「影法師」

(朗読ファイル)

影法師

前書き

夢に浮かんだ人影が恋しくて
私はひたすらに走り続けた
懐かしのよろこびに心騒いだ
昔みたいにわだかまりもなく
誰かと過ごして見たかった

でも、ようやく寄り添って肩をつかめば
悲鳴に似たこころはパリンと崩れ去った
振り向いた君の姿はまるで鏡にうつした
自らの影法師であったから

ぞっとして凍りつくような侘びしさに
うなされるみたいにようやく目覚めれば
いつもの部屋に私は眠っていた
枕の裾に涙を流しながら……

長歌

夢に逢うセピアの原を
誰ひとり知らぬ夕暮れ
さ迷えば涙も枯れて
鳥すらも鳴かず去りゆく

風吹けば心さびしく
語らいの友はいずこへ
立ちつくす星の煌めき
三日月の笑う哀しみ

お前には笑う友とて
胸のうち支える妻も
与えまいその指先に
宵鳥のそっとささやく

はっとして眺める指の
赤き血をともし染めれば
たなごころ鼓動のままに
糸もなく震えるものを

更けゆけば募る想いよ
溢れては満たせぬ夢よ
紺碧の夜のとばりを
埋めては戻るものなく

震えては歩むわたしの
踏み草の枯れた響きよ
嗚咽さえ喉をおさえて
くすみゆく黄昏のなか

夕闇は色を鈍らせ
ぬばたまの黄泉へ返そう
そのかなた淡き姿の
影法師かすかに見えて

胸のうち灯しともして
すがりつく希望の影を
壊れかけの人形みたいに
走りゆく息も継がずに

肩に触れ振り向く君の
瞳さえ凍りつくのは
知らぬ間にわたしを逃れ
なみだするその影法師……

淋しさを逃れる君の
離れても私よりほか
寄り添える者さえなくて
立ちつくすそれな姿よ……

……今はただ共に歩もう
わたしの影法師

短歌

逃れてはわたしを慕うかげぼうし
  寄り添うばかり秋の夕暮

         2008/7/14

2011/10/14

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