古事記4-1、オホナムヂと因幡の白兎

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オホナムヂ、あるいはオホクニヌシの誕生

 スサノヲの命、 須賀でクシナダヒメと共に、
クミドに起こして生める初めの子は
ヤシマジヌミ(八島士奴美)の神。
この神中つ国を治め、
コノハナノチルヒメ(木花知流比売)を娶(めと)りて生める子は、
フハノモヂクヌスヌの神。
この神中つ国を治め、
オカミ(淤迦美)の神の娘、
名はヒカハヒメ(日河比売)を娶(めと)りて生める子は、
フカブチノミヅヤレハナ(深淵之水夜礼花)の神。
この神中つ国を治め、
アメノツドヘチネ(天之都度閇知泥)の神を娶(めと)りて生める子は、
オミヅヌ(淤美豆奴)の神。
この神中つ国を治め、
フノヅノ(布怒豆怒)の神の娘、
名はフテミミ(布帝耳)の神を娶(めと)りて生める子は、
アメノフユキヌ(天之冬衣)の神。
この神中つ国を治め、
サシクニオホ(刺国大)の神の娘、
名はサシクニワカヒメ(刺国若比売)を娶(めと)りて生める子は、
オホクニヌシ(大国主)の神。
またの名をオホナムヂ(大穴牟遅)の神といい、
またの名をアシハラシコヲ(葦原色許男)の神といい、
またの名をヤチホコ(八千矛)の神といい、
またの名をウツシクニタマ(宇都志国玉)の神といい、
合わせて五つの名があり。

末弟(すえおと)

 このオホクニヌシ(大国主)の神の兄弟(あにおと)、合わせて八十神(やそかみ)居ます。されど国はオホクニヌシ(大国主)の神の元に去りき。去りしゆえは、中つ国を治めし神、アメノフユキヌ(天之冬衣)の神(下注)の、稲羽(いなば)のヤカミヒメ(八上比売)を娶(めと)りし者に、国を譲るとの詔(みことのり)を残したがゆえに。すなわち八十神の、各々(おのおの)ヤカミヒメ(八上比売)を婚(よば)わんと思いて、共に稲羽(いなば)に向かいし時、上の兄が末弟(すえおと)に向かいて言うには、
「汝(な)は、今だ婚(よば)う歳(とし)にあらず。荷(に)を袋に背負い、従者(ともびと)として付き従え」
と命じ、八十兄(やそあに)どもが荷を投げ与え、
「汝(なれ)、もし無くさば」
と睨み付けると、そのオホナムヂ(大穴牟遅)の神を残して、妻を婚(よば)いに去ってしまった。

 八十神(やそかみ)は末弟(すえおと)を罵(ののし)りながらも足を急ぐ。お互いを蹴落とす算段(さんだん)を悟られぬためでもある。
「従者(ともびと)の役も果たせぬ末弟はまだ見えないのか」
これは初めの兄の言葉である。

「母が異なれば劣ること遙かかなた」
これは次の兄の言葉である。

「父神は奴ばかり贔屓にしていたが、もはや護る者は無い」
これは十二、三番目だろうか、兄弟の数が多すぎる。

「神の世の厳しさを教えてやらないとな」
と初めの兄が締め括った。皆そうだそうだという。もっとも先頭の集団は数人である。後ろからはまた、数人寄せ合った八十神(やそかみ)が、各々(おのおの)妻を求めて歩みを進める。

(注。アメノフユキヌ、で天に冬が来ることと、八十神の動乱、大国主が黄泉へ下ること、再生して中つ国を平定し、再び春が訪れることには、何か象徴的な意味あいがあるのだろうか?)

因幡の白兎

 ここに気多(けた)の前(さき)にいたりし時、赤肌(あかはだ)の兎伏せり。
「おい、毛を剥いだ兎が唸っている」
「うまそうな太り具合だ」
「酒のさかなに、焼いて割いたらどうだろう」
と八十神が近寄れば、兎は肌を赤く染め、苦しくてうんうんもがいている。初兄(はじめのあに)が、
「待て、それより面白きことがある」
と言って、呻く兎の上に立つと、
「汝(なれ)せむは、
この海塩(うしほ)を浴(あ)み、
風の吹くに当たりて、
高山の尾の上(へ)に伏せれ」
と神の言葉遣いで教えてやった。

 兎が、「しかれども、動けず」と呻くと、「心配なし」と答え、兄弟の顔を見てにやりと笑った。悪戯の意味が分かった八十神は、さっそく兎を摘(つま)んで渡すや渡す。すなわち海に兎を浮かべて、海塩(うしお)を精一杯に擦りつけてやった。兎は回復を信じて、痛みをこらえて唸っている。八十神は再び兎を摘(つま)んで渡すや渡す。すなわち高山の日の照りつける裾(すそ)に投げ棄てれば、日に焼かれ風に乾かされた海塩(うしお)は赤肌を侵(おか)し、恐ろしい痛みとなって兎に襲いかかる。もはや何も分からない。最後の力を絞り出されるように、兎は狂わんばかりにして山肌を跳ね回り、もんどりうっては飛び上がる。八十神は大いに喜んで、拍手喝采、
「阿呆の兎をさかなに、我らは盃をかわそう」
といって、狩ったばかりの猪を焼き焦がして、割いては取り分け食らいついた。兎はまだ跳ね回っている。酒は大いに進む。不思議なことに海から顔を出した鮫(わに・サメのこと)どもが、我らと共に笑っているようだ。
「おい、あれを見ろ」
「鮫(わに)どもが」
「面白い」
八十神は嬉しくなって、歌っては踊り、踊りながら歌い、ついには酔って寝静まった。

 日が明けると末弟(すえおと)はまだ来ない。末弟は邪魔だが、荷物は大事だ。
「せめて我らが末弟のために、
あの兎を獲物に残してやるか」
と次兄(つぎおと)が言えば、十兄(とうあに)が気を失った兎を運び下ろし、これを砂浜に放り投げつつ先を急いだ。兎はぎゃっと嘆き声を上げ、使い古しの雑巾みたいに横たわる。昨日はあざけり笑った鮫(わに)どもも、さすがに気の毒になって海のかなたから、互いの顔を見合わせている。殺されるほどの悪さはしていないはずだ。しかし我らは浜にはあがれない。どうしたものかと思っていると、遠くから若い神が近づいてくる。鮫(わに)どもは兎のために、精一杯に海の中から飛び上がって見せた。鮫(わに)の海を跳ね上がるのは尋常(じんじょう)ではない。これによりて、常ならぬ事を言伝(ことづ)てる生き物どもの仕草を、「鮫(わに)の海弾(うなはず)み」という。

 すなわちオホナムヂ(大穴牟遅)はこれに気づき、涙を流し震える兎に駆け寄って、
「何がゆえに汝(な)は泣き伏せる」
と助け起こせば、
「私は隠岐(おき)の島のうさぎ。
夢のお告げに従って、
ヤカミヒメ(八上比売)のもとに向かおうとすれども、
海を渡るすべを知らず。
海の鮫(わに)を欺いて、
『我(あ)と汝(な)を競(くら)べて、
一族(やから)の多き少なきを数えよう。
お前どもはここから気多(けた)の浜まで、
皆で並び伏せるのだ。
私がその上を踏んで、
走りつつ数え渡るから。』
と言えば、
欺かれて橋渡すので、
数え渡って振り向きざまに、
『汝(な)は我(あ)に欺(あざむ)かれん』
と舌を出せば、
最端(さいはし)の鮫(わに)、
浜に飛び上がり、
この衣服(きもの)を剥ぎ取って去りし。」
と語り起こし、八十神の行ったひどい仕打ちのことを訴えた。

 オホナムヂ(大穴牟遅)の神は、
「兄弟(あにおと)の行いは残酷だ。
だがお前も鮫(わに)を騙した報いを受けたのだよ」
と諭(さと)すと、優しく兎を抱きかかえ、塩を含まない水門(みなと)まで出かけ兎を洗ってやり、蒲(かま)の花の黄粉を敷き散らし、その上に兎をこい転(まろ)ばせば、たちまちのうちに元の体に戻ったのである。それこそ後に兎神と賛えられた、因幡(いなば)の白兎の姿であった。

 オホナムヂ(大穴牟遅)の神は、兎を浜へ連れ戻し、海鮫(うみわに)を呼び出して、
「鮫(わに)ども、兎が受けた罰を見たろう。先のいさかいは海へ還し、兎の島へ帰る時は、お前達が連れ戻して欲しい。」
と頼めば、兎も何度も頭を下げるので、鮫(わに)どもも快く承諾した。兎はオホナムヂ(大穴牟遅)に礼を言い、
「私は八十神(やそかみ)ではなく、
袋を背負えども、
オホナムヂ(大穴牟遅)の神こそ
ヤカミヒメ(八上比売)を娶(めと)ることを、
夢のお告げとして伝えるために、
気多(けた)に渡ったのだ。」
と高らかに言伝(ことづ)てると、すなわち伝令の神となってオホナムヂ(大穴牟遅)のもとを走り去った。そして八十神の到着より前に、これをヤカミヒメ(八上比売)に伝えたのである。

 ようやくヤカミヒメ(八上比売)のもとに辿り着いた八十神が、それぞれ先を競い合って結婚を申し込む時、ヤカミヒメは素気(すげ)なく、
「私はあなた方ではなく、
オホナムヂ(大穴牟遅)の神に嫁ぎます」
と追い返した。これを聞いた八十神は激怒した。まるで不治の山から湧き出(いで)る溶岩が、国を覆い尽くすよう、それほどの憎しみが溢れ出し、オホナムヂ(大穴牟遅)を殺そうと燃えさかったのである。八十神は今や、互いの手を取り末弟の命を狙うのであった。

2008/04/19掲載

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