蛍の歌

蛍の歌

あなたはどうして
  そんないつわりのイルミネーションや
 飾り立てたショーウィンドゥに
   はしゃぎ回るようなおさな子みたいに

静かな三日月の頃の
  浜べの砂のあこがれみたいな
 潮騒のささやきさえ捨て去るみたいに
   磨かれたしら玉にあこがれるのでしょうか

そんなものなどなくても
   僕らの毎日は豊かで暖かくて
 そうしてささいな食事しながら
    ほほえんでいられれば満ち足りた

ありきたりがどうして
   足らないばかりにもの欲しさして
  あちらこちらの魅力にさいなまれ
    きらびやかにまみれてはしゃぐのでしょうか

ある時、蛍がふと思いました
  けれどもそのさえも蛍もまた
 今では人工的に築かれた河辺装置の
   清らかな水を有り難がるくらいの

不自然な蛍には
  過ぎないことを知っておりましたから
 もう彼にはただ真心を込めて
   正しい生き方を神さまに祈るしか

きっとすべはないようでありました
  けれどもすさんだ私たちはその事さえも
 つまりはもしそれを神さまが
   聞き届けてくださったとして……

蛍はもう数分たりとも
  もうあたりきな自然の中では
 舞うことも光ることも
   奏でることも出来なくって

ただ恐ろしくなって
  わなわなと震えだし、作られたもの
 いつわりの世界に戻りたくって、戻りたくって
   なみだを流すには違いないということ

そしてその中では
  いつわりなんてどうでもいい
    はしゃぎまわるイルミネーションの
  虚飾に満ちたきらびやかさ

それだけが幸福の指標であり
  ひたむきさは泥にまみれた前世紀の
    つまりはきらびやかな水耕栽培には不似合いの
  欲しいときのカワニナにさえ不自由するような

穢れたいつわりの
  川瀬のように思われてはまた
    きらびやかなLEDに照らされた
  噴水の中のしあわせを

楽園みたいに眺めては
  ふと人工的に作られた暗闇にはまた
    自らの演出を誇らしげにして
  いつわりの蛍は舞い踊るものでした

いつわりの蛍は
  しあわせの島の楽園に
 静かにそして軽やかに
   酔いしれているばかりなのでした

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