シューマン 交響曲第3番 第2楽章

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概説

・主題にライン地方の民謡を使用したという。

提示部(1-32)

主要主題提示部分(1-16)

<<<確認のためだけの下手なmp3>>>
・冒頭の主題にもとずく提示部分。主要主題は(1-16)であり、またしても管と弦が均質的に主題を提示する。開始の1小節のリズムパターンと分散和音フレーズである動機xを使用して4小節を形成し、これをひとまとまりにして4小節単位で変遷し、一見たわいもないようだが、16小節すべてをこの冒頭1小節の動機xだけで形成するのは、恐ろしく頑固な作曲態度だと言えよう。これが硬直化とは正反対の、楽曲を魅力的に高めるために機能してる点が、さすがシューマン、だてに「Theロマン」の称号は貰っていない。
・主題は開始の4小節を元にさらに4小節繰り返すまでが前半、続いて後半は冒頭4小節に対する応答的なフレーズに変更され、いわば中間逸脱を形成し、最後の4小節で冒頭フレーズの旋律パターンが回帰する。しかも後半8小節がリピートで繰り返され、歌曲形式の定型的な[前半→後半→後半]のパターンで作曲されているため、冒頭4小節を基準に考えると[aababa]という形になり、実際は24小節の長さを持つ。

二重の意味を持つ部分(17-32)

・主題の変奏と、主題の中間逸脱から主題再現という2つの意味を故意に掛け合わせた魅力的な楽曲形成になっている。つまり17小節からは主題冒頭の分散和音型を元に16分音符の階段上行型の音型動機yを誕生させ、今度はこの動機yを中心にして16分音符のリズムが31小節までを形成し、主題提示部分と同種類の方針でこの部分を全うしている。やはりフレーズは4小節を一つのまとまりとして、4小節4小節で同じ事が繰り返されると、中間逸脱的に応答の4小節が続き、最後に初めの4小節のフレージングが回帰して終わる。まったく主題提示部分と同様にその後半がリピートされるので、この部分の冒頭4小節を基準に考えると、[aababa]という形になり、24小節の長さを持つわけだ。
・しかもである、この第1変奏の部分の一番最後のひとまとまり、つまり29小節目に合わせて、冒頭主題の4小節のフレーズが重ね合わされて登場するのは、シューマンしてやったりの瞬間である。これが狙いだったかと思わず手をポンと叩きたくなるが、これによって32小節までを括りとした楽句では、[主題提示(1-16)→変奏による中間逸脱(17-28)→最後に主題回帰(29-32)]という形式も内包されて、味のある一品に仕上がっている。(なんだそりゃ。)

中間部(33-78)

副主題にもとずく部分(33-48)

・主要主題の部分が終わって、対称されるべき主題が登場するのは大楽曲形式の楽句の常である。それは立場上第2主題と呼ばれたり、副主題と呼ばれたり、あるいは中間主題と呼ばれたりする。ここでは(C dur)の主題に対して、副主題が(a moll)によって、一貫して保続される(C)音上に形成される。
・主題は管楽器で表わされ、弦楽器は直前の16分音符の動機yを伴奏動機として使用する事により、前の部分との融合が図られている。副主題は8分音符の分散和音だった主要主題に対して、4分音符と3連符の特徴的なフレーズで登場。フレーズ形成は主要主題と一貫性を保ち4小節4小節の前半に対して、次の4小節が逸脱中間部分としてフレージングを変えて、最後の4小節で初めのフレーズが帰ってくる方針が取られているので、主題に対するもう一つの主題の印象が強いが、ここでは前半にもリピートが加えられ、開始の4小節を基準に考えると[aaaababa]のパターンになる。
・ここでもユニークな楽句の意味の二重性が追求され、冒頭から行なわれるリピートの方針もあり、この部分は中間部分の開始ではなく、むしろ主要主題に対する副主題を提示する部分形成され、続く主要主題の(A dur)での回帰(49-56)とその後の副主題による推移的な部分が、主要主題と副主題による展開的推移部分にも捉えられる。そんな印象もあり中間部分の主題を中間主題ではなく、副主題としておいたが、実際は副主題の開始から、原調主要主題の復帰(49小節)までが中間部分を形成している。

主要主題にもとずく部分(49-56)

・調性的には(A dur)を使用して、この前後の中間主題部分が(a moll)を中心として形成されているために、中間主題にサンドイッチされた短い主要主題の部分は、調性的に中間主題(a moll)の中の中間部分(A dur)を形成している。さらにこの部分では中間主題で生まれた3連符の音型が、定期的に合いの手を入れ続けることによって、中間主題側に対する中間部としての印象が補強されている。直後の中間主題部分が回帰するに及んで、この部分が中間主題で括られた楽句の中間部分で合ったと思えて来るという、しかし同時に開始部分から全体を見ると、主要主題が回帰したのであるから、シューマンは本当に魅力的な楽曲形式を編み出したものだ。

副主題にもとずく部分(57-78)

・ここに至って主要主題側から投入される特徴的な音型は消滅し、副主題にもとずく推移的部分から最後に73小節目から1回副主題の4小節が再現されて中間部分を締め括る。はてな。
・まず直前の主要主題にもとずく(49-56)を外して考えると、提示部において主要主題が「二重の意味を持つ部分」と呼んだ変奏に逸脱して主要主題冒頭が回帰して終了するパターンと、副主題が提示され推移を経て最後に中間主題冒頭が回帰して終了するパターンが、綺麗に配置されているわけだ。しかも、主題提示部分では主要主題の後半にだけリピートが付けられていたのに対して、中間部分では副主題の前半にもリピートが行なわれ、その代わり最後に副主題が回帰する部分はリピートされないという、意味付けがされているらしい。その主要主題提示部に対応するはず副主題部分の真ん中に、(A Dur)の主要主題を配置することによって、楽句同士の意味あいがもたらす楽曲形式の綾をどれほど高めているか。

再現部分(79-133)

・ここまでみたら、後は皆様にお任せしても大丈夫でしょう。主要主題の再現(79-94)が開始して、動機xを使用した部分が113小節まで続くが、細かく見ていくときりがない。(ただし本当は細かく見るだけの価値を十分に持っているが。)ここでは113小節目まで例の動機xがほとんど途切れることなく使用され続けるという事実をお知らせしておきさえすれば、私には十分に思われる。ついでに、100小節から引き延ばされるホルンとベース上の主題断片的扱い、この部分の印象は見事であるし、動機xのリズムが軽く破棄される104小節目の最後の3連符(中間主題に由来する)や、114小節のリズム変化にも注意を傾けると、さらに楽曲が面白く思えてくるかも知れない。
・114小節目からこの執拗なリズムの束縛を抜け出して、コーダ風の取りまとめが行なわれるが、最後に主題冒頭の4小節がもう一度だけ回帰して楽曲を締め括る。

2006/11/18
2006/11/28改訂

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