短歌 『etude 2』 朗読

(朗読)

『 etude 2 』

七月

さようなら唄を忘れたカナリアを
銃で撃ちます群の兵隊

よぼよぼとよろめく老婆押しのけて
ゆくえも知れず朝のサラリーマン

せめて今産み落とされた哀しみを
歌いましょうかわたしにわとり

捨てられたハンカチーフの艶(あで)やかさ
みぞれ雑じりに穢れゆくかも

あなた色レモンドロップのもどかしさ
傘をなくしてなにを待ちます

いつかまた信念さえも時雨して
朽ちてゆきます時のいとなみ

ひび割れたこころにそっと上薬(うわぐすり)
重ね塗りして生きてゆきます

傘もなく水たまりしたあの頃の
遊び砂場も今は雨ばかり

白妙のソフトクリームくださいな
ささやく君のくちびる欲しくて

足踏のかたかたミシンかたかたと
寄り添うこころ寄り添いながらも

今の世を埋(うず)めるすべをなくしては
消え去りましょうか冬のみずうみ

あの子また嘘の言葉にだまされて
抱かれていました馬鹿なおんなよ

縺れるみたいふたりの肌のなめらかさ
すべてはあの日粉雪クリスマス

あなたの答えをなくしてからの僕はもう
唄さえ忘れたカナリアみたいだ

憂いして血を吐きよろける予言者を
叩き殺せと石を投げます

ごま油使い損ねのけんちんを
なだめてくれますあなた大好き

   「贈歌」
天馳(あまは)せる永遠(とわ)の銀河の誓いして
君を愛そう今宵ひと夜を

   「返歌」
星合の女心をかどわかし
つまみ食いしてたあんたと知りつつ

抱きとめたりあるいはナイフを刺すときの
愛憎歌えばいつも字余り

ミリンよりお砂糖慕うさといもの
煮っ転がしよ里の名月

キーボードもてあそんでも未来図は
見つかりません夜半の引きこもり

たそがれですくたびれなくっちゃなりません
……それはさておき生きた証が欲しい

春風をはこべら運べはこべらの
ささやきみたいな君のくちづけ

トッカータ十五の夏の二人には
驟雨にひそむ闇の秘め事

八月

寝覚めれば戻れぬ夢の架け橋を
つかの間描く雁(がん)の群かも

はごろもを隠して君をつなぎ止め
語り合いたい朝まで二人で

鳥は空を獣は原を駆け巡る
僕はといえば部屋でいじける

ほうれん草の青みがかったお浸しも
味噌こんにゃくも燗の楽しみ

音もなく忍び寄ってはたましいを
切り捨ててゆくタナトスの鎌

からからと風さえすさぶ枯芦(かれあし)の
まぼろしみたいなかつてみずうみ

歌を忘れ群がる犬のたまり場に
エサを投げこむ馬鹿な詩人よ

赤き実の尽きて戻らず鳥たちの
賑わいさえも在りし日の歌

鍵盤を夢見るみたいなおさな日の
和音にひそむ時の哀しみ

ねえあなた、壊れてしまったわたくしを
貰って欲しい……けど……ちょっと迷惑?

あの人の朝な夕なのぬくもりを
感じていたいな笑うたんぽぽ

あたいに愛を教えてくれたのはあなたです
忘れないよ……けど、今は旅立つ

シュメールの血の気もよだつ歴史書も
風にさらわれ酒の歌ひとつ

れんげ畑のどかなのどかな散歩道
写メールうつして君のアルバム

砂時計ため息まじりのきのう今日
もう戻れないあの日のふたりには

ひたむきなたましい忘れて膨らんだ
エゴに怯えて神去りにけり

稲光写し出された秘密基地
かつては僕のすべてだった頃……

郷愁をころころ染めますこおろぎの
ころころ歌えばしばし聞き耳

走りつづけてつまづく宵のひざ小僧
抱え込んではちょっとなみだ目

鳥の歌最後の詩人を気取るより
逃れましょうよ禿げかけの森
(振り向けば里は穢れに満ちて……)

分岐点待ち尽くしては享楽の
けばけばしさに朽ちる蔦(つた)ども

ふたりして朝な夕なの恋ごころ
あたためあったり眠りにつけたら……

さとうきびざわざわ畑ざわざわと
恋人たちの噂してます

夕暮に膨れあがった陽の匂い
焦げ茶けた海時の終わり日

梁(やな)しぶきはしゃぎ河原の子どもらの
しぶきも高く鮎の釣り人

たったひとつの誠に出逢うその日まで
歌い続けよいのち尽きるとも

千年の祈りも尽きて享楽の
浮き世を守る古きやしろよ

肋骨を晒してもなお牙をのみ
研ぎ澄ませている冬の野良犬

積極性消極性はや宵闇に
消されゆきます第三法則

沈みかけの夕陽に向かって白墨の
落書きしましょうそれは歌心

お休みなさいそろそろ寝ましょうまた明日
歯車みたいに生きるあなたよ

誰か僕に歌って暮らせるはした金
お与えくださいそれがすべてさ

わたくしに総てを閉ざすリセットを
お与えください神へひざまずく

機械仕掛の古び時計のオルゴール
あるじなくして鳴り渡ります

灯しさえなくし少女の亡きがらと
握りしめますマッチひと箱

千万の指にさされてさげすまれ
ようやくきっとひとつ友垣

おしゃべりに歌を忘れたエトランゼ
異国情緒(じょうちょ)のちょっとなみだ目

青い小鳥幸せ運ぶふりをして
雲追いかけたそれは恋かも

未だかつて見たこともないような歌ならば
あなたにだって贈れるのだけれど

例えばそれは、無意味な落書きのように思われたとしても
例えばつかの間、がらくたみたいに思われたとしても……

それでも一分一秒、無駄な時を費やさず
ただきびきびとあなたのために、本当の言葉をつむいで

歌い続けるようなそんな歌を
ひとつくらい記してみたい
そう、思っているのだけれど……

もう手遅れですね
あらゆるものごころは
すっかり打ち負かされちまって

ひと言くらいの落書きも
嘘くさいような夜更です

           (おわり)

2011/11/18

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