ロミオとジュリエット

(朗読なし)

ロミオとジュリエット

インデックス
第一幕
第二幕
第三幕
第四幕

第一幕

一  冒頭のナレーション

(ヴェローナ。蛇行するアディジェ河にかかるとびきり美しい橋の上から水面を見詰めるロレンス神父。やがて手に持った薬籠から薬を川に投げ入れる。小さい粒を手にとって、種を撒くように何度も何度も放り込む。その時アディジェの水面は不思議に青白く輝きを放って、呼吸のように光を点滅させ、やがて静かにもとの流れに消えていった。)

ロレンス「この橋の上で
二人は初めて会った
青年は不思議な思いで水面を見詰め
少女は友達を連れて夢を膨らませ
あどけない鈴のようにほほえんだ
青年が驚いて顔を上げたとき
互いの目が深く吸い寄せられ
戻れない橋を渡ったのだ
青年の名はロミオ
少女の名はジュリエット
歳月と時を刻む無情の秒針が
二人を遠く記憶の底に追いやる前に
二人の物語を皆さんにお伝えしよう」

(ロレンス退場。オープニングの音楽が始まる。)

二  ヴェローナの町中

(幕開く。サムソンとグレゴリー。後景に市民たち。)

グレゴリー「おい、寒そうなサムソン」

サムソン「なんだグレゴリー、今日は気が立っているのだ。いちいちからかうな」

グレゴリー「なんでそんなに腹を立ててんだ」

サムソン「昨日、モンタギューの奴らと殴り合っただろう」

グレゴリー「お前、随分活躍してたじゃねえか」

サムソン「誰かが俺の背中に蹴りを入れたのだ」

グレゴリー「なんだ、お前だって散々殴りまくったじゃねえか。十分元は取れただろ」

サムソン「顔が分からないから、怒りが収まらない」

グレゴリー「お前の場合、相手が分かった途端に復讐に火がつくんじゃねえか」

サムソン「そんなことはない、俺はお前と違って温厚だ」

グレゴリー「そりゃ傑作だ。キャピュレット家で一番力任せの暴れん坊がよくいうぜ」

サムソン「いつも一番先に殴りかかるのはお前だろう」

グレゴリー「人は俺のことを、疾風のグレゴリーと呼ぶぜ」

サムソン「グレゴリー、お前はすこしgrey cells(グレイセルズ)を磨いた方がよさそうだ」

グレゴリー「なんだと。俺に対してそんな難しい言葉を使うとは、身内で喧嘩を始める気か」

サムソン「グレゴリー、灰色の細胞だ、灰色の細胞」

グレゴリー「名探偵お決まりの台詞か。俺も少しは頭を使えと罵(ののし)るのか」

サムソン「そうではない。剣でも、言葉でも、相手を一撃で刺し殺せるように、頭の中も鍛えておけということだ」

グレゴリー「言葉なんてまっぴらだ。今度モンタギューの奴らが現われたら、お前の復讐を兼ねて、俺が奴らの背中に蹴りを入れてやらあ」

サムソン「本当だろうな。モンタギューの奴らが来やがったぞ」

(モンターギュ家のアブラハムとバルサザー登場。)

アブラハム「これはこれは親愛なるキャピュレット家の方々。昨日はさぞお疲れで」

サムソン「これはこれは親愛なるモンタギューの方々。昨日はさぞかし小突かれて」

アブラハム「背中を小突かれたのはどこの誰だったか。いやいや、失礼しました」

サムソン「アブラハム、なぜそれを知っているのだ。さてはお前か」

アブラハム「言いがかりはやめて貰おう。俺は背中の足跡を見て大笑いしたまでのこと」

サムソン「ふざけるな、続きをやりたいのか」

アブラハム「お前たちから仕掛けてくるなら相手にならないこともない」

グレゴリー「ああ、いらいらする野郎だ。卑怯な言葉遣いばかりしやがって。サムソン、面倒くせえ、約束どおり俺が剣を抜いてやる」

(グレゴリー、剣を抜く。慌てて全員剣を抜いて、乱闘が始まる。)

サムソン「さすが疾風のグレゴリー、喧嘩の早さは俺以上だ」

アブラハム「これは正当防衛だ。よって叩きのめしてやる」

グレゴリー「さすがモンタギュー、理由がなけりゃ喧嘩も出来ねえのか」

アブラハム「なんだと」

(モンタギューめ、キャピュレットの野郎などと、互いに罵り合いながら乱闘が続く。市民たち、慌てて走り去る。)

(モンタギューの若頭ベンヴォーリオ登場、慌てて仲裁に入る。遅れてモンタギューの若者数名入場。)

ベンヴォーリオ「馬鹿、アブラハム、バルサザー。何をしている、やめろ」

サムソン「モンタギュー家の若頭ベンヴォーリオだな、討ち取って手柄にしてやる」

ベンヴォーリオ「よせ、市民たちからエスカラス大公に陳述書が出されている。

グレゴリー「だったら、禁止を食らう前に決着を付けてやるぜ」

(キャピュレット家のティボルト入場。後ろからキャピュレット家の若者数名入場。)

ティボルト「何をやってるお前たち。喧嘩か、喧嘩か、俺も参加だ。地上に降りた最後の悪魔、キャピュレットの突撃隊長ティボルトの血が騒ぐぜ。おい、よくも大勢でうちの若い奴らを。このティボルト様が成敗してくれる。やい貴様、そこにいるのは憎きベンヴォーリオ。俺様の剣でダンスを踊ってみろ」

(ティボルト、剣を抜く。)

ベンヴォーリオ「よせティボルト、俺は止めに入っただけだ。大公の話を知らないのか」

ティボルト「剣を抜いた平和の使者だと、そんな仲裁があってたまるか。俺のあだ名を教えてやるぜ、キャピュレットの稲妻隊長ティボルトだ」

ベンヴォーリオ「そんなこっ恥ずかしい名前が覚えられるか」

ティボルト「貴様、許さねえ」

(ティボルトとベンヴォーリオ闘う。他の者も一斉に乱闘。)

(市民自警団に先導され、キャピュレットとキャピュレット家の若者数名入場。)

キャピュレット「静まれお前たち、何をやっておるのだ」

ティボルト「くそ、親父が来やがった。えい、離れろ」

ベンヴォーリオ「自警団まで来た。退け、俺たちも退くんだ」

(乱闘、二手に別れる。)

市民自警団の一人「キャピュレットさん、見て下さいこのありさまを。そして考えて下さい。毎日毎日喧嘩に明け暮れ、町を破壊し、井戸をぶち壊す。奇声を発して暴れ回る。このヴェローナはいつから乱闘の都(みやこ)になり下がったのです」

キャピュレット「許せん。何たるありさまだ」

自警団の一人「お願いします、乱闘をとめて下さい」

キャピュレット「なんと憎たらしい」

自警団の一人「は?」

キャピュレット「モンタギューの分際で、ワシの息子に剣を振るうとは」

自警団の一人「なんですって?」

キャピュレット「ティボルト、もう少し痛い目に遭わせてやるのだ」

ティボルト「さすが親父、話が分かるぜ」

キャピュレット「みな、ワシに続くのだ」

(キャピュレット、真っ先に殴り込みをかける。一斉に乱闘になり収拾が付かなくなる。)

市民自警団たち「信じられない。こんな珍事があってたまるものか。えい、俺たちのヴェローナを守るんだ。皆を呼んでこい。俺たちの手で決着を付けてやる」

(市民自警団たち、武器を手に乱闘に迫り。数人が走り去ろうとする。)

(激しいラッパの響き。エスカラス大公、配下の兵らを従えて登場。モンタギューとその妻も共に。ラッパに驚いた乱闘の当事者たち、慌てて左右に分かれる。)

大公「モンタギュー、いさかいはないと誓ったお前の言葉に裏切られ、このエスカラスの心は炎のように燃えたぎっている。キャピュレット、町を豊かにする使命を帯びたお前たちが、率先して若者を拐かし、町を割っての乱闘騒ぎ。私が大公を務めるヴェローナを、よくぞここまで汚してくれた」

(大公、剣を抜く。)

大公「ヴェローナ大公エスカラスの名において、お前たちに申し渡す。次の乱闘が執行の合図、両家共々財産を没収しヴェローナを追放するからそう思え」

モンタギュー「恐縮して頭を下げ、宣言の実行を誓いますので、どうか今回のところは穏便(おんびん)に」

大公「宣言は今後のこと、今回のことは不問に処す。キャピュレット、お前も分かったな」

キャピュレット「まったく了解しながら、平身低頭しつつ、こうして頭をさげまする」

大公「では二人には、宣誓書にサインをして貰う。市民自警団は今後十分な監視を行ない、何かあったら自分たちで解決せず、すぐ詳細を報告するように」

市民たち「かしこまりました」

大公「キャピュレット、お前には話が残っている。お前は先ほど、乱闘に加わっていたであろう」

キャピュレット「いえ、何をおっしゃる、滅相もない。ワシも齢(よわい)を重ねた高齢者、一家をまとめる立場なれば、乱闘などは皆目見当も」

大公「なんだその杖は、血が付いているではないか」

キャピュレット「いえ、あの、これは途中で犬に絡まれ」

大公「お撲(ぶ)ちなさったというのか。犬の都ヴェローナで、飼い主にさえ撲たれたことのない、敬虔なる犬の横顔を殴ったと。許し難い行為である」

キャピュレット「犬の都などと、それは一体何のお話で」

大公「お前はまだ反省が足りないようだ、息子のティボルトと共に一緒に私の館まで来て貰う。他の者たち、市民たちも、直ちに解散するのだ」

(全員解散退場。モンタギュー、その夫人、ベンヴォーリオだけが残る。)

モンタギュー「ベンヴォーリオ、お前がいながらなんたる不覚」 ベンヴォーリオ「すいません。初めは仲裁に入ったのですが、突撃隊長ティボルトが飛び込んできてからは、すっかり喧嘩のペースに巻き込まれ」

モンタギュー「ええい、そうではい。目の前に憎きキャピュレットを控え、あと一撃の距離にありながら、とどめも刺さずに見逃すとは」

モンタギュー夫人「なんですあなた。今朝ご自分で、乱闘を起こしてはならんと忠告しておきながら」

モンタギュー「それはそう。それはそうだが、憎たらしい。今討ち果たさなければ、明日(あす)からはもっと難しくなるではないか」

(足をだんだんと踏みならす。)

モンタギュー夫人「まったく両家とも先代からのいさかいで、顔を見る度に殴り合いだ、斬り合いだと、よく飽きがこないものです。これを機会に仲直りをしたらどうです」

モンタギュー「仲直りなどあるものか。キャピュレットと抱き合うくらいなら、死体を抱き締めるほうがましだ」

夫人「はいはい、もう今日は家に戻りましょう。そうですベンヴォーリオ、ロミオはどうしたの。こんな所にいなくて本当によかった」

ベンヴォーリオ「はい奥様、太陽神ヘーリオスが東(あずま)の方角より湧(わ)け出でし頃」

夫人「なんですそれは。びっくりするじゃありませんか。珍しく本なんか読んでると思ったら、変な影響ばかり受けて」

ベンヴォーリオ「ああ、すみません。その、奥様の前では、緊張してしまい」

夫人「だらしのない。しっかりなさい。それで、どうしたの」

ベンヴォーリオ「はい、私は胸が苦しく一睡もできずに、夜明けを待ってスズカケの森に向かったのですが、広場にはすでに先客が一人、飛び交う兎たちを遠くに涙を流していました」

夫人「ああベンヴォーリオ、もっと分かり易くお願い。とにかくスズカケの森にロミオがいたのでしょう」

ベンヴォーリオ「そうなのです。まさにロミオだったのです」

モンタギュー「スズカケの森とは軟弱な、男なら東の草原に出て、打ち込み百本でもやって見せるがいい。最近の奴はどうかしておる。お前もお前だ、胸が苦しく一睡も出来んとはいかなるまじないだ。若頭の言葉とはとても思えん」

ベンヴォーリオ「すいません」

夫人「駄目ですよあなた。二人とも、青年の夢見の病ですよ」

モンタギュー「夢見の病だと」

夫人「ですから。ね」

(夫人、モンタギューに耳打ちする。)

モンタギュー「なるほど。これは気付かんかった。奴もそろそろ魅惑のお嬢さんと添い寝など所望致(しょもういた)す年頃だったか」

夫人「なんですその言い方は。嫌らしい」

モンタギュー「やらしいことがあるものか。ワシは奴ぐらいの年にはとっくに添い寝生活を堪能(たんのう)しておった」

夫人「なんですって」

モンタギュー「落ち着け、お前と知り合う前の話だ」

夫人「それでベンヴォーリオ、お前は」

ベンヴォーリオ「いえ、奥様、そのような、私の添い寝の所望(しょもう)致したく所存(しょぞん)などはまだ、その、十分お聞かせできるほどの」

夫人「何を言っているの、そうじゃありません」

ベンヴォーリオ「はい?」

夫人「ロミオの煩いの元種(もとだね)がどこにあるか聞いてくれたの」

ベンヴォーリオ「ああ、すいません。つい動転しました。実は私にさえ打ち明けようとしないのですが、千載一遇(せんざいいちぐう)の好機、ロミオが歩いて来ます。再度確認を試みますから、お二人はひとまずあちらへ」

夫人「よろしく頼みますよ。ロミオの親友として頼りにしているのだから」

モンタギュー「もちろん組の若頭としても頼りにしておるぞ」

(二人退場。代わって、ロミオ入場。)

ベンヴォーリオ「ロミオ、グーテンモルゲン」
     <<注意.ドイツ語の「おはよう」の意味>>

ロミオ「なんだベンヴォーリオか。まだ朝だっけ」

ベンヴォーリオ「ちょうど鐘が九時を打った所だ」

ロミオ「そうか、悲しいと時間が進まないものだね。それより今、父さんがいなかったか」

ベンヴォーリオ「もう行った。時間が進まないと困るだろう」

ロミオ「何たいして困らない」

ベンヴォーリオ「じゃあ、なぜ浮かない顔をしている」

ロミオ「留まる時間には困らないが、出来ることなら時を忘れるほど幸せになりたい」

ベンヴォーリオ「どうすれば幸せに」

ロミオ「分かってるくせに」

ベンヴォーリオ「美しいお姉さんが」

ロミオ「いや、お姉さんじゃない」

ベンヴォーリオ「優しい妹が」

ロミオ「そう、年齢だったら優しい妹。でも妹では駄目だ。妹では満たされないものが、世の中には沢山あって、僕たちいつもさ迷い歩き、家族だけでは生きていけない。そんな時、血が繋がらないおかげで満たされる精神世界もまたあるのだ」

ベンヴォーリオ「いったい、いつ出会ったんだ」

ロミオ「なんだベンヴォーリオ、知ってるくせに」

ベンヴォーリオ「するとロミオが、目隠しのキューピットはひどい、と叫んでしまった三日前」

ロミオ「そうかもしれない。まあ良いじゃないか。それよりまた乱闘があったそうだね」

ベンヴォーリオ「たった今エスカラス大公が見えて、両家共にお叱りを受けたところだ」

ロミオ「だから親父がいたのか。モンタギューとキャピュレット、似たような歴史を持って、同じような商売をして、共に若者を引き連れた同業者。長年の反目を捨て、協調の握手をしたら、市民からも尊敬され、商売もうまくいき、誰も憎しみ合わずに済むのに、なぜ意味もなく罵り合うのだろう。何だか急に馬鹿らしくなってきた。だがいがみ合っている方が、苦しい恋の呪縛よりは、遙かにましなのかも知れない」

ベンヴォーリオ「だから今朝もスズカケの森に?」

ロミオ「スズカケの兎はよく跳ねるね。僕もあんな自由に屈託なく飛び跳ねて見たいよ」

ベンヴォーリオ「そろそろ答えてくれよ。一体誰を夢みてるんだ」

ロミオ「誰と指すと、その人の名誉に関係するから言えないよ」

ベンヴォーリオ「また判然として証拠のないことだから、言うとこっちの落ち度になるだって。冗談はやめてくれよ」

ロミオ「失礼。本当は名前を知らないのだ」

ベンヴォーリオ「すると一目見るなりぞっこんいかれちまうという」

ロミオ「そんな言い方はやめてくれよ。そういう時には、一目惚れという台詞でなくちゃ」

ベンヴォーリオ「それはすまない。三日前に一目惚れに惚れ込んだってわけか」

ロミオ「そうあれは三日前。ちょうど夕闇のマントを着た夜を迎えるために、太陽神ヘーリオスが手綱(たずな)を引き締める時間だった。僕は橋の欄干にもたれながら、漂う水面(みなも)に不思議な寂しさを感じて、はっとして我に返った瞬間、美しい女神が友達を連れて、そっと微笑みながら近づいてくるのだった。その澄んだ瞳は、幼子のようにあどけなく、美しい笑顔は、咲きたての白百合のように瑞々しかった。そして神々の創りたもう女神が、何の準備もなく、突然現われた時の僕の動揺といったら、胸の高鳴りといったら!」

ベンヴォーリオ「ロミオ、ロミオ、しっかりしろ」

ロミオ「彼女は友達を連れていた。森の妖精ほどの価値をもつ友達の魅力も、比類ない神の芸術品に従うことによって、なんと哀れで俗物であったことか! なんとみすぼらしく、取るに足らないものであったことか!」

ベンヴォーリオ「分かった、もう分かったから、すこし落ち着け」

ロミオ「失敬な。僕はいつだって沈着冷静だ」

ベンヴォーリオ「そうこなくっちゃロミオじゃない。それで誰だか見当も付かないのか」

ロミオ「そうなんだ。僕はあれ以来、スズカケの兎を見ても心苦しく、面影探してヴェローナをさ迷い歩く始末だ」

ベンヴォーリオ「あてもなく町中を徘徊(はいかい)しているだって」

ロミオ「ああ」

ベンヴォーリオ「大変な情熱だ。すっかり女に打ち負かされて、モンタギューの跡取が聞いて呆れるよ。俺が夢から救い出してやる」

ロミオ「そんなことが出来るものか」

ベンヴォーリオ「大丈夫、『(好きな言葉を一つ入れる)』と反省させてやる。そのかわり夢から覚めたら、昼飯くらいはおごってもらうぞ」

ロミオ「馬鹿だなあ、食事くらい、いつでもおごってやるよ。さあ行こう、今日は淀見軒(よどみけん)か、それとも花しん亭(かしんてい)か」

ベンヴォーリオ「ここをどこだと思ってるんだ、いつものハイカラ亭でいいよ。

(二人退場。)

三  キャピュレットの家

(エスカラス大公の側近貴族であるパリス、キャピュレット、キャピュレット夫人登場。)

キャピュレット夫人「本当にありがとうねえ。パリスさんが大公の館にいてくれて本当によかった」

パリス「いえ、大したことではありません」

キャピュレット「いやいや、大助かりですぞ。あなたがいなかったらいつまで小言にさいなまれていたか。本当にワシは残念でならんのです。大公はご立派で、ヴェローナを統治されている。それはもちろんワシだって尊重しています。しかしワシらは彼が就任する前から、ヴェローナの裏も表も守ってきたのだ。ワシらのおかげで何度ヴェローナの危機が救われたか、あなたにお見せ出来んのが残念でならんのです。それに大公は年齢だってワシから見たら、ほんの『ひよっ子』、そう『ひよっ子』ですぞ。ワシの子供といって構わない若者だ。それが豊かな経験者に対して、犬をお撲(ぶ)ちなさったとはあんまりだ。まさかモンタギューに肩入れをしているのではないか。それは市民たちはもう昔のこと、感謝の気持ちなど疾(と)うに忘れて、ワシらを邪魔者扱いするつもりらしいが」

パリス「それはとんでもない誤解です。私たちの偉大な大公も、そして市民たちもまた、キャピュレット家がヴェローナの名門であることを、誇りにさえ思っているのです。だからこそ都市を守るべき両家が啀(いが)み合い、市井(しせい)の平穏が乱される時、どうして黙っていることが出来るでしょう」

キャピュレット「よくぞ言ってくれた。さすがワシの見込んだ男前だけのことはある。今日はあなたに会えて本当によかった。だがなあ。モンタギューはやはり許せんのだ。憎くて、憎くて、我慢がならんのだ。なぜこうも腹が立つのか。時々鏡に向かって聞いてみるのだが、その度にはらわたが煮えくり返り、ああいまいましい、モンタギューはなぜにこうも不愉快なものか。これでも若い頃は力を合わせ、ならず者の傭兵隊長を討ち果たしたこともあったのだが」

パリス「確かその傭兵隊長の首の所有権を巡って、貴様の首ったまを隣りに並べてやると罵り合い、たちまち剣を抜いたと聞きました。冷静を重んじる私のはがねの心でさえも、その時ばかりは高鳴りを覚えたほどです」

夫人「でもねえパリスさん。両家の啀み合いは、もっと息が長く根が深いのです。ねえ、あなた」

キャピュレット「ワシの親父が生まれるよりずっと前から、両家は殴り合いを繰り返しておった。ワシも子供の頃には子牛を縛り付けて、モンタギュウ虐めをさえしたもんだ。最後にはバーベキューにして、これはたまらなくうまかった。うまいながらも憎たらしい。憎たらしいが、肉はうまい。もう骨の随からかたき同士なのだ」

パリス「モンタギュウ虐めですか。さては例の熊虐めを模倣して。エスカラス大公が聞いたらまた小言でしょうね」

キャピュレット「奴は動物愛好家だからな。困った癖だまったく。犬をお撲(ぶ)ちになってはならないだの、羽ばたくハトに平和の極意だのと」

パリス「でも優秀な方です。自分を重んじる私でさえも、彼の仕事には尊敬の念を抱かずにはいられません」

キャピュレット「それはもちろんだとも。ワシは決して悪口を言っているのではない。そこの所を、どうか誤解なさらないで欲しい」

パリス「私はキャピュレット家こそヴェローナを代表すべき名家だと思っているのです。だからこそ、私はお二人に対して、お嬢さんのジュリエットを嫁に欲しい、淑女たちの憧れの的である、このパリスの妻になって欲しいと、ああ、自らこの頭を下げて、願い出たのです」

キャピュレット「まったくありがたい話だ。だがなあ」

パリス「このパリスのどこに不足があるのでしょうか」

キャピュレット「あなたの不足ではない。娘の年齢がまだ不足なのだ」

パリス「確か十四歳に」

夫人「もうすぐなるのですが、まだ十三歳。ほんの子供なんですよ」

パリス「貴族の結婚では珍しいことではありません」

キャピュレット「あれは庶民だからな」

パリス「キャピュレットほどの名門が何を言うのです」

キャピュレット「今夜は我が家(わがや)で久しぶりの舞踏会を開催するのだ。あなたもぜひ参加なさって、ご自分で娘の心を掴んでくださらんか。可愛いジュリエットの頼みとあれば、ワシも幼い娘を手放す踏ん切りもつくかもしれん」

パリス「ではさっそく準備を整え、今夜お伺いしましょう」

キャピュレット「くれぐれも大公によろしく伝えて欲しい。キャピュレットは、従順なヴェローナの盲導犬です、決してどう猛犬ではございませんとな」

パリス「一字一句あやまたずお伝えしましょう」

(パリス退場。)

キャピュレット「ジュリエットはまだ悪戯ばかりしておるが、結婚などはやはり早すぎるのではないか」

夫人「あら、私があなたに嫁いだ年だって、ジュリエットより少し上ぐらいでしたよ」

キャピュレット「そうかもしれんが、あれはワシの一人娘だからな。それにしても名門貴族のパリスさんと血縁関係が出来れば、キャピュレット家は貴族の仲間入り。年齢はともかくこれ以上の結婚話など二度と見つからないかもしれん。お前は舞踏会の前にジュリエットにそれとなく話をしておくのだ」

夫人「そうです、パリスさん以上の人なんて、この世にいるものですか。さっそく知らせてきましょう」

(二人、退場。)

四  ジュリエットの部屋

(キャピュレット夫人と、ジュリエットの乳母。)

キャピュレット夫人「ばあや、ばあや、ジュリエットを呼んでちょうだい」

ジュリエットの乳母「お呼びしましたよ奥様。元気の良い返事がありました」

キャピュレット夫人「返事だけなの、困った子ねえ。ジュリエット、ジュリエット」

(ジュリエット登場。)

ジュリエット「なあに、お母様」

キャピュレット夫人「なあにではありません。大事な話があるので、わざわざ呼んだというのに。なんです、口紅なんか付けて、お化粧して遊んでたのね」

ジュリエット「遊んでなんかいないわ、私は真剣だもの」

夫人「はいはい、真剣にお化粧して、もうご婦人方の仲間入りがしたいのですか。だったらお願いだから、聞いてちょうだい」

ジュリエット「お母さん、私、アーサー・ブルック先生の授業はちゃんと受けたわ。もうさぼってないわ」

夫人「それは知っています」

ジュリエット「マドンナリリーの白い花びらに、目と鼻を描いたのは、あれは反省しているわ」

夫人「それももう聞きました」

ジュリエット「それじゃあ今朝、景徳鎮(けいとくちん)の磁器でカッフェをいただいたことを。」

夫人「なんですって! あれがどんなに高価なものか分かってるのですか。まったくそんな話は初耳です。ちょっと、この耳に言って聞かせないと分からないようですね」

(夫人、ジュリエットの耳をつまむ。)

ジュリエット「痛い、痛い。お母さん、耳が、耳がもげちゃうわ」

夫人「もう、話が分からなくなったではありませんか。今日はお説教のために呼んだのではありません。もっと大事な話しに来たのです」

ジュリエット「大事なお話?」

夫人「ばあや、ジュリエットも良い年齢になったでしょう」

乳母「もちろんですとも。もっとも素敵なお年頃でございます」

夫人「もうすぐ十四歳の誕生日が聞えてはきませんか」

乳母「はい奥様、全く正確でございます。もうすぐ十四年目の収穫祭。収穫祭の一日が終わり、星たちが降り注ぐ頃には、お嬢様は乙女の花開く十四歳を向かえるのでございます」

夫人「そうでした。収穫祭といえば、あの大地震があったのも収穫祭の日だったねえ」

乳母「ああ、喜びも悲しみも、十一年前の大地震。私の大切な一人娘のスーザン、お嬢様と同じ年でございました。お嬢様とは仲がとてもよくって。そして私の素敵な髭モジャの亭主、私より二つ上でございました。主よ永遠のご慈悲を二人に与えたまえ。あの大地震は、私の幸せを二つも奪っていったんでございます。ああ、でもお嬢様にとっては喜ばしい日、だってお嬢様はあの日乳離れをなさったんでございますもの」

夫人「もう何度も聞いています。お乳にニガヨモギを塗って、ジュリエットに舐めさせたのでしょう」

乳母「お嬢様ったら、私のおっぱいをいつものように含んで、そうしたらニガヨモギが塗ってあるんですもの。さぞ驚いたんでございましょう、目をまん丸くして、それから急に怒り出して、私の胸に食ってかかったんでございますよ。どんどんどん。この辺りをどんどんどんって。そうしてあの日お嬢様は乳離れをなさった」

夫人「それから大地震がやってくるのでしょう」

乳母「そうでございます。地面が突然揺れだして」

夫人「もういいわ、大地震は終わりにして。私は昔話をするためにジュリエットを呼んだのではありません。未来の話をするために、わざわざお前を呼んだのです」

ジュリエット「未来の話ってなんです」

乳母「ああ、お嫁入りの話でございますよ」

夫人「そういう時だけは察しがいいね。ジュリエット、お前ももうすぐ十四歳。結婚のことについて、考えたことぐらいあるでしょう」

ジュリエット「そんな夢の先にあることを言われても」

乳母「まったく夢の先ですわ。私にも経験がございます」

夫人「ばあや、話を折らないでちょうだい。ジュリエット、貴族たちの婚礼では花嫁がお前ぐらいの年齢であることは、決して珍しくありません」

ジュリエット「私は貴族じゃないわ」

夫人「貴族のお嫁さんになるとしたらどうかしら」

ジュリエット「どなたの家に」

夫人「パリスさんですよ。あの若手貴族の中でも、最も大公の覚えめでたい出世頭。おまけに顔も素敵だし、知性も人一倍優れているそうじゃありませんか。そのパリスさんが、わざわざ頭を下げてお前を嫁に欲しいと、深々と頭を下げて頼むのです。どうです、夢のようなすばらしい話」

乳母「なんてすばらしい。お嬢様、お嬢様、パリス様と言ったら、あらゆる淑女たちの憧れの的でございます。それがお嬢様をお選びなさった」

ジュリエット「ばあやが結婚したら」

夫人「馬鹿をおっしゃい。こんなしわくちゃの使い古し」

乳母「それはあんまりでございます」

夫人「とにかくジュリエットお前はどうなの」

ジュリエット「あまり急なので」

夫人「いいわ。ゆっくり考えなさい。今夜の舞踏会にはパリスさんも出席します。手を取り合ってダンスを踊ってみれば、夢の先に恋人が潜んでいるかどうか、すぐに分かってしまうものです」

ジュリエット「もし恋人がいなかったら?」

夫人「ジュリエット、お父様ももういい年です。お父様はエスカラス大公からお叱りを受けて、すっかり落ち込んでいらっしゃいます。もしお前がパリスさんと結婚して、大公に信頼される貴族の血縁となったらどうでしょう」

ジュリエット「分かったわお母さま。恋を夢見て出会ってみるわ。でも、勝手に決めてしまうのはいや」

夫人「もちろん会ってからですよ。心配しないで、ほらお化粧の続きをしていらっしゃい。今日は手伝わなくていいから。ばあや、お前は舞踏会の準備をお願い」

乳母「はい奥様。今夜が楽しみでございます。私はなんだか、自分のことのように胸がどんどん、このあたりがどんどんどんって高鳴りますわ」

(夫人と乳母、退場。)

ジュリエット「ひどいわ。私、生け贄にされちゃうのかしら。暖かな部屋に沢山の食事、毎日なでられ育ってみたら、可哀想な牛さん今日は楽しい日、今日はあなたの首切る日。愛だと思った優しい仕草、生け贄作る儀式だったなんて。牛さん頭をぽかりとやられて、首をすっぱり切断されて、知らないあいだに食卓に並んじゃう。ひどいわ。残酷だわ。でもパリスってどんな人かしら。顔が全然浮かばない。もし私の心を奪い去る、魂の救い主だったら。でも駄目よ、私はこのあいだ会ってしまった。夢の先の恋人に出会ってしまったもの。美しい橋の上で、あの人は物思いに耽(ふけ)っていた。水面(みなも)を眺める素敵なシルエット、まるで自分の凛々しさに気付かない少年のようだった。そして彼は振り向いて、ビードロのような瞳に私は吸込まれてしまう。ああ、ジュリエット、どうしちゃったのかしら。話したこともない、名前も知らない、ただすれ違っただけで、こんな気持ちになってしまうなんて。落ち着かなくては。これからパリスという人に会って、お母様とお父様の気に障らないように、丁寧な挨拶を差し上げて、でも私の胸の中は、橋の上の王子様で心一杯、きっと上の空だわ」

(ジュリエット退場。)

《注意.実際はコーヒーがヨーロッパに流入して、コーヒーハウスなどが出来るのは十七世紀。》

五  夜の街路

(松明をかざして進むバルサザーの後ろに、ロミオ、ベンヴォーリオ、そして貴族のマキューシオ登場。)

ロミオ「おいマキューシオ、なんで僕がキャピュレット家の舞踏会に行かなきゃならないんだ」

マキューシオ「それは貴族であるマキューシオの元に、招待状が届いたからだ」

ロミオ「僕たちには来ていない」

マキューシオ「大丈夫、ヴェローナでは仇(かたき)の舞踏会でもよろしく出席できるのだ」

ロミオ「そんなことを聞いてるんじゃない」

マキューシオ「ロミオ、ベンヴォーリオから話は聞いたぞ」

ロミオ「何の話を」

マキューシオ「橋の女が恋しいって」

ロミオ「ベンヴォーリオは口が軽いなあ」

マキューシオ「ロミオ、水くさいじゃないか。俺たちは親友同士じゃなかったのか」

ロミオ「そうだっけ」

マキューシオ「だから俺たちが片思いの相手を探してやろうというのだ」

ロミオ「そんなことだろうと思った。正装して黙って付いてこいと言うから、怪しいと思ったんだ」

ベンヴォーリオ「いい考えが浮かんだんだ。ロミオは言ったじゃないか。一目惚れの相手を知らないって。でもあんな美しい女神はいないって」

ロミオ「それは、そう言ったけど」

ベンヴォーリオ「そんなに美しい女性なら、貴族の娘か裕福な家の淑女に違いない」

ロミオ「当然だ。あんな上品な身のこなしは見たことがなかった。でもあれが貴族だろうか、貴族の気品は習って覚えるものだが、彼女の当たり前の仕草は、神々の使うマナーそのものだった。そうだ、貴族を越えて、教皇も越えて、彼女はもはや神々の領域に」

マキューシオ「ロミオ、すこしは真面目になれ」

ロミオ「失敬な、僕はいつでも真剣だ」

ベンヴォーリオ「とにかくそんな気高い女性なら、キャピュレット家の舞踏会に来るかも知れないじゃないか」

ロミオ「そんなうまい話があるだろうか」

マキューシオ「町中を徘徊(はいかい)するよりは、確率が高いはずだ」

ロミオ「それで僕を仇(かたき)の舞踏会に誘うのか。まあ家にいても、苦しいばかりだ、お前たちに付き合ってやるか」

ベンヴォーリオ「そうこなくっちゃ。それにキャピュレットの舞踏会に出るなんて、武勇伝みたいで面白いじゃないか」

ロミオ「頼むから争いだけはやめてくれよ」

ベンヴォーリオ「大丈夫さ、俺はおとなしい性格だから」

ロミオ「それは初耳だ。それにしてもマキューシオ君。貴族に出された招待状でモンタギューなんかひき連れて、礼儀作法に問題はないんですか」

マキューシオ「貴族貴族と言わんでくれ。下らない肩書きのために、マナー尽くしの毎日に縛られてるんだ。優れた牛肉の取り分け方だの、名門秘伝のワインの嗜(たしなみ)みだの、朝から晩までお説教。あげくの果てに夜の女王は身元確認をしてから服を脱がせろだと、ふざけちゃいけない。そんな我慢が出来るものか」

ベンヴォーリオ「それは貴族の事情ではなく、マキューシオ君の家庭の事情だと思うけど」

マキューシオ「とにかく、マキューシオは親の意向なんてまっぴらだ。今夜はお前たちと一緒に舞踏会に殴り込み、いや躍り込みをかけてやるんだ」

ベンヴォーリオ「それじゃあまた勝負だな」

マキューシオ「もちろん」

ベンヴォーリオ「俺にはすらりと伸びた背と優れたルックスがある」

マキューシオ「生意気を言うな。俺には貴族の肩書きがある」

ベンヴォーリオ「なんだ、やっぱり肩書きを出すんじゃないか」

マキューシオ「だってそうでもしなきゃお前に勝てないじゃないか」

ロミオ「二人ともせいぜい頑張ってくれ、僕が松明を持って舞踏会を照らしてやるから、踊りながら女神を探したらいい」

ベンヴォーリオ「馬鹿を言うな。誰のために出陣したと思ってるんだ」

マキューシオ「そうだそうだ。恋人がいるかも知れないのに心を閉ざすなんて。先輩役のマキューシオが踊らせてやる」

ロミオ「駄目だ。お前たちのつま先は軽いけど、僕の心は鉛より重いんだ」

マキューシオ「情けないことを言うな。恋に破れたわけでもないのに、憧れ高じて踊れませんなんて、今時小学生だって吐けない台詞だ。キューピットの羽根を借りて、こう、もそっと勢いよく、すぱっと舞い上がれ」

ロミオ「そのキューピットの矢に当たって、傷を負ってしまったのさ。心淋しく煩って、思いの丈が伸びるほど、体はますます重くなる。こうして夜の大気に触れていると、楽しみや希望も遠く手を振って、僕はそれを対岸から眺めているような気持ちだ。僕は灯台のようにお前たちを見守っているよ。それに今朝の夢が気になって落ち着かないんだ」

ベンヴォーリオ「はは。写実主義で通してきたロミオが、夢を心配するなんて、これは初耳だ。なあマキューシオ」

マキューシオ「さてはマブ女王と一緒に寝たんだろう。あらゆる夢の総元締め、手下を使って夢を操る夜の女王と」

(マキューシオ歌いだす。)

夢の精霊束ねる夜に
 女王マブが舞い降りる
  ノミより小さい数百万の
 眠りの粉(こな)が降り注ぐ
灯りも静か星降る頃に
 ベットにそっとしのぶなら
  ラララあなたに届ける夢を
 夜(よ)が明けるまで歌いましょう

(ベンヴォーリオ、ロミオも加わる。)

  想いのあの子に焦(こ)がれて眠る
   若者たちには恋の夢
  政治の参加を憧れ願う
   貴族たちには世辞の夢
  人を出し抜き阿漕(あこぎ)に渡る
   商人たちには金の夢
  唇さみしと恋しく笑う
   乙女たちにはキスの夢

私の招きを断る者は
 目覚めたままの幻覚を
  私の言葉を罵(ののし)る者は
 呪いの悪夢を届けよう
ラララあなたに届ける夢を
 星降る拍子(ひょうし)に合わせるように
  ラララあなたに届ける夢を
 夜が明けるまで歌いましょう

マキューシオ「どうだ、すっかり楽しくなってきただろう」

ロミオ「マブ女王は本当にいるのだろうか。僕の見た夢では、今夜の宴会が終わる頃、喜びが津波のように僕を飲み込んで、でもその歓喜はあまりにもあふれ過ぎて、嵐の晩の濁流のように僕を押し流す。その勢いは駆ける馬を越え、羽ばたく鳥たちを追い抜き、時間さえも置き去りにして、やがて太陽の光さえも遮られ、喜びが苦しみに変わる頃、僕は星の導きすら届かない、静かな黄泉の国の楽園に辿り着いて、渡し守カロンの横を流れて行く。そして最後には嘆きの川コーキュートスに流れ込むんだ。その時水は青白く輝いて、黄泉の草原に一斉に白い花が咲いた。ああ、あの夢を思い出すとなんだかそわそわする」

マキューシオ「ロミオ、マキューシオにはそれは嬉しい夢に思えるぜ」

ロミオ「どうして」

ベンヴォーリオ「それは恋愛が成就して、結ばれて解消されるという正夢かもしれない」

マキューシオ「黄泉の国にも花咲かせましょう。幸せが成就する夢に違いない」

ロミオ「ちぇっ、お前たちは脳天気でいいな。とにかく僕も踊ればいいんだろ」

二人「そうこなくっちゃ」

(全員退場。第一幕終了。)

第二幕

一  キャピュレット家の舞踏会

(幕開く。まさに舞踏会たけなわ。舞踏音楽と踊る人々。)

(キャピュレットと、その夫人、パリスが前景に登場。)

キャピュレット「さあさあ皆さん踊ってくだされ。ご婦人方は誘いにのって、紳士諸君は一声かけて、誰も欠けずに踊りの鎖を、次から次へと渡していこう。やがて手に取る互いの脈に、瞳と瞳が触れ合って、同じ鼓動を感じたときは、それがあなたのパートナー、あとのことは責任持てぬ」

キャピュレット夫人「まあ、あなたったら、久しぶりに若返って」

キャピュレット「今宵の宴は特別なのだ。もう少し頑張らねばならん」

夫人「パリスさん、あなたのために特別なのですよ」

パリス「誠に光栄のいたり。氷上の計算機を自認する私でさえも、年相応に高まりを覚えます。お嬢様はまだいらっしゃらないか」

夫人「心配なさらないで。言葉とは裏腹にまだウブな子供みたい。ごめんなさい、冷やかしてるんじゃないのですよ」

パリス「これは申し訳ない。冷静に見える立居振舞(たちいふるまい)も、若さに膠(にかわ)を塗りつけたようなものです」

夫人「ジュリエットは何をぐずぐずしているのかしら。きっと恥ずかしがって降りられないのでしょう。もう少しお待ちなさい」

(ダンス中の婦人がパリスに近づく。)

婦人一「パリスさん、踊っていただけますか」

パリス「ああ、これは」

(パリス、婦人に踊らされるように、後景に消える。)

キャピュレット婦人「あなた、久しぶりに踊りませんか」

キャピュレット「どれ、ワシの足がもつれなければ」

(二人踊りながら、後景に消える。)

(ロミオ、マキューシオ、ベンヴォーリオ前景に。)

マキューシオ「こんなに沢山のお姉さんが、寝ぼけまなこの心を揺さぶっている。ありふれた風采だって、貴族の名札で釣り上げて、きっとすてきな思い出が、朝まで続く今宵の宴!」

ベンヴォーリオ「舞踏の席では肩書きより見た目だ。俺だってすらりと伸びた背の高さ。顔だって二人一緒に並べば、おっと失礼、怒っちゃいけない、マキューシオにだけは負けないつもり」

ロミオ「まあ二人とも、せいぜい頑張ってくれ」

マキューシオ「頑張ってくれじゃないロミオ。いいか、今夜一番手柄が少ない奴は、明日(あした)はきっと財布が空になるから、覚えておけ」

ベンヴォーリオ「そうだ、そうだ。一番実りのない奴は、明日(あした)は大変なとばっちりを食うだろうさ」

(ダンス中の婦人が、ロミオに近づく。)

婦人二「少しお相手してくださらない」

ロミオ「あ、いや、僕は」

(ロミオ、婦人に踊らされるように、後景に消える。)

残された二人「おのれロミオめ。負けてはいられない」

(二人とも自ら後景に消える。)

(サムソン、グレゴリー、後ろからティボルトが、前景に現われる。)

グレゴリー「兄貴、あれはロミオだ、間違いっこねえ」

サムソン「そして、ベンヴォーリオの奴」

ティボルト「あいつら俺様の舞踏会を踏みにじりやがって、生きて帰れると思うなよ」

グレゴリー「寒そうなサムソン、もう一人の、あれは誰だ」

サムソン「あれはマキューシオだ。貴族のくせに、やたらモンタギューの家に出入りするのだ」

ティボルト「奴はモンタギューかぶれなのさ。あんな奴と関わると、エスカラスが騒ぎ出すだけだ、放っておけ。それよりもロミオだ」

(キャピュレット、三人を見て慌てて、近寄ってくる。)

キャピュレット「貴様ら何を相談しておる」

ティボルト「親父も見たろう、この舞踏会にロミオが紛れ込んでやがる」

キャピュレット「憎きモンタギューのせがれ。だが舞踏会の席では、大切なお客様だ」

ティボルト「親父、正気で言ってんのか。キャピュレット家を踏み荒らしやがって、あんな挑戦状があってたまるか」

キャピュレット「そんなことが大したことか。今日はジュリエットの大切な日なのだ」

ティボルト「ジュリエットの大切な日だと」

キャピュレット「ええい、話してやるからこっちに来るのだ。お前たちに暴れられたのではたまらん」

(キャピュレット、三人を連れて退場。)

(ジュリエット、キャピュレット夫人、前景に入場。)

キャピュレット夫人「ジュリエット、遅いじゃありませんか」

ジュリエット「ごめんなさい、ちょっとドレスの寸法が」

夫人「パリスさんが来ていますよ」

ジュリエット「はい」

夫人「連れてきてあげるから、ここで待っていなさい」

(夫人、後景に消える。舞踏会を見回すジュリエットの前に、やがてパリスが姿を現わす。)

パリス「ジュリエット、お目にかかれて光栄です」

ジュリエット「どうもありがとう」

パリス「よろしければ、ステップを合わせて頂けますか」

ジュリエット「お手本にあるような誘い方なのね」

パリス「いえ、違います。私が手本そのものなのです」

ジュリエット「そんなに完璧なの。では、あなたにお任せして踊りましょう。私、踊りはあまり上手くないの」

(二人手を取って、踊り出す。しばらく舞踏と音楽。)

(やがて音楽が途切れると、キャピュレット、前景を通り抜けるように登場。)

キャピュレット「音楽の変わり目は、相手の交換の時間。さあさあ、皆さんチェンジして下さい。チェンジして下さい。次のパートナーと新しい舞踏を楽しもう」

(キャピュレット後景へ。)

(ジュリエット、パリスと別れながら前景へ、ロミオもパートナーと別れながら前景へ。二人の目が合う。)

(音楽序奏が始まる。)

遠くからキャピュレットの声「さあさあ、次のパートナーと新しい舞踏を楽しもう」

(見つめ合ったまま、歩み寄る二人。)

ロミオ「踊って下さいますか」

ジュリエット「喜んで」

(手を取り合う。舞踏が始まる。前景で踊る二人。)

ロミオ「よかった、また会えて」

ジュリエット「なに?」

ロミオ「知らないでしょう、橋の上でお会いした」

ジュリエット「知ってるわ。三日前に川を見詰めていた」

ロミオ「ああ、嬉しい。僕はあれからあなたのことばかり追い掛けていたのだ」

ジュリエット「お世辞が上手いのね。あなたも貴族なの。舞踏会なんかに出席して」

ロミオ「僕は貴族じゃない。もしかしたらあなたに会えるかと思って、恋に沈む心を駆り立てて、キャピュレット家の門を潜(くぐ)ったのです。そうしたら、あなたが目の前に」

ジュリエット「そんな嬉しい言葉、私ったら鵜呑(うの)みにしちゃう。ほどほどにお願い」

ロミオ「どんなに信じてくれても、僕の思いにはかなわない。だって僕はあの日以来、笑わないで欲しいけど」

ジュリエット「なに、笑ったりしないわ」

ロミオ「夢みるあなたを煩って、毎朝スズカケの森に出かけて」

ジュリエット「毎朝ですって。すれ違いだわ。私もお昼にあの森に」

ロミオ「スズカケの森に?」

ジュリエット「ええ」

ロミオ「なんてことだ。もう好きな人が?」

ジュリエット「もちろん」

ロミオ「誰です。そんな幸せな奴は。ぶん殴ってやりたい」

ジュリエット「それは無理だわ」

ロミオ「そんなに立派な人なんですか」

ジュリエット「ええ、とても素敵な人」

ロミオ「奪い取ってやりたい。いったいいつから」

ジュリエット「三日前に、橋の上で」

ロミオ「なんですって」

ジュリエット「始めてすれ違ったの」

ロミオ「お願いです。からかわないで下さい。僕は真剣なんだ」

ジュリエット「私も真剣だわ」

ロミオ「誰です、誰に会ったのです」

ジュリエット「答えて欲しいの?」

ロミオ「ああ、声でなくてもいい。もし答えが僕の望み通りであれば」

ジュリエット「あれば?」

ロミオ「唇をとがめないで欲しい」

(ロミオ、ジュリエットにキスをする。ジュリエット、ロミオにキスを返す。二人、見つめ会ってしばらく踊る。)

ロミオ「ねえ、スズカケの森で兎を見た?」

ジュリエット「うん。スズカケの兎はよく跳ねるわ」

ロミオ「今はあの兎のように心が弾む」

(また踊る。キャピュレット夫人、慌てて走り寄ってくる。)

夫人「ジュリエット、離れなさいジュリエット」

ジュリエット「あら、どうしたのお母様」

夫人「ああ汚らわしい。モンタギュー、離れて下さい。よりによってうちの娘と踊るなんて、キャピュレットを侮辱するにもほどがあります。モンタギューのロミオ、何の真似です。あっちにお行き、早く立ち去りなさい。ジュリエット、パリスさんはどうしたのです。まったくお父様が見たら、どんな騒ぎになるか」

ジュリエット「モンタギューのロミオ。彼がロミオ?」

夫人「そうですモンタギュー。憎き敵(かたき)の一人息子」

ジュリエット「知らなかった、知らずに逢ったのが早すぎて、知ったときにはもう手遅れ。さようなら、ロミオ」

夫人「早く来なさい。ロミオ、お前は早く消えておしまい」

(ジュリエット、夫人に引かれて退場。)

ロミオ「ジュリエット、ようやく名前を知ったのに、キャピュレットの娘だなんて。期待と絶望が入り交じって、胸がどきどき震えている」

(ロミオ、舞踏の渦に消える。幕が降りる。舞踏会の音楽だけが遠くから聞えてくる。)

二  キャピュレット家近くの路地

(幕前。ロミオ、マキューシオ、ベンヴォーリオが歩く。)

マキューシオ「ロミオ、しっかりしろ。すっかり無口になっちまって」

ベンヴォーリオ「そうだよ、舞踏会に入るまえに、恋人なんているかって自分で否定したくせに」

マキューシオ「それとも何か、別のお姉さんにやられちまったか」

ロミオ「いや、悪いがお前たち、先に帰ってくれ」

(ロミオ、いきなり反対側へ駆け出す。)

マキューシオ「おい、ロミオ!」

ベンヴォーリオ「ロミオの奴、どうしちゃったんだろう」

マキューシオ「俺には分かる。栄光という名の麗しき恋人をつかめないで、とぼとぼと家には帰れないってことだ」

ベンヴォーリオ「もう舞踏会から出てきちゃったけど」

マキューシオ「モンタギューから出張した若者が空滑りをしたと笑われては一家の恥辱。ロミオの奴そこに気が付いたんだ」

ベンヴォーリオ「そうかなあ」

マキューシオ「なるほどモンタギューの家名を汚すとは気付かなかった。俺も行くぞ、待ってろ、ロミオ」

(マキューシオ、走り去る。)

ベンヴォーリオ「これはまずい、マキューシオに負けたとあっちゃあ、一生笑いものだ」

(ベンヴォーリオ、慌てて後を追う。)

三  キャピュレット家、裏庭のバルコニー

(幕開く。ジュリエットの部屋のバルコニーの下。)

ロミオ「もう舞踏会場には戻れない。僕をごろつきみたいに罵って、あんな母親からどうしてジュリエットが生まれただろう。ああ、きっとこの館のどこかにジュリエットはいるはずだ。話が出来なくてもいい、せめてもう一度だけ姿が見たい」

(ロミオ、バルコニー下の庭をさ迷う。バルコニーの扉が開く。慌てて近くの茂みに隠れる。)

(ジュリエット、扉の近くに姿を現わす。後ろから乳母の声。)

乳母の声「お嬢様。お嬢様。舞踏会の途中で抜け出したりして、お母様に叱られますよ」

ジュリエット「いいの、もうパリスさんとは顔を合わせたから大丈夫。私少し具合が悪いの。夜のとばりも町を覆い尽くして、夢の女王が空から舞い降りる時間。ここから先は大人たちの時間。私はもう眠るわ」

乳母の声「そうでございますねえ。パリスさんにお会いしたのなら、お休みになってもよろしゅうございますねえ」

ジュリエット「お願い、お母様にはばあやから伝えておいて」

乳母の声「分かりましたわ。お休みなさいお嬢様。素敵な舞踏会の夜にふさわしいお祈りをしてから、ベットに入って下さいましね」

ジュリエット「ええ、お休みばあや」

(乳母が出て行ったドアの締まる音。)

(ジュリエット、バルコニーに出てくる。少し風に吹かれている。しばらく月を見ているが、小声でロミオと呟いては、こっそり笑ってみる。そして不意に月に向かって話しかける。)

ジュリエット「ロミオ、ロミオ、あなたはどうしてロミオなの。さっき私に語りかけた優しい言葉、夢みる台詞が本当なら、名前はロミオでもいい、せめてモンタギューという肩書きを捨てて」

(ロミオの隠れている茂みの草が揺れる。)

ジュリエット「誰! そこにいるのは」

(静寂、何も聞えない。)

ジュリエット「風のいたずら。おどかさないで。今夜は月があんなに綺麗。でも月の女神、あなたは残酷。人の運命を玩んで、こんなひどい演出をほどこして。私は何だか魂が抜けたようになって、馬鹿みたい、一人でバルコニーから、あなたに話しかけている。お休みなさい、月の女神セレーネー。私の願いを気まぐれに聞いてくれるなら、どうかロミオをここに連れてきて」

(ジュリエット、バルコニーから部屋に戻ろうとする。ロミオ、茂みから飛び出す。)

ロミオ「ジュリエット、待ってくれ」

(ジュリエット、驚いて振り返る。)

ジュリエット「誰!」

ロミオ「話がある。部屋には戻らないで」

ジュリエット「ひどい、誰なの」

ロミオ「ジュリエット、大好きなあなたが名前を呼んでくれた」

ジュリエット「ロミオ、ロミオなのね。あんまりだわ、そんなところに隠れて。立ち聞きしていたのね」

ロミオ「違う。ジュリエットに一目会いたくて、月に誘われてここまで来たんだ」

ジュリエット「恥ずかしい、ひとりごとを全部聞かれてしまった。どうしてこんなところに入り込んだの。殺されるかも知れないのに」

ロミオ「あなたへの思いがあふれて、気が付いたらここに来ていた」

ジュリエット「月の女神が願いを聞いてくださったんだわ。でもどうしよう、見つかったら大変だわ」

ロミオ「あなたに会えたから、もう死んだって悔いはない」

ジュリエット「そんなのは絶対に嫌よ」

ロミオ「大丈夫、生きる希望が沸いてきた」

ジュリエット「ロミオ。橋の上の恋人と、運命の再会。なのにあなたはモンタギューの跡取り。ねえお願い、名前を捨てて。私はなんの肩書きもないロミオと、ずっと一緒に踊っていたい」

ロミオ「きっとそうしよう。美しい音楽に誘われて、優しく口づけを交した時から、ロミオはもうジュリエットのものだ」

ジュリエット「本当なの、あんな恥ずかしい言葉を聞かれて、うまくつけ込まれて、私を玩ぶために誘い出しているんじゃないの」

ロミオ「好きで好きで君を捜しまわったんだ、名前も知らずにキスをしたんだ。お願いだ、僕を信じてくれ」

ジュリエット「いいわ、裏切られても、あなたなら許してあげる。でもお願い、その時はひと思いに殺して」

ロミオ「死ぬときは僕も一緒だ。天国にだって一緒に付いていく」

ジュリエット「そんなのは嫌よ、私が好きならずっと一緒に生きて。この町が様変わりする遠い未来まで、末長く暮らして」

ロミオ「分かった、月にかけて誓う」

ジュリエット「待って、何も誓わないで。さっきまで名前も知らなかったのに、あまりにも突然、あまりにも向こう見ず。だからもう少し待って。二人の恋のつぼみは、夏の息吹きに誘われて、次に逢うときはきっと美しく花を咲かせる。それまで少しだけ待って」

ロミオ「分かった、誓いは取っておく。でも僕は君の答えを聞いていない」

ジュリエット「だって、それは一番始めに聞かれてしまった」

ロミオ「お願いだ、もう一度だけ」

ジュリエット「なによロミオのばか、愛してるわ。私が好きなら、私を信じて」

(バルコニーの窓の奥から、扉を叩く音。)

ジュリエット「いけない、誰か来た。そこに隠れてて。すぐ戻ってくる。私が来るまで、声を出さないで」

ロミオ「ああジュリエット、待っているよ」

(ジュリエット、バルコニーから消える。しばらくして、出てくる。)

ジュリエット「ロミオ、私のロミオ」

ロミオ「ジュリエット、僕はここにいるよ」

ジュリエット「大変、お母様が下で呼んでいるの。すぐ行かなくちゃ」

ロミオ「僕のジュリエット、もう行ってしまうの。今すぐさらって帰りたい」

ジュリエット「そうして欲しい。どうしようロミオ、私、パリスっていう貴族と婚約させられそうなの」

ロミオ「なんだって」

ジュリエット「お願い、私を助け出して、あなたのものにして。ああ、でもそこまで降りられないわ。やっぱり今日は帰って。大丈夫、まだ約束なんかしてないから」

ロミオ「婚約なんか許さない。パリスと決闘してでも止めてやる」

ジュリエット「決闘なんて駄目。勝っても認めて貰えないわ」

ロミオ「じゃあどうしたらいい」

ジュリエット「信じて、わたし絶対頷かないから。ああ、でも首輪をかけられたらどうしよう」

ロミオ「ジュリエット、実力行使だ。僕らが先に婚約を果たそう。結婚式を挙げて、指輪を交換して、婚礼の儀式をすませよう。君が本当に僕を信じてくれるなら」

ジュリエット「信じるわ、ロミオ」

ロミオ「明日(あす)の午後三時に、ロレンス神父の教会に来て欲しい。僕は絶対に神父様を説得してみせる。何度頭を下げても、暴れ回ってでも。そこで二人の結婚式を挙げよう」

ジュリエット「うれしい、午後三時ね、必ず行くわ。ねえ私、すべてをロミオに預けて、どこまでも付いていく。心に嘘はつけないから。だからお願い、冗談なら今すぐ取り消して」

ロミオ「取り消すもんか。神父様に断られても、教会の外で待っている」

ジュリエット「絶対に行くわ。ロミオ、あまりぐずぐずしていると、母が上がってくるかも知れない、もう戻るわね」

ロミオ「ああ、ジュリエット、お休みジュリエット」

ジュリエット「ロミオ、お休みロミオ。

(ジュリエット、バルコニーから消える。)

ロミオ「ジュリエット、ジュリエット、本当に行ってしまうの」

(ジュリエット、戻ってくる。)

ジュリエット「危ないわ。そんな大きな声を出して。明日(あした)のために今日は我慢して。あなたが見つかったら、大きな希望も粉々じゃない」

ロミオ「分かった、お休み、もう行くよ」

(ロミオ、立ち去りかける。)

ジュリエット「待ってロミオ、本当に行っちゃうの。お別れの言葉がまだだわ。恋人とのお別れって、どんな台詞だったかしら」

ロミオ「思い出すまで、ずっとここにいるよ」

ジュリエット「じゃあ思い出さない。紐をつけた小鳥みたいに、離れるたびにいじわるをしてたぐり寄せてしまいたい」

ロミオ「ああ、君の籠の鳥になりたい」

ジュリエット「嬉しい、でもかわいがりすぎて殺してしまうかも知れない。お休みロミオ、今日の幸せが覚めませんように」

ロミオ「お休みジュリエット。きっと明日(あした)、夢の続きを見よう」

(二人去る。幕降りる。)

四  教会

(ロレンス神父一人。薬草を取り分けている。)

ロレンス「日々の日課に贖罪(しょくざい)と説教によって、私の神に捧げる豊かな時間が過ぎていく。自ら務める聖職者の義務は、崇高なる主が授けて下さった贈り物。不満などあるはずもない。しかし今日は、市民たちからも大公からも、キャピュレット家とモンタギュー家のいさかいを調停して欲しいと相談され、私の身ひとつでは体が持たない」

(ロミオ、入場。)

ロミオ「おはようございます、ロレンス神父」

ロレンス「おはようロミオ、まだ苦しみから抜け出せないのか」

ロミオ「神父様、朝から晩まで思い悩み抜いた運命の女神と、突然、何の前触れもなく、出会ってしまった時の人間の感情というものを、考えてみて下さい」

ロレンス「お前は私の説教を忘れて、まだ同じ煩悩を玩ぶのか。主はそのような囚われを好まないぞ」

ロミオ「違います、ついに再会してしまったのです。宿命の再会だ」

ロレンス「橋の上の恋人と再会したというか」

ロミオ「ああ神父様、我々を見守る神というものは、やはり天上にいらっしゃるんですね。僕は、ちっとも真剣に祈ってこなかった。反省してます。今は感じる、神の力の偉大さを、聖三位一体ってすごっくいい」

ロレンス「少し落ち着かないか。すごっくいいなんて言葉で、主を語ってはいけない。人々の怒りも笑みも嘆きも喜びも、高い空から眺めれば、神の栄光に包まれているのだ。もしお前の再会が主の本意であるならば」

ロミオ「本意ですよ、本意以外に再会する理由がないじゃないですか。もう押せ押せ大本命ですよ」

ロレンス「そんなギャンブルのような言葉を使うものではない。それでお前は恋を打ち明けたのか」

ロミオ「心の命じるままに、思いのすべてをぶつけてみました」

ロレンス「それで相手の返事は」

ロミオ「ああ、舞い上がるな僕の心! 二人は相思相愛だったのです。神父様、こんな奇跡は、主の本意でなくちゃ、起こせるわけがありません」

ロレンス「メフィストフェレスの誘惑ということもある」

ロミオ「そんなことを言う神父さんこそ、悪魔に呪われているんだ」

ロレンス「ロミオ、すこし落ち着かないか。ここは教会で、私は聖職者だ、お前の友達ではないのだよ」

ロミオ「すみません、いつになく血が沸騰して」

ロレンス「しかし両想いなら、それはそれで良いこと」

ロミオ「でもロレンス神父、さらなる苦難が待っていたのです。それを解決してくれるのは、神父様をおいていないのです。ああ、なんと仇(かたき)だったのです、仇なのに恋に落ちて、でも敵(てき)ではないのです」

ロレンス「ロミオ、お願いだから、筋道を考えて話しなさい。贖罪を受ける時のように、心を静めて小さな声で」

ロミオ「すみません」

(ロミオ、ロレンス神父の耳元で祈るように口を動かしすべてを話す。)

ロレンス「それは奇妙な宿命だ。分水嶺のいただきから、希望と絶望のどちらに転げ落ちるか、運命が思い悩んでいるようなものか」

ロミオ「でも僕は悩んでいません。塀を乗り越えてキャピュレット家の庭をさ迷っていると、月の女神の采配か、僕はジュリエットの元に辿り着きました」

ロレンス「月の女神などあるものか。ロミオ、そんな邪神を崇めるようでは、私はがっかりしたぞ」

ロミオ「いや、違いました。イエス様の采配により、ジュリエットの元に」

ロレンス「ジュリエット、キャピュレット家の娘の名だな」

ロミオ「はい、そして僕たちは愛を確かめ、ジュリエットに婚約話が持ち上がっていることを知り、神父様の力におすがりして、先に僕たちの結婚式を執り行って貰おうと思い、こうして朝から教会に駆け込んだのです」

ロレンス「両親の意向に逆らって、仇同士の家柄から十代の若者二人を結婚させるだと。ロミオ、物事にはみな掟というものがあるのだ。もっとも偉大なのは神の掟で、これは聖書に書いてあるが、他にも人間社会にはそれぞれ定められた法や慣習があり、すべてを満たして初めて円滑に執り行われるのだ」

ロミオ「神父様、そんな言葉は間違ってます。主の掟に従うならば、他のことなど心配しなくていいのです。だって、すべての世俗の掟は、主の掟という最終目標のための、過程に過ぎないからです。主は愛することを説いているはずだ」

ロレンス「愛したら、翌日に結婚することを説いているわけではない。それに婚姻というものは、制度自体が世俗的な事柄なのだ」

ロミオ「だって、おかしいじゃないですか。イエス様の両親の、マリアとヨセフだって、結婚しているじゃないですか。聖家族、いい言葉だ。僕も家族を作りたいんだ。それのどこが間違っているんです」

ロレンス「やれやれ、困った奴だ。だがモンタギューとキャピュレット、ヴェローナ中の市民たちが迷惑し、大公が悩みの種とする、二つの名門の闘争を、あるいはこれで収めることが出来るかも知れない」

ロミオ「それですよ、それ。実は僕たちもこれが両家の橋渡しになれば、こんな幸せなことはないと話していたんです。そうだ、まったくそうに違いない」

ロレンス「仕事に追われるエスカラス大公からは、両家を治める妙案があるなら即座に実行して、後から報告するようにと言われたばかり。両親が認めないとあれば、先に既成事実を作って、大公から婚姻の事実を伝えて貰えば、市民、大公、若い二人の悩みが、すべて解決するに違いない。そして両家の和解にもつながるはずだ。まるで周到に組み込まれた細工時計が、誰かの手に委ねられているようだ。主よ、これがあなたのお導きでありますよう」

(ロレンス、神に向かって祈る。慌ててロミオも隣りでそれを真似する。幕。)

五  ヴェローナの街路

(ベンヴォーリオとマキューシオ登場。)

ベンヴォーリオ「なあマキューシオ、あのあとロミオを見たか」

マキューシオ「見ない。いくら捜しても、影法師すら見あたらなかった」

ベンヴォーリオ「俺もだ、きっと舞踏会場にはいなかったんだ」

マキューシオ「怪しい、抜け駆けのお姉さんじゃないか」

ベンヴォーリオ「お姉さんじゃない。ロミオのまぼろしの相手は、俺と同じように妹だって」

マキューシオ「いやベンヴォーリオとは違うはずだ。妹といっても学校の後輩ぐらいだろう。お前のは親父と娘ぐらいなんだから、困っちまうわ」

ベンヴォーリオ「失礼な、俺はまだ二十前の好青年だ。お前なんか、自分の曾ばあちゃんぐらいだろう」

マキューシオ「ひい、そりゃ洒落にならん。曾ばあちゃんは行きすぎだ。ああ、思わず、頭に浮かべちまったよ。さむっ、寒い、寒すぎる」

ベンヴォーリオ「お前の曾ばあちゃんはシワのお化けじゃないか、俺まで寒くなってきた」

マキューシオ「これが夏冷えってやつかな」

ベンヴォーリオ「まるで怪談話なみの震えがきた。ほら見ろ、鳥肌だよ、鳥肌」

マキューシオ「それは見せるなよ。気持ち悪いの苦手なんだよ。ああ、体がかゆい」

(ロミオ入場。)

ロミオ「グーテン・モルゲン。二人とも朝っぱらから馬鹿に精が出るね」

マキューシオ「なんだロミオ。その晴れやかな顔は。幸せ一杯の表情は」

ベンヴォーリオ「まるで英雄気取りだ、なんて勝ち誇った顔をしているんだ」

ロミオ「それは誤解だよ。僕はあのあと家に帰った」

マキューシオ「怪しいもんだ、昨日まであんなにしょげていたのに」

ベンヴォーリオ「まさか一目惚れと運命の再会か」

ロミオ「一目惚れなんて古い話しさ」

ベンヴォーリオ「じゃあ、新しい恋人をゲットして」

マキューシオ「必殺技で相手を痙攣させてやったのか。こんちくしょうめ、なんて憎い奴だ」

ロミオ「マキューシオ、妄想と狂騒に突き進むのは若さの特権だが、あまり度が過ぎるのは職権乱用だ。慎みを忘れてはならない」

マキューシオ「おい聞いたかベンヴォーリオ。神父様みたいなことを言ってやがる」

ベンヴォーリオ「ロミオ、今朝も教会に顔を出したんじゃないだろうな」

ロミオ「出したとも。大切な用事があったので」

マキューシオ「なんだって、朝から教会に出向くなんて、そりゃ何の真似だ。足を踏み外して聖職者になっちまうって、親父が心配して泣き出すぞ」

ロミオ「馬鹿を言うな。聖職者になったら、大切な恋人を抱きしめられないじゃないか」

ベンヴォーリオ「ほら見たことか。ロミオの奴、やっぱり舞踏会で勝ち逃げしたんだ」

ロミオ「お前たち、その浮かない表情じゃあ、二人揃っての敗退だろ。悪いが今回は僕の勝ちだ。いや、またしてもと言った方がふさわしいかも」

マキューシオ「来たー。いつものロミオが戻ってきた」

ベンヴォーリオ「黄泉の国から帰ってきた」

ロミオ「また大げさな。とにかく後でお前たちにも話すから、今は何も聞かないでくれ」

マキューシオ「そりゃひどい。男とダンスを踊った後は、男に焦らされるなんて、踏んだり蹴ったりだ」

ロミオ「男とダンスだって、面白そうじゃないか。そっちの話を聞かせろよ」

ベンヴォーリオ「話しても好いが、馬鹿にされるのは嫌だなあ」

マキューシオ「待て、向こうからキャピュレットの奴が来るぜ」

(キャピュレット家の召使い、三人に近づく。)

召使い「これはモンタギューの皆さん、どうかお控えなすって」 マキューシオ「おう、そちらこそ、お控えなすって」

ベンヴォーリオ「お前、本当に貴族か?」

マキューシオ「もちろんだ。さあ、控えて控えて控えまくって」

召使い「そんなに控えられては申し訳が立ちません。お控えをお控えなすって」

ロミオ「お控えを控えろだって、マキューシオ、こりゃ一本取られたな。それで僕たちに何のようだ」

召使い「どうかこれをお納めなすって。キャピュレットの突撃隊長ティボルト様からの果たし状です」

ベンヴォーリオ「果たし状だと」

召使い「これをモンタギューのロミオに手渡すようにと」

ロミオ「それは僕だ」

(ロミオ、果たし状を受け取る。)

召使い「お勤め確かに果たしやした」

ロミオ「ああ、ティボルトによろしくな」

(召使い去る。)

マキューシオ「そりゃいいや。ティボルトによろしくか」

ベンヴォーリオ「それよりロミオ、何が書いてあるんだ」

(ロミオ、果たし状を開く。)

ロミオ「「災(わざわ)いなるかな極悪なるものモンタギューよ、汝らは我が青春の舞踏会を蹂躙(じゅうりん)したもう。君は知らんのか、我が激高の天に昇り、広がる憤怒(ふんぬ)は大地を覆い、ああ、いっそ血の雨となって降りそそげ。もはや猶予はない。我は汚名を晴らすべく、汝に決闘を申し込まん。了解来たりて、日時を欲す。」

ベンヴォーリオ「何だか変な言葉使いだな。最後の『了解来たりて、日時を欲す』ってのはどういう意味だ」

マキューシオ「日時を決めたいってことだろう。言葉を無理矢理こね回して、体裁を整えようとした文章だ。それでロミオ、この果たし状をどうするつもりだ」

ロミオ「ティボルトと決闘なんて、考えも及ばないことだ。ベンヴォーリオ、この手紙はそのまま親父に渡してくれ。どうせ仲裁するに決まっている」

マキューシオ「なんだと、果たし状を受けての決闘を拒むなんて、お前はそれでも男か。見損なったぞロミオ」

ロミオ「僕が決闘してモンタギューが追放になったら、お前はどう責任を取るつもりだ。跡取りというものは、自らを封印してでも家名を存続させる必要があるのだ」

マキューシオ「ちぇっ、そりゃ悪かったな。どうせ俺は感情任せさ。決闘拒否は不賛成だが、お前に決闘を勧めるのはよそう」

ベンヴォーリオ「分かった、この果たし状は俺が責任を持って親方に渡しておくよ」

ロミオ「よろしく頼む。さあ、まだ午前中だが、どっかで早めの昼食でも取ろう。今日は僕がおごってやるよ」

マキューシオ「言ったな。腹の居どころが悪いから、高いものを食ってやる」

ロミオ「任せておけ。ただしハイカラ亭だぞ」

(三人退場。)

六  ジュリエットの部屋

(乳母とジュリエット。)

乳母「お嬢様、またお化粧道具なんかでお遊びなさって。お母様に叱られますよ」

ジュリエット「ばあやも手伝って。今日は私の大切な日なの。丁半賭けて一世一代の大勝負の日よ」

乳母「そんなばくち打ちみたいな言葉はおやめ下さい。いったいどこでそんな言葉を覚えてきたのでしょう」

ジュリエット「あら、兄さんがよく口にしてるじゃない」

乳母「お兄様の言葉は、あれは淑女が真似をしてはいけない言葉ですよ」

ジュリエット「ばあや、そんなことはいいから、一番似合うとびっきりの服を出して」

乳母「あらお嬢様、怪しいのでございますわ。急にお化粧を始めたかと思ったら、今度はとびっきりの服装でございますって。昨日のダンスパーティーで何かお約束なさったのでしょう。ばあやはちゃんと分かっています。パリスさんとデートなのかしら。大丈夫、お母様には教会にお祈りに出かけたって、言っておきますから。やっぱり結婚の前は、慎み深く思われていないと、損でございますからね」

(入り口に、ティボルト登場。)

ティボルト「ようジュリエット」

ジュリエット「あら、兄さん。昨日はどうしたの、ちっとも見かけなかったけど」

ティボルト「お前のせいで舞踏会を追い出されちまったのさ」

ジュリエット「やだわ、私何もしてないわよ」

ティボルト「すっとぼけるな。婚約者とダンスを踊りなさるって、親父が意気込んでたぜ。それで俺は騒動屋だから出て行けってわけだ」

ジュリエット「嘘、自分で出て行ったんでしょ。お父様からお金を巻き上げているのを見たわ」

ティボルト「馬鹿を言うな。金を巻き上げられるような玉か、あの親父が」

ジュリエット「うんそうね。兄さん、剣でも棒でもまだ、十本に一本も取れないものね」

ティボルト「悪かったな。それよりお前、今からデートじゃないか。そんなにそわそわして、怪しいぜ」

ジュリエット「大きなお世話よ。兄さんも、ついでだからこっちの袖を手伝ってよ」

ティボルト「はいはい、余計なときに来ちまったぜ」

(ティボルト、ばあやを手伝う。)

ティボルト「なあ、ジュリエット、昨日モンタギューの奴らが紛れ込んでいるのを見たか」

ジュリエット「え、そうね、そう聞いたけど」

ティボルト「あいつら土足で我が家を踏み台にしやがったんだ。三人で横滑りしながら女をあさりに来やがって」

ジュリエット「いいじゃない、放っておきなさいよ」

ティボルト「いや、家の恥辱だから、俺は果たし状を書いてやった。お前の幸せに華を添えるべく、モンタギューの跡取り息子を葬ってやるのさ」

ジュリエット「なんですって」

ティボルト「両家の闘争という愁いに終止符を打ってやるぜ」

ジュリエット「やめて下さい、兄さん」

乳母「お嬢さま、そんなに動かないで、ボタンが留まらないじゃありませんか」

ティボルト「なんだ、何が気にくわないんだ」

ジュリエット「兄さん、私の婚約が近いことは知っているでしょう。お願いだから、結婚式が済むまでは誰とも決闘しないで」

ティボルト「馬鹿野郎、俺が負けるとでも思ってるのかよ」

ジュリエット「思ってないわ。でも兄さんは短気だから、正規の決闘を踏み外したり、乱闘を起こしたり、居酒屋の亭主をお撲ちなさったり、何があるか分からないじゃない」

ティボルト「いや、居酒屋の亭主は、あれは酒を出さねえからさ」

ジュリエット「お願い、私が結婚するまでは、決闘も乱闘もやめて。ねえ、私のことが嫌いなの。嫌いでないなら、子供の頃から遊んでくれたじゃない、妹の頼みなのに、聞いて下さらないの」

ティボルト「分かったよ、果たし状は出しちまったんだから仕方がない。断ってきたらこっちから踏み込んだりはしねえよ。それで好いだろ」

ジュリエット「ありがとう兄さん。私が幸せになれたら、きっと兄さんたちも幸せになれるわ」

ティボルト「大変なのぼせっぷりだな。そんなにパリスって奴はいい男かね。ごちそうさまだなジュリエット」

ジュリエット「約束したからね。破っちゃ駄目よ」

ティボルト「おう」

(ティボルト、立ち去る。)

乳母「はいはい、これで用意が出来ましたよ。まあ、可愛いお姿だこと、まるで小さい頃やった結婚式のおままごとみたいですわ」

ジュリエット「ばあや、おままごとじゃないわ。決死隊よ、決死隊」

乳母「お願いでございます、パリスさんの前でそんなふしだらな言葉を使うのだけはおやめ下さい。ばあやの頼みですよ。一言で嫌われてしまうかも知れない」

ジュリエット「大丈夫。私の愛する人は、そんな小さなことで私を捨てたりしないから、ああ幸せに向かってまっしぐら。ばあや、行ってきます」

(ジュリエット退場。)

七  ロレンス神父の教会

(ロレンス神父とロミオ。うろうろと落ち着かないロミオ。)

ロレンス「少し落ち着くのだ。聖なる婚礼の儀式に、蛇に睨まれたネズミのような振る舞いは慎みなさい。主のほほえみという最高の祝福を受けられず、二人の婚礼が不幸な最後を向かえたらどうする」

ロミオ「ああ、すいません神父様。立ち止まると、この辺がそわそわとして。僕はもうどんな悲しみが押し寄せても決して怯まない。ジュリエットを妻と呼べる幸福を、どうして奪い去ることが出来るだろう」

ロレンス「焼け石に水だが聞いておきなさい。激烈な愛情というものは、感極まった花火のように、煌びやかに華開き、一刹那に燃え尽きてしまう。それは芸術家の好題目だが、真の幸福ではない。お前が永久(とわ)の幸せを願うなら、もっと落ち着いて、主の御心を歌い上げるような、穏やかな愛情を奏でることだ」

ロミオ「分かります。分かります。歌い仕る御姿(うたいつかまつるおんすがた)でしょう」

ロレンス「歌い仕る御姿だと。それは一体どういう意味だ」

ロミオ「ああ落ち着かない。神父様、なんですこの沢山の乾燥した草は。教会に雑草とは不釣り合いだ」

ロレンス「今、薬を調合している最中(さいちゅう)なのだ」

ロミオ「ははあ、幸せになれない人に幸福感を与える夢の薬ですね」

ロレンス「馬鹿を言ってはいけない。それは悪魔の管轄する薬ではないか。口ばかり先走りおって」

(ジュリエット入場。)

ロミオ「ああ、ジュリエットが来た。まだ覚めていない。昨日の夢は、やはり現実だったんだ」

ジュリエット「ああロミオ。私もすべてがマブ女王の夢で、ここに来て誰もいなかったらどうしよう。胸が張り裂けて死んでしまうんじゃないかって」

(ロミオ、ジュリエットの手を握る。)

ロミオ「ほら、夢じゃない。こんなに暖かいんだ」

ジュリエット「私、ばあやを誤魔化すのが大変だったわ」

ロミオ「僕もこの服装で精一杯だった。だって正装なんかしたら、怪しまれるし、あまりカジュアルでは決まりが悪いし」

ジュリエット「私も、これで大丈夫かしら」

ロミオ「綺麗だよジュリエット。橋で見た時は清楚だったけど、今日の服装はもっと華やかで愛くるしい」

ジュリエット「ロミオも、橋のときよりずっとハンサム」

ロレンス「そこのご両人、お取り込み中まことに申し訳ないが」

ジュリエット「ああ神父様、申し訳ありません。心が勝手に羽ばたいて、飛んでいるように上の空。悪気があるわけじゃないのです」

ロレンス「やれやれ、婚礼を控えた恋人たちには、大司教でも話しかけない方がよい。どんな言葉も上の空なのだから。さあ、こちらにおいで。誰もいない結婚式だが、主はお前たちの婚礼を見守ってくださる。エスカラス大公には、後で話を付けておこう」

(婚礼の儀式。祝福の鐘の音が鳴り響き、幕が閉じて、第二幕終了。)

第三幕

一  ヴェローナの街の路上

(幕開く。マキューシオ、ベンヴォーリオ、後景に町の人たちなど。)

マキューシオ「やれやれ、ロミオの奴また行方不明だぜ」

ベンヴォーリオ「昼飯を平らげたと思ったら、突然店を走り出していった」

マキューシオ「あんなに慌てて、まるでヘルメースの靴でも履いたみたいに、足が宙に浮いていた」

ベンヴォーリオ「疑う余地はない。ロミオの奴、運命の恋人に鉢合わせしたんだ。確か橋の女とかいってた」

マキューシオ「昔話にもあるじゃねえか、橋から水面(みなも)を眺めると好きな女の顔が浮かんできて、どうも俺を呼んでいる気がする。おおい、おおいと呼んでみると、はあい、どなたと声がする」

ベンヴォーリオ「それで川に飛び込むのか。まるでダンテとベアトリーチェだな」

マキューシオ「ああ、ダンテが詩人を気取って橋の上を歩いていると、天(あま)の羽衣を優しくまとい、地上に舞い降りた理想の恋人。ベアトリーチェの柔らかい存在感に圧倒されたダンテは、目眩たちまち視界を遮り、狼狽たちまち胸を駆け巡る。はかなくも橋の上から転げ落ちて、哀れアルノ川をどこまでも流れていきました」

ベンヴォーリオ「それでフィレンツェを追放だっけ?」

マキューシオ「俺に聞くな。フィレンツェなんて言葉は大嫌いだ」

ベンヴォーリオ「とにかくロミオは、夢の女と再会したんだ」

マキューシオ「舞踏会で神秘の再開、喜び高鳴る鼓動を抑え、ベットに入れば二人きりってやつか。ロミオの野郎、そのままベットに押し倒して、柔らかな世界を駆け巡って、朝のまだきの小鳥の歌に、お早うって挨拶なんか交して、モーニングキッスなどいたすのか。ちくしょう、憎いぜこの野郎」

ベンヴォーリオ「お前は、ペトラルカなみの詩人になれるかも知れない」

マキューシオ「詩人なんか大嫌いだ。お前も《ケンジとかチューヤ》とかを持ち歩くのはやめろ」

《詩人の名前は好きなのをどうぞ》

ベンヴォーリオ「大きなお世話だ。ロミオで持ちきりだけど、恋の悩みの一つや二つ、誰だって抱えて生きてるんだ」

マキューシオ「ほう、それなのに舞踏会場なんかに出かけて、恋人に申し訳は立つんですか、ベンヴォーリオ君」

ベンヴォーリオ「一夜(ひとよ)の友ってことわざを知らないのか。一夜なら友情で済むんだ」

マキューシオ「そんなことわざは初耳だ。まあ、俺は覚える前から使っているから問題ないがな」

ベンヴォーリオ「さすが二股のマキューシオ」

マキューシオ「残念でした、今は三股(みまた)。でもまた、股があったら入りたいくらいさ」

ベンヴォーリオ「またまたご冗談を。やっぱり貴族の肩書きで釣り上げるのかね」

マキューシオ「焼くな焼くな。肩書きだって人格の一部だ」

(ティボルト、サムソン、グレゴリー入場。)

ティボルト「これはこれは、誰かと思えばモンタギューの若頭。親父の話だと昨日は男同士でダンスなどなさったそうで」

ベンヴォーリオ「どういたしまして」

グレゴリー「兄貴、なんでそんな恥ずかしい真似をしたのかな」

ティボルト「さあな。女に困り果てて、やけでも起こしたんじゃねえのか」

ベンヴォーリオ「そういうあなたも、素行不良で舞踏会から追い出されて、やけを起こして居酒屋の亭主をお撲ちなさったそうですが、欲求不満の賜物(たまもの)かさぞかし活気にあふれたことで」

ティボルト「玉の物が欲求不満だと、お前と一緒にするな。人が慣れない言葉を使って、丁寧に話しかけりゃ調子に乗りやがって。よくも我家(わがや)の舞踏会を蹂躙(じゅうりん)しやがったな」

ベンヴォーリオ「欠席したんだから、いいじゃないか」

ティボルト「お前らを見て吐き気を催したんだよ。女に飢えてやきが回ったからって、敵(かたき)の舞踏会からお裾分けを貰おうなんて、そんな恥ずかしい真似、おいグレゴリー、お前できるか」

グレゴリー「そんな貧乏臭いこと出来ねえよ」

ティボルト「貧乏が板についたビンボーリオなら出来るってか」

ベンヴォーリオ「お前の脳みそほど貧困はしてないがな」

ティボルト「なんだと、この野郎」

サムソン「兄貴、今は相手が違う」

ティボルト「おっと、ロミオを捜してるんだった。おい、なぜあいつは一緒にいねえんだ」

マキューシオ「そいつらと違って、忠犬よろしく従ってるわけじゃないんでな」

グレゴリー「兄貴、俺、剣を抜いちゃうぜ」

ティボルト「放っておけグレゴリー、こいつはモンタギューじゃない。俺たちとは何の関係もないお偉い貴族だ。金魚のなんとかみたいに、ロミオに従う腑抜け共に用はねえ。行くぞ」

二人「おう」

マキューシオ「待て、ティボルト」

ティボルト「なんか用か」

マキューシオ「今なんと言った」

ティボルト「用はねえって言ったんだよ」

マキューシオ「その前だ」

ティボルト「台詞が聞えなかったのか。心配のあまり忠告してやるが、すぐに医者にでもかかったらどうだ」

マキューシオ「果たし状に『了解来たりて、日時を欲す』なんて書いているような奴に、言われる筋合いはない」

ティボルト「なんだと貴様、ロミオ宛の果たし状を勝手に読みやがったな。おい、マキューシオ、モンタギューの金魚のふん野郎。まがい物のにせ貴族。お前のうわさ話を知ってるか。あんなにモンタギューの尻ばかり追いかけて、お前の本当の親父は、モンタギューじゃねえかってな」

マキューシオ「なんだと貴様、すぐに剣を抜け」

ベンヴォーリオ「よせ、マキューシオ」

マキューシオ「止めるな、家の屈辱を見逃せるか。ティボルト、貴様に正式に決闘を申し込む。立会人は、お前の部下二人と、ベンヴォーリオ。理由は果たし状も書けない愚か者に、我が家柄を罵られたため」

ティボルト「そうこなくっちゃ面白くねえ。決闘なら喧嘩と違って、大公に咎め立ては出来ねえはずだ。今更謝っても手遅れだぜ」

マキューシオ「這いつくばって泣きを見るのは貴様だ」

(二人、剣を抜いて闘う。ロミオ、叫びながら入場。)

ロミオ「待て、お前たち。やめろ、すぐに剣をしまえ」

ティボルト「おっと大本命の登場だ」

ロミオ「馬鹿、大公の宣言を忘れたか。二人とも剣を引くんだ」

マキューシオ「止めるなロミオ、これは正式な決闘だ」

ロミオ「これが決闘だと。馬鹿をいうな、どうみたって路上の喧嘩だ。ティボルト、お前はキャピュレット家を潰したいのか」

ティボルト「なんだとこの野郎」

ロミオ「少し落ち着いて僕の話を聞け。今はお前と争いたくないんだ」

ティボルト「ふざけるな、俺はお前を突き刺すことしか頭にねえんだ。えい、一旦離れろ」

マキューシオ「ロミオ、邪魔をするな」

(ティボルト、マキューシオ、離れる。)

ロミオ「いいか、立ち会いってのは、しかるべき地位の人間が行なうものだ。身内同士を立会人にして、負けた方が証言に応じると思うか。キャピュレットは敵(かたき)だが、ヴェローナの名門だ。こんな軽はずみな争いで幕を閉じたいのか」

ティボルト「黙れ。年長者みたいなことを抜かす野郎だ」

ロミオ「それにお前には妹がいるじゃないか。かわいい妹の幸せまで奪う権利があるのか」

ティボルト「なんでお前が妹の心配をしやがる。よりによってジュリエットを思い出させやがって。忌々しい、怒りがへし折れちまったじゃねえか。今朝顔を見たのがいけなかった。もういい、今回はお前が一言詫びを入れるなら見逃してやらあ」

ロミオ「ああ、今回のことは不注意だった。なかったことにしてくれ」

ティボルト「くそったれ、聖職者気取りの、腰抜け野郎め。おいお前ら、もう行くぞ」

(三人、立ち去ろうとする。)

マキューシオ「待てティボルト、お前の相手は俺だ」

(マキューシオ、振り向くティボルトに剣を振るう。避けるティボルト。腕にかすり傷。)

ティボルト「てめえ!」

マキューシオ「人のことを無視する気か、貴族のプライドを見くびるな。ロミオ、お前とはもう絶交だ。こんな腑抜けだとは思わなかった。何が不注意だ、お許しくださいだ、キャピュレットに土下座して泣き寝入りか」

ロミオ「よせ、マキューシオ」

(二人、ロミオに構わず闘う。しばらく剣を交えた後、ティボルト、マキューシオに一突き。倒れるマキューシオ。)

(ロミオとベンヴォーリオ、マキューシオに走り寄る。)

マキューシオ「やられた。ロミオ、お前が腰抜けのせいで、冷静を保てなかったんだ。いいか、俺を友達だと思っているなら、ティボルトの奴を討ち果たせ。俺の死に意味があることを見せてくれ」

ロミオ「マキューシオ、マキューシオ、しっかりしろ」

ティボルト「まるで宮芝居の真似だな。お前ら、行こうぜ」

二人「おう」

ロミオ「待てティボルト。マキューシオが天国に行く前に、お前を地獄に送ってやる」

ティボルト「そうこなくちゃ面白くねえ」

(二人しばらく闘う。やがてティボルト、胸を刺されて倒れる。グレゴリーとサムソン、剣を抜く。)

グレゴリー「ロミオ、貴様」

サムソン「仇(かたき)討ちだ」

ロミオ「馬鹿、まだ生きている。息のあるうちに家族を連れてこい」

(ティボルトうめく。二人顔を見合わせ、慌てて走り去る。)

(ロミオがマキューシオの方を向くと、倒れていたティボルト、いきなり立ち上がって斬りかかる。慌てて避けるロミオ。軽い傷を受ける。ロミオ、怒りにまかせて斬り返し、すこし剣を交えるが、ついにティボルトの心臓を貫く。倒れるティボルト。ロミオ、マキューシオの方に走り寄る。)

ロミオ「マキューシオ、見たか、お前の仇(かたき)は取ってやったぞ」

マキューシオ「サンキューロミオ。お前はやっぱり俺の親友だ。くそ、だんだん頭が霞んできたぜ。ああ、もっといろんな女を抱いてみたかった。こんなに簡単に終わっちまうのか。あばよ、ロミオ、ベンヴォーリオ。三人つるんで、楽しかったなあ」

ベンヴォーリオ「しっかりしろマキューシオ、もう一度舞踏会で踊ってくれよ」

マキューシオ「やめてくれよ、男同士で。恥ずかしいじゃねえか」

(マキューシオ、首が折れる。)

ロミオ「マキューシオ、マキューシオ」

(遠くでラッパの音。)

ベンヴォーリオ「ロミオ、警備兵が来る。後は俺に任せて逃げろ」 ロミオ「嫌だ」

ベンヴォーリオ「捕まって処刑されたら、マキューシオの無駄死にじゃないか。逃げろ」

ロミオ「くそ」

(ロミオ、走り逃げる。ベンヴォーリオ、マキューシオを抱えたまま泣く。市民に先導されて兵が入場。ベンヴォーリオを捕らえる。幕。)

二  エスカラス大公の館

(エスカラス大公とパリス、配下の兵たち。)

エスカラス大公「マキューシオは遠い親戚ではあるが、審判に私情を持ち込んではならない。ベンヴォーリオ、およびキャピュレット家の若者二人、市民たちの話を重ね合わせると、マキューシオとティボルトのいさかいに関しては、マキューシオ側から決闘を申し込み、ティボルトとロミオのいさかいに関しては、果たし状が存在するため、正式な決闘と認めて構わないように思う。パリス、何か意見があれば進言するがいい」

パリス「つまり今回の事件に関しては、両家の罪は問わないという事でしょうか」

エスカラス大公「勢力もあり名門でもある両家を取り潰すには、十分な罪状とはいえない。ヴェローナのためには、財産を奪い追放するよりも、両家をおとなしく本業に従事させたいというのが、私の願いだ」

パリス「他の都市に貿易の優先権を奪われては困ります。私も大公の意見に賛成します」

エスカラス大公「よろしい。直ちに以下の判決をキャピュレット、モンタギューに伝えよ。二つの斬り合いは共に決闘と認め、両家の取り潰しにはいたらないとする。しかしこれに伴い争いが生じた場合は、我が軍隊を差し向けて両家を討ち果たす覚悟がある。なお当事者のロミオには、当面ヴェローナからの追放を言い渡す。本日に限り猶予を与えるが、明日(あす)以降見かけた場合は無条件に処刑とする。お前たち、くれぐれも仇討(あだう)ちを起こさないよう念を押すのだ」

配下の者たち「はっ」

(数名立ち去る。大公とパリスは残る。)

パリス「実はご相談があります」

大公「お前が相談とは珍しい。何でも話すがいい」

パリス「前々から申し込んでいたのですが、キャピュレット家の娘を妻として迎え入れたいと思っています」

大公「キャピュレット家の娘だと。あそこの男たちはみな言葉汚く、礼節をわきまえない。今回の争いの当事者ではないか。キャピュレットをお前と血縁にするのは気乗りしないが」

パリス「娘は違います。娘は幼少の頃より優れた家庭教師につき、淑女のマナーも貴族の言葉使いも心得ています。清楚で上品で私の妻としても、差し支えないと判断します」

大公「それは判断ではい。好きで好きでたまらないと、顔にそう書いてある」

パリス「これは失礼しました。しかし冷静を忘れ、夢に溺れているわけではありません」

大公「そう願いたいものだが、恋愛とは危険なものだ。恋に焦がれる想いだけは、理屈で止めることが出来ないもの。まあせっかくの頼みだ、小さな傷には目をつぶり、喜んで信任してやろう。式が済んだら改めて届けるように」

パリス「ありがとうございます」

大公「私はこれから皇帝との会談に向かわなければならない。明後日の日没には戻るが、不在の間の代理はお前に任せる」

パリス「かしこまりました」

(二人、退場。)

三  ジュリエットの部屋

(ジュリエット、部屋の中を歩き回る。)

ジュリエット「私ったら大変。一目惚れの恋人に再開して、その日のうちにファーストキス。翌日には婚礼を済ませて、今夜はどうしよう、新婚初夜だなんて。夢みてるみたい。恥ずかしいわ。こんなに短い間に女の一生を駆け抜けて、幸せも今がクライマックスじゃないかしら。主よ、どうか私を末永く見守りたまえ。いいえ、そうじゃない、未来のことよりまずは今夜だわ。主よ、とにかく今夜です。夜になったら家族の様子を確認して、部屋の鍵を閉めて、皆が寝静まるのを待つ。部屋の灯りを消して、窓辺に一つだけ灯火をかかげる。そしてバルコニーに縄をおろす。ああ、頭で練習ばかりして、本番を失敗したらどうしよう。でも上手くいったら上手くいったでその後は……いやだわ、私ったら妄想が過ぎるわ。ちょっと歌でも歌って、気を紛らわせよう」

(ジュリエット歌う)

夜更けをまとってあなたの影を
包むこころのもとなくて
ほころぶ花びら指先ふるえて
生まれたまましたあこがれと
膨らみかかった恋のつぼみは
恐れる闇をひらきます

ともして欲しくてあなたの瞳
ささやくだけではさみしくて
見つめかえせば指先ふるえて
生まれたばかりの口づけと
窓辺にそっと夢をうつして
星降夜のいのりです

二階のちいさなバルコニー
しずかに縄を投げおろし
あなたの姿を待っています
あなたが来るのを待っています

ジュリエット「ああ、ばあやは何をしてるのかしら。一人でいると落ち着かないわ。ねえ優しい夜、愛すべき暗闇、早くロミオを手渡して。彼が死んだら返してあげるわ、小さく刻んで星のかけらにして。その日夜空は流れ星で一杯になり、誰もが暗闇の優しさに気づくでしょう。そして私もロミオと一緒に星屑となって、夜空を小さく照らしましょう。ああ、私ったらとんでもない妄想家だわ。まるでお祭りの前の晩に、新しい服を買って貰って、でも着るのはあしたですって、焦らされている子供みたい。あら、なんだか騒がしいわ。何かあったのかしら」

(ジュリエット、入り口の扉を開ける。)

ジュリエット「どうしたのかしら。喜びの島にふさわしくない、悲しみの声がこだまする。やだわ。知りたくないわ。どこかに隠れてしまおうかしら。ばあやだわ、ばあやが私を呼んでいる。この小さな島から出たら、悲しみの荒らしが吹き荒れて、私は幸せに帰ってこれないかもしれない。ああ、ばあや、今行くわ。今行きます」

(ジュリエット、部屋から去る。)

四  教会

(ロレンス神父とロミオ。)

ロレンス「なんということだ。お前は軽率という名の拳(こぶし)で、緻密に仕上げた細工時計の歯車を、見るも無惨に打ち壊したのだ。これでお前の幸せも、二人の結婚生活も、両家を結びつける架け橋も、何もかも木っ端みじんだ。婚礼の誓いを決闘の宣誓に変え、結婚指輪をはめたまま殺人を行なうとは、主に対するなんたる冒涜(ぼくとく)。これで大公の承認を得ることも不可能だ。もう私は知らない。せっかくの計画が水疱(すいほう)に帰した」

ロミオ「神父様、目の前で親友のマキューシオが殺されたんです」

ロレンス「お前には止めるすべがあったはずだ」

ロミオ「僕は止めたんだ、ティボルトに詫びまで入れて。しかし運命が些細(ささい)な悪戯をして、マキューシオを駆り立て、彼はティボルトに立ち向かって刺し殺された」

ロレンス「そこでやめておくべきだった」

ロミオ「親友が殺されて、その相手を許すのですか。男の恥だ、卑怯だ」

ロレンス「落ち着くのだロミオ。主は相手を許す寛容の精神を最も尊いものだと説いている」

ロミオ「そんな神など偽りだ。愛する者を殺され、それを許すなんて、そんな寛容は偽善だ。独りよがりだ」

ロレンス「分かった、お前には聞く耳がないのだな」

ロミオ「あなたには、真実を見る眼が付いていないんだ」

ロレンス「若者の正義は狭い。あまりにも狭い。では聞くが、お前のために悲しむ者たち、妻となったジュリエットの幸せに対して、お前はどう責任を取るつもりだ。手を貸した私に対する責任は」

ロミオ「ああ、ジュリエット、その名前を出されてはもう駄目だ。僕は贖罪の許されない罪を犯してしまった。妻の兄を刺し殺すなんて。十字を切って涙を流しても、ジュリエットは許してくれない。僕に騙され踏みにじられた怒りで、復讐を誓っているに違いない」

ロレンス「真の正義とは、目の前の義に走ることではない。主の説く寛容とは、すべてを包む正義なのだ」

ロミオ「もう手遅れです。僕はこの手で妻の兄を突き刺した。神父様、僕は死刑でしょうか。ジュリエットの心まで斬ったのだ、兄弟二人を殺した猟奇的殺人者には、相応の最後を与えたまえ」

(ロミオ、自らの剣で自決しようとするが、神父が杖で剣を叩き落とす。)

ロレンス「何をする。愚か者。ティボルトを殺し、ジュリエットを苦しめ、その上みずからを殺めるのか。悲劇を気取るのもいい加減にしろ」

ロミオ「ああ、僕はどうしたらいいんだ」

(聖職者一人入ってくる。ロレンスに何か囁く。)

ロレンス「よろしい、通しなさい」

(聖職者立ち去る。)

ロレンス「ロミオ、両親が判決を伝えに来たようだ」

(モンタギュー、その夫人、ベンヴォーリオ、バルサザー入場。)

ロミオ「父さん、母さんも」

モンタギュー「ロミオ、よくもやってくれたな」

ロミオ「父さん、迷惑をおかけして」

モンタギュー「いやさすがだ、それでこそ我が息子。よくやってくれた。さあ、手を取って褒めてやる、褒めてやるぞ」

ロミオ「痛い、痛い。父さん、そんなに振り回さないで下さい」

モンタギュー「ついに致命傷を与えてやったのだ。キャピュレットめの跡取りを葬ってやった。さすがワシの息子だ。スズカケなどへ入り浸って心配しておったのだが、いや済まなかった、お前は常に臨戦体制だったのだな」

夫人「あなた、少し落ち着いて下さい」

モンタギュー「落ち着いていられるものか。今日は酒盛りの祝宴だ。ベンヴォーリオ、周到に準備を済ませるのだぞ」

ベンヴォーリオ「はい」

モンタギュー「マキューシオのことは残念だが、思えばあいつも心からモンタギューの一員だった。憎き相手のティボルトはロミオとマキューシオの二人で討ち果たしたのだ。二人とも奴の分まで、祝杯を挙げなければならんぞ。あ、いや、神父さん、失礼した、お咎めを受ける前にやめておこう」

ロレンス「すぐにやめていただきたいものです。それより、ロミオにくだされた裁判のことです」

モンタギュー「心配ご無料。いや、失礼。心配ご無用だ。ベンヴォーリオ、話してやるがいい」

ベンヴォーリオ「はい。エスカラス大公は、関係者に加え市民たちの説明を総合して、二組の殺し合いを共に決闘とする判断を下しました。私も親友の死に悲しみ震えていましたが、大公の聡明な判決に勇気を得て、今では処刑を免れたロミオのために、喜びを噛みしめるほどです」

夫人「お前はしばらくのあいだヴェローナを追放ということで、許されたのですよ。でもお願いだから、あまり心配をかけないでちょうだい」

ロミオ「すみません」

キャピュレット「ティボルトは討ち果たし、家はお咎めなし、息子もしばらくの追放で済んだ。さすがワシの息子、お前はモンタギューの誇りだ」

夫人「これまでの例から見ても、すぐにお許しが出ますよ。ああそれでも、やっぱり淋しいわ」

キャピュレット「めそめそするな、ロミオの気が鈍るではないか」

ロミオ「それで、いつまでにヴェローナを離れろと」

キャピュレット「日付が変わるまえに、ヴェローナを去らなければならん。フィレンツェの叔父さんのところに身を寄せるのだ。あそこならキャピュレットが刺客を送っても、なんの心配もいらん。だが、もちろん油断はならんぞ。さあ帰ろう、さっそく準備にかからねば」

ロミオ「先に戻ってください。僕は神父様と別れの挨拶をしていきます。ベンヴォーリオ、お前は残れ、一緒に帰ろう」

キャピュレット「ではそうしよう。神父さん、お騒がせしましたな」

夫人「ロミオ、軽く食事をしてから発ちなさい。料理を作って待っていますよ」

ロミオ「ありがとう、母さん」

(キャピュレット、夫人、バルサザー、立ち去る。)

ロミオ「神父様、僕らの愛憎のもつれは複雑で、物語の結末は誰にも分からない。でも少し心が落ち着きました。ああ僕のジュリエット、今日はなんという一日だ」

ベンヴォーリオ「ジュリエットだって!」

ロミオ「ベンヴォーリオ、後で話すから、少し黙って聞いていてくれ」

ベンヴォーリオ「分かった」

ロミオ「神父様、僕はヴェローナを追放、ジュリエットはたぶん僕のことを恨んでいる、それでも希望はあるのでしょうか」

ロレンス「追放を悲観せず、喜び迎え入れるのだ。ティボルトと闘って生きていることも幸せ、追放で済んだことも幸せ、それにお前たちにとって、すでに婚礼を済ませたことは幸せだったのかも知れない」

ベンヴォーリオ「婚礼を済ませただって!」

ロレンス「ベンヴォーリオ、お前は少し黙っていなさい。天罰が下るぞ」

ベンヴォーリオ「ああ神父様、お許し下さい」

ロミオ「神父様、僕は今夜ジュリエットの元に向かいます。このまま追放は嫌だ。忍び込んでも彼女の前にひれ伏すのだ。殺されても構わない」

ロレンス「お前はすぐ振り出しに戻る男だ」

ロミオ「お許し下さい。でも彼女には会わなければ、会って謝らなければ」

ロレンス「望むようにすればいい。若者の一途な心は神の言葉すらはね除ける。誰にも止めることは出来ないのだ。だがロミオ、合図がなかったら諦めて戻ること、そして太陽が昇る前に必ずヴェローナを離れるのだぞ」

ロミオ「分かりました。暁の女神が太陽神に日の出の催促を依頼する前に」

ロレンス「またしても、またしても太陽神などと。このロレンスまで敵に回すつもりか」

ロミオ「ああ、ごめんなさい神父様。主です、主が一日の始まりをお告げになる前に、必ずヴェローナの町を退去します。もし僕が嫌われたとしても、妻であるジュリエットのことをよろしく頼みます」

ロレンス「私に任せておきなさい。ロミオ、無茶だけはしてはいけないよ」

ロミオ「ありがとうございます。さようなら、ロレンス神父」

ベンヴォーリオ「うんんん」

ロミオ「ベンヴォーリオ、いつまでやってるんだ。もう喋っていいぞ」

ベンヴォーリオ「ロミオ、一体全体何の話だ、最初から説明しろ」

ロミオ「分かったから、すこし落ち着け」

(二人立ち去る。ロレンス、神に祈る。)

五  キャピュレット家

(キャピュレット、キャピュレット夫人、そしてパリス。)

パリス「お二人とも、悲しみと怒りをお納め下さい。苦しみが分かるといえば嘘になりますが、悲嘆に打ちひしがれて病になっては大変です」

キャピュレット「本当に済まないなあ、パリスさん。ワシはもう家などどうでもよい。若い者を集めて、モンタギューを討ち果たさなければ、殺された息子が可哀想でならんのだ」

パリス「お気持ちは分かります。しかしそれではキャピュレットも取り潰しです。代々築き上げた名門を子孫に渡すことも、あなたの大切な希望ではありませんか」

キャピュレット「その希望が死んでしまったのだ。ワシは憎きロミオを八つ裂きにして、ティボルトの無念を晴らすのだ」

夫人「待って下さいあなた。まだジュリエットがいるではありませんか。あの子が子供を産んだら、後を継がせることも出来ます」

キャピュレット「ああジュリエット、ワシの可愛い娘。五人もおったワシの子供たちが、とうとうジュリエットだけになってしまった」

パリス「失礼ですが単刀直入に申しましょう。お嬢さんを私の妻にしていただければ、私たちの子供は貴族でもあり、キャピュレット家の跡取りでもある。キャピュレットは貴族の仲間入りを果たし、争いなどしなくても、ヴェローナ唯一の名門にのし上がるでしょう。殴り込みなどもってのほかです」

キャピュレット「よう言うて下さった。さすがワシの見込んだ男前だ。あなたが本当にジュリエットを愛して下さるのなら」

パリス「葬儀の席にはふさわしくないかも知れませんがお伝えします。お嬢さんが好きです、結婚させて下さい」

キャピュレット「パリスさん、すばらしい、ワシはすこし希望が沸いてきた。深い悲しみの湖にも、わずかな喜びが眠っていて、やがて大きく沸き上がってくる。ティボルトの死にもそんな意味が込められているようで、ワシは泣きながらも嬉しいですぞ」

夫人「パリスさん、本当にありがとうね」

パリス「いえ、葬儀の席で、申し訳のないこと」

キャピュレット「ワシは決めたぞ。明日(あした)はまずいが、あさってにしよう。パリスさん、あさって、二人の結婚式を行なおう。なに娘の意向などは聞かんでもよい。兄が死んで泣きはらしているばかりだ。早く夫を探して忘れさせてやらなければ。それがあなたなら言うことなしだ。葬儀のすぐ後だが、神父様には納得して貰わねばな。いやその前に、あなたの結婚には大公のお墨付きが必要だったか。大公は反対するかもしれんなあ」

パリス「心配はいりません。すでに了承を得ています」

キャピュレット「なんとなんと。さすがワシの見込んだ男前。いたれりつくせり。これでもうキャピュレットは安泰だ。だんだん喜びが勝ってきた。悲劇とか喜劇とか人はよく分類するが、表と裏で重なり合っておるに違いない」

パリス「喜びの深きとき憂いいよいよ深く、楽しみの大いなるほど苦しみも大きい。東洋の偉大な作家もそう書いています」

キャピュレット「さすが博識じゃな。まったく博識じゃ。ワシも勉強せねばな。貴族の息子が出来るのだからな。おいお前、明日(あす)の朝になったらジュリエットに話しておくのだぞ」

夫人「分かりました。パリスさん、これからよろしくお願いしますね。今日はいろいろとありがとう。頼りにしています」

パリス「こちらこそよろしくお願いします」

(パリス立ち去る。)

キャピュレット「まったく今日はなんという日なのだ。息子の葬儀と、娘の結婚式。生涯忘れることのない日になってしまった」

夫人「十一年前の大地震のようだわ。あの頃はティボルトも、本当に小さくて。あの子、まだやり残したことが沢山あったのに」

キャピュレット「お前もワシも十分泣き尽くした。あまり嘆いて呼び止めては、ティボルトの奴が天国に帰れないではないか。ワシらももう眠ろう。小さな夢の妖精が来て、喜びも悲しみも忘れさせてくれる」

(二人退場。)

六  ジュリエットの部屋

(幕開く。深夜。暗い部屋、バルコニーの近くだけ灯りがともる。ベットの上、ロミオとジュリエット。)

ジュリエット「ロミオ、もう一度、キスして」

ロミオ「何度だって」

(ロミオ、ジュリエットにキスする。)

ロミオ「ジュリエット、本当に許してくれるの」

ジュリエット「だって、あなたの妻よ」

ロミオ「マキューシオが刺されて、胸が溶鉱炉のように熱くなって、気が付いたら決闘は終わっていたんだ」

ジュリエット「恨んでない、恨んでないわ。馬鹿な兄さん。決闘は駄目ってお願いしたのに。いつも軽はずみで、怒りっぽくって、でも私には優しかった」

ロミオ「ジュリエットの名前を出したら剣を引いたんだ。でもマキューシオが斬りかかって、ああ、まっすぐ家に戻ればよかった。でも僕がいなくても、あの二人は殺しあって」

ジュリエット「もうやめて。自分を追いつめないで。どんな時でも私は見方だから。もし家がなくなっても、家族がいなくなっても、私の体が燃え尽きても、ロミオの心がそばにあれば、私はそれでいい」

ロミオ「僕たち結婚したんだ。これからはどこまでも一緒に歩いていこう」

ジュリエット「時計の針が刻むのをやめて、今がずっと続いて欲しい。ねえ、ロミオ。フィレンツェに行っても、私のこと忘れちゃ駄目よ」

ロミオ「忘れるものか。たとえ死の神が僕の命を奪っても、魂は地上に留まって、必ずジュリエットに会いに来る」

ジュリエット「そんなのは嫌。私たちは末永く一緒に暮らすの。ロミオ爺さんとジュリエット婆さんになって、一緒に今日のことを思い出すのよ」

ロミオ「そりゃいいや。一緒にお茶を呑みながら、日向ぼっこも悪くない」

ジュリエット「でもその頃には私たちにも孫がいて、私は言って聞かせるの。私の若い頃はカッフェなんか蓮葉(はすは)な飲み物で、これを景徳鎮(けいとくちん)の器に入れていただいては、よく叱られたものですって。すると孫は、蓮葉なんて言葉は知らないものだから、おばあちゃん蓮の葉のお茶なんて聞いたことないよって」

ロミオ「なんだジュリエット、そんなことしてるのか。カッフェなんて、イスラム商人の恐ろしい飲み物だって、親父に怒られたことがある」

ジュリエット「あらおいしいのよ。まだ、誰も知らない秘密の飲み物。それがね、お婆さんになった頃には、ヴェローナで大流行」

ロミオ「じゃあ、二人でお店を作ろうか」

ジュリエット「ロミオ、すてきな夢。だから早く帰って来て。でも私たちしばらく認めて貰えないかも知れない」

ロミオ「大丈夫。ベンヴォーリオの話では、大公は僕に好意的らしい。さっき神父様に叱られたんだ、絶対に希望を捨てずに前向きに生きなくちゃ駄目だって。すぐに感情に走って、喜怒哀楽に任せて突き進むなって」

ジュリエット「分かったわロミオ。パンドラの手元に残った希望という贈り物を、そっと抱いてあなたを待つわ」

ロミオ「ああ、ずっと今だったらいいのに」

(二人しばらく抱き合っている。《例えばしばらく音楽が流れる。》空がすこし明るくなって、やがて遠くでヒバリの声がする。)

ロミオ「ヒバリが鳴いた。もう行かなくては」

ジュリエット「いや、行ってしまうなんて。あれはナイチンゲール、夜の鳥だわ」

(ロミオ、ベットから離れて準備をする。)

ロミオ「あれはヒバリだ。朝焼けを告げる光の帯が、東の空に浮かび上がって、瞬く夜空の灯火が、ぽつりぽつりと消えていく」

ジュリエット「結婚してたった一日、こんな別れはあんまり」

ロミオ「もう行くのをやめて、殺されてもいい、ここに留まっていたい」

ジュリエット「駄目よ、早く行ってロミオ。私の最後の幸せなんだもの」

ロミオ「ジュリエット、僕の最後の幸せ。必ず戻ってくる。友人のベンヴォーリオにはすべてを打ち明けたんだ。何かあったら彼に伝えてくれ。ああジュリエット、お別れのキスを」

(ロミオ、キスをする。ジュリエット、キスを返す。)

ロミオ「さようなら、僕のジュリエット」

ジュリエット「さようなら、私のロミオ」

(ロミオ、立ち去る。第三幕終了。)

第四幕

一  教会

(ロレンス神父一人。小さな水晶玉のような丸薬を眺めている。)

ロレンス「なんと麗しい。紺碧深淵(こんぺきしんえん)の湖に幾千年浸した水晶を溶解し、一刹那を球体に封じ込めたような瑞々しさ。これが植物から生成された薬だろうか。私は新しい鉱物を創世したのかも知れない」

(パリス入場。ロレンス、慌てて薬の入った籠を隠す。)

パリス「ロレンス神父、お久しぶりです」

ロレンス「これはパリスさん。大分お急ぎの様子だが」

パリス「生涯の大切な節目を向かえ、お願いに上がりました」

ロレンス「少し前、似たような話があった。婚礼を執り行いたいという願いではないか」

パリス「熟練者の経験が描き出す鏡には、すべてが鮮やかに映し出されるもの。まさにロレンス神父のおっしゃるとおりです。淑女の眼差しを一身に浴びる私も、妻をめとらばのシーズンを迎え、婚礼の宴を開催する運びとなりました」

ロレンス「それでいつ結婚式を」

パリス「明日(あした)です」

ロレンス「明日とはまた急な。最近の若者は、手が触れ合っただけで結婚式にいたるのか」

パリス「実は先方からの依頼です」

ロレンス「それで相手は誰なのだ」

パリス「キャピュレット家の娘です」

ロレンス「なんですと」

パリス「なにか」

ロレンス「失礼ながら、そのような結婚は剣呑(けんのん)ですぞ」

パリス「危ないとはどういうことです」

ロレンス「いや、つまり、キャピュレットといえば、昨日葬儀をしたばかりではないか。悲嘆にくれるジュリエットの了解があるとも思えない」

パリス「キャピュレットは娘の悲しみが魂を飲み込んでは大変だと心配し、女性にとって一番の幸福、このパリスとの婚礼によって、不幸を覆い隠そうと考えたのです。私がそばにいて、朝な夕なに、彼女の悲しみを取り除いてみせる」

ロレンス「果たしてどうしたものか」

パリス「ロレンス神父、私に何か不足でもあるのでしょうか」

ロレンス「いや、そうではない。しかし大公の了承は得られたのかな」

パリス「もちろんです。万事順風憂いなし、航海の安全は間違いありません」

ロレンス「出航前は誰でもそう言うものだ。人生には予測も出来ない天変地異が不意に襲ってくるもの。私の考えるところこの結婚は」

パリス「心配して下さるのですね。でも大丈夫。準備は周到、婚礼は明日の朝です。どうかキャピュレット家にいらして下さい。小さな礼拝堂で儀式を済ませ、それから盛大な祝宴です。ではロレンス神父、これから挨拶回りがあるので失礼します」

ロレンス「ああ待ちなさい、パリスさん」

(ジュリエット、走り込んでくる。)

パリス「ああ、愛しの妻よ、どうしました」

ジュリエット「それは夫が言う台詞です」

パリス「これは失礼、気が早すぎた。麗しの恋人よ」

ジュリエット「それは恋人が言う台詞です」

パリス「これはつれない。まだ亡き兄のことが心から離れないのでしょう。私があなたの心から悲しみを追い払い、幸せで満たしてみせます。その時あなたの瞳は輝きを取り戻し、柔らかな唇には微笑みが宿ることでしょう」

ジュリエット「貴族の修辞法は、言葉きらきらなんですね」

パリス「そのとおりです。あなたにも覚えて貰わなければ。私が手を取り腰を取り、昼も夜も貴族の作法を伝授しましょう。では明日(あした)」

(パリス、立ち去る。)

ジュリエット「ああ神父様。ひどい、あんまりだ」

(ジュリエット、泣き出す。)

ロレンス「少し落ち着きなさい」

ジュリエット「助けて下さい。絶望という名の毒矢に射抜かれ、心の歯車が壊れてしまった。喜びと悲しみ、幸せと不幸があまり早く交替するので、魂が悲鳴を上げて助けを求めています。どうかお慈悲を」

ロレンス「ああジュリエット。繊細に作りすぎたのかもしれない。細工時計の歯車がゆがんで、時の刻みが狂ってしまったのか」

ジュリエット「家(うち)を出て、ロミオの所まで逃げるしかないわ」

ロレンス「落ち着きなさい、お前一人でどうやってフィレンツェに行くのだ」

ジュリエット「私、パリスなんて人のところに連行されるのは嫌。何が手取り腰取りよ、何だか下品だわ、化けの皮が剥がれたのよ」

ロレンス「よほど気持ちが高揚していたのだろう」

ジュリエット「神父様、お聞きします。主の前で果たした宣誓は破ってはならないもの。守らなければならないもの、違いますか」

ロレンス「それはもちろんだ」

ジュリエット「では力をお貸し下さい。神父様しかすがる人がありません。パリスに売り飛ばされるくらいなら、自らの胸を貫いて、天国に行ってロミオを待ちます。私の心と体を、ロミオ以外に触らせてなるものか」

ロレンス「お前たち若者は、すぐ殺すか死ぬかで物語を終わらせようとする。理性を振り絞って解決を模索する努力もせず、衝動に走る、暴れ回る、突然泣き出す。若者の悪い癖だ」

ジュリエット「あんまりです。お父様に結婚を強要されて、どなられ突き飛ばされて、泣きながら思い悩み、懺悔(ざんげ)と偽ってここまで走って来たのです。そんな傍観者みたいな言葉で私を刺すのね。聖職者なんてみんな薄情者だわ」

ロレンス「落ち着きなさい。そんなところまでロミオの真似をしなくてもよい。私も懸命に考えているのだ。円満な解決のためには、やはり大公におすがりするのが最上の方策。しかし昨日の決闘で歯車が狂い、二人の結婚を告げることが出来なくなった。そのあいだにパリスが婚約者となって、お前と結婚とはどういうことだ。まるで周到に練り上げられた悪魔の罠にかかって、じりじりと追いつめられているようだ。怯んではいけない。私は大公に頭を下げてでも、必ず説得してみせよう。大丈夫、彼は冷徹を装っているが、情に厚い人間なのだ」

ジュリエット「ああ嬉しい、さっそく大公の元に」

ロレンス「ところが大公はヴェローナを離れ、帰ってくるのは明日(あす)の夜なのだ」

ジュリエット「それでは後の祭りだわ。今日中に家を出るか、命を絶つしかありません」

ロレンス「待ちなさい、私に考えがある。お前にそれほどの覚悟があるならば」

ジュリエット「望みがあるのですね。お願いだから、早く教えて下さい」

(ロレンス、隠していた薬の籠を取り出す。)

ロレンス「ここに小さな夢の薬がある。完成したばかりのものだ」

ジュリエット「なんて美しい。まるで宝石みたい。神父様、これが薬なの」

ロレンス「美しさとは裏腹に、魂を操る恐ろしい薬なのだ。お前にこれが飲めるだろうか」

ジュリエット「ロミオに会えるなら、私なんでもする」

ロレンス「ではお前は家に帰って、パリスとの結婚を承諾するのだ」

ジュリエット「嫌です、承諾なんて」

ロレンス「最後まで聞きなさい。この薬を飲み干すとお前の体は硬くなり、熱は奪われ魂は凍りつき、死者の仮面を身にまとう。しかしきっかり一日後、夢から覚めた子供のように、すこやかに蘇るのだ」

ジュリエット「そんな薬が」

ロレンス「今夜八時にこれを飲みなさい。いつものカップで水晶玉を喉に通すのだ。体はたちまち硬直し、結婚の朝には死者の姿。私が婚礼を葬儀に変えてお前を弔い、先祖代々の墓に納めよう。そして夜を待って墓を開き、お前を救い出し、二人で大公のもとに向かうのだ。もし聞き届けられない時は、お前も覚悟を決めなければならない」

ジュリエット「私の覚悟は、死をおいて他にありません」

ロレンス「ジュリエット、すべての計画は生きることを前提に練るものだ。これだけは忘れてはいけないよ」

ジュリエット「神父様、ごめんなさい」

ロレンス「もしもの覚悟とは、死ぬことではない。認められない時は、私が手を貸しロミオの元に届けてやろう。お前たちは家を捨て、町を捨て、まだ見ぬ新しい世界で、共に永く生きるのだ。生活のつては何とかしよう。その時は私もヴェローナを追われることになるだろう」

ジュリエット「ああ、なんて素敵な覚悟でしょう。神父様、生きる希望が沸いてきました。運命の守護神ノルンが、私たちを見守って下さいますよう」

ロレンス「何が運命の守護神だ。そんな神がいてたまるか。よくも私が自らの職を投げだそうという時に」

ジュリエット「ああ、すみません神父様。感極まって口走った妄想です。主の御名、そうです主のご恩におすがりして」

ロレンス「ではこれを一粒持って行きなさい。いいか、決して噛んではいけないよ。沢山の水で一気に飲み干すのだ。心配することはない、失敗しても仮死にいたらないだけのことだ」

ジュリエット「それでは死んだも同然です。どうせ命を絶つのです」

ロレンス「大丈夫、私の全霊を込めた芸術作品だ。間違いなど起きるものか。すべては主のお導きのままに」

ジュリエット「お導きのままに」

(ジュリエット、ロレンスの隣りで祈る。幕。)

二  ヴェローナ近郊

(歩くロミオとベンヴォーリオ。)

ロミオ「パリスとの婚礼だって!」

ベンヴォーリオ「キャピュレットの奴、後継者がなくなったので慌てて画策して、貴族を血縁に付けようと、急ぎ結婚を取り決めたらしい」

ロミオ「明日(あした)が結婚式なんだな」

ベンヴォーリオ「明日(あす)の朝、キャピュレット家は花で埋めつくされ、礼拝堂には喜びの鐘が鳴り響く。そしてモンタギューの上に立つのだと、大いにはしゃぎ回っていた」

ロミオ「ベンヴォーリオ、すぐヴェローナに戻るぞ。ジュリエットを奪って一緒に逃げるんだ。もうお仕舞いだ。家族とも手を切って、二人で見知らぬ土地で暮らすのだ」

ベンヴォーリオ「落ち着けロミオ。跡取りのお前がいなくなったら、若頭の俺が可哀想だ」

ロミオ「このままジュリエットが奪い去られたら、寝取られ者のロミオが可哀想だ」

ベンヴォーリオ「大丈夫。ロレンス神父の話では、緻密な計画が練られているから、心配には及ばない。ちゃんとフィレンツェにもロミオ宛に手紙を書いていた」

ロミオ「それなのに、ロミオはまだこんなところにいる。ジュリエットのことが心配で、フィレンツェなんかに行ってられるか。ベンヴォーリオ、僕はその計画を見届けてから、フィレンツェに発つよ。何かあったらすぐに伝えてくれ。もしもの時は、ジュリエットをさらって逃げるんだ」

ベンヴォーリオ「神父様は明晰な方だ。心配しなくても大丈夫さ」

ロミオ「どんなに優れた計画も、実行するのは愚かな人間。気を付けないと、取り返しのつかないことになる」

ベンヴォーリオ「心配性だな。何かあったらすぐ連絡するよ」

ロミオ「頼んだぞ、ベンヴォーリオ」

(二人、反対側に立ち去る。)

三  ジュリエットの部屋

(花嫁衣装を試し着せする乳母とジュリエット。)

乳母「ああ嬉しい。明日(あした)はお嬢様の結婚式。この日をどれだけ待ちわびたことでしょう。まだこんな小さい頃、いいえこのぐらい、もっとこのぐらいだったかしら。私はお嬢様を膝の上に乗せて、歌いながらあやしてさしあげて、そうしたらお嬢様がニガヨモギのお乳に食ってかかって。おかしいですわ、この辺りをどんどんどん、どんどんどんって叩くんですもの」

ジュリエット「ちょっと手を休めないで」

乳母「本当に可愛いしぐさで、どんどんどんって叩くんでございますもの。こんな小さな子が、いつか結婚の檜舞台に立つのかしら。私、神様にお祈りしたんですの。どうかその日までお嬢様の乳母でいさせて下さいって。それが明日(あす)叶うんですもの」

ジュリエット「よかったわね、ばあや」

乳母「まあ、あなたの結婚式ですよ。そうそう、お嬢様は乳離れの前の日に、うつむけにお転びなさいましたっけ。そしたら私の髭もじゃの亭主が」

ジュリエット「ああ、ばあや。お願いだから埋もれた話を掘り起こさないで。私は未来のことで頭が一杯なの」

乳母「未来のことですって。お嬢様ったら、結婚式はまだ朝ですよ。パリスさんのベットのことを考えるには早すぎますよ」

ジュリエット「ああ、考えるだけで鳥肌が立つ」

乳母「初めてでございますものね。体が緊張してこう、固くなって、ちょっと震えてみせたりして。あら、お嬢様、こっちの靴になさいましょう。花嫁姿をユリのように清楚に引き立てますよ」

ジュリエット「じゃあ、それにするわ。もう服の準備は出来たでしょう。明日(あした)は朝から大変なんだから、もう寝るわ」

乳母「そうでございますねえ。少し前に乳離れをなさったお嬢様が、明日(あした)はもう結婚式、何だか夢のようでございます」

ジュリエット「夢を見たままお葬式まで直通かも」

乳母「いやな冗談はやめて下さい。お嬢様はまだ十四歳の手前、どんなに長い未来が、虹の向こうに輝いていることか」

ジュリエット「虹の向こうですって、今日は詩人なのねばあや。明日(あした)は随分大変だけど、よろしく頼むわね。さようなら、ばあや」

乳母「お休みなさいまし、ジュリエットお嬢様」

(乳母立ち去る。)

ジュリエット「お休み、ばあや。今度はいつ会えるのかしら」

(小さな薬を取り出してかざす。)

ジュリエット「こんな綺麗な水晶なのに、お前を見ていると、たまらない恐怖が込み上げてくる。怖い。ばあや、ばあや、もう行っちゃったの。呼び戻して、もう少しお話しをしようかしら。いいえ、駄目よジュリエット。これは私の一人舞台。スポットライトは私を照らし、観客たちは私を見詰めている。こんな小さな部屋の中でも、泣き崩れては駄目。ちゃんと最後まで演じきらなくちゃ」

(薬を見詰める。)

ジュリエット「こんな可愛らしい粒なのに、お前は恐ろしい悪魔。ねえ、本当に効き目があるのかしら。もしお前が狙い通りの効果を発揮しなかったら、私は明日(あす)の朝、パリスと結婚させられる。もう婚礼を済ませているのに。もしお前の効き目が強すぎたら、私はずっと夢の中。恐ろしい悪魔たちが集う宴会の席で、永遠に踊らされるかも知れない。そしてもし神父様が、自分の不手際を消すために、そっとしのばせた毒薬だったらどうしよう。真っ暗な冥界に連れ去られ、灯火(ともしび)のない世界の住人となる。怖い。怖いわ。もうロミオに会えないかも知れない。こうして言葉を交す、目を開いて窓の外を眺める、日の光を浴びて心暖かく、そしてロミオを思って心膨らみ、頬に手を当てるとぬくもりが暖かい。全部全部消えてなくなって、二度と取り戻せなくなったらどうしよう。私は夜をはいずり回る醜い幽霊となって、墓の中では腐りかけた死者たちが、腐敗しながらダンスを踊る。ああ怖い。どうしよう。ロミオ、あなただけを、あなただけを思って、主にお祈りしよう。主よお願いです、私を見捨てないで。ロミオ、ロミオ、勇気を下さい」

(ジュリエット、薬を口に入れてコップで飲み干す。そのままベットに倒れ込む。幕。)

四  キャピュレット家の婚礼

(幕開く。婚礼の宴。沢山の人々。)

(前景にキャピュレット、夫人、ロレンス神父。)

キャピュレット「ああ、ロレンス神父。急な申し出、ご迷惑でしたろう。葬儀の直後に婚礼の宴では、いろいろ不満もあるでしょう」

ロレンス「いえ、不満などはありません。ただあまり急なことで、少々驚いています」

キャピュレット「娘のためなのだ。かわいい娘が、兄を思って泣き濡れているのは、親として耐えられないものなのだ。どうか祝福してやって下さい」

ロレンス「もちろんです。しかし、ジュリエットの心は確認したのですか」

キャピュレット「娘の意向だと。あいつは馬鹿だ。ワシがせっかくヴェローナで一番の男を選んでやったというのに、突然喪に服するだの、若すぎて結婚出来ないだの騒ぎ出して。ワシに逆らうなどまだ十年早いわ。本当にがっかりだ」

ロレンス「すると、賛同していないのではありませんか」

キャピュレット「それが、昨日の夜、部屋に謝りに来てな。結婚には不満そうだったが、お父様のご意向に従いますときたもんだ。本当にかわいい娘だ。ワシに従っておけば間違いない。なんといっても、ヴェローナ中の乙女たちが追い求めるパリスさんの妻ですぞ。ああ、ワシが乙女だったら、娘から奪ってでも嫁になりたいわい。ほら、噂をすれば、パリスさんが到着なさったようだ」

(パリス入場。)

パリス「お早うございます、皆さん」

キャピュレット「すばらしい。今日は一段とみごとな着こなし振りだ。どうです神父様、こんな好青年がワシの息子になるのですぞ」

ロレンス「新しい息子というわけですか」

パリス「ロレンス神父、今日はよろしくお願いします」

ロレンス「もちろん、祝祭も葬儀も隔てなく、私は全力で執り行います」

(キャピュレット、全員に向かって。)

キャピュレット「どうぞ皆さんお掛け下さい。既婚の方は落ち着いて、未婚の方はそわそわと。誰も欠けずに婚礼の宴を、滞りなく取り仕切ろう。礼拝堂での誓いが済めば、今日は一日無礼講(ぶれいこう)。酔って酒を語るもよし、料理に探りを入れるもよし、花嫁花婿うらやんで、自分も恋人探すもよし。やがて手に取る互いの脈に、瞳と瞳が触れ合って、同じ鼓動を感じたときは、この婚礼がキューピット。あとのことは責任持てぬ」

キャピュレット夫人「まあ、あなたったら、随分張り切って」

キャピュレット「今日は死にものぐるいで頑張らねばならん」

夫人「パリスさん、あの人ったら二人のために、あんなに張り切って」

パリス「誠に光栄のいたり。今日は冷徹な計算機を外して来ましたから、私も年相応に羽目を外して、生涯の祝宴に華を添えるつもりです。ああ、私の妻は何をしているのだろう」

夫人「本当にウブな子供みたいなのね。ジュリエットは、何をぐずぐずしているのでしょう。ばあやを使いに出したので、ぐっすり眠っているのかしら。花婿の前でなんですけど、あの子は朝に弱くって」

キャピュレット「馬鹿を言うな。婚礼の朝に眠りこける花嫁など聞いたことがないわ。恥ずかしさのあまりぐずっているのだろう」

夫人「私が祝宴の準備を確認しながら、ジュリエットを連れて来ましょう。パリスさん、楽しみにしていらっしゃい」

パリス「いえ、これは。よろしくお願いします」

(夫人退場。替わって楽師たち入場。)

キャピュレット「さあさあ、皆さん。祝宴を賑わす楽師たちが到着した。さあ、お前たち、予行演習に一曲頼む。婚礼にふさわしい曲を、愉快に楽しく踊っておくれ」

(楽師たち、歌と踊り。歌詞とそぐわない陽気な音楽である。)

今は黄金(こがね)の季節だから
 人々は手を取り浮かれ騒ぎ
  憂いもみせず花咲き乱れ
 愛し合うことをよしとした
  悲しみもなく誰もが笑う
   神の創った理想の里で
    苦しみもなく誰もが集う
   争いのない理想の里で

黄金の季節の幸福に
 人々は手を取り浮かれ騒ぎ
  神の愛した花咲く丘で
 足をならして踊りくるった
  理想の里に雷(いかずち)が落ち
   すべての幸せが焼き尽くされた
    理想の里に雪がつもり
   すべての幸せが埋もれていった

今は銀(しろがね)の季節だから
 人々は手を張り罵り合い
  疲れもみせず争いにくれ
 互いの命を奪いつづけた
  喜びもなく誰もが憎む
   神の見下ろす大地の上で
    幸せもなく誰もが呪う
   怒り狂った雷雨の下で

銀の季節のおぞましさに
 人々は手を取り涙を流し
  花を忘れた荒野の丘で
 神に祈って大地に伏した
  理想の里に帰らせたまえ
   小さな種(たね)に思いをたくし
    理想の里に帰らせたまえ
   花咲く頃に願いを込めて

(曲終わる。皆の拍手。楽師たちの礼。)

キャピュレット「うまいものだ。ワシも楽しくなってきた。おい、お前たち、これをやるから取っておけ。今日は一日よろしく頼むぞ」

(キャピュレット、チップをはずむ。)

キャピュレット「ところでパリスさん。大公は見えられんのかな」

パリス「大公は皇帝との会見という重要な責務にたずさわり、戻られるのは夕暮れ頃です。私たちはそれから大公の元に参りましょう」

キャピュレット「すばらしい。いつでもリードして下さる。ジュリエットも幸せ者だ」

(突然遠くに、キャピュレット夫人の叫び声。)

キャピュレット「どうしたというのだ」

パリス「ただならぬ悲鳴だ。何があったのだろう」

夫人の声「あなた、あなた、助けて、パリスさん。早く、早く来て」

キャピュレット「皆さん、そのままお待ち下さい。パリスさん、二階だ、ジュリエットの部屋からだ。恐ろしい、悲しみを喜びに変える婚礼に、ふさわしくない呪われた悲鳴だ。せっかくの喜びが不幸に裏返ったら、ああ恐ろしい」

パリス「不吉なことを言わないで下さい。皆さん、そのまま席に」

(キャピュレット、パリス、遅れてロレンス神父立ち去る。幕が下りる。)

五  葬儀から少し離れた場所

(遠くで葬儀の音楽、鐘の音など。サムソンとグレゴリー入場。)

グレゴリー「どうしたんだサムソン。まだ式の途中じゃねえか」

サムソン「だって親方と奥さんがあんなにしょげて、俺は見るに堪えない。婆さんなんて家で寝込んでいる」

グレゴリー「パリスの奴も真っ青だった。親方なんて、今朝の大はしゃぎが奈落に叩き落とされて、追悼の挨拶さえしどろもどろ、俺はとても見ちゃいられねえ」

サムソン「あまりにも残酷ではないか。神様って奴は、そんなにキャピュレットが嫌いなのか」

グレゴリー「そうともかぎらねえよ」

サムソン「それは、どういう意味だ」

グレゴリー「すごいビッグニュースがあるのさ」

サムソン「悪ふざけはよせ。今は気が乗らない」

グレゴリー「そうじゃねえ、たった今物売りから聞いた話だ」

サムソン「今は何も買いたくない」

グレゴリー「ああそうじゃねえって、じれってえなあ」

サムソン「じらしているのはお前だ。言いたいことがあるなら早く言え」

グレゴリー「だからよ、ビッグニュースだって言ってんだろ」

サムソン「俺は腹の居所が悪いのだ。身内で喧嘩がしたいのか」

グレゴリー「それどころじゃねえ。ロミオだよ、ロミオ。あの野郎がまだこの近くをうろちょろしてるのさ」

サムソン「本当か。嘘をつくと、お前といえど明日(あす)はないぞ」

グレゴリー「誰が嘘なんかつくか。その物売りの話じゃ、近くの集落でヴェローナの様子を嗅ぎまわってるらしい」

サムソン「どこの集落だ、すぐに行って叩き斬ってやる」

グレゴリー「俺もそう思って馬を走らせたんだが、くそったれめ、消えてやがった」

サムソン「さすが疾風のグレゴリー。そういうことは俺を誘ってからにしろ」

グレゴリー「とにかく、まだ近くにいることは間違いねえ。物売りがさ、ヴェローナをいつ発つか聞かれてさ、また会えたらいろいろ教えてくれって」

サムソン「すると、しばらくは近くに潜んでいるのか」

グレゴリー「あの野郎だけは生かしちゃおけねえ。キャピュレット親方と、奥さんの顔、きっと一生忘れられねえよ」

サムソン「すべてロミオの仕業だ。兄貴が殺され、お嬢様だって、悲しみが深すぎて、喜びに堪えられなかったのだ。グレゴリー、俺は無念でならない。兄貴が殺された日、モンタギュー親子が教会で抱き合ったって、そんなのって許されるのか」

グレゴリー「絶対ロミオを探し出してやる。若い奴ら全員召集して見つけ出してやる。そうだ、刺し殺したら、ヴェローナに遺体を持ち込んで、放置しとけばいいぜ。追放に逆らった罪で、誰もキャピュレットをとがめねえ」

サムソン「どうしたんだ、グレゴリー。そんな頭が冴えるなんて。俺はびっくりした」

グレゴリー「お前に言われて、灰色の細胞を少しばかり磨いておいたのさ」

サムソン「大したものだ。ロミオを殺すという希望が沸いてきたんで、俺も少し活力が戻ってきた」

グレゴリー「そうこなくっちゃ。式が済んだら、さっそく行くぜ」

(二人、立ち去る。)

六  教会

(ロレンス神父一人。)

ロレンス「ジュリットは仮死に陥った。後は魂の復活を待つばかり。ああ主よ、愚かな人間が霊魂を操る罪をお許し下さい。私は何か大きな力に動かされているのです。それはあなたの御意志でしょうか。それとも、恐ろしい悪魔にそそのかされているのか」

(ベンヴォーリオ入場。)

ベンヴォーリオ「神父様、あんまりだ。あなたは周到な計画があると言った。万事任せておけと言った。それがなんというざまだ。ジュリエットは悪魔に見込まれて、婚礼の朝に天上に帰ってしまったじゃないか。ヒロインがいなくなって、計画など何の意味があるんです。主よ、あなたは残酷だ。ロミオの愛すべき妻を、冷たいむくろに変えてしまった」

ロレンス「ベンヴォーリオ、軽々しく主を非難してはならない」 ベンヴォーリオ「だって、ひどいじゃないか。散るも無惨なありさまだ。ロミオは結婚した日に追放され、翌日に妻を失って狂瀾怒濤(きょうらんどとう)。誰にも会いたくないと、怒鳴られて追い返されてしまった」

ロレンス「なんだと、誰に追い返された」

ベンヴォーリオ「ロミオですよ、ロミオ。俺はこれから神父様を連れて、夜通しロミオを慰めるのだ。友としてできる唯一のことだ」

ロレンス「ロミオだと、なぜロミオが。奴はフィレンツェではないのか」

ベンヴォーリオ「ジュリエットのことが心配で、密かに近くに潜んでいたのです。ああ、可哀想なロミオ」

ロレンス「なんという軽率な、考えが及ばなかった。いいか、すぐロミオの元に向かえ。あの葬儀は偽りだ。仮の眠りについているだけなのだ。予定の時刻が来れば、死者の仮面は崩れ落ち、ジュリエットは再び目を覚ますのだ。ベンヴォーリオ、誤解が運命に作用して破滅を導かないように、すぐにロミオに伝えるのだ」

ベンヴォーリオ「生きているですって。完全に呼吸を止めて、生死の確認だってしたはずだ」

ロレンス「詳細は後だ、私はジュリエットを起こしに行かなければならない。ベンヴォーリオ、早くロミオを捜すのだ。捜してジュリエットの無事を知らせるのだ。ロミオが愚かな行動に走ったら、私はジュリエットに向ける顔がない」

ベンヴォーリオ「ああ、とにかく、ロミオを捜します」

(ベンヴォーリオ、走り去る。)

ロレンス「私も用を済ませて墓に向かわなければ。何か胸の中がわさわさする。主よ、二人の幸せを見守り給え」

(ロレンス退場。)

七  キャピュレット家の霊廟

(幕開く。月明かりの下。パリスとその配下。)

パリス「お前はここで待つがいい。地上の女性たちを従え、女神の憧れさえ受けた私は、妬み深いゼウスの怒りを買い、愛するたった一人の女性を失ってしまった。私の花嫁は初夜を待つことなく、はかない花びらを散らしてしまったのだ」

配下「散る花もあれば、新たに開く花もあります。今は思う存分悲しみ、明日(あした)からは喜びを探して下さい」

パリス「当分そんな気分にはなれない。私は散った花びらの代わりに毎日花を供え、私の涙で墓石を潤し、小鳥の代わりに泣き続けよう。ジュリエットが寂しがらないように」

配下「涙の川も穏やかな海洋にそそぎ、薄められて癒やされるものならば、今は悲しみに浸るのもよろしいでしょう。私は後ろに控えています」

(配下、立ち去ろうとする。)

パリス「待て、誰か来る。月明かりに人影が。こんな時間に墓場とは怪しい。隠れて様子を見よう」

配下「はい」

(二人、物陰に隠れる。)

(ロミオ入場。キャピュレット家の墓を開けようとする。)

パリス「あれはモンタギューのロミオ」

配下「恐ろしいことです。死者の亡骸に暴力を振るおうと、墓をこじ開けているに違いない」

パリス「激しい憎悪が押し寄せてくる。おい、お前はすぐ大公に、キャピュレットに、あらゆる人々にロミオが墓地にいることを伝えよ。私はあいつを許してはおけない」

配下「すぐ皆を集めます」

(配下、走り去る。パリス、墓の扉をこじ開けるロミオに向かって叫ぶ。)

パリス「モンタギューのロミオ。何をしている!」

ロミオ「誰だ!」

パリス「私は大公の側近であるパリス。追放の令を破り、我が妻ジュリエットの墓を暴こうとは、恐れを知らぬ下劣の男め」

ロミオ「パリスだと。ジュリエットに結婚を申し込んだ。だがジュリエットはお前の妻ではない、すでに私の妻だったのだ」

パリス「恥辱が憎しみとなって駆け巡る。追放の令を破りヴェローナに戻った件、および墓荒らしの現行犯として、お前を捕らえる。刃向かう場合は処刑する」

ロミオ「やめておけ。お前が手をくださなくても、僕は自ら終止符を打ちに来たのだ。頼む、しばらく時間をくれ。ほんの少しのあいだ、ジュリエットに会わせてくれ」

パリス「私の妻の墓を荒らし、遺体を蹂躙(じゅうりん)するためか。刃向かうなら、容赦はしない」

ロミオ「待て、ジュリエットは僕と結婚していたのだ」

パリス「まだ言うか、ジュリエットはこのパリスの妻だ」

(パリス、剣を抜き斬りかかる。ロミオ、剣を抜き応戦。)

ロミオ「汚らわしい、ジュリエットを妻などと、二度と呼ぶな」

(しばらく剣の交わる音。激しい決闘が続くがついにロミオ、パリスを突き刺す。致命傷。パリスよろめきついに倒れる。ロミオ、墓の前に走り寄る。)

ロミオ「ジュリエット!」

(ロミオ、キャピュレット家の墓の扉を開けていると、月が雲に隠れて、辺りは暗くなる。)

ロミオ「ああ雲よ、月の女神よ。今だけは邪魔をしないでくれ」

(ほどなくして、再び月が雲から顔を出す。光さす墓地。ロミオ、霊廟の中に入る。)

ロミオ「月よもっと明かりをくれ。ジュリエット、ジュリエット、どこにいるんだ。ああ、優しい花の香りで埋め尽くされている。顔を覆うヴェールがまだ柔らかい。よかった、会いたかったよジュリエット。さあ月の下で、お別れをしよう。すぐに君のもとに行く」

(ロミオ、ジュリエットの遺体を墓の外に出す。ヴェールを外そうとするが、遠くから足音。)

ロミオ「誰だ、邪魔をしないでくれ」

(キャピュレット家のグレゴリー、サムソン入場。)

グレゴリー「本当にいやがったぜ」

サムソン「貴様、キャピュレット家の墓を荒らすとは、神も恐れぬ畜生だ。それは、それはお嬢様の亡骸ではないか。おぞましい、死体に手をかける気か」

グレゴリー「兄貴を殺し、お嬢様を殺し、墓を荒らして死体まで玩ぶのか。ロミオ、人間のくずだ。許せねえ」

ロミオ「ジュリエットは僕の妻だ。殺したのはお前たちだ。無理に婚礼などさせて、ジュリエットの心を踏みにじったのだ」

サムソン「狂ってやがる」

グレゴリー「違うぜサムソン。墓荒らしを見付けられて、開き直ってんだ」

ロミオ「お前たちに怨みはない。今すぐ消えてくれ。そいつのようになりたいのか」

グレゴリー「なんだと」

サムソン「あれはパリス。貴様、お嬢様の夫にまで手をかけたのか」

グレゴリー「サムソン、俺、こいつだけは、こいつだけは許せねえよ。ひどすぎだ、どんな悪党だって人情ってやつを持ってるはずだ、こいつは悪魔だ、お嬢様の夫まで殺しちまった」

ロミオ「待て、話を聞け。ジュリエットは僕と結婚していたんだ。ちょうどティボルトとの乱闘があった日に」

サムソン「たわごとは沢山だ。兄貴を殺しやがって」

ロミオ「あれは望んだことじゃない」

グレゴリー「とどめまで刺しやがったくせに、ロミオ、兄貴とお嬢様の仇討ちだ。お前だけは、お前だけは許せねえ。墓が作れないように、ずたずたに切り刻んで、河に投げ込んでやる」

サムソン「こんな屑に卑怯も正統もあるか、二人がかりで殺してしまえ」

ロミオ「頼む、邪魔をするな。そこをどいてくれ、これ以上関わるなら、お前たちだって容赦はしない」

(グレゴリーとサムソン、剣を抜いてロミオに斬り掛かる。応戦するロミオ。ロミオの前と後ろにグレゴリーとサムソンが立つが、二対一でもロミオに押される。)

ロミオ「どけ、ジュリエットに会わせろ」

サムソン「くそ、なんて腕だ」

グレゴリー「悪魔だ。悪魔に取り憑かれてやがる」

サムソン「消えろロミオ。お前がいる限り、キャピュレットは滅亡だ」

ロミオ「頼む、退いてくれ」

グレゴリー「殺さなくちゃ、殺さなくちゃ、キャピュレットはこいつに食われちまう。卑怯でもかまうもんか」

(グレゴリー、ポケットから何か砂のようなものを取り出し、いきなりロミオに投げつける。一瞬目が見えなくなるロミオに、すかさずサムソンが深く斬りつける。剣を振りかざすグレゴリー。)

グレゴリー「とどめだ」

ロミオ「死ねるか」

(ロミオ、グレゴリーの剣を跳ね返し、恐ろしい勢いで二人に斬り掛かる。)

グレゴリー「サ、サムソン、こいつ死なねえよ」

サムソン「本当に悪魔なのか」

(遠くで、ラッパの音がする。)

サムソン「まずい、警備兵が来る。グレゴリー、大丈夫だ、血があんなに出ていやがる。剣を引け、逃げるぞ」

グレゴリー「こ、怖ええよ。こいつ死なねえよ」

サムソン「落ち着け、早く来い。ロミオ、いつかお前の墓を蹂躙(じゅうりん)してるからな。楽しみにしていろ」

(サムソン、グレゴリー、走り逃げる。)

ロミオ「意識が、主よ、僕をジュリエットの元に」

(ロミオ、よろけながらジュリエットの元に辿り着く。まるでジュリエットに倒れ込むように。そして彼女のヴェールを外す。)

ロミオ「やっと会えた。ねえジュリエット、二人はいつまでも一緒だって言ったじゃないか。あんなに暖かかった体が、こんなに凍りついて。ねえ、お願いだ、もう一度瞳を開いてくれ、夢から目覚めて、もう一度僕を呼んでくれ。二人でどこまでも行こうって約束したじゃないか。橋の上で始めて逢って、舞踏会場で運命の再会、君が僕の名前を呼んでくれて、幸せに浮かれ騒いだ。そして僕たちは誓いを立てて、二人で教会の鐘を聞いた。間違ったことなんて何もないのに、どうしてこんなにうまくいかないのだろう。ジュリエット、いがみ合いのない世界で、僕たちこれから幸せになろう。いつまでもいつまでも一緒に暮らそう。今、君の所に行くよ。ああジュリエット、まだ微かに暖かい。地上での最後のキスだ、お休みジュリエット」

(ロミオ、ジュリエットにキスをして、そのまま崩れ落ちる。)

(ジュリエット、目が覚めて上半身を起こす。月が静かに雲に隠れる。暗闇が忍び込む。)

ジュリエット「お早うロミオ、ロミオでしょう。いま唇が暖かった。あれ、ここはどこ。私、夢を見ていたのかしら」

(ジュリエット、辺りを見まわす。)

ジュリエット「暗くてよく分からない。そうだわ、私、神父様の薬を飲んで、埋葬されたんだ。怖かった、もう二度と起きられないかと思ったけど、私はちゃんと目を覚ました。ああ、後はロレンス神父を待って、二人でエスカラス大公の元に向かって、きっとすべてを認めて貰う。私はロミオと一緒になれる。待ってなんかいられないわ、神父様を探しに行こう。それにしても真っ暗」

(ジュリエット立ち上がる。何かにつまずく。)

ジュリエット「何、今のは」

(ジュリエット、瞳を凝らす。)

ジュリエット「嫌だ、誰か倒れている。まさか、神父様では」

(隠れていた月明かりが差し込む。ロミオとジュリエットが静かに照らし出される。)

ジュリエット「嫌、嫌よ! ロミオ、ロミオ!」

(ジュリエット、ロミオの遺体を抱きかかえる。)

ジュリエット「なんで、ねえ、ロミオ。起きて。血が、なんでこんなことに。ねえ、ロミオ、ロミオ」

(ジュリエット、ロミオを揺さぶる。)

ジュリエット「せっかくうまくいったのに。なんで私を置いて行っちゃうの。起きてよロミオ。一緒にどこまでも行こうって、いつまでも二人で暮らそうって約束したじゃない。さよならの挨拶もなしで私を残して行かないで。ねえ、私、薬まで飲んで、あなたと会うために、心細いの我慢して、懸命に飲み干して、夢から覚めたら幸せが待っているって、それだけを信じて眠りについたのに。なんで、なんでこんなに歯車が狂うの。私、何か悪いことしたの。醜いいがみ合いさえなければ、二人で手を取って抱きしめ合えたのに。もう、こんな世界なんていらない。もっと綺麗な世界がいい。ロミオ、ねえロミオ、置いてかないで。私も一緒に行く。あなたの妻だもん。あなたと一緒に行く。争いのない綺麗な空の上で、二人でいつまでもどこまでも歩いていくの。ロミオ、ロミオ、私に最後の勇気を」

(ジュリエット、ロミオの握っていた剣で、自分を突き刺す。)

ジュリエット「痛い、痛いよ、ロミオ。ああ、まだ体が温かい。小さく言葉を交す、あなたを想って心膨らみ、頬に手を当てるとぬくもりが暖かい。ああ、ロミオ、唇が温かい。私の感じていること、すべてなくなっても、二度と帰ってこなくても、私はきっとあなたのそばにいるの。ずっと、ずっとあなたのそばにいるの。お休み、お休みなさいロミオ」

(ジュリエット、ロミオに口づけを交す。ジュリエットの首が落ちる。静寂。)

(ほどなく、ロレンス神父とベンヴォーリオ入場。ロミオとジュリエットを見付け、慌てて走り寄る。)

ベンヴォーリオ「ロミオ、何てことだロミオ。なぜ死んでしまう。起きてくれ、目を覚ましてくれ」

ロレンス「ああ、ジュリエット、せっかく目覚めたというのに、自らを貫いたのか。ジュリエット、ジュリエット」

(ラッパの音と共に、エスカラス大公と兵たち入場。)

大公「怪しい奴らだ。すぐに捕らえよ」

(兵たち、二人を捕らえる。)

ロレンス「エスカラス大公、私です、お離し下さい」

大公「ロレンス神父、なぜあなたが。そしてこれはどういう事だ。ロミオが墓を荒らすという知らせがあった、それがなぜ血を流して横たわる。そして、ジュリエット、なぜ霊廟から起き出し、刃(やいば)の餌食に。待て、あそこで倒れているのは」

(大公、慌ててパリスの方に走り寄る。)

大公「パリス、なんたること、お前まで。私の片腕として、日々鍛えてやった恩を忘れたのか。ああ、この墓地は呪われている。兵たちよ、キャピュレットとモンタギューを呼べ、すべての者を調べろ、怪しい奴らを捕らえ、事の真相を明らかにするのだ。ロレンス神父、あなたたちも館に来て貰う。この場所には見張りを付け、明日(あす)の朝、取り調べを行なう」

(大公去る。兵たち、神父とベンヴォーリオを連行する。幕降りる。)

八  キャピュレット家の霊廟、翌日

(キャピュレット家の人々、モンタギュー家の人々、葬儀を行なうロレンス神父、そしてエスカラス大公と兵たち。)

ロレンス「二人の霊魂が共に安らかにありますよう。主よ常しえに二人の魂をお導き下さい。アーメン」

すべての人「アーメン」

ロレンス「キャピュレット、本当に二人をこの霊廟に埋葬して良いのですね」

キャピュレット「ああ、すべての子供に先立たれてしまった。モンタギューのせいではなかった、ワシがモンタギューを憎んでいたせいなのだ。大公の仰せに従って、ワシは死んだ二人を祝福するのだ。ああ、お前、もう泣くな。泣くな」

(キャピュレット、夫人の肩を抱える。)

ロレンス「モンタギュー、本当にロミオをこの霊廟に埋葬して良いのですね」

モンタギュー「大公の仰せに従います。それが妻の望みですから」

(モンタギュー夫人泣き崩れる。モンタギュー、夫人の肩を支える。)

ロレンス「では、埋葬をお願いします」

(ベンヴォーリオとバルサザーがジュリエットの棺を、グレゴリーとサムソンがロミオの棺を持って、二人の遺体を霊廟の中に運ぶ。)

ロレンス「エスカラス大公。私は自らの犯した罪を償うために、ヴェローナを後にして、贖罪(しょくざい)の旅に出ます。教会の後任と私の責務の代行をよろしくお願いします」

大公「良かろう。あなたには残って貰いたいのだが、強いて止めることは出来ない。それで例の薬はどうするつもりだ」

ロレンス「川に流します。溶け出した薬は水と化合して、悲しくも青白い炎を静かに灯し、川の流れに消えていくことでしょう。あのとき私は、薬の成功を確かめるという誘惑にそそのかされたのです。なんという甘いささやき。もっと優れた解決法があったかも知れないのに、理性が誘惑に負けたのだ。聖職者にあるまじき行為です」

大公「時の刻みが歩みを変えなければ、今頃二人は抱き合っていたかも知れない。悲劇と喜劇の分岐点は先が鋭く、ほんのわずかな風向きで傾きが変わってしまう。人はそれを運命と呼んでいるのだ。キャピュレット、モンタギュー、お前たちは争いを禁じた宣言を二度破り、そのために大切な我が子を失った。私もまた宣誓を厳守せず酌量(しゃくりょう)した罪により、片腕のパリスを失った。だが私は、ロミオとグレゴリー、サムソンの乱闘も許すことにしよう。罪は愛する二人の死によって償われたのだ。さあ、弔いの鐘を鳴らせ、皆で花を撒こう。せめて夢のなかでは、ロミオとジュリエットが幸せになれるように」

(葬儀が続く。幕降りる。終わり。)

2010/3/14

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