『大和物語141段』古文と朗読

『大和物語141段』古文と朗読

大和物語141段 『波路』古文と朗読

はじめに

 この段は、大和物語の隠れた名作ではないかと思われます。三人の関係が導き出される開始部分から、その別れであるクライマックスまでを、筑紫から来た恋に生きる女性を、一貫して和歌で描き出しながら進行。和歌を贈る相手は、登場しない誰か、夫、本妻、そして夫と本妻の二人、と非常にバラエティに富んでいて、シチュエーションも、攻めの恋、三角関係、受け身の恋、そして恋の終わりと、多様な恋に生きる和歌を提示しています。

 情緒も悲しいエンディングばかりでなく、「月さえ見ていなければ」恋に生きるような陽気な場面や、「こりもせず恋しました」と「こりもせず書き送った」と執筆するような、コメディチックなところもあり、悲劇と喜劇のバランスが見事で、しかもそれに合わせて、夫と筑紫の女の心情の移り変わりが、底辺に織り込まれているようです。

 これによって、最後の別れのシーンが、まるでドラマのクライマックスでもあるかのような、遍歴を経たものにすることに成功しているようで、また別れの場面の冗長な記述は、むしろ現代の小説で別れを描くときのような、きめ細かい描写で段を閉ざしている。

 長文の和歌の扱いでも、歌がこれほどストーリーと有機的に絡み合って、しかもストーリーとのバランスが整えられた段は、それほど多くはありません。

 そんな隠れた佳作を、古文朗読を聞きながら、同時に現代文で追い続けられるように、なるべく本文に従って、現代語訳にしてみますので、古文を聞きながらこの段を楽しんでみてはいかがでしょうか。いわゆる解説的現代語訳では殺されてしまう、古文本来の面白さが、伝えられたら良いのだけれど……そのためには、朗唱は止めて、普通の朗読にした方が良いかもしれない。残念ながら、今はこれで。

現代語訳

 「よしいえ」[詳細不明]という名の宰相(さいしやう)[参議(さんぎ)という国政の中枢役員]の兄弟が、大和国[奈良県あたり]の掾(じよう)[県庁の三番目のポストくらい]の役職にいた。彼の妻のところに、筑紫[ここでは九州地方くらい]から女を連れてきて住まわせた。元の妻も、優しい人で、新しい妻も、憎らしい心は持たず、仲良く語り合う中だった。そしてこの男は、あちらこちら、他の国へ出張しがちだったので、二人だけで住んでいた。

 この筑紫の妻が、忍んで別の男と逢ったが、
  それを誰かに咎められたときに、このように詠んだ。

夜半にいでゝ
  月だに見ずは 逢ふことを
    知らず顔にも 言はましものを

夜中に出かけても
  月さえ見てなければ 逢ってることを
    知らないふりして 答えられるのに ]

などと。

 このようなことをするのに、元の妻は優しい人なので、夫にも言わないままで居たけれど、別のところから「このように男をこしらえている」と聞いて、夫は考えては見たが、あまり悩むこともせずに、そのままに放置しておいた。

 やがて逢ったとき、この夫は、女が別の男を作っているという話に対して、「その相手と自分とどちらを思っているのだ」と尋ねると、筑紫の女は、

花すゝき
   君がゝたにぞ なびくめる
 おもはぬ山の 風は吹けども

[薄(すすき)のように
   あなたの方にこそ 私はなびきます
    思わぬ山の方から 風が吹いて来たけれど]

と詠んだのであった。

 (女からではなくて、)女に言い寄ってくる男もあった。「世の恋は憂いに満ちています。もう男は作りません」なんて言っていたが、この男に次第に心引かれたか、この男の手紙に返事などをしてやって、やがて元の妻のもとに、手紙を結び文にして送るのだった。元の妻が読んでみると、このように書いてある。

身を憂しと
   思ふこゝろの こりねばや
 人をあはれと 思ひそむらむ

[自分の性格がわずらわしい
     なんて思う心自身が 懲(こ)りないからでしょうか
    また誰かを 好きになってしまいました]

といって、性懲りも無く詠んでみせるのだった。

 このようなことを言い合えるくらい、心の隔てもなくて無邪気なので、「可愛らしい」と元の妻は思っていたのだったが、筑紫の妻は、夫の心が変わってしまって、以前のように愛してくれないので、筑紫に親兄弟が居るので帰るというのを、夫も心が変わってしまったものだから、留めることもしなかった。元の妻は、一緒に居ることが慣れていたので、帰ってしまうことを悲しいと嘆くのだった。

 山崎[京都府乙訓郡大山崎町]に一緒に行って、舟に乗せることにした。夫もやってくる。この後妻と本妻は、ひと日ひと夜(よ)、様々なことを語り合って、翌朝、舟に乗ったのである。

 今は夫と元の妻は、帰ろうとして車に乗る。こちらもあちらも、たいへん悲しいと思っていると、舟に乗っている筑紫の女から手紙が届けられた。このように書いてある。

ふたり来(こ)し
  道とも見えぬ 波のうへを
 思ひかけでも かへすめるかな

[二人で来た
   道も見えない 波の上を
  寄せた波が返すみたいに
    もう思われなくなってしまった
   わたしは帰って行くのです]

と詠まれているので、夫も元の妻も、たいそう悲しくて泣くのだった。漕ぎ出していたので、返事を書くことも出来ない。ただ車は、舟の行くのを見ながら出発せず。舟に乗った人は、車を眺めようと、顔を差し出して、漕ぎ去るので、遠くなるのにまかせて、顔が本当に小さくなるまで眺め続けていれば、とても悲しく思われるのだった。

古文

 よしいゑ[詳細不明]といひける宰相(さいしやう)の兄弟(はらから)、大和の掾(じよう)[役職。県庁の三番目のポストくらい]といひてありけり。これがもとの妻(め)のもとに、筑紫(つくし)より女を率(ゐ)てきて据(す)ゑたりけり。もとの妻も、心いとよく、今の妻も、にくき心なく、いとよく語らひてゐたりけり。かくてこの男は、こゝかしこ、人の国[よその県くらい]がちにのみ歩(あり)きければ、二人のみなむゐたりける。

 この筑紫の妻、忍びて男したりける。
  それを、人のとかく言ひければ、詠みたりける。

夜半にいでゝ
  月だに見ずは 逢ふことを
    知らず顔にも 言はましものを

夜中に出かけても
  月さえ見てなければ 逢ってることを
    知らないふりして 答えられるのに ]

となむ。

 かゝるわざをすれど、もとの妻、いと心よき人なれば、男にも言はでのみありわたりれども、ほかの便りより、「かく男すなり」と聞きて、この男、思ひたりけれど、心にも入れで、たださるものにて置きたりけり。

 さてこの男、「女、こと人[別の男]にもの言ふ」と聞きて、「その人とわれと、いづれをか思ふ」と問ひければ、女、

花すゝき
   君がゝたにぞ なびくめる
 おもはぬ山の 風は吹けども

[薄(すすき)のように
   あなたの方にこそ 私はなびきます
    思わぬ山の方から 風が吹いて来たけれど]

となむ言ひける。

 よばふ男[女に言い寄る男]もありけり。「世のなか心憂し。なほ男せじ」など言ひけるものなむ、この男を、やう/\思ひやつきけむ。この男の返りごとなどしてやりて、このもとの妻のもとに、文をなむ、引き結びておこせたりける。見ればかく書けり。

身を憂しと
   思ふこゝろの こりねばや
 人をあはれと 思ひそむらむ

[自分の性格がわずらわしい
     なんて思う心自身が 懲(こ)りないからでしょうか
    また誰かを 好きになってしまいました]

となむ、こりずまに詠みたりける。

 かくて、心の隔てもなくてあはれなれば、「いとあはれ」[本妻が]と思ふほどに、男[夫]は心かはりにければ、ありしごともあらねば、かの筑紫に親兄弟(おやはらから)などありければ行きけるを、男も心かはりにければ、留めでなむやりける。もとの妻なむ、もろともにありならひにければ[一緒にあり慣れていたので]、かくて行くことを「いと悲し」と思ひける。

 山崎[京都府乙訓郡大山崎町]にもろともに行きてなむ、船に乗せなどしける。男も来たりけり。このうはなり[後妻]こなみ[本妻]、ひと日ひと夜(よ)、よろづのことを言ひ語らひて、つとめて[翌朝]船に乗りぬ。今は男、もとの妻は、帰りなむとて車に乗りぬ。これもかれも、いと悲しと思ふほどに、船に乗りたまひぬる人の文をなむ持て来たる。かくのみなむありける。

ふたり来(こ)し
  道とも見えぬ 波のうへを
 思ひかけでも かへすめるかな

[二人で来た
   道も見えない 波の上を
  寄せた波が返すみたいに
    もう思われなくなってしまった
   わたしは帰って行くのです]

と言へりければ、男も、もとの妻も、いといたうあはれがり泣きけり。漕ぎ出でゝいぬれば、え返(かへ)りごともえせず。車は舟のゆくを見てえ行かず。船に乗りたる人は、車を見るとて、おもてをさし出でゝ、漕ぎゆけば、遠くなるまゝに、顔はいと小さくなるまで見おこせければ、いと悲しかりけり。

解説

 解説はこちら。

 「大和物語」の141段は、なかなかすぐれた佳作ではないかと思われるので、思いついたことを書いている内に、途中で飽きた、訳ではないが、さようならを言うことになった、というブログです。