お別れの歌

(朗読ファイル)

お別れの歌

幸せなんですか
幸せならいいじゃないですか
君は今幸せなんだから
コーヒーはキリマンジャロがいい
タンザニアAAならなおさらいい
それがお気に入りのスタイルで
けれどもケットルでのんびりと
注ぎ入れるのがもっとも美味しいと
教えてくれたのは母さんでした

幸せなんでしょう
幸せだって言ってくださいよ
だって君は今幸せなんだから
夏の旅なら八重山まで到るがいい
与那国まで出らればなおさらいい
南十字に祈るのが一番いい
それがとっておきの一人旅で
けれども民宿ではのんびりと
人と触れ合うのがもっとも嬉しいと
教えてくれたのは父さんでした

幸せなんですなどとは
時には言えないことだってあるけれど
つまり僕らは今こそ苦しいのだから
そんな時は無理に笑うこともせず
例えば失恋なら溺れるほどでいい
仕事を休むならなおさらいい
とっておきの荒治療ならなみだ色して
じっと一人の部屋でしょんぼりと
指を噛んでいる時だってきっと負けたりはしないと
ささやいていたのはあなたでした

幸せなんか知らないと
時にはふてくされることだってあるけれど
けれども明日(あす)はどのみち来るのだし
束の間の弛みには身を委ねたいものでもあるし
時には詩をばかり書き尽くすことだってきっと
振り返るこころの弛緩の仕草には違いなく
なればこそ即興的詩集の一日かぎりを
怠惰に続けるばかりのある日ではあっても
たましいの静かさを呼び戻すためには
なおさら良き方策かとも思われるのです

幸せですか
そう問われてすこしだけ
幸せですって答えたいような
そんな朝には僕だって
教わったみたいなコーヒーの
ケットルでタンザニアのAAを
豆から挽いたキリマンジャロを
湿らせてから一分待って
香りが立ちのぼるところをそっと
ほらこれもまた幸せでしょうと
注ぎ入れたくもなるのです
朗らかに答えたいくらいなのです
そうして朝のコーヒーを飲みながら
僕は即興的詩集を終えようと思うのです

またいつかこころを見返すための
儀式みたいにして歌が始まるならば
その時はまたお会いしましょう
それまでどうか皆さん幸せであれ
それから今こそ幸せでしょうかと
僕がそっとお訊ねしたときには
だからといって君は幸せでありますなどと
無理して答えなくても良いのです
ただもし君がそっと幸せですよと
つぶやきそうに思えたときには
僕は先回りをしてこうお訊ねしましょう
幸せなんですか?
そうですか、幸せならいいじゃないですか
君は今幸せなんだから

               (おわり)

2009/08/26

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