マクベス第4幕

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1.(幕開く)イングランド、マルカムの居る部屋

(マルカムとマグダフ)

マグダフ:それにしてもマルカム様。ご無事で何よりです。

マルカム:もう何日になる。顔を見るたびに言わなくてもいいだろう。私はよほど頼りなく見えるらしい。

マグダフ:申し訳ございません。ですが、イングランドに付くまでの間マルカム様の無事ばかりを考えていたものですから。

マルカム:分かっている。私のために自分の危険も省みず。あなたを見たときの喜びは言葉では言い表せないほどだ。

マグダフ:マルカム様は次の国王になるお方、それを守るのが私の務め。危険など取るに足りません。

マルカム:ありがとう、少し前までは気にも留めなかった。一人になって初めてあなたのような者の忠義と信頼が、一万の兵に勝る事を知った。久し振りに真実の心に触れ、あの時は思わず涙が出そうになった。今だってまだ胸が熱い。

マグダフ:私もようやくマルカム様にお会いして、長らく失いかけていた信頼の言葉が一気に押し寄せ胸が詰まりそうでした。とにかくご無事で良かった。

マルカム:しかし聞いているだろう。私の弟ドナルベインは殺されてしまった。

マグダフ:マクベスの仕業です。

マルカム:いや、あの恐ろしい男はマクベスの兵ではなかった。一体何者なのか、恐ろしく腕の立つ男だった。思い出すのも恐ろしい。銀色の仮面で顔を隠し、口も交わさず切り掛かって来た。ドナルベインは剣を抜く間もなく殺され、私も2、3度剣を交わすのがやっとだった。足を踏み外し崖下に落ちたのが逆に幸いしてこうして生きている。死んだと思ったのだろう。そのまま消えて行ったが、あいにく天はまだ私の見方だったようだ。

マグダフ:銀色の仮面ですって。信じられない。実はマクベスの戴冠の宴にもその男が現れ、祝いの品として首の無いニワトリの死体を送り付けて来たのです。

マルカム:何だって、あの仮面は一体何者なのだ。我々の国では何が行なわれているのだ。マグダフ、どうやらスコットランドの暗雲は立ち去る気はないらしい。出口の見当たらない夜の闇が、ますます深く大気を覆い尽くす。マグダフ、あなたの言っていた暗殺者、実はもう来ていたのだ。

マグダフ:何ですって。

マルカム:この傷を見てくれ。(腕をまくる。)その時に切り掛かられたものだ。しかしいくら私が若いからといって、そう旨くやられてたまるものか。わざと油断をして後ろを見せれば、短絡的にいきなり切りつけてきた。少し傷を負ったのは恥だが、別に大した怪我(けが)ではない。

マグダフ:そうでしたか。しかし、バンクォーが言っていたとおりだった。

マルカム:バンクォーは元気なのか。私はあの人に助け出されたのだ。彼がいなければ今頃殺されていたに違いない。

マグダフ:今では宰相の地位にお就きです。バンクォーならきっと真実を明らかにしてくれるはずです。

マルカム:あの人も信頼を持っている。私達の仲間だ。

(扉を叩く音。)

兵士の声:マルカム様、宜しいでしょうか。

マルカム:何ですか。イングランド国王から何か用でも。

兵士の声:いえ、ロスという者が、あなたへ取り次いで欲しいとこの城に来ています。いかが致しますか。

マグダフ:ロスだって!

マルカム:すぐに通してくれ。

兵士の声:畏まりました。(マグダフとマルカム、顔を見合わせる。)さあ、中へどうぞ。

(ロス入場。)

ロス  :マルカム様、お久し振りでございます。

マルカム:ロス、驚いた。お前までここに来るとは。

マグダフ:ロス、どうしたと言うのだ。なぜあなたがここに遣ってきた。マクベスに対する反逆の危険を犯してまで。

ロス  :ああ、マグダフ。

マグダフ:この俺に関わる話なのか。そうなのだな。

ロス  :残念ながら。

マグダフ:覚悟は出来ている、話してくれ。

ロス  :マグダフ、あなたの城がマクベスの軍によって蹂躙(じゅうりん)されました。

マグダフ:やはりそうだった。ロスと聞いた時、そんな予感がしたのだ。頼む、教えてくれ。城はどうなった。妻は、妻と子供はどうなったのだ。

ロス  :城はたちまちの内に陥落。お二人は捕らえられマクベスの陣に連行され、ああ、マグダフ。

マグダフ:ロス、お願いだ、話を止めないでくれ。

ロス  :私がここに向かう途中の話では、2人共々に処刑されたそうです。 

マグダフ:殺したというのか。妻と子を。いくらなんでもひどすぎる。捕われているのだぞ、女と子供なのだぞ。処刑だと、妻と息子が何をしたというのだ。

ロス  :ご夫人は申し開きの為に城門を開いたそうです。しかしマクベスの軍は何も聞かないままいきなりなだれ込み、城内の者を一人残らず皆殺しです。

マルカム:皆殺しだと。無抵抗の城をか。マクベスが、あのマクベスがか。

ロス  :そうでございます。マグダフ、あなたが居なくなられたその日にマクベスの妻メアリーが殺されたのです。まるであらかじめ仕組まれた罠のようだ。その犯人があなたとされたのです。マクベスはそれ以来道を失った迷子のように、遂には狂気に身を任せてあなたの城に攻め込んだのです。

マグダフ:ひどい、あんまりだ。

ロス  :それだけではございません、あのバンクォーもマクベスに殺されたそうです。

マルカム:バンクォーが殺されただって。まさか、バンクォーはマクベスの親友だったはずではないか。私を助け、真実を明らかにしようとしていたのは確かだが、かつての信頼がそんなにも早くなくなるものなのか。

ロス  :その信頼が一気に逆流して憎しみに変わったのです。ここに向かう途中に伝え聞いた話なので確かな事は言えませんが、私とバンクォーが内通していると叫び、いきなり切り掛かったそうです。

マルカム:バンクォー、私を逃がしてくれた。真実を暴くといってくれた。

マグダフ:ロス、頼む、教えてくれ、妻の遺体は、妻と息子の遺体はどうなった。

(ロス、首を振る。)

お願いだ、せめて埋葬されたのかだけでも。

ロス  :そこまでは分かりませが、おそらくは見せしめの為に。

マグダフ:野ざらしで鳥獣の餌になっているというのか。ひどすぎる。どんな狂気の中にだって一滴の哀れみぐらいあるはずだ。残酷だ。死後の世界にすら行かせないと言うのか。許せない。これが人間のする事か。マクベス、こんな憎しみは生まれて初めてだ。

マルカム:落ち着いてくれマグダフ。お前まで狂気に身を委(ゆだ)ねないでくれ。

マグダフ:妻と子供を殺される気持ちがお分かりですか。自分でも心をどう押さえていいのか分からない。

ロス  :マグダフ、しっかりするのです。復讐です。マルカム様、私はその為にここまで来たのだ。現在私の城は城門を堅く閉ざし、すぐに来るであろうマクベスの軍に備えております。おそらくもう戦端が開いた頃。どうかすぐに兵をお出し下さい。イングランド国王は我らがスコットランドの内乱を望んでいます。それにマクベスにはかつての怨みも残っているはず。必ずや兵をお貸し下さるでしょう。それにマクベスへの不信の高まっている今、我が国内にも寝返る貴族達が多いはずでございます。私もすでに幾つか書状を出しておきました。

マルカム:分かった。すぐ準備を整える。バンクォーが死んだ以上、兵をもってマクベスを倒すしか正義を取り戻す道はない。マクベスの武勇がいかに優れたものだとしても、信頼を取り落とした男に誰が従うものか。正しき心を持つ者は、必ずや我々に従うはずだ。

マグダフ:マクベスの首だけは、奴の首だけは命に換えてもこの俺が奪って見せる。

マルカム:マグダフ、しかし勝ち目はないぞ。あれは人ではない。戦っている時のマクベスは人間ではないのだ。だが、私にはあなたを止める力はない。出来るならば生きて戻ってきて欲しい。生きて戻ってくれ。

マグダフ:必ず、必ず生きて帰ります。マクベスの首を持って。

(幕下りる。)


2.(幕前)グラームズの城内

(見張りの兵達)

兵士A :昨日の犠牲者は二人。一人は骨まで切り抜かれていた。

兵士B :俺はもう見張りの役は嫌だ。

兵士C :情けない事を言うな。今日は四人、それに俺達はマクベス陛下直属の兵だぞ。昨日のような軟弱者とは違う。

兵士D :そうだ、早く現れて欲しいぐらいだ。ここで手柄を立てれば昇進出来るに違いない。

兵士B :俺はそんなものはいらない。見張りの役は嫌だ。

兵士A :今日は闇が一段と深い。この抜けるような暗さは雲一つない満天の空。天空の星達が一層闇を際立たせている。ダンカン国王だ、ダンカン国王が亡くなられた夜だ。あの時と同じ大気だ。

兵士C :馬鹿馬鹿しい。やめろ、下らない事を言うのは。

兵士B :今日は不吉だ。きれいな夜空は不吉だ。

兵士D :うるさい奴だ。少し静かにしろ。こっちまで不安になってくる。しっ、静かに。誰かが来る。止まれ!何者だ!

(銀色の仮面現れる。)

仮面  :いた。今日の獲物。俺の、獲物。

兵士C :何と恐ろしい声だ。人間の声ではない。貴様か、我々の仲間を殺し歩くというのは。仮面などを付けてふざけた真似を。皆、かかれ。

(兵士たち仮面に切り掛かる。仮面、剣を左手で構え振り下ろす。兵士C、左肩から右側に斜めに切り抜かれて死ぬ。続いてA、Dもまったく同じ切り口で振り抜かれ倒れる。B,逃げようとするが、裏から仮面の剣が首に触れて動けなくなる。)

兵士B :こ、殺さないでくれ。

仮面  :死にたくないのか。命が惜しいのか。ならば剣を捨てて、私に体を向けろ。でなければ。

(兵士Bの首の剣がかすかに揺れる。B,仮面の言葉に従う。)

兵士B :あ、あ。

仮面  :全身の震えが、この剣から伝わってくる。生きていたいのか。死にたくはないのか。

(兵士B動けず、しばらく動きが止まる。)

ならば生かしておいてやろう。決して死のない世界に。

(仮面、兵士Bの左肩から右下に切り抜く。そのまま音もなく倒れるB。立ち去る仮面。)


3.(幕開く)グラームズ城の一室

(マクベスの臣下、レノックス、メンティス、ケイスネスの三人が話している。)

レノックス:では四人とも遺体で見付かったのか。

メンティス:大声を出すな。今朝発見されたそうだ。

ケイスネス:メンティス、教えてくれ。同じなのだな。また左肩から右側に向かって切り抜かれていたのだな。

メンティス:そうだ。すべて同じ切り口だ。誰一人として違わずに。

レノックス:左肩から右側にだって。王妃だ!王妃が殺されたのと同じだ。

メンティス:大声を出すなレノックス。お前も殺されたいか。

レノックス:殺される。同じ切り口でか!

メンティス:不吉な事を言うな。

レノックス:マクベス陛下がおかしくなられたのもメアリー王妃が亡くなられてからだ。言おうが言うまいが不吉に代わりがあるものか。

ケイスネス:確かに陛下はあの時以来狂気にでも取り憑かれたかのようだ。だが本当にその時までは信頼すべき王だったのか。我々はそう信じていいのか。

メンティス:ケイスネス、マルカム様の手紙の件だな。

ケイスネス:ダンカン国王を手に掛けたのはマクベスだという。国内一の忠臣マクベスだという。

レノックス:あの方はそんな卑怯な真似はしない。出来る訳がない。

メンティス:なぜ言い切れる。野心など誰の心にもある。眠っていれば忠義の士だが、あるとき突然目を覚ます。獲物を見付け飛び掛ればもはや別の人間。それこそ本当の姿だ。

レノックス:何を言うんだメンティス。あの方に限って。

メンティス:レノックス。心の奥の生き物の姿など自分自身にも分からない。まして他人などに分かる訳がない。

ケイスネス:あまりにもおかしな事だらけだ。黙っていても王になれるマルカム様が国王を殺して逃亡。殺しただけでは飽き足らず、なぜ逃げなければならない。疑いが掛かる事ぐらい誰にでも分かるだろう。ドナルベインを途中で殺すというおまけまで付いている。

メンティス:さらにマグダフが王妃を殺す。あのマグダフがだ。そしてロスも裏切り、内通していたバンクォーはマクベスの剣先の犠牲となった。

ケイスネス:マクベスの親友として誰もが羨むバンクォーがだ。

メンティス:すべてを逆にしてみろレノックス。マルカム様の言葉を思い出せ。

レノックス:すべてを逆にだって。頼む、はっきり言ってくれメンティス。

メンティス:裏切ったのはただ一人。マクベスがダンカン国王を裏切った。身の危険を感じたマルカム様は逃亡し、真実を知った者は次々に殺された。これですべてが旨く説明できる。

ケイスネス:それ以外に考えられないかのように旨く説明出来るんだ。

レノックス:恐ろしい考えだ。そんな事があっていいのか。なぜそのような事を言う。なぜここに私を呼んだ。あの民衆の噂は誰が流しているのだ。あるものはマクベス陛下が先王を殺したと言う、別の者はマルカム様が父親と弟を殺したと叫ぶ。それだけではない、バンクォーが、バンクォーが国王を殺したと。何がどうなっているんだ。私は誰を信じたらいいのだ。教えてくれ、スコットランドは闇だ。

メンティス:民衆の噂などに耳を貸すな。同じ男が次の日にはもう逆の事を言っている。真実も嘘も関係ない。レノックス、信じるものならある。例え誰の話も信じられなくても、自分自身の心だけは信じる事が出来る。

ケイスネス:そうだ、自分で考えて結論を出すんだ。そして後はそれを信じて突き進むんだ。

メンティス:俺達はマルカム様の所に行く。それが真実だと、そう決めた。

ケイスネス:親しく付き合っていたお前にだけは伝えておこうと思った。どうだレノックス、俺達と一緒にマルカム様の元に行こう。マクベスはもう駄目だ。どちらが真実か、本当は分からない。だが、もはやマクベスに勝利はない。

メンティス:多くの家臣を殺した。もう人々に広がった不信は二度と消えない。我々以外にも多くの者がマクベスの元を去るだろう。さあ、レノックス、決めるんだ。

レノックス:昔から優柔不断で迷ってばかりだ。自分では何も決められない。情けない話だ。私はお前達のその友情を信じる。一緒に連れて行ってくれ。

ケイスネス:よかった、どうやら声を掛けた甲斐があったらしい。どうだ、メンティス。

メンティス:道さえ定まれば有能な男。敵にならずにすんだ。

ケイスネス:しかし何よりも重要なのは、酒飲みの席での。

レノックス:なんだ。

メンティス:からかい相手がいなくては困る。

レノックス:何だと。そういう話だったのか。礼を言うのは止めだ。さあ、行こう。

(一同、退場。幕下りる。)


4.(幕前)城の回廊

(レノックスとアンガス入場。)

アンガス :本気で言っているのか。

レノックス:親友のお前にだけは伝えておこうと思った。もうメンティス、ケイスネスはマルカム軍に向けて出発した後だ。私の兵達もすでに一緒に向かった。

アンガス :何という事だ。

レノックス:もはや捕らえる事の出来るのは私一人だ。だがアンガス、お前も一緒に来てくれないか。マクベス陛下はもう駄目だ、狂気で何も見えていない。

アンガス :悪いが断る。今さら陛下が犯人であろうが無かろうが、そんな事はどうでもいい。考えても見ろレノックス。いくらマルカム軍が増えようが相手はマクベス陛下なのだぞ。確かにマルカム様の策は成功している。遂にお前までが寝返ったのだ。だがレノックス、戦いになれば話は違う。俺は陛下の近くでどれほどの戦いを見てきたか分からない。あの方は化け物だ。一度戦いが始まってしまえば、マクベス陛下の戦(いくさ)だ。信じられないような魔法が生まれる。無敗の軍だ。勝てるはずのない戦陣が、いつの間にか敵を殲滅(せんめつ)している。俺には戦っている時のあの方の姿が忘れられない。あの魔法が忘れられない。そして魔法が解けた後の、陛下の自信に満ちた笑顔が忘れられない。なあ、レノックス。皆そうだったはずではないか。かつては誰もがそう感じていたはずではないか。なぜだ。なぜこんな事になってしまった。教えてくれ、レノックス。

レノックス:アンガス。分からない。いつ、どうしてこうなったのか。俺には分からない。でももう俺は決めたんだ。マルカム様はもし自軍に下るのならば、罪は一切問わないと言っている。それだけ伝えておく。

アンガス :早く行けレノックス。私は陛下に報告しなければならない。聞いてしまった以上報告しなければならない。だが夜までは、夜が来るまでは待ってやる。早く行けレノックス。

(レノックス退場。アンガス遅れて退場。)


5.(幕開く)城内、国王の間

(マクベスと臣下、兵士達)

マクベス:ロスの城に向けられた兵はすべて戻ったのか。

兵士  :本日すべて到着しました。

マクベス:まずはマルカム軍を討つ。小城などはその後でいい。それより見張りを殺した奴はまだ見付からないのか。左肩から右に向けて、すべて妻と同じ遣り方で切り抜いているだと。ふざけるのも好い加減にしろ。いいか、今日は20人以上を見張りにまわせ。見付けてもすぐに立ち向かうな。合図をしろ、仲間を集めるんだ。今日は俺も起きている。すぐに俺に知らせるんだ。いいな。

(アンガス入場。)

アンガス:陛下、マクベス国王。

マクベス:何を慌てている。今更何があったというのだ。

アンガス:メンティス、ケイスネス、レノックスが我が軍を裏切りマルカム軍に降伏しました。

マクベス:何だと!兵は、配下の兵はどうした、兵達も一所なのか。

アンガス:はい、配下の兵達も一部を除き敵陣に向かいました。

(臣下達、ざわつく。)

マクベス:騒ぐな!どうやって兵を連れ出した。すぐに追い駆け一人残らず討ち果たしてやる。

アンガス:手遅れです。ここを離れたのはおそらく昼頃。ロス城からの帰還兵達で兵の動きが乱れた時。マルカム軍への先発隊と言って、監視の兵達を騙したようです。

マクベス:国王がいつそのような命令書を渡した。その監視たち、ただではすまないぞ。

アンガス:それよりこの問題を片付けるのが先です、陛下。

マクベス:片付けるだと、遠く立ち去った兵達を片付けるだと。

アンガス:いかが致します。

マクベス:手の出せない相手をどう片付けるというのだ。馬鹿にするのも好い加減にしろ。もうよい。

アンガス:陛下。

マクベス:黙れ。もうよい、何度も言わせるな。これからも抜ける者が出るはずだ。勝手にするがいい。後で我が剣に掛かるだけの事。皆、ご苦労だった。今日はこれまでだ。

(アンガス何か言おうとするが仲間に止められる。皆、礼をして退場。マクベス一人歩き回りながら考えている。)

なぜこのような事になってしまった。どこに間違いがあった。私はただ国王の刃から身を守っただけではないか。まるで私がすべての策を作り上げ、その為に今罰を受けているかのようだ。メアリー、俺はどうしたらよいのだ。お前さえ生きていてくれたなら。

(マクベスしばらく歩き回る。仮面の男、遠くに姿を現す。)

仮面  :どうしたマクベス、私を呼んだか。

マクベス:呼んだだと?俺がお前を呼んだというのか。確かに呼んだのかもしれない。待て、どこに行く積りだ。聞きたい事がある。

(仮面、舞台上を離れ、劇場内を音も無く静かに歩いていく。追い駆けるマクベス。その間に幕下りる。マクベス、しばらく後を追い駆ける。)

    待て、頼む、待ってくれ。

仮面  :付いて来るのだマクベス。聞きたい事があるのならば。見失うなマクベス、知りたい事があるのならば。

(やがてどこかに消える。マクベス、後を追って幕の中に入るように消える。)


6.(幕開く)西の谷、森の中。薄暗い夜

(仮面入場、マクベス、後を追って入場。)

マクベス:どこまで行く積りだ。止まれ。

仮面  :どこにも行きはしない。どうしたマクベス、まるで死者の顔だ。お前を死に追い遣る者はもういない。何を苦しむ。お前は国王の地位を得た。その上何を望む。

マクベス:嘘を付くな。マルカム軍がグラームズに向かっているではないか。そして配下の者達は次々に敵に寝返っていく。どこに安泰があるというのだ。

仮面  :下らない質問だ。それがお前の苦しみだというのか。どんな逆境にも勝利を疑わなかった男が、国王に付けばただの臆病者か。

マクベス:昔は味方が信じられた。今はどうだ、自分の仲間が後ろから切りつけてくるのだ。俺の勝利の力がこれほど見方の信頼に支えられているとは思わなかった。

仮面  :心配は無用だ。お前は我々と契約を交わした。もはや敗北は存在しない。

マクベス:契約だと。何を言っている。

仮面  :まだ分からないか。数多くの血を吸い王となった男。安心して戦うがよい。お前は既に我々に魂を売り渡したのだ。

マクベス:それはどういう意味だ。何の話だ、契約などした覚えは。

仮面  :無いと言うのかマクベス。あれだけの血を吸いまだ自分が信じられるか。その血で真っ赤に染まった自分の手を見ろ。その手はもはや私の使える者に捧げられた。

マクベス:捧げられただと。(マクベス自分の手を見詰める。)この手が赤く、俺は―――。

仮面  :何も考えるなマクベス。お前はただ我々に身を任せていればよい。お前は我々と契約を交わした。もはや月満ち女より生まれた者は誰一人、お前を殺せはしない。バーナムの森がダンシネインの丘に向かって進軍してこない限り、お前の軍は敗れない。お前は何も気にせず戦いに望めばそれでよい。

マクベス:待て、まだ行くな。まだ聞きたい話が。

仮面  :もう言葉は尽きた、無いものを望むなマクベス。お前は我々に信頼という言葉を渡した。我々はそれに代わるものをお前に与える。安心して戦いに望めマクベス。

(仮面の男、消える。)

マクベス:待て、待ってくれ。(探す。)信頼という言葉を渡しただと。まさか、俺は。(両手を見詰める。)何を言っている。そんな覚えは無いぞ。おい、教えろ。俺がいつそんな約束をした。教えてくれ。あの闇の中でダンカンの鮮血が手にこびり付いた。馬鹿な、あのときの鮮血が。違う、命を狙ったのは奴の方ではないか。おい、頼む。答えろ、答えてくれ。

(幕下りる。)


7.(幕前)城の回廊

(数名の兵士達。)

兵士A :昨日もまた殺された。

兵士B :今度は城の外だ、偵察の兵だ。

兵士C :城内の見張りを増やした途端、今度は城の外。我々の行動はすべて分かっているのか。

兵士D :また左肩から右に向かって。二人とも同じように殺された。マクベス陛下がいくら強くても相手が見付からないのでは手も出せない。

兵士A :いや、陛下はきっと何か手を打たれるはずだ。

兵士C :その国王自身がどうかしてしまったのだ。宰相のバンクォーまでも手に掛けたのだ。かつての親友までもてに掛けたのだ。

兵士B :この城は不吉だ。マクベス陛下は不吉だ。

兵士D :静かにしろ、大声を出すな。

兵士C :だが確かに不吉だ。貴族達は次々に寝返り、それどころか直属の兵士達までも。そしてあの民衆の噂。

兵士D :民衆の噂よりも兵士達に広まっているあの噂はどうなのだ。実は兵士達を殺しているのは。

兵士A :言うな、誰が聞いているか分からない。

兵士B :ダンカン国王だ。ダンカン国王の霊がさ迷い歩いているのだ。

兵士A :静かにしろと言うのに。次はお前が殺されたいのか。

兵士B :嫌だ、不吉だ。本当に殺される。ここにいれば本当に殺される。

兵士C :そうだ、もうマクベス軍は終わりだ。誰もが誰を信じてよいのか分からない。

兵士D :悪魔の軍だ。信頼を取り落とした呪いの軍だ。

兵士C :マルカム様の元に行こう。信頼は必要だ。俺はもう降りる。

兵士D :そうだ、ここにいれば戦いの前に殺される。

兵士B :今日は雲がこんなに厚く覆い被さっている。どうか俺達の姿を隠していて下さい。

兵士A :下らない。早く行くんだ。

(兵士達、退場。)


8.(幕開く)荒れて草に覆われた野原

(粗末な墓が一つぽつんとある。)

(仮面の男ただ一人。石の墓にもたれかかるようにして立っている。)

仮面  :母さん。バンクォーを殺してやったよ。あの男を。母さん,なんて恐ろしい声なんだ。自分自身が恐怖で耐えられない。自分自身の声への憎悪で体中が壊れそうだ。すべてが,何もかもが憎い。不愉快でたまらない。自分でも何を望んでいるのか,もうずっと前に忘れてしまったよ母さん。もうすぐ終わりになるよ。きっともうすぐこの体も,この声も。もうすぐ終わりになるよ。この憎悪が、体中を駆け巡る憎悪が。苦しい。何も望んでなんかいない。ただ何もかも滅茶苦茶にしてやりたい。何もかもがたまらなく憎い。生け贄だよ。この狂気に満ちた肉体に捧げる恐ろしい生け贄だよ。地獄の死者をも恐れさせる悪魔の声と,天上の神をも酔わせる天使の歌声。普通の声だけを,人間の声だけを持たせてはくれなかった。母さん,もう終わりにするよ,もうすぐだから。<

(美しいファルセットか、美しいソプラノの声で歌う。)

花は日を待ち思い続けた
風にかすかな春の気配がともる頃
小鳥たちはさえずりを合わせ
緑のはえる野原を覆いつくし
色とりどりの花びらが日を浴びて
香りはすべてを包み込むだろう
今は荒野の凍てつく寒さに
小さなつぼみをそっと抱(いだ)いて
希望という名のほのうを抱(いだ)いて
花咲く季節を待ち続ける


鳥は羽を折り空を見詰めた
風にかすかな花の気配がともる頃
草たちは野原を覆いつくし
青くぬける大空を羽ばたきながら
たくさんの鳥たちが日を浴びて
風はすべてを駆け抜けるだろう
今は荒野の凍てつく寒さに
小さなつばさをそっと抱(いだ)いて
希望という名の憧れ抱(いだ)いて
舞い上がる季節を待ち続ける


もし願いを聞いてくれるのならば
今はまだその小さな希望を
奪い取って行かないで欲しい
やがていつしか季節か変わり
優しい太陽がすべてを溶かし
冷たい悪夢に別れを告げて
旅立ちの時が来るのだから
やがていつしか季節か変わり
優しい太陽がすべてを溶かし
冷たい憎しみに別れを告げて
笑い会える時が来るのだから

(覚え書き)
→フリーアンスの歌を開始部分に入れる場合は?


9.(幕開く)城壁の上

(マクベス,アンガス、兵士達入場。)

マクベス:敵はどこだ。マルカム軍の動きはどうなっている。

兵士A :あちらの先陣をご覧下さい。ただ今戦闘が始まりました。

マクベス:もう来たか。先陣には軽く当たって帰って来るように言ってある。それにしても何という数の敵兵だ。待て,向こう見えるあの軍はなんだ,我が軍の兵ではないか。なぜ勝手に動いている。

(兵士入場。)

兵士B :大変です!ただ今ホリンシェッドと配下の兵達が、我が軍を裏切りマルカム軍に向かったもよう。

マクベス:ホリンシェッドだと。長い間私に忠誠を尽くしていたホリンシェッドが裏切ったというのか。私の兵を引き連れて立ち去ったというのか。

兵士B :間違いありません。4分の1近くの兵が直属軍を離れたもよう。

マクベス:おのれホリンシェッドめ。すべてを仇で返す積りか。先陣を後ろから挟み撃ちにする積りだ。そうはさせない。

兵士A :あれを!マルカム軍が一斉に動き出しました。

兵士B :なんという兵の数だ。まるでバーナムの森がダンシネインに向かって進軍しているようだ。

マクベス:貴様、今なんと言った。

(マクベス,剣を抜く。)

兵士B :へ,陛下,何を。

マクベス:二度と言うな!

(マクベス,兵士Bを殺す。)

アンガス:陛下!何を!

マクベス:黙れ!お前も殺されたいか。すぐに甲冑を用意しろ。出陣だ。すぐに兵を出すのだ。

アンガス:なりません陛下。もはや先陣は持ちません。この布陣では勝ち目はない。一度兵をお引きください、打って出るのは無理です。

マクベス:黙れアンガス。それ以上口答えをするならば貴様の首はない。さあ,早く準備をしろ。すぐに兵を出すのだ。俺には悪魔が付いている。この俺に引けだと、負け犬め二度と吠えるな。

(マクベス達、退場。)

アンガス:陛下,マクベス国王。お待ち下さい。

(アンガス、後を追って退場。)


10.(幕前)戦場

(マクベスと部下達,敵兵を討ち果たしながら。)

敵貴族 :くそ、マクベスだ。あいつだけだ。あの首さえ落とせば勝てるのだ。一斉にかかれ。

(敵貴族の配下の兵達、一斉に先頭で戦うマクベスに挑みかかる。)

マクベス:どけ、邪魔だ雑魚ども。(なぎ倒す。)よくも俺を裏切った。報いを受けろ。

敵貴族 :くそ、悪魔め。えい、何をしている。近付かせるな。

(マクベス、敵貴族に切り掛かる。敵貴族とマクベス、少しの間剣を交わす。)

 消えろ、この悪魔め。

マクベス:それが最後の言葉か、確かに受け取った。死ね!

(マクベス、敵貴族を殺す。)

マクベス:(部下達に。)よし、お前達の部隊は右側に回れ。いいか、一度引いて敵を前方におびき出すのだ。あそこはレノックスの軍だ、間違いなく引っ掛かる。さあ、行け。

兵士1 :はっ。(退場。)

マクベス:お前達は先に説明したとおりだ。あの陣を右側に寄せるな。威嚇だけでいい。まだ多くの兵が有ると思わせるのだ。

兵士2 :はっ。(退場。)

兵士3 :見ろ!あそこを、敵陣が見る見るうちに崩れていく。

兵士4 :我が軍はほとんど無傷のまま、敵の兵士だけが。

兵士3 :魔法だ。マクベス陛下の魔法はまだ生きているんだ。

マクベス:あそこに見えるのはシーワードの軍だ。おい、お前達、あの軍が罠に落ちて孤立した。行くぞ。

兵士達 :はっ。

(一同退場。)


11.(幕開く)戦場

(マクベス軍、シーワードの軍に襲い掛かる。次々に討たれるシーワード軍。)

マクベス:見付けたぞシーワード。残念ながら今日が命日だ、伝え残す事があれば聞いておくぞ。

シーワード:この年で、お前と剣を交わすとは。

マクベス:悪いが戦いだ。いさぎよく死ね。

小シーワード:待て。(横から父親を助ける。)

マクベス:シーワード、お前の息子か。

小シーワード:父上、ここはお引き下さい。早くマルカム様に戦況を。

マクベス:そんな暇があるか!

(小シーワード、押さえたはずの剣もろとも切り抜かれる。)

シーワード:おのれマクベス。

マクベス:黙れ老いぼれ、おとなしく我が軍に留まればよかったものを。

(2,3剣を交わした後、シーワードも殺される。)

よし、敵陣が完全に崩れた。どれほどの兵が居ようと統制が取れなければ甲冑姿の銅像だ。そのことを思い知るがいい。アンガスだ、アンガスを呼べ。後は残しておいたアンガス軍を左に向かわせ、我々は一気にマルカム本陣に突っ込む。見ろ、マルカムに通じる道が開きかけている。まずはアンガスだ、道が開いたら俺を先頭に強行突破するぞ。さあ、早く呼んでこい。

(兵士顔を青ざめて慌てて入場。)

兵士A :大変です。アンガス様が、アンガス様が!

(マクベス、はっとして叫ぶ。) マクベス:馬鹿な。アンガスが討たれたというのか。

兵士A :いえ、裏切りです!アンガス様が、ただ今我々を後ろから急襲、不意を打たれた我が軍は、陣形乱れて同士打ちです!

マクベス:裏切りだと!アンガスが裏切ったというのか。あのアンガスが、奴までもが裏切ったというのか。これが必死に生み出したこの戦闘唯一の勝機だというのに。この上まだ、俺を裏切るというのか。えい、お前達、すべて後陣に回れ。このまま先に進んでも勝機はない、取って返してすぐにアンガスを討ち取れ。

兵士達 :はっ。(兵士達退場。)

マクベス:裏切り、裏切り、どこまで俺を裏切れば気が済む!俺の周りには、何も残さない積もりか!えい、シートン、何をしている、お前達も早く後陣に向かえ!

シートン:しかし陛下。

マクベス:この俺が心配か。お前まで、俺の戦いを忘れたか。アンガスを倒せ。俺の命令に従えば必ず勝利は帰ってくる。俺は今だ、戦場で負けたことは無い。

シートン:ですが、陛下!

マクベス:早く行け!

(マクベス、シートンに剣を向ける。)

シートン:はっ。(シートンとその兵士達、慌てて立ち去る)





(→燃料切れ、後で間をつなぐ)

マクベス:とうとう最後には一人になったか。いいざまだ。体が熱い。なぜこんなにも熱い。この俺の体、ただで手に入ると思うなよ。

(仮面の男、現れる。)

仮面  :マクベス。

マクベス:まだ見込みがあるというのか。そうだ、俺にはお前が付いていた。もはやお前だけが俺の見方だ。悪魔だろうが地獄の使いだろうが構うものか。俺の魂などくれてやる。

仮面  :その言葉は本当か、マクベス。ならばその命を頂こう。

(仮面、剣を抜く。)

マクベス:何だと、貴様どういう積りだ。

仮面  :くくくく。

マクベス:どうしたのだ。

仮面  :おかしい、マクベス、おかしくてたまらない。

マクベス:何を言っているのだ。

仮面  :ハハハハ(狂的笑い)。マクベス、マクベス、哀れだ、たまらなく哀れだ。この銀色の仮面を信じて。(狂的笑い)無様だ。愚かだ。マクベス、この顔を見ろ。この顔を。悪魔の使いだと。信じたのか、本当に。この俺を信じたのか。人に信用されたのは初めてだ。哀れだ、たまらなく哀れだマクベス。

(銀の仮面が外され、仮面の下からフリーアンスの顔が現れる。フリーアンス、銀色の仮面を遠くに投げ捨てる。)

マクベス  :(驚きで眼を見開いたまま声も出せない。)

フリーアンス:声も出せないかマクベス。こんな馬鹿げた罠によく引っ掛かった。国王殺しから始まって今まで気付きもしなかった。すべてが俺の手の中で、お前はまるで人形のように思ったとおりに動き回っている。哀れな操り人形が、踊らされているとも知らずに、俺を信じると叫び声を上げていた。お前の妻の殺される時のあの顔、あの表情。あの怯えた目。お前にも見せてやりたい顔だったよ。その男をお前は信じると、俺だけが頼りだと。無様だ、おかしくてたまらない。愚かだ、哀れだよマクベス。

マクベス  :(大きな叫び声を上げながら、フリーアンスに切り掛かる。)殺ろす、殺してやる、貴様を殺してやる。

フリーアンス:そうだマクベス。この時を待っていた。お前と剣を交わすこの時を。楽しいなマクベス。俺のたった一つの願いだ。

(フリーアンス、剣を返す)

マクベス  :黙れ、悪魔。お前は人ではない、悪魔だ。人間の姿をした悪魔だ。そのこの世のものとは思えない声、恐ろしい野獣のおたけび、その狂った声が何よりの証拠だ。

フリーアンス:黙れ!

マクベス  :怒ったか、この醜い声。

フリーアンス:殺してやる。お前を殺してやる。

マクベス  :俺の台詞だ。貴様の言葉が嘘だというのなら構わない。たった今悪魔にこの命を売り渡してやる。お前の命が契約の証だ。

(マクベス、フリーアンス、剣を交わす。)

フリーアンス:そうだ。それでこそマクベスだ。何も気にしてはいない。戦いになれば何もかも忘れ別の男だ。戦う為だけの男、マクベス。俺の獲物。

マクベス  :消えろフリーアンス。消えろ銀色の仮面。消えろこの幻影。消えろ!

フリーアンス:殺せるかマクベス、この俺の憎悪が。殺せるかマクベス、この俺の狂気が。呪われた、この命が。

マクベス  :消えろ悪魔!地獄の声!

フリーアンス:黙れ!殺してやる!殺してやる!

マクベス  :体が熱い。体が疼く。消えろ、フリーアンス!二度と姿を見せるな!

(マクベスの剣、フリーアンスの体を切り抜く。倒れるフリーアンス。)

(マグダフと配下の兵士達入場。息を切らして立つマクベス。)

マグダフ  :ここにいたかマクベス。

マクベス  :マグダフか。殺された妻と子供の為、命を捨てに来たか。

マグダフ  :その言葉、二度と言うな。

(2人、剣を交わす。)

マクベス  :マグダフ、お前にこの俺が切れるのか。お前ごときにこの俺が倒せるのか。

マグダフ  :くそ、交わすので精一杯だ。勇気が挫けそうだ。

マクベス  :すぐに後を追わせてやる。お前の愛する妻の元に、息子の元に。

マグダフ  :何を。くそ、死んでたまるか。

マグダフ兵1:マグダフ様!

マグダフ兵2:皆、一斉に掛かるんだ。マグダフ様をお守りしろ。マクベスを殺せ。

(10人以上、一度にマクベスを取り囲む。)

マクベス  :一人では戦えないかマグダフ。臆病な狼。吠えるだけなら誰にでも出来る。この程度の兵で俺を倒せるか。マクベスをなめるな。

(マクベス、マグダフと戦いながら、次々にマグダフの兵達を倒していく。)

マグダフ  :化け物め。これだけ掛かっても倒れないか。

マクベス  :倒れるだと。たかがこのぐらいの人数で。俺が倒れるだと、馬鹿にするな。

      (さらに兵達を倒す。)

マグダフ兵3:何という奴だ、皆一斉に掛かれ。全員呼んでこい。

マグダフ  :近付くな。殺されるだけだ。離れていろ。

マクベス  :そうだマグダフ。兵士達に罪はない。お前一人が死ねばそれで済む。

マグダフ  :黙れ!罪を犯したのはお前だ。すべてお前が犯したのだ。

マクベス  :それがどうした。それが何だというのだ。死ねマグダフ、消えれば誰の罪も分からない。分かるものか。

マグダフ  :くそ、力が入らない。

(二人、剣を交わしながら次第にフリーアンスの居る方に近寄っていく。)

マクベス  :体が熱い、体が熱い。もう終わりだマグダフ。遊びは終わりだ。

マグダフ  :この悪魔め。

マクベス  :そうだ、悪魔だ。悪魔と契約を交わしたのだ。もう誰にも止められない。諦めろマグダフ。

(マグダフの剣、マクベスに打ち落とされる。)

マグダフ兵3:マグダフ様!

マクベス  :終わりだマグダフ!

(フリーアンス、マクベスを後ろから突き刺す。)

フリーアンス:終わりはお前だマクベス。俺と一緒に、俺と一緒に地獄に落ちろマクベス。

マクベス  :(フリーアンスの方を見る。)き、貴様。

マグダフ  :終わりだ、マクベス!

(マグダフ、剣を拾いマクベスを切る。)

(マクベス、よろけながら少し離れる。)

消えろ、悪魔!

(マクベス、マグダフの振り下ろした剣を払う。)

マクベス  :(全身で叫び声を上げ、マグダフに切り掛かる。)殺せ、殺せ、殺せ。この俺が殺せるか!

マグダフ兵3:いけない、マグダフ様をお守りしろ。皆掛かれ!

(マグダフの兵達、10人以上マクベスに掛かる。)

マクベス  :熱い、体が燃える。消えろ。消えろ。体が疼く、焼けるようだ。止めろ、止められるものなら、止めてみろ。俺が消せるか、俺を殺せるか。

(マグダフの兵達、次々に倒される。ついに誰も近付けなくなる。)

殺してやる。マグダフ。マグダフ、真っ赤だ。この剣、この手、この鎧。赤くなれ、赤くなれマグダフ。

マグダフ  :この化け物!止まれ!

マクベス  :マグダフ!

(マグダフの剣が宙に舞い、遠くに落ちる。)

死ね、マグダフ!

マグダフ  :わあ!

(マクベスの剣、構えたまま振り下ろされない。そのまま時が止まってしまったかのような静けさがしばらく続く。やがて、マクベスはゆっくり崩れ落ち地面に倒れる。)

マルカム兵4:マグダフ様。マグダフ様、ご無事ですか。

マグダフ  :あ、ああ。何とか生きている。

マルカムの声:マグダフ、マグダフ、どこだ。

(マルカムと臣下、兵士達入場。)

マルカム  :マグダフ。よかった、生きていたのだな。

マグダフ  :マルカム様、こちらを。ついに逆賊マクベスを討ち果たしました。

マルカム  :何という死体の山だ。マクベスを倒すにはこれほどの血が必要だったのか。しかしアンガスも我が軍に味方し、マクベス軍は壊滅。ついには一人きりになって死んでいった。我々の勝利だ。おい、あそこにいるのは誰だ。フリーアンス、フリーアンスではないのか。あいつもマクベスに討たれたのか。

(フリーアンス、微かに動く。)

まだ生きている。おい、すぐに手当てをしてやるんだ。

(フリーアンス、近付こうとする兵士を手で止める。赤いペンダントを手元から取り出し、一度皆の方に掲げて、静かに下ろす。誰も声を出せないでいる中、フリーアンス、最後の歌を歌う。)

フリーアンス:

厚く雲に覆われた
果てしない暗闇の季節
誰もが信頼を忘れさり
互いの猜疑(さいぎ)に打ち震えた
もうすぐ凍てつく大地の上に
忘れかけていた夜明けの風が
新しい大気を連れて来る


閉ざされた闇を打ち払い
吹き抜ける暁(あかつき)の風
誰もが天空を仰ぎ見て
暴れる暗雲の最後を願った
もうすぐ暗く覆われた心に
忘れかけていた日の光が
新しい朝を告げに来る


長い夢を見ていたと
誰もが微笑みながら
新しい夜明けに向かって
朝の挨拶を交わす


(フリーアンス、静かに倒れる。しばらく静けさが支配する。やがてマルカムの声が高らかに響く。)

マルカム:これより城に入場する。よいか、フリーアンスの遺体を大切に礼拝堂に運べ。バンクォーとフリーアンスはこの国の忠臣として長く語り継がれるだろう。武の化身マクベス、恐ろしい男だった。しかし我々は過去の愚かな行為を二度と繰り返しはしない。マクベスにも小さな墓を作り、そして妻メアリーの隣に納めてやれ。それでよいな、マグダフ。

(マグダフ、フリーアンスの元に行き、握り締められている赤いペンダントを手にする。少し掲げ見ているが、やがてマクベスの元に行き、その上に赤いペンダントを静かに落とす。皆の方に振り返って、高らかに述べる。)

マグダフ:新しき国王マルカム陛下の栄光が、このスコットランドに信頼を取り戻し、長らく閉ざされていた夜に日の光が今昇ろうとしている。戦いは終わり新しい治世が行われるだろう。見ろ、雲のあい間から今、忘れかけていた朝の日差しが我々の元を照らす。長い夜は終わったのだ。



(幕下りる。)

2003/9-12月

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