震えていても

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震えていても

震えていても
春の気配を
懐かしき風の
鼻歌微かに
星降夜の
願い静かに
生きる命の
心溶けゆく

遠き昔の
面影触れて
幸せ色した
大気が揺れる
みんな忘れて
帰ってみたい
ゆっくりだった
あの頃に
若葉通りの
あの頃に

すこし巡りて
葉桜通りを
夢を落とした
迷子の猫が
人の言葉も
分からぬものか
お巡りさんの
腕に眠るよ

考えるほどに
言葉もとなく
こころのありか
いつも探して
何もないのに
頬に手を当て
その暖かさが
大切で
子猫は腕の
中に眠らせ
その温もりの
価値などないのに
そんなよりどころも
確かにあるって
思い続けて
青年は
愚かさ貴し
初夏を待つのか

懐かしむような
大気の影に
はるかな笛の
響きただよう
太鼓が弾けて
手の平舞えば
踊る並木の
提灯幾つ

微笑みかわして
誰かと歩くほど
たまらないくらい
人は巡るよ
命の意味なんて
刹那限りの
そんなところには
ありはしませんか
屋台を歩き回っても
自分は見つからず
欲しい物はあるような
それでいて何もないほどの
命のありようでは
心許ないのだけれど
けれども何となく
生きていたい
生きていたいのだと
そこから始めなければ
どうにも片がつかない
そのぐらいのことは
いつでも思うのだけれど

秋は夕暮れ
岬の果ての
蜻蛉の落ちる
灯台守は
東に登る
豊かな月を
眺めてひとつ
握り飯かな

歩けるあいだは
枯れ始めた野道を
こころは寂しくて
震えているのだろう
でも生きていたいから
ただ生きていきたいから
空っぽの手帳をひとつ
何を求めるのでもなく
黙って握りしめたままで
決して海を見下ろして
飛び降りはしまい
その岬の果てには
豊かな未来が広がって
きっと幸せの鳥たちが
鉄砲百合を口に挟んで
白く清楚に咲き誇るよう
風を連れて来るのだろう

木枯らし吹けば
踊るカエデの
化粧合わせの
ワルツの時間
管弦優雅に
舞い上がるなら
渡る雁(かり)さえ
夢を見る

夢の頃の日和に
やがて影が射せば
小さなこころの灯火も
逃れて故郷に帰るのか
哀しさだけの浸みてくる
暮れて帰らぬ夢の跡
散り急ぐさえ哀れなり
さりとて言葉ほどたやすく
割り切って消えいるほどに
人の命は単純明快に
出来てはいないのだから

幸せ色した
あなた遠くて
こころの震える
冬は来たりし
池のこおりの
すべる小石を
拾ってもいちど
胸に響けよ

だからそこから
始めるしかきっと
すがりつくものが
ないのだから
ただ生きていたい
ただ生きていきたいと
何に祈るでもなく
ただ石ころを蹴って
立ち止まってはまた蹴って
そのぐらいのひたむきさで
冬は季節の墓標ではなく
ただ季節は意味もなくて
ぐるぐる廻るのだと
つぶやくみたいにして
いまはあきらめ悪く
不格好なコートを着て
ポケットに手を突っ込んで
生きていこうでは
ありませんか

2009/01/06

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