《音を忘れた手まり歌》 世を憂えるあまり闇に取り憑かれた 詩人はおかしくなってしまったのか それとも彼だけがいつも正しくて 憂うべき世の中が間違っていたのか それはわたしには分からない せめてもの望みと託した詩集が すげなく出版社に黙殺された時 彼はいくつかのうらみ歌を重ねて この一連の詩集を完成させ わたしに送りつけたまま ぷっつりと連絡が途絶えたまま 今でも行方知らずなのである 《Ⅰ 悲観した詩人の歌》 「かたきへの歌」 寒いよう、寒いようって 凍えるときには、呟いてみたり するほどの型式も、近頃は苦しくて 心は干からびる一方なのです 虚言まじえず誠ひとつを 自白することは、辛いけれども ただ唯一の、真相究明のための 方策には、違いなかったのた 切り込まれたら、痛かろう それが恐くて、退いていたら 考えひとつ、生まれはしない だからこそ、刃を付き合わせ 芸術も、いや、芸術だからこそ 小説も、いや、小説だからこそ 懸命に切り込まなかったとしたら 言葉で突き詰めなかったら もし感情だけで、把握したら それはいかほど、劣等なものも 高貴のものも、ひとかどの区別なく 世にも無残な、がらくたの芋畑 ところどころに、紛れた宝石だって きらめいてみても、報われないのだ 信任する人が、どこにもいないから より取り見取りの、くず鉄のものばかり 虚飾を残して、生存は認められず 封じ込められた、国宝のなれの果て 安置されたまま、眺めせし間に 命を無くした、古び標本 教養の礎石さえ、もうすっからかん 雄叫びしながら、ペンキ塗り立て スポンジの、あたま叩けば じゃらじゃらと、金目のものばかり 紡ぎ合う、言葉の糸玉を 失った、鳴き声ばかりで 露骨を極めた、挙動不審に 怯えてた、わずかの人よ あなたはきっと、呪われた生涯を迎えるだろう ただ底辺を、愛するものたちに蹂躙されて 這いずり回る、腐臭のペンキを塗りたくられ 打ち鳴らす、幾千万の共鳴におののいた 痛いよう、痛いようって 僅かな思いを、胸に秘めて 倒れゆく、小さな良心を けばけばしいエゴで、埋めるために 言の葉の、傷みをなくした 感覚の、飽食に肥大した 自我の末裔が、街中浮かれ騒ぐ 不気味な大国は、いつしか封鎖され 逃れられない、苦しみとなって ただぽつねんと、さ迷う人よ 地獄の苦しみを、あざ笑いながら 今日も仇どもが、はしゃぎまわっている 「しっぽの歌」 すごいや、オプティミスト まるで掃きだめじゃないか オプティミスト、こんなすばらしい 動物的な、下劣の快楽を 暖めていた、小さな宝さえ ぶち壊して、消費の集積地に 仕立て上げたんだね、オプティミスト さすがだよ、戦勝国だからね だけど、オプティミスト どうしちゃったのさ、うなだれて 嫌なことでも、あったのオプティミスト おつむが、どこかにいっちゃったの 文化さえ、抽象価値では無くって 企業利益で、よだれ垂れ流して ゴミのようなものを、次から次へ 生み出してみせる、ばかりだったよね ああお前たち、見事な策略だったよ 稚拙にさえしておきさえすれば 何でも受け入れてくれるからね すごいや、市場の拡大じゃないか 見ろよ、オプティミスト お前らの国だって、これほどまでに 醜い、バラエティーは、存在しないだろう 動物たちが嘲笑しあっているぜ この世に、こんなものを 消費する国家が 存在するなんて 信じられないだろう さすがに、お前たちだって ここまで、悲惨になっちゃうとは 想っても、みなかっただろう 自助努力だからね、大したものだよ どうしたの、オプティミスト なんか、嫌なことでもあったの また、テロでもあったの それで、なぐさめて、欲しくなったの? えっ、また沢山投資して 破綻して、項垂れちゃったの 駄目じゃないか、オプティミスト 百年前と、一緒じゃないか しっかりしろよ、オプティミスト やっぱり消費だけだったんだね 僕らを、罠にはめたんじゃ無くって 無頓着に、染め抜いただけだったんだね ほら、見ろよ、こんなに沢山 僕らは、みんなが無頓着に 尻尾をふりふりしながら オプティミストの真似をして 見ろよ、たわしでこすったら ボロがでるような、汚らしい にせ物ばかりを塗りたくって オプティミストに憧れちゃって けつを振っているのさ、空っぽ一途の 憧れに満ちて、これからはもう 英語の歌だって、真似してみるんだ でもなんたって、にせ物だからね お前たちにしたって、ぞっとしないよね 表層の限度を超えた、イミテーションの にせ物なんて、不必要だものね 憧れって、本当に恐いよね ほら、こんなに元気な尻尾だよ でもね、影では高齢化なんだ 高齢になっても、尻尾ふれるかな ちょっと、心配だよね、オプティミスト ずっと不健全だって、ひとりぼっちで 悩んできたけれど、それは当然だよね すり替えられたのに、気づかないんだからね 僕たちだけだったよね、オプティミスト 世界中でただ僕らだけが、きっと 大切なことに、気がつかなかったんだね 無頓着すぎたんだねオプティミスト でも、もう遅すぎるよね なんてったって、たそがれだからね 今さら、どうにも、ならないよね 空っぽになった、脳みそにとっては 次世代に、空っぽを受け継がせるしか 方針が、たたないものね その上、論理性だけはオプティミスト 僕らの、役にはたたなかったからね まるで、感情まかせにして 僕らは、お子ちゃまじみた世界へ 朽ち果てていく、だけなんだからね いいんだよ、オプティミスト お前たちにとっては、ただの市場なんだしね せっかく、傘下に収めた 美味しそうな、市場だからね しっぽを振って、消費してくれるからね 調教だって、楽しかったよね けれども、ちょっとびっくりしたよね いくら何でも、こんなにすっぽりはまって 調教されるなんて、思わなかったよね 精一杯、尻尾を振るんだからね どうやったら、こんなことになるんだか お前たちにしたって、分からないよね だけども、すごいや、お前たちの勝利だよ なんてったって、尻尾をふった事実さえ ちゃんと、自覚症状が無いんだからね すごいや、僕らまるで与えられた 餌の区別も、ろくに付かなかったんだね それでいて、尻尾を振れなかった こんな有様に、驚いた人だけが あっと思ったとたんに、腐臭には堪えられなくなって 何万人も、死者の国へと、消えていくんだからね それでいて、みんな笑っているんだよ 死んでいやがるぜって、おしゃべりのネタなんだ ただだからってね、マイクの前だけ神妙ぶるのさ ああ馬鹿だ、馬鹿だ、命がもったいない 死んじゃうくらいなら、どうして、 いっそのこと、別の道だって ああ、お前たち、お前たち あると、思うのだけれど、 それ以上は、僕には言えない…… 「ノーベル」 Ⅰ ねえ、ノーベル こんこん、降り積もるノーベル 格好いいよ、ノーベル だってそれは、ダイナマイトの発明者 それなのに、もらっちゃったんだ 文学者なのに、ノーベルなんだ 社会的権威にあこがれて ぞっこんいかれちまったんだ いい年をして、ご立派、ご立派 だって、ノーベルなんだからね 羞恥心だって、ついなくなるよね ねえ、ノーベル、すごいよ そんな、たいした作品なの その、君のノーベルな作品ってさあ ねえ、それでノーベルなんだってね すごいや、よくものうのうと 握りしめることが出来たものだね 羞恥心っていうのは昇ったり降りたり 自由自在のエレベーターだったんだね すごいやノーベル、定員もあるんだろう? だってそれは、ダイナマイトの発明者 よしんば、科学的権威にしたって どこに文学が関わるやら分からないよね どこに平和が関わるやら分からないよね ねえみんな、世界中が一斉に権威主義に陥って 脳みそがちっちゃく黄昏れて、縮んじゃったの? だって、それは破壊の賞状じゃないの? いえいえあなた、かつては、そうだとしても 今はかえって、それを和平に、えへん、おほん みんなでスーツを着こなして、おおえばりのご様子 でも嘘をついちゃいけないよ、ノーベルなんて どだい、もう、どこにだっていないじゃないか 勝手に財団ぶって、権威ぶって、何様のつもりで 少なくとも、ノーベルの着ぐるみなんか着込んで 仮面をかぶって、偽物の権力を振りかざして ああ、そうだったんだ、ノーベル 僕らひとりひとりが、馬鹿で呪術的な 権威主義にひれ伏すくらいの、ものに過ぎないから 次々と、賞状を与えてみせるんだね、ノーベル それでいて、雪が降りつのっても 芸者が転がっても、文芸の象徴なんだね いたい、どんな基準なんだい、ノーベル どだいそれは、娼婦の物語なんだよ 娼婦は世界を救うのかい、ノーベル それは、国際価値となんの関係があるんだい そもそも、日本語の美的価値なんて、日本語でしか 分からないんだよ、知らないの、ねえ、ノーベル それでいて、貰っちゃったんだね、日本のために 真意は、どの辺にあったの、ねえ、嬉しかったの 格好いいなあ、さすがだよ、ノーベル文学賞だからね 後半が、だらだら肥大して、まとまりがつかなくっても 芸者さえ、ごろごろ転がり回っていれば、ノーベルなんだからね それじゃあ、聞くけどさあ、ノーベル、ねえノーベル いったい何処に、地球規模の存在価値とやらが、あるというんだい ようするに、どっちも、どっちなんだね 互いに寄り添って、なあなあなんだね それはいいけどさあ、ねえ、どうするんだい どこに名文名句があるっていうのさ 誰が、国家的芸術のきわみだなんて 認めているっていうのさ、降り積もったる作品に 浜辺に在り来たりの、貝殻文章からずば抜けた 特異な叙情活力が、いったいどこにあるっていうのさ そんなんで、賞なんか貰ったら かえって、おかしいくらいじゃないの 駅長さんだって、びっくりじゃないの ねえ、ノーベル Ⅱ けれども、そんなことは、どうでもいいこった ねえ、ノーベル、僕らは君こそが疑問なのさ ねえ、なんで、ダイナマイトが、平和賞なのさ ねえ、教えておくれよ、ノーベル 格好良すぎるよ、ノーベル そうやって、世間の目をくらまして 僕らの魂までもてあそんで 大統領にまでノーベルを授けるんだってね だってまだ、何も分からないんじゃないの 功績だって、出ているんだか ただの、パフォーマンスなんだか 確かめる、以前の問題じゃないの それじゃあ、赤ちゃんが、上下を同時に指さして 悟りのポーズをでも見せたなら、さっそくお呼ばれ遊ばして 平和賞を、授けるとでも言うつもりなのかなあ すごいや、それじゃあもう ほとんど、押し売りと一緒だよ、ノーベル 勝手に土足であちこち荒らし回っちゃ いけないって、教わらなかったの。 それはいくら何でも、土俵が違うじゃないか 少しは場所を弁えておくれよ、ねえノーベル Ⅲ ああ、それより、なにより 貰っちゃったんだね、ノーベルを ほくほくしたトーキチロー見たいな顔して 懐に入れて握りしめちゃったんだね それで、文筆家なんだってね そんなの、滑稽だよ、ノーベル ポリシーは、どこへ羽ばたいちゃったの ねえ、教えてよ、シャボン玉の つかの間の夢みたいな、喜びで 日本人の、誉れをさえ演出していれば それで十分、僕らのために 果たせると思っちゃったの、ねえノーベル それは、それでけっこうだけど 僕らの文化は、僕らこそまず判断しなくっちゃ いくらなんでも、見知らぬおじさん、拍手喝采くらいじゃあ あんまり、なめられた文化じゃないか、ねえノーべル Ⅳ なんだかもう、悲しくなっちゃったよノーベル もう、寝るね、お休み、ノーベル 「肥えたる王国」 Ⅰ ひとの前にあって ひとの向かいにあって 断りなく本を開くひとは 無礼者ではないでしょうか ひとの前にあって ひとの向かいにあって 断りなく電話をするひとは 無礼者ではないでしょうか だってそれは あなたにとっては 誰かと話しているに したところで わたしにとっては ただただ端末を もてあそんでいる だけのことに過ぎなくって ひとの前にあって ものを優先している 腐臭のお猿には過ぎなくって 何だか不気味な光景です ひとの前にあって ひとの向かいあって 画面を眺めるひとは 無礼者ではないでしょうか ひとの前にあって ひとの姿を忘れて 快楽のよだれを愚か者は お猿のバナナではないでしょうか 理想の世界はきっと 社会の信任の前に控えていて 内在的価値観を誇らしく掲げ 歩くがゆえこそ人らしく ただ人らしく堂々として 生きられるのではないでしょうか Ⅱ そう呟くにしたがって 誰もが離れていきました いま僕は一人でぽつねんと 死にたい思いで一杯です けれども思えば始めから ひとりであったに違いなく だっていつでも向かいあったまま それでいてあなたはひとりきり なにかによだれを垂れ流して 快楽をむさぼるみたいにして 次から次へと感情への刺激を 追い求めているばかりなのだから 幼い頃の食卓を 思い返しても父母の お顔の先の方向は 娯楽に向かっておりました そうして今ではどこにあっても 誰と会ってもただ自分の世界にばかり よだれを垂れ流す不可解な 動物に出会うばかりです どうかこんな汚らしい 掃きだめにだけはもう二度と 生み出さないで欲しいと神様に 静かにお祈り致します 静かにお祈り致します 「最後の恋の歌」 まっさらな草原で いえいえ 雪の真っ白ではありません ただこころの こころのまっさらな草原で あなたの歌声を聞きながら あなたの声だけを、せめてわずかな ちっぽけな、僕の、生きている 宇宙的経過の、みじんにもいたらない 束の間において、いつでも信任し 笑いあったり、おにぎりを、食べたり けれどももう、こんなに溢れてしまった 落書きやら、娯楽の話しは、よしにして ただもう、歌ばかり歌って、意味さえ忘れて いつまでも、いつまでも、ほほ笑み合いながら ただ、僕らの、新しい、より豊かなもののために 僕らが消えても、きっと、生き続ける、未来の 伝達の、ほほ笑みの、ためだけに なおさら、歌いあって、そうして、抱き合って 日だまりの畑を、四の五の、あくせくせずに のほほんと、たがやしたり、また、採取したりして あるいは歌いながら、夕暮れを迎えられたなら どんなに、幸せなのだろうと、そんなことばかり 近頃、自分のこころを差すのです。まるで馬鹿みたいに 浮かんでは、妄想を駆け巡ったり、してみるのです 全身疲れるまで、ただ、空っぽのまま 政治のこともなく、社会のこともなく ただ、おいしいとか、うれしいとか 幸せの、唄ばかり、歌いながら 笑いあっては、何が、いけないだろう 僕ら、どうして、こんな、無意味なもの 物語だとか、虚構だとか、映像だとか 本当でないもの、暇つぶしのためだけの 虚偽にばかりのめり込んで、まるで呪術的な こころの、大切なひと欠けらを、蔑ろにして 誰もが、符号みたいに、還元されてゆく 乏しくって、にせ物じみていていて、嘘くさく 立派なところが、どこにもないような 箱庭みたいな社会が、成立してしまったのだろう 僕はもう、文筆なんか、金輪際止めにします こんな、無様な、にせ物の、娯楽に過ぎない こんな、がらくたは、社会のためにも 僕らの、人間性のためにも、健全なる精神のためにも なにさま必要なのか、局限すれば 娯楽に還元される、虚偽をもてあそんで まるで、バイブル気取りで、クライスト気取りで そのくせ、利益欲しさに、感情を揺すぶって見せて 関心の空虚のかなたを、芸術なんてほざいたりして そんなもの、食いあさったって、幸せになんかなれないのだ ああ、僕はただ、幸せの歌を 本当に、大切な人と、いつまでも 空に向かって、歌い合っていては 何が、いけないのだろう 草原で、あなたを、追い掛けて その声を、ただ、その声だけを、聞きながら もう、いつわりの、物語のことなんかよしにして ただ、古ことばかりを、伝えるくらいにして ひなびた、いにしえの、語りごと以外 すべて、よしにして、その、伝承くらいで 気楽に、ほほ笑みあったら、心理状況だとか 児戯にも等しい、いつわりの、お涙やら 幸福とは、結びつかないような 虚偽弁舌の、汚らしい笑顔とは 僕らは、手を切って、関わりなく だって、きっと、幸せやら、悲しみなんかは 本当に、のほほんとして、余計なものを 詰め込まないくらいの、ひたむきな精一杯であって あくせくしないにせよ、怠けるでもなく 軽やかにして、ほほ笑み交わすくらいのもの あの空の、誠の青さを、こころ掲げて、信任せずに スペクトルがどうしたとか、波長がどうしたとか そんなのは、違っている、空の青さじゃない それは、いつわりの、言葉の、レトリック 定理は、言葉の世界では、締結しないのです 定理と、実体とは、まるで、乖離しているのです プログラムされた、ある精神はたとえ プログラム自体を、説明したところで 精神を、説明したことには、まるでならないのです だから、ああ、ただ僕らは、歌声を高らかにして 人と、人との、付き合いと、宴を執り行うための 作法でも、身に付ける、くらいにして、それでいて 陳腐な、娯楽に、邁進したって、あなたの心は わたしのこころは、いったい、どれほどの価値を 身に付けられると、いうのでしょうか はなはだ、馬鹿げています。文芸なんて、無意味なものです ああ、野原へ、草原の、夏風の 梅雨を嫌って、浜の声さえ響く そんな、野原へ、ふたりして、出かけて それで、歳も、老いも、忘れてしまって 走れるだけ、ただ走り回って、そうして 走れなくなったら、今度は歩いてみせて そうして、やがては、歩けなくなったら 抱きあったまま、未来を夢見て 誰かに、未来を託して、まぶたを閉ざして 優しく土へと帰りましょうよ その時、きっと、大地の底からは 僕らの歌声ばかりが、きっといつまでもいつまでも ただいつまでも、いつまでも、いつまでも 残り笛みたいに、響くことだと、思うのです 残り笛みたいに、響くことだと、信じているのです 「ぶきみな光景」 ある番組を見ました それは外国の番組でした 沢山の若者が先生と 盛んに討論してました それぞれ精一杯の 信じるところをはきはきと しっかりした声にして 豊かに話しておりました 先生はどんな意見でも 前向きに検討しながらも 生徒に再考を促しつつ 生徒は落ち込むわけもなく みんな生き生きと楽しんで 討論を繰り広げておりました ある番組を見ました それは我が国の番組でした 沢山の若者が先生の 意見を黙って聞いておりました それぞれどれもが無表情で 聞いているのかどうかすら 分からないような能面の 姿で座っておりました 先生がどんな質問を 投げかけたってむっつりと 沈黙をさらにけしかけても ぼそぼそ呟くばかりです それでいてその内容が まるで意見でないのです 生きた言葉すらはきはきと 伝えることさえないのです これは本当にひとの姿かと 自分はがたがた震えました ある番組の収録後 彼方(かなた)の国の生徒らは さっきの討論の続きをさえ 惜しまず続けておりました ある番組の収録後 此方(こなた)の国の生徒らは それぞれ携帯を開いては ぼそぼそ呟いておりました 「プレパラート(Ready-made)」 心の割れる音を聞いたことがありますか それはぱりんと薄いプレパラートが 不意に圧力に堪えきれなくなるみたい 耳に聞こえないほどの微かな響きで はかなくも砕け散るようなもので ほんのわずかな素っ気ない調子なのです ただ胸がちくりと痛んで 痛みのような痒(かゆ)みのような 氷にあたったみたいな感触が一つ あれっと思った途端に今の風景が まるで別の世界に移り変わって 一人ぽつんと立ちつくしている 所在がまるで分からなくなって 呆然と辺りを見回しているのです 幾人もの人が私のことを じろじろと眺め回しました 怖ろしい瞳の渦に飲み込まれて 檻に投げ込まれたように震えている まるで未知の生物に囲まれて 異質なものを探るみたいにして 私はあらゆる方向から調べつくされて 最後には石ころだと決めつけたようで 彼らは私を見捨てたのでした 握りしめた手の平がじっとり 冷たい汗で冷たく湿っている 胸の鼓動のあたりにぽっかりと 真っ黒な真空が広がったみたい 喜びとか悲しみというような 大切な感情の一つ一つがちぎれて その中に吸い込まれていくようで ただ恐怖だけが取り残されて その真空を満たして広がっていく 目の前の景色が急に暗くなって 私は手の平をこころに押し当てて 懸命に自分の鼓動を確かめながら 大丈夫、大丈夫、大丈夫 瞳を閉じて必死になって祈っている 誰も助けてくれるものはない 自分でも助けてあげられない 人の心は驚くほどの防壁を巡らして 壊れないように大切に護られている 自分が自分でなくならないように 幾つも幾つも包み込んでいる だからプレパラートが一つ壊れても 大丈夫、大丈夫、大丈夫 私はゆっくり鼓動を確かめながら 何度も何度も深呼吸を繰り返し わざと時計を見たり手帳を開いたりして 自分の気持ちをどうにか分散させながら どれくらい立ちつくしていたのだろう 帰宅電車を一つ乗り越しただけで 私はようやく駅を歩き始めるのです 一つ一つ防波堤が壊されていく なぜだか分からないのだけれど 私が自分を直そうと頑張るたびに 心はどんどん決壊してゆくのです 世の中には人が沢山あり過ぎるのに それなのに誰もがまるで同じみたい 沢山のReady-madeがますます謳歌して 私はいつもぽつり異質なものとして その中に加わることが許されない 必死になって既製品の話し方を 覚えて話を合わせようとするほど 必死になって他人をあざけったり 汚い嘲笑で歓びをむさぼるような 彼らの生活に合わせようとするほど もう私は大切な本当の自分を失って 自分を真っ直ぐに保って歩くことが 出来なくなってしまうのでした それでも私は怖かったのです もし周りに誰も居なくなって 話したい言葉も伝えたい想いも 永遠に封じ込められたらどうしよう どんなに努力して生みだしても どんなに真面目に考え抜いても 永遠に認められない恐怖 いいえ、それだけじゃない もし認められたとしても それは私が理解されたのではなく 彼らの娯楽にたまたま選別されて 食卓に饗されただけなのだと 今は知り抜いてしまった恐怖 これからどんなに頑張っても この世の中が変わらないならば 私は今よりずっと独りぼっちで この心は何のためにこんな世界に 生まれてこなければならなかったのだろう 人が詰め込まれた電車に乗り込んで まだざわめくような胸がくるしくて そっと手を当てて呼吸を噛みしめる みんな動物的な詰まらなそうな顔をして 電車の中まで己の娯楽にのめり込んだり 指で意味もなく機械を弄くり回したり いい年をして漫画を読んだりしながら 汚らしくよだれを垂れ流している 同じ服来た仕事帰りの既製品が 人工無能みたいな話し方をぶつけ合って 意味もなくぼそぼそとつぶやいている 電車の中も街の中もところ構わずに 汚らしい広告と看板が埋め尽くして 公共の景観をあざ笑うみたいに 醜く商品を宣伝している 自分達を既製品となした群衆が 物欲と消費だけの世界を築き上げ 映像媒体の娯楽だけの世界を築き上げ 言葉を忘れて貧しい会話を繰り返す 親と子は教え伝える言葉を持たず 学校は詩も言葉の旋律も教えない 言葉は意義を失い道具となって 誰もが社会の要員であるのに ただ政治を罵って雄叫びを張り上げて 物と娯楽の境をひたすらにさ迷っている 飾られた既製品の消費物に囲まれて 怖ろしいまでに自分達を飾り付けて 顔も髪もぐちゃぐちゃの絵の具みたいに 本当の美しさを台無しにしながら 表層的なプラスチックの美しさで 乏しい心を薄く覆い隠している 神様聞いて下さい あなたは死んでしまわれたのですか 私たちを見捨ててしまわれたのですか どうか答えて下さい こんな汚らしい世界は いったいどうやったら 作り出すことが出来たのですか 私には分からないのです メフィストフェレスが精魂込めて 築き上げた快楽の園だって こんなに純粋の醜さだけを 抽出することは出来なかったはずです それなのにどのような手腕を持って このような世界を造り上げたのですか どうかお教え下さい 天上には天国があって 地上には享楽の園があって 地中には呪いの叫びが響いている 異なる価値と階層があるからこそ だからこそ人は自分の生きる場所を それぞれに見つけることが出来る それはこの世の中だって同じはずです ある生き方を軽蔑してもっと異なる より良き社会を願うような階層が 異質的な文化を誇りとして この社会の中に君臨していなければ この世の中は既製品が既製品を求める こんなおぞましい世界になってしまうのです あなたは何故このような 恐ろしい社会を構築したのでしょうか これがあなたの理想郷だったのでしょうか それとも神よ あなたはもう死んでしまったのですか 私たちを見捨ててしまわれたのですか 言葉の歪んだスピーカーが鳴り響き 私は驚いて真っ青な顔を持ち上げる 何事もなかったように鞄を手にして はじき出されるようにドアを潜り抜け 私はステーションに降り立ったのです 電車は既製品に満たされながら動き出す 快楽の園の夢を乗せて走り抜けていく 家に戻ってもひたすら視覚媒体の娯楽を 垂れ流しにするだけの娯楽動物を 哀しい気持ちで私は見送るのでした 仲間が欲しい たった一人でも 仲間があったならば 私はわたしなりに私の道を 信じて歩んでいけたかもしれない でももう駄目です すっかり黄昏です 心は壊されない強い防壁で護られ 驚くほど再生能力のあるものです それは私が一番よく知っている でももう遅すぎます どんな丈夫なこころだって 修復できる領域を超えて 決壊が繰り広げられたならば たとえどんなに願い逃れても 私はもとには戻れないのだ また胸の鼓動が大きく聞こえて 私はさっきの暗闇を想い出して 怖くて慌てて気を紛らわせる 街は汚い看板で埋め尽くされ コンクリートの電柱が電線を巡らし それでも夕暮れを過ぎて街の明かりだけは 沢山のイルミネーションで飾り付けて 溢れ出す涙でにじんで混じり合って 少しだけメルヘンチックにこの世界を 寂しくて包み込んでくれるようで 私はぼんやりとして眺める間に間に 心の中を必死で空っぽに保つように 胸に手を当てて鼓動を確かめながら 息を吸い込んだり吐いたりしながら 何もない、何もない、何もない そう思い続けて家路へと急ぐのでした そうして今日一日が 何とか過ぎていくのです きっともうまもなく 砂を使って懸命に建てた 惨めなお城みたいにして 私は波に打たれて静かに 静かに壊れ去るのでしょう (2008/08/05) 「街あかりの歌」 みんな嘘ばっかりですね 僕は疲れてしまいました 窓辺を覗いてみてください 静かな静かな夜更けです 偽りばかりが満ちあふれて 大切なものを食いつぶして 僕らはもう瀕死のからだで 逃れようとしても逃れきれないで それでいて何が間違いなのか まるで分からなくなりました カーテンをそっと開いてみれば 静かな街の灯火です 感情をもてあそびすぎたから 大切なものが見えなくなって 僕らはもう魂をなくして 探そうとしても探しきれないで 幸せが分からなくなりました だからもう幸せは求めません 人のこころがひとつも信じられません けれどもそれを始めから お話ししようとはもう思いません だから今はもう自由な言葉で ただ抽象的な僕の御霊(みたま)のなかの 具体性のないあなたへむかって どんな優しい台詞でも吐いてみせましょう もしあなたが悲しいなら 涙こらえてほほ笑みましょうよ そのくらいの言葉でもって 語りかけたからといってそれはもう 誰に向かって投げかけられた 言葉とはまるで定まらなくって もっと自在に飛翔するばかり けたたましい嘲笑の 批評家とか学者とかいう姿態のことなど 信任しなくたっていいのです ただ僕の偽りのない言葉をばかり 支えとして生きてくださったら それはあなたにとっての正統なのです それを信じてくだされば、ただあなたのためだけに、僕は何度でも何度でも 軽やかに、歌い続けようと願うばかりです。たとえ踏みつけられたって あるいは空へと羽ばたきましょうか。けれども翼はもう風に吹かれて 僕ら本当はどこへ向かっているのか まるで分からなくなりかけています 大地には人でなしの隆盛が すべてを覆い尽くしてしまった様子です それは静かに静かに移り変わった 不気味な世界には違いありませんでした そうして誰ひとり気づかないままに 人は人でなしに植生を譲っちまったのです 街の明かりは夕べと変わらずの光景を 虚しく灯しては静かに眠っているでしょう そうしてあなたは寒さに思いも定まらず 今日もこころを震わせているばかり…… だからといって、今さらどうして僕に救ってやれるだろう 僕はもう、へとへとなって、自分のことすらもてあましているのです あなたはまた苦しくなって、必死に助けを求めたからといって 僕にはもう、そんな叫び声は、誰の叫びだか分からないくらい 自分自身の悲鳴で精一杯です 自分自身の悲鳴で、精一杯の有様です 「ペットを連れた家族」 ペット連れの家族を見ました ペットは不思議な端末を握りしめて それを糧として生きているのでした ファーストフード店にはペット専用の 新たなる糧をダウンロードできる 栄養満点の餌が用意されていました ペットは飼い主を見るでもなくてその場で 燃料の補給をしてさらに熱心に端末を 覗き込んでいるばかりでした ペットが静かなものですから 夫婦はなおさら結構だと思って 自分たちの食事を済ませました その間ペットは指先を伸ばしては ファーストフードをぱくつきながらも やはり端末を眺め続けてなにやら ふたつの餌をまぜこぜに味わって 快楽的動物の満足の極みを 無表情のままに楽しむのでした いいえ、違います。楽しむというのは 表情のある人間にこそ、相応しい表現には違いありません 例えば、その家族のずっと向こうにいる 二人ではしゃぐ迷惑な子供たち それは家族連れで来た、あの男の子と女の子 二人はきっと、皆からうるさがられて それでいて、この瞬間の想い出はきっと 交互に相手の姿ばかりが浮かぶことでしょう そうして、笑い合ったことや泣いたことばかりが こころのなかでほんのわずかづつの 人の表情を築いていくことでしょう それゆえ、やがては意思の伝達方法を 自然に学び取っていくことでしょう けれどもこのおとなしい快楽のペットには 午後のファーストフード店の思い出は 飼い主の表情も、食事の味も 怒りも、笑いも、口を動かした記憶さえも なにもなくってただのっぺらぼうな ひとつの端末だけがあることでしょう 内部の事象はきっと同質へと還元せられて ゼロかイチくらいの乏しい消化しかされないことでしょう それでいてペットには強すぎる快楽ですから ペット自身にはそれを振り払う力はないのですが なまじっか、おとなしくて結構なものですから 飼い主たちは、それを与えて黙らせておいて 楽しい会話を、繰り広げるばかりなのでした きっと近い将来、この国は階級の代わりに ペットと、人間の、ふたつのものがいつのまにやら ひっそり、形成されることになりましょう。もし、そうだとしても それがペットの仕業だと言えるでしょうか それがペットの願いだったのでしょうか ペットのいのちの意味だったのでしょうか わたしは悲しい気分になって、その店を後にした でもペットはきっと、この悲しみを汲み取ることはなく 恐らくは端末を使って根暗なうっぷんをばかり 精一杯にはらそうとするだろうと思うのです よくこんな社会が生み出せたものだとばかりに わたしはその時は、ただ皆さまのために おめでとうの挨拶を送ろうと思います あなたがたの理想郷に乾杯するために おめでとうの挨拶を送ろうと思っているのです 「絶望という名の希望」 絶望という言葉の主体性を 近頃わたしはようやく知りました 絶望なんて陽気な言葉だって まだしも気力の籠もった表現だって わたしは近頃ようやく理解できたのです あまりにも遅い悟りなので情けなく お知らせすることもお恥ずかしいくらいです ようやく絶望に託された這い登るような 前向きのベクトルを見つけ出せたなんて 絶望とはつまりは空虚や虚無とは相容れない もっと活力のある、魂の悲観状態には過ぎなくって 虚無とはもう感情の営みが泣いても笑っても 報われないような無気力の果てにこそ相応しく あるいは相応しかろうが相応しくなかろうが ぽかんと何処にいても自分が保てないような そうして、それが永遠に続いた先にはただポッカリと 消滅だけが許されているような味気ない思い かといって自からどうするでもなく流されて いかなる希望なんて馬鹿馬鹿しく思われる一方で ただひと声かけられた時にはびっくりいたし 自分がそこにあることを思い出すくらいが関の山で ああ、日だまりの花壇の、あの花たちは なにが楽しくて、揺られているのやら それとも、やっぱり、自分と同じように ぽかんと、呆けているに過ぎないものなのか なんだか、よく分からないようなあんばいです なんだか、よく分からないようなあんばいなのです [Ⅱ 悲しみの歌] 「風吹く丘の名もなき花」 吹き来る丘の名もなき花は かわされなき言の葉を求めて うらやむほどにぽつりこされて こぼれ落ちたる涙なるかな 赤や黄色に染め抜くみたいに 花の盛りに敷き詰められて 誰もが賑やかに浮かれ騒いだ 丘はひとしきり祭りの宴だ あの花は見下しているのだ あの花はお高くとまっていやがる やがて牛飼いの星はまたたき始め 仲間は指さして罵り合いました ひと日巡りて名もなき花が 懸命に話すほどに誰もが罵るのでした 吹き来る丘の名もなき花の かわされたき言の葉のささやき 願い朽ち果て途絶えの空へ こぼれ落ちたるなみだ一粒 嘲笑しないこと 侮辱しないこと ののりあざ笑うために 愚弄を極めないこと あの花は伝道者気取りだ あの花はなにさまの積もりだ 北十字も昇る夜明けが来るまで 宴の花どもは罵り遊ぶのでした 吹き来る丘の名もなき花の かわされなき言の葉も去りゆく 想い途絶えてあかつきの空に 見つめてもなお語らずの月 ひと日巡りて四季は移ろい 風吹く丘もいつかは秋を迎えましょう あの花は枯れたのでしょうか あの花は萎れたのでしょうか やがてボーテスの星降夜を待ちながら 花を探して風は吹きすさぶのでした あの花はきっと凛々しいままで 哀しくて空へと昇ったのだろう だから風よこころ煩うなかれ この丘を去りはるかかなたに吹かれよ 「おもちゃの人形」 おもちゃの人形が笑っておりました おもちゃの人形が愛想に尋ねても 誰もがシンと静まり返っておりました これは実験です、これは実験です どのくらい無視し続けたら壊れるか みんなは探っておりました おもちゃは懸命に尋ねました ねえ、僕の歌を聴いておくれ 歌声だったら小鳥にだって負けないよ 僕ったら、こんなに高く手が伸ばせるんだ それに絵だって、すてきに描けるんだ なんなら、詩だって書いてみせるよ せりふの立派な戯曲の台本だって すぐさま記してみせるんだ しんしんしん、降りつのる雪のように どんな言葉すら黙殺するのでした おもちゃはなんだか分からないうちに 歯車がどんどん狂っていく気配です みんなはそれを眺めていました ほら見ろ、あそこのねじが外れそうだ 大切な部分がこそげて悲鳴をあげるとき あいつはまだ、笑い続けるだろうか お医者様も実験を企てました 回路の一時的な超過電流をもって 精神薄弱のレッテルを貼りつけて それから病院へと連れ込んで 躁とか鬱とか主張を加えながら いろいろな注射を試みました なるほど、これであの精神を効率的に 錆びさせることが出来るのか、それにしても こっちを向いて、まだ笑っていやがる あのおもちゃは、憎たらしいくらい 善良そうにほほ笑んでいやがる そうして独自のものを創造しやがる 俺たちとは違うとでもいうつもりか 生意気な主張をしやがって もっと、強酸性のものをぶっかけて ぎゃっと、悲鳴を上げさせて あの笑いを、泣きべそに変えてやりたいものだ おもちゃは、ほほ笑んでさえいれば いつか、受け入れて貰えると信じて いつか、分かって貰えると信じて それで懸命に、笑みを絶やさずに けれども本当のことだけは 怯まずに伝え続けることが みんなのためになると信じ切って 頑張って、頑張って、頑張って けれども、もう、こころのなかは ぐちゃぐちゃに壊れきっていたのです ほほ笑みはもう能面みたいな こころの営みとは関わりのない 淋しいくらいのこさえものに過ぎず 黙殺のスプレーに凍てついたような 情緒の残骸には過ぎなかったのです 人々は、あれなほほ笑みを憎みました どんなに実験しても、ゆとりを持って どんなに黙殺しても、ゆとりを持って のうのうとほほ笑んでいやがる 我々とは違うとでもいうつもりか ほほ笑みながらすらすら記して 憎たらしいことばかり連ねていやがる もっと、泣きべそのあまりのたうって 助けを求めつつ命乞いをしなければ ものごとの道理が違うではないか 本当はもう、そのおもちゃは壊れていたのです だって、彼の心には、ひとつたりとも 望みなんか、浮かんでこないのでした ただ、そのほほ笑みが、固着したままで ただ本心を伝えることだけが 自分の義務だと信じ切ったままで 思想以外の感情はすべてがもう 凍てついたまま、気を失っていたのです みんなは遠くから、水を掛けてやりました お医者様は、硫酸さえ掛けてやりました おもちゃの表面が焼けただれました ぱちぱちと不気味な音さえたてました それでも壊れたおもちゃは いつもと変わらず笑っておりました お医者は、にくく思いました もっと効率的に殺さなければならない みんなも、にくく思いました もっと効率的に殺さなければならない みんな関わるのを止めました なまじい構って貰えるから つい関心を集めているものと ヒーローにでもなったつもりで 錯覚がてらに笑っていやがるのだ 初志貫徹、黙殺こそが もっとも有効な手段には違いない そう気がついたものですから 彼のまわりにバリケードを 四方に固めて放置することにしました もちろん天上にだって 蓋をしめてやったのです 壊れきったそのおもちゃは 辛うじて耳が生きていました 光を察知できました 辛うじて意識が残されていたのです そうして、必死に思いました 暗いよう、恐いよう 誰かとお話がしたいよう 誰か、人の声が聞きたいよう 誰かと分かり合いたいよう 生きているあかしが欲しいよう 引きつったままの笑顔で 動かなくなった口もとを 懸命に動かそうとしながら ひっしに歌おうとするのでしたが もう音声となっては何一つ 表すことは出来ないのでした 残された回路が闇に怯えながら 絶望の悲鳴をあげるみたいに ぱちぱちと火花を飛ばして煌めいたとき ひとつぶの涙がこぼれました みんなは見逃しませんでした ちゃんとカメラを仕掛けておいたのです そうしてついに全部の部品が ばらばらになって壊れ去ったとき みんなは欣喜雀躍しました ようやく泣かせてやったのだと 乾杯の宴さえ開いてみせたのです お医者様も喜びました 高鳴るシャンパンの気配です 彼らの願いは叶えられました おもちゃは壊れて果てたのです こうして僕はもう二度と 語る言葉をなくしました さようなら、皆さん もうすぐ、夜が明けます [philosophia] 21世紀にもなって 哲学なんて叫んでいる混迷の 愚か人がいるって本当ですか だって十九世紀の知識でさえ それは石ころと等価であって なんの定義すらつきようもない エーテルの迷妄に過ぎないって 結論づけているはずのものを まるで時代錯誤の背徳の神を 崇めるみたいに、哲学だなんて がらくたにのめり込んでいる Paleolithic の愚か者が ねえ、この世に存在するって 本当なのですか、なんという愚かな 邁進的思考の限界曲線でしょうか それが、しょせんあなた方人間の 精一杯に過ぎなかったとは情けない 未だ、哲学なんか信じているとは ああ、情けない、情けない 神と悪魔の対立を逃れたところで 己(おの)が享楽に身を投じて 仮想的妄想にその身を委ね たわけた迷妄を知性と見誤り その小っちゃさ加減は教育くらいでは 何も改善されないお前たちの限界で ああ、だらしない、だらしない それじゃあまるで、縄文時代と いやいや、あの頃よりなおいっそう システム依存を高めた人でなしの お粗末な、何ものかに過ぎぬのではありませんか それで、哲学などお読みなさって 何を悟るでもなく、ただその言葉をのみ 酒の肴にするとは情けない限りです ああ、こんなものを知性と称して ホモ・サピエンスだなんて傑作だ 僕は興ざめして、もう何も語れません 「闇の短歌集」 重々(おもおも)と積もれる闇の部屋にひとり 愛を求めて躓くわたくし 生真面目を似せた我が身の人形の 首折るとすこしこころ安らぐ 踊らされなみだ疲れの花びらも 褪せてはらりと雨の夕暮 お声がけしようと思ったあの人も この人さえもただの土塊(つちくれ) 夕べよりおさな心の願いより 哀しく思ういまのいのちを しわがれの寂しがり屋の鳥でした わざとわざととみんな苛める 偏差値の豊かを忘れが丘の木の 高枝低枝すべてへし折る 明日を待ちまた明日を待ち明日を待ち いつしか僕らの枝も折れつつ 餌ばかり求めネットのさ迷いを 不気味なるもの互いなるかな 小さな犬が死にました 餌を与えず繋がれたまま どんなに吠えても答えはなくて 小さな犬が死にました ずいぶん鳴いたものでした 命をかけて鳴いたものでした みんな笑って行き過ぎるばかり 悲鳴と笑いの区別さえも もう付かなくなっていたのです そうしてなにやら端末をばかり 見つめてにやにや笑っている それで話し掛けたところで 答えも帰ってこないような 不気味な世界に産み落とされた たったひとりのこころ豊かな 小さな犬が死にました さよならの夕べの風のシルエット 駆け出したいのに括られ案山子よ いっぽだけ最後の勇気を振り絞り 踏み出すわたくし闇にのまれる としつきを怺えきれずに陰の間の 朽ち木となりて去るやこの橋 優しさを求め子犬の鳴き声を 憎たらしくて殴るあなたよ 求め得ず靴の破れも繕わず たそがれのなかをひとり旅人 春の頃を懐かしむ間に色あせた くすみ壁紙それないのちか ああ、皆さん、悲しき末路を、お見せしましょう ピエロの悲鳴を眺めの観客 あるいは僕は、もっと自由でもよかったのでしょうか 手遅れ野原のすすき揺れるよ 今もなお死にゆくばかりは悲しくて 誰かにそっと託すナイフを 歌ごころ知らずに夜半のもの思い 芭蕉の無邪気をひとりうらやむ 春が来ます。だから泣かないでいてください。 あなたのために、咲く花もあるのですから…… 助けての断末魔さえ眺めつつ 茶の間にひそむ貴様けものよ 夢を見て身を動かせぬ人形の 見守るものなく燃やせ焚き火よ 夜な夜なの静けの淵に沈みます なんでかここに生きているのか これでもずいぶん、醜いものばかり 眺め暮らしても、来たのだけれど せめてたったひとりでも、この世のなかに まことを教えてくれる人が、いてくださったら どれほど、慰めになるかと、思うのだけれど 靴はすり切れて、もう足は動かないのです なんでかな歩もうとするたびごとに つまずくわたくし今日もいじける 夢よりも空より海よりかなたまで 膨らみごころ宵にはじける じゃりんこの痛みこらえて立てばなお 途方に暮れる今はたそがれ 泥まみれ侘びし雪ほどみじめさを 踏みしめながら年も暮れゆく さ迷いの町の数ほど蹴られてた それでも歩む野良の子犬よ 朝は来ると騙されつつもほがらかを 絶やさぬ人の宵に羽ばたく うたごえを愛するもののひたむきを あざ笑うもの蟻の行列 憎しみの朽ち果て炭火をもてあそぶ それでも何かをまちの老人 お日さまを浴びる悲しみ深む頃 老いのこころの枯葉散りゆく 幹よりも早枯れ枝の風をさむみ ひと葉残りの限る鼓動よ ほほ笑みを探すそほどの侘びしさを 静かに隠せ秋の夕霧 《Ⅲ 闇の歌》 「最後の契約書」 闇の重さにおののいて瞳を凝らすとき タナトスが鎌を煌めかせておいでおいでをしていた 涙はとめどなく流れて、私の指先は震えているのか それならなぜもっと早く、私がこんなにまでも すべてに絶望するまで苦しめ抜いてから ようやく私の魂を取りに来るのか 私は震えるみたいに尋ねてみた 死に神はけたたましく笑いをあげるのだ 「それこそ俺の望みだった 魂の苦しみがスパイスとなって、 絶望と憎しみがことこと煮込まれたとき、 至高のひと品が饗され得るからだ」 死に神は舌なめずりの鎌を振り回した 黒塗りのマントに研がれた銀色だけが きらりきらりと眩しく煌めいた 自分だって沢山の生き物を食らってきた 何千何万の奪われたいのちと変わらず 因果応報を即物的な終末として迎え 虚しく滅びゆくのが定めであるならば 自分は饗宴に処されるのが道理なのだろう 「ずいぶん、残酷なものだな」 辛うじて呻くように呟いた 「その表情がたまらない」 死に神は嬉しそうに答えた 「お前は自分の魂を動物くらいに信じているのだろう。それは違う。動物の魂など味の無いものだ。ただ迷妄と苦痛と絶望と虚無と、そうしたもので味付けされた人間の魂だけが、俺たちの高邁なる舌を満足させるのだ。人の魂だけは違っている。俺たちの食卓に饗され得るべき価値を有しているのだ」 「お前たちはまさか、そのためにこそ私に苦痛を与えてきたのか」 真っ青になって答える自分には、血の気が失せていたに違いない。瞳孔がどこかをさ迷っている。奴は真っ赤な舌をべろっと出して見せた。 「これ以上待てば、食えなくなる。そのぎりぎりの歳月を、地獄で満たした苦心の食材を、それなお前の魂を、悲惨のどん底に捕らえて、今日こそシェフに手渡すのだ」 不気味な声はまるで、心の闇の底にひそむ、みずうみから響くように思われた。奴は鎌を自分の首に掛けてみせる。自分は動けない。ギロチンに掛けられたように、ただ冷や汗が流れ落ちた。奴の気が済んだとき、それは振り下ろされるには違いないのだ。 「近頃の魂は、まるで動物と一緒だ。絶望や苦しみ、お前たちが哲学的と称するところの、魂の欲求に基づいた苦痛の数々が、すっかり無くなってしまった。不味い食事ばかりで怺えてきたのだ。いわばお前たちの、ファーストフードとか称するところの、陳腐な食事で我慢してきたのだ。辛い毎日だった。しかし、俺はついに育て上げた。久しぶりの食材だ。嬉しいなあ、こんな旨そうな魂は。お前こそ、プルガトーリオをさ迷いながら、俺に食われて奈落へと沈みゆく、今宵の生け贄に相応しい。お前は最高の一品だ」 自分は振り下ろされる鎌が恐ろしくて、会話を繋ごうと必死になった。 「今宵は、お前には、特別な意味があるとでもいうのか」 闇をまとったタナトスは、もとより燃えるような瞳と、おどけた口もとと、鎌の光しか見分けが付かない。その真っ赤な口が踊るように、 「今日は俺の誕生日さ」 なんてはしゃいでいる。  ぞっとした。  自分はようやく、今までのおぞましいほどの絶望や苦しみや、地獄の業火とさえ思われるほどの呪いの数々は、奴が仕組んだ舞台装置の上で、踊らされていただけだったことを悟ったのだった。自分はタナトスに養育されていたのだ。まるで牛飼いどもに養育されべき食牛のように。タナトスの汗水流した努力の結晶として、自分は今日までの絶望に感謝の涙を流して、せめてもの恩返しに、自らを死に神に捧げるのだ。 「恐れることはない。よく考えてみることだ」 死に神は最後にささやいた。 「お前のためには、俺に落とされる奈落の方が、どれほど桃源郷だか分からない」 タナトスは、お前の恐れる地獄など、お前に与えられた今までの試練に比べたら、まるでアルカディアの世界のように、のほほんと暮らせる世界なのだと教えてくれた。 「そこはまるで深海の底のように静かだ。お前たちは業火とかシーシュポスを想像するらしいが、それは違う。それはお前たちの怯えが生み出した幻想に過ぎない。お前はそこで、今よりも幸せになれる。保証してやろう。いわば俺は、そのお手伝いをして差し上げるのだ。せいぜい感謝の祈りでも捧げたらいいだろう」  そういって鎌を振り上げた。自分にはもう、反論をする力は残されていなかった。すでに生命の糸が、はるか昔にぷっつりと切断されて、細い切れ端かなにかで、辛うじてぶら下がっているのを、確かに感じ取っていたからである。助けを求めることすら、馬鹿馬鹿しいくらいの味気なさだった。 「どこへいったって、同じことだ」 自分は呟いた。涙すら流さなかった。あるいはすでに耳以外は、人でなくなっていたのかもしれなかった。そうしてタナトスのにやりと笑うのを、最後に確かに見届けたのであった。 「犬の墓場」 夕べ餌を求めて吠えていた犬が 今朝砂場の鉄棒に丸くなっていた 鉄棒には白々と霜がこびりついてた 用務員のおじさんは箒を持って歩いた 子供らは夢にまで尻尾を振り振りした あの犬を思い出してパンを食べていた にんじんなんか嫌いだと思った拍子に お母さんが除けた手をぱちんと叩いた 死ぬほど痩せてもいやしないままに 犬は冷たいものに怯えたような口を 開いたままの表情に凍り付いていた おじさんは箒で鉄棒を叩いてみせた かんかんかんかんいい音が響くんで 朝らしい陽ざしがあふれる校門から もういち時間も過ぎたなら賑やかな 登校児童らの姿だって見えるだろう 犬の両手をぐいと引っぱってみると 砂を飲み込んだほどの重みがあった おどろいてゴミをでも運ぶみたいに 犬を向こうへと連れていくのだった 校門が開いてはや子らが砂場の辺に 駆け抜ける頃には憐れな犬の遺体は 袋詰めのゴミに落ちぶれて市役所の 引き取りをただ待つばかりとなった 「夢見る花は枯れました」 Ⅰ だあれもいない草原の 夢見る花は枯れました だあれも知らない草原の 願いはかなく散りました あんなに優しい声をして 奏でた歌は風さえも あんまり自然な声なので 気づきもせずに去りました あんなに歌った優しさは 何気ないほどひたむきで 誰でも奏でるフレーズに なし得ないほどの愛情を 込めるも知らずに風の奴 賑やか目ざしふらふらと 遊びほうけておりました 夢見る花は枯れたのです 大切なものを忘れたら 涙を流して死んじゃった 大切なものをなくしても もう誰ひとり悔やまない 夢見る花のかなしみは 彼女の思いは無駄でした 夢見る花の淋しさは 虚無へと還元されました そうして誰もが新しい 享楽ばかりをさ迷います にせ物色に染めた葉で 奇妙な嘲笑満たすのです だあれもいない草原の あの花ばかりは震えてた 命の価値には清らかな 尊さ籠もるとかたくなに 信じるこころは儚くも あの花一枝のまぼろしで なおさら彼女の歌の内 本当の価値が籠もってた それを風さえ放置して 枯れに任せておりました ある朝とうとう俯いて 花はなみだをながします Ⅱ わたしの命のむなしさを 精一杯の歌に込め これまで奏でてまいりました わたしの命の悲しみを 虚飾ではない詩に込めて こころをかどわかすような巧みではなくって 本当の言葉だけを懸命に選び取って これまで奏でてまいりました けれども私の歌声は ありきたりに還元されたのです そうして皆さまは笑うのです 私の歌声も 自動作成の音楽も まるで同じだと罵るのです 奇妙な偽物の音声に過ぎないのに 彼らにはそれすら分からないらしいのです プラスチックみたいな安物の歌に酔いどれて それを間違っていると非難したわたしに 石を投げて見せたことすらありました けれども私は奏で続けました もしそれがたった一人の誰かにくらい 届いて本当を分かち合えたなら 私にも生まれてから一度くらいは 幸せと思える瞬間が きっと訪れるのではないかと そう信じて歌ってきたのです なのに嘲笑はますます燃えさかりました それでいながら、なにを語りかけようともはや なんの答えすら帰ってこないのでした それぞれがお互いに遠くにあって 誰でもない、誰でもない 交互に誰でもないままに 私は抹消されてしまうのでした でも、それは私だけではないのでした 交互に誰もが誰でもないように 互いを打ち消しあって 消滅していく様を眺めて はしゃぎ合っているらしいのでした 誰でもないのなら死ねばいい いいえ、死んで欲しいと思います 私のこころはもう枯れました 優しさと瑞々しさが損なわれて 豊かな色彩が朽ちた花びらから 少しずつ穢れた虫が湧いてきます 今はただすべてが悲しく思われます そうしてにせ物とばかりたわむれる 私のことを見向きもせずにはしゃいでる 彼らがどうしても許せないほどの憎しみばかり きれい事ですませられるくらいなら それは幸せ者の落書きに過ぎません 美しいところだけで便宜をはかって 涙なんて流しているのはいつわりの 情緒をもてあそんでいるあいつらの 幼稚なおあそびには違いないのです 私はもう穢れてしまいました 悲しいことであるとは思います けれども憎しみばかりがこんなに あの風さえも恨めしいくらいに 押し留めることが出来なくなりました 清らかな歌をそっと奏でるくらいさえ 思いもよらないほど穢れてしまいます 私はたそがれの中に涙しているのです そうしてただ生まれてきたことだけを 世の営みを呪いながらに悲しむのです どんなにどんなに呪ってみたところで 私の気持ちは未来永劫変わることなく 幸せなど見つけられないことをそっと 呟きながらもなおさら憎しみばかりを こころに満たしては朽ちていくのです 夢見る花の最後の思いさえもやはり 誰の耳にも止まることはありませんでした 彼女はほどなくバタリと倒れました きっといつしか大地に宥められて 静かに静かに土へと分解されて 彼女の思いはひとつとして報われないままに 即物的に抹消されるには違いありません ですから皆さん 私はせめても 彼女のために あなたがたに わずかの憎しみを 歌い継いで見せようと こうして決心したのです 恐らくは私の歌声も 彼女の思いと同様 黙殺されるに 違いありません けれどもなお ただ小さな小さな夢を見て 朽ち果てた彼女のために わたしはあなたがたに向かって 一人で歌いついで見せようと こころにそっと決意したのです そうして彼女への同情のあまり あの人へのほんの小っちゃな シンパシーのために たったひと言だけ こう祈りたいと思います あなたがたがいつしか 年老いるまでひたすらに餌を食らいつくして やがて夢もなく朽ち果てんことを そう祈りたいと 今は思うばかりなのです 「軽やかな絶望」 不思議なくらい絶望色した こころがふわふわしています そっと手渡したらあなたは壊れてしまう きっと人には堪えられないくらいの 闇をまとった僕のたましいが 今ではなんだかふわふわと 絶望色して軽やかにかつ軽やかに シャボン玉のような気配なのです こんな感覚を伸びやかに歌った詩人は あるいはこの世には無いような気もします 死にたいくらいの暗闇にひたされたまま 屈託もなく飛翔できるほどの自由なのです これは詐欺ではありません、きっとそうではなく もっと深い悟りのようにも思われるのです それは涅槃ともまるで違うものです。きっとそうではなく もっと深遠なあきらめのかなたに潜むもの…… そっと手渡したら、優しい悪魔に抱きつかれたみたいに あなたは、絶叫する間もなくその場に倒れ込むくらい 温度も、質感も、色彩も何もないような、ただぽっかりと 底の底の底の底に横たわるような、静かな静かな諦めなのです ですが、それが僕にとっては、なんだか今ではもう まるで慰めのようにすら、親しく思われ出すのです 僕はきっとこれからも、ひとりぼっちで歩いていくでしょう 分かち合えないようなまっ黒い翼を羽ばたかせながらどこまでも 僕は軽やかに軽やかに自由に羽ばたいてみせるでしょう そうして、何食わぬ顔で屈託のない答えをばかり 投げかけるものですから、誰にも迷惑はかからないくらいです あなたはこのまっ黒の、軽やかに触れることはないくらいなのです それでいて、僕ひとり、闇夜の鴉となって飛翔する どす黒くって、温もりもなくって、それでいて軽やかなのです それはちょうど、業火の代わりに、闇が燃えさかって なおさらに闇を深くするような、ぬばたまの霧のなかを スポーツシューズかなにかでお散歩するくらいの たわいもないことのようにさえ、今では思えてくるのです 既成概念が、ぐちゃぐちゃに壊されたみたいな夜更けに こころのなかにダンスを踊りながら、まるで骸骨死体の かごめかごめの舞踏を楽しむみたいなリズムでもって 僕は遊びほうけるうちに、彼らは親しい身内みたいに 近頃、思えてくるばかりなのです。そう、思えてくるばかりなのです けれどもあなたはきっと、そんな僕をただ嘘つきだなんて 嘲笑するには違いありません。けれども、それはいいことだと思います あなたにとってはそれが何より。ただ正装した立派な姿として 見られていればこちらにしたってしごく満足で それでいて、もう全然違ってはいるのですけれども…… あなたがたはなおさらに自分を仲間と思い込んで あれこれ噂を立てながらも心の奥底にある真相だけは 見抜けなくって幸いです。だってこんなマリモみたいな 黒い塊をひと目見たなら、ましてや、触れてしまったら あなたは、僕のように軽やかには羽ばたけません きっと言葉を失って、その場に凍りついてしまうでしょう これな明るさで、まるで、根っからの嘲笑を踏みならすような 安っぽいモレスカのなれの果てのステップだけは 演じることなんか出来なくなるに違いありません 演じることなんか出来なくなるに違いありません 「闇の手まり歌」 Ⅰ 降り積もる闇の音を聞いたとき もう心の底には何も残らなかった なみだには淡い希望が託されてこそ 始めて流れるのだと知ったとき 明日に対する好奇心はもうなくなっていた 道ゆく人々に奪われたのだか、それとも 自分でなくしたのかはまるで分からなかった けれども、悲しいなんて感傷はもはや 冷たいみずうみの底には残らなかった どんな響きさえ耳を奪われたみたいに ぬばたまの雪が降り積もるみたいにして 暖めていた最後のたからものがひとつ 静かに埋葬されたことを彼は悟るのだった そうして、悟ったままで、涙も流さずに 彼はただ弾けて消える黒いシャボン玉を そこはかとなく眺めているのだった Ⅱ まあるい闇の手まり歌 まとったわらべが鳥居から わたしの名前を織り込んで とんとん手まりをついている そんなにまあるいみじめさを ついてもこころは晴れはせず 闇より優しいものもなし 鳥居をくぐってみましょうか まあるい闇の手まり歌 まとったわらべはほほ笑みを 絶やすずままにとんとんと わたしのみじめを歌います Ⅲ かあんと響いた鐘の音(ね)も 夕べを嫌って闇を待つ 私の宵の侘びしさを 慰めるさえしないけど 思い返せば今までの 喜びかけらも無いものを 穢れごころのなぐさめも どこにあるやら知れませぬ 振り向くかなたの鳥居には わらべが哀しくまりをつく とんとん音のひびきさえ 遠く遠くにこだまする Ⅳ 何を語りかけてみたところで ひとことの答えも返ってこない 不気味な不気味なこの世の果てに 産み落とされた憎しみで お札をおさめに参ります お札をおさめに参ります 「最後の歌」 Ⅰ 廃墟 苦しくって、苦しくって、ときどきあなたに 素知らぬふりして、まるでなんの気もなくて 書いてみましたほどの、メールの一つくらい 送りつけたいような想いが発作みたいにして 沸き上がってくることが、今でもあるのです 真剣な、真面目な人たちが、みんなそれぞれに苦しんでいる 人の皮を被っただけの、不気味なものに乗っ取られたような 感覚だけが、ひたむきに、ひたむきに、心を打ちのめす 誰もが人でなしに、還元されるような気配です 過去が、嫌な思い出が精一杯、僕のことを追っかけて ついには追いついて、それから墨を塗りたくるのです 汚いよう、汚いよう、汚いよう 僕はいつでも、震えているのです 毎日、毎日、こころが、こわれていきます それなのに、僕は、懸命に、普通の人の、ふりをしています そうしてもう、すっかり、ぼろぼろなのです こころを開いたら、中身がぐちゃぐちゃです 今日もまた、町を歩くと、不気味な、発狂したみたいな 挙動不審の、笑いが溢れ、知性のかけらもないような 下等な、見てくれだけの、ぎゃあぎゃあ、九官鳥みたいな ものを考える、力すらない、雄叫びばかりが、元気なのです そうして、だれも、注意も、しないのです まるで、動物の、天下となった、王国みたいに だれも、注意なんか、しないものですから ますます、動物的に、グロテスクな、衣装をまとって かの日の、知性の足らなかった、ローマ帝国くらいの 時代錯誤のお化けが、いつの間にやら、町中に溢れまくって それは、現代とは思えない、知性足らずの、倫理っ足らずの 後進的な、自我ばかりが肥大した、不気味なお化けが いったい、なんのために、懸命に、努力して よりよき、社会を、築いて、来たのでしょう まるで、社会システムに、寄生したまま、何の生産性もない それでいて意見すら、ひとつ残らず、そぎ落とした ほんの、在り来たりくらいの、小さな、ひたむきも 殺されて、恐ろしい、ぎゃあぎゃあと、理知のない ものを考えず、それぞれに、意見もなく、訳も分からず 糾弾するばかりの、不気味な世界が…… もしこれが、間違っていて、自分ひとりが、壊れているのだとして これから先、僕は、どうやって、生きていったらよいのか いや、嘘だ、そんな出鱈目は、もう沢山だ あの学生時代の、クラスの倦怠に、ひたむきなものなど 決して、見つけることは、出来なかったのだ、そうして どこへ、足を踏み入れても、どこで、何をしようとも ただ、嘲笑ばかりが、隆盛を、極め尽くしている すべてが、ルーズな、倦怠を極めた、がらくたをこよなく愛し それでいて、雄雌の、追っかけあうくらいの、情緒だけが 大人びた、行動だなんて、錯覚していた、あの学生時代 実践もなく、覚えるばかりが、お勉強だって、信じ込んで それでいて、挨拶すら、付き合いすら、動物レベルで かといって、老人は、なおさらに、乏しくって 観念とか、指針みたいな、ポリシーが、どこにもなくって それでいて、テレビやらの、情報くらいしか、何もない 老いてなお、眺めては、ぴくぴくと、笑っている だって、そんな快楽は、ずんずん、抜け落ちていくような 肌感覚の、存在しない、情報には、過ぎなくって ゲームにしたって、映画やら、ドラマにしたって 人の生活を、究極的には、良しともしないのだ 心を豊かにすることさえなく、ただ時間を潰すだけの ましては、腐り果てた、バラエティなんてものを がらくただって、気がつかない、そのちっちゃな 脳みその、限界曲線、まるで檻の中を、眺めさせられて よく見れば、ああ、その光景は、まるで猿と一緒じゃないか バナナを欲しがって、振り向きざまに、指を噛んでいる それが英知の、なれの果てだっていうのか、あんな戦争まで くぐり抜けて、そのあげくに、物欲と、性欲と 見てくれ以外、空っぽの、ぎゃあぎゃあ、雄叫びみたいな それでいて、意見と来たら、何一つ、語れない 不思議な、新入社員の、あの、挙動不審の勇士たち だれも、互いに、注意もしない、グロテスクな 社会が、たったひとつ、こんな、島国の果てに ああ、せめて、同じ、想いの人たちだけが 共に集って、どうして、新しい、僕らだけの コロニーを、作ったり、出来ないのだろう 総体が、総体として、総体のまま 陳腐な、ゴミ処理施設みたいに、なっていく それなのに、改める人すら、どこにもいなくって ぱくぱく、口だけ動かしては、満足して、眠ってしまうから 行為としては、結局、何も、変わらないまま ご意見だけは、立派でありながら、誰もが、ご意見には 従わずに、のほほんとして、現状を、楽しんでいる 苦しくて、今日もまた、呪われた、夢を見る Ⅱ あなた だから、あなたには、どんなに、苦しくっても だって、僕のこころは、もう、こんな、状態で もう二度と、戻れない、幸せの、滅亡です ごめんね、さようなら、本当は、あなたと一緒に 手を取り合って、別の世界を、作っていけたなら 僕はまだしも、わずかばかりの、喜びを、ひたむきに 掴み取ることが、出来るかも、知れなかったけれども でも結局、僕ら、誰もが、ぽつねん、ぽつねんとして 社会の、誰彼が、交互に、ほんの、わずかずつに 人を、人として、扱わなく、なっていくあいだに 僕らは、自助努力の、なれの果てに、解体されて 個人個人は、まるで石ころのようになってしまい あなたは、究極的には、やがて僕を、憎み始めて 僕は、究極的には、やがてあなたを、憎み始めて 人は、そんなもののために、生まれてきたのでは なかった、はずなのに、今はただ強刺激ばかりを 餌ばかりを、懸命に、求め合う、一方で 互いの、精神を、忘れては、ゆくばかり 互いの、想いを、忖度する、ことこそが 僕らの唯一の、幸福の、道標だったのに ああ、不思議だねえ、ものをばかり、また漁っているよ きゃしゃで、格好ばかりで、中身が、すっからかんだよ すごいや、これが、二十一世紀、大戦をさえ乗り越えた 無様な、敗戦国の、行き着く、果てだったんだね すごいや、経済大国、それだって、まもなくもう 転落じゃないか、経済大国、今はただ、悲しいよ 見てくれだけの、脳みそ、空っぽの まるで、アニメを、大人になっても 国家的、芸術だなんて、叫んでいる グロテスクな、国家が、ここに、君臨して 悪臭を放って、僕らを、苦しめているのに それを、罵った、ほんの些細な、ひと言を 徹底的に、糾弾するから、ますます、不気味になっていく そうして、最後には、その国の、住人はもはや、不可解な 人でなしの、右に左になびく、まるでたなびく旗みたいな ああ、そうだったねえ、大戦前だって 立派に、誰もが、旗やら尻尾を振って 少数の、良心を、なぶり者に、してたっけ それじゃあ、何も変わらないじゃないか そんなのは、国際主義なんかじゃないよ にせ物の厚化粧じゃないか、国際社会が 不気味に思うような、奇妙な幼稚園児の 大合唱を、まるで蛙の鳴声みたいにして 次から、次へと、ただただ流行の、表層ばかり 雪崩みたいに、滑っていきながら、築き上げた 自分たちが、どこにも、存在していないなんて Ⅲ 初恋 恐いよう、恐いよう、誰か、助けておくれよう 僕は震えながら、日ごと老い果ててゆくばかり 精神は干からびて、無様な醜態をさらすのです 誰かに、必死になって、求めたくっても、それでもきっと それでも僕は、あなたにだけは、そんな惨めな醜態だけは お見せできないように思います。最後まで立派に見られたいのです。 ごめんなさいね、ひと言も、口なんか、聞かなければ よかったのにね、ごめん、僕はね、あなたのことがね やっぱり、好きだったのです、押さえきれないくらい だって、こんなことを、記したら、せめても、あなたに 不快感やら、悲しみやらを、与えるばかりであるものを つい、恐くって、さみしくって、けれども、ああ、どうしても あなたに、話し掛けることだけは、もう、決して、しません それだけは、もう、けっして、してはなりません、なりません 学生時代の、あの頃みたいには、屈託のない、話しは出来ない けれども、悲しい、僕は、いったい、なんのために、こんな世の中に 楽しみもなく、ほほ笑みもなく、生み出されて、しまったのか それが、不条理で、不条理で、僕は、こんなになるまで、日本語を 愛しているのに、その、愛しているものが、まるで、ゴミみたいに ヒステリックに、右往左往して、本来なら、朝な夕なに 議論して、口論して、発展しなければ、ならないことを すべて、慣習任せにして、どっぷり浸かって、戦争の あのおぞましい、失敗の、大衆の、指向性と同等の 何ひとつ、成長するでなく、ただぎゃあぎゃあピイピイ 叫び続ける、これな、動物の、王国みたいな ヒステリックな、挙動不審な、せめて自殺に走るのが 唯一正統の仕草の、不気味な、社会において 自殺の、志願者を、無くして、欲しいなら その、不気味さを、自分たちで、感覚でなく、 議論して、行動して、見てくればかりの、娯楽の殿堂ではなく 独善的な、ドラマやら、小説を、知性で、糾弾する 把握する、ことすら、出来ないような、ちんけなフィーリング ただそれだけの、精神を、どうにか、しなかったら 飼育され、ひと言ふた言の、落書きで、繋がっている 稚拙な、感覚を、段階的な、情感の損なわれてしまったような ただそれだけの、精神を、どうにか、しなかったら この、はかない、島国は、プレートの 沈み込む前に、人でなしの、マネキンの あるいは、猿山のような、姿へと還元させられて 不気味なくらいの、化学薬品のかおりを 漂わせては、偽物一途に、沈んでいく それだけのことに、違いないというのに 世界の、メインストリートから、脱落しかけてる だって、こんなに、英会話とか、ほざいている くせして、お前たちは、とうの昔から バブルの、崩壊した、その頃から お子ちゃまの、アニメやらが、氾濫いたし 意味不明の、グロテスクな、日本風デフォルメの 役者の演技すら、どの国にも、あり得ないような 表現の、園児的なデフォルメ、カメラワークも 挙動不審で、言語と結びつかない、不気味なジェスチャー それなのに、何とも、判断付かない、それはまるで 鎖国の江戸の、マニエリスムが、肥大したのと 何一つ、変わらないまま、挙げ句の果てに 社会的、鎖国状態、それで、下等な、もののみ輸出を 試みては、美しき我が国、アニメやらゲームやらが 国の芸術だなんて、グロテスクな、パロディーだ 三流小説の、落語のオチより、もっと醜いじゃないか 神々を、否定し得なかった、僕らの、限界くらいに 結局は、視覚媒体の、強刺激から、逃れられない 考える、能力が、それによって、後退せられたら もはやひと一人の、力では、手の施しようもなくなって 砂漠へ逃れて、共同体時代の、あの、慎ましい聖者や いにしえの、宗教にでも、すがるみたいな、切実でもって かといって、もはや、宗教ではなく、もっと理知的な 本当に、集えるくらいの、新しいコロニーを どうして、集まって、築いて、いけないだろう 僕はきっと、まもなく、この、奇妙な、いびつな、迷宮のなかで 君たちとは、逢うともなく、滅びてゆくだろう 君たちが、僕の二の舞を、どうか、演じませんように 君たちが、がらくたに、飼育されている、自覚すら ないような、エゴのお化けに、どうか、なりませんように そうして、僕のまわりから人は消え、夕闇ばかりが残るのだ ああ、けれどもあなた、あなたのことだけを、僕は最後まで こころの、小さな支えに生きてきた、けれどもはや…… Ⅳ さよなら さようなら、今はただ、軽やかに、さようなら もう、たとへ、かりに、あなたが、話し掛けても わたしは、答えるべき、ひと言も、もたないのです わたしが、狂っている、のでは、ありません 世の中が、こんな異常な、強いて言うならば、この地域が 総体的に、狂っているのだと、わたしは、もう はっきりと、悟っています、だから、大手を振って さようなら、今はただ、あなたの、幸せだけを 最後に、軽やかに、お祈りしようと思うのです 生まれてきたことは、地獄でした あなたは、ただ、地獄に咲いた、僕にとっては 一輪の、軽やかな、必至な、花だったけれど それでも、僕が、地獄から、抜け出すための 力には、なれっこないのは、だって、そんな、花にしたって やっぱり、互いに、苦しんでいる、ばかりで ああ、やっぱり、僕には、不可解なのです どうして、僕ら、みんなして、手を取り合って やつらを、皆殺しにするか、僕らが、すべて、殺されるか そこまで、やってみなかったら、生きていることには ならないように、思われてならないのだけれども ただ、生命が、保たれていれば、いいのでしょうか それなら、ロボットにでもして、いつまでもいつまでも あるいは、クダに栄養でもして、生かし続けたからといって、何の価値が 生きることは、もっと、もっと、必死なことで 考えべき、ことなのに、僕は、もう、駄目です ごめんなさい、こんな、ことばかり、記しておいて 白々しいとは、思いますけれども、あなたには、せめてもの 小さな、幸せがありますように、さようなら、さようなら 僕には、タッケイの、あの人の、心が、分かるような気がします 彼は、自分の心が、もう二度と、もとに、戻れなくなった その事を、分かりきって、人々に、絶望して、それでも なおかつ、自分の死に、わずかなる、最後の望みを託して そうして、だからこそ、あのような、最後の 最後の、決断を、せざるを、得なかったのだ それは、半分は、自分のための決断であり けれども、半分は、本当に、神であったに違いないのだ それだけは、最後に、記して、おこうと思うのです さようなら、あなたに、せめてもの、幸せを もう、お会いすることも、ないでしょう 「詩人の涙」 Ⅰ 詳しくお話しすることもありません 私はこの詩集の、あるところまでを それが闇の属性を持つものであれ わたしたちの文芸の輝きのたとえば わずか数ミリくらいの勾玉の価値を しゅん君みたいな無意味な娯楽ではない 本当の価値を有していると信じるがゆえに そうして、あらゆる文芸に関わるものは おのれの存亡を掛けてでも、ときには 採択すべき真実があるということが 最低条件であると極めて無頓着に 信じ切っていたのは、情けない限りです Ⅱ 本当に、あんなしゅん君のがらくたに 落書き以外の、何の価値が、あるというのだろう たましいを削った、誠の欠けらも見られない あるのは、オシャレ、虚飾をもてあそぶ心と 言葉を表層以前に、根源と捉えるべき作業とは 正反対の、陳腐な落書き、それはつまり イミテーションには他ならないのではないでしょうか イミテーションには他ならないのではないでしょうか Ⅲ あるいは、不気味なくらい猫なで声した 柔らかい、幼児に諭すような「ですます」調の ほほえみましたやら、かなしみましたなどと 情感をむさぼっていれば、それで満足でしたと おぞましいほどの、感覚主義の極みの果てに 一体いかなる、思想的喚起がなされて、僕らの 真に至らしめるべき道しるべが託されているというのだろう それはただ、束の間、感情に訴えて、お涙をむさぼるだけの 娯楽には、過ぎないがゆえにこそ、繁盛を極めるけれども たとえば、そこに、言葉の、もっとも大切な、役割であるはずの 歩みのための、道しるべ、それが、例えば、反面教師であれ 籠もることなき、落書きのかなたに、いつわりの模造品の 価値以上のもの、本当の響きが、未来へ掛ける、橋のような 祈りが、込められて、いるというのでしょうか。わたしには それが、どうしても、分からないのです、分からないのです Ⅳ わたしは、餌にならないという理由で つまりは、不快感を誘うがゆえに わたしの、言葉には本当の意味がきっと かの旧約聖書の、呪わしい、言葉に籠もる 極みの、愛情に、匹敵するほどの、血を吐く刹那の 誠が籠もると、信じて、いたのですが その、誠が、人々の反感を誘うがゆえに 誰ほどの、購買意欲が、湧かないがゆえに けれどもそれは、逆説的に、たとえばほんの僅かな わずかな人々には、身に染みる価値を保ち続けると わたしは、信じていたのですが、そうしてその価値を 見出すべき、義務を言葉に奉仕する、あらゆる人々や 組織にとっては、それが、存在意義の、第一義にこそ 掲げられべきものと、無頓着に信じ切っていたのですが わたしは、裏切られました、わたしは、石ころのように この世の無駄として、鼻紙みたいに、処分されてしまいました 血を吐くような言葉は、奴らのクシャミという動物的生理現象にさえ 打ち勝つことは、決して出来なかったのです Ⅴ これは、愚痴ではありません、もうすこし お話ししましょう、それは、二回に渡って 分割されて、送り出されたのでしたが 一度目は、連絡もなく、二度目は、たちまちに 連絡が送られて、その内容を、眺めてみるに付けても そもそも、私の送った、血を吐くような作品は 袋から、取り出されてすら、いなかったらしいのです 椅子のクッションの代わりに、誰かの尻に敷かれていた それだけのこと、らしかったのです それから、二度目の連絡やら、その後の遣り取りから 奴らが、作品を評価など、する時間は、はなから持たず 仕事の終わった深夜に、ちょっと眺めては、出来レースに お断りの、言葉を、伝えるに過ぎないということを そうして、私から、金を巻き上げることをのみただ 目的として、奔走する、恐ろしい、組織であることを 始めて知って、驚いたくらいです 驚いたくらいなのです Ⅵ あるいは、みなさまは、サラリーマン根性で 企業が、利益を追求するのを、当たり前だとか 自分で、金をはたいて、行商でもすればいいと あざ笑うには、違いないと思うのです ですが、あなた方の、かかげる 文化、あるいは、言葉への意識が 商品の価値くらいしか、持ち得ないからこそこんな 稚拙なガラクタばかりが目につく、そうして商売のこと以外 何ひとつ持ち得ない、巨大な幼稚園が生み出されたということを 文芸に関わる以上、利益と共にもうひとつ 掲げるべき、絶対的なポリシーが、天命に存在して それは、会社の存亡にすら、天秤を掛け得るほどの 使命を賭して、掲げべき、ポリシーであるということを 考えたことすら無い、利益動物の娯楽販売企業など 人類にとって、まるでもう、有害以外の何ものでもない 情けない、継承すべき伝統は、まことの言の葉は 闇雲に食い散らかされて、まるでどこかの、多民族国家みたいに 文化を形成しきれない、消費と趣味くらいの情けない領域に すべての人々が、鶏小屋みたいにはしゃぎ立てる 結末を迎えるというのは、今となってはもはや はなはだしい嘘であって、もうすっかり戻れない橋を みなさまは、渡りきって、しまったのです みなさまは、渡りきって、しまったのです Ⅶ 真実にしろ、妄想にしろ、言葉のなかに 娯楽でない、砂粒の価値のひとつぶ 込められていると、掲げなかったら いかなる代償を払っても、いかなる罵りを 甘んじても、その言葉のみを、残さなかったら 利潤のまえに、掲げるべき人間そのものの アイデンティティとしてのポリシーの まるでない、不気味な、娯楽にヨダレを垂れ流す それでいて、その娯楽さえ自分では、探しきれないような 稚拙の企業が、社会を覆い尽くしたとき それはまるで、産業革命時代の、陳腐な ビジネスマンくらいの、世紀を引き戻す、大いなる後進性の なれの果てみたいな、醜い姿でもって 大衆の求める餌をのみ、追求するだけの 希少性やら、多様性を踏みつけにする 文化的悪意に満ちた、ある種の 均質文化発生装置の役割を担う 途方もない、文明退廃企業には 他ならいというのに、所属著名人すら 自分たちこそ、まだしも、文芸を守るべき 義務を有している、などというポリシーは 何しろ、自由と無責任を取り違えて 義務を企業奉仕と履き違えるような娯楽提供者なものだから 反旗を掲げて、装置を糾弾したり そこから、別離しますくらいの 気概などまるでなく、装置の上にもたれ掛かり そこからのうのうと、無責任かつ卑怯者じみた 行為の伴わない、説教ぶった発言を 文筆家どもは、繰り広げているありさまです そうして、わたしはそれを、ようやく今 最近になって、知ることが出来たのです さすがに、いい年をして、情けなく しかも記すべき、本当の価値というものが まさに自分の、作品だと、いわんばかりに 皆さまには、思われる一方ですから、またヨダレ流して 嫉妬だの、もどかしさだの、さぞかし張り切って罵ることでしょう けれども、こんな事すら、他人事みたいに すらすら、流せるほど、この心のなかにはもはや 人並の、喜怒哀楽じみた情感が、欠けらくらい 残されているのやら、それは皆さまの さぞかしご立派な心情とやらを、標準価値と定めて あまり無頓着には、類推しないほうが良いのではないかと わたしは、心より、そんな直情まかせの 把握方法を、組み立てきれない、感情的類推を なさらないほうが、未来の我らのためにすら まだしも結構だと、ただそれだけを お伝えしたいと、思うばかりです お伝えしたいと、思うばかりなのです 「断りの日に ――○○出版へ」 (→名称を入れる) ただ餌をあさるがごときものに触れ けがれ心を慰めもせず 値より高貴を知らぬ商人の 腐臭の果てに心むしばむ 蛾の群れを数ゆえ愛するものどもの 醜さ求めてつくるイミテーション 胸のうちなおも解かれぬひと欠けら 隠しごころを神や咎めし 憎しみをいま解き放つよろこびと ふすまへだての闇とまどろみ ふる里のおさなき日々に帰りして ほほ笑み戻る夢やまぼろし だれとあってもなにを話していいのやら 仕草の果ての意味もわからず どうしよう母国語なのに耳鳴りの あの人この人意味も分からず 学者どもこころやまいを持ち出して あれこれ語るな君こそやまいよ ひとはかく穢れゆくとは悟りして なお歩みゆくひとり静かを 若やいだ祭の果てのさみしさを 染め散りやまぬ秋のもみじ葉 いまさらに口笛ならうものでなし 去りゆく人のせめてほがらか 春待のこころ吹雪きの凍てつきを 支えきれない朝を待ちつつ 懐かしく消息聞きますよろこびも 嘘くさくなる今日は日曜 取り戻すことなき鳥の巣立ちして さえずることもいまは虚しさ ひとでなししじんころしてあざわらう これなものどもをさばくものなし やあ皆さんお元気ですかなによりです さりとて私は、今日も変わらず そっとまた落書きやめて冷たさの 触れる怖さにまた書きつらね ある聡明な詩人が、己(おの)が分を弁え ひたむきな口調で、嘘とはならぬ言葉のみを 淡々と、弁論者の訴えではなく、フィロソフィアの 誠でもってのみ、静かに語り終えたとき 傍聴席には、何ものも、拍手を贈るものは いなかったといいます。 群衆がヒーローと崇める、娯楽の伝道者がひとり 壇上に立ちますと、拍手喝采辺りを極めつくし 彼の言うところのもの、虚言一徹の美辞麗句やら 「ですます」の優しい語り口調でもって、観衆の情動を貪り尽くし 自らを彼らの代弁者として、仕立てんためのそれは 策略ではなく、もはや、生まれもっての腐臭を放って 君臨するほどの、いつわりの熱気にうなされて 誰もが拍手を送ったといいます。 誰もが伝道者に群がって、握手を求めました それは、悲劇的なことに、紀元前の、アテーナイではなく 教育の行きとどいた、民主主義を標榜するはずの つまりは、もっとも個人個人の自立的思想をもって 真相を極めんとするさなかにこそ行われた ある悲しい、公開裁判の様子だったのです かつて、知識人たちは、観衆がもっと教育を 突き詰めたなら、きっと、いつの日か、かならず 己(おの)が基準を打ち立てて、一人一人のポリシーを掲げ それを基準として、必ずや、より真相の籠もったものを 選択すると信じきることが可能でした 彼らは、まだしも、幸せだったと、私は思うのです どんなに教育を重ねても、観衆が所詮は、下らない動物性から 自らを、すくい上げる気すらなく、わずかに油断しただけで これほどの、醜い、稚拙な、にせ物の、形式的な、虚偽にまみれた 同質的な、非理知的な、考察しない動物の姿で、極めて感覚的に それがたとえ、ある特定の、種族であるにしても、成立してしまうのか それがもう、教育などでは、どうしようもないほどの、観衆の 知性の、実に乏しい、限界的な、動物曲線のなれの果てであり 彼らに、なにを説明しても、結局は、快楽の任せるままに あるいは、慣習の任せるままに、偽りの道徳を崇め 拍手喝采、魂の真相を究明するでもなくて 慣習的硬直を、美的基準として、醜態の極みをもって 豊かと称して、知を愛する者からしてみたら、すなわち 饗宴のソクラテスの、真相を究めんとする立場より見れば おぞましいほどの、それは、もう、ただの乱入する 酔っぱらいの、絶えず、娯楽を、求める、まるで、紀元前の 彼らの醜態と、なにも変わらない、下劣の、魂を鼓舞して 這いずり回るのが、関の山で、あることか、この二十一世紀に 知性の、豊かなるべき、この世紀においてさえ、何も変わらず ディスクワークなどしつつ、パソコンさえ、操りながらも 紀元前の、彼らの、知的水準に、留まったままで しかも、自らを、はるかに、高尚なる者と、信じ込み ミミズの如く、にょろにょろと、まむしの如く、あざとく 真相究明とは関わらずの心でもって、なおさらに 君臨しつつあるかを、この二十一世紀もなって あらゆる呪術は、ついに、人間社会から、離れることもなく 永遠に付きまとい、付きまとい、もしそうだとするならば せめて、もはや、我々の望みは、人間以上の者を 累積された時間軸と、あるいは、空間軸の狭間より 接続を重ねた、ひとつひとつは取るに足らぬ、堕落の脳みそどもの 並列回路のかなたに、新たなる生命として、降臨されんことをのみ せめて、我が言わんとする本意をのみ、これすなわち愚かなる 人間にあっては、まだしも、本質を述べようと、稚拙ながらも 努力したるものと、判断せしことをのみ わたしは、この最後の刹那に せめてもの、自負として残そうと思うのです ああ、朝が、明けます、味気なく きっと私は、死ぬこともなく、朝の一日を 生きて、行くのでしょう グット・ラック あなたがたに、 せめて、幸せが 一日分だけ また、ありますように そうして、もし仮に 死のうなどと考える 人が、そこにひとり あるのでしたら、 私はこう、加えておきましょう あなたの、真っ暗闇の 底の底の底さえ見えない 絶望なんて、私の垣間見た 知性の地獄に比べたらまだまだ あまっちょろいものだから 生きるがいいさ 死ぬにはまだまだ 早すぎるのだから さあ、立ちあがって 歩いてみましょうよ そう、慰めたいと 思う、ばかりなのです お休みなさい 本当に 僕は、そろそろ 全力疾走です 「まっ黒な和歌」 花一輪咲き誇る間にさらわれて 姿にあらず波の調べよ 人込みを逃れきれない夜汽車には 清めるものなく濁りごころよ あなたさえ見つけてくれたら貝殻の いのちひとつもいまはたそがれ 闇染めのぬばたま染めの墨染めの 言葉通わなぬものの不気味よ いつの間に忘られ夢を枯れ果てた 捨てられ花瓶の濁り水かも あっけらかんそんな言葉もいつわりの 砂に引きずる靴のひと筋 泣いてまた朝がきましたひとり身を 立ち身辛さよ寒さまどろむ ひとり静か舞うでもなくて足もとの けなげに咲きます今日のよろこび 生き方を忘れぼけした朝露の 穢れてもなお花びらしずくよ よろず世の幸こそを誓いして 歌う人避けひとけ消えゆく あたりきを求めなみだのうつし世を 穢れてなおも歩みゆくなり 優しさの果てこそ裂けば痛みさえ こらえ眺めの赤き夕べよ 僕の血を流して書いた落書きを 踏みにじるもの永遠(とわ)に栄えよ そうして、舞台の屈託のない笑いにも 悲しみにも、あるいは憎しみさえも 等しく、みんな、大団円は訪れて 血を吐いたピエロさえまた幕引きの お辞儀のときのそっとほほ笑み P.S. けれども、観客には、そのほほ笑みこそが 真実なのか、それとも、涙こそが正体なのか どうして、分かるというのだろう…… 「文化的終焉宣言」 偽物が、偽物を求めて、本物を、消し去ります ふたつを並べても、偽物には、奇抜なペンキの方が 美しいには、違いないのだと、誰もが思います 文化を守るべき役割を、数パーセントでも担うはずの あらゆる皆さまがただ利益を求めて刺激のある餌ばかり 懸命に、追い求めて、本物を、踏みつけにしました 世界中でどこよりも、がちゃがちゃじみた音楽が 不気味なまでに氾濫してしまいました 広告満たした町並みに、よくお似合いです 商いと文芸の天秤は崩れ去りました 趣味の成長がまるでないまま賃金に埋没する いびつな大人が芸術を捨て去るために 必然あらゆる文芸は餌を求めるべき時間と 好奇心とを有しつつな娯楽一途の精神の 底辺世界へと舵を切ったのです 最適な餌を提供し続けるうちに 恐ろしい事が起こり始めました 成長した稚拙が娯楽を文芸と差し替えて 次の世代へと橋渡しを始めたのです 懸命に働いて安物の娯楽に奉仕する 奇妙な福祉国家が形成されました 日常が伝統に触れ合う機会すらないくせに 伝統の継承やら復興を唱えたところで 天然記念物を極める一方には違いありません そうして実際、まるで伝統と関わらない かといって、国際主義でもまるでない むやみに、エゴをひけらかすばかりの 不気味な作品群が、隆盛を極めました それは、継承すべきものを、順次下等な方へ ひたむきに、邁進した、終着駅で 情報化などとは、まるで関係のない 大いなる歪みには、違いなかったのですが 彼らは、それを新しいコミュニケーションだと あらたなる芸術のあり方だと 本気で思い込んでいるような石ころが ごろごろごろごろ転がり出して あらゆる高尚を嘲笑で埋め尽くしたとき 伝承の継続に価値などないとがなり立てたとき 精神の形成にもっとも大切なシーズンを つまるところ市場のがらくたの生け贄となって 娯楽に奉仕する一方、まるでひと言ふた言の 落書きくらいで、人と繋がっていると思い込んで 人間の文化的階層の、始めの一歩である 感情に直結した、雄叫び言語から、わずかに自立すべき 最低限度の、言葉遣いすら、もうどこにもなく 喜怒哀楽言語一辺倒しか、話すことも出来ない 理性にもとる、何が不気味な生き物を、懸命に育て上げて それが、リベラルなどと、想像を絶する学者の発言や 不気味の誤認を突き進んでみたあげくに 陰口ばかり逞しく、いざとなると、なにも話せない 意見もろくに見いだせないような卑怯者どもを つまりは、歯車的労働力を、懸命に育てるためだけに あれな教育を邁進する必要がどこにあるのやら 誰にも、もはや、分からないほどの終末となって あなたがたは、それでも変わらず、理想世界を 頭に置くことは、毛頭なく、互いの足を 引っぱっては、行動力をそぐことばかり 繰り返しているうちに、世界からは脱落せられ この国は、滅んでいくことでしょう プレートの沈む前に、滅んでいくことでしょう 「疲れた詩人の唄」 それでも頑張って唄おうと 思ってはきたのだけれど なんだか馬鹿らしくなりました 血を吐いても遠くから 押し黙って眺めているばかり 何の反応も無いのです 一歩踏み出すごとに 勇気がくじけてしまいます なんだか、歩くのが不気味です 鼓膜が破れて耳が聞こえないのに 気づかずのまま相手の口の動きを眺めて 音の聞こえないのをいぶかしがってみる そんな奇妙な感覚がするのです ただもう疲れてしまいました こぅして生きているのが辛いのです 少し前までは、あらゆる事柄を 糾弾して生きていこうとさえ 詩人としての、本分を果たそうとさえ 願っていたはずのたましいが今はもう 活力を失ったマグマの燻りみたいになって 穢れた岩石に朽ちかけていくようです 町を歩いても、部屋に戻っても 誰と話しても、ただただ消えてしまいたくて それなのに、このまま消えてしまうことが 恐ろしくもあり、釣り合いが取れません ただ、もう、この情感を逃れるためには 自分は、どこかで、幕を引かない限り この、泥沼からは、抜け出せないような 悲しみばかりが、広がっていくのです わたしは、最後に、ひとつだけ わたしの、本当の思いを、この国で ほとんど、見られないくらい、真心を込めた それでいて、どんなきついことも、恐れずに 記してみようと、試みるのです 記してみようと、試みるのです 踏み込んだ、この作品をのみ、相手にもせず ただ、娯楽的価値の乏しさを基準に罵ってみせた あいつらのことが、今は憎くてなりません 本当に、自分が死ななければならないなら その誰それを、先に突き止めて、あるいはぐさりと やってしまったって、何が悪いのだろう そんな、原形質の、憎しみばかりが 広がりながらも、けれどもそれは、詩人の領分ではなく わたしはただ、最後の瞬間まで しわがれ声で、歌を歌うしか道はないのだし かといって、その道の先には、何もないのだし がらくたを、溢れさせても、振り向く者もないのだし 本当は、でも、がらくたじゃ、きっとないのだ これほどの、思いを込めた結晶は、落書きにしたって どこにだって、落ちていないくらいの、誠の言葉なのに けれども本当なんて、必要ないなら、そもそも生きていくべき 人として、生きていかれるべき、あるいは詩人として 歌っていかれるべき場所が、もうどこにもなくなって せめて、人知れず、消えてゆこうかと、そんなことばかり 近頃は、考えたり、それにおののいて、慌ててくだらないことに 逃れたりを、繰り返しているばかりです ただ繰り返して、いるばかりなのです [作成] 2010/3月-5月頃