(声だけが聞こえる)
仮面の男:メアリー。スコットランドの勇者マクベスの妻メアリー。
メアリー:(静かな城内にメアリーの悲鳴が響き渡る)誰か、誰か来て。
仮面の男:マクベスの偉大な武勇の、灯火が今消えようとしている。
メアリー:なんて恐ろしい声。誰か、早く。銀色の仮面を付けた男が。
仮面の男:お前の姿が見える。冷たく横たわる夫の遺体に顔をうずめ、涙にくれるお前の姿が見える。幸せな女だメアリー、お前は聞く事ができる。しっかり胸に刻むのだメアリー。
メアリー:やめて、その恐ろしい声。
仮面の男:お前の夫マクベスが殺される。比類なき武勇と国王をも凌ぐ名声に打ち震えるダンカン、スコットランド国王ダンカンによって。
メアリー:何を、何を言っているの。
仮面の男:内乱の終結がマクベスの最期のとき。このグラームズは新たな城主を迎え、お前もまた殺される。メアリー、もうすぐ内乱が終わる。運のいい女だメアリー。私はお前に伝えるために現れた。お前の夫マクベスが自ら切り開くならば、私はお前の夫にこの国を与える。偉大なスコットランドを与える。
メアリー:待って、何のことです。まだ話が。誰か、誰か早く来て。怪しい男が、ここに怪しい男が。
(マクベスと兵士達、マクドンウォルドとその兵達と戦っている。)
(マクベス、マクドンウォルドと剣を交える。)
マクドンウォルド:おのれマクベス。あれほどの兵の差が。
マクベス :理解出来ないか逆臣マクドンウォルド。何度俺の戦いを見てきた。愚かな男め。
マクドンウォルド:くそ、恐ろしい剣さばき。この化け物め。
マクベス :死ね、マクドンウォルド。帰り道のない西の果てに立ち去れ。
(マクベス、マクドンウォルドを討ち取る)
いけない。バンクォー、前に出すぎだ!戻れ!
(ノルウェー王スウィーノとその兵達入場)
ノルウェー王:よし、陣が乱れた。今だ、攻め込め!
(多くの兵達入場、マクベスの兵達敗色が強くなる)
マクベス :ノルウェー軍ごときに怯むな。
ノルウェー王:あの男だ、マクベスだけを狙え。あの首さえ落とせは我々の勝利だ。
(多くの兵が、マクベスを取り囲む)
マクベス :殺せるか、この俺が。ノルウェーごときに。
(兵達次々にマクベスの剣に討ち果たされていく
ノルウェー王:恐ろしい、噂には聞いていたが何という強さだ。怯むなお前達。あの男だけでよいのだ。一斉にかかれ。
マクベス :マクベスを舐めるな!
(兵達一斉にマクベスに切り掛かるが、次々に討ち果たされる)
(バンクォーと息子フリーアンス、その兵達入場。)
バンクォー :マクベス、無事か!
ノルウェー王:しまった、もう戻ったか。
バンクォー :よくも下らない策を。あいつだ、ノルウェー王の首を取れ!
(バンクォー軍、ノルウェー軍と乱れる。)
マクベス :よし、俺達も合わせるのだ。
ノルウェー王:いけない!引け、引くのだ!
マクベス :待て、逃げる積りかノルウェー王スウィーノ!
(ノルウェー軍退場)
バンクォー :すまない、ノルウェー王の策に乗せられたようだ。
マクベス :バンクォーともあろう者が。それよりマクドンウォルドの軍はどうなった。
兵士 :はい、肝心のマクドンウォルドを失い総崩れ、もはや軍隊の統率すら取れておりません。
マクベス :よし、このままノルウェー王を追うぞ。
(一兵士入場)
兵 :申し上げます!陣後方でコーダーの軍が我々を裏切り、マルカム様の陣に攻め込んだもよう!
バンクォー :何だと!間違いはないのか。
兵 :この目で確認しました。間違いなくコーダーの軍です。
マクベス :コーダーめ、さてはノルウェー王と共に動く構えだったか。まさか後ろから切り掛かられるとはな。
バンクォー :どうする、マクベス。
マクベス :よし、俺はすぐに後陣に向かう。バンクォー、すぐにノルウェー王が取って返してくるはずだ。ここはお前達で押さえてくれ。
バンクォー :分かった。先陣の事は俺に任せておけ。
マクベス :頼んだ。行くぞ、お前達。
(マクベス軍退場)
バンクォー :この場所は危険だ。我々はあの丘まで移動するぞ。続け。
(バンクォー軍退場)
(ダンカン国王一人入場)
国王 :マクドンウォルドの反乱には、裏でノルウェー王の画策があったと言う事か。反乱を起こす前に手を打つべきであった。スコットランドはいつになれば輝ける平和を取り戻せると言うのだ。
仮面の声:ダンカン。スコットランド国王ダンカン。
国王 :誰だ!(剣を抜く)誰かいないか!
仮面の声:静かにしろ、敵ではない。何が起こるかを告げに来た。
(銀色の仮面の男現れる)
国王 :何者だ、そのおぞましい声。仮面などを付けて下らない真似を。
仮面 :大声を出すな。知らせるのが私の役目。お前の質問など無用だ。
国王 :何だと、無礼な男め。
仮面 :聞くのだダンカン。命が惜しいのならば。
国王 :命だと。
仮面 :言葉は一度限り、忘れない事だ。ダンカン、お前の行き先が決まった。お前は王位を狙うマクベスの手に掛かり、まもなくその肉体は朽ち果てる。
国王 :何を言っている。
仮面 :まずはコーダーの領主がお前を裏切る。その次はマクベス。そしてお前はこの世に別れを告げる。
国王 :2人とも国の忠臣。貴様、スコットランドを乱すために現れたな。今その仮面を剥いでやる。
(国王、仮面に切り掛かる。剣を振るうがすべて交わされる)
仮面 :ダンカン、剣で切れないものに手を出すな。私の親切を無駄にするな。お前はマクベスに殺される。お前と2人の息子さえ消えれば王位はマクベスのもの。お前はそのための生贄となる。それがお前の運命。黙って死を待つか、それとも自ら切り開くか。幸せな男だ。お前には選択の権利が与えられた。
(仮面退場)
国王 :待て、どこに行く。誰か、誰かいないか。
(国王退場)
(王と臣下達。アンガス、レノックスら。)
国王 :(兵に)どこにも見当たらないか。
兵A :怪しい人物は今の所見つかっておりません。
国王 :人物。本当に人間だったのか。
兵A :いかが致しました。
国王 :何でもない。引き続き調べるのだ。
兵A :畏まりました。
国王 :アンガス、戦局はどうなっている。
アンガス:はい。先ほど戻った兵達の話によると、逆臣マクドンウォルドは遂にマクベスの手により討ち果たされたそうです。
国王 :そうか、マクベスか。しかしマクドンウォルドが反乱の中心だとはな。
(一人の兵士慌てて入場)
兵B :国王陛下、ただいま戦場より使いの兵が戻りました。
国王 :何かあったらしい。すぐに通せ。
(別の兵士入場)
兵C :国王陛下、至急申し上げます。
国王 :何があった。体中傷だらけではないか。
兵C :ただいま我が軍後方で味方の裏切りが起こりました。
国王 :裏切りだと、誰が裏切ったというのだ。
兵C :コーダーの城主。コーダーがノルウェー軍の攻撃に合わせて我が軍後陣を急襲、現在マクベス軍が後陣に向かい奮戦中です。
国王 :コーダーだと。今コーダーと言ったな、間違いはないのだな。
兵C :間違いありません。ノルウェー軍と共に我々を挟み撃ちにする積りだったもよう。ノルウェー軍はただ今バンクォーが何とか凌いでおります。
国王 :コーダーが裏切った。信じられない。このようなことが。おい、誰かすぐにこいつの手当てをしてやれ。報告ご苦労だった。
兵C :はっ。
(兵士に付き添われて退場)
国王 :コーダーが裏切ると言った。確かにそう言っていた。そうだ、アンガス、誰か今の兵より前に戦場から戻った者はいなかったか。
アンガス:ただ今の兵の傷こそ誰よりも早く駆けつけた証ではございませんか。陛下、何か不審な点でもございましたか。
国王 :何でもない。下らない事を言った。コーダーに裏切られ少し動揺したらしいな。
レノックス:しかし我が軍を襲ったのは本当にコーダーなのでしょうか。
国王 :間違いであって欲しいものだ。
(騒がしい音が聞こえる)
アンガス:陛下、誰か戻ってきたようです。
(ロス、マグダフ入場)
ロス :ダンカン国王。
マグダフ:国王陛下。
国王 :ロス、マグダフ、よく戻った。戦況はどうなっている。コーダーが我が軍に対し剣を向けたのは本当なのだな。
ロス :残念な事でございます。コーダーは敵に呼応し、マルカム様の陣にいきなり奇襲を掛けて参りました。
国王 :マルカムの陣だと、息子は無事なのか。
ロス :ご安心ください。突然の奇襲にマルカム様も敵に囲まれ危機に陥りましたが、突然に現れたマクベスがたった一人で飛び込んだかと思えば、もうマルカム様の周りに敵はいなくなっておりました。続くマクベス軍の活躍もあり、コーダーも遂には叫び声と共にマクベスの剣に討ち果たされたのでございます。
国王 :そうか、コーダーは死んだか。奴は何を叫んでいたのだ、この王への呪いの言葉でも吐いていたか。
ロス :いえ、マクベスの名前を叫んでいるようでございました。
国王 :そうか、とにかくよく遣ってくれた。
マグダフ:それにしてもマクベスの戦いは人間の技を超えています。前線でノルウェー王の奇策をただ一人で打ち返し、その勢いのまま最後陣にただ一人で飛び込んでくる。すべてをマクベス一人で撃退したかのような戦いに次ぐ戦い。戦場に出る度に改めて戦慄が走ります。我が軍は十分の一ほども失われていません。
アンガス:マクベスが戦うと奇跡が生まれる。いつもそうだ。信じられないような魔法が繰り広げられるんだ。閣下、どうか彼の武勇に見合うものをマクベスにお与え下さい。
国王 :そうか、マクベスか。もちろんその武勇には答えなければならない。そうだ、マクベスは何か言っていなかったか。
マグダフ:はい、偉大なる国王ダンカンに栄光あれと。
国王 :他には。
マグダフ:いえ、何か大事な用件でもありましたか。
国王 :いや、大した事ではない。それより勝ち取ったコーダーの称号をマクベス自身に与えようではないか。今度の功績、その程度の恩賞で済ませる積りはないが、まずは私の気持ちを伝えたい。
(マクベスとバンクォー)
バンクォ:お前は本当に恐ろしい男だ。あの戦い振り、戦闘の女神ベローナが地上に降臨したかのようだった。
マクベス:煽てるなバンクォー。お前の助けがなければ、ああ旨くはいかなかった。お前がいるからこそ俺も自由に動ける。
バンクォ:嬉しい事を言ってくれる。本当にそう思っているのか。
マクベス:当然だ、共に戦い続けてきた仲ではないか。お前あっての俺だ。
バンクォ:ありがとう、マクベス。では、一つ頼みを聞いてくれないか。
マクベス:俺に出来る事なら何でもしよう。
バンクォ:前からずっと、お前の武勇にあやかりたいと思っていたのだ。ほら、お前が戦いの時に必ず身に付ける赤いペンダント、あのペンダントを俺にくれないか。あれを付けて出陣すれば少しはお前に近づけるかもしれない。
マクベス:何だと、このペンダントをか。(ペンダントを取り出す)これはどんな窮地からも俺を救い出してくれた護符のようなもの。ずっと大切に肌身離さず持っていたのだが。よし、お前に遣ろう。本当に俺を守っていたのはこんな物ではなくお前だからな。
(マクベス、赤いペンダントを取り出しバンクォーに渡す)
バンクォ:本当にいいのかマクベス。ありがとう。見ろ、これを手にした途端マクベスの力が流れ込んでくるようだ。
マクベス:相変わらず大袈裟な奴だ。そうだ、代わりにお前の持っている青いペンダントを俺にくれるか。覚えているだろう、もともとは一対だったもの。交換して友情の再確認だ。
バンクォ:忘れる訳がないだろう。確かに友情の再確認だな。
(バンクォー、青いペンダントをマクベスに渡す)
ただしこの事は誰にも言わないでくれ。まるで士官生みたいで恥ずかしい。
マクベス:バンクォーともあろう者が恥ずかしいか。これはいい。どうせお前の事だ、そのうちに自分から話し出すに決まっている。それまでは黙っていてやろう。
バンクォ:約束だぞ、マクベス。
(遠くの方に銀色の仮面を付けた男が現れる)
マクベス:バンクォー、あそこを見ろ。
バンクォ:何だ、どうしたのだ。
マクベス:ほら、あそこだ。あれは誰だろうか。銀色の仮面などを付けて。
バンクォ:何を言っているのだ、何も見えないではないか。さては士官生並の俺を戯かおうという魂胆だな。引っ掛かってたまるか。もう少し先でロスとマグダフが待っているはずだ。ほら、先に行くぞ。何も無い所を見詰めていないで、早く後をつけて来い。
(バンクォー退場)
マクベス:待てバンクォー。
(仮面の男近づいて来る)
何者だ貴様。怪しいやつ。
仮面 :グラームズの城主マクベス。
マクベス:なんと恐ろしい声。地獄からの使者の叫び声だ。誰だ仮面などを付けて、俺を惑わそうという積りか。
仮面 :ある者は幻と言う。闇に引き込むと言う者もいるが、私が惑わす事はない。お前達の愚かな心が道を踏み外すだけの事。迷いに負け私の示す道を進む事が出来ない。
マクベス:下らない言葉の遊びだ。仮面を外し名を名乗れ。
仮面 :これ以外の姿などない。グラームズ城主マクベス。やがてはスコットランドの国王。お前に話がある。
マクベス:無礼な、何を言うか。
(マクベス、仮面の男に切り掛かる。仮面の男、飛んで交わす)
なんと身軽な。
仮面 :姿無き者に剣を振りかざす愚かな男。下らない行為は私の話が終わってからにしろ。お前の身に危険が迫っている。話を聞く事も出来ないか。
マクベス:俺の身に危険だと。
仮面 :自分の話となれば別か。誰でも同じ。その剣を収め話を聞け。
マクベス:いいだろう。
(剣を収める)
仮面 :お前は強すぎた。お前はあまりにも勝ちすぎたのだマクベス。今では武神とまで崇められ、遂に取り返しの付かない嫉妬を買った。
マクベス:嫉妬だと。
仮面 :お前はその嫉妬に殺される。お前の武勇に光を失いし男、スコットランド国王ダンカンの手によって。
マクベス:国王陛下だと。黙れ。やはり虚言を吐きに来たか。
(マクベス、剣を抜く)
仮面 :何を信じるか。それはお前の決める事。私には関係の無い事。忘れるなマクベス。今度国王がお前の城を訪ねる時、それがお前の最期の時。お前の生涯は暗殺者によって幕を閉じる。皆が眠りに就いた後、闇夜を歩く暗殺者によって。
マクベス:国王が我が城をだと。
仮面 :無関心ではいられない。まもなく王はお前の城に向かうだろう。そのときお前はコーダーと呼ばれる。新しい称号コーダーと呼ばれる。忘れるなマクベス。もしお前が生き残るならば、もしお前が道を切り開くのならば、私は約束しよう。このスコットランドの国王は、次の国王はマクベス、お前だ。
(仮面の男、消えるように退場)
マクベス:待て、どこへ行く。
(追い駆けようとする所にバンクォーの声)
声 :マクベス、マクベス、どこにいる。
(バンクォー、マグダフ、ロス入場)
バンクォ:マクベス、まだここに居たのか。一体どうしたのだ。
マグダフ:本当です、とてもよい知らせがあるというのに。
マクベス:良い知らせ?
マグダフ:そうです。先ほど国王陛下がこう命じられました。今度の功績に対してまずは感謝の気持ちを現したい。裏切り者のコーダー城主に替わりマクベスにその地位を与える。マクベスがコーダーだと。
マクベス:馬鹿な、コーダーだと。本当なのか。奴が言ったとおりだ。
ロス :もう誰かからお聞きなさいましたか。
マクベス:いや、まさか、そんなことはあり得ない。
バンクォ:マクベス、おめでとう。
マクベス:ああ。
バンクォ:どうした、あまり嬉しそうに見えないな。
マクベス:馬鹿を言うな。国王の熱い好意、嬉しくない筈がない。
バンクォ:ではどうしたのだ。
マクベス:何でもないのだ。それよりバンクォー、お前、本当にさっき仮面を付けた男の姿を見なかったか。
バンクォ:何だと、まださっきの幻に悩まされ続けていたのか。それでこうしてここに立ち尽くしていたのだな。ロス、マグダフ、聞いてくれ。さすがのマクベスも今日の奮闘に疲れ果て、瞳に幻が浮かんで離れないようだ。さあ、早く陣に戻ろうじゃないかマクベス。今日は少し働きすぎだ。王に挨拶をして、ゆっくり休もうではないか。
(一同退場)
(ダンカン王、息子マルカムとドナルベイン。以下臣下達。ロス、マグダフ、アンガス、レノックスと兵士達。)
(マクベスとバンクォー入場。)
マクベス:気高き国王陛下。逆臣マクドンウォルドと加担したノルウェー軍は偉大なるスコットランド軍の前に崩れ去り、ノルウェー王スウィーノは本国に引き返したもよう。いずれ和睦の書状が来る事でしょう。唯一の心残りはコーダー城主が我が軍に対し反旗をひるがえした事。
国王 :よく戻ったなマクベス。お前の戦勇はすべて聞いている。本当に良く遣ってくれた。裏切りは残念だが、今さら仕方のないことだ。どうかお前の功績への感謝の気持ちとして、コーダーの称号を受け取って貰いたい。この戦いに対する褒賞は改めて与える積りだが、まずは私の気持ちを示したい。
マクベス:ありがとうございます。しかし私の勤めは陛下にお仕えする事。ただ自分の勤めを果たしたに過ぎません。
国王 :いや、お前の戦いの様子、すべて耳に入っている。聞けば息子のマルカムもお前が救ってくれたそうではないか。
マルカム:そうだマクベス。あの時あなたがいち早く駆け付けてくれていなかったなら、私は今ごろ棺の中に横たわっていたかもしれない。
ドナルベイン:危うく次の国王が出来そこないの俺になる所だったな、兄さん。
マルカム:危機一髪だ。この国が滅びる所だった。
ドナルベイン:いくらなんでも、それはひどい。それにしてもマクベスの戦いには改めて驚かされました。
マグダフ:まったくです。聞けば先陣でもただ一人の剣の力でノルウェー王の策を打ち破り、その剣を取って返して後陣のコーダー軍に向けたという。
ロス :しかもその剣は血を吸えは更に力を増し、軍神の降臨を見ている思いでございました
マクベス:いえ、戦う事以外に何も出来ない男です、あまり煽て上げないで下さい。
国王 :とにかくよく遣ってくれた。しかしさすがのマクベスも少し疲れが出たのではないか。帰る途中に幻覚が現れたと聞いたぞ。
マクベス:バンクォー、余計な話を。
バンクォー:少しは人並みの所も見せておけ。あまり戦い詰めでは体が持たないぞ。しばらく休んだらどうだ。
国王 :バンクォーの言う通りだ。少しゆっくり休むがいい。お前にはいち早く休暇を与えよう。戦後処理は他の者に任せて、明日になったらグラームズの城に戻るといい。メアリーも待ちわびているはずだ。まだ娘のような夫人だ、心配で寝込んでいるのではないか。
マクベス:それほど弱い女ではありません。ですが本当に明日立ってよいのですか。
国王 :マクベスの方が早く夫人に会いたいらしい。何の気兼ねもいらない。明日の朝立つがいい。
マクベス:ありがとうございます。
国王 :感謝するのは私の方だ。今度の戦いには心から満足している。本当によく遣ってくれた。さあ、皆今日は疲れたであろう。細かい話は明日にして、今日はゆっくり休もうではないか。私も少し疲れたらしい。皆、今日は本当にご苦労だった。皆の働きぶり、心から感謝している。
一同:はっ。
(一同、順に退場)
国王 :バンクォー、待て。少し話したい事がある。
バンクォ:畏まりました。
(王とバンクォー、2人きりになる)
国王陛下、何か大事なお話でも。
国王 :皆の前では国王らしく振舞ってはいるが不安で堪らないのだ。マクドンウォルドの裏切りはまだ分かる。日頃からの危険を知りながら放置して置いたのがいけなかった。しかしコーダーが裏切るとはどういう事なのだ。私が心から信じていたあの男が。バンクォー、このスコットランドはどうなっている。この争いに継ぐ争い。まるで不吉な悪魔がこの国を厚い雲のように覆い尽くしているかのようではないか。堪らなく不安でならない。
バンクォ:どうなされました。お気持ちをしっかりお持ち下さい。たとえ何が起ころうともこの私が国王陛下をお守りします。どうかご安心下さい。
国王 :本当か。
バンクォ:もちろんでございます。
国王 :信じられるのはお前しかいないのだ。
バンクォ:何を言われるのです。戦いの始まる前の力強いお言葉が、すっかり消えてしまわれた。コーダは裏切りましたが、我が軍の圧勝です。これで国内も安定することでしょう。
国王 :バンクォー、マクベスの事だ。
バンクォ:マクベス。陛下、何か分かったのですか。私も彼について話しておきたいことがございます。この間は陛下に一喝され引き下がりましたが、今伝えておかなければ手遅れになる。
国王 :あの時は済まなかった。どう考えても信じられる話ではなかった。
バンクォ:私も信じて頂けるとは思っていませんでした。
国王 :だがお前の言葉が正しかったのかもしれないな。
バンクォ:何か見付かったのですね、証拠となるものが。助かった。手遅れになってからではとずっと心配していたのです。
国王 :いや、はっきりとした証拠はない。だがお前達が戦いに出ている間に不思議な男に会った。
バンクォ:不思議な男?
国王 :銀の仮面を被っていた。全身を黒いマントで覆い、この世の者とは思えない恐ろしい声で呼び掛けてきた。まるで地獄からの死者の声。その声が言うのだ。マクベスが私を裏切りこの命を奪う。マクベスは王位を狙い、私はその生贄となる。それだけではない、やつはコーダーが裏切ると言った。まだ誰も知らないうちに。恐ろしい。コーダーが本当に私を裏切った。
バンクォ:仮面の男。不思議だ。昔から、悪しき行為に自然の摂理が乱されるとき、精霊が何かを知らせる為に現れるという。ある時は人の姿であり、ある時は木の囁きであり、鳥の声であり、ただの風に過ぎない事もある。国王陛下、もしそうだとしたらその者が現れたのは幸いです。
国王 :幸いだと。何が幸いだというのだ。
バンクォ:それは乱されようとする秩序を取り戻そうとする自然の働き。穏やかな営みを本来の姿に戻そうとする天上の摂理。それが見る者によって様々な姿形を取るだけなのです。
国王 :精霊が形を変えて現われたというのか。だが信じられない、国一番の忠義の士として名高いマクベスが、この私を裏切るだと。
バンクォ:残念ですが、国王のあまりにも慈悲深き寵愛が、単純なマクベスの心にうぬぼれの種を植え付けました。そこを心の隙を突くあの、恐ろしい悪魔に遣られたのです。今のマクベスは姿形こそ以前のままですが、心の中はもはや他人。前に私が申し上げた通り、陛下に対して嫉妬と憎悪を抱いているのです。私とて彼とは親友の間柄、信じたくはなかった。
国王 :何という事だ。
バンクォ:国王陛下、それだけではございません。
国王 :まだ何かあるのか。
バンクォ:今度のコーダーの裏切りも、実はマクベスの仕組んだこと。
国王 :何だと!
バンクォ:戦争の流れを見て、コーダーと共に我が軍を挟み撃ちにしようとしていたのです。ですが閣下のご子息マルカムとドナルベインの陣が予想以上に厚い為、まだ時期でないと見て諦めたのです。
国王 :馬鹿な、コーダーはマクベスに殺されたのだ。
バンクォ:当然です。生かしておいては自分の名前が挙がることは明白。コーダーの替わりはいくらでも探せる。陛下、何人もの兵がコーダーの言葉を耳にしています。マクベス、話が違う。コーダーはそう叫んでいたのです。ぜひお確かめ下さい。
国王 :マクベス、話が違う、そう叫んだのか。マクベスの名を口にしていたとは聞いていたが。
バンクォ:もうお聞きでしたか。それだけではありません。先ほどこの陣に戻る途中にも、私に向かってこう言っていました。これでは誰が国を治めているのか分からない、いっそ俺が王になってやろうか。
国王 :何だと!
バンクォ:口元は笑っていましたが目は真剣でした。
国王 :すべてがお前の言っていた通りだったのか。
バンクォ:残念な事です。
国王 :このままでは私は、腹の中の怪物に殺される。バンクォー、すぐにマクベスを捕らえるのだ。
バンクォ:残念ながら証拠がありません。既に宮廷内にもマクベスの意を汲む貴族達が居る筈ですが、それが誰なのか突き止めるにはいったておりません。更に兵士の間では神のように人気の高いマクベスに対し、下手に罪を与えれば国を2分しての反乱にならないとも限りません。下手に誰かに相談でも持ち掛ければ、その者がマクベスの手先であることもあり得ます。そうなればマクベスは直ちに反旗を翻す事でしょう。これ以上の内乱はイングランド軍の侵攻を招きます。絶対に起こしてはなりません。
国王 :ではどうするのだ。私は本当に国王なのか。配下の中から次々と敵が現われる。バンクォー、力になると言った筈だ。何か方法はないのか。
バンクォ:ダンカン国王。私達だけで事を決するしかありません。マクベスを暗殺するのです。
国王 :暗殺だと、本気で言っているのか。
バンクォ:手を拱いていては陛下のお命が危ない。
国王 :しかし暗殺するだと、一体どうやって。
バンクォ:陛下、どうかフォレスの城にお戻りになる途中にグラームズにお寄り下さい。そこで一晩お泊り下さい。マクベスもまだ陛下が気付いているとは夢にも思っていません。チャンスは今しかない。向こうの準備が整う前にすべてを決するのです。
国王 :待て、奴の城などに行けば私の命が危ない。
バンクォ:マクベスの城で陛下に何か起これば、一番に疑われるのは奴自身。自ら国王になるなどという野心は果たせなくなります。むしろもっとも安全な場所。それに今のところ、謀反の準備はまるで整っていません。中途半端に行動を起こすことは、彼は絶対にしない男です。幸い、陛下には忠実な四人の親衛兵が付いています。彼らの手を借りてマクベスを葬るのです。
国王 :確かにあいつらなら信頼出来そうだ。分った。覚悟を決めよう。マクベスを暗殺する。だが決して私が疑われる事など無いだろうな。
バンクォ:すべてお任せ下さい。国王を狙っていた暗殺者がマクベスを殺した所で見付かり逃走。筋書きなどはいくらでも作れます。陛下、どこにマクベスの手の者がいるか分かりません。仮面の話を誰かになさいましたか。
国王 :大丈夫だ、誰にもしてはいない。
バンクォ:誰にも話さないようにお気を付け下さい。
国王 :分かった。ああ、次々に信じる者達が裏切っていく。この先誰を信じたらよいのだ。バンクォー、お前だけだ。お前だけは信じてよいのだろうな。
バンクォ:もちろんです陛下。この命に換えても国王の安全は私がお守り致します。
国王 :頼もしい言葉、今はお前だけが頼りだ。
(幕下りる)
2002/9-12月