ベートーヴェン 交響曲第8番 第1楽章

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交響曲第8番1楽章

Allegro vivace e con brio
F dur、3/4

概説

・第1主題のメロディーラインだけでも1小節内のリズムパターンが8種類も使われており、このリズムはすべて拍節的であり裏拍的要素や拍抜けが一切ない。そして開始が下行指向で、後に上行指向に転じている。一方第2主題は裏拍的開始とシンコペーションリズム、さらに順次進行的旋律により第1主題と非常に対照的で、さらに始めに上行指向であり後に下行指向に転じるように作曲されている。この第2主題は第1主題の動機やリズムパターンから派生したと考えるよりも、対照的な精神を持つ2つの主題を配置したするために、動機的リズム的類似性を避けているように見える。この第2主題のシンコペーション化されたリズムパターンも、提示部途中の第2主題への推移で現われる付点リズムも(冒頭2小節目から派生したと言うことが可能ではあるが)、提示部最後に現われる小節後半の同音8分音符↑↓↑の動機も、楽曲内で更に発展して、異なる属性部分で新たな絡み合いを見せるような因果関係を持たず、自立的・音楽的効果からむしろ場所を限って自然に導入しているように思える。この楽曲内でのそれぞれの動機やリズムパターンには、使用後にそれに固執し更なる意味を加えて発展させたり、新たな絡み合いを演じるような事が全くない。代りに目に付くのは始めに第1主題のリズムで見たように、動機のリズムと旋律パターンの多様性であり、この多様性が第1楽章の彩度を高め、華やかさを演出しているが、動機やリズムが固執されず、変化に富んでいることが多様性を高めている。それに対して第1主題冒頭部分の動機Xだけは、この多様で舞曲的な交響曲の構造を規定する中心の柱として、例外的に楽曲全体の重要動機として機能し、派生動機を生みだし、特に展開部とコーダでは第1主題冒頭部分の動機Xだけが執拗に使用されることによって、第1楽章全体の構成を明確で完全なものにしている。キーワードは「動機Xと多様なリズム達」といった所だろう。しかし、隙のない傑作であるにもかかわらず、音楽的に自己従属した作品であるために、ドラマ性を追い求めるベートーヴェン信者達から幾分低い地位を与えられることになってしまった。

提示部

第1主題提示部分(1-37)

第1主題A(1-12)A dur
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・楽器総奏で冒頭旋律が4小節を勢いよく演奏すると、まずクラリネットを中心とする管楽器だけの応答旋律が4小節[p]で答え、続いて弦が[f]で応答旋律を繰り返して第1主題A提示を終える。8小節の形に、後半4小節がもう一度繰り返される綺麗な閉じた主題で、非常に口に出して歌いやすい旋律になっているが、それはこの主題すべてが主和音と属和音だけで出来ている和声の明快性からも来ている。主題開始の(C-A-B-C-A-F)は曲全体の構成に関わってくるので動機Xとしておこう。

第2主題への推移(13-37)A dur→Es dur→D dur
・16分音符の単純な刻み伴奏に乗せて、ヴァイオリンで推移旋律が開始される。これは1小節同一音を延ばした後で跳躍上行し、その音で2分音符と結ばれた付点8分音符の所まで音を延ばして、最後の16分音符で跳躍下降するという簡単な動機(F-A-F)で出来ている。この動機を跳躍音域を拡大しながら繰り返し、カデンツを踏む。(ここまで8小節が推移の最小楽句。)この部分は丁度付点音符が誕生する儀式のようだが、この8小節をもう一度繰り返す途中から2分音符と結ばれていた付点8分音符が分裂して、付点8分音符と16分音符のペアの跳躍下降動機が誕生する。調性的には、その付点が分裂する前に転調して(Es dur)の属7和音に変化し、同一和音内で付点が分裂すると、事象を減らして1拍と3拍目だけの和音総奏に音密度を落とし、ついに音が途切れ全パート休止。この誕生した付点と、小節の1拍と3拍だけの音打ちは第2主題以降で効果的に使用されていく。 ・さて、本来ならば(Es dur)の属7和音の(B)音が半音上行して、(c moll)の属9和音を経由して(C dur)の第2主題に行きそうな所である。しかし1小節開けて、1拍と3拍目だけの弦楽器和音演奏でいきなり不意を突く調性である(D dur)の属和音が提示され、第2主題は(D dur)で開始される。転調方法としてはつまり(B-D-F-As)の和音が、全部半音下降して(A-Cis-E-G)の和音に移り変わるという、機能的進行ではなく、スライド転調がなされている。この和音平行の連続だけで曲を作れば19世紀後半に跳躍するが、作曲家の狙いは機能和声が続くからこそ、この部分が非常に驚きとユーモアを持って聞こえるという機能和声を根本に置いた考えにある。

第2主題B提示部分(38-69)

第2主題B(38-45)D dur→C dur
<<<確認のためだけの下手なmp3>>>
・先ほどの平行和音移動は新鮮な驚きがあったが、実際第2主題が始まる(D dur)は(F dur)に対して遠隔調ではあるが3度関係にある調で、ベートーヴェンが展開部などにおいてしばしば使用する転調方法ではある。しかし、この(D dur)は第2主題の途中で本来の第2主題の調性(C dur)という2度関係の調性に転調してしまうので、全体の調性ラインとしては、この(D dur)は(C dur)のドッペルドミナントの意味から派生しているようだ。
・さて性格的に第1主題に対立して作られたような裏拍的で軽快で舞曲的な口ずさみやすいこの第2主題は、ファゴットの効果的なオブリガート的対旋律と共にヴァイオリンで[p]によって提示され、非常に薄い声部書法できわめて効果的に作曲されている。あまりにシンプルな譜面の様子に心奪われ、不意に現われた第2主題の終わりのリタルダントが、a tempoに戻るただそれだけの事が、たまらなくいとおしい。(なんのこっちゃ。)しかもこの第2主題の途中で、調性は本来の属調である(C dur)に回帰する。また、最後のa tempoの所に現われた旋律型は、明確に第1主題Aの冒頭である動機Xから由来していて、この部分で関連性をアピールしているかのようだ。つまり弦楽器による主題の冒頭部分の4分音符が休符と8分音符に変化した動機に基づいている。

第2主題B繰り返し(46-51)C dur
・今度は管楽器が第2主題Bを繰り返し、やはり最後にリタルダントするが、ここに至るまで使用されている和声の属性は主和音形のものと属和音形のもの以外出てこない。つまりⅡ、Ⅳ形のサブドミナント和音がまったく使用されないで第2主題が形成されているわけだ。それ自体は別に珍しいことではないが、この舞曲調の歌いやすく掴みやすい第2主題を生み出している。サブドミナントが使用されていないのは、第1主題も同様だが、第1主題が完全に属和音と主和音だけで形成されているのに対して、第2主題では主題の前半から後半へ向かう途中に転調的部分を含み、ドッペルドミナントが効果的に使用されて異なる印象を与えてくれるはずだ。この旋律だけでも再度取り上げて検討する価値があるが、・・・時間がないので今は先に行きましょう。遣ることなすことすべて遅れに遅れて、本当はすでに第7番に立ち向かわなければならないはずなのです。

提示部終止への推移(52-69)C dur
・第2主題B後半のリタルダントからa tempoに戻った旋律終止部分が、今度は推移に置き換えられる。まず(C dur)のドッペルドミナント9の1転根音省略形が8小節に渡って続くが、弦楽器が第2主題最後の(G-H-D-F-E-D)の音型を拡大したような音型を8分音符の上行型と、4分音符1拍と3拍だけのリズムの下行型で繰り返す。途中から8分音符のパッセージが抜け落ち、小節の1拍目と3拍目だけの4分音符下行音型だけが残るが、このリズムパターンは第2主題に向かう推移の最後に誕生したものである。この部分から和音の変化も開始され、密度を上げて終止に向かってクレシェンドしていく。

提示部終止(70-103)C dur

・芸大和声3巻におけるⅣの+46の和音の実践に出会いたければこの場所を見よ。と言いたいぐらいの明確なⅠとⅣの+46型の和音の交替が、付点リズムに乗せて[fff]で3小節続く(70-72)、この付点リズムはもちろん第2主題への推移で誕生した付点リズムに他ならない。続いて4小節目からは[p]による管楽器のなだらかな下行順次進行と、第2主題の最後の部分第1主題動機Xから生まれた動機による対旋律が1小節ごとに繰り返される(73-79)。
・この付点と順次進行の2つの部分からなる終止楽句(70-79)がもう一度繰り返され(80-89)、その後主題からの派生ではなく、リズム的なおもしろさと、旋律効果を込めたような3小節のヴァイオリン旋律が最後を飾ると、8分音符の分散和音的パッセージになだれ込み、フォルティッシモで提示部分を終える。その一番最後には展開部に置いて大きな役割を担う4分音符の後ろに1つ8分休符を挟んでの(休↑↓↑|↓)の動機Yが提示される。その展開部の前半は動機Yと直前の8分音符の分散和音的パッセージに動機Xが加わった形で、形成されるが、終止最後のヴァイオリン旋律が使用されないことなどについていろいろ考えてみるのも面白い。

展開部(104-189)

動機Xと分散和音パッセージの繰り返し部分(104-143)
C dur→B dur→d moll

・ビオラが先ほど生まれた動機Yを(C dur)の主音で単独繰り返していると、やがてヴァイオリンが(E)を引き延ばしながら導入され和声を確定、和音が主音上の属7和音に替わった所で管楽器がファゴット→クラリネット→オーボエ→フルートの順で順次動機Xを導入し、フルートの動機提示が終わるやいなや提示部最後に生まれたフォルティッシモの弦楽器主和音分散和音的8分音符パッセージで答える(104-115)。
・この一連の楽句が、続いて(B dur)で繰り返され(116-127)、さらに(d moll)でもう一度繰り返され(127-139)、動機Yを使った短い推移で盛り上がると次の部分で展開部のクライマックスを形成する。

動機X連続使用部分(144-189)
d moll→g moll→c moll→f moll→Des dur→c moll→F dur

・動機Xを各楽器で連続的に提示しながらクライマックスが形成され、次々に転調していく部分。この動機Xは途中から2拍目にスフォルツァンドで強調が加えられる。
・さらに167小節からは動機Xを受け持つパートがヴァイオリン1とベースだけになり、しかもベースが4分音符1つ分だけ前にずれ、それぞれの動機の周波数がずれて提示されるような効果を出し180小節まで続くと、そのまま再現部への推移へ入り、やがてベースに動機Yが(F dur)の保続属音で繰り返され、fffで開始する再現部に向け更にクレシェンドする。(クレシェンド記号はないが)

再現部(190-266)

第1主題A再現部分(190-234)F dur→B dur

・管弦総奏で和音を一斉に鳴らす中、上声ではなくベースとファゴットに第1主題Aが登場し再現部が開始。主題提示は198小節から上声の形でフルートとクラリネットでもう一度繰り返され、その主題後半は途中からベースに移って閉じている。
・209からは第2主題に向かう推移だが、提示部での第2主題への推移旋律自体はベースに移されていて、代りにヴァイオリンが元の推移動機の2小節を1小節に圧縮して修飾した対旋律を加えて8小節でカデンツを踏む。続いて217小節から、ヴァイオリンに推移旋律が現われる元の形で楽句が繰り返され、その途中から付点音型が分裂して、やがて1拍3拍だけの4分音符になると一旦休止。1小節置いて、今度は(B dur)のドッペルから属7に入って、第2主題再現は(B dur)で行われる。

第2主題B再現部(235-266)B dur→F dur

・第2主題Bは本来ならば(F dur)で行われるところ、(B dur)の弦楽器で開始され途中から(F dur)に転調、管楽器が主題Bを繰り返す。
・その後終止への推移は提示部と同じように推移。

再現部終止(267-300)F dur

・提示部と同様。

コーダ(301-373)Des dur→es moll→F dur

・動機Yがファゴットで単独導入されると、ヴィオラが同じ動機Yで加わる部分で(Des dur)に転調、同時にクラリネットが第1主題A前半4小節分を1度提示すると、その主題前半の最後の順次上行5音を基本動機として、転調しながらひたすら繰り返す部分が322小節まで続く。その間に調性は(es moll)を通って(F dur)に到達する。
・その後323-332小節までで動機Xが何度もffで強調確認され、続いて333-350では73小節からの提示部終止のdolce旋律と対主題に基づく部分が次第にクレシェンドをしながら繰り返し提示して、349小節のfffに到達。続いて351小節から動機Xを最大強調のまま何度も繰り返し最後のクライマックスを形成する。
・元々は壮大なクライマックスで曲が終わっていたらしいのだが、ベートーヴェンは熟考の末、このfffの動機X部分に対する、こだま(エコー)を曲の最後に加えることを思いついた。
・360からピアノの弦ピチカートと管が交替で4分音符の連続をエコーのように繰り返し、曲の最後でppによる動機Xが微かにこだまして曲を終える。

2004/10/9
2004/10/15改訂

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