(マクベス婦人メアリー一人)
(マクベス入場)
マクベス:メアリー、今戻った。
メアリー:あなた、会いたかった。
マクベス:どうしたメアリー。生きて帰って来ないとでも思っていたか。それほどこのマクベスは頼りなかったか。
メアリー:違うのです。実は、あなたの居ない間に恐ろしい事があったのです。
マクベス:恐ろしい事だと?
メアリー:三日ほど前です。私が寝室に向かおうとすると、顔を銀色の仮面で覆った男が音も無く突然現れて。ああ、思い出すのも恐ろしい。
マクベス:何だと。銀色の仮面だと。本当に見たのか、仮面の男を。何を、何を言っていた。
メアリー:生まれて今まで聞いた事も無い、地獄から湧き上がる恐ろしい声。思い出すだけで震えが、その声が言うのです。あなたが、あなたが殺されると。国王のダンカンによって殺されると。この戦いが終わるとすぐに、このグラームズは新しい城主を迎えると。ああ、もうお会い出来ないのではと胸が張り裂けそうでした。でもよかった、こうして生きて帰って来た。
マクベス:そう簡単に死んでたまるか。しかし仮面が現れたのか、お前の元にも。
メアリー:あなた、それはどういう意味です。
マクベス:銀色の仮面が俺の前にも現れた。戦いも過ぎた夕暮れの薄暗い丘に一人立っていたのだ。同じだ、そいつも同じ事を言った。国王が俺の首を取る、その武勇が深い嫉妬と憎しみを生んだ。マクベス、お前は殺される。国王ダンカンによって殺されるのだ。
メアリー:あなた。
マクベス:国王が俺を殺すだと、信じられるものか。俺はただの一度も忠義を忘れた事は無い。陛下だって分かっている筈だ。私と国王を引き裂く為の罠に違いない。そう思って猜疑を胸に納めた。だが、お前の所にも現れたというのか。そうだ、確かに奴は俺をコーダーの城主と呼んだ。一番早い知らせより先に、奴は俺がコーダーの称号を得るのを知っていた。どういう事なのだ。
メアリー:あなた、もっとはっきりした証拠があるのです。ねえあなた、今朝西の谷の崖下でAが遺体で発見されたのです。
マクベス:なんだと、Aが死んだというのか!
メアリー:ただの死ではないのです。これを、これを見て。Aが服の中に隠し入れていたのです。この手紙を。
(マクベス、手紙を受け取り読む)
マクベス:何という手紙だ。これは俺に暗殺の危険を知らせる手紙だ。詳しい話は直にお会いしなければ出来ません。最悪の場合でもこの書状だけでもマクベス様の元へ。そう書いてある。A、俺にこれを届けようとして。
メアリー:切られたのです!背中に大きな傷痕が!
マクベス:切られた!落ちたのではなく切られただと。A、何を知っていたのだ。まさかダンカンの名前を言う積りだったのか。仮面だけでなく手紙まで。そしてAは背中を切られた。俺に知らせるその途中で。
(兵の声)
兵 :マクベス閣下、宜しいでしょうか。
マクベス:何のようだ。入れ。
(兵、入場)
兵 :ただ今国王陛下から使者が参りました。明日戦陣よりファイフに戻る途中、ぜひグラームズ城に一晩逗留し戦勝の喜びを分かち合いたいとの事です。
マクベス:国王がグラームズにだと。
兵 :はい、ここに書状がございます。
マクベス:渡せ。(書状を読む)間違いない。国王がこの城に来る。
兵 :使者への返事はいかが致しますか。
マクベス:断れる訳がないだろう。ぜひお越し下さいと伝えろ。
兵 :はっ。
(兵、退場)
メアリー:ねえあなた、顔が真っ青。あなた、どうしたの。
マクベス:間違いない。こんな先の事まで分かるものか。あいつは俺に告げるために現れたに違いない。メアリー、仮面は言っていた。今度国王がお前の所に行く、その時がお前の最後の時。皆の寝静まったその後で。国王はこの俺を殺す積りなのだ。明日の夜、俺の命を奪う為にここに来るのだ。
メアリー:なんですって。どうしたらいいの。あなた、どうしましょう。このままでは殺されてしまう。そうです、あなた!
マクベス:どうした、急に大声を出して。
メアリー:仮面はこう言っていたわ。もしもこの暗殺を乗り越えられたら、あなたがスコットランドの王になる。仮面は確かに、そう言っていたのよ。
マクベス:そうだ、そういえば仮面は、俺にスコットランドの国王と呼び掛けていた。どういう事なのだ。
メアリー:あなた、まだ見込みがあるのよ。切り開けば私達が勝つのよ。
マクベス:切り開くだと。
メアリー:あなた、私達がダンカンを殺すのです。そうだわ、仮面はそう言っていたのです。もしあなたが逆にダンカンを殺せるのならば、代わりにあなたにスコットランドを与える。そう言っていたのよ。
マクベス:メアリー、何を言うのだ。国王を殺すだと、正気で言っているのか。
メアリー:あなた、あなたの命が明日に消えようとしているの。そしてここグラームズは別の人の城になる。そうよ、確かにそう言っていたわ。黙って殺されるのを待つか、それとも自ら立ち向かって生きて王になるか。どちらかしかないのよ。
マクベス:王を殺して俺が国王に。
メアリー:そうよ、だって、あなたが王になって何がおかしいの。今のダンカンが王でなければならない理由がどこにあるの。前の王の血がほんの少し多く流れているだけではないですか。あなただって王家の血を引く者。そうだわ、あなただって、もしかしたら自分が王に。そんな考えだってかつてあった筈だわ。男の人だもの、そのぐらい考える筈だわ。そして、それが現実になるチャンスが訪れたのよ。そうよ、仮面はあなたに王になれと言っているんだわ。さもなければ生きている意味はない。王になってこそあなたには生きていく価値が生まれる。そう大地の霊が、この大地が言っているに違いないわ。あなた、それしかもう道はないのよ。さもなければ死。そのように創られているのよ。
マクベス:創られている?俺が王になるように定められていると言うのか。そうでなければ命は無い。好きな方を選べ、お前の意思で。そう言っているというのか。
メアリー:そうよ、あなたはいつも自らの意思で戦い切り開き、どんな危険からもきっと生きて帰って来た。そしてその度に、より大きな名声を獲得して来たのです。それを止めた時があなたの最後の時。だから行動しなければならないの。どんな時でも、自分の手で。
マクベス:切り開かなければならない。そうだ、むざむざ殺されるのを待ってたまるか。遣ってやる。向こうがその積りなら、決して容赦はしない。覚えていろダンカン。
(幕下りる)
(国王と2人の息子、バンクォー、その他臣下達、兵士入場)
国王 :グラームズは静かな城だ。いつ来ても心が和む。胸の内を流れる暗い霧さえ晴れれば、さわやかな風もどれほど心地よいものか。
バンクォ:陛下、心の霧などは一夜の風が抜ければもう消えて、日が昇る頃にはさわやかな風がまた吹き始めるでしょう。
国王 :そうだといいが。
バンクォ:陛下、マクベスの夫人が出迎えに来ました。
(メアリー入場)
メアリー:ダンカン国王、ようこそおいで下さいました。
国王 :久し振りだなメアリー。マクベスの元に行ってから一段と美しくなったようだ。さぞ幸せな生活を送っているのだろう。メアリー、一晩マクベスの元に身を任せることが出来、心から嬉しく思うぞ。
メアリー:陛下、もう少し早くお伝え下されば準備の時間もあったでしょうに。あまりにも急なお立ち寄りで十分なおもてなしも出来ないのではないかと心配しています。
国王 ;下らない気遣いは無用だ。今度の戦いの英雄マクベスの城に一晩泊まり、共に戦勝の杯を交わせればそれに尽きる事はない。
メアリー:ありがとうございます。さあ、どうぞ中にお入りください。
(一同退場)
(マクベスと婦人。)
マクベス:そんな事を言っていたか。
メアリー:はい、あなた。
マクベス:メアリー、やはり止めないか。国王がこの俺を狙っているとはどうしても思えない。どう考えても分からない。いや、本当は信じたくないのだ。
メアリー:何を言っているのですあなた。あれだけ答えを見せられても、まだ真実から逃げる積りなのですか。いいえ、信じたくないとおっしゃるのでしょう。それは私だって同じです。でもそれはもう昨日散々悩んだ事。信じるのを止めても真実が変わる訳ではないのです。だからこそあなたは、男らしく誓いを立てたのではなかったのですか。力強い言葉で自らを奮い立たせたのではなかったのですか。それがたった一晩眠っただけで消えてしまうなんて。初めからやり直しなのですか。誓いまで一緒に眠ってしまったのですか。ああ、あなた、本当にむざむざ殺されるのを待つの?嫌、そんな事は許しません。あなたが居なくなったら私はどうすればいいの。やはり止めるなんて、なにを言うのです。遣るといって遣らないなんて女や子供のする事。いいえ、私だって一度遣ると言ったらなんとしてでも遣って見せます。皆きれいに忘れて、やっぱり止めるなんて。これで私たちの死も決まったようなものです。
マクベス:待て。忘れたりするものか。あれだけ確かな証拠が上がったのだ。誰がおとなしく死を待ったりするものか。だが、メアリー、もしもそうでなかったら。俺やお前にはとても考え付かないような罠が、獲物を狙っていたらどうする。知らないうちに、誰かのしかけた罠に踏み込んでいたとしたら。人間とは限らない。あの恐ろしい声の仮面。地獄に俺を引き落とす悪魔の仕業かもしれない。メアリー、こうしよう。仮面は皆が寝静まった後にと言った。それに食事を出すのはこっちだ、毒を入れるような真似は出来ないはず。だからもし今夜本当に俺の所に暗殺者が現れたら、その時は俺も迷わずに王を殺そう。だが、もし何も起こらず朝日を迎えたら。国王をお送りした後で調べを入れればよい。それでいいな。
メアリー:ええ、分かったわ、あなた。
マクベス:いずれにしろ、お前は寝る前の国王に、眠り薬の入った薬湯を持っていくのだ。その後何が待っているかは夜風の知らせが入ってからだ。何も起こらないように願っている。
メアリー:はい。でもあなた、くれぐれも食事の時から見張りをお忘れにならないで。私の覚悟はもう決まっています。
マクベス:頼もしい。心から信じられる者など一人居れば十分だ。
(幕下りる)
(ダンカン国王とバンクォー)
国王 :用意は整ったのか。
バンクォ:すべて旨く進んでおります。
国王 :私は何をすればよいのだ。何か役はあるのか。
バンクォ:陛下が動かれてはもしもの時に取り返しが付かなくなります。すべて私にお任せください。たとえ最悪の場合でも罪は私が被りましょう。
国王 :それほどまでに私に忠誠を尽くしているのか。
バンクォ:当然です、陛下。
国王 :お前だけが頼りだ。信じている。
バンクォ:必ずお答え致します。ただ、陛下にも一つだけ些細な役を演じて頂きたいのですが。
国王 :何だ。
バンクォ:マクベスの力は人の域を超えています。眠りや酔いに身を忘れている時でもなければとても暗殺など出来ません。どうか今宵の宴ではマクベスが潰れ落ちるまでに、酒を重ねてお与え下さい。あいつは人一倍乗りがいい。陛下の勧めとあれば、喜びに身を任せて盃を重ねることでしょう。暗殺者は一流の者たち、酔って眠ってさえ居れば、いかにマクベスといえども戦うすべは知らない筈です。
国王 :分かった、遣ってみよう。
バンクォ:最も危険な存在である二人の暗殺者は、戻った所を私が一息で天にお送り致しましょう。
国王 :何だと、あの二人を殺すのか。
バンクォ:生かしておくのは危険です。国王の治世の為には二人の兵の命など取るに足らないもの。二人を殺し、マクベス殺しの犯人とするのです。次にいよいよ国王陛下を殺そうとした所、偶然居合せた私に殺される。何という事だ、これは国王の親衛兵ではないか。後は大声で皆の眠りを覚ますだけです。
国王 :分かった、もういい。すべてお前に任せる。
(退場)
(国王とその息子マルカムとドナルベイン、マクベスと夫人メアリー、ロス、アンガス、マグダフ、レノックスら臣下達)
(楽技団の舞踏と音楽。バンクォーと息子フリーアンス入場)
バンクォ:陛下、申し訳ありません。少し遅れてしまったようだ。
マクベス:遅いぞバンクォー。夜に入って寝過ごしたか。さあ国王陛下、席にお着き下さい。早速始めましょう。(楽技団に)お前達、呼ばれるまで下がっていろ。
(楽技団退場。全員席に着く。別に立食でも構わない。)
陛下、この度はコーダーの称号だけでなく、国王自らのご訪問まで受ける栄誉。胸の内に湧き上がる感激は言葉では言い尽くせません。ただ時間が足りず、十分な持て成しの準備も整いませんでした。どうかお許しください。
国王 :私の方こそ急に立ち寄り、お前の休息を奪ってしまった。だがこうしてグラームズに寄ったのも、感謝の気持ちを表したいと思えばこそ。迷惑とは思わず一晩休ませて欲しい。
マクベス:迷惑どころか、これほどの栄誉など他にはありません。私はこの国一番の幸せ者です。さあ陛下、どうか杯をお取り下さい。皆祝杯の合図を待ち侘びております。
国王 :マクベス、今夜はお前の主催だ。ぜひ祝杯の合図を取って欲しい。
マクベス:畏まりました。では皆、杯をかざそう。
(全員杯を手に取る)
ついに戦いは終わりこの国から反逆者は消えた。そしてノルウェー国王は我が国に対して一万ドルの賠償金の支払いを約束した。我らが国王の威信は一段と高まり、スコットランドの力は遠く大陸にまで響き渡るだろう。さあ皆、偉大な国王、スコットランドの名君、ダンカン国王陛下の為に祝杯を高らかに掲げよ。
一同 :偉大なる王に永久の栄光あれ。
(皆、杯を掲げて飲む)
国王 :しかし今度の戦い、戦(いくさ)の化身マクベスの武力がなかったならば、これほどの勝利を手に出来ただろうか。これほど早い祝宴を迎えられただろうか。さあ、皆従え。このスコットランドの守護マクベスにも高き杯を。
一同 :高き杯を!
(一同、酒を飲み干す)
国王 :マクベス。今日は実に愉快だ。このような気持ちは久しく忘れていた。大いに飲もうではないか。聞けばお前は酒の戦にも負け知らずだそうではないか。今夜は一つお前に敗北という言葉を教えてやろう。時には負ける経験も必要だ。さあ、飲め。
(マクベス、一杯飲む)
マクベス:陛下、そのような話を一体どこでお聞きなのですか。私も酒にだけは敗戦続きです。大方バンクォーあたりが好い加減な話をお耳に入れたのでしょう。
バンクォ:何を言う。本当の事ではないか。いつも気が付くと俺の方が先に倒れている。陛下、どうか少しマクベスに酔い潰れ方を教えて遣って下さい。
マクベス:お前が弱すぎるのだバンクォー。いつのまにかその辺で眠り込んでいる。
バンクォ:眠っているのではない。酔って倒れているのだ。どうやら酔った者の気持ちを知らないようだ。困ったものだな。さあ、飲め。
(マクベス、一杯飲む)
国王 :しかしバンクォーが酒に弱いのも確かだ。王室での宴の席ではいつも真っ先に横になっている。
マクベス:ほら見ろ。
ドナルベイン:だがマクベスもいつも途中で飲むのを止めてしまう所を見ると、それほど強い訳でもなさそうだぞ。
バンクォ:だからその先が気になるではないか。いつも酔う前に止めてしまう。ほら飲め、今日はその先まで行かせてやる。
(マクベス、一杯飲む。もちろん他の人達もそれぞれ飲んでいる。)
マクベス:困ったものだ。まだ酔った訳ではないだろうに。
メアリー:あなた、あまり飲み過ぎないで下さい。
バンクォ:そうは参りません。時には飲み過ぎも必要だ。
マクベス:やれやれ。メアリー、新しい酒を用意しておいてくれ。
メアリー:はい。注意してくださいね。
(メアリー、出て行く。そのうち酒を連れて戻って来る。)
レノックス:国王陛下、この宴の席に重要な発表を用意してあると伺いましたが、一体何のお話なのでしょうか。
国王 :おお、そうであった。皆聞いてくれ。実はファイフの城に戻り次第、我が息子マルカムにカンバーランド公の称号を与え、正式な王位継承者に任命しようと考えている。
レノックス:それはすばらしいお考えです。マルカム様、おめでとうございます。
ドナルベイン:そうか、兄さんも遂に正式な王位継承者か。おめでとう兄さん、もう軽口を言えなくなるのが残念だ。
マルカム:何を言っているのだ。何も変わりはしない。
国王 :そうだ、レノックス、お前が合図を取って息子の前祝をしてやってくれ。
レノックス:畏まりました。では皆さん、マルカム様のカンバーランド公任命を祝してもう一度杯を上げようではないか。マルカム様の皇太子就任に対して高き祝杯を。
一同 :高き祝杯を!
(一同、飲み干す。)
マクベス:陛下、我が城の楽技団ではご不満かもしれませんが、皆陛下がお越しになると聞いて夜通し練習に励んでおります。どうか見てやって下さい。
国王 :喜んで見せて貰おう。
マクベス:さあ、歌と踊りだ。メアリー、宜しく頼む。
(楽技団登場、舞踏と音楽。)
(宴が続き、マクベスは国王や臣下に代わる代わるに飲まされている。)
国王 :マクベス、どうした。目が違う所に行ってはいないか。これが飲めるか。
マクベス:何を言いますか、これしきの酒。
(マクベス一杯飲む。舞踏と音楽続く。)
おい、フリーアンス。久し振りに何か歌わないか。どうだ、フリーアンス。
バンクォ:あいつは駄目だ。最近は人前で歌おうともしない。おい、フリーアンス、もう下がってよい。どうせ楽しくないのだろう。こっちまで無口になっちまう。さあ、下がっていろ。
(フリーアンス、一礼して退場。)
マクベス:バンクォー、お前は冷たい。実の息子に向かって。
バンクォ:うるさい。いいからもう一杯飲め。ほら。
マクベス:よし、飲んでやる。
(マクベス、一杯飲む。舞踏と音楽が続く。)
国王 :こらマクベス、このダンカンの杯を断るのか。
マクベス:国王陛下、もうこれ以上は。
ドナルベイン:父上、引き下がってはいけません。いつもそこで止めてしまうのです。
マグダフ:今日はとことん飲ませてみましょう。面白い事になりそうだ。
メアリー:面白くありません。世話をするのは私なのですよ。もう、いいかげんになさってください。
マグダフ:おや、夫人はご自分の夫が信じられないようで。
ドナルベイン:マクベスが酒に負ける筈はないでしょう。それよりどうです、一杯。
メアリー:知りません。
ロス :それにしてもマルカム様。カンバーランドの称号。私は自分の事のように嬉しいのです。あの小さかったマルカム様が、いつの間にこんなに立派になられたものかと思うと。
(ロス、マルカムに絡みながら涙する。)
マルカム:わあ、泣き寄るんじゃあない、ロス。
レノックス:やれやれ、ロスはもう酒が回ったようです。
バンクォー:何をしれっと言ってるのだ。お前も飲むんだレノックス。
レノックス:痛い、掴むなバンクォー。さ、酒の杯を押し付けるんじゃない。
(レノックス、バンクォーに酒を無理やり飲まされている。)
国王 :さあマクベス、更にこれをもう一杯行かねばならんぞ。
マクベス:はっ、ご命令とあればたとえ火の中、酒の中。
(マクベス、一杯飲む)
メアリー:あなた!飲みすぎですよ。
国王 :メアリー、今日は固い事は抜きだ。メアリー、お前も一杯飲め、王の酒だ。
メアリー:王の酒にも困ったものです。一杯だけですよ。
(メアリー、一杯のみ退場。そのうち入場してくる。)
(マクベス飲まされながら、舞踏と音楽が続く。)
国王 :どうしたのだマクベス。
マクベス:こ、国王陛下。もう駄目です。マクベス、こんなに楽しい酒はない。部屋が回る。足の下が回っております。
(マクベス、席に倒れこむ。)
国王 :皆、見るのだ。マクベスが倒れこんだぞ。遂にマクベスを討ち負かしたのだ。
一同 :おお。/何と。/本当だ。(何でもいい。)
バンクォ:マクベス、おいマクベス。駄目だ、目も開かない。
ドナルベイン:マクベスに打ち勝ったのだ。やった、皆、杯を取るんだ。最後にもう一度杯を掲げよう。我々の初めての勝利ではないか。高き杯を!
一同 :高き杯を!
国王 :皆、今夜はとても楽しかった。これほど楽しく酒を飲むのも久しくなかった事だ。私も大分酔ったぞ。マクベスと付き合ったのだ、当然の事。さあ、夜も更けた。皆それぞれ心地よい眠りを向かえようではないか。宴はこれで終わりにして、ゆっくり休もう。それぞれに穏やかな夜を。
一同 :国王陛下に穏やかな夜を。
(息子2人お休みの挨拶をして退場。臣下達も続く。楽技団、兵士たちも退場。)
国王 :何だ、レノックスが倒れ込んでいるではないか。しょうがない奴だ。バンクォー、お前がやったな。
バンクォ:さてさて、私の記憶も半ば夜の旅に出ておりまして。
国王 :バンクォーまで目が据わっているようだ。おい、ロス、マグダフ、こいつを部屋に運んでやれ。
2人 :はい。ほら、立て。
レノックス:あうい。
2人 :では国王陛下、お休みなさいませ。
国王 :お休み。
(ロス、マグダフ、レノックスを引きずるように退場。)
メアリー:あなた、あなた、しっかりして下さい。
マクベス:あうえ。
国王 :マクベスは生きているか。調子に乗って飲ませすぎた。
メアリー:国王陛下も人が悪いですわ。
国王 :まあ、そう怒るな。
マクベス:何の、何の、これしきの酒に負ける私か。おや、足がなかなか前を向かない。どうなっているのやら、てんで分からない。
(マクベス、婦人の肩に寄り掛かって。)
国王様、こ、今夜は大いに楽しかった。またいつか飲みましょう。今度は私が負かして見せる。あらあら、足が。お休みなさい。
メアリー:すいません。まったく。ではお休みなさい。
(マクベス、婦人にもたれながら退場。)
(幕前に出る国王とバンクォー、そのまま幕が下りる。)
国王 :これでよいかバンクォー。
バンクォ:十分です陛下。後は私に任せて、安心してお休みください。次に目が覚める前にはすべてが終わっているでしょう。
国王 :堪らなく気が引ける。我々はとんでもない間違いを犯しているのではないか。
バンクォ:陛下、あれほどの証拠にもかかわらず、まだ奴に哀れみを掛けるお積りですか。自らの命が危ないというのに。
国王 :分かっている。お前だけが頼りだ、任せたぞ。
バンクォ:明日お会いしましょう、国王陛下。
国王 :では明日。
(国王退場。)
バンクォ:もしお会い出来たらの話ですが。
(バンクォー、退場。)
(国王と二人の見張りの兵。)
国王 :ではお前達。朝までの見張り、宜しく頼む。
兵達 :はっ。
(扉を叩く音とメアリーの声。)
メアリー:国王様。
国王 :メアリーか。入れ。
(メアリー、入場。)
メアリー:薬湯を持って参りました。どうぞこれを。体が温まり快適にお休みになれます。
国王 :これはありがたい。
(国王、薬湯を飲む。)
ところでマクベスはどうした。少し遣り過ぎた。
メアリー:ええ、すっかり目を回してベッドの中に倒れ込んでいます。国王陛下の来られたのがよほど嬉しかったのでしょう。あんなにはしゃいで、お恥ずかしい。
国王 :いや、それはお互い様だ。今夜はとても楽しかった。
メアリー:ありがとうございます陛下。今夜は少し冷えそうです、お気を付けください。ではお休みなさいませ。
国王 :お休み、明日の朝にまた。
(メアリー、二人の見張りの方へ。)
メアリー:あなた方も明日の朝までの見張り、ご苦労様です。しっかり国王陛下をお守りするのですよ。さあ、これを飲んで一息入れて下さい。どうぞ。
(メアリー、薬湯を二人に渡す。2人ともそれを飲む。)
兵 :これは嬉しい、ありがとうございます。
別兵 :ああ、体が生き返るようだ。
メアリー:では失礼します。
国王 :お休み。
(メアリー退場。幕下りる。)
(薄暗い中に2人のマクベスの部下が見張りをしている。)
兵A :マクベス閣下はどうした。
兵B :宴の席で無理に酔わされて、ベッドの上に倒れている。
兵A :酒に打ち負かされただと。馬鹿な、そんな戦があるものか。
兵B :それがあったのだ。普段の二倍以上は飲んでいたと聞く。
兵A :何を言う、二倍ぐらいで閣下が酔ったりするものか。五倍は軽くいけるはずだ。それにしても今夜のこの暗さはどうした事だろう。なんだか気味が悪い。
兵B :確かに。見ろめずらしい、空は澄み渡り満天の星だ。雲の影一つ見えないではないか。厚い雲の濁った暗さより、天空に抜ける澄んだ闇の方が、一層夜の影を際立たせている。待て、誰か来る。
(足音が聞こえてくる。)
止まれ、何者だ!
暗殺者1:待ってくれ。ダンカン国王の配下の者だ。
兵B :国王陛下の兵だと。
(暗殺者二名、現れる。)
暗殺者2:先ほどお会いした。
兵B :あなた達だったか。宴の前に国王陛下と共に来られた。後の2人はどうしたのだ。
暗殺者2:陛下の見張りをしている。
兵B :お互い大変だな。それにしても、こんな夜も遅くどうしたのだ。我が城主なら今はベッドの上だ。少し酒が入り過ぎたらしい。
暗殺者1:実は陛下が飲ませすぎたのではないかと心配なされている。ぜひ様子を見て来るように、もし酔いが覚めていないようなら、この酔い覚ましの薬を渡すようにと。これがそうだ。
(暗殺者2人、さらに兵に近付く。一方が小さな薬を渡そうとする。)
暗殺者2:待て、誰だ、あそこに居るのは。
(暗殺者2、回廊の奥をじっと見詰める。皆続いて同じ方を見詰める。)
暗殺者1:どうした、何も見えないぞ。
暗殺者2:ほら、よく見ろ。あそこだ、あそこに仮面を付けて。
兵A :仮面だと。
暗殺者2:よく見ろ。銀色の仮面だ。ほら、あそこに。恐ろしい。
(暗殺者2、兵Aに近付き手を指し示す。四人とも近くに固まるようにして一点を見詰める。)
兵A :何を言っている。何も見えないではないか。
暗殺者2:ほら、あそこだ。恐ろしい銀色の仮面が。手招きをしている、遠くから遠くから手招きをしている。こちらに来いと手招きをしている。
(見張りの兵2人が目を凝らしている所を、暗殺者2人が暗殺用の針のような剣で突き刺す。驚き暗殺者の方を見る2人。しかしもはや声を出す事も出来ずに重なるように倒れこむ。)
暗殺者1:音を立てるなよ。行くぞ。
(暗殺者2、うなずく。2人退場。)
(薄暗い部屋にあるベッドの上に眠るマクベス。暗殺者2人入場。ベッドに眠るマクベスを見付ける。顔で合図を送りベッドの方に音も無く近付く二人。マクベスの前まで足を進めうなずき合う。暗い部屋の中。剣を握り締め、マクベスを突き殺そうとした瞬間、布団が中に舞いマクベスの剣が暗殺者めがけて振り下ろされる。一撃で殺される暗殺者。慌てて剣を交わすもう一人の暗殺者も二、三剣を交わした所を、一息に切り殺される。一言の声も無く、剣の音だけが響く。メアリー、陰から走り出る。)
メアリー:あなた!
マクベス:本当に来た。本当に遣って来た。あの楽しい宴。すべてが俺の愚かな思い違いだと、下らない間違いだと、胸を掠めた。王はやはり俺を信じているのだと、胸を掠めたのだ。確かに掠めたのだ。騙したのか。あの宴、楽しげな振る舞い、すべてこの俺を殺す為の罠だったのか。裏切った。この俺の心を裏切ったのだな。最後まで誰も来ない事を願っていたのに、暗殺という卑怯な手段でこの俺を消そうとしたのだな。遣ってやる。ダンカンめ許すものか。今までの忠誠に対する答えがこれか。ならば俺も答えてやる。今すぐ行くから待っていろ。お前に明日の太陽は昇らない。
(マクベス、殺した暗殺者の剣を奪い取って退場。しばらく舞台の上で何も動くものは無い。メアリーも身一つ動かさず凍り付いたように止まっている。見ている者の緊張が途切れる直前まで、普通の演出時間を超えて限界まで持って行く。でも音はない。)
(マクベス、戻って来る。)
メアリー:あなた!
マクベス:遣った。ぐっすり眠っていた。物音一つ無いまま、一言も声を出す事も無く、顔色一つ変えずにこの剣に貫かれた。ああ、戦場での血は見るほど心が熱く疼くが、この血は何と冷たく恐ろしいのだ。なんと怪しげに赤く光るのだ。
メアリー:剣をかざすのは止めて下さい。見張りの二人も遣ったのでしょうね。
マクベス:駄目だ、あいつらに罪は無い。俺に手を出したのはダンカンだ。ダンカンだけだ。卑怯者には成りたくない。
メアリー:遣らないで戻って来たのですか。何をしているのです。それでは何もかも台無しではないですか。生きて王になるか、罪人として死刑になるかの瀬戸際で、卑怯だとか正義だとか何を馬鹿な事を言っているのです。
マクベス:眠らされた事にしよう。それなら何とかなる。
メアリー:何を言っているのです。薬湯を持って行ったのはこの私なのですよ。それよりも私達の兵が殺されて、なぜ王の兵が眠らされなければならないのです。
マクベス:しかし。
メアリー:だらしがない。急におじけ付いたのですね。昨日まで遣ると誓いを立てていたくせに、王の血を見た途端に急に恐ろしくなって逃げ帰ってきたのですね。いいですか、遣るといって何も出来ずに済ましているのは、女や子供のする事です。いいえ、女だって、私だって一度そう決めたならば必ず遣り遂げて見せます。その剣を貸しなさい。
(メアリー、マクベスから剣を奪い取り退場。)
マクベス:あれが、あれが俺の妻か。恐ろしい。あいつにこんな狂気が隠されているとは知らなかった。メアリー。(しばらく静止。)ああ、なんという静けさなのだ。叫び声一つ無く死んでいく。一言も聞こえない。こんな経験はした事が無い。恐ろしい。これが恐怖という気持ちなのか。今夜始めて知った。メアリー、早く戻って来てくれ。
(メアリー、何かに取り憑かれた様子で入場。)
おい、しっかりしろメアリー。大丈夫か。
メアリー:あなた、遣ったわ。2人共に心臓を突き通したの。この手で、この剣で。
(メアリー、自分の手を見る。はっとして我に返る。)
きゃああああ。何、この血は。ま、真っ赤な血が、血が、両手が、嫌、生暖かいものがぬるぬると手を。いやああああああ!
マクベス:馬鹿、まだ早い。大声を出すな。剣を渡せ。(剣を奪う。)早く、早くそっちに行って手を洗え。すぐに行くんだ、何をしている。早く、早くしろ。
メアリー:あああ。
(メアリー、うなされるように退場。マクベス、暗殺用の剣を暗殺者の手に返して、暗殺者を切った自分の剣を手に取る。扉を叩く音。)
声 :どうなされましたマクベス閣下!
声 :何だこの死体は、見張りの兵ではないか。何があった。
声 :マクベス、開けろ!どうした、何があった!
マクベス:扉は開いている、早く来てくれ。暗殺者だ、暗殺者が俺の部屋に。
(バンクォー、ダンカンの息子2人、マグダフ、兵士達入場。)
バンクォ:暗殺者だと。
マクベス:見ろ、こいつら2人がいきなり部屋に入って来たのだ。
兵 :マクベス閣下、お怪我はありませんか。
マクベス:大丈夫だ。酔って寝ていたのが逆に幸運だった。心配してそばに居てくれたメアリーが起こしてくれなければ、そのままあの世行きだった。
マルカム:この者達は!
マクベス:知っているのか。
マルカム:父上の護衛兵です。そのうちの2人だ。そうだ、父上は、父上はご無事なのか。
バンクォ:すぐに見て参ります。どうか皆ここを動かずに。おい、お前達付いて来い。
(バンクォーと二、三人の兵達退場。)
マクベス:そうだ、国王の護衛をしていた兵の顔だ。思い出した。この剣は暗殺の時に使うもの。くそ、国王の兵と思い我が見張り達も油断したか。簡単に殺されるようなやつらではなかった。
ドナルベイン:しかしなぜこいつらが。何の為に。父上の護衛兵だぞ。
(メアリー入場。)
メアリー:あああ。血が、真っ赤な血が。
マクベス:メアリー、しっかりしてくれ。目の前に鮮血が飛ぶ所を見せてしまった。
マグダフ:顔が真っ青だ。ご婦人には刺激が強すぎたのだ。マクベス、婦人をこんな部屋に置いておくのはよくない。
マクベス:確かにそうだ。おい、お前達。メアリーを部屋に連れて行って遣ってくれ。
(兵2人、メアリーを連れて退場。バンクォーら、慌てて入場。)
バンクォ:大変だ!ダンカン国王が!
マクベス:どうした、何があったのだ。
バンクォ:国王が、国王が殺された!
マルカム:殺されただって!
バンクォ:謀反だ、国王殺しだ!お前達、皆を叩き起こすのだ!早く、一人残らずだ。国王が、国王が暗殺された!
(兵達慌てて退場。)
さあ、とにかく早く国王の部屋に、早く!
(一同駆け去るように退場。)
(何人かの兵士達)
兵A :お前達は上の階に行け。まずは重臣達から起こすのだ。
兵B :見張りだ、早く見張りに伝えろ。城門を閉めろ。誰も通すな。早く。
(言われた兵、走り去る。)
兵C :国王陛下が亡くなった。国王陛下が殺された。
兵A :騒ぐな。城内の松明を灯せ。明かりだ、明かりが足りない。
兵B :馬だ、馬の数もかぞえろ。まだ誰か居るかもしれない。お前達は城内をもう一度すべて探すのだ。
兵数名 :はっ。
(兵数名、走り去る。)
兵C :国王陛下が殺された。この暗闇の中。月明かりもない空の下。
兵A :騒ぐなというのに。お前も兵を集めて皆を起こすんだ。俺はこっちの部屋を回る。早くしろ。
(一同、退場。)
(マルカムとドナルベイン)
マルカム :お前も父上がマクベスの名前を上げていたのを聞いた筈だ。
ドナルベイン:兄さん、何を言う積りなんだ。
マルカム :父上が殺されたのだ。このグラームズの城で。
ドナルベイン:だが殺したのは父上の新鋭兵達だ。
マルカム :それがマクベスも殺しに来たという。それも父上を殺した後に。
ドナルベイン:一体何が目的だというんだ。
マルカム :そうだ目的が分からない。だが父上は出発前、マクベスに対して不信の言葉を述べておられた。最後にこう言っていなかったか。もしマクベスが私の。そうだ、そこで言葉を切ってしまわれた。もしマクベスが私の。お前も聞いた筈だ。
ドナルベイン:何が言いたいんだ。恐ろしい。はっきり言ってくれ兄さん。
マルカム :ドナルベイン、まさかその言葉、こう続きはしないか―――
(扉を叩く音。二人、驚き扉の方を見る。)
誰だ!
バンクォー :バンクォーです。
マルカム :あなただったか。入ってくれ。
(バンクォー入場。)
バンクォー :お二人ともご無事でしたか。
マルカム :そうだ、父上は何かあった時にはバンクォーを頼るように言っていた。あの時の真剣な表情、目が一瞬輝いていた。何かあった時には。まさか父上、自分の危険を知っていたのか。しかしバンクォー、ご無事でしたかとはどういう事だ。先ほど会ったばかりではないか。
バンクォー :暗殺者はまだ生きています。次はあなた方二人の命が狙われているのです。よかった、もしもと思って慌てて駆けつけたのです。
ドナルベイン:生きているだって、どう言う事です!
バンクォー :時間がない、危険が迫っているのです。死んだ二人の暗殺者は黒幕の手先に過ぎません。
マルカム :誰なんだ、その黒幕というのは。父を殺したのは。
バンクォー :陛下から何かお聞きになってはいませんか。
マルカム :馬鹿な。信じられないような事を途中まで言いかけただけだ。
バンクォー :言いかけた。マクベスの名前をですか。
マルカム :マクベス!バンクォー、今マクベスと言ったのだな。
バンクォー :はい、確かにそう言いました。
ドナルベイン:そんな話があるものか。マクベスは父上の親衛兵に殺されかけたのだ。
バンクォー :裏の仕組みは分かりません。だが遣ったのは事実。次はお二人の命が危ない。ここはマクベスの城なのです。どうか私を信じて下さい。
マルカム :しかしあの忠臣にそんなどす黒い影が隠されている訳が。
バンクォー :あったのです。これを、これをご覧下さい。
(赤いペンダントを取り出し、二人の前にかざす。)
マルカム :これはマクベスが決して離さずに持ち歩いている物ではないか。
バンクォー :ダンカン国王の遺体の横にあったのです。暗闇で気が付かなかったのでしょう、すぐ横に落ちていました。部屋に入ったのは私が最初。マクベスの大切な赤いペンダントが落ちている事などありえない。
マルカム :信じられない。だがこれは間違いなくマクベスの物。
ドナルベイン:待ってくれ、あの暗殺者はどうする。マクベスを殺しに来たのだ。
バンクォー :残念ながらそこまでは。ですが遣り方ならいくらでもあります。例えば、暗殺者とする為に、国王の兵達を呼び出して刺し殺す。その後で国王陛下を手に掛け、更に自分の兵までも。まさか。分からない。そこまで人は悪魔のようになれるのか。
ドナルベイン:なんという事が起きているのだ。
バンクォー :実は国王陛下は、マクベスに反旗の気配があると調査を進めていたのです。自分の城で暗殺が起これば一番に疑われるのはマクベス自身。まさかそこで私を狙ったりはしないだろう。陛下はそう言って自らグラームズに探りを入れようと。何ということだ。止めればよかった。取り返しの付かない結果になってしまった。マルカム様、実は先の戦争でコーダーが裏切ったのもマクベスの仕組んだこと。まだ十分に勝機がないと知り、逆にコーダーを打ち殺したのです。本当は二つの軍で反乱を起こし、挟み撃ちにする積りだったのです。
マルカム :何だと、コーダーが。コーダーがマクベスに。そういえばコーダー、マクベスの名前を叫んでいた。
バンクォー :マクベス、どういう積もりだ。そう言っていたのです。
マルカム :マクベス、どういう積もりだ。
バンクォー :詳しく話している暇はありません。今はあなた方2人の命が危ないのです。既に貴族達の中にもマクベスの手の者がいる筈。一刻を争うのです。今は私の兵達に扉の外を見張らせていますが、この城に居たのではいつ誰に切り掛かられるか分からない。いや、この城だけではない、このスコットランドに居ればいつ寝首を切り裂かれるか分からない。お願いです、今はすぐにここを離れて下さい。国外に逃れるのです。王家正統の血筋を絶やしてはならない。陛下はもしもの場合は息子達を頼むと言っておられました。どうかバンクォーを信じて下さい。必ずすべてを明らかにして見せます。それまで少しの間、どうかこの国を離れて下さい。
マルカム :しかし、今立ち去れば我々に嫌疑が掛かる。
バンクォー :死んでしまえば嫌疑などなくても救われません。生きてさえいれば必ず、真実が解き明かされ日の光が差し込む時が遣ってきます。さあ、一刻を争うのです。いつ暗殺者が現れるか分からない。今すぐこの城を離れるのです。そうだ、西の谷を通ってお逃げ下さい。あそこなら追っ手も気が付かないかもしれない。さあ、早くしなければ。
ドナルベイン:兄さん、どうするんだ。
マルカム :今は考えている暇はない。バンクォーを信じるように、それが父上の遺言だ。行こうドナルベイン。
ドナルベイン:分かった。
バンクォー :さあ早く、西の谷です。他の道は危険だ。必ず近いうちにすべてを明らかにして見せます。
マルカム :バンクォー、今はお前しか信じる者がいない。すべて任せたぞ。
バンクォー :はい。くれぐれもお気を付けて。さあ、早く。
(マルカム、ドナルベイン退場。)
せいぜいお気を付け下さい。西の谷には悪魔が住んでいる。
(バンクォー退場。)
(マクベス、バンクォー、兵士達。)
マクベス:国王陛下の遺体はどうした。
兵A :無事礼拝堂にお運び致しました。
マクベス:無事とは皮肉な言葉だな、国王は亡くなられたというのに。
兵A :申し訳ございません。
マクベス:王を殺して次に私を狙ったのか。たかが国王付きの兵の考えではない。誰かが見えない糸を操っているはずだ。お前達、とにかくもう一度城内を徹底的に調べるのだ。何でもいい、手掛かりを見付けるのだ。
(兵B、走って入場。)
兵B :大変です。
マクベス:城門の見張りか。どうした、何か分かったか。
兵B :ただ今ダンカン国王の2人のご子息が、城門を抜けて城外に走り去って行きました。
マクベス:王子2人がだと。どういう事だ、詳しく話せ。
兵B :はい、城外の調査に出た兵達を戻す為に城門を開いた所、王子2人を乗せた馬がいきなり現れ、止める間もなく走り去ってしまったのです。
マクベス:馬鹿者、何の為の見張り役だ。
兵B :申し訳ございません。しかし国王陛下の息子とあっては下手に手を出す事も出来ずに。
マクベス:マルカムとドナルベインが逃げた。しまった、まさかあの2人あの時!
バンクォ:何だ、はっきり言え。まさか何なのだマクベス。
マクベス:いや、まさかあの2人が国王を!
バンクォ:そんな馬鹿な、逃げただと。本当なのか。
兵B :間違いありません。2人共に真っ青な顔で走り抜けて行きました。
マクベス:すぐに兵を集めろ、追い駆けるのだ。何があっても捕らえろ。もしも抵抗するようであれば。その時は殺しても構わない。
バンクォ:マクベス!
マクベス:国王が殺され王子2人が逃げた。これ以上の証拠があるか。スコットランドでは何が起きているのだ。さあ、早く行くのだ。
兵達 :はっ。
(兵士達退場。)
マクベス:我々も後を追うぞ。
(一同退場。)
(幕下りる)
2002/9-12月