酔いの随に

(朗読1) (朗読2) (朗読3)

酔いの随(まにま)に

酔いの随(まにま)に

 酔っているときが影ならば、
  わたしは影に乗っ取られたのかも知れません。
   それはいつしか本体のように思われて、
  ただグラスを傾けているときだけが、
 わたしのこころの飛翔するような、
  自由なときに思われたものでした。

 そんな酔いのさなかに落書きした
  2012年から2015年までのいくつかの詩を
   まとめてみようと思います。

かみつ歌

軽やかな宣誓

朝(あした)のことは分からない
今を生きよう
みすぼらしくても懸命に
なみだのゆえを恥とせず
ほほえみながらにこにこと
くやしいときはたたらを踏んで
うれしいときはスキップで
だあれも知らない道の辺の
あらたな草を踏み分けて
歩いていきますどこまでも
つまづく仕草も軽やかに
笑われたってへっちゃらに
自分の道を指さして
だあれも知らない道の辺の
あらたな道を生きかたと
定めてゆきますどこまでも

レールにつどうみなさまの
ゆびさす仕草をあわれみと
ほほえみながらひとりして
あしたのことは分からない
今を歩いて生きていく
倒れる時まで歩いていこう

いのちの思いはあてもなく
舗装道路をてくてくと
あゆむ姿はいつわりの
レディーメイドのお人形
けだるそうなしぐさして
ほほえみなくした嘲笑の
いびつな口のかたちして
それをいのちとかかげては
川辺をながれる星たちの
銀河いっぱいのきらめきの
砂粒ほどの個性とは
いかなるものかも悟らずに
同一方向のあゆみして
まっすぐい道を歩みゆく
レディーメイドのお人形

生きゆくことは不格好(ぶかっこ)で
だらしなくて、でもひたむきで
ほかとは違うそれぞれの
ゆがんだ真珠のバロックに
彩られてはあゆみゆく
道なき道の草むらの
かき分けるようなよろこびを
切れた皮膚から流れでる
真っ赤な血潮の情熱を
……君は、知らずや。

僕が望んだようには

僕が望んだようには
  世界は広がっていなかったんだ
 プレハブの飼育小屋のなかで
   なれ合っていたんだ

  それが哀しくって
    ひとりで泣いていたんだ
   手を取り合う喜びさえも
     拒んで生きてきたんだ

    もはや餌の好みだけを
      多様性だなんて言い放つくらい
     誰もがそれを疑わないくらい
       たましいの幅はせまくって

  それを補うみたいに
    とぼしくなった情緒をゆさぶろうと
   与えられた物語にのめり込んで
     次から次へと食べつくしたんだ

(そうしてプレハブ小屋のサイズした
    たくさんの卵を産み落としたんだ)

  みずからの肌でなくって
    与えられた餌のことばかり
   思い描くからたましいは
     痛みを感じなくって済んだんだ

    喜怒哀楽のパラメーターは
      真ん中に小さく寄り添って
     communication はプラカードの
       四択くらいで済んだんだ

(だから符号のカードを渡せば
   それだけで思いは伝えられたんだ……)

僕が望んだようには
  世界は広がっていなかったんだ
 プレハブの飼育小屋のなかで
   なれ合っていたんだ

  それが哀しくって
    ひとりで泣いていたんだ
   寄り添ってみたいなんて
     妥協しかけたこともあったんだ

(けれども人でなしになるくらいなら
   死んだ方がましだって
     どこかで小さな声がするから)

  だからひとりで歩くんだ
    ぬくもりだけした鶏どもとは
   手を取り合う喜びさえも
     拒んで生きていくんだ

僕はあなたを信じない

僕はあなたを信じない
   餌をむさぼる小鳥らの
 騒がしいほど群がって
    あさってかなたへ飛んでいく
  僕はあなたを信じない

    守るべきものがあったなら
      ついばむばかりをやめにして
    はぐくむみのりをあたたかく
  見守るばかりかその幹に
    やさしい歌を歌うがいい

  けれどもピイチク群がって
    ついばみあさってまた次の
      欲望求めて一斉に
    飛び立つくらいが習性の
  僕はあなたを信じない

フィルター越しの蜃気楼

伝説を霧としてフィルターは
  夢や希望や願望や
 あこがれやかなしみやさみしさや
    あふれるようなけむりの立つ見えて
   ノイズは現実を駆逐するならば
  砂の欠けらのエピソードさえ
     うわさばなしに歪められ……

    やがては復元すべき
      証明もなくてきらめきの
     またたく星の蜃気楼
       伝説はやがては神話へと……

   ゆがんだひとみは星屑の
     時計の砂のきざみして
    願うみたいな履歴書に
       永遠(とわ)に記すものならば……

 リアルはその日の真実を
   探り求めるふりをして
     フィルター越しの願望を
   夢に描いて見せるなら……

過去も未来もいつわりの
  今さえまるでままならず
    あらゆる記述は歪められ
  ただ歌声のひたむきな……

     わたしの鼓動それこそが
       ひとつの真実であるならば……



わたしは唄うだろう
   歴史も定理も願望も
     まやかしみたいな夕ぐれに……

  真っ赤な雲のたなびきを
     こころのカンバスになだめつつ……

    さみしさくらいの真実を
      追い求めるように唄うだろう

  フィルター越しのやさしさを
     いつわりとして唄うだろう

その子のこころ

小指が震えておりました
  その子のこころが砕けたみたいに
小指が震えておりました

  その子のなみだは朝顔の
    雫を溶かしたカクテール
  炭酸みたいに軽やかで

    ほほえみばかりにこにこと
      あふれかえった綿菓子みたい
    やさしくはしゃいでおりました

  その子のこころは純真で
    ペンキ塗りしたお人形の
  てかてか光ったおしろいの

    うわさ話のお化粧に
      染め抜いたようながらくたの
    たましいばかりが恐くって

      (ほほえみばかり絶やさねば
         吠え立てられることもなし
       ほほえみばかり絶やさねば)

    怯えるみたいに口もとを
      引きつらせてはいるけれど
    こころのなかは真っ暗で

      変調もない色合いの
        ひなびたような触れ合いの
      大地にあったいとなみを

    求める先にはなにもなく
      交わす言葉はいつわりの
    フィクションばかりに思われて

  ながめる空の虹色の
    よろこびさえも損なわれ
  ぽかんと惚ける夕まぐれ

小指が震えておりました
  その子のこころが砕けたみたいに
小指が震えておりました

信じるものが折れたなら

信じるものが折れたなら
  憎しまなければなりません
    けれどもこころは狭いので
  ただ隣人を憎みます

まわりはすべて敵なのです
  誰ひとりとしてこころから
    味方になってはくれません
      家族ですらもわたくしは
    ああ、それ以上は、言えません

遠い未来のその先に
  理想の楽園が広がって
    その時こそは友たちと
  安らかに過ごせるものだねと……

いつわり、希望をかかげては
  どうにか歩いてまいりました。
    けれども、ますます人々は、
  躍りかかって来るようです。

枯れ野にすさぶ花すすき
  希望を託せなくなりました。
    ただ隣人を不気味なものと、
  恐れるくらいが精一杯の……

うらみの歌に寄り添って
  歌いながらに枯れていく。
    ときおり見せる笑いさえ、
      近頃は、まるで、臆病犬のしっぽです。

    懸命にほほえんで人々の、
  敵愾心(てきがいしん)から逃れようと、
    そればかりを、もう、意識すらせず
      繰り返しているばかりです。

そうして近頃わたくしは
  彼らすべてが違ったもののように
    それはまるで狭い狭いオリのなかの
      お決まりの表情のように
    思えてならなくなってしまいます。

  どうしてもその感慨を、
    逃れることが出来ないでいるのです。

干からびちまったなみだから

干からびちまったなみだから
  こぼれるものは凍月(いてづき)の
    冴え渡るようないのりです

  干からびちまったなみだから
    零(こぼ)れるものは春待ちの
      堪え忍ぶようないのちです

    ほたるのころはしあわせの
      しずくを夢みたつめくさの
    さわやかすぎたおもかげも

      日に焦がれては日ざかりの
        むぐらをしたう川ばらを
      あせばむほどの夕べには

    野分の風の後しまつ
      日暮れをともす漁り火の
        ゆらゆれながらこだまする

  それな夜長に歌ばかり
    つぶやいてまたなみだする
      こころの果のかなしみを

干からびちまったなみだから
  こぼれるものは凍月(いてづき)の
    冴え渡るような祈りなのです

だあれもいない夕暮れに

だあれもいない夕暮れに
  いじけて遊ぶ砂場には
 ふざけた風したいちょうの葉
   あざわらっては消えました

だあれも知らないお昼には
    ひとりぼっちのおべんとう
 タコさんウィンナーいじけては
     みなだひとつぶ落ちました

ひとりぼっちの教室は
  ののしりあうようなはしゃぎ声
 耳をふさいで眠るふり
   おびえて逃げたくなりました

あれからつかの間、時は過ぎ
   かがみにやつれたわたくしの
  くすんだ色したお人形
     まもなく捨てられてしまうでしょう。

だあれもいない夜更けには
   ひとりぼっちのゆびさきを
  かみしめたなら血の味も
     なみだいろして苦みかも…………

  魔法のやどる夢なんて
    かどわかしたのはだれでしょう
 愛も知らずに滅びゆく
   この世に夢はありません。

    悲しみだけの世の中を
      生みなしたものは誰でしょう
     愛やら夢だのはやしたて、
        嘘いつわりの偽善者の、
       かどわかしたのは、だれでしょう…………

   P.S.
せめてあなたに
  永久の憎しみをささげます。
 わたしの生きたせめてもの、
   あかしとして…………

なかつ歌

[朗読2]

風船の歌

春を夢みたあの頃の
  河辺、風船、ゆびさきを
    逃れて雲に憧れて
  どこまでいきます空のうえ

  僕はずいぶん泣きました
    あれほどみどりの風船は
      若葉をしたって川べりに
    留まるべきだと泣きました

    父さんはちょっと笑います
      母さんは優しくあやすのです
        なんだかますます泣きました
      くすぐったくってなみだです

  きらきら輝く水面(みなも)には
    水草満たしたゆらゆれが
      小魚隠して笑うのです
    ザリガニも踊っておりました

父さんはそれを示します
  母さんは肩を引くのです
    つられて眺めた水底には
  見知らぬ世界がありました

  僕はすっかりごきげんです
    これほどやさしいせせらぎは
      遠く離れたみどりさえ
        いやしてくれると信じました
      そうしてのどかさが胸一杯に
    かつかつかつかつ湧きました

    春を夢みたあの頃の
      河辺の風船どこですか
        逃れてかなたのおもかげと
      消えてゆきますあの頃は……

分からないことがありまして

分からないことがありまして
  分かったこともあるのです
    分からないことはみずうみの
  まりものようにおもくって

分かったことは青空の
  鳥たちみたいに軽やかで
    まるでわたしとは結びつかない
  抽象的なよろこびみたい

だあれも知らない水底(みなそこ)の
  不思議ないのちのいとなみを
    どうつかまえるか分からない
  紙飛行機なんかにはなれなくて

分かったことはかろやかに
  つかみとれないながめして
    コバルトブルーのみずうみの
  しずかな夢にあこがれます

分からないことはいつの日も
  わたしのあゆみに寄り添って
    触れられないもの影ぼうし
  真実みたいに思われて……

あなたとわたしの関係も
  それとおなじような仕草して
    ふと寄り添ってみたりして
  無いものねだりをさがしては

もつれた紐はからまって
  こんがらがってとぎれては
    またあらたなる結びつき
  求めるみたいに生きていく

分からないことがありまして
  分かったこともあるのです
    分からないことにあこがれて
  分かったことに寄り添って

あるいは反対の思いして
  もとめてみたり恋しくて
    あゆみつづけて生きましょう
  ゆうぐれに消えるその日まで

雨がざあざあ降っていた

雨がざあざあ降っていた。
   わたしのこころは泣いていた。

  校庭はだらしなく湖みたいに、
     よどんだ姿にさらされて、

    風が庭木を揺すってた。
       わたしのこころは泣いていた。

  ながい休みのおしゃべりの、
     サイレンみたいなはしゃぎ声。

    雨さえ消された教室が
       おそろしくってうつぶせて、

  そこを飛び出す勇気さえ、
     ずぶ濡れになるのはこわくって、

雨がざあざあ降っていた。
   わたしのこころは泣いていた。

  校庭はだらしなく湖みたいに、
     よどんだ姿にさらされて、

    風が庭木を揺すってた。
       わたしのこころは泣いていた。

つかの間の四行詩

 壊れかけのチップは揺らぎながら
  電子は夢を描くものならば
   くじけそうな木漏れ日くらいの
  わたしのいのちの鼓動なのかな

 音を忘れた筧(かけひ)の水が
  寒ぞらを眺めてあきらめの
   ため息みたいなしたたりを
  氷におとして果てました

 あなた色した素敵なデッサンに
  カフェの香りを溶かし込んだら
   わたしのひそかな思いさえ
  秋の風して消えるでしょう

わたしが誰だか知りますか

多くの人が過ぎてゆきます
 疲れた顔したサラリーマンが
  化粧にまみれたシンプルライフの
   欠けらもなくした中年女性が
  無くしたおつむをどうにかしようと
 お目々をぱちくり巨大化させた
奇妙な女学生が過ぎてゆきます

  多くの人が過ぎてゆきます
   忘れ去られた野良猫や
    よれよれ姿の禿げかけや
     足もと眺めてぼんやりと
    学校のことをわずらって
   胸になみだか学生の
  とぼとぼ歩きも過ぎてゆきます

    恋人たちは手を繋ぎ
      ふざけるばかりの友だちも
     若い家族はおさな子の
       いちょうの手のひら握りしめ
      迷子にならないよう大切に
        ほほえみ絶やさずゆくのです

      いろんな時代がありました
       嬉しいような若草の
        活気に満ちたひと頃も
         はにかむ見たいな青年の
        闊歩に満ちた年月も
       わたしはここから見てきたのでした

    けれども何だか近頃は
     すべてがすさんでなりません
      小さくなった檻のなか
     おびえるようなののしりと
    あきらめの無気力を感じるのです

  わたしはなにも出来ません
     なにが間違っているかも分かりません
   ただ、ぼうっとして立っております
      人々は、無機質に、流れてゆくばかり……

わたしが注意を与えると
 みんなはドキリと止まります
  わたしが許しを与えると
 てくてくあゆむ仕草です

  それにしたって今宵の春の
   夕暮れ時の賑やかな
    町の喧噪ひとさかり
   大気ばかりはいつの日も
  変わった試しもないのだけれど

    人の営みはこの頃は
     どしどしどしどし変わります
      わたしはそれを眺めます
       注意するでもなく眺めます
      大切なのは行くか止まるか
     ただそれだけが仕事です

  わたしが誰かとお尋ねですか
    わたしは町の信号です

午後の陽よりの秋ならば

たとえば嘘をついたなら
  ほほえみくらいの優しさで
    なだめてくれます人ならば
  まことのこころを伝えよう

    たとえば時をわすれたら
      うるんだひとみのさみしさで
        とがめてくれます人ならば
      あやまるばかりの僕だけど……

  空にはぽかんと雲ひとつ
    流れてゆきます手の平を
      握りしめたら小春日和の
    いちょう並木もきらきらと

      ふたりぼっちな靴音の
        リズムで満たした散歩道
          なくしたくないぬくもりを
        小鳥の歌うその声に……

    託してはまた僕たちの
      歩いてゆきます家路には
        ふたりぼっちの生活と
      あなたと、それから……
    ねえ……だからさあ……

  甘ったれたよな毎日の
     嬉しいみたいな恥ずかしさ
   くすぐったくてその肩を

叩いてみました駆け出そう
   追いかけるのはあなたです
 わたしは逃げる真似をして……

     わざと捕まってみせました
        わざと捕まってみせました

大切な人が消えたなら

大切な人が消えたなら
  お別れしなくっちゃなりません

    大切な人が空高く
       舞い上がるような夕べには
     お別れしなくっちゃあなりません

  それは秋空の第二病棟
     澄み渡るような青空の

かなたの鳥は羽ばたいて
  そっとゆだねた影ぼうし

  大切な人のおもかげは
    わたくしのこころに刻まれて

    大切な人のその声は
      もう聞こえません、聞こえません

  ただこころ辺に残るのです

わたしのこころに
  ……残るばかりです

    ああ、空が、
      真っ青です。
        真っ青です。

夢の一葉

 だいだい色のじゅうたんみたいな小路には、おぼろの宵の、のほほんとした暖色系の小店が軒を連ねて、まるで江戸の宿場小町でも眺めているよう。着物を着た人たちが、のらりくらりと買い物を楽しんだり、また出掛けの横長に腰を下ろしては、一服の会話をたしなんでいるのだった。どの店にも小さな明かり燈籠や、やさしい風にふらふら揺られた提灯があり、あたりいちめんオレンジ色したともし灯を、とおく、ひと筋い路へつらねているのだった。

 わたしは数人の友たちと、小路へせり出した座席に腰を下ろして、むこうは曲がりになっているのだろうか、そんなあたりを見わたすような格好で、なんだか夕暮れをかえしたようなお茶を片手に、なつかしいような光景を楽しんでいるのだった。

 左手の向かいの隅には厠(かわや)があった。まるで公共施設の公園の、お手洗いの様相を呈していた。それでいてちっとも厠らしくなかった。ほのかな燈籠で男子と女子を区別して、竹垣とすだれとに、ちょっと石畳を奥まって下駄に脱ぎ変える、茶店のようなおしゃれな空間だった。それでありながら、近代施設のあの、お手洗いのスタイルによく似ているのだった。

 やがてすっと初夏の風が頬を吹き抜けた。空はまだ春のような、おぼろげな柑橘系のにじみを残していた。じゅうたんみたいな小径は、どこまでも澄んだ橙に染め抜かれているようで、浮世絵みたいにゆっくりと、ひとびとは行き交っているのだった。

 すぐ右へ伸びる、うす暗くなった木造の廊下に、ふと紫色のともしが灯った。おやと思って眺めると、せり出した小径から伸びる縁側は、奥屋敷へと連なっていて、むらさきの着物をした娘さんが、提灯をもてあそんでいるのだった。
   「いつあそこに来たろう」
そう思って眺めると、むすめさんは紙燭(しそく)めいたものを提灯に引き込んだ。まるでほたるのともし灯みたいにして、提灯はあおいひかりを放つのだった。

 だいだい色のモノトーンみたいな街なみに、不意に初夏の色がまぎれ込んだように、さわやかな風が吹き抜けた時、不意に軒さきの風鈴が、チリンとひとつだけ、鳴り響いたのが不思議だった。むすめさんは音もなく、あちらの方へと遠ざかり、遠ざかるのに併せてぽつりぽつりと、むらさきの灯は息を吹き返すのだった。

 やがて、むすめさんが折れ曲がった、たたみ座敷の方からは、空色を吹き返したような照明がこぼれだし、今宵の格別な宴かなにか、三味(しゃみ)の響きに歌いだすような賑わいが、ようやく始まったように思われた。まるでそこだけが青系統のスポットライトで、ラプソディーでも奏でているような華やぎがしてきた。

 わたしはうれしくなって、ずっとそこに留まって、この風景と一体でありたいと願った。しかしどうしてだか分からない、そう願っているうちに、情景はどこかへ遠のいてしまった。気がつくとわたしは、いつもの部屋にいるのだった。ぼんやりと、西窓のカーテンがあからんでいた。ただそれだけのことだった。

しもつ歌

[朗読3]

わくら葉

詩人のこころは損なわれ
  この頃歌も生まれません
詩人のこころは損なわれ

  よたよた歩む足どりも
    演技みたいに嘘くさく
  しどろもどろの気配です

    ただ息のあるそのことが
      馬鹿らしくってうろたえる
    詩人のこころは損なわれ

      見るも無惨に果てました
        たがいを競う草木(そうもく)の
      茂みのなかに埋もれて

    遠くのお日さまちらちらと
      ながめ暮らしておりました
    木漏れ日みたいなお日さまを

  眺め暮らしてこの頃は
    わくら葉ばかりか身の上を
  眺めてふいにはっとする

詩人のこころは損なわれ
  そのうち朽ちてゆくのでしょう
そのうち朽ちてゆくのでしょう

無題

総てに捨てられて
  いさぎよく死ねるひとは
    立派な人だと思います

  総てに捨てられて
    いさぎよく死ねないわたくしの
      けがれとみじめさはどうだろう

みずみずしい果実が
  束の間のさかりのシーズンを過ぎ去り
    熟れ残るみじめさはどうだろう

  ずるずるとまだしあわせを求めて
    すべてにあらがうことの出来ないわたくしの
      虚弱のたましいはどうだろう

総てを捨て去って
  自由になれるだけのつばさを
    持ち得たらどれほど立派だろうと思います

  それさえ出来なくて
    震えるままいつの日か
      みずみずしささえもはや損なわれ

近頃はたましいさえも……
  腐りかけている……
    そんな……

  そんな、けがれたからだです
    なんだかみじめな
      ひとりぼっちなのです

ああ、だからって
  お前たちの
    愛情なんか……

      誰が、求めるか
        誰が、求めるものか

果の鳥

   Ⅰ
誰か助けてくださいと
 まだらの鳥は鳴きました
どっと笑いが響きました

  それから静寂……静寂

ひそひそとしたささやきは
  まだらの鳥をゆびさして
わざとらしくも響くのです

  それからまた……静寂……静寂

まだらの鳥はけがされた
 こころをひたむきに伸び伸びし
その頃はまだ神の名を

  信じて……祈っておりました
    信じて……祈っておりました

   Ⅱ
真面目な小鳥は歌います
 色とりどりのカラフルを
まとったばかりの華やかさを

おどけたピエロの姿だと
 そう糾弾してさえずれば
また遠くから笑い声

  どっと響きわたるありさまです
    どっと響きわたるありさまです

   Ⅲ
真面目な鳥のひたむきな
  思いはいつしか砂時計……

    終わりの頃に見た夢は
  もう分からない何もかも……

真面目な鳥のひたむきは
  何のためには在ったのか……

    分からないほど夜は更けて
  悲しくなります……何もかも……

   Ⅳ
あなたの時代が過ぎてゆく
  僕らの時代が過ぎてゆく

 過ぎ去りし日々の哀しみを
   なぐさめるくらいの未来なら

  黄金(こがね)みたいにキラキラと
    きらめくほどの安っぽさ

   ああ、それでなく、それでなく
     もっと複雑でいて、それでいて

    にぶい色した、雑色の
      スケッチさえも、もどかしく

   割り切れないような物語
     ああ、それでいて、それでいて
   もっと豊かで、暖かく

  人を、束の間、虚数じみた
    時空の裂け目より救い出す程の

 それな、暖かみは、しょせん人の世の
   ああ、馬鹿馬鹿しい、笑っちゃいますよ……

その、いわゆる、こころとやら
  そう、人の情よりもたらされて

 我々を、ただ、一塊の、人間へと
   留め置くくらいの真実

  たとえばそれは、科学的な真実
    ではなく、それはひとの世の

   ただ、情緒的な、安定
     ただ、それこそが、もっとも

  ああ、貴いものでは在りませんでしたでしょうか
    ああ、貴いものでは……

 在りませんでしたでしょうか
   在りませんでしたでしょうか

   Ⅴ
また、馬鹿なことを申しました

  あなたは、きっと笑っている

    それは、嘲笑と軽蔑を織り交ぜた

  もっとも魅力的な快楽……

それでいて、あなた方の幸福の書

  そうして……

    わたしの、地獄なのです

      ただ、わたしのなかの

        地獄なのです……

   Ⅵ
一層のことこの世から
  人さえ誰もいなくなったなら……

    まじめも嘲笑も、芸術さえも
  消えて無くなる、その日には

    ああ、さっぱりした
      ああ、さっぱりした

  そう、なみだを流しながら

    唄ってみようと思います

      唄ってみようと

        思う……

          ばかりです……

   Ⅶ
おやすみなさい

  もう……夜も

更けました

冬の空よ

誰かわたしをお助け下さい
  誰かわたしを救って下さい
 そう思って見あげた空に
   雲がぷかぷか浮かんでた

  生けなくなったわたしの心は
    その手を求めているようにも思われた
   けれどもその実はもはや、空っぽも空っぽ……

    救済の仕草も、ものの仕草の
      道化芝居の、それには過ぎず
     真っ青な空よりもはや、空っぽも空っぽの……

  ああ、それにしても冬の空は
    どこまでわたくしを冷たく見守る
   透過プリズム、その結晶体のようではありませんか
     そうしてわたしは、両手を仰いでまた……

どうかわたしを凍えさせて下さい
  いっそ樹氷へとおとしめて下さい
 その時わたしは生けなくなって
   人形のように安らかです。

言葉をなくしたわたくしは

言葉をなくしたわたくしを、
   あわれむこころは風でした。
  歌さえ忘れてよろよろと、
     よろめくすがたは騾馬でした。

  荷のおもたさに堪えられず、
     悲鳴をあげて泣きました。
    むち打つ人と嘲笑で、
       賑わう広場は午後の入り。

    幸せぽかぽかしています。
      飽食の予感がしています。
        言葉をなくしたわたくしは、
      それどころではありません。

  見てくれどもが群がって、
    総体に、悪意を究めます。
      それでいて、ひとりひとりは善良で、
    全体は、どこかゆがみます。

言葉をなくしたわたくしは、
   それを糾弾することも出来ません。
 唱う勇気すら損なわれ、
    ただただ呆然とするばかり……

  言葉をなくしたわたくしは、
     何を背負ってよろよろと、
   丘の小道をゆくのでしょう。
      旗振人の仕草さえ……

    暇もてあましつかの間に、
       わたしの足を蹴りました。
     指をさしてはよろよろと、
        千鳥の足を真似します。

      へらへら笑っているのです。
         そんなおかしなことですか、
       挨拶をすればどこまでも、
          丁寧で、善良な男なのです。

    言葉をなくしたわたくしは、
      それを解釈しようとは思いません。
        疲れたくるぶし重くして、
      終わりを目ざして歩みます。

  遠くに見えるあの丘に、
    見せ物小屋した十字架が、
      おもしろそうに立てられて、
    見てくれどもが待ちわびる。

次の獲物を探しては
  あさるひとみはおぞましく
    それでいてひとりひとりは、
  どこまでも善良に接するのでした。

いつかどこかで

いつかどこかで
  捨て去らなければならないものが
    引きずりきれないものがあるって
  そんなあたりまえのこと
いつでも知っていたのに

  いつかどこかで
    捨て去らなければならないものが
      つかみきれないものがあるって
    そんな当たり前のこと
  いつでも知っていたのに

ただいつかだけが
  いつも分からなかったんだ
 そのいつかだけが
   いつまでもこないように……

  ひそかに祈るみたいに
    毎日ごまかして生きていたけれど……

  たとえば、そんないのちさえ、いつの日か
    消え去るみたいな、夕暮の三日月に
   未来をゆだねて、
     指を伸ばしても……

いつかどこかで
  捨て去る日がきっと来ること
 こころのどこかで
   静かに怯えていたんだ……

  だけどそれはもっといつか
    果てなくつづく線路のかなたの
   遠い未来には違いないって
     ごまかしながら、でも、いつかきっと……

    やがては秋づく三日月の
      真っ赤に染まる夕焼けに
     にぶく消されるおもかげみたいに
       色を忘れて消えてゆく

  いつかどこかで
    消えてゆくのです。

数の唄

数を数える人がありました
  数を数える人は何するにも
 数えなければなりませんでした
   宿命みたいにもくもくと
  目的もなく数えます

    それに束縛されることが
   その人の快楽でありましたが
      その人ばかりはいつもいつも
     しかめ面をしておりました

数を数えない人がありました
   数えないことは何よりも
 尊いように思われて
    どんな大切なことがらも
  数えないように生きました

    それなのに束縛されることが
   その人の夢みることでもあり
      その人ばかりはいつもいつも
     うなだれ返っておりました

時おり数える人などは
  もっとも曖昧なこころして
 あらゆる不安にさいなまれ
   おどおどしてはおりました

  そうして誰もが神さまの
    定義を欲しておりましたが
   数と関わる事柄に
     神などいないと諭されて……

 味気ないような数式と
   みずからのいのちを割り切って
  たったひとつの喜びを
    ないがしろにしてしまうのでした

……いつか滅びるその日まで
  ……あなたが消えるその日まで

あまりきれいなたましいは

あまりきれいなたましいは
  けがれにみちた世の中に
    墨絵をかさねたぬばたまの
      かなしみつくしたうわぬりの
        闇夜の鴉(からす)の物語
      砕けた時計の後始末
    ほうけた顔して立ちつくす
  案山子みたいではないですか

あまりきれいなたましいは
  あこがれさえもけがされて
    水墨かさねた灰色の
      わびしさつくしたうわぬりの
        星なき夜のひとり唄
      砕けた胸のあと始末
    闇に浮かれて舞い踊る
  ピエロみたいではないですか

あまりきれいなたましいは
  けがれけがれてけがされて
    漆の闇のうわぐすり
      黄泉路の靴の音ばかり
        ツクヨミさえも隠れして
      瞳のそこの底のそこ
    見分けのつかぬあゆみして
  朽ちゆくばかりとなりました

あまりきれいなたましいは
  わたしのものではないけれど
    炭火のはての後始末
      さみしく残るうづみ火を
        かかえるようにうずくまり
      凍える手をしてまどろめば
    あまりきれいなたましいの
  夢もけがれて消えました

あなたの笑ったその時に

あなたの笑ったその時に、
   わたしは泣いておりました。
  あなたが泣いているのにも、
     わたしは笑っておりました。

 とかゆう唄があの頃は、
    たいそうはやっておりました。
  むじゃきな先カンブリアには、
     ひたすらからのはしゃぎして……

    いのちは栄(は)えある明日よりか、
       今を歩いておりました。
      がむしゃら燃えるような、はしゃぎして、
         未来を夢みておりました。

  夢といのりは結ばれて、
     かがやくかなたへいたるなら、
    朝日の昇るよろこびと、
       風さえはこぶほほえみと……

    伸びゆく季節のやさしさと、
       手と手を取り合うぬくもりと、
      今日と明日とは結ばれて、
         未来へ続いておりました。

      けれどもいつしか夕まぐれ
         日かげの風のさみしさと
        去りゆく雲のおもかげが
          あたりいち面吹き抜けて

        僕らのはしゃいだ未来さえ
           消されてゆきますこの頃は
          エディアカラした夢よりも
            消えゆく夕日のことばかり……


人のいのちの一生を、
  同一線上、突き詰めて、
    人類、あるいはこの星さえ、
  やがては諦観へといたるもの……

    夕まぐれした星の終わりの
   消えゆく宵のかなしみは
  わたくしたちのあゆみもいまだ
   なかばなのかも知れません。けれどもまた……

    いつか疲れたわたくしの……
      枯れゆくこころのわびしさの、
        延長線上のアリアして、
      しずかに眠るものならば……

   栄えある明日の夢さえも
     今日さえなくしたわたくしの
    それでも奏でる歌だけが
      ひたむきにしてひびくなら……

 それこそ最後の願いです。
   神の定理もなにもない、
    ひとの世じみた慣習へ、
  還元されるならわしの……

     しょせんは人のかたちした
       消えゆくばかりいのちなら
         あるいはひとのあきらめも
       あるいはひとの皮肉さへ……

   やさしい星のまたたきに
     消されて欠けらとなるでしょう。
    ああ、それならば、それならば……


あなたの笑ったその時に、
   わたしは泣いておりました。
  あなたが泣いているのにも、
     わたしは笑っておりました。

 とかゆう唄があの頃は、
    たいそうはやっておりました。
  むじゃきな先カンブリアには、
     ひたすらからのはしゃぎして……

  たわいもないようないたずらを
     ただいつまでも歌うでしょう
    未来のことなど考えず
      ただ、きみのほほえみが見たいから……

   だってそれだけが最後に残された、
      わたしのなかの定理なのですから。

           (おわり)

2015/11/07 掲載
2016/02/09 改訂+朗読

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