ベートーヴェン ピアノ協奏曲第1番 第3楽章

[Topへ]

概説

 非常に引き締まった構成感を持つロンド・ソナータ形式。つまり提示部が[第1主題-第2主題-第1主題]となり[中間部]がこれに続き、再現部が[第1主題-第2主題-第1主題]に終止が続く形で、よく言われるようにABACABA型になるわけだ。

提示部(1-190)

第1主題提示部分(1-65)C dur

<<<確認のためだけのへたれなmp3>>>
・始めに20小節の第1主題がピアノで奏され、それがオーケストラで拡大されるまでが第1主題提示(1-40)になり、木管ユニゾンによる新しい呼びかけが恐ろしく素朴な分散和音(これは続くピアノ再導入への呼びかけなのでこの薄い声部書法が非常に効果的になっている)で提示されると、ピアノの走句的パッセージが開始され推移部分に移行、続いてピアノは分散和音フレーズ変化し、その最中に属調である(G dur)に移行する。
・これが第1主題提示部分の全体の流れだが、第1主題の自立した動機提示的部分は(1-6)からなるので、ここでは冒頭開始の特徴的なリズムパターンを動機vと、後半の8分音符によるカデンツ部分の動機(4,5)を動機wとでも命名しておこう。続く旋律順次上行による部分では、動機vの開始リズムである特徴的な「たたたん」によって順次音階上行型を生みだし飛翔の度合いを高めた部分を経て、さらに高い位置での主題開始部分繰り返しに到達するが、この上行型誕生の部分は1小節ごとに付点4分音符の長いためを作って階段を上る時の踊り場のような部分を形成しつつ、その踊り場の下ではピアノの左手パートに特徴的な4音の動機xが登場し、さらに高い位置に昇っていく。この息を継ぎながら上行していく遣り方は、次第に高い位置に到達するためによくやる方法で、これによって誕生した順次上行のフレーズを元に、終止直前にオクターヴ上行の、続いてオクターヴ下降の早いパッセージが誕生する。このオクターヴパッセージを動機yとしておこう。主題解説以下は、始めに挙げたように進行していくが、細かく見るのはきりがないから、さくっと第2主題に行こう。

第2主題提示部分(66-128頭)G dur

<<<確認のためだけのへたれなmp3>>>
・スタッカートにして16分音符の特徴的リズムが光る跳躍する第1主題に対して、8分音符を最小単位として形成されるスラーで並行的な旋律の後、特徴的なリズム型の続く第2主題(66-73)がオーケストラだけで登場。続いて16分音符の伴奏型に乗せてピアノで繰り返されるが、主題後半部分が拡大されている。ここで、この第3楽章で場面転換などに効果的に使用されているオケのユニゾンによって(Es dur)に逸脱すると、そのままピアノにより、第2主題を使用して分散和音の上と下で交互に呼び掛け合うような長い第2主題に基づく推移に突入、その間に(c moll)、(g moll)を経て(G dur)に回帰すると、(120)から締めくくりのカデンツをを形成して第2主題部分を終える。

提示部終止部分(128-151)

<<<確認のためだけのへたれなmp3>>>
・ロンド・ソナータ形式では通常終止的推移を経て第1主題が再現され提示部を終えるのだが、この楽曲では第1主題、第2主題と場面を変えてきた楽曲が、つい第3の新しい情景に突入して、しまったそうじゃなかったとそのまま第1主題に戻って行くような作曲がなされている。したがって終止部分と云うよりは、逸脱情景部分を形成して第1主題に回帰するような感じだが、つまり第2主題部分の後、場面転換のキーワードであるオケのユニゾンが新しいパターンで開始して、オケのユニゾンと和声的部分の交替で(Des dur)、(Es dur)と調性逸脱の旅を開始して、(f moll)に至って短調による魅力的な終止旋律が登場するのだが、これは明確に第1主題の動機xに基づいていて、一種調性的に第1主題に帰り損ねて、魅惑の短調領域を形成してしまったような効果を出しつつ、直ちに断片化して、改めてやり直して第1主題が再現するので、第2主題領域から第1主題への復帰を劇的に凝縮しつつ、逸脱情景化した素敵な効果を持っている訳だ。さらにその逸脱部分を導くオケのユニゾンについて付け加えておけば、この場面転換で使用されるユニゾン型は、初めのパターンでは分散和音型、2回目は全音階的下行型パッセージ、そして3回目は半音階上行型を使用していて、作曲の定法とはいえ配慮が行き届いていて、しかも効果的だ。

第1主題提示再現部分(152-191頭)C dur

・第1主題の正しい調性である(C dur)に戻って第1主題が始めピアノで、続いてオケで提示され、これを持ってロンド・ソナータ形式の提示部を終える。

中間部(191後半-310)

中間部主題提示部分(191後半-226)

<<<確認のためだけのへたれなmp3>>>
・ソナータ・アレグロ形式の展開部のように動機の展開が行なわれる代りに、さらに中間主題C(ABは記入してないが、第1主題は常にAで、第2主題は常にBだと思って下さい)による自立した部分を形成するのがロンド・ソナータ形式の特徴で、ここでもまず第1主題動機xに基づく断片を繋ぎ合わせたような中間主題C(191後半-199頭)がピアノによって印象的な短調(a moll)で提示されるが、この主題は単純な作曲法ながら、古典派と言うよりは何だかジャズのような近代的な印象を与え、楽曲の雰囲気をがらりと変える見事な転換を見せている。これが後半拡大されてもう一度繰り返されると、(206)までで中間主題Cを終え、続いて8分音符の半音階上行が印象的な推移(207-226)が、始めピアノによって、その後オーケストラによって(C dur)領域を中心に行なわれる。

中間部主題発展部分(226後半-273頭)

・続いて中間部主題が拡大されつつ、全体として(191後半-273頭)まで全体が中間部主題領域を形成しているわけだ。すなわち簡単に見れば、再び中間部主題が(a moll)で登場し、続く推移部分が長く拡大され調性の旅を行ないつつ、最後にもう一度中間部主題が(a moll)で登場しながら後半が終止的に変化して中間部主題部分を締め括る。

再現部への推移(273後-310)

・ここで第1主題の再現があるとあっちゃあ、ただ開始のように提示したのでは詰まらない。ベートーヴェンはポンと手を打ってすばらしいアイディアを思いついた。つまりせっかく提示部終止部分(128-151)で生み出された遣り方、誤った第1主題再現が魅力的な短調部分を自立的に形成して、「どうも失礼」と正規の第1主題に回帰する方法を利用しない手はないじゃないか。と云うわけで、再びオーケストラのユニゾンと和声的部分の交替が登場し、(Es dur)、(F dur)、と調性の旅を繰り広げ(g moll)に到達しては、先ほどの終止旋律を登場させ、直ちに断片化して(d moll)を経由して(C dur)に到達し、保続音上のパッセージの定番の方法を経て再現部に向かう。

再現部(311-571)

第1主題再現部分(311-381)C dur

・ピアノによる第1主題再現がオクターヴ上で開始され、これも単純だが効果的な変化を付けて再現部を開始。主題がオーケストラ総奏に引き渡されると、後は第2主題への推移後半が提示部とは少し変えられている。

第2主題再現部分(381後-436頭)

・第2主題が(C dur)で登場し、それに関連して調性旅行が提示部とは別の調性で行なわれる他は、ほぼ提示部同様進行。

楽曲終止に置き換えられた終止部分(435後-485)

・楽曲全体を締め括るピアノソロカデンツに向かうべく、楽曲終止的に置き換えられた終止部分が、オーケストラのユニゾンの合図の代りに、第2主題冒頭旋律を使用したまま、直前の部分から連続的にオーケストラの総奏によって開始。音量も和声の変化密度でもクライマックスを形成して(C dur)のままⅠの2転の和音に到達すると、ベートーヴェンの例では比較的短いピアノの独壇場のソロカデンツが煌びやかに演奏される。
・しかしカデンツが曲の終わりを指向する特性を利用して、カデンツの後の楽曲の終止部分を引き延ばして演出することによって、カデンツとそれ以後の部分を第3楽章全体のバランスだけでなく、全3楽章の楽曲全体の終止として印象付けて終止する演出は心憎いばかりだ。というわけで、カデンツが消えた余韻の中から登場するのは終止的パッセージではなく、ピアニッシモの分散和音に支えられたトリル付きの薄い属7の和音の響きであり、その響きが不意に「はっ」と息をのむような効果を持って(H dur)の属7の和音に変化すると、ここでこれまで何度も私たちを快く驚かせてくれた逸脱調性の終止旋律が満を持して登場。しかも(C dur)から恐ろしく離れた調性である(H dur)での提示は、これまで短調だった終止旋律が長調化して登場する2重の心地よい驚きとなって、聞き惚れている間に、終止旋律は幾分長い正規の(C dur)への回復の旅を行なってフェルマータで楽曲が中断すると、最後の第1主題再現に到達する。このフェルマータの所に、スコアではピアノによるカデンツが記入されているが、このカデンツを演奏したのを聞いたことがない。作曲者の書いたものなのだろうかさっぱり分からないので、分かるまで放っておくことにしよう。

第1主題再現再現部分(486-528)C dur

・今度はオーケストラによって、上声と下声がカノン風対位法を織り交ぜた第1主題を1回演奏すると、続けて断片的に冒頭動機vが繰り返される中で、オクターヴ音階上行パッセージである動機yが修飾を加える推移が繰り返され第1主題を使用した推移へ移行。

コーダ的部分(529-571)C dur

・終止的推移パッセージの中に、(545)からコーダ的部分の締めくくりを讃えるような旋律が登場。これは例の逸脱調性部分の旋律を元に形成され、これを3連符によって修飾繰り返しのうちに属和音上のピアノのカデンツ風パッセージに到達し、フェルマータで休止すると、このピアノカデンツに答えて、オーボエが(Adagio)の短いカデンツで応答、一度楽曲全体を讃え合ってから、最後にオケの短い和音的総奏によって楽曲を締め括る。このように、再現部からカデンツに移行して、終止旋律の逸脱情景を折り込み、終止風の中に第1主題が回想されつつ、さらにカデンツによる速度変化を織り込みながら楽曲全体を締め括る作曲方法は、第1番の見事な作曲法を表わしていて、構成密度においては3番のような後の作品をかえって凌駕していると云える。

2005/09/12
2005/10/17改訂

[上層へ] [Topへ]