ベートーヴェン ピアノ協奏曲第1番 第2楽章

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概説

 緩徐楽章についてはベートーヴェンはテンポのゆったりした穏やかなメロディーラインが楽曲構成をルーズにして、安易に旋律がだらだたと歌われ続けるという、古典派の作曲家の(フンメルはおろか、シューベルトでさえも)はまりがちだった落とし穴に陥ることは最初期から無かった。すでにここでも緩徐楽章を構成法によってLargoながらも決して密度が損なわれないように、徹底した作戦が練られているのを見て取ることが出来る。それを見てみることにしよう。

主題提示部(1-43)

主要主題提示部分(1-29)As dur

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・調性は第1楽章の(C dur)に対して、同種短調(c moll)のⅥ度調である(As dur)を採用、近親調ではない3度調関係はベートーヴェンの大好物である。まずピアノが4小節4小節の2部形式の歌謡的な主要主題(1-8)を演奏、ヴァイオリンをメロディーラインに置いたオケだけがこの主題に対する応答旋律(8-14)を奏で、印象的な複付点の和音的部分で止め、ここまでが主要主題提示(1-14)となる。
・続いて今度はオケだけでクラリネットが旋律楽器となって主要主題を変化させ4小節演奏し、副主題への展開推移を兼ねた主要主題の繰り返しを行なうが、これは主要主題の応答旋律を挟んで締め括る主要主題の終止型を兼ねている。つまり[主題-応答-主題による終止]で閉じているような効果を出しているのだが、同時に直前の(14)小節が管だけの息の長い主題開始前推移を形成して再度主題を導入する効果を持たせ、弦楽器の伴奏が16分音符化して変奏修飾的発展を見せるなど、同時に主題繰り返しの意味も担って、今度はこの繰り返し主題4小節に応答してピアノが導入され、前とは異なる形の応答旋律(19-24)を奏で、その途中(f moll)を経て(Es dur)に到達し、再びピアノが鳴り止んでオケによる副主題への推移となるが、この(25)からの推移部分はソナタ形式で第2主題を導くときによく行なう、(Es dur)のドッペルドミナントとドミナント和音の交代によって形成され、最後にドミナント和音で半終止する。
・こうして主要主題部分を見ただけでも、主題繰り返し部分が主題終止の中に繰り返しの意味を織り込みつつ、次のピアノによる新しい応答旋律を導くなど、意味の二重性による構成要素の圧縮が行なわれているのが分かる。

副主題提示部分(30-43)Es dur

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・ソナタ形式の第2主題のように属調領域に到達し(Es dur)で第2主題的な旋律が開始するが、これはピアノと木管の短い応答から成り立っていて、これが2小節で2回繰り返されると、今度はそれぞれの応答を拡大しつつ2小節行い、4小節を持って副主題(30-33)となる。続いてピアノで主要主題の時と同じように副主題に対する応答旋律(34-37)が4小節行なわれ、これが非常に細かい音符によって華やかに修飾されつつもう一度繰り返されると、再び複付点の和音的部分によって止めが入り提示的部分を終える。

中間部(44-52)as moll→As dur

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 続いて非常に短い中間部が形成され、調性が同主短調の(as moll)に移行。ピアノが止まりがちなため息音型(44)を奏でると、それに弦楽器のベースが応答し、ピアノがよりいっそうため息を奏でると、直ちに止まりがちな分散和音音型が登場し、主要主題の再現に向かいながら(As dur)に回帰、最後にはピアノの1つの声部だけの薄い声部書法になって、主要主題を待つ。

主要主題変奏再現部(53-83)As dur

 豊かに修飾された主要主題がピアノによって変奏再現され、華やかさの度合いを増すと、提示部分と同様、これにオケが応答旋律で答え、複付点の和声的部分で止めを打つ。続く主要主題の繰り返しは、主題提示的部のような副主題への推移を兼ねた展開的繰り返しではなく、完全に主要主題の変奏をもう一度繰り返す形になっている。すなわち再びピアノによって主題が登場するが、伴奏は3連符による和音型に替えられ8小節を変奏し、これに付けられるオケによる応答旋律も3連符に伴奏されながら完全に再現され、再び複付点の和声的部分で止めを打つ。そして非常に効果的な方法だが、これ以降3連符を常時伴奏に織り込みながら最後まで進行するので、これまでの部分より一層優しい印象を持って、発展的なマイナーイメージチェンジが図られている。その後さらに(81)小節からクラリネットが主要主題を開始して、次の変奏が開始するかと思わせるが、この主題は提示部の主題繰り返し部分の方法で終止風に変えられ、4小節で変奏的再現部分を締め括る。ここでも、次の変奏の印象を一瞬与えることと、主題部分をまとめることが同時になされている感じだ。

終止部(84-119)

 提示部では第2主題風の副主題が登場する一方で終止楽句を持たず直ちに中間部に向かったが、その一方でここでは副主題は登場せず、終止部が開始する。まず、3連符の同音連打に乗せて和音型が緩やかに下降すると、終止部分の導入を果たし、3連符によるヴァイオリン上行型と管楽器下行型の短いパッセージの遣り取りが行なわれながら、オケの総奏に発展し、そのまま4分音符和声によるカデンツを形成、最後に1小節の旋律風パッセージが行なわれ、これを持って主題と云うよりは楽句といった方が良さそうな終止部主題(84-91頭)を形成。この終止部主題が拡大されピアノの修飾パッセージを折り込みながらもう一度繰り返されると、これまでの遣り方同様、終止部主題に対する応答旋律が登場(100)し、ピアノの細かいパッセージを織り込み、やがて3連符の同音連打に平坦化すると最後に(109)小節のピアノによるソロカデンツ風の豊かな修飾音型によって応答旋律を終える。
 続く(110)からは主要主題素材による完全な終止的部分になり、余韻のように繰り返される旋律断片が印象的だ。

まとめ

 つまりこの緩徐楽章の構成は、中間部まではソナータ形式のように主要主題から属調の副主題を経て中間部に移行すると、再現部に当る部分では主要主題の変奏が2つ置かれ、副主題が登場すべき部分は終止部分の推移的な終止部主題に置き換えられて曲を終えるという、ソナータ形式を元に非常にユニークかつ密度の濃い楽曲構成を持っている。ソナータ形式ならば中間部の前にあっても可笑しくない提示部終止部分が存在せず、代りに後半では副主題が終止部分に置き換えられているなど、ソナータ形式を踏まえた全体構成が何よりすばらしいのは、こうした構成が実際の音楽を豊かにするのにあまりに自然にとけ込んでいて、聞いていると非常に自然かつ効果的であり、緻密な構成がそれ自身で自己主張をして感じられない点だと云える。

2005/09/06
2005/09/14改訂

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