ベートーヴェン ピアノ協奏曲第1番 第1楽章

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概説

 豊富な動機により次々に新しい場面を登場させつつ進行する躍動する生命力に満ちた輝かしい名曲。音大生の2台ピアノによる連弾にもおすすめの一品だ。細かい動機形成や和声などはすでに交響曲の楽曲解析で散々行なったので、ここでは協奏曲の作曲にスポットを当てて楽曲を見ていくことにしよう。なお、動機の細かい構成については諸井三郎氏が解説を書いている全音楽譜のミニスコアを買えばよく分かるので、そちらにお任せしましょう。

オーケストラ提示部(1-106)

 協奏曲のソナータ・アレグロ書式ではまずオーケストラだけで第1主題と第2主題、さらに終止楽句などを提示して、その後ピアノが導入され、第1主題と第2主題から終止楽句を経て提示部分とするのが一般的な方法なので、それを見ていくことにしよう。

オーケストラによる第1主題提示部分(1-46)C dur

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第1主題(1-16頭)は前半8小節と後半(16まで入れて)8小節の2部形式からなるが、特に楽曲上最重要の動機である冒頭1小節のリズム動機(たぁーたったったん)を動機x、続く16分音符の素早い音階上行パッセージを動機yとしておこう。交響曲の主題提示を思い出して貰えばいいが、主題提示の方法は、まず弦楽器だけで第1主題を提示して、続いて管弦総奏により第1主題を繰り返しながら、2部形式の主題後半部分8小節を展開発展(24-31)させ、続いてその発展を繰り返しながら(C dur)のドッペルドミナント(属和音Ⅴに対する属和音)に導いて、主調(C dur)からの離脱の合図として、(40)小節からシンコペーションリズムの耳に付く終止風推移で第1主題部分を締め括る。この部分でシンコペーションに掛け合う8分音符(型)の音階上行型が登場するが、これは第1主題の動機yから派生したものである。この終止楽句は後々何度も使用される重要な推移楽句であるから、まあ楽句Sとでもしてみましょうか。

オーケストラによる第2主題提示部分(47-72頭)Es dur開始

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・(C dur)の属和音で半終止する直前から、弦楽器だけで第2主題が(Es dur)の主和音で導入されるが、この第2主題は後にピアノ提示部分で登場する完全なフレーズを持った8小節の第2主題から導き出された、推移的な第2主題になっていて、第2主題の前半4小節が奏されると、管弦の和声的推移によって(f moll)に移行し、続いて(f moll)で第2主題前半4小節が行なわれ、続いて管弦和音推移で(g moll)に移行し、第2主題前半4小節を行なうと、その前半を(c moll)に移行しつつ拡大して、(70-71)小節で楽曲の精神的速度を一旦留める、4分音符の追い駆けっこユニゾン終止をもって第2主題提示部分を終える。つまりこの第2主題提示部分は転調的で推移的に形成された流動性の高い展開的提示になっているのであり、反対にピアノ提示部分では最も安定した楽句部分を形成することになる。

オーケストラによる終止部分提示(72-106)C dur

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・続いて動機xを使用しつつ16分音符の早い上行音階パッセージと、8分音符の下行音階パッセージにより形成される終止部分推移(72-85)(これを楽句Tとしておこう)が行なわれるが、これは真の終止感を見せる提示部最後の終止部分では終止楽句として使用されているものを、終止部分主題の前に置くことによって推移として扱っているのである。
・この楽句Tの後で、始めて弦楽器伴奏の上で管楽器の印象的な終止部分主題(86-89)が提示され、
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総奏的拡大で繰り返され(90-94)つつ音階パッセージの動きを増し、最後にフォルテッシモのユニゾンで第1主題冒頭動機xを終止としてオーケストラ部分の締めくくりとする。

ピアノによる提示部分(107-256)

ピアノ導入(107-117)C dur

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・いきなり主題を登場させる代りに、ピアノによる導入的旋律を動機xから導き出した(つまり骨格は初めが「ドードドシ」次が「レーレレド」になる)自立した主題風の旋律を使用して開始する。この旋律は以後顧みられることはないため、導入旋律(107-117)の役割を担っているだけであり、この印象深い導入だけで十分に使命を全うしている。繰り返し現われる動機だけが楽曲構成の重要ファクターではないのだ。

ピアノを含む第1主題提示部分(118-133)C dur

・ピアノが導入されたから、ピアノがそのまま第1主題を行なうと思ったらとんでも無い勘違いだ。そもそも第1主題はオーケストラで完全に提示されたように元の形では登場しないし、第1主題の最重要動機であるxを始めに奏でるのもピアノではなく管楽器とティンパニーが担っている。つまりここでの第1主題は完全に展開されつつ推移する形で登場する訳だ。ピアノはその特性を大きく利用して、分散和音の早いパッセージと音階パッセージを駆使しつつ(126)から(a moll)に移行し伴奏も動機xもピアノが行なう第2の部分に移行、途中で(G dur)に到達する。

ピアノによる第2主題への推移1(134-144)G dur

・オーケストラによる提示の第2主題直前に現われた、シンコペーションリズムの耳に付く終止風推移(楽句S)を元にピアノの活躍を中心に置いて形成された第2主題への推移。ここでは直前のピアノによる16分音符の早いパッセージが、8分音符を最小単位とするより長めのフレーズにより、一度速度感を緩やかにすると同時に、楽句Sで絡み合っていた4分音符的シンコペーションリズムと、8分音符の音階上行パッセージが、左手の分散和音伴奏(アルベルティーバス)の上で順番に交替で繰り返され、かつての終止風推移だった楽句が、ここでは中間推移(まだ次の推移を控えていそうな推移)に置き換えられている。調性的には、そのまま(G dur)を確定させず、一旦効果的な(g moll)転調を行なってそのまま次の推移に移行。

ピアノによる第2主題への推移2(145-154頭)g moll

・依然としてピアノを中心に進行するが、再び16分音符のパッセージが登場。この早い修飾的パッセージは半音階上行を主体にして作られ、それに対して8分音符の順次進行がスタッカートで断片的に合いの手を入れ、動機xのリズムも4分音符で打ち鳴らされつつ、最後に(G dur)に回復し半終止、第2主題の導入を控える。

ピアノを含む第2主題提示部分(154-181、開始のアフタクトを含めて)G dur

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・ピアノは一旦休止し、オーケストラによって8小節(155-162)の完全な形の第2主題が始めて登場、続いて音階パッセージの導入によって再度ピアノが登場し後半が拡大された12小節の第2主題を繰り返す。するといきなり管楽器に(♭B)が鳴らされ第2主題開始音型を短く提示すると(Es dur)に転調。それにピアノが早いパッセージで応答すると、この一連の問いと答え楽句が(c moll)で繰り返され、そのまま(g moll)による第2主題部分締めくくりのカデンツを形成する。

ピアノを含む終止部分(182-237頭)G dur

・オーケストラ提示部分とは違い、終止部分本来の形である終止主題(182-191頭)によって開始されるが、ここでもまず管楽器を中心にオーケストラが主題を4小節提示すると、その途中からピアノが対旋律(というより対動機)で加わりながら直ちに再導入され、ピアノによる終止主題を6小節に拡大し確定させる。
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このピアノによる終止主題は左手に16分音符のアルベルティーバスを持ち、非常に華やかで終止主題の印象を最も独立的に表わすような意味合いを持っている。
・続いて(ソシラソ)に始まる16分音符の動機連続下行型パッセージが演奏される推移(191-198)と、4分音符和音に3連符パッセージが絡み合いカデンツが形成される推移(199-204)が連続的にピアノを中心にして行なわれ、この2つの推移のペアが変化を加えつつもう一度繰り返される(205-216)。
・すると再び速度感を落として8分音符を主体にした連続転調推移が開始し、(g moll)から様々な調の属和音を連続的に提示しつつ次第に調性変化密度を増し、最後に(G dur)に回帰。調性を回復すると、オーケストラ提示部分で登場したシンコペーションリズムの耳に付く終止風推移(楽句S)の拡大形によって最後にカデンツを形成(225-267頭)、調性を安定させて再度確定させると同時に、ピアノによる提示部分を終える。

オーケストラによる終止部分(237-256)

・最後に直前部分から連続的にオーケストラだけによる終止部分が続き、開始のオーケストラ提示部分と合わせてピアノ登場部分をサンドイッチ(楽譜上は、かろうじてだが、印象上はこの長さで完全にバランスが取れる。)する形にして提示部を終える。つまりオーケストラ提示部分の終止部分で使用された、動機xを使用しつつ16分音符の早い上行音階パッセージと、8分音符の下行音階パッセージにより形成される楽句Tが提示部全体のまとめとして登場し、最後にシンコペーションリズムの耳に付く終止風推移(楽句S)を使用して提示部を締め括る。

提示部のまとめ

つまり提示部の構成はざっと次のようになる。

オケによる、安定した第1主題提示→楽句Sの締めくくり
オケによる、推移的展開的な流動性を持った第2主題提示
オケによる、終止主題から開始する終止感の強い終止部の代りに、楽句Tから始まる終止主題位置を入れ替えるなどして推移的正確を強めた終止部分
ピアノとオケによる、疑似主題導入によって第1主題再提示ではなく、第1主題による展開的部分として流動性を持った第1主題提示→楽句Sにもとずく中間推移を持った推移
ピアノとオケによる、安定した第2主題提示
ピアノとオケによる、終止主題から開始する一方、長い幾つかの推移楽句を投入して大幅に拡大した終止部分→楽句Sで締めくくり
オケによる、楽句Tと楽句Sの提示によって最後終止

そんなわけで

・この第1番の1楽章では、安定した主題提示である①から⑤の間を、流動的な主題提示②と④が、中間にオケ提示の終止とピアノ導入の分岐点を挟み込む形になっていて、⑤までが全体として主題提示的であり、⑥と⑦が提示部全体の終止を担っているようでもあり、同時にやはりオケ部終止とピアノ部分終止がそれぞれあって、その上で最初のオケ部と最後のオケ終止がピアノ提示部分をサンドイッチしているようでもあり、全体構成が印象の幅を生かすように構築されているのが分かる。そしてここでは楽句S,Tと命名した終止風楽句が全体構成の重要な要因となっていることも分かるだろう。
 さて、こうして見てきた部分の意味あいを変えた楽句にしたり、推移楽句の並べ方を変えたり、推移楽句を異なるものに変えただけでも、全体のバランスと印象が全く変わってしまうことから、例え主題が確定していても、それを全体構成してこのようなバランスに到達させた作曲家の才能に驚かされるが、ソナタ形式とか、コンチェルト形式とかは、決して枠の決まった入れ物にそれぞれの主題やら何かを当てはめて、その間を推移で繋ぐものでは全くなく、全体構成を意識しながらその枠組みに凝縮していく作曲方法なので、その全体構造を掴み取らないと、形式を理解したことにはならないわけだ。では、大分時間を費やしてしまったので、展開部以降はさくさくと行きましょう。

展開部(267-345)

 諸井三郎氏のコメントが面白かったのでそのまま引用しよう。
「展開部は、それ以前及びそれ以後の再現部に対し、対照的な気分を作り出しており、力強く明るい音楽の流れのなかに、静かな柔らかいものを表現している。」
静かな柔らかいもの!それはどんなものかと聞かれたらピアノコンチェルト1番の展開部さと云って通り過ぎた、しばらく立ってから「えへん」と声がした・・・かどうかは知らないが、この展開部はもっぱらピアノを中心にして、分散和音と音階的パッセージを主体に次々に場面を変えながら、ピアニスティックな推移風展開楽句部分を形成し、非常に率直な展開で再現部に向かっていく。最後のカデンツに対応した、中間部分のピアニストが最前面に出てくる展開部という形だ。軽く流れを見て置くことにしよう。
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まず第1主題冒頭の動機xによって導入され(Es dur)に到達する展開部への導入。
動機由来よりも自由推移パッセージ的なピアノによる3連符分散和音伴奏の上での8分音符の分散和音が開始。やがて右手のパートも3連符になり細やかさを増す。
続いて和音による音階下行後上行パッセージが開始、これが伴奏部分を分散和音的に変えつつ(b moll)、(f moll)で繰り返されるが、合間に動機xが管楽器で導入され、次の部分の動機xを先取して効果を上げる。
展開部で唯一管楽器が優位になる部分で、管楽器による動機xとピアノによる3連符パッセージが交互に行なわれながら(c moll)に移行する。
ピアノが左手で、楽句Sに登場した4分音符シンコペーションリズム風を行ないつつ、右手の分散和音パッセージを行なうが、その分散和音は16分音符と8分音符の3連符を短く交替し、簡単な作曲スタイルだが、非常に効果的だ。
展開部初めの3連符伴奏型が左手パートに回帰し、それに乗せて右手パートが同じ3連符のリズムで半音階下行パッセージを奏でながら進行。
ホルンの保続Ⅴ度上でピアノが和音を動機xのリズムで繰り返しながら、最後の音階下行パッセージで再現部に突入していく。

再現部(346-478)

第1主題再現部分(346-369頭)C dur

・再現部の第1主題再現は大幅に圧縮され、丁度オーケストラ提示の2回目繰り返しの部分だけが再現第1主題となる。まずオーケストラだけで総奏的に第1主題前半8小節を演奏すると、ピアノが導入され、かつてオーケストラが提示部主題の繰り返し部分で行なった拡大展開された第1主題後半8小節を行ない、そのままピアノによる第1主題提示部分の第2主題への一番最後の推移部分に移行し、直ちに第2主題に移るため、その潔(いさぎよ)いことツバメを切る佐々木小次郎の如きである。(・・・例えの意味が分からん。)

第2主題再現部分(369-396)C dur

・提示部同様、まずオケだけで完全な形の第2主題が再現され、ピアノがその拡大版を繰り返し、一度調性逸脱しつつ推移し終止部分に入る。

再現部終止部分(397-478)C dur

・調性以外提示部と同様に推移。ピアノとオケの部分が終わり、オケだけの終止が終わると、Ⅰの2転上で半終止し楽曲がストップし、ピアノのソロカデンツ部分が登場。このC durなら下から(ソドミ)と第5音が下に来たⅠ和音(ドミソ)を持って独奏者だけが一人華麗な即興的パッセージを披露するソロカデンツを開始するのは、バロック時代に確立された方法であり、その後も長い間踏襲されていく協奏曲の常套手段だ。ここで圧縮された再現部全体に対して、提示部に見合う重心を全うするべくピアノが長い(とは限らないが)ソロカデンツを演奏し、最後の演出を極めると、最後にオーケストラが終止主題の総奏によって楽曲を締め括ることになる。楽曲も終止楽句まで登場して最後を予見させた部分で、一旦楽曲の時間の流れをストップさせ、止まったまましばらく別の時空に移行して、再び戻ってくるようなカデンツの効果は、拡大された提示部以上の印象を最後に我々に与え、その後の短い総奏締め括りの回帰の時には、しっかりと終了を待ち望んだ状態になれる訳だ。また、ピアノ効果の活躍が、展開部全体と最後のカデンツでバランスを取って、これも膨大な提示部分に対して後半比重のバランスを取っている。
 さて、ベートーヴェンは第1番のためのカデンツを3つほど残しているそうだが、最も長いものは例え本人が書いたものだとしても間延びした次点作品で折角の引き締まった第1楽章を台無しにするものなので、ぜひ採用は見送りたい。カデンツとしては全音版で(A)と銘打たれたものが、もっとも引き締まっていて無駄が無くて効果的であるから、楽しみで楽譜を購入してカデンツを引いてみたい人は、これを楽曲に当てはめると良いだろう・・・ところが、このカデンツは残念ながら途中でぶつ切れになっている(細かい経緯は知りませんが)。残りを書き足してカデンツを乗り越えられればこれに越したことはないが、それは楽しみで購入するレヴェルを越えてしまうから、(B)の簡易版にしてみたらよいかも知れない。
→最後のものはかなり後から作成されたらしい。書法精神に違いがあり長すぎる気がしたが、必ずしもそんなことは無いようだ。あまり表層的に判断しては剣呑だ。
 まあ音を辿るだけなら聞き慣れた物を具現化してみるのが簡便であるが、カデンツはプロで演奏するならぜひ自分で作って演奏したら良かろう。当時の作曲者だって、カデンツはそう云う部分だと考えていたはずだから、ひたすら作曲者の参考例だけを演奏しまくるのは、特に1番2番あたりでは、かえって作曲者の意図に反するかとすら思われるのである。(と無責任なことを書いて、今回は終わりにしてみる。)

2005/09/06
2005/09/14改訂

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