十三年和歌集

(朗読1) (朗読2)

四季歌

正月

あらたまの
  あさ焼け空を ほの/”\と
 ほの/”\かがる あまてらすの火

あきらめと
  立ちのぼる夢の けむりして
 もつれながらも あけるしのゝめ

ひかりさす
   門松ごしに おとなりの
 庭先を訪ふ なんの鳥かも

四分儀のひときわほそくながれ星

なに待つ鳥
  告げゆく空の さむけきに
 こな雪そっと 舞い降りるかも

琴の音をアルペジオして寝正月

ほどけたら来るかな春はもつれ糸

春を待つフレーズ改札は人だかり

二枚目は軽やかにしてカレンダー

たらちねの
  はゝな思ひそひな祭

おぼろ月夜
  ネオンテトラが 絵かき唄

きらめくような
  明日を夢みた 小鳥らも
 疲れて眠る……
    春の夜の月

   「西行へ」
花に生まれ夕べの花に死なんかな

ひとのこゝろ
  ふとつながりを 信じては
    舞い踊ります さくら花びら

それを頼りに
  咲いてはまた散り……

クレヨンでクレソン描く清水かな

老犬(ろうけん)のこゑのと絶えやさつき闇

まじょるかの
  雨かそれとも ゆうゝつか
 たそがれに聞く 変ニ長調

雨が降ります。
   雨が降ります。 しと/\と
 しと/\/\/\ 雨が降ります。

冗談さえ
  わすれたみたい 梅雨の空
    泣いてばかりいる
  はだかの王さま

ぽつり/\
  ゆきかふ人よ にはたづみ
 弓張り月の 靴に踏まれて

高台の青空に聞く時の鐘

箱のなかに
  箱またひらく 箱のうち
 箱また箱の 空は青空

白亜紀の砂岩にひそむほたるかな

うなだれて
  さまよう沢の ほたる火を
    なぐさめに聞く
  足をとゞめて

ひとひらの
  花びらに舞う ほたるかも

つめくさの
  酔いに溺れる ほたるかな

しあわせ
  願うほたるの 火も消えて
   たゞせゝらぎを 歌うかなしみ

Sweet basil
  pizza toast ga
 tomato kana

あさな夕な
   水やりに聞く さわやかな
 くすぐるみたい バジルの風かも

     「川平湾にて」
クマノミの
  夢みの月の物語
 サンゴを影に
    わらうさゞなみ

珊瑚らの
  なみだなのかな 砂の粒
 きらめく星の なみだなのかも

風は東へ
  日ざしは西へ 石垣は
 珊瑚の海を 渡る海人(しまんちゅ)

羅針盤
  さらわれまどふ 道しるべ
 しぶきに高く セイレーンの声

とぼ/\と
   暮れなずみます 街角を
 歩き疲れて うずくまる犬

雑草に
  まくら木ねむる この道よ……

ブルーライト
  クラゲがバーの 月夜かな

   「星砂の浜」
なき砂を月夜に猫が影あそび

方丈の琵琶の音冴えて月あかり

尋ね住む月の小川や瀬見の橋

    [本歌]
石川や 瀬見の小川の 清ければ
  月もながれを たづねてぞすむ
          鴨長明

わたくしの あゆみの幅の あやまちを
  さとすともなく 暮れる夕月

めるともの
  遠のく風のうた声は
 小さな秋した
   ひとりぼつちも……

なれ染めて
  からすうりした もみぢ葉を
    踏み分け宵の みずうみをゆく

あし原の
   シャボン玉した ほゝ笑みを
 風に訪ねて いちょう散る頃

砂場には
  うずもれかけた お人形
 うらめしそうに とんぼ眺めて

タナトスの
  鉈(なた)に怯える きり/”\す

   「井伏鱒二へ」
折れかけの
  つばさに馳せる サワンかな

枯れ芦の 闇の間に/\
  夜あらしを 唄いつぐもの
    つくよみの神

バームクーヘン
  いわし雲して 紅茶かな

紅茶が冷めます
  紅茶が冷めますよ
 ゆびさきの
   さまようみたいな
     スプーンもてあそぶ

小春日に
   忘れ歌した カナリアは
 のがれて空に なにを求めて……

枯れ葦(あし)に
   なんの小鳥がカルテット

肝試し
  真っ赤に染まる 洋人形
 ほゝえみかける 宵の理科室

にじんでた
  真っ赤な夕焼け さめかけの
 コーヒーに聞く 嬰ヘ短調

[俳人ども、金切り声をあげるには、「夕焼け」は夏の季語なるべしと。屍の言葉をもてあそぶが如し。]

春が来て
  夏さえ秋を冬支度

ぞつとする ほどなく消える サイレンと
  入り日になずむ 鳥のしかばね

しがらみの がんじがらめに 色あせた
  蔦をからめて 燃やす夕やけ

折れた夢の
  つばさなくした さむ空に
 ただぽつねんと 照らす Jupiter

燃えるような ワインレッド
  風誘う ペチカかな

粉雪 /\
  いつしか 吹雪 しぶく頃
 遠くに 混じる 狼の声

ペンギンの 白夜に唄う オーロラを
 犬ぞりに聞く メリークリスマス

星合のこと語りしておでんかな

station
  逃れゝば寒の銀河かな

弓張りの
   かりんをひとつ ポケットに
 収めてはまた 夜のジョギング

[「カリン」は秋とかや。こは落ちたるカリンなるべし。]

寒月を疲てくゞる屋台かな

誰かが僕の
   こころを覗き 見るような
 影におびえる 雪の踏切

消えたくない
  消えてしまいたい
 足もとは
   おぼつかなくて
  暮れる街なみ

雑歌

その一

言葉さえ
  コマーシャルだね あきんどら
 下手な日記も 金の亡者よ

(こづかい稼ぎと語る虫けら)

きたならしい
  かざりたてした 声ですね
    被災地にむらがる
  charity の歌

自己満足と
  そして陶酔……

ひとのよの 定理ばかりを
  卓上に もてあそんでた
 月さえ知らずに……

頬を打つ
  その痛みさえ 大切な
 勾玉みたいだ 人でなくして

有線の
  もつれた糸の ショートして
    その場であゆむ
  古代人形

   「Herbert George Wells へ」
残り火の
   かなしく燃える 夕やけを
 生けるものさえ なぎの岩礁

七つの鐘は
   終りの夜に 鳴り渡り
 人なき浜に 裂けるわたつみ

     「今のみかどへ」
きみがみ代は松より梅が眺めかな

その二

   「二日」
わたくしの
  こゝろはけがれ/\ても
 歌うこゝろの
   けがれなければ……

時の鐘に 身を委ねては みたけれど
  くすぶるみたい 夢の残骸

生きてゝも
   よき言の葉も よろこびも
 見あたりません からっぽの部屋

つかの間を いのちと笑う くらむぼむ
  ながめてばかり 君はなぜ泣くの……

腕もとの
  ひとすじぃ傷を 指さゝれ……
 それでもわたし そっと生きてる……

絶えかけた
  清水に露の しずくして
 こぼれたてした
    よろこびくらいは

君はなにを?
   したいのかもう 分からない
 それでも今は 生きていますと

過去がまた
  消えてゆきます。
 君はまた……
    黙んまりですか、
   終わる時まで。

わたしのおわりは
  わたしのはじまり それはきっと……
 ほかのどこかの
    わたしなのかな

誹諧歌

カマキリの
  おびえたような いきり立ち
    あとずさりする 僕の一生

    「花粉症」
くしゃみして杉恋しかるひのきかな

    [狂歌]
ゴルゴダを
  ファンタジスタの 正宗が
    片眼を夢に 背負う十字架

あおによし奈良のみやこがけむりかな

ああ、けむりかな、けむりかな

    「ざれ歌」
とりゃあ おりゃあ
  かわしてつかみ 払っては
 切っ先に振る 背負い投げかも

年老いた猫さかり猫子猫かも

    「狂歌」
天馳せるジャズ バラ色の狂乱と
  あきらめかけの フィッツジェラルド

   [狂句]
ふらふーぷ粉雪くしゃみ犬っころ

   [早口詞]
しその実の しそのみの実の 実のしその
  しそのみ香をる まだき朝飯

子供歌

[朗読その二]

くらむぼむ
  くぷ/\わらへ 沢がにの
    まどろみさへも
  春の夜の夢

グッピーも
  ネオンテトラを/よ 春の夢

まはり~くま
  は~りたやんばら やん/\と
 唱えて春は ねむれ魔女っ子

なんで/\
  おぼろ月夜に 泣く子かな

春は花の、
  明日は夢みる希望です。
 けがしたくない、ひとみ水晶。

まるさんかく
  坊やが春の座標かな

遊んでは
  踏みつぶしても あしたには
 すっくと伸びる 草むらの唄

虹を見て
  キャンパスに夢を描くかも

ひばりらは
   高くさえずり 川はだは
 つたわか葉して 僕ら秘密基地

虫取りのなれはおたまじゃくしかな

駆けて転んで 泣いて笑われ 起こされて
  握りしめてた ママの手のひら

だぶだぶの長靴あそぶおんなの子

なんで/\
   なんでか知らず 泣きだして
 忘れてわらう
    坊やおいくつ?

夏をゆめみゐ眠るサンスベリアかな

僕のマシーン
  最高速の スピンして
    新聞抜けて パパのごっつん

夏風に ママチャリを追う 坊やかな

こんぺいとうな
  夢をみました お星さま
 きらめくつばさで
    駆けめぐる夢

ふらすこに
   スポイトたらし
  夏やすみ

誰あれもいない
  かくれんぼして 忘られて
    飛びつくママに みなだ夕ぐれ

ママの背に
   三日月を指す甘えかな

その手から
  逃れて染まる ふうせんは
 坊やを捨てゝ 冬の三日月

こばるとぶるー
  まあるい /\ お月さま

哀しみ
  貝がらに聞く 砂音は
 眠れない夜の パパの子守歌

うさぎ/\
  月夜も更けて物語

田舎レストラン、引かれた祖母の手のひらと
  サンドイッチとカフェとマロンと

傘に待つみ母の影やはつしぐれ

歩道橋
  ネオンライトの またゝきと
 子供ごゝろと 祖母の手の平

オリオンをつかめずないて子守歌

まあるい猫も
  耳そばだてゝ 子どもらは
    クリスマスイブ もみの木の唄

しのばせて
  お空に託す プレゼント

トナカイさん
   真っ赤なお鼻の エピソード
 描き加えます ポストカードに

鐘をひつじと
   ママにいねむる 坊やかな

バスはゆく
   未来は僕らの 手のひらに……
 今を楽しむ
    ばかりだけれど……

ひとりぼっちの砂あそび

遊びを終えた砂場から
   夕焼け小焼けを唄にして
 立ち去るみんなの背中です

  遊びに飽きて夕食の
    団らんさえも白々と
   娯楽にふけるみんなです

    ひとりいじけた僕だけが
       嘘っぱちしたゆかいさを
      もてあそぶような不気味さを……

      いつわりだって夕焼けの
        砂場の砂を懸命に
       なみだしながらこねまわし

    ひたむきな山をこしらえて
     ひたむきな城をこしらえて
      ひとりさみしくわらいます

(だってそれだけが本当の
   五感を研ぎ澄ましたかなたに
  刻み込まれるひたむきな……)

  まじめな遊びだって思うのです。
    遠くにカラスの声がして
   淋しくなって振り向けば……

 母さんは優しく立っていて
   甘えるような抱きしめて……
  くださるなんて夢がたり

それさえ今はいつわりと
  さびしく眺める日は暮れて
 たなびく雲のぽっかりと

 三日月だけが、研ぎ澄まされて
   僕をなだめて 揺れています。
  それから僕は、
    もはや娯楽の殿堂に……

   ひたりきった母さんさえも
      信任しなくなりました。
    たとえばそんな母さんは
       もうにせものだとしか思えない……

     冷たい風が吹き抜けて
       僕のこころを冷やすとき
      たとえば僕のいのちさえ

   まことの意味をなくすのです。
     そうしてただ、生まれてきたことの哀しみと
    侘びしさとそれから絶望と……

      たとえばそれはぬばたまの
        ひとみをこらしてもなにも見えない
       本当のひとりぼっちです。

連歌

中也によるつかの間連歌

ほのかに/\ 灯つてゐるのは 誘蛾燈

誰あれもゐない 稲田のなかに

ラッパ演習の 青年団の 響きして

誰あれもゐない 稲田のなかに

ほのかに/\ 灯つてゐるのは 誘蛾燈

つかの間の連歌 その一

腕を刺して気をまぎらかす初しぐれ

  終わりを告げる遠き鐘音

    来年は墓標に君の名を刻み

   やがて病棟新たなる人。

  みなださへ砂さら/\と消え去れば

    ほゝ笑みかける夜半の月影

      唄い終えて祭りも果てゝやぐらには

   星に憑かれたピエロ舞ふ頃……

 宿り木の誇りもゝと樹枯れ果てゝ

  浚われた波の砂のお城よ……

つかの間連歌 その二

ランタンの浜辺に焼ける肉の味

熱し/\と
   サンダルの声

犬咥えて投げ捨て庭のベランダに

干からびたいのチキンフライド

なまこよりみつの胎児かエリックと

サティとミサとピアノフォルテよ

六人のならず者して酒場には

滅ぼしに来るシュトックハウゼン

ジョンケージ古典の黴の匂いとは

いまだ踊れる現代音楽

あるいはそれは

旧石器時代か……それとも白亜紀……

時代錯誤な 夜半の月かも

恋歌 その一

定理

胸の痛み
  まぎらかしては 知恵の輪を
 解き明かせない 恋の定理よ

小さな旗

小さな旗を振りました
  あなたは知らずに泣きました
 励ましたくて振ったけど
    あなたは泣いておりました

小さな旗は遠くから
  見分けのつかない色をして
 励ます信号をおくったけど
    あなたは泣いておりました

小さな旗はもう折れて
  二度と接ぐことはできません
 小さな心は粉々の
   かけらとなって消えたけど

   (なみだの影が恋しくて
      砂つぶみたいな透明な
     ガラスの粉が震えます)

冷たくなった指さきに
  かすかな思いのうずくとき
 小さな旗を振りましょう
   残照みたいな影絵して
  あなたのほほえむ……
    その日まで……

    [反歌三歌]
疲れ果て
  旗をわすれて まどろめば
    あなたくじけて 波へ消え去る

あなたには
  あやまらなければ
 なりません。でも……
   声さえ届かない
     あなた遠くて……

あなたを眺めてはがんばれと
   ただそれだけをお伝えしたいような夕まぐれ
 知ってか知らずか色鳥の
    さえずるものは三日月です。

恋歌 その二

いつもあなたの
   髪をなでては おしゃべりの
 しあわせ色した
    あの日、春の日。

こそばゆく
  あなた大好き こたつ猫

ふたりして
  つがいの鳥の うたゝねと
    じゃれあう猫の 春のもつれと

ふてくされ 爪とぐ妻や こたつ猫

くちびるは
   ささやく君の おまじない
 何よりもきく はげましの歌

pianissimo
   はるさめとほく umbrella

春の夜
  ホットミルクのプレートを
 ふたりして聞く
   今がしあわせ……

あなたふくれっつらしたエープリルフールかな

おぼろ夜の ノートブックに 君の名を
  書き連ねては 携帯ストラップ

肩寄せ合って二人して、
  眺めて暮らしてシャボン玉。

ほんとはね
  あたいあんたに 首ったけ
    けんかのたびに メール眺めて……

雨だれはショパンの指のつれかも

子供みたいだね
   またけんかしたあの人へ
 あやまる時のことば選びは

星はこぼれて
  ふつと寄り添う ほたるかな

うちわして
  おどるほたるの 浴衣して
 君はおしゃべり いつもとちがうね

線香花火
  あなたの胸の 鼓動かな

pianissimo
   clarinet な cannon して
 寄り添う君の 声をまねして

月かげは
  きみと鼓動のものがたり

やわらかな
   わた菓子みたい 抱きしめて
 ぬくもり そして
    あなた 大好き

ジャコビニ
  あなたの髪の もつれかも

あなた /\
  答えはいらない 抱きしめて
 すべてを捨てゝ あなたばかりを……

手のひらの
  やわらかさして 雪あかり

あなたわたし
  わたしあなたの ひとみして
 もつれあいます いつか結晶

夢ならば
  いま夜いつよの crystal

あなたひとり 頷いてくれたら
   闇の夜を……
 あゆみ続ける
     勇気ください

メールなくて
   ひとりでメリークリスマス

Christmas illumination またゝきは
 雪のstation showwindow……かも

ターミナル
   冷たく冷えるあなたかな

あなたの 人さし指に 誓いして
 あやまることさえ 出来ないけれども……

しるすべきことさへなくて年の果

うつら/\
  あのひと影のさゝやきを
    耳もとに聞く
  雪はなお止まず……

いろんなことが、いろんなことがありました。
   ありがとう、それからさよならをひとこと。

あのころ君に 冷たくしてみた 放課後の
  鐘を聞きます 婚礼の風船

長歌

ほんとうの唄

ねえごらん
  ほんとうが哀しくて
    凍えているよ
   それを捕(と)らまえてみたけれど
  ねえごらん
 それはほんとうに
  凍えたままして
   くだけたこころの破片です

    それをあつめてみたけれど
  もうもどせないたましいを
    ほほえみながら掃除して
      捨ててしまえば宵闇の

 しずかなしずかなリフレイン
  かなたの空にこだまする
   消えたほんとうは風となり
  あなたのもとを去るでしょう。

ふらこゝの唄

ふらこゝ風にゆら/\り
  小鳥の声はぴち/\と
 青く吹きます広場には
   靴を蹴ってはみたけれど……

ふらこゝ風にゆら/\り
  蹴られた靴はくる/\と
 青く吹きます雲の影
   つかみそこねて放物線……

     駆けてゆくのは犬っころ
    飛んでく物はうれしくて
   拾ってみるのが楽しくて

  ふらこゝ風に揺れながら
 さえない心なぐさめて
   靴を蹴ってはみたけれど……

    今さえ明日のあてもなく
   遊んでいるのは犬っころ
    夕べのことはそれはそれ
     時さら/\と消えてゆく。

ふらこゝ風に揺れながら
  こゝろを雲にゆだねては
 青く吹きます緑葉の
   かおりを吸ってほうけてた。

          (おわり)

2015/10/21 掲載
2016/01/28 改訂+朗読

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