみつけたことがあります 「十 あなたひとり」 すましがお いつもつれない  まちつくす しのびごころを   しくしくと ほのかななみだ  いつみても てれてほほえむ あなたとは てをつないでも  だかれては みつめあっても   ただむねに けせないおもい  よきことの だからつのるの りんとした しずかなはなを  とびたてば たかきみそらへ   ひばりさえ わかさひとつと  たびだつを もうもどせない なみだいろ つつまれながら  あなたまつ いまのわたくし 《ひとりぼっちの歌》 「一 ワイングラス」 夜明けを迎えるこの部屋で 小さなあかりのその下で 空のグラスにほのかに残る 真っ赤なワインのしずくです 人差し指ではじくたび グラスの響く音色には 淋しさくらいを込めまして こころにそっと染みるのです 暗いままのいつもの部屋で ぽつりと黄色いランプを灯し 手の平かざすワインのグラス 赤いしずくがきらきらひかる ワイングラスを弾くたび こころに響く音色なら 味わいくらいはいつまでも こころの奥に残ります 目が熱いのはなぜでしょう ほやけたグラスはなぜでしょう きらきらころがる粒なのに 生きているような気配です 試しにそっと転がした 床の上にはころころと グラスの踊るしぐさして 不思議な気持ちただそれだけ 不思議な粒がもうひとつ 頬を伝ってながれます ぼやけたグラスはなぜですか 不思議な気持ちただそれだけ (作成時2001/9/17頃) 「二 わたしね」 わたしね、ねえわたし、 一人ぼっちになっちゃった。 話し相手がどこにもいなくなってしまいました。 あたりを見渡しても人影がありません。 ほら、振り向いても誰も見当たらない。 寂しくてこころ震えても、 辛くて助けてと叫んでも、 誰も私のことを知らないの。 嫌だ、そんなのは嫌、 わたしはこのまま暗い箱に閉ざされて、 どんなにもがいても外に出られない。 怖い、今が怖い、たまらなく怖い。 胸の奥まで真っ暗になって、 布団の中で自分の腕を、 必死になって抱きしめるの。 きつくきつく抱きしめるの。 余計に胸が苦しくなって、 なんだか分からない恐ろしくなって、 どうしていいか分からなくなって、 自分の指がちぎれるほど、 思い切り噛み付いて、 痛い、痛い、痛いよう、 悲鳴を上げそうなわたしのこころ、 どうにか痛みをあげて誤魔化している。 だけどね、もうわたし、 みんな分かっている。 この先どんなに頑張っても、 今をやり過ごしても、 あしたも、あさっても、その次の日も、 私はいつまでもこのまんま。 今日までなんとかやり過ごしたように、 これからも繰り返されていくばかり、 生きているあいだ同じことが、 繰り返されるに違いありません。 もう耐えられないのです、 こんなのは嫌なのです。 ごめんなさい。 とても疲れてしまった。 非難しないでください。 わたしは、わたしなりに、 どうにか今を抜け出そうって、 一生懸命にやってきたのです。 必死になって頑張ってきたのです。 でももう駄目。 とっても、とっても疲れてしまった。 みんなみんな、遠くにかすんでいるみたい、 私にはもう何も分からない。 私はもう何も考えられない。 お願いです、怒らないでください。 わたし、せっかくここまで来たのに、 もう駄目になってしまいました。 前に足を踏み出すちから、 無くなってしまいました。 時計の針が小さな音を立てて、 時が過ぎるのを見守っている。 心が意味もなく震えて、 小さな涙が頬をつたう。 わたしはそのままじっと、 今が消えるのを待っている。 針を数えながら待っている。 (作成時2003/4/2) 「三 白いままのノートに」 願いがいつまでも残りますように 空っぽノートをいつまでも眺めている 言葉はどれもこれもがもどかしいまま 考えるそばからすり抜けてしまうけど うまくいかないなあ うまくいかないなあ そんな思いはあるものの またみつめてた部屋の窓 なあんだ詰まらない なあんだ詰まらない 静かな夜の気配にあって ぽつんと私がひとりぼっち 座っているだけなのです なあんだ馬鹿らしい なあんだ馬鹿らしい どちらでもよかったのだ こころさえ覚えていたら 言葉なんて残らなくても 淋しさをとかし絵の具に こころを染めておきました 静かにあかりを暗くして お休みなさいもいたしましょう お休みなさいもいたしましょう 「四 嵐」 風が吹いたら寒かろうな 雨が降ったら冷たかろうな 震える肩がすっかり濡れて 髪からしずくが崩れ落ちても 見ている人はどこにもいない すれ違う人すらどこにもいない あらしが闇の中を駆けていく 雨粒がこころにあたって痛い 打ちのめされたまま辿り着いた どぶねずみみたいな部屋の鍵 かちゃりとひらいてもぐり込む 小さなあかりにまで捨てられて 闇夜に雷鳴がひびきわたる 稲光が窓のから差し込んで 真っ青のわたしを照らしては ガラスをつんざくようにこころまで 粉々にしてははしゃいでいる こんな淋しい箱のなかで 怯えるわたくしは誰でしょう なんのためにこんな箱のなかで 空回りしては打ちつける 嵐のなかを怯えたままで ひとりぼっちで駆けていく みじめなわたくし闇にのまれる ひとりぼっちの闇にのまれる こころのなかにも嵐があるだろう こころのなかにも雨は降るだろう 淋しくってスイッチをぱちぱちと ならしても町に明かりは灯らない 懐中電灯を引っ張りだしたって わたしのこころは報われないんだ こころのなかにざあざあと 悲しい悲しい雨が降ります いつしか雨さえあがったら 雲間に小鳥は飛ぶのでしょう 明日になれば朝露に まばゆい光が差すでしょう でもわたしのこころはずっとおんなじ ざあざあざあざあ泣いている ねえ、教えてください どこに行ったらこころの奥の 冷たい雨は止むのでしょうか どこに行ったらこころの奥の 激しい嵐は去るのでしょうか (作成時2003/10/30) 「五 心得」 Ⅰ ねえ、聞いてください 一生懸命に思いかさねて 考えて悩んで心苦しい時にも 震えながら必死で言葉を選んで 揺れる気持ちをどうにか落ち着けて なんとか一言だけを抜き出しては 痛みをこらえて書き記すのですが 誰も振り向いてはくれませんでした だから浮かんだ言葉はすべて並べて 思い違いも袋小路も何もかもみんな そのまま順番に文にしていくのです そうしたらあるいはもしかしたら その時本当に考えていたなにか 心の小さな欠けらが一粒ぐらい 誰か気づいてくれる人がきっと 居るかもしれないと思うのです だから私は同じ言葉でもいい 一つ一つ思いを文に紡いでいく それ以外に心に留めていること 何も持ちません Ⅱ わたしはいつも不思議なのです 本当の思いと言葉の落書きと なにが大切なのか分からなくて いつも思い悩んでいるのです わたしはある時この落書きを まだしも詩には出来ないかと 思い立ったこともありました それはすなわち次のような…… Ⅲ ねえ、聞いてください 一生懸命に思いかさねて 悩んで悩んで苦しいときにも 震える気持ちをどうにかなだめて ほんのひと言くらいを抜き出しにして 痛みをこらえてそっと書き記すのですが 誰も振り向いてはくれないのでした ねえ、聞いてください だから浮かんだ思いは語るそばから みんなみんな書き連ねにしてしまって 間違いも袋小路もどうとでもなれの心で はしたなくもすべてをしたためてみせるのです そうしたら、あるいはもしかしたら そのとき、考えていた結晶の一粒くらい 欠けらとなって残されるうちにはきっと 気づいてくれる人だってあるかもしれないし ねえ、聞いてください 誰か、聞いてください わたしは、同じ言葉でもきっと ひとつひとつを、思いに編み込んでいく 紡ぎだされたひたむきの羅列に 駄目なわたしの正体がそのまま 込められているのです それがわたしの歌の心得 他に留め置くことなんて なにも持ち合わせません Ⅳ それでわたしには分からないのです 本当の思いが込められているのは 本当の詩としてふさわしいものは いったいどちらの方なのか分からないのです だって言葉を作るほど作るほど 即興的な精神の率直さばかりが抜け落ちて まただらしない叙述を極めるばかりで わたしはどこかへ消えてしまうのです (Ⅰのみ作成時2004/1/21) 「六 ワイングラス」 神さま願いを聞いて下さい 赤いグラスを手の平にのせて 私はこころの底から祈りました ほんのわずかでもいいのです たった一度でもいいのです このグラスがふわりと浮かんで 心に描いたままのしぐさして 穏やかな中空をただよって 赤いワインもゆらゆら揺れて 暖色豆ランプのほの光りを浴びながら ダンスを踊ってくれたならば 私はあなたの豊かな温もりを きっと、信じることが出来るのだけれど 血を流してワインが揺れている 私の祈る心のように侘びしく どんなに思いを込めてみても ワインはゆらゆら揺れるばかり 私はとても悲しくなって 滲(にじ)んだグラスはきらきらと さざ波を立てるばかりでした いつもこんなことばかり 小さな部屋で祈り続けて もうどれくらい経つのでしょう 触れ合うようなたましいが欲しくて 私は友達を探したのですが 大切なお話をするようなひとは どうしても世間には見つかりませんでした 私はいつも一人きりで 閉ざされた部屋は牢獄みたいに 私を封じ込めてしまいます グラスは宙には舞い上がらず 生きることはこんなにもつまらなく こんなにもみすぼらしいものなのです かつては豊かだったはずの営みが おかしくなってしまったのでしょうか それとも稔(みの)り損ねた私だけが おかしくなってしまったのでしょうか 私には分からない ワイングラスは宙には浮かばない 悲しくてまたメルローに口づけする こころからしたたり落ちた血潮が こぼれたのを取り込むときのような 淋しい酸っぱさが口に広がって 涙さえ流れ込むような気配です 生きることは もっと楽しいこと 歓びに満ちたこと 活気に溢れたこと 人と触れ合うことが もっと沢山沢山あって 次々と感情を玩ぶような デフォルメされた物語や あざ笑うことだけを目的に はしゃぎ立てる楽園のような そんな忌まわしいものではない もっと静かでひたむきで もっと生き生きとしたもの 人と人とが豊かに社会を 築いて行くためのもの 男と女が真剣に抱き合って そうして愛を語り合うためのもの 人の心をファッションみたいに 流行(はやり)まかせに着こなしたり 命の尊さを使い尽くして 情緒を玩ぶための物語 そんなものではきっとないのに もっと真剣でひたむきなもの そんな社会の有りようが きっとあるはずなのに 誰も心にとめなければ 誰もそれを望まなければ 理想の世界はおとぎ話のまま 私は独りぼっちで立ちつくす ワイングラスは浮かんでこないのだし 侘びしいこころはもう誰も知らないのだし いつかきっとと夢見ていたようなわたしの 本当の思い人すらこの世にはいないのだし わたしはまるで案山子みたいになって 誰とも触れ合えないようなぽつねん 置き忘られてほうけてしまう つまらない、つまらない 生まれてこなければよかった グラスが舞い上がらないような 味気ないような世の中に 生まれてこなければよかった 流れていた音楽が途切れて はっとして顔を上げれば いつしかカーテンの向こうから 明るい光が射し込んで 夜はどこかへ消えてしまった どうしてこんなに毎日毎日が 同じように過ぎて行くのだろう なんでこんなに朝のせせらぎが わびしくてたまらないのだろう どうしてどうしてこんなにも 眠ってすべてを忘れることが 寂しくて寂しくて 不意に涙が流れるのだろう 私には分からない 指先のワイングラス カーテンを開けたら味気なく それでもなおさら赤を残して 色気もみせずに揺れている わたしのこころも揺れている 哀しみが押しよせて痛いのです 哀しみが押しよせるのが辛いのです そっと引き出しの奥から 優しい刃物を取り出して 冷たいようなとんがった その切っ先を当ててみる 手首が悲しげに真っ白で なんだかこころが落ち着くの わたしはたしかに壊れている けれども血管がどきどきと 脈打っているのが恐くって この切っ先をわずかばかり 動かしたならわたしにも 幸せの時は訪れるのでしょうか 誰かに抱(いだ)かれたい 大丈夫だって言われてみたい 一人ではないよってひたむきに 耳元でささやいてもらいたい わたしは間違っていないって あたまを撫でてもらいたい わたしには言葉がわからない 生まれたときからわからない どんなに懸命に話し掛けても どんなに聞き耳を立ててみても どうしても言葉が理解できない もし世の中が間違っていないなら わたしひとりが間違っているのだから 指先に願いを込めてみる もしこのワイングラスがそっと わたしの願いを叶えてくれるなら わたしはそれを証にしてどこまでも 自分を信じて歩いていこう けれども間違っているならば 私はこの温かい手首をきっと 滑らせてもう真っ赤な血みどろの 最後の乾杯をいたします ですけれどもお願いですから 私に奇跡をお与えください そんな祈るようなこころでもって グラスをそっと指から放すのです グラスはとどまることもなく ガシャンと鈍い音がして 飛び散るガラスは床じゅうに 粉々になってはてました 私は崩れるように嗚咽(おえつ)して 握りしめたカッターを投げ出して すすり声を上げながら破片を拾う お掃除お掃除なんて こころのなかに歌っている 小さなガラスが指先を裂いて 赤く染まってまあるく膨らんだとき 私は泣きながら絆創膏を探していた 痛いよう痛いようって呟きながら 私は泣きながら絆創膏を探している 決して死のうなんて思わなかった ねえ、神さまはなぜ この世にいないのだろう (2008/5/27) 「七 ひもじいよう」 ひもじいようってまたこの部屋で ひもじいようってひとり泣いてる つかのま誰かが寄り添うみたいに 耳元で囁くような夢を見たのです 生きている喜びに満たされて 私は振り返ってもたれかかる あなたの温もりがあたたかく 大丈夫だよって肩を撫でてくれる 私はまるで子供みたいに 発作のように泣き崩れて 心の闇が洗い流されるようで 何度もぎゅうぎゅうあなたを確かめながら 疲れたみたいに眠ってしまったのです ぱちりとまぶたを開いたとき もう温もりの影は消えていて ぎゅうぎゅう潰れた枕ばかり 押しつぶされているのでした それはいつもの冷たい部屋で 私はつい布団を抱きかかえつつ 涙まかせに眠っていたのです 夜が無情の秒針をかちかちと 深夜の子守歌を歌っています 私は明日になるのが恐ろしく けれども今はもっと恐ろしく かといって、何が出来ようか もうもがき苦しむ力もなくて ぼんやりとして部屋を眺めている 豆電球がわたしを見下ろしている 枕をそっと握り返してみると さっきの温もりが思い出されて 胸がなおさらに詰まらなかった 発作みたいに二の腕のあたりに 思いきり噛みついてそれから目をつむって 痛い痛いとこころに呟きながら それでどうにか淋しさを逃れようとして 頭を空っぽにしてなるたけ痛みだけにして ひもじいようってまたこの部屋で ひもじいようってひとり泣いてる (2008/7/15) 「八 恋もかなわぬこころ」 こんなにぽかんと咲いた闇夜の寂しさを どうして逃(のが)れたらよいのでしょう ぬばたまを誤魔化すみたいにはしゃいだり 調べものしたりお気に入りの小説を読んで 音楽を流してその歌詞を口ずさんだりして 必死で幸せぶっても心のなかはうわの空で 私はやっぱりぽつんとはじき出されたまま 牢屋みたいな部屋に閉ざされているのです 古くなった冷風装置がききぃききぃと 奇っ怪な響きにおののく小鳥みたいに こころが破裂するような驚愕を覚えて 胸に手を当てたまま鼓動の一つ一つを 一つ、二つ、三つ、四つ…… 数えながら胸の柔らかさを確かめてみる まるでこころの籠もらない人形みたいに 瑞々しく元気なこの体が不思議なのです こんなに鼓動はしっかりしているのだし どうして咲き誇る季節に怯えるみたいに こころだけが壊れてしまったのだろうか 深刻な思いをからかうみたいにして わざとほほ笑んでみました それから鏡のところでもういちど 髪をはらって覗き込んで にっこり笑って見せました アルバムの写真に見えるような 元気なわたしが佇んでいる 急に哀れで可哀想でたまらなく 防波堤が決壊してしまったみたいになって 私は床に崩れ込みながらうずくまって 子供みたいに泣いてしまうのです 私はどうなってしまったのでしょう 自(みずか)らのために幸せを掴むこと 元気にすこやか生きていくということが どうしてこんなにも解きほぐせないような もつれた糸巻きみたいになってしまったのでしょう 大切なねじが知らないうちにぽろり 抜け落ちてしまったような気もいたします よろこびを見つけて走り出すこと 扉の向こうに訪れる勇気 たゆまずに歩き続けるいのち 屈託もなく挨拶を交わすこと すべてが靄の向こうの物語みたいで まるで現実味が浮かんでこないのです そうして、ただただ怖いのです 空っぽのままに消えていくような 誰だか分からない私というものが 感情がこんがらがって喜怒哀楽が 台なしになって今ではとうとう すべてが黒く塗りつぶされるような 訳の分からない恐怖に囚われるのです 泣きながら扉を開いてみたところで 何が変わるというのでしょうか まるで見当もつかないのです ぽかんと気力を無くした真空が ぷかぷか浮かんでいるばかり わたしはそれに束縛されて なんの気力も起こらないのです あるいは真空にのまれてしまって 自分なんか消えてしまった方が まだしもましなような気も 近頃ちょっとだけするのです P.S. ごめんなさいね 下らないことをお書きしました あなたは気になさらないでください 屈託のない幸せを祈りながら 毎日を楽しく過ごしてください 私はこの遠くからそっと あなたに手を振ってみせましょう そうしたらわたしの心にも ほんの少しくらい幸せの 残照が浮かんでくるかもしれません だからお休みなさい 見知らぬあなた わたしはもう こんな遊びしか出来ないのです (2008/7/21) 「九 学生生活」 教室は騒がしさの歌声 私はひとりで逃れるみたい 眠ったふりの机にうつぶせて 音もなく泣いておりました 葉っぱの色を塗ることばかり スポイトで香りをつけたり どんなに飾ってみても ここのなかは、スポンジみたい 恋とか、彼とか、そういうんじゃなく おとなになることは、もっと別のこと 恋とか、彼とかの、もう一方の岸辺に すっくと、立っているべき、はずなのに 品評会ばかり、繰り返す会話の だらしなくも、ほほ笑みばかり わたしは恐い、みんなまるで ものに見えて、ならないのです 人はときどき、抱かれたりもする あるいはしょっちゅう、愛したりもするけれど それだけでないものを、語り合うためにもきっと 突き詰めたり、するためにもきっと 犬や猫でないものを、たったひとつだけ なにも、オシャレやら、愛やらのためでなく それは、生き方の、一ページには違いないけれど 知性というものは、きっとそれだけでなく あると聞かされて、父さんの言葉を信じて 歩いてきたけれど、ここは全然違っているのです まるで幼児のお菓子の、クラスの会話はどれもこれも 未成熟で、見てくれと、品評会ばかりの 不気味なくらいの、動物性なのです テレビをつければきっとまた 人格も気品もないがしろにしたような 自我を振りまいた奇妙な会話が 学園ドラマとか称してたれ流し 本をめくっても嘘んこの物語 あらゆる詳細に出鱈目を放置して 偽物の物語を興ざめに突き進む おめでたい偽物の自我に溢れてる だからこれが この騒がしいだけの教室が この国のすべてのひとが望んだ 理想の楽園に違いないのだ 本当に真面目なことを呟いてみると 興ざめしたみたいに去っていく 意味不明だなんてわざと聞こえるように うつぶせのわたしのそばでささやいている 傷つけることだけが楽しみらしくって もっとも痛みの起こる瞬間を探している わたしは辛くって辛くってそれはこころも 痛むよりもっと、人の見つからないことが 辛くって、辛くって、今ではこうして 休み時間には、眠ったふりをしているのです 遠くで、また大きなひそひそ話しとやらが 猿のような笑いを繰り広げているようです わたしはただこの狭い世界が怖い 学校という檻の中に封じ込められた わたしのこころを剥奪するこの空間が たまらなく怖ろしいばかりです こんな悪徳が栄華を誇っても もしわずかの人々の寄り集まって ひたむきな小さな村でも生みなして 共に生きられたらと思うこともあるのです それなのにわたしのまわりには味方が見つからず もうこころを支え切れそうにないくらい哀しくて わたしの言葉は誰にもきっと通じないような 絶望のままにこうして休み時間は眠ったみたいに でも本当は、こころに泣いているのです こころに泣いて、凍えかけているのです こんな動物園みたいな檻の空間を 同列に連なって、同じ話しかしない 無個性なのにけたたましいような精神を 養成するためのこの学校という制度を いったい、何が目的で、作り出したのでしょう これは、わたしたちの、生み出したものでしょうか それとも、敗戦のために、国家の根幹を滅ぼそうとして あの、ハンバーガーのみなさんが、作ったものでしょうか わたしはただ家族の笑顔が恐くって 父さんやら母さんやらの泣きべそが恐ろしくって 逃れることも出来ないで、消えることも出来ないで この閉ざされた空間がただただ恐ろしくて 集団的な同一性がただただ恐ろしくって 震えながら眠ったふりをしつつ 本当はこころを涙に溺れながら ひたむきに、次の授業を待っている 鐘が鳴って先生さえ到着すれば まだしも教科書を自動読みに進めるだけの 教育チャンネルの方がまだましなくらいの 朗読装置が繰り返されて、その時ばかりはちょっと 人々の騒音は、静かになるくらいのものなのです ものを考えようとする内容を奪い去って 暗記させるばかりの無駄な教科書の群れが 次から次へと押しよせてくるのに誰も これが間違っているとは宣言しない 無駄なことを繰り返しているから みんな抜け落ちてただ休み時間の エゴと娯楽ばかりが大きく成長して 奇妙な動物を育ててしまうのだ わたしは、頭がおかしいのだろうか こんな事を、考えるのは普通でないのだろうか でも、普通ってなに、そんなのおかしい だって、個性的な人間を、作るための教育じゃないの? 頭はぐるぐるとまわっているばかり ただ両親には申し訳なくって それなのに、苦しいよう、苦しいよう 逃げ場を失って、いつも途方に暮れている 神様なんて、この世には居ないことが発覚せられ どこへ逃げても、延長線上のなみだに満たされるなら ある日、屋上から、そっと、身を乗り出すくらいの 軽やかな、絶望にだって、きっと見舞われる人々が もっと、沢山、出てきても、不思議じゃない わたしはある日、夕暮れの校舎から コンクリートの、大地を見下ろしてぞっとする そうして、なんだか、その場に立ちすくみ 助けて、助けて、嫌だよう、なんて震えながら うずくまって、不意に泣き出してしまいました あの日、夕暮れの太陽は秋めいて美しく 真っ赤に染まる血潮みたいな大気のなかに 私は惨めを噛みしめながら、ぼんやり立ちあがった それから、階段をとぼとぼと下りていく 何もなかったように、家路についたのです それから、元気よく、ただいまなんて 玄関から靴を脱げば、母さんは笑いながら お帰りなさいっていうとき、不意に わあって、泣き出しそうになって、慌ててまた 自分の部屋まで、走っていってしまいました そうして、布団に伏せって、誰にも聞こえないように しくしく、しくしく、いつまでも、いつまでも 泣いている、ばかりだったのです 泣いている、ばかりだったのです ……生きていくことは地獄だ (2008/08/04) [十 分かれ道] 面影色してこころに暖まる 懐かしい初恋のあなた 振り返ると足跡ばかりが いつしかひとりぼっちに連なっている 夏の盛りを過ぎた夕暮れの頃に 私は淋しくてようやく立ち尽くすのです あなたと歩いた思い出小径 はしゃぎ回った砂の靴跡 それからもつれ合うみたいにして ちっとも前に進もうとしなかった あんな沢山のたわむれの日々ばかり たまらなく幸せに思い出されます 若葉が天空を目指すみたいに 私たちはそれぞれが未来の向こうに 大きな幸せが待っているに違いないって 思って、あなたは枝分かれの路を 思って、わたしも枝分かれの路を かたく握手を交わし合って別れた あの日のことを、また考えてしまうのです あの日の温もりはその手の平にきっと 残されたまま、二人は袂を分かった けれども未練に満ちてときどき振り返っては さようなら、さようなら、また逢う日まで 同じ歩調で歩んでいけたなら、きっといつの日か 虹の向こうで巡り会えるかななんて 互いの靴音が遠く聞こえなくなるまで わざと大きく頑張って両手を振りながら 踏み出してからいったいどれくらいの季節が 二人の間を流れてしまったのでしょうか 春を待ちわびるうちに花は咲き誇り 新緑の燃え上がるみたいに栄えた森林も 秋の彩りにはらはらとなみだを流すみたい いつしか木枯らし吹いてまた雪が降るのです ひんやりとした雪の降る夜は いつのまにかただ足を前に出すことのみを 目標に置き換えて何かから逃れようとする そんな足を緩めるのが恐いばかりに今も 必死になって寒さの暗がりを歩いている ときどき苦しくて後ろに向かって全力で 泣きながら逃げ出しそうになるけれど きっと会えるという言葉をだけ信じながら わたしはまだとぼとぼ歩いているのです (2008/5/16) 《恋の詩集》 「一 わたしはあなたの夢を見ている」 お休みなさいってなんど伝えても あなたはこっちを向いてはくれないの? 電話の向こうでは屈託のない冗談 笑う声ばかりぽつりとさみしくて ひっそりと涙をこぼしながら、でもたくましく 平然とした私の声にはよい響きあって それが余計に私を心細くさせるのです 神様どうかあの人のもとへまで 想いを届けてはくださいませんか あなたはあなたの夢を見ている ひたむきな歩みのすがたがあって それは私には掴み取れないような 遠くの海のかなたなのです まだ切らないでって不意につぶやいた かすかな震えるこころはあなたには届かない 寂しがり屋だって馬鹿にするみたいにして 受話器のかなたでそっと頬笑みかえす あなたの優しさだけが降りつのるこんな夜 こっそり泣きながら、でも挫(くじ)けることなく 颯爽とした私の声は借り物の翻訳装置みたいで それが余計に私を心細くさせるのです だから、神様どうかあの人のもとへと なみだを届けては下さいませんか わたしはあなたの夢を見ている 追いかけても後ろ姿だけ広くって 歩みゆくあなたには届けられない ひたむきな揺れる恋心なのです 受話器を置くたびに涙はあふれ落ちて さみしくて綻(ほころ)びそうになるけれど 頬をつたう煌めきだけが床をこぼれて しずくは音もなく透き通って消えました 無機質な通信装置は押しだまったままで つーつーと音を流すばかりなのでした 好きですあなただけが 何より想われてなりません どんなときでもたったひとりの 味方があるってそのことだけを せめて恋は隠してもあなたに伝えられたら あなたはわたしの方を振り向いて すこし笑ってくれるかしら 受話器はつーつーと鳴りっぱなしなのに 私は膝を抱えて嗚咽(おえつ)している 今この瞬間に物語みたいな夢が一つだけ そっと受話器を置いてから三つ目の 数を数えたらもう一度ベルが鳴って おそるおそる耳に傾ける私の 耳元に大丈夫だって言われたい あなたのやさしい声で言われたい そっと受話器を置いて三つ目の 数を泣きながら数えても それからもう一度だけ三つ目の 数を泣きながら数えても めげずにもう一度、そしてもう一度 もうあなたは寝てしまったのかしら 時計の秒針だけがさみしい 震えるこころに染(し)みるのです 「二 秋夜の思い」 あなたの心に耳を当てたまま静かに横たわる 伝わってくるあなたの鼓動にそっと私の心を合わせる こうして一緒に生きていることがたまらなく大切で かけがえのないことのように思われて ほんの少し瞳の内が熱くなる小さな9月の夜 どこまでもどこまでも今が続いてくれたら きっと幸せなのだろうと思えばなおのこと 時々不安になっては触れ合う肌のぬくもり 切なくてたまらない小さな秋の夜がそっと 遠く聞こえる虫の音色と一緒に更けていく 月明かりの下で静かに更けていきます (作成時2003/9/30) 「三 伝心」 あなたの胸に頬を当てると 白いシャツから色とりどりの 花束の香りのような甘い匂い 仄かに感じられておかしい キョトンとしたような瞳をして 私のなかを覗き込んでいるあなた 私の選んだ柔軟剤の香りがする 私の洗濯した白いTシャツの胸 そして私の選んだたった一人の…… なんて考えながら頬を紅くすると あなたは不意に笑顔を開くみたいに 髪を撫でながらおでこにキスをした たぶん言葉が温もりを伝わって あなたに届くことはないのだけれど 感情だったらあるいは肌を通り越して あなたの心に贈られるものでしょうか わたしの胸に贈り返されるものでしょうか そんな祈りみたいな思いを秘めたまま あなたに届けとばかりに強く握ると あなたはやっぱりとぼけたみたいに うん分かったなんてつぶやいてくれて また髪の毛を撫でてくれている ねえ、ほんとうに分かっているの? いじわるな気持ちでその腕を 軽く叩いてふくれてみたい 懸命に考えていた歳月がみすぼらしく 想い出されるとすこし哀しくなってしまう ひとりで溺れかけた淋しい季節には 感情のままに恋人を衣替えする ふとどきものの恋愛を見るのが嫌で 心だけでない本当の意味が欲しくて あれこれと思い悩んだりもしたけれど…… でも結局幸せはまるっきり感情まかせ すべての考えも怠けたみたいに私は 好きという想いにすべてを委(ゆだ)ね こうしてあなたに抱かれているだけ でも一つだけ信じて下さい いつもひとりで苦しんでいたわたし 救い出してくれたあなたに これからどんな困難があっても 必ず後ろから支えて付いていく あなたが私のことを邪魔にして ちょっと足げにしたってきっと 黙ってあなたの後ろを歩いていく それは流行のファッションではない つまみ食いのおやつではない もっともっと大切なものであり わたしの行動の規範としてかかげ わたしの唯一の倫理としてかならず 私を束縛するこの世にたった一つの 絶対の真理なのです 信じて下さい あなたを愛するということ 今のわたしの全てであり これからもわたしのことを 永久(とわ)に支えてくれるでしょう ねえ、聞いているの? だからあなたもねえ 私の半分ぐらいは真面目に 同じ気持ちを心に刻んで 永い歳月を二人で歩けたら 幸せだと思いませんか? そんなことを懸命に 考えてあなたに伝心してみると あなたはまたわたしの瞳のなか いつの間にかじっと覗き込んでいる いじわるなあなた その優しい腕で わたしを守って下さい いまはそれだけ…… 「四 夕暮れ空の誓い」 あなたの言葉が私の耳を伝わって 不思議なさえずりみたいに意味だけ失って でも心地よいメロディーみたいに響いてくる そんな小さな秋の夕暮れでした 私はベランダからすこし乗り出しながら このまま空へ飛び上がる蜻蛉みたいに ふたりしてくるくると真っ赤な雲をめざして 綿菓子みたいに口付けてはくるり舞い戻って 中休みして三日月の先に止まってみたり それから頭上のきわめて明るい星ひとつ またたくリズムに合わせて素敵な旋律を せせらぐような歌声でワンフレーズずつ 互いに口ずさんだりしながら何時までも 果てなくすがすがしく駆け巡っていたい そんな幸せを感じてあなたの指を取って 意味もなくもてあそんだりしているのです 言葉よりもっと沢山の想いを直に伝えること 人間だけに許された特権のような気がして それがたまらなく嬉しいものですから うつむいて微笑んだりしてみるのです でも不意にはっと気が付いてあなたの瞳 覗き込むように大きく見つめてしまう そうなのだ、言葉の代償にきっと神様は 私たちには感覚のなしうる本当の豊かさを 心をそのままに伝える真の伝達の極意を お裾分け程度にしか教えて下さらなかったのだ だからこんな素敵な気持ちが果てなく 永久(とわ)に引き延ばされることもなくて 私たちはまた会話の世界に引き戻されつつ それもまた心地よいことだったのねという 人間の特性にはかなく舞い戻されるのだ あなたが私の瞳を覗き込んでいる 真っ赤な空が高い方から群青へと 星の瞬く漆黒へと色を忘れていく 夕暮れの中で肩を寄せ合っている 不思議なことにあなたはきっとまた こんな時に見せるお決まりの仕草 抱き寄せて黙(だんま)りこのくちびるを 優しく奪い盗ってしまうのでしょう そして小さく私の黒髪を撫でながら 大丈夫だよってまた繰り返すのでしょう 何を指し示すのか分からないけれど 悩みも忘れてまたもたれ掛かる私の 心をだらしなく安心させてくれる 世界でたった一人のあなたへ この瞬間がたまらなく愛おしい 私たちは豊かな動物みたいにして 言葉を忘れて繋がっているようで それこそが最高の愛の本質なのだと 私には想われてなりません どんなに姿が変わっても どんなに歳月が流れても 命の限りにあなたを愛す ふたりして生きていこうと 心から祈っているのです (2008/09/13) 「五」 あなたを愛したひとすじの 流れて遠のく星くずを 思い侘びしくなみだ色 見つめています窓の外 肩を並べたほほ笑みの 数えてみても指折りの あんなにあった幸せも 遠くへ消えてしまいます 買いもの通りの帰り道 真っ赤な顔してふくれてた 夕日を浴びたら荷物持ち してくれましたあの人も いまは遠くの窓辺から たとえばおなじ流れ星 眺めていてもわからない もう確かめるすべもない ほんのわずかのすれ違い 繰り返すうちに離れてた 二人のこころのちぐはぐも 今ごろなんでか哀しくて あなたを愛したひとすじの 流れて遠のく星くずを 思い侘びしくなみだ色 見つめています窓の外 「六」 一つ ひとりにさせはしないと  二つ ふたりはいつもかわらず   三つ みつめてこいのささやき    四つ よつかどふたりのこみち     五つ いつでもゆびさきかさね    六つ むつまじければとおもう   七つ ななめにあなたのほおを  八つ やっぱりみつめてしまう 九つ こころのなかではいつも  十の とうまであいしていこう 「七」 いわゆるあなたという事象は まさか仮定された有機交流電燈の ひとつの青い照明なんかじゃありません あらゆる透明な幽霊の複合体なんかでは いられないくらいの磁力がこころには満ちあふれ ふたりの磁場を揺すぶっているのです フィロソフィアなんてとんだまがいもの フェルマーの定理とかあるいは不完全燃焼の 第三定理とかまるでショーウィンドウの飾り物 どれもこれもがきらびやかな諸芸術には過ぎなくって わたしが駆け出すための定理に叶っていないのです ちゃんちゃら可笑しいくらいかと思うばかりです 数式でも科学でも解き明かせないもの 走り出したりはしゃぎあったりするための つま恋のおぼろ街灯の猫たちの何気ない情熱 喜びのなかを生き抜く有孔虫の単純さでもって 新鮮な本体論なんかよりもっと大切なものがある 星粒のひとかけらくらいに還元されべきもっとひたむきなもの 氷窒素なんて食べれないものを愛てなどいられない 修羅の十億年なんてまるでわたしのしったこっちゃない 気がかりなのはいつも明日のふたりのことばかり 第四次延長なんて分からず屋をかまっちゃいられない 走りだしたい毎日の営みこそが電子百万のテキストより まことのいのちに思われてならないくらいです だからあなたはもう書籍なんか閉ざして だからあなたはもう詩集なんか閉ざして 累積された白亜紀砂岩の落書きなんかまるで信奉せず ただわたしだけを永久(とことわ)見ていなくってはなりません ただわたしだけをあらゆる時空を乗り越えるみたいにして今は こころへと還元されるみたいに愛さなくってはならないのです 「八」 おだやかな何もない毎日なのに 回りのものすべてが嫌になってしまう もしそんな社会がありましたなら 生きる人々の語る仕草はどれもこれもが きっと間違っているには違いありません 楽しそうにお互いを人でなしにしつつ 気づきもしないでほほ笑んでいるばかり だからわたしはひとりでぽつねんとして いつもふるえてはおりましたっけ ある時あなたはわたしを見つけだし 屈託もない姿勢で腕を引き上げてくれた 今でもなんだかそう思われてなりません わたしはただ、無頓着に救い出された子犬みたいに あなたを信任して歩いて来たのです、これからもきっと 大嫌いな世の中、それでもひっそりと、大好きなものが 込められていたならば、もう憎らしい社会でさえも わたしは信任したくなるくらい、わずかな感謝の気持ちを こころに抱いて、今は歩き続けているような気配です すやすや眠るあなたを、ただいつまでもこうして ぼんやり、眺めていたいけど、今はお休みなさい だって、夢に出会えたり、明日になればきっとまた ふたりで、何気ない、お話でもするのですから ふたりで、何気ない、お話でもするのですから 「九」 やわらかなまま転げ回ったりしても 空っぽのなかをほんわか泳ぎ回っても あるいは不思議な花火みたいな高まりを 吐息の近くにそっとしがみついてみても いつもあなたはわたしのそばで こころの半分みたいにわらっているの アルバムはいつしかふたりのことばかり 写してばかりのカメラも照れている ちょっと寒い夜のシクラメンの香り 取り込まれた鉢植はテーブルに載せられて あたためあうようなふたりの束の間を 恥ずかしそうに眺めているのです それでいいではないですか それで幸せではないですか 幸せだったらいいでしょう それよりなにがいりますか 指で突いたら突き返されて くすぐったいうちに眠くなるから お休みなさい恥ずかしそうなシクラメンが テーブルの上から見守っているのです 「十」 相互不信任の世に わたしは愛を掲げるのだ それは時代錯誤であり それははなはだ愚かしい それでも不信任の世に わたしは愛を掲げるのだ 嘲笑は鶏の好むところで 鶏が社会を謳歌しても わたしは人の生き方を 求めて愛を掲げるのだ あなたとわたしの最小の 社会を築いて生きるのだ ひとりのために打たれては 震えるこころは保てない 誰かのためのいのちなら いばらの道も恐くはないから 人でなしの世の中に ふたりで愛を高らかに 掲げて生きていくのです それがふたりの誓いです ただあなただけを 永遠に信任します 《わたしの詩集》 「一 ちいさな思い出」 [元歌] 小さな思いで胸のうちにすうっと 小春日和ののどかなさと揺れて まだ忘れないたくさんの面影 きっといつまでも残るから 秋風がまたさわやかに 雲が高きをゆくこんな日は またあなたのことを考える 育ててくれてありがとうと 心の中でいつも思っている 私はきっとこの日差しの下で 幸せな毎日を送っているから 安心して見ていてください またさわやかな風が吹いて 午後の日差しが少し揺れるのを ぼんやりぼんやり眺めている (作成2001/11/26) [替歌] ちいさな思い出、胸のうちへすっと 小春日和ののどかさとたわむれて いつまでもきっと残るから 秋空はひときわさわやかに 雲の高さをたたえるような青空 わたしはまたあなたのことを浮かべてる あの頃の幸せだった毎日を浮かべてる しかられたり、撫でられたり 諭されたり、わらわされたり いろいろなことが、ありました いろいろな思い出が、ありました 育ててくれてありがとうと いつもこころに感じていたい わたしはきっとこの青空の下で 幸せな毎日を送っているから 安心して見ていてください またおだやかな風が吹き抜けて わたしのこころを舞い上げるのを ぼんやりぼんやり眺めているのです 「二 さんたくろーす」 小さい頃はサンタさん あの窓先にやってくるって 夜も寝ないで眺めてた 気づけばまあるいお月さま ちっとも雪なんて降らないものだから お月さまに向かってサンタさんのことを お祈りしたこともありました でもいつも夜に諭されて 夢のかなたへ吸い込まれるよう 眠りに陥って記憶をなくしてた 今でもよく覚えています 翌る朝、目が覚めると決まって 小さなソックスのなかに贈り物 小さく収まって控えていた わたしはその日いち日かけて 家じゅうそれを見せ回っては 父さん母さんの笑顔に包まれて 幸せを噛みしめているのです 今は分かっているその贈り物 サンタさんよりもっと大切な人 サンタさんなんて居なくてもいい いつまでもいて欲しい大切な人 入れてくれたそのひとの顔が 懐かしく胸を締め付ける 今ではあなたがしていたことを いつの間にかしている私がいて 時の流れが少し寂しく また今の私が幸せでもあり 私の遠くのサンタさん 今はむかしよりもっと あなたへの感謝の気持ちで一杯です (元詩作成2001/12/26) 「三 ただいま」 Ⅰ ドアの前には私が一人 かぎを回すと冷たい音がカチャリ 耳に触れるのがたまらなく痛くて ただいま、なんて声を出してみます 気を紛らわせながら洗面台の前で 自分でひねった蛇口の音に驚いて 目を上げれば私の姿がそこに ぽつんと鏡の前に立ちつくしています 誰もいない孤独な空間 話したい思いを何もかも 胸の中に抱え込んだままの この部屋は嫌いです Ⅱ ドアの前で鍵を見失って あくせくと手提げの中をさ迷って あきれる顔のあなたがそこで 鍵を取り出す涼しい笑顔 ようやく入って洗面台の前に 蛇口をひねって少し前のこと もう一人になりたくないと 不安になって目を上げればそこに あなたが優しく立っていました こんなにも暖かなぬくもりに 蛇口の水がいつまでも流れたまま このまま時間が止まってしまえばいい 2人っきりのこの部屋で Ⅲ 外で階段の響く音がすれば 呼び鈴も鳴らさずにドアを叩いて 慌てて鍵を開ければ飛び込む姿に 落ち着きなさいとたしなめて見ます うがいをするのと洗面台の前に 自分でひねった蛇口の水が掛かって 小さなドジに服がジャブジャブ 私はそれを笑いながら拭いてあげる 今はこうしてあなたと子供が 話したい思い何もかも 受け止めてくれる毎日が たまらなくいとおしく思えて この小さな部屋も ありがとうと暖かい (作成時2002/2/17) 「四 みずあそび」 子供の頃よくした水遊び 冷たい透き通ったしずくが 手のひら跳ねて顔にあったって いつの間にやら服まで濡らして しかられても気にも止めなかった あの頃、小さな瞳の向こうに きらきらと光ってた 掴まえることの出来ない 不思議に透明な輝き こうして食器を洗っていると ときどき不意に思い出します この水の流れをどこまでも たどっていったならばもしかして その向こうにあの頃の私が 楽しそうに笑いながら 向こう側からまっすぐ見詰めて 立っているような気がして 蛇口の水をすくってみたら 手のひら跳ねて顔にあたって 思わず笑ったその瞬間に しずくに映った私の瞳 あの頃の私がのぞいていた (作成時2002/5/21) 「五 覚えていますか」 覚えていますか橋のたもとに こっそり書いた小さな落書き 河の両側に並ぶ桜の花が揺れて まるで雪みたいに二人の時間を やさしく包んでくれた帰り道 川原に行こうって脇道にそれて 降りる途中で見つけた小石で あなたがふいに書いた落書き 今でも覚えているかしら 下校時刻の鐘が遠くに 人気の消えた春の小橋 校舎の屋根も隠れて消えて 瞳にうつった落書きだけが 胸に広がっていく帰り道 僕らはいつまでも一緒だって 書いたとたんに肩に手をかけて あなたは優しく私を引き寄せる 今でも覚えているかしら あの頃が懐かしいくらいに 私たちは一緒に歩いてきました 二人が同じ名前になるよりも もっと沢山の月日が流れて 私達の付けた新しい名前も いつかあの頃の私たちを越えて 新しい家族の元に向かいます 沢山の思い出を心の中にゆだねて 私たちはまた二人きりになりました 柱の時計がボンボン鳴って あなたは何も知らずに眠っている 覚えていますか橋のたもとに こっそり書いた小さな落書き 今でも私はあの頃のこと よく思い出しては胸のうち あなたと過ごせた毎日に 感謝の気持ちで一杯です (作成時2003/6/25) 「六 十五夜お月様」 小さな小さなぶどうの房が 青くたわわに実りました 手のひら一粒抜け落ちて ころころ転がる机の上 転がり疲れて止まった先には ススキとお団子がありました 涼しい秋風が窓に吸い込まれて ほったらかしの風鈴がそれにつられて ちりんりーんと音を奏でる それに合わせて庭の虫の音が 一斉に合唱を始めるのです 今日は十五夜そらは青く遠く 西の空には星たちの瞬きの中 丸い月の光が静かに天を照らし この小さな部屋の窓を越えて ほら、幸せの光を投げかける まだ何も知らないゆう君が ちょっと見ていたお月様にも飽きて お団子に手を伸ばしてはきっと また私に駄目ですよって言われて がっかりしちゃうそんな十五夜 (作成時2003/9/2) 「七 カップ一杯のコーヒーはいかが?」 カップ一杯のコーヒーはいかが? 砂糖にミルクをたっぷり入れて ぐるぐるかき回してはいい香り おいしい午後にしばしの一休み ちょっと足を延ばして買ってきた おすすめの焼きたてクッキーと共に 口の中に放り込めば心もなごんで 読みかけの単行本にえいと手を伸ばす 小春日和の穏やかな風がときおり 窓辺の花の香りを運び込んで コーヒーとクッキーにお花の香り なんて贅沢な午後のひととき 幸せいっぱい優しい気持ち ありきたりの毎日にゆとりを与えよう 夕飯の買い出し前の 私だけの時間が過ぎていく こんな豊かな生活が どこまでも続きますように ちょっと活字から目を離しては 何となく祈ってみました 遠くに道行く親子連れの 小さい笑い声が聞こえて 日の光が前よりちょっと 西の方にうつむいている (作成時2003/11/25) 「八」 軽やかなりしすてっぷで 高鳴らせましょう朝の歌 だれよりはやく起きてみて わたしがやらねば朝ごはん 夫婦に差別はないけれど 未だにわたしが朝ごはん やらねば飢えてしまうから しぶしぶながらもまな板を 野菜に合わせて軽やかに 包丁くらいのリズムして 鼻歌なんかも加えたら すばやく作れ朝ごはん ちゅんちゅん鳴いてる庭鳥の ごはん粒くらいあげたって たちまち尽くして飛び立つを 眺めながらのおみそ汁 旦那の遅いあくび顔 ブーイングなどしないけど 幾分つねってあげましょか たまには作って朝ごはん いつまで眠るのわたくしの お子様すやすやフライパン 叩く真似などしないけど そろそろ起きてよ朝ごはん せっかく作った感謝さえ 毎日だからずぼらなの ちょっと膨れてみたいけど みんな急がし朝ならば さっさと皿も洗いきり さっさと準備も済ませたら まずは旦那を見送って ようやく一息つくのです 「九」 紫陽花の雨にわたしはため息をする それはあの頃の登校を逃れたいような おもかげを引きずっているからです 雨降りの憂うつはあの頃の毎日の マイナスの側面をみじめにも浮かばせる 呪文みたいな、悲しみの音立てて ぽつんとした淋しさの沸き上がるくらい 紫陽花の雨はしとしと降りましょう それはあの頃のひとりぼっちの窓辺みたい クラスの雰囲気の苦手のような、あるいはもっと 布団に籠もって、泣いていたような情緒の束を 雨垂れのリズムというものは、浮かばせてしまうらしいのです あなたの声がどうしても聞きたくなって、けれどもそれは仕事先 ごめんね、用もないけど、どうしても掛けてしまうわたし 携帯のボタンを、我慢しきれずにそっと押してしまう…… だって、そんなときでも、あなたは出会いさなかの 優しいあの頃の、声で宥めてくれるのです 職場の評価が下がったら、それは済まないけど…… ごめんねなんて、ちょっとくらいは言ってみたいけど わたしは甘えて、帰りに駅前のパンを買ってきてよなんて 勝手なことを、告げたりもしてみましょうか ごめんね、こんな、紫陽花の雨の日には わたしの、こころは、まいってしまうから どうか、支えて、いてください もしそれだけ、守って、くださったなら とこしえに、あなたひとりを、愛していきましょう とこしえに、あなたひとりを、愛していきましょう 「十 こころの体操」 うっすらしたこころが浮かびあがるように めざめの朝はすがすがしかろう おめかし顔した太陽にてらされて ねぼけなまのこの姿は恥ずかしかろう ふっくらだらけた布団をおしのけて 頬をひきしめるようにして水にひたして えいと背をのばしてそれから深呼吸 窓をひらいてかざり毛のない素顔で おはようおはようおはようございます 大気にあいさつをかわしましょう 台所ではポットがピイイとなりまして 今日もいちにち頑張っていきましょう 良いことははきはきした表情から 屹然としたたましいからやってくる おはようおはようおはようございます それが朝いちばんのこころの体操