古事記による第1変奏2、みとのまぐわい

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みとのまぐわい

 その島に降(くだ)りおり、
天つ国の御柱を見立て柱をそびえ、
また八尋殿(やひろどの)を見立て神殿(かみどの)を築く。
ここにイザナキの命(みこと)、
その妹(いも)イザナミの命(みこと)に、
「なが身はいかにか成れる」
と生まれたる姿を問えば、
「我(あ)が身は、
成り成りて成り合わざる所、
ひとところあり。」
と答える。イザナキは力を込めて、
「我(あ)が身は、
成り成りて成り余れる所、
ひとところあり。」
と言い返すあいだにも、
柔らかきイザナミを求める熱き想いが
イザナキの胸を高鳴らせた。
かつてカムムスヒの神、
独りを分かちて二柱の神を産みなした時に、
片方が窪みとなり、片方に余りが生じたために、
そこをさし塞ぎてようやく満たされ、
子を産みなすことが出来るようになったからである。
もちろんこれは産まれる前の話しであるから、
二人は互いを求め合う心の由来など知るよしもない。

イザナキの命は、
「我(あ)の成り余れる所によって、
汝(な)の成り合わざる所を塞ぎ、
国を産み成(な)さんと思う。
産むこといかに。」
と迫った。
イザナミの顔がさっと赤らんだ。
「それが良いでしょう。」
と思わず答えたが、
天つ神から教わった祝詞(みことのり)を思い出して、
慌てて「しか善(え)けん」
と唱(とな)え直した。
イザナキはさっそく手を取り、
「それでは、我(あ)と汝(な)と、
この天の御柱(みはしら)を左右に巡り会い、
みとのまぐわいをしようではないか」
と宣言する。イザナミは大変驚いた。
「なんです、みとのまぐわいとは」
そんな祝詞は天つ国でも聞いたことがない。
イザナキは平然と、
「聖なる所で瞳も間近に互いを求め合うのだ。」
と言うものだから、思わず笑ってしまった。

 男が「まぐわい」を求めて馬鹿なことを口走るのは、
この時からの伝統である。女性諸君も軽蔑してはいけない。
イザナキはさらに続けて、
「汝(な)は柱を右より巡り逢え。
我(あ)は左より巡り逢わん。」
などと儀式めいたことを言うので、
イザナミはあまりの子供っぽさに心ほだされ、
心から愉快が込み上げてきた。
抱かれてみたい、そんな想いすら胸に宿ったからである。
しかしイザナキのために言っておくが、
これは神々の契りであるから、
国を産みなす儀式が必要だったのである。
けっしてやんちゃが高じて妄想に走った訳ではないのだから、
男性諸君も簡単に仲間意識を持ってもらっては困る。
神々の契約は違(たが)えれば世界が滅亡するほど、
恐るべき力を秘めているものなのだから。

 とにかく二人は契りを交わし、
柱を左右から巡り逢い、
互いの瞳を見つめ合えば、
イザナミの命がまず、
「あなにやし、えをとこを」
と言い、イザナキの命も
「あなにやし、えをとめを」
と答え、互いの逞(たくま)しさとかわいらしさを褒め合った。
この心より出でたる五、五、十ずつの語り合いのリズムによって、
初めて唄(うた)が生まれたとも言われている。

 イザナキはその妹(いも)に告げて、
「かかる時に女から先に誘うのは良くあらず」
そう言いながらも、彼女を抱き寄せると、
もはや言葉を忘れてまぐわった。
実際の所、まぐわいまくったと言っても構わない。
神とはいえこれが初めての男女の結びつきだったからである。
淡泊にこと終えるわけがなかった。

 子は次から次へと生まれた。
まぐわって子を産み出すこそ二神の仕事だったからである。
今にして思えば羨ましい生活ではあるが、
そこは神、人間の尺度で捉えてはならない。

 しかし八尋殿にて産まれたる子はヒルコ(水蛭子)、
骨無く三年(みとせ)たっても体起こせず、
悪しきものとして葦船(あしぶね)に入れて流し去った。
次に産まれたる子は淡島(あわしま)。
泡のごとく淡くて微かであり、
どちらも子とは認められなかった。

 ここにいたり二柱の神、共に悩みて相手を罵り合い、
「産んだのは我(われ)にあらず。」
「あなたのさし塞ぎかたが不味かったのよ。」
「なんと。我は懸命に頑張ったのだ。」
と収拾の付かない口論となり、
世に夫婦喧嘩が初めて生まれたという。
共に疲れ果てたる後にイザナキの命、
「我らの子は良くあらず。
天つ神の許(もと)に訪ね昇(のぼ)ろうではないか。」
と言えば、イザナミの命はつんとして
「しか然(え)けん」
と素っ気なく答える。
あまり不似合いの言葉なので二柱共に笑い出し、
ようやく肩を抱き合った。

 天つ国(あまつくに)に舞い戻りて
タカミムスヒ(高御産巣日)の神に訊ねれば、
「太占(ふとまに)に訊ねるべし」
と答える。
言葉の意味はよく分からないが、
口に出して怒られるのは嫌だから黙っていた。
すると諸々(もろもろ)の神、
牡鹿(まおしか)の肩骨を抜かせ、
桜桃の皮にくべて激しく熱せば、
骨はおのずからにひび割れて、
からんころんと床に落ちた。
おおかたひび割れによって占うのだろう。

タカミムスヒ(高御産巣日)の神は厳かに、
「女(おみな)の言先(ことさき)だちしによりて良くあらず。
また還り降(くだ)り改め言え」
と告げて八尋殿の奥に消えてしまった。
「ほらみろ。お前が先に、あなにやしなんて言ったから、
儀式の詔(みことのり)を間違ったのだ。」
とイザナキの命がイザナミの頬をつまめば、
イザナミは知らんぷりして
「しからば、改めて降(くだ)り、みとのまぐわいせん。」
と答え、先に行ってしまう。
慌てて追いかけるようにオノゴロ島に戻った。

2007/07/22

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