とりもなおさず干からびん

(朗読ファイル)

とりもなおさず干からびん

僕らはとりもなおさず干からびん
成層圏よりいたらしむる無常のこころよ
笑みも涙もたわごと極めつけたる細胞の
僕らの価値の有為も無意味をも知らせよ
午後のタイマーに揺すり起こされしもの
怠惰の汚名を享受するものよ
時の定義の馬鹿さ加減を告発し
僕らの感覚を得ずしてもなお
留め得るものあることをのみ糾弾せよ
日の出を慕いて始動のリズムを取り
天頂をもって正午となさん頃には
そはまだしも時の流れの区別を知らず
とりたてて原子の名称をも冠さず
わずかの誤差さえ心にとめず
ただたましいとのみ結びついたる真(まこと)なれば
ただたましいのみ息つくためにはそれで十分であるに
巡りの針のしがらみは僕らを締め上げて
締め上げるがほどになおさら歯車をばかり
喜び勇んで演じてみせる僕らというもの
いつしか姿ばかりは人のかたちして
システムの構成要因は秒針の巡りをのみ支え
独立することなくけたけた笑うばかりのゼンマイと
なりおおせたることをのみ恐るべし

小宇宙そはただ僕らの体内にのみ宿りし
大宇宙そは僕らの思想の片隅にのみ寄生し
僕らにありのまま広がる空間のなれの果てを
ありのまま収めることなどあたわざるならば
せめてありのままならざる姿に留めよなどと
時空学者どもの数式ぶったる論文の
なんとまあ憐憫をもよおす程度の
虚言一徹(きょげんいってつ)の極みなるかな

汝(なれ)もし真実たらしめんとのみ欲っすれば
そをただ言語以前の真(まこと)なるものにてのみ記述せよ
否よ否、記述もまた言葉の便宜に過ぎなき定めなれば
真理ぶったる真理のそのまた影法師にしか過ぎず
影法師のいかにか見事に模写を極めるとも
所詮は言葉で塗り固めたるペンキには過ぎず
そは数列の筆記なりとて変わることあらざるを
すなわち人の世の極致は必ずしも論述しうるものでなく
宇宙論理の真相はあながちニルバーナの境地へと到るべし

星に酔い数億光年を浮かべる我らの
いかなこころと申せどかの数億光年を
たましいの容器にすぽりと収めつくして
平然と見渡し尽くすほどの英知ぶったる人間の
人の世に生まれ出でようはずもなく
ただそを影法師にて済ませるがゆえに
記述のきわみを持って宇宙を知り得たるものと
稚拙なる誤解の果てにこそほほえむが関の山を
時空学者どもは存外に臆することもなく
記述後の世界ばかりを自信満々にひけらかし
数式を納めたるばかりの宇宙をその手のひらに
握りしめたがごとき愚直の錯覚を
ひとしお感無量とて心安らかなるほどの
幼魂(おさなだましい)に酔いどれるばかりなり

理論とたましいの際さえ褪せて
さればこそ精神がための社会秩序を
見いださんこそ社会論理の到るべきところを
呪術的二十世紀後退現象のなれの果てに
人皆はシッポを振りて歯車を願い出んかな
我らのゆたかたるべきせいぜいは元来
せいぜい隣人への思いにはあらざらんや
されば人の極みにこそわずかの愛情はあらざらんや
さればこそ合理はただ人のための合理にはあらざらんや

かくて論理は怠惰のための方便となり果て
もの思うことなき物質的流動の仕草でもって
そを確率的予測可能なるサンプルとのみ把握して
意志なきものの集合とばかりに捉(とら)えん頃には
現実彼らはただ集合としての意志なき者どもであり
人の世の幸福は我らの誰さえ知らぬあいだに
金銭と快楽にのみ置き換えられて久しきなり
「乏しくなりしもの自らを顧みず」
永遠(とわ)に置き換えられてついに戻ることあたわざりき

2009/08/26

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