「大和物語21段25段」古文と朗読

「大和物語二十一段二十五段」

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大和物語二十一段

古文

 良少将[良岑仲連か、あるいは良岑義方か、諸説あり]、兵衛の佐(ひやうゑのすけ)[皇居を守る役職]なりけるころ、監(げん)の命婦(みやうぶ)[詳細不明。命婦は五位以上の婦人を内命婦、五位以上の官人の妻を外命婦 (げみょうぶ) という]になむ住みける。女のもとより、

柏木の
  もりの下草 おいぬとも
    身をいたづらに なさずもあらなむ

返し、

柏木の
  もりの下草 おいのよに
    かゝる思ひは あらじとぞ思ふ

となん言ひける。

現代語訳

 良少将が、兵衛の佐だった頃、監の命婦(げんのみょうぶ)のもとに通っていたが、彼女から和歌が贈られてきた。

柏木の
  もりの下草 おいぬとも
    身をいたづらに なさずもあらなむ
          監の命婦 (続古今集)

[「柏木の森の守り」のように皇居を守る兵衛の佐であるあなた、そのあなたの下草のような私が、このように年老いたとしても、私のことをいらない物にしないでくれたなら。]

男からの返し、

柏木の
  もりの下草 おいの世に
    かゝる思ひは あらじとぞ思ふ
          良少将 (続古今集)

[柏木のもりの下草が、老いているとしたら、こんな恋しい思いにはならないと思うよ。それに、もし柏木のもりの下草が老いた時代にも、そのような思いには、きっとならないと思うよ。]

とあった。

和歌の意味

 「柏木の」は「森」「洩(も)る」に掛る枕詞であり、「柏木の森」という歌枕、つまり地名から来ているともされる。一方で、「柏木」は皇居を守る兵衛の異称でもある。そんな関連性があって、良少将の庇護下にあるという連想から、女性の方が自らを「柏木の森」あるいは「柏木の守」の下草に例え、それが老いたとしても、この身をいらないものにしないでくれたらと詠んでいる。

 この三句目の「老い」は「生ひ」との掛詞になっていて、はじめの歌では、「森の下草が生えているのが、老いてしまった世の中になっても」という意味の掛け合わせを演じている。

 それで、女性からの和歌は、単純に未来を危惧したものではなく、来てくれないもどかしさを、委ねる場合が多いので、「あなたが来ないのは、わたしが年老いてしまったせいなのでしょうか」と、数日の別れを、幾とせの別れに見立てて、詠んで見せたものと推察される。

 だからこそ、男からの返歌も、

柏木の
  もりの下草 おいるとも

なら、自然に「年老いた将来」を心配する女性への返歌になるものを、「おいの世に」と言っている訳で、これは前面においては、「老いてしまったら、こんなに恋しくはありませんよ。あなたは美しい」という、すぐに来てくれないことを心配する女性への、直接的な返答になっていて、「森の下草生い茂っている、もっともみずみずしい時期のあなたですから、そんな思いにはなりっこありません」と返答しているからこそ、わざわざ「おいの世に」と詠んだものと思われる。

 けれども、裏側には「老いるとも」の意味を内包していて、「たとえ年老いたとしても、そのような思いにはならないと思うよ」という心情を、掛け合わせている。

 それで、女性の和歌の持つ、「私に魅力がなくなったの」(現在)という刹那の感情と、将来を危惧する「いつか魅力がなくなったら捨てられてしまうの」(未来)という二つの意味に、(今を愛し合う男女にとっては当然のことながら、)現在を主意として、共に答えているというのが、この和歌の贈答の深みではないだろうか。

 あるいは、「かかる思い」には、女性の和歌に対する「そのような思い」の意味の他に、「おいの世」という表現に掛る思いは存在しない、という理屈的な意図もこもるか。

続古今和歌集

 この和歌の二つ目の、良少将の和歌は、十三世紀半ばに成立した『続古今和歌集』(11番目の勅撰和歌集)では、僧正遍昭(そうじょうへんじょう)の作品とされている。これは遍昭の出家前の名前、良岑宗貞(よしみねのむねさだ)も、良少将と呼ばれるので、後に混同されたものと思われる。

大和物語二十五段

古文

 比叡(ひえ)の山に、明覚[詳細不明。「念覚」とする原文もあり]といふ法師の、山籠り[山寺での修行くらい]にてありけるに、宿徳(しとく)[「しゅうとく」読みの原文もあり]にてましましける大徳(だいとく)[得のある高僧]の、はやう死にけるが室(むろ)[僧坊]に、松の木の枯れたるを見て、

ぬしもなき
  宿に枯れたる 松見れば
    千代過ぎにける こゝちこそすれ

と詠みたりければ、かの室に泊りたりける弟子ども、あはれがりけり。この明覚は、とし子が兄人(せうと)なりけり。

現代語訳(解説込み)

 藤原千兼の妻「としこ」の兄弟であった明覚法師が、山寺での修行中に、亡くなった高僧の僧坊を訪れて、今は枯れた松があるばかりなのを見て。

ぬしもなき
  宿に枯れたる 松見れば
    千代すぎにける こゝちこそすれ
          明覚法師

主もいない
  家に枯れている 松を眺めると
    千年以上も時が流れたような
  そんな気持ちにさせられます

と詠めば、僧坊に居た亡き高僧の弟子たちも、しみじみとした思いにとらわれるのだった。この明覚という人は、「としこ」の兄弟である。

和歌の意味

 ストレートな和歌で、千年も枯れないと言われる松を眺めると、千年以上も過ぎたような気持ちがします。と詠んでいる。ただ千年も過ぎた気がするというのは、「すっかり記憶のかなたです」という意味ではなく、あなたが亡くなってからの悲しみが深くて、もう千年以上も悲しんだような気にさせられます。という意図であることを、念のために記述しておく。

 だからこそ「千代過ぎにけり」ではなく、「こそ」という強調を加えて、「千年過ぎたような気持ちこそしてきます」と詠んでいるので、そこから読み取れるのは、「千年過ぎた訳でもないのに」という気持ちである。すると、「まだ悲しみが風化するほどの歳月は経っていないのに」という心情が、海の底に静かに横たわっていることが知られるだろう。