ロミオとジュリエット 初稿版覚書

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冗談のプロローグ

(マルヴォーリオ)


ああ、私が嘆くからこそ
世界中の悲哀を渇望する親愛なる諸君に
世にも切なくはかな悲しい恋の物語の顛末を
余すところ無く提出することが許されてしまったのです
そのようなとき私はもはや常軌を逸し
一人歩きの尋常青年があぶれて道を踏み外すように
もはや物語りそのものになってしまうのでは無いでしょうか。
一人の若者が一族の敵(かたき)たる憎き家柄の
事もあろうに美しき娘さんと添い寝したく思った時
長閑なるイタリーの都、花己惚れのヴェローナに
いにしえの遺恨激しく沸け出でて
疾風たちまち石造りの町さえも揺さぶるよう。
これいかなる天変地異の震撼霹靂(しんかんへきれき)か
偉大な予言者の言葉とはこのことであったのかと
人々はとまどい嘆き悲しむのであります。
ああ、その時もはや優れた解説者である私に
どうして救いの手を差し伸べられることが出来ましょうか。
不運が不幸を連れて風雲急を告げ練り歩く時
さしもの私も余りの恐怖に悲鳴を上げて
あっちにうろうろ、こっちにうろうろ
死に神に怯え戸惑う子羊のような従順さで
こうして皆様を前にして恋人達の結末を
歌い上げるしか道は残されていないのであります。
ああ、まったくです。
私だけなのです。
私だけが物語ることを許されてしまったのです。
私だけが皆様の前にこの一部始終を見事に、
想像も出来ない美しい永久(とわ)の歌声で、
歌い上げることが許されてしまったのです。
天上の天使さえも聞き惚れるこの歌声。
いい!ナレーション!物語の進行役!
もはやわたくしこそが、
ナーレーションそのものなのではありませんでしょうか。
そのとき私はすでに身も心も一心同体分かってしまう。
もはやロメオそのものなのではありませんでしょうか。
(退場)
2006/11/26作成開始の冗談バージョン

改めてプロローグ

(幕前にロレンス神父)

ロレンス:これから皆さんにお聞かせする物語
ヴェローナで起きた悲しい事件の顛末を
私は後世に残さなければならないのです
私自身が深く関わり
私自身も加害者となって
愛し合う2人を死に追いやった顛末を
皆さんに聞いて頂きたいのです
歳月と時を刻む無情の秒針が
この物語を遠く記憶の底に追いやる前に
花の都で起きた悲しい物語を
これからお聞かせ致しましょう
モンタギューとキャピュレット
いがみ合う2つの名門が
ヴェローナを割って争う時
長年の諍いに憎悪の炎が燃え上がり
骨肉の争いが繰り広げられた
そして2人の若い恋人達が
運命に引きずられ愛情の激流に身を投じて
最後には燃えさかる憎しみに飲み込まれ
若い命はぱっと燃え尽きたのです
皆様、どうか忘れないで下さい
その事の顛末をお話ししましょう

(ロレンス去る。オープニングの音楽が始まる。)
2006/12/07改訂時のシリアスバージョン

まだプロローグ

(ロレンス神父登場。)
黄泉の氷河を封じ込めたような水晶
人の魂を奪い蘇らせるまぼろしの秘薬
長年研究を重ね辿り着いた最高の芸術
誰もがなし得なかった偉大な英知
前人未踏の偉業を成し遂げた喜びの中
私は神父であることを忘れたのだ
恐ろしいささやき声に心奪われ
欲望が手を差し伸べる時
私は聖職者であることを忘れたのだ
魂と時の刻む運命という定めを操り
生死をつかさどる神の法を冒(おか)し
悪魔が若者の肉体を奪い去る
儀式に手を貸してしまった
私はこの呪われた薬を川に流し
ヴェローナを離れ贖罪の旅に向かおう
(神父、手に持った薬を川に投げ入れる。小さい粒を手にとって、種を撒くように何度も何度も放り込む。その時川は不思議に青白く輝きを放って、呼吸のように光を点滅させて。やがて静かにもとの流れに消えていった。)
その前にどうか聞いて欲しい
モンタギューとキャピュレット
いがみ合う2つの名門が
ヴェローナを割って争う時
長年の諍(いさかい)いに憎悪の炎が燃え上がり
骨肉の争いが繰り広げられた
そして2人の若い恋人達が
運命に引きずられ口づけを交し
愛情の激流に身を投じて
憎悪の炎に飲み込まれた
若い命は打ち上げられた火花のように
ぱっと燃え上がり華開き
光の滴(しずく)となって消えていった
青年の名はロミオ
少女の名はジュリエット
歳月と時を刻む無情の秒針が
2人を遠く記憶の底に追いやる前に
その顛末をお話ししよう
(ロレンス去る。オープニングの音楽が始まる。)
[2006/12/22改訂版、最終版は12/29改訂]

2.花己惚れの都ヴェローナの町中

(幕開く)

サムソン:おいグレゴリー、グレゴリオ聖歌ばかり歌ってないで、売られた喧嘩は購入せねばならん。

グレゴリー:なんだ寒がりのサムソンのくせに、俺を見くびるな。

サムソン:見くびってはいないが、偉大なグレゴリオの名称に恥じることなく、剣は磨いておけと云うことだ。

グレゴリー:それなら心配ない。寒がりのサムソンと違って、服も鞘も薄着でへっちゃらな俺様が、貴様に遅れるはずがない。

サムソン:それを聞けば安心だ。ただし身内にだけ強がるのはやせ我慢のヒキガエルというものだぜ。

グレゴリー:馬鹿言うな、こう見えて俺様は、憎い相手には容赦無しの疾風のグレゴリオっていうんだ。

サムソン:グレゴリー、grey cellsをすこし磨いた方がよさそうだ。

グレゴリー:あんだって。俺に対してそんな難しい言葉を使うとは、お前身内で喧嘩を始める気か。

サムソン:灰色の細胞、灰色の細胞。

グレゴリー:名探偵!あの名探偵のお決まりの言葉か。俺も少しは頭を使えとののしるのか。

サムソン:そうではない。剣でも、言葉でも、相手を一撃で刺し殺せるように、頭の中も鍛えておけということだ。

グレゴリー:言葉なんてまっぴら御免だ。俺の前にあの三日三晩煮込んでも虐(いじ)め足り無い忌(いま)わしの一族「モンタギュー」が現われてみろ、言葉なんて必要ない。さっそく棍棒で殴って、首を落として、炒めて醤油で味付けして、「はいおまちどおさま。モンタ牛(ぎゅう)の並一丁でござい」とエスカラス大公に献呈してやらあ。

サムソン:それだよ、それ。そのエース級の烏が、俺達とモン太の諍(いさか)いに嫌気がさして、今度何かあったらとっちめてやると意気込んでるのさ。

グレゴリー:そりゃやっかいだな。うっかり剣なんか抜いたら、天晴れ敵を倒しても俺の首すっ飛ぶかもしれないな。

サムソン:だから気を付けろ。剣は抜いても、決してこっちから斬りつけちゃいけないのだ。向こうから先に斬り込んできて、やれやれ困った奴じゃ拙者がお相手致そうか、そんな形で決闘に及び、なおかつ敵を倒すという、そんな旨い遣り方は無いものか。

グレゴリー:そんな遣り方考えてたら、勝つ喧嘩も負けちまうぜ。ほら、さっそく向こうからモン太の下っ端共が、調子に乗って道の真ん中をのさばってやがる。

サムソン:まあ、我々も下っ端だがな。

(モンターギュ家の使い、アブラハムとバルサザー登場)

グレゴリー:おい、寒そうなサムソン。赤ん坊のアブラハムキューピットって知ってるか。

サムソン:お前にしては博識に過ぎる。あの5千年間子供のままの老人とかいう。

グレゴリー:それで例の歌よ。

サムソン:アブラハムには7人の子っていうやつか。

グレゴリー:そうそう、アブラハムには7人の子、一人はノッポで後はチビ。そんじょ仲良く暮らしてる。ノッポの奴はアブラハム。チビの奴らもアブラハム。でっかいところはアアブラブラ。

(アブラハム、怒って近寄ってくる)

アブラハム:手前ら人の名前でおちょくる気か。

グレゴリー:あんだ。

アブラハム:今アブラハムと呼んだろう。

グレゴリー:ただの旧約聖書だ。

アブラハム:何だと。

グレゴリー:つまりお前には関係のない話だ。

アブラハム:愚弄する積もりか!

グレゴリー:おいサムソン、そうだと答えたら大公様はどっちを支持するだろう。

サムソン:それじゃあ、モン太有利だ。

グレゴリー:まいったな、俺は策略は苦手だぜ。

アブラハム:何をごちゃごちゃ言ってやがる。

サムソン:いや、愚弄しないつもりだが、お前達が愚弄するなら、相手になってやらないこともない。

アブラハム:愚弄しているのはそっちだ。

サムソン:いいや、近寄ってきたのはそっちだろう。

グレゴリー:良いぞサムソン。さすが俺より頭が回る。

アブラハム:頭が回らないだと。要するにお前は馬鹿か。

グレゴリー:なんだと、俺の易しい心にも限界ってものがある。

(グレゴリー剣を抜く、慌ててモンターギュの2人とサムソンも剣を抜き、斬りかかるグレゴリーに続いて剣を交える)

(ベンヴォーリオ登場)

ベンヴォーリオ:馬鹿、アブラハム、バルサザー。なかなか来ないと思ったら何をやってるんだ。お前達、止めろ。馬鹿、馬鹿。

グレゴリー:どうせ俺は馬鹿っちだ。止めろと呼ばれて引き下がれるか、これでも食らえ。

アブラハム:なんだ2人のくせにいきがりやがって。

グレゴリー:2人も3人も関係あるか。そっちのもう一人なんて、怯えて一言も口がきけねえようだ。はん、怯えていやがるぜ、こっちのもう一人はよお。

(バルサザー、怒りに燃えてグレゴリーに挑み掛かる)

ベンヴォーリオ:止めろバルサザー、剣を引けというのが分からないのか。いい加減にしろ。

(ティボルト登場)

ティボルト:何をやってるお前達。喧嘩か、喧嘩か、俺も参加だ。地上に降りた最初の悪魔こと、モンターギュの突撃隊長兼次期組長ティボルトの血が騒ぐぜ。おい、よくも3人がかりで内の若い奴らを。このティボルト様が成敗してくれるわ。貴様、そこにいるのは憎きベンヴォーリオだな。いや違う、女もろくに買えない金無しの貧乏人、お前なんかまったくビンボーリオだ。ビンボーリオめ、これでも食らえ。

ベンヴォーリオ:よせティボルト、俺はただ止めに入っただけだ。大公の話を聞いてないのか。

ティボルト:うおお、血に飢えた稲妻が電流激しくしびれを切らすぜ。剣を抜いた平和の使者だと、そんな仲裁があってたまるか。俺様のあだ名を知らないか、キャピュレット家の稲妻隊長ティボルトだ。

ベンヴォーリオ:なんだそりゃ、そんな恥ずかしいあだ名が覚えられるか。

ティボルト:貴様、抹殺してやる。

(2人闘う)

(棒や包丁を持った市民自警団登場)

市民1:止めろお前達。これ以上優れた都ヴェローナを、暴力と罵詈雑言で埋め尽くすなら、我々の沈黙も今日が最後だ。

ベンヴォーリオ:引け、ティボルト。自警団まで来た。

ティボルト:口を挟むな自警団。これは俺たち身内の諍(いさか)いだ。黙ってそこで見物して、こいつの死に様で暇を潰し、過ぎたことは忘れて、昼飯の相談でもしているがいい。

市民1:そうはいかない。そいつが死んでも次の決闘が始まって、お前達、最後の一人になるまで、我々の都を踏み荒らすつもりか。

市民2:このヴェローナを荒稼ぎの温泉場と勘違いしてるんだ。朝日が昇れば雄叫び張り上げ、昼は路上を踏み荒らし、夜は女共を根こそぎ奪い去って、ペンペン草一本残らない。俺たちの夜の楽しみまで奪われたら、ああ口惜しい、口惜しい、俺たちのハッスルはどこに向かえばいいのだ。もう我慢ならない。もう堪忍ならない。モンタギューもキャピュレットも追放してしまえ。

(他の市民自警団が、キャピュレット家の組長と、極道の妻を連れてくる。)

市民3:キャピュレットさん、見て下さいこのありさまを。そして知って下さい。最近のキャピュレット家とモンタギュー家の乱闘騒ぎで、先週は果物屋が一軒完全崩壊した。3日前には罪のない婆さんが孫をかばって、「すっこんでいろ、このあごヘチマめが」と足蹴にされた。あんまりだ、あごヘチマは非道い。婆さん今日も、悔し泣きに痛みを加えて、「あごヘチマ、あごヘチマ」と譫言(うわごと)を言いながら寝込んでますよ。極悪非道のアルコ伯爵だって。あんなに激しくは音楽家を蹴飛ばせません。昨日に至っては、関係ない市民達まで乱闘に加わって、金物屋の鍋は中空を舞い、ワイン樽は大地を転げ回る。最後には何です、年甲斐もない、貴方自身が井戸の取っ手をぶち壊しなさって、それを振り回して市民達に殴りかかる。足を使って蹴り掛かる。いったいどこの国の都(みやこ)に、こんな破廉恥な大失態がありますか。もう我慢ならない。限界だ。我々は本日改めて大公エスカラス様に、長い陳述書を提出して来たのだ。毅然(きぜん)とした態度で接しなければならないのだ。それがなんです、ようやく安心して帰路についたところ、この無頓着な大騒動は一体どこから沸いて出たのだ。いくらあなた方でも、市民全員と、大公の軍隊を敵に回せますか。お願いです、見て下さい。そして考えて下さい、このありさまを。

キャピュレット:うぬ。許せん。何たるありさまだ。おいお前、武器だ、ワシの武器をよこせ。

キャピュレット夫人:武器なんてありますか。この杖だけですよ。

キャピュレット:えい。杖でもよい。早くよこさんか。

市民3:ようやく分かって頂けましたか。さあ、早く止めて下さい。

キャピュレット:ワシも。

市民3:は?

キャピュレット:ワシも参加だ、ワシも参る所存だ。

市民3:なんですって?

キャピュレット:老いたりと云えども、老いたりと云えどもキャピュレット。熟練の極みに達した杖の扱い、モンタギューの若造共に負けるものか。ティボルト、加勢致すぞ。

(キャピュレット殴り込みを掛ける)

ティボルト:わあ、親父。止めてくれよ。危なっかしくて、気が散るじゃねえか。

キャピュレット:ええい。このキャピュレットが居る限り、キャピュレットが居る限り。

(キャピュレット、ベンヴォーリオに挑み掛かる)

ベンヴォーリオ:なんだこの爺さん。この前に続いて、また入ってくるのか。いくら仲裁を買って出た身でも、ここで止めたら一家の恥辱だ。あの耄碌(もうろく)した爺さんさえ倒せば、モンタギューの天下。今こそ、一世一代の重大事。しっかりしろよ、ベンヴォーリオ。この高鳴る胸の鼓動。おいお前達、仲裁は止めだ、あの爺さんだ、あの爺さんの首だけを狙え。あの総大将さえ始末すれば、もうお家騒動に決着が付く。

{ここのところ思いっきり人物設定が間違ってる。アホな奴。お目出度いので記念に保存。}

グレゴリー:じじいの首だけだと。この交わる剣の中で、首のところだけ狙えるのか?

サムソン:やってみろ。お前は出世頭だ。

グレゴリー:やってやるぜ、奴とて同じ人間。年の差あれば俺の勝ちだ。

アブラハム:おっと、待てよ。お前の相手はこのアブラハムだ。

グレゴリー:くそ、このアブラハムキューピットめ、どけ、どけ。

ベンヴォーリオ:よし、俺が何とかする。

ティボルト:おっと、調子に乗るな貧乏人。突撃隊長とその親父を一人で倒すだと。

(親父とティボルト背中合わせになって、変な妙技で敵を蹴散らす。)

市民達:なんなんだ、あの怪しげな術は。えい。止むを得ない。俺達のヴェローナを守るんだ。皆を呼んでこい。モンタギューもキャピュレットも亡ぼしてしまえ。

(激しいラッパの響き。エスカラス大公、モンタギュー家の組長と極道の妻、配下の兵達を従えて登場。驚いた乱闘の当事者達、慌てて左右に分かれる。)

大公:モンタギュー、今後諍いはございませんと宣言したお前の言葉が、わずか半時ではかなくも裏切られ、このエスカラスの繊細な心は、夢の都ヴェローナが汚され、踏みにじられたその痛みで、真っ赤な炎をあげて怒り狂っている。キャピュレット、町を豊かにする使命を帯びたお前達が、率先して若者を拐(かどわ)かし、町を2分しての乱闘騒ぎ。このエスカラスが大公を務めるヴェローナを、よくぞここまで汚してくれたものだ。もはや私は沈黙の歴史を破り、今まさにこの鞘に収まった伝家の宝刀を抜かねばならん。

(大公、剣を抜く。)

大公:皆、粛々として我が命令に耳を傾けよ。剣に誓う言葉を証書に留めよ。モンタギュー、キャピュレット、その両家は今後一切町で乱闘を起こしてはならない。誓い破られた暁(あかつき)には、原因経過を問わず、2つの名門ことごとくヴェローナから追放する。書記よ、直ちに誓いを成文化し、両家のサインを加えて私に提出せよ。分かったかモンタギュー、キャピュレット。

モンタギュー:恐縮して頭を下げ、宣言の実行を誓いますので、どうか今回のところは穏便に。隠便に、宜しくお願いします。

大公:よかろう、宣言は今後のこと、今回のことは不問に処す。キャピュレット、お前も分かったな。

キャピュレット:まったく了解しながら、平身低頭しつつ、こうして頭をさげまする。

大公:では2人には、それぞれ直々にサインをして貰う、いいな。

モンタギュー:至急家に戻り、今日中には必ず出向きます。

大公:キャピュレット、お前はどうだ。

キャピュレット:それはもちろんのこと、帰宅して時間が許せば本日出向きまする。

大公:時間が許さなければ用はないと。

キャピュレット:あ、いえ、滅相もございません。必ず本日中、ワシのサイン用の万年筆などを持参して、例え橋が落ちても夜明け前には、随分参上します。

大公:まあいい。自警団の皆さんは、今後十分な監視を行ない、何かあったら自分達で解決せず、至急詳細を報告するように。

市民達:かしこまりました。

大公:しかしキャピュレット、お前にはまだ話が残っている。お前は先ほど、自分で闘っていなかったか。

キャピュレット:いえ、何を仰います、滅相もない。私も齢重ねた高齢者。白髪の始まる季節。こうして杖を頼りに歩き回る有様なれば、何の事やら皆目見当も。

大公:なんだその杖は、血が付いているではないか。

キャピュレット:いえ、あの、これは途中で犬などを。

大公:犬などをお撲(ぶ)ちなさったというのか。この犬の都ヴェローナで、飼い主にさえ撲たれたことのない、慣れない仕事も賢く熟(こな)す、敬虔なる犬の横顔を殴ったと。許し難い行為である。

キャピュレット:犬の都などと、それは一体何のお話で。

大公:お前はまだ反省が足りないようだ、息子のティボルトと共に一緒に私の館まで来て貰う。他の者達、市民達も、直ちに解散するのだ。

(全員解散退場。モンタギュー、その夫人、ベンヴォーリオだけが残る。)

モンタギュー:ベンヴォーリオ、お前が付いていながらなんたる不覚。

ベンヴォーリオ:すいません。初めはお止めしたのですが、突撃隊長ティボルトが飛び込んできてからは、すっかり向こうの喧嘩のペースに巻き込まれ、若い衆を統括する役目も忘れ、何時しか心には熱き怒りが込み上げて。

モンタギュー:ええい、そうではい。目の前に憎きキャピュレットめを控え、あと一撃の距離にありながら、止(とど)めも刺せずにみすみす逃がすとは。ああ、忌わしい。あと一撃、あと一撃ではないか。顔の真ん中にぽこりと一撃、ついでに背中にもう一撃、反撃かわしてひるがえし、止(とど)めはお腹(なか)に一刺しよ。そんな身のこなしは出来なかったものか。ああ無念だ。あの顔さえ地獄に消えれば、ヴェローナに平和が訪れただろう。

モンタギュー夫人:なんですあなた。今朝ご自分で、決して乱闘を起こしてはならんと、ベンヴォーリオに忠告しておきながらそんな事を。彼はそれを守ろうとしただけではありませんか。

モンタギュー:それはそう。それはそうだが、憎たらしい。今日討ち果たさなければ、明日からはもっと難しくなるではないか。

(足をだんだんと踏みならす)

モンタギュー夫人:あなた、そんなに激高すると体によくありませんよ。まったく両家とも先代からの諍いで、顔を見る度に殴り合いだ、斬り合いだと、よく飽きが来ないものです。これがよい機会です、終わりにしようではありませんか。

モンタギュー:いいや。終わらん。このままでは終わらんぞ。両立などするものか。キャピュレット家が滅びるまで、この争いは止められんのだ。

夫人:はいはい、分かりました。もう今日は家に戻りましょう。そうです、ベンヴォーリオ。今日はロミオはどうしているのでしょう。彼に会いましたか。

ベンヴォーリオ:はい。太陽が東(ひんがし)の空から顔を赤らめて浮かび上がって来るという例の夜明け頃、私も胸の狂おしい病に一睡も出来ず部屋を飛び出し、ああ苦しい、おお苦しい、あまく得てしか熱き口づけ、と叫びながら、町中(まちなか)を抜け川に飛び込み泳ぎ渡り、恋の想いを遂(と)げるスズカケの森に駆け込んだのですが、驚きます、私の前にはすでに偉大なる先客が一人、静かに腰を下ろしてたたずんで居たのです。朝日を受けて輝き始めたシルエットは眩しく、すがすがしい風さえも彼を賛えて吹き抜けるよう。丸太(まるた)に腰を下ろすその姿は、なんと神々しく見えたことでしょう。飛び交う兎達を遠くに控え美しく涙を流すその姿は、なんと理想男性であったことでしょう。そうです、ロミオなのです。彼こそまさにロミオでありました。私は、森の中でアルテミスの水浴を見たアクタイオンのように、あまりの美しさに全身は凍てつき、その場に立ち尽くしておりました。するとどうでしょう、彼は静かに顔をお上げなさって、そっと私にほほえみかけるのです。そして合図をするようにちょっと頷いて、ああ、何と格好(かこ)いいその仕草。私もまた彼の気持ちがよく分かりましたので、『サイチェン、また会おう』と深く頭を下げて、そのまま別の広場に向かいましたが、その『兎ヶ広場』の青年こそ、まさにロミオ意外にあり得ないのであります。

モンタギュー:なぜ男がそんな森に。最近では朝からため息交じりで、暁の女神エーオースすら落胆して見捨ててしまうほどの軟弱振り。男なら東の草原に出て、朝から打ち込み百本でもやって見せるがいい。最近の奴はまったくどうかしておる。お前もお前じゃ、何が『サイチェン、また会おう』か、若頭の言葉とはとても思えん体たらく。

ベンヴォーリオ:すいません。

夫人:駄目ですよあなた。2人とも、青年の美しい病ですよ。貴方にも経験があるでしょう。

モンタギュー:なるほど。これは気が付かんかった。奴もそろそろ魅惑の理想女性と添い寝など所望致(しょもういた)す年頃だったかのう。

夫人:なんですかその言い方は。嫌らしい。

モンタギュー:やらしいことがあるものか。男なら皆通過する儀式ではないか。しかしワシは奴ぐらいの年にはとっくに充実した添い寝ライフを堪能しておったがな。あいつは奥手だからな。

夫人:何ですって、あなた。

モンタギュー:まあまあ、お前と知り合う前の話だ。

夫人:それでベンヴォーリオ、お前は。

ベンヴォーリオ:いえ、奥様、そのような、私の添い寝の所望(しょもう)したく所存(しょぞん)などとはまだ、その、十分お聞かせできるほどの。

夫人:何を言っているの、そうじゃありません。

ベンヴォーリオ:はい?

夫人:ロミオの煩(うれ)いの元種がどこにあるかもう聞いて下さったの。

ベンヴォーリオ:ああ、すいません。つい動転しました。実は私にさえ打ち明けようとしないのですが、千載一遇(せんざいいちぐう)の好機、ロミオが歩いてきます。再度確認を試みますから、お二人はひとまずあちらへ。

夫人:よろしく頼みますよ。ロミオの親友として頼りにしているのだから。

モンタギュー:もちろん組の若頭としても頼りにしておるぞ。

(2人退場。代わって、ロミオ入場。)

ベンヴォーリオ:ロメオ、グーテンモルゲン。

ロミオ:なんだベンヴォーリオか。まだ朝だったっけ。

ベンヴォーリオ:丁度鐘が9時をおぶちなさった所だ。

ロミオ:そうか、悲しいと時間が進まないものだね。それより今、父さんが居なかったか。

ベンヴォーリオ:もう行った。それより時間が進まないと困るだろう。

ロミオ:何たいして困らない。

ベンヴォーリオ:じゃあ、なぜ浮かない顔をしている。

ロミオ:留まる時間に困ることはないが、出来ることなら時間を忘れるほど幸せになりたい。

ベンヴォーリオ:どうすれば幸せに。

ロミオ:分かってるくせに。

ベンヴォーリオ:美しいお姉さんが。

ロミオ:いや、お姉さんじゃない。

ベンヴォーリオ:易しい妹が。

ロミオ:そう、年齢だったら易しい妹。ああ、でも妹では駄目だ。妹では満たされないものが、世の中には沢山あって、僕たち何時でも彷徨い歩き、家族だけではやっていけない。そんな時、血が繋がらないという理由で、満たされる精神世界もまたあるのだ。

ベンヴォーリオ:いつ出会ったんだ。

ロミオ:もう、分かってるくせに。

ベンヴォーリオ:するとロミオが、目隠しのキューピットは非道い。と叫んでしまった3日前。

ロミオ:そうかもしれない。まあ良いじゃないか。よそう。それよりまた乱闘があったそうだね。

ベンヴォーリオ:あった。たった今エスカラス大公から両組長共に叱られて、しょんぼりして帰ったところだ。

ロミオ:だから親父が居たのか。モンタギューとキャピュレット、同じような歴史を持って、同じような商売をして、同じように若い者を引き連れた同業者。長年の反目を捨てて、協調の握手をしたら、もっと市民から尊敬もされ、商売も旨く行き、誰も憎しみ合わずに済むのに、なぜ意味もなく互いに粋がるのだろう。何だか最近急に馬鹿らしくなってきたよ。だが憎しみ合って怒鳴り合っているほうが、熱烈な愛情に心乱れて憧れ募る恋の呪縛よりは、遙かにましなのかも知れない。

ベンヴォーリオ:だから今朝もスズカケの森に?

ロミオ:スズカケの兎はよく跳ねるね。僕もあんな自由に屈託なく飛び跳ねて見たいよ。

ベンヴォーリオ:そろそろ答えてくれよ。一体誰に恋してるんだ。

ロミオ:誰と指すと、その人の名誉に関係するから言えない。

ベンヴォーリオ:また判然として証拠の無いことだから言うとこっちの落ち度になる?

ロミオ:いや、冗談だ。本当は名前を知らないのだ。

ベンヴォーリオ:すると例の一目見るなりぞっこんいかれちまうという。

ロミオ:そんな言い方は止めてくれよ。そう言う時には、一目惚れという台詞でなくちゃ。

ベンヴォーリオ:それは済まない。すると3日前に一目惚れに会ったわけか。

ロミオ:そうさあれは3日前。ちょうど午後の日射しがあの楼閣(ろうかく)に降(お)り始め、これから夕闇のマントを着た夜という怪人を迎え入れるために、太陽神ヘーリオスも馬車を下ろす準備を始める時間だった。ヴェローナで一番美しい橋から水面を見詰めていた僕は、川の流れの漂う隙間に何か崇高な哲学を感じ取って、満たされない想いに胸を揺らし、はっとして顔を上げたその瞬間だった。僕の前には天から舞い降りたばかりの女神が友達を連れて、雪解けの滴が新芽にしたたるような易しい笑顔で、そっと微笑みながら近づいて来るのだった。ああ、オレンジ色した斜光が照らすその美しい瞳、まだ自己の美しさを知らない、あどけない幼子のよう。ああ、ルネサンスの芸術家達が総力を決した彫刻のような顔、まるで貝殻から始めて生まれ光を浴びたアフロディーテーのよう。そして神々の創りたもう神秘の女神が、まるで心の準備もなく、突然に現われた時の僕の動揺といったら、全身立ちすくむ心の震えといったら、どうだろう、そして彼女はもう目の前、この目の前に!

ベンヴォーリオ:ロミオ、ロミオ、しっかりしろ。

ロミオ:彼女は友達を連れていた。でも一人きりなら森の妖精であるはずの友達の魅力も、比類ない神の創造物に従うことによって、なんと哀れで俗物であったことか!なんとみすぼらしく、取るに足らないものであったことか!

ベンヴォーリオ:分かった、もう分かったから、すこし落ち着け。

ロミオ:失敬な。僕は何時だって沈着冷静だ。

ベンヴォーリオ:そうこなくっちゃロミオじゃない。それで誰だか見当も付かないのか。

ロミオ:そうなんだ。あれいらい魂が愛情という名の切ない病魔に侵された僕は、朝はスズカケの森に入り浸(びた)って、昼は彼女の影を探しては町中彷徨い歩き、夜は会えない恋しさに心苦しくベットの中で身もだえし、時には家を飛び出し町を徘徊して、そんな有様でもう3日間を過ごしてしまった。

ベンヴォーリオ:唐突に、あるいは情感を込めて家を飛び出しただって。ロミオ、あまり急に情が込み上げると、偉大なシューマンの二の舞を演じることになるぞ。

ロミオ:なんだい。

ベンヴォーリオ:こんな時に非道い奴だと思わないで欲しいが、あえて言わせて貰おう。

ロミオ:僕が真面目な言葉に耳を傾けなかったことがあったか。

ベンヴォーリオ:俺にも経験があるが、一目惚れというのは、あれは一種の疑似恋愛だと思うのさ。

ロミオ:疑似恋愛?

ベンヴォーリオ:だってそうだろう。実際の恋愛が相手と言葉を交わして、互いの話し方や趣味や冗談の言い方、合間に見せる小さな仕草、そうしたものに次第に引かれ逢って、目出度く結ばれるのが恋愛だとするなら、一目惚れって奴は、実際の恋というよりも自分の理想の女性の幻影が、一瞬現実世界に照射しただけじゃないだろうか。だから確かにその顔は自分の好みかも知れないが、実際は彼女を愛した訳でも何でもない。だって、そうだろう。ロミオは彼女の名前も知らない、ロミオは彼女の声も知らない、話をしたこともない。

ロミオ:でも彼女は笑っていた。その静かな笑い方のなんと気品に満ちていたことか。そして彼女は見詰めていた。遠く向こうのおとぎの国を見るような眼で、深く染め抜いたビードロの奥から、静かに深水が沸き上がってくるような、どこまでもどこまでも透き通った瞳で、彼女は何かを見詰めていたんだ。ああ、僕も彼女と同じものを見てみたい。その瞳の向こうには何が待っているのだろう。どんな神々が住んでいるのだろう。

ベンヴォーリオ:大変な情熱だ。まったく熱に浮かされているんだ。そんな経験なら俺も知っている。でもすぐに目を覚まして遣るよ。

ロミオ:このピュプノスとオネイロスが2人がかりで仕組んだ深い恋の夢から、僕を引きずり出せるというなら、遣ってみたまえ。掛けてもいい。

ベンヴォーリオ:遣ってやる。必ず遣ってやるから、もしその夢から抜け出したら、昼食ぐらいはおごってもらおうか。

ロミオ:馬鹿だなあ、昼飯ぐらい呪縛に掛かっている今だって、おごってやるよ。さあ、行こう、今日は淀見軒か、それとも花しん亭(かしんてい)か。

ベンヴォーリオ:ここをどこだと思ってるんだ、いつものハイカラ亭でいいよ。

ロミオ:赤シャツの似合うシェフが作る海産料理は最高だからな。

改訂前の2人の出会い

ロミオ:貴方は知らないでしょう、橋の上でお会いした。

ジュリエット:私は知っているわ。貴方を覚えている。

ロミオ:あれから貴方の姿ばかり追い掛けていた。

ジュリエット:お世辞が旨いのね。舞踏会に出席して。

ロミオ:ここにくれば、もしかしたら会えるかと思って。そう信じたから、沈む心を駆り立てて、キャピュレット家の門をくぐったのです。そうしたらあなたが居た。

ジュリエット:そんな嬉しい言葉、私ったら鵜呑みにしちゃうわ。ほどほどにお願い。

ロミオ:どんなに沢山信じても、きっと僕の貴方を思う心は、遙かに深く大きい。僕はあの日いらい、笑わないで欲しいけど、貴方を煩って毎朝スズカケの森に出かけて。

ジュリエット:毎朝ですって。私もお昼にあの森に、道理で会わないはず。

ロミオ:スズカケの森に?

ジュリエット:ええ。

ロミオ:もう好きな人が居るの?

ジュリエット:もちろん。私も橋の上で、始めて出会った。

ロミオ:誰に?

ジュリエット:答えて欲しいの?

ロミオ:声でなくてもいい、もし答えが僕の望む通りであれば。

ジュリエット:あれば。

ロミオ:僕の唇をとがめないで欲しい。

(ロミオ、ジュリエットにキスをする。ジュリエット、ロミオにキスを返す。2人、見つめ会ってしばらく踊る。)

ロミオ:スズカケの森で兎を見た?

ジュリエット:うん。スズカケの兎はよく跳ねるわ。

ロミオ:今はあの兎のように心が弾む。

(またしばらく踊る)

ロミオ:そうだまだ名前も聞いていなかった。

ジュリエット:可笑しい、2人して名前のないまま踊って、名前のないままキスしていたのね。

(キャピュレット夫人、慌てて走り寄ってくる。)

夫人:ジュリエット、ジュリエット、ああ汚(けが)らわしい。モンタギュー、離れて下さい。よりによってうちの娘と踊るなんて、キャピュレットを侮辱するにもほどがあります。モンタギューのロミオ。何の真似です。あっちにお行き、早く立ち去りなさい。ジュリエット、こっちに来なさい。知らない事とはいえ、あんなやくざ者とダンスを踊るなんて、パリスさんはどうしたのです。まったくお父様が見たら、どんな騒ぎになるか。

ジュリエット:モンタギューのロミオ。彼がロミオ?

夫人:そうですモンタギュー。憎き敵の一人息子。

ジュリエット:知らなかった、知らずにあったのが早すぎて、知った時にはもう手遅れ。さようなら、ロミオ。

夫人:早く来なさい。ロミオ、お前は早く行きなさい。

(ジュリエット、夫人に引かれて退場)

ロミオ:ジュリエット、ようやく名前を知ったのに、それがキャピュレット家の娘だなんて。なんて重い障壁だ、ジュリエット。

(ベンヴォーリオ、マキューシオ近付いてくる)

ベンヴォーリオ:どうしたロミオ。顔が蒼いぞ。

マキューシオ:誰かに打ちのめされた顔をしている。

ロミオ:何でもない、もう帰ろう。

ベンヴォーリオ:そうだな、初戦で躓くと、なかなか気が乗らないな。

マキューシオ:散々踊って花の世話をして、最後に種を撒くのだけは許しませんって、今日はあんまりな舞踏会だ。刈り取りよりも、種まき、種まきがしたい。

ベンヴォーリオ:俺なんて背の高いだけの男じゃ駄目だとさ。ちょっと意気消沈だ。今日は帰ろうか。

マキューシオ:お前達が帰るなら、俺も一緒に帰る。結局今日は野郎3人初戦で討ち死にか。

(3人退場。舞踏会音楽徐々に遠ざかるが、そのまま継続。やがて照明が徐々に落ち、幕。舞踏会の音楽だけが遠くから聞えてくる。)
[2006/12/06版]

改訂前の2人のバルコニー

(ジュリエット、バルコニーに出てくる。少し風に吹かれている。)

ジュリエット:ああ、ロミオ、ロミオ。貴方はどうしてロミオなの。さっき私に語りかけた優しい言葉、あの愛の台詞が本当なら、名前はロミオでもいい、せめてモンタギューという肩書きを捨てて。

(ロミオの隠れている茂みの草が揺れる)

ジュリエット:誰!そこにいるのは。

(静寂、何も聞えない。)

ジュリエット:風の悪戯。今日は月があんなに綺麗。でも月の女神、あなたは残酷。人の運命を玩んで、こんな非道い演出をほどこして。私は何だか魂が抜けたようになって、馬鹿みたいだわ、一人でバルコニーから、貴方に話し掛けている。お休みなさい、月の女神ヘレーネー。私の願いを気まぐれに聞いてくれるなら、どうか私のロミオをここに連れてきて。

(ジュリエット、バルコニーから部屋に戻ろうとする。ロミオ、茂みから飛び出す。)

ロミオ:待って、ジュリエット。

(ジュリエット、驚いて振り返る)

ロミオ:ジュリエット、話がある。部屋にはまだ戻らないで。

ジュリエット:貴方が見えない。暗い闇が大地を覆っているから。でも声には聞き覚えがある。

ロミオ:ジュリエット、大好きな貴方が今僕の名前を呼んでくれた。

ジュリエット:ロミオ、ロミオなのね。非道いわ、私の言葉を立ち聞きしていたのね。

ロミオ:違う、月の女神に導かれて、窓の下に辿り付いた時に、貴方の声が聞えてきた。僕はアルテミスに睨まれ体が硬直したように、ここで樹木のように固くなって、でも貴方がバルコニーから消える間際に、急に呪縛から解き放たれて、飛び出してきたんだ。

ジュリエット:恥ずかしいわ、私の独り言を全部聞かれてしまった。一体どうやってここに入り込んだの。だって、貴方にとってここはお墓の一歩手前、貴方をつけ狙う山賊の住み家。

ロミオ:恋という翼で塀を乗り越えて、気が付いたらここに辿り着いた。まるで何かが導いてくれたように。

ジュリエット:月の女神セレーネーが、私の願いを聞いて下さったんだわ。でもどうしよう、見つかったら殺される。

ロミオ:貴方に会って思いを最後まで伝えられないくらいなら、宿命の敵(かたき)に叩き斬られ、死んでしまった方がましだ。

ジュリエット:そんなのは絶対にいや。

ロミオ:大丈夫、こうして願いが果たせた。だから生きる希望が沸いてきた。今の僕は、決して死んだりはしない。

ジュリエット:ロミオ。橋の上の恋人と、運命の再会。なのに貴方はキャピュレットの敵(かたき)で、私はモンタギューの敵(かたき)。私はモンタギューなんて知らない、何の肩書きもないロミオと、ずっと一緒に踊っていたい。

ロミオ:きっとそうしよう。美しい音楽に誘われて、2人の瞳が触れ合って、優しく口づけを交した時から、ロミオはもうジュリエットの物。

ジュリエット:信じていいの。あんな恥ずかしい言葉を聞かれて、旨くつけ込まれて、憎い敵(かたき)を玩ぶために、私を誘い出すの。

ロミオ:僕たちは名前も知らずキスをしたんだ、初めから好きで君を捜していたんだ。ジュリエット、家の事情なんて知るものか、僕は貴方の名前がジュリエットでなくなっても、名前知らずの君を愛する。

ジュリエット:いいわ、信じて裏切られても、貴方なら構わない。その時はひと思いに私を殺して。

ロミオ:ジュリエットが天使達に連れられて、天上に帰っていく時は、月の女神に掛けて誓う、僕も貴方と共に世界に別れを告げる。死ぬのも一緒だ、何時も一緒にいる。

ジュリエット:そんな悲劇は嫌、本当に私が好きなら一緒に生きて。2人がしわくちゃになって、この町が様変わりする遠い未来まで、一緒に連れて行って。

ロミオ:分かった、月の女神に掛けて誓う。

ジュリエット:駄目よ、月の女神は毎日満ち足り欠けたり。気まぐれ気ままで当てに出来ない。

ロミオ:じゃあ、何に誓おう。

ジュリエット:誓いなんていらない。ううん、やっぱり誓って。私の大切な神様、貴方自身に賭けて誓って。

ロミオ:分かった、この僕の心に賭けて誓うー

ジュリエット:待って、今は誓わないで。さっきまで名前も知らなかったのに、あまりにも突然、あまりにも向こう見ず、心は乱れて勢いまかせ。だからもう少し待って。2人の恋のつぼみは、夏の息吹きに誘われて、次に逢う頃はきっと美しく花を咲かせる。だからそれまで待って。

ロミオ:誓いは取っておく。でも僕は君の答えを聞いていない。

ジュリエット:だって、それは一番始めに聞かれてしまった。

ロミオ:出来れば、もう一度欲しい。

ジュリエット:貴方の望みなら何度でもあげるわ。私はロミオが好き。神々に賭けては誓わないけど、私のことが好きなら、私の言葉を信じて。

(窓の奥から扉を叩く音)

いけない、誰か来た。そこに隠れていて。すぐ戻ってくる。私が来るまで、声を出さないで。

ロミオ:必ず待っているよ。

(ジュリエット、バルコニーから消える。しばらくして、出てくる。)

ジュリエット:ロミオ、ロミオ、私のロミオ。知らないあいだに消えてしまっては駄目。

ロミオ:ジュリエット、大丈夫。僕はここにいるよ。

ジュリエット:大変、お母様が下で呼んでいるそうなの。すぐに行かなくちゃ。

ロミオ:僕のジュリエット、もう行ってしまうのか。今すぐさらって帰りたい。

ジュリエット:そうして欲しい。ロミオ、私パリスっていう貴族と婚約させられそうなの。どうしよう。私を助け出して、貴方のものにして。でもそこまで降りられないわ。今日は帰って。まだ大丈夫。約束はしてないから。でも、本当に私を愛してるならー

ロミオ:そんな事はさせない。パリスと決闘をしてでも、ジュリエットは渡さない。そうだ、僕らが先に婚約を果たそう。結婚式を挙げて、指輪を交換して、婚礼の儀式を果たそう。貴方が本当に僕を信じてくれるなら。

ジュリエット:信じるわ、私のロミオ。

ロミオ:明日の午後3時に、懺悔の時間と偽って、ロレンス神父の所に来て欲しい。僕は何とか神父さんを説得してみる。僕のジュリエット、君が来るまで、ずっと待っている。

ジュリエット:明日の午後3時、それまでに必ず行く。私のすべてをロミオに預けて、世界の果てまで付いて行くわ。お休みなさい、ロミオ。あまりぐずぐずしていると、母が上がってくるかも知れない、もう行くわね。お休みロミオ。

ロミオ:ああ、ジュリエット、お休みジュリエット。

(ジュリエット、バルコニーから消える)

ロミオ:ジュリエット、ジュリエット、本当に行ってしまうの。

(ジュリエット、戻ってくる)

ジュリエット:危ないわ。そんな大きな声を出して。明日のために今日は我慢して。あなたが見つかったら、大きな希望も打ち砕かれる。お休みロミオ、誰にも見つからず早く帰って。

ロミオ:分かった、お休み、もう行くよ。

(ロミオ、立ち去りかける)

ジュリエット:待ってロミオ。本当に行ってしまうの。最後のお別れの言葉がまだだわ。恋人とのお別れ、どんな台詞だったかしら。

ロミオ:君が思い出すまで、ずっとここに居るよ。

ジュリエット:じゃあ思い出さない。いつもそこに居て欲しいから。好きでしかたないから、遠くに行かせたくない。紐を付けた鳥のように、ほんの少し自由にして、またすぐに引き戻すの。

ロミオ:君の籠(かご)の鳥になりたい。

ジュリエット:ああ、そうしてあげたい。でも、可愛がりすぎて殺してしまうかも知れない。お休みロミオ。今日の幸せが夢でなければいい。

ロミオ:お休みジュリエット。きっと明日、夢の続きを見よう。

(幕降りる。)

[2006/12/08版]

改訂前の第4幕の詩

(楽師達、歌と踊り。)
今は黄金(こがね)の季節だから 人々は手を取り浮かれ騒ぎ
憂いもみせず華咲き乱れ 愛し合うことを良しとした
悲しみもなく誰もが笑う 神の創った理想の里で
苦しみもなく誰もが集う 争いのない理想の里で

(楽師達、歌い手と踊り手が交替。)
黄金の季節の幸福に 人々は手を取り浮かれ騒ぎ
おごる心が静かに芽生え 愛し合うことを疎かにした
理想の里に雷が落ち すべての幸せが焼き尽くされた
理想の里に雪が積もり すべての幸せが埋もれていった

(楽師達、歌い手と踊り手が交替。)
今は銀(しろがね)の季節だから 人々は剣を取り罵り合い
疲れもみせず争いにくれ いがみ合うことを良しとした
喜びもなく誰もが憎む 神の見下ろす大地の上で
幸せもなく誰もが呪う 怒り狂った大地の上で

(楽師達、歌い手と踊り手が交替。)
銀の季節のおぞましさに 人々は気づき神に祈り
敬虔の念が静かに芽生え 愛し合うことを思い出した
理想の里に帰らせたまえ すべての憎しみを忘れよう
理想の里に帰らせたまえ すべてを許し受け入れよう
[2006/12/18版]



11/22改訂の1-5.キャピュレットの家

(キャピュレット夫人と、ジュリエットの乳母。)

キャピュレット夫人:ばあや、ばあや、ジュリエットを呼ん来て。

ジュリエットの乳母:呼びましたですよ奥様、ええ本当です。私の若き日の操(みさお)に掛けて申しましょう。とはいっても13歳を乗り越えられずシャボンのように消えましたが、昨今の言葉ではバブル崩壊とでも呼ぶのでしょうか、とにかく奥様、ジュリエットお嬢さまはもうお呼びしましたよ。

キャピュレット夫人:困った子ねえ。ジュリエット、ジュリエット。

(ジュリエット登場。)

ジュリエット:なあに、お母様。

キャピュレット夫人:なあにではありません。大事な話があるので、わざわざ呼んだというのに。何です、顔に色なんか付けて、お化粧して遊んでたのね。

ジュリエット:遊んでなんかいないわ、私は真剣だもの。

夫人:はいはい。真剣にお化粧して、もうご婦人方の仲間入りがしたいのですか。だったらお願いだから、聞いてちょうだい。

乳母:わたくしは失礼しましょう。

夫人:いてちょうだい。この話はお前にも聞いて貰いたいのだから。

ジュリエット:お母さん、私、アーサー・ブルック先生の勉強はちゃんと受けたわ。もうさぼってないないわ。

夫人:それは知っています。

ジュリエット:マドンナリリーの白い花びらに、目と鼻を描いたのは、あれは反省しているわ。

夫人:それももう聞きました。

ジュリエット:それじゃあ今朝、景徳鎮の磁器でカッフェ(注下)をいただいたことを。

夫人:なんですって!あれがどんなに高価なものか分かってるのですか。まったくそんな話は初耳です。ちょっと、この耳に言って聞かせないと分からないようですね。

(夫人、ジュリエットの耳をつまむ)

ジュリエット:痛い、痛い。お母さん、耳が、耳がもげちゃうわ。

夫人:もう、話が分からなくなったではありませんか。今日はお説教のために呼んだのではありません。もっと大事な話をしに来たのです。

ジュリエット:大事なお話?

夫人:ばあや、ジュリエットも随分良い年齢になったでしょう。

乳母:もちろんですとも。もっとも素敵なお年頃でございますよ。

夫人:もうすぐ14歳の誕生日が聞えてはきませんか。

乳母:まったく正確でございます。お恥ずかしい、入れ歯だらけの私の口。ジュリエット様が生まれてから、一年に一本ずつ欠けては消え、折れては去っていった私の歯も、ただいま13本が消失し、今も奥歯が一本ぐらぐらと揺れて、私から離れる準備をしております。ですから、お嬢様は間もなく14歳。奥様、収穫祭まであとどのぐらいでしょう。

夫人:あと2週間少しよ。

乳母:これで私の奥歯もあと2週間少し。収穫祭の一日が終わり、静かな夜が降り注ぐ頃、お嬢様は乙女の花開く14歳を向かえるのです。そして枝折れる老婆の歯は、お嬢様を賛えながらポキンと折れて。「去秋の心、子知らず」とでも申しましょうか。

夫人:そうでした。収穫祭の晩の日といえば、あの大地震があったのも収穫祭の日だったねえ。

乳母:ああ、喜びも悲しみも、11年前の大地震。私の大切な娘スーザンは、お嬢様と同い年でございました。お嬢様とはいつも仲が良くって。でもあの日大地があんなに揺れて。私の大切な亭主、いつも「髭もじゃ」でございました。神よどうか永遠の慈悲を2人に与えたまえ。あの日もお嬢様は私の膝の上、まあくしゃみをしても可笑しい年頃ですから、私も可愛くて可愛くて。私はあの日ハト小屋の椅子に座ってお嬢様をあやしていたんでございますよ。私のお乳にこっそりニガヨモギを塗りつけて、お嬢様を抱きかかえて子守歌を歌って差し上げました。ああ可笑しい、あの時のお嬢様といったら、初めは私の歌を真似して、「にがもがもが」なんて歌っていたのですが、だんだんお乳が欲しくなってきて、私のおっぱいをいつものように含んで、そうしたらニガヨモギが塗ってあるんですもの。お嬢様ったら驚いて目を丸くして、それから今度は目を三角にして、私の胸にくって掛かったんでございますよ。どんどんどん。この辺りをどんどんどん。そうしてあの日お嬢様は乳離れをなさった。

夫人:もう十分です。それで地震が起きたのでしょう。

乳母:ああ恐ろしい。突然大地が唸りをあげて、あっと思ったらもういけなかった。ハト小屋まで崩れ落ちて、ハトが一斉に飛び出して、私も必死に飛び出したのですが、空には舞い上がれないものだから、懸命に足を踏ん張って。ああ、でもお嬢様はもう自分で足を踏ん張っていらした。だって、もうとっくに「あんよは上手」だったんですもの。可哀想なスーザンは、あんよはたどたどしいし、あの時は主人と部屋の中に。そうそう思い出しました。あの前の日ですわ。お嬢様が頑張って走り出そうとして、でもあまり慣れないものだから、つまずいて俯(うつぶ)せに転んで、大泣きしたんでございますよ。それで私の亭主がお嬢様を抱きかかえて、「おでこに傷さこさえて、前のめりにお転びなさいましたな。それでは面目丸つぶれだ、好きな人が出来たら仰向けに寝転ぶんですよ、ねえジュール。」まあ、私の亭主ったら、何てことを言うのでございましょう。仰向けにですって。でもお嬢様は仰向けの意味が分からないものだから、素直に「うん」って頷くんですよ。ぴたっと泣きやんで、こんな風に「うん」。

夫人:もう分かりましたから。

乳母:でも、本当に可笑しかったんですもの。泣くのを止めてもう笑ってるんですもの。「うん」って、返事だけはご立派で、でもおでこのタンコブは出来たてほやほやで、湯気なんか立てているものですから、随分声を上げて泣いたんでございますよ。そこで亭主が「前のめりにお転びなさいましたな。恋人の前では顔が見えるように仰向けになるんですよ」って、お嬢様は涙がぴたっと止まって「うん」。

夫人:お願いだからその話もぴたっと止めて。

乳母:あらまあ。私ったら下らない話ばかりして。いつもの悪い癖ですわ。もうぴたっと終わりにいたしますわ。

夫人:ぴたっとですよ、もうぶり返しては駄目ですよ。分かりましたね。

乳母:まったく私の悪い癖ですわ。でもこれでぴたっと話を止めて。

ジュリエット:そして「うん」って頷くんでしょう。

夫人:なんですって、ジュリエット。

ジュリエット:だって、前のめりにお転びなさいましたなって言ったのよ。

乳母:そうですそうですお嬢様。裸になったら仰向けに転ぶようにって、そしたらお嬢様は「うん」ですって。まあ、嫌ですわ。

夫人:ああもう、変な話しないでしょうだい。ジュリエット、お前も静かにしなさい。

ジュリエット:すみません。

夫人:私は昔話をするために呼んだのではありません。未来の話をするために、わざわざお前を呼んだのです。

ジュリエット:未来の話ってなんです。

乳母:ああ、お嫁入りの話でございますよ。若い乙女の未来の話でしたら、それはもう結婚の話に決まっています。私の腕にすやすや眠っていたお嬢様。ついに仰向けになる日が近づいたんですわ。何時か楽しみにしていた、お嫁入りの姿。もうすぐ見届けることが出来るなんて。

夫人:そういう時だけは察しがいいね。お嫁入りの話をするために呼んだのですよ。ジュリエット、お前ももうすぐ14歳。結婚のことについて、考えたことぐらいあるでしょう。

ジュリエット:そんな夢の先にあることを言われても。

乳母:まったく夢の先ですわ。深い深い恋愛に溺れている時は、ああ、あの頃に戻れたら幸せに、明日のことも浮かばないのでございます。夢中でお互いを確かめ合って、私の亭主もまだ髭も剃っていましたから、そんな甘い夢の先に、結婚が待っているなんて、考えてもみなかった。

夫人:でも結婚と同時に始まる夢もあるわ。ジュリエット、貴族達の婚礼では花嫁がお前ぐらいの年齢であることは、決して珍しくありません。

ジュリエット:でも私は貴族じゃないわ。

夫人:貴族の家に嫁に行くとしたらどうかしら。その時は貴方も貴族の仲間入りだわ。

ジュリエット:どなたの家に。

夫人:パリスさんですよ。あの若手貴族の中でも、最も大公の覚え目出度い出世頭。おまけに顔も素敵だし、知性も人一倍優れているそうじゃありませんか。そのパリスさんが、わざわざ頭を下げてお前を嫁に欲しいと、深々と頭を下げて頼むのです。どうです、夢のようなすばらしい話。

乳母:なんてすばらしい。お嬢様、お嬢様、パリス様と言ったら、ヴェローナ中の淑女達が、あの美しい顔をやさしくつねってやりたいと、密かに心慕うような憧れの的でございます。それがお嬢様をお選びなさった。

ジュリエット:ばあやが結婚したら。

夫人:馬鹿をおっしゃい。こんなしわくちゃの使い古し。

乳母:それはあんまりでございます。

夫人:とにかくジュリエットお前はどうなの。

ジュリエット:あまり急なので。

夫人:いいわ。これからゆっくり考えなさい。今夜の宴会にはパリスさんも出席します。ジュリエット、彼の瞳をしっかり見詰めて、彼の声に耳を傾けて、自分の胸に問いかけるのです。そこに恋人の文字が見えるかどうか、愛という書物を読み解くのです。

乳母:すばらしいですわ。彼という書物に、妻という表紙を付けて、中味はすべてお嬢様のもの。子供が出来たら、その子もお嬢様のもの。

ジュリエット:もしその書物が受難の物語だったら?

夫人:ジュリエット、お父様ももういい年です。この間お父様がエスカラス大公の館で、大変なお叱りを受けたのは知っているでしょう。お父様は大公がモンタギューに肩入れしているのだと、あれ以来大変がっかりなさって、最近は白髪が交じるようにさえなりました。もしお前がパリスさんと結婚して、大公に信頼される貴族の血縁となったらどうでしょう。それはもちろんお父様だって、お前を鎖で繋いだりはしませんよ。でもお前も少しはお父様や、キャピュレット家のことも考えながら、自分の幸せも探し出す。そんな分別を働かせる季節が来ているのです。私だって若い頃結婚したのだけれど、決して不幸だったなんて思っていませんよ。

ジュリエット:分かったわお母さま。恋を夢見て出会ってみるわ。でも、勝手に決めてしまうのは嫌。

夫人:もちろん会ってからですよ。心配しないで、ほらお化粧の続きをしていらっしゃい。今日は手伝わなくていいから。ばあや、お前は舞踏会の準備をお願い。

乳母:はい奥様。今夜が楽しみでございます。私はなんだか、自分のことのように胸がどんどん、このあたりがどんどんどんって高鳴りますわ。

(夫人と乳母退場)

ジュリエット:ひどいわ。私、生け贄にされちゃうのかしら。暖かな部屋に沢山の食事、毎日なでられ育ってみたら、可哀想な牛さん今日は楽しい日、今日はあなたの首切る日。愛だと思った優しい仕草、生け贄作る儀式だったなんて。牛さん頭をぽかりとやられて、頭をすっぱり切断されて、知らないあいだに食卓に並んじゃう。ひどいわ。残酷だわ。でもパリスってどんな人かしら。顔が全然浮かばない。もし私の心を舞い上げる、魂の救い主だったら。でも駄目だわ、私はこのあいだ会ってしまったもの。本当の救い主に出会ってしまったもの。ヴェローナで一番美しいあの橋の上で、あの人は物思いに耽っていた。静かに川下(かわしも)を眺めながら、オレンジ色の斜光が照らすその美しいシルエット。まるで自分の凛々しさに気付かない少年のようだった。そして彼は突然振り向いて、私の顔を深い瞳で見詰めていた。まるでビードロのような瞳の奥に、彼はいったい何を感じたのだろう。あの瞳は、本当に私のことを見ていたのかしら。深くて澄み切っていて、何を見ているのか分からない澄んだ瞳。私もあの人の見ているものを、一緒に見てみたい。ああ、ジュリエット、どうしちゃったのかしら。話したこともない、名前も知らない、ただすれ違っただけで、こんな気持ちになってしまうなんて。落ち着かなくては。これからそのパリスという人にあって、それからお母様とお父様の気に障らないように、丁寧な挨拶を差し上げて、でも私の心の中は、橋の上の王子様で心一杯、きっと上の空だわ。

(ジュリエット退場。)

ティボルトの手紙、作成順に

ティボルト:「我キャピュレットにありて稲妻のごとくなり。汝来たりて我が門を破り、土足で舞踏会場を蹂躙すること甚だ逆鱗なり。我が辱(はずかし)め遙かゼウスのいかずちを越え、我が怒り遙かハーデースの冥宮に達するならば、屈辱がゆえに汝に決闘を申し込まん。了解来たりて、日時を欲す。」

ティボルト:「稲妻隊長の体裁を整え舞踏会に臨席すれば、あるまじきモンタギューの神出鬼没(しんしゅつきぼつ)に我が心は逆鱗(げきりん)したもう。立ち昇る激高(げきこう)。天かける憤怒(ふんぬ)。疾風怒濤(しっぷうどとう)のごとし。我が憎しみゼウスのいかずちを越え、怒りハーデースの冥宮に達するならば、屈辱ゆえに決闘を申し込まん。了解来たりて、日時を欲す。」

ティボルト:「災(わざわ)いなるかな極悪なるものモンタギューよ、汝らは我が青春の舞踏会を蹂躙(じゅうりん)したもう。汝は知らんや我が激高(げきこう)の天に昇り、憤怒(ふんぬ)となって大地を覆い、血の雨を降らせ涙することを。もはや猶予の季節を過ぎ、汚名を晴らす使命をおびて、汝に決闘を申し込まん。了解来たりて、日時を欲す。」

ティボルト:「災(わざわ)いなるかな極悪なるものモンタギューよ、汝らは我が青春の舞踏会を蹂躙(じゅうりん)したもう。君は知らんのか、我が激高(げきこう)の天に昇り、広がる憤怒(ふんぬ)は大地を覆い、ああ、いっそ血の雨となって降りそそげ。もはや猶予はない。我は汚名を晴らすべく、汝に決闘を申し込まん。了解来たりて、日時を欲す。」

第1幕その4、最終廃棄素材(2007/1/24)
→やはり戻す(2007/1/28)
→やっぱり破棄(2007/1/29)

夫人:もういいわ、大地震は終わりにして。

乳母:あの前の日ですわ。お嬢様は転んで大泣きしたんでございますよ。私の亭主がお嬢様を抱き起こしながら、「おでこに傷さこさえて、前のめりにお転びなさいましたな。それでは面目丸つぶれだ、好きな人が出来たら仰向けに転ぶんですよ。」まあ、私の亭主ったら、何てことを言うのでございましょう。仰向けにですって。でもお嬢様は素直に「うん」なんて頷くんですよ。

夫人:もう分かりましたから。

乳母:でも、本当におかしかったんですもの。おでこのタンコブは出来たてほやほやで、湯気なんか立てているものですから、ずいぶん声を上げて泣いたんでございますよ。そこで亭主が「それでは面目丸つぶれだ。恋人の前では仰向けになるんですよ」って、お嬢様は涙がぴたっと止まって「うん」。

夫人:お願いだからその話もぴたっとやめて。

乳母:あらまあ。私ったら下らない話ばかりして。いつもの悪い癖ですわ。ぴたっと終わりにしますわ。

夫人:ぴたっとですよ、ぶり返しては駄目ですよ。

乳母:まったく私の悪い癖ですわ。これでぴたっとやめて。

ジュリエット:それから「うん」って頷くのね。

夫人:なんですって、ジュリエット。

ジュリエット:だって、面目丸つぶれだって言ったのよ。

乳母:そうでございますお嬢様。服を脱いだら仰向けに転びなさいって、そしたらお嬢様は「うん」ですって。まあ、嫌ですわ。

夫人:ああもう、変な話にしないでちょうだい。ジュリエット、お前も静かにしなさい。

ジュリエット:すみません。

夫人:私は昔話をするために呼んだのではありません。未来の話をするために、わざわざお前を呼んだのです。

ジュリエット:未来の話ってなんです。

乳母:ああ、お嫁入りの話でございますよ。

第1幕その2、最終廃棄素材(2007/1/24)
→やはり戻す(2007/1/28)
→やっぱり破棄(200/1/29)

ベンヴォーリオ:あてもなく町中を徘徊(はいかい)しているだって。

ロミオ:ああ。

ベンヴォーリオ:こんな時にひどい奴だと思わないで欲しいが、あえて言わせて貰おう。

ロミオ:なんだい。

ベンヴォーリオ:俺にも経験があるが、一目惚れというのは、あれは一種の疑似恋愛だと思うのさ。

ロミオ:疑似恋愛?

ベンヴォーリオ:つまり憧れの生み出した理想像が、現実世界に映し出された幻影みたいなものだ。だってそうだろう。ロミオは彼女の名前も知らない、彼女の声も知らない、会って話をしたこともない。

ロミオ:でも彼女は笑っていた。その静かな笑顔のなんと気品に満ちていたことか。そして彼女は見詰めていた。おとぎの国を見るような澄んだ瞳には、何が映っているのだろう。どんな神々が住んでいるのだろう。

ベンヴォーリオ:大変な情熱だ→。

第2幕その4、最終廃棄素材(2007/1/27)

ロレンス:ロミオ、お願いだから、筋道を考えて話しなさい。贖罪を受ける時のように、心を静めて小さな声で。

ロミオ:ああ、お話します。僕はキャピュレットの舞踏会に向かいました。マキューシオ達に誘われて、奇跡が起こることを祈ったのです。するとどうでしょう、舞踏会場に運命の恋人が現われて、僕達は素敵な音楽に乗せて、手を合わせて踊ったのです。僕が愛を打ち明けると、彼女は答えてくれた。でも、彼女の母親が飛び込んで来て、そうです、彼女はキャピュレット家の娘だったのです。

ロレンス:それは奇妙な宿命だ。分水嶺の頂(いただき)から、希望と絶望のどちらに転げ落ちるか、運命が思い悩んでいるようなものか。

第3幕その4、最終破棄(2007/1/29)

ロミオ:ああ、僕は、僕はどうしたらいいんだ。

ロレンス:すぐに理性的考察をやめにして、他人任せ、自暴自棄、お前はそれで一人前のつもりなのか。

ロミオ:ああ神父様、僕は半人前だ。

ロレンス:分かったら、少し冷静になるのだ。

ロミオ:分かりました。お導きの物乞いはやめて、ここで事件の判決を待ちます。

ロレンス:ようやくまともな意見が聞けた。いいかロミオ、何事にも望みを持つものだ。いかなる悲劇の連鎖でも、呪いが断ち切られる瞬間はあるものだ。

ロミオ:そうだ、僕も聞いたことがある。どんな不幸の失敗でも、たった一回のサイコロで、覆る瞬間があるものだ。

ロレンス:頷きかねる例えだが、すこしは口がきけるようになった。

(聖職者1人入ってくる。ロレンスに何か囁く。)

第1幕その3、最終破棄(2007/1/29)

パリス:ではさっそく準備を整え、今夜お伺いしましょう。

キャピュレット:くれぐれも大公によろしく伝えて欲しい。キャピュレットは、従順なヴェローナの盲導犬です、決してどう猛犬ではございませんとな。

パリス:一字一句あやまたずお伝えしましょう。

(パリス退場。)
→やっぱ戻す。消しすぎだ。

第1幕その4、最終破棄(2007/1/29)

夫人:ジュリエット、お父様ももういい年です。お父様はエスカラス大公からお叱りを受けて、すっかり落ち込んでいらっしゃいます。もしお前がパリスさんと結婚して、大公に信頼される貴族の血縁となったらどうでしょう。
→それはもちろんお父様だって、反対するお前を鎖で繋いだりはしませんよ。でもお前も少しはお父様や、キャピュレット家のことを考えながら、自分の幸せも探し出す、そんな分別を働かせる季節が来ているのです。私だって若い頃結婚したのだけれど、決して不幸だったなんて思っていませんよ。

[これは戻す]
ジュリエット:ひどいわ。私、生け贄にされちゃうのかしら。暖かな部屋に沢山の食事、毎日なでられ育ってみたら、可哀想な牛さん今日は楽しい日、今日はあなたの首切る日。愛だと思った優しい仕草、生け贄作る儀式だったなんて。牛さん頭をぽかりとやられて、首をすっぱり切断されて、知らないあいだに食卓に並んじゃう。ひどいわ。残酷だわ。でもパリスってどんな人かしら。顔が全然浮かばない。もし私の心を奪い去る、魂の救い主だったら。でも駄目よ、私はこのあいだ会ってしまった。たった一人の恋人に出会ってしまったもの。美しい橋の上で、あの人は物思いに耽(ふけ)っていた。水面(みなも)を眺める素敵なシルエット、まるで自分の凛々(りり)しさに気付かない少年のようだった。そして彼は振り向いて、ビードロのような瞳に私は吸込まれてしまう。ああ、ジュリエット、どうしちゃったのかしら。話したこともない、名前も知らない、ただすれ違っただけで、こんな気持ちになってしまうなんて。落ち着かなくては。これからパリスという人に会って、お母様とお父様の気に障らないように、丁寧な挨拶を差し上げて、でも私の心の中は、橋の上の王子様で心一杯、きっと上の空だわ。

(ジュリエット退場。)
→これを無くすと決定的に構成が崩壊するだろうが、この馬鹿ちんが。

第1幕その5、最終破棄(2007/1/29)
→駄目だ戻せタコ

マブ女王の歌の後→
マキューシオ:どうだ、すっかり楽しくなってきただろう。

ロミオ:マブ女王は本当に居るのだろうか。僕の見た夢では、今夜の宴会が終わる頃、喜びが津波のように僕を飲み込んで、でもその歓喜はあまりにも溢(あふ)れ過ぎて、嵐の晩の濁流のように僕を押し流す。その勢いは駆ける馬を越え、羽ばたく鳥達を追い抜き、時間さえも置き去りにして、やがて太陽の光さえも遮られ、喜びが苦しみに変わる頃、僕は星の導きすら届かない、静かな黄泉の国の楽園に辿り着いて、渡し守カロンの横を流れて行く。そして最後には嘆きの川コーキュートスに流れ込むんだ。その時水は青白く輝いて、黄泉の草原に一斉に白い花が咲いた。ああ、あの夢を思い出すとなんだかそわそわする。

マキューシオ:ロミオ、マキューシオにはそれは嬉しい夢に思えるぜ。

ロミオ:どうして。

ベンヴォーリオ:それは恋愛が成就して、結ばれて解消されるという正夢かもしれない。

マキューシオ:黄泉の国にも花咲かせましょう。幸せが成就する夢に違いない。

ロミオ:ちぇっ、お前達は年中脳天気でいいな。とにかく僕も踊ればいいんだろ。

2人:そうこなくっちゃ。

第2幕

2-1

ティボルト:奴はモンタギューかぶれなのさ。あんな奴と関わると、エスカラスが騒ぎ出すだけだ、放っておけ。それよりもロミオだ。

グレゴリー:どうしよう兄貴。舞踏会じゃさすがにまずいだろう。

ティボルト:あん畜生め、そうと知ってのこのこ踏み込みやがった。構うもんか、何かいちゃもん付けて、家の外に連れ出せば、祝宴のマナーなんて通用するもんか。お前達、隠便にやれよ、今はダンスのお時間なんだからな。

2人:おう。

(キャピュレット、3人を見て慌てて、近寄ってくる。)

2-1

ロミオ:今はあの兎のように心が弾む。

(また踊る。)

ロミオ:そうだ、まだ名前も聞いてなかった。

ジュリエット:おかしい、2人で名前のないまま踊って、名前のないままキスをしたのね。私はね。

ロミオ:待って、まずは僕の方から。

(キャピュレット夫人、慌てて走り寄ってくる。)

2-1

ロミオ:ジュリエット、ようやく名前を知ったのに、キャピュレットの娘だなんて。期待と絶望が入り交じって、胸がどきどき震えている。

(ベンヴォーリオとマキューシオ、近づいて来る。)

ベンヴォーリオ:どうしたロミオ。顔が蒼いぞ。

マキューシオ:誰かに打ちのめされたような顔をしている。

ロミオ:もし僕の顔が蒼いなら。

マキューシオ:蒼いなら?

ロミオ:いや、何でもない、もう帰ろう。

ベンヴォーリオ:そうだな、初戦で躓(つまず)くと、なかなか気が乗らないな。

マキューシオ:今日は散々だ。貴族の肩書きよりも、もっと上手く踊りなさいと咎(とが)められてしまった。

ベンヴォーリオ:俺なんて背が高いだけじゃ駄目だとさ。すっかり打ち負かされた。

マキューシオ:結局今日は3人そろって初戦敗退か。

(3人退場。舞踏会音楽徐々に遠ざかるが、そのまま継続。やがて照明が徐々に落ち、幕。舞踏会の音楽だけが遠くから聞えてくる。)

2-4

(ロレンス一人。)

ロレンス:日々の日課に贖罪(しょくざい)と説教によって、私の神に捧げる豊かな時間が過ぎていく。自ら務める聖職者の義務は、崇高(すうこう)なる主が授けて下さった贈り物。不満などあるはずもない。しかし市民達の集会の長老役としてかり出され、ヴェローナ大公エスカラスからも相談役を仰せつかり、私の身ひとつでは体が持たない。奇(く)しくも今日は、市民達からも大公からも、同じ悩みを持ち込まれた。キャピュレット家とモンタギュー家の諍いを、主の御名において調停して欲しい、さもなくば優れた解決策はないかと相談され、たったひとつの趣味にも手が着かない始末。植物に栄養を与えることも忘れ、調合する草花を選別することも忘れ、神々の名を借りて人間に奇跡を起こす、薬作りにも実が入らない。

2-6

ジュリエット:うんそうね。兄さん、剣でも棒でもまだ、10本に1本も取れないものね。

ティボルト:悪かったな、しかしあれは何か妖怪翁丸(おきなまる)の生まれ変わりかなんかだぜ。

ジュリエット:なあに、その翁丸って。

ティボルト:なんでも昔、地中海の真ん中に、沖名島(おきなじま)っていう小さい島があってな。

ジュリエット:悪いけど、いま忙しいの。やっぱり聞かないわ。

ティボルト:お前まさか今からデートじゃないか。そんなにそわそわして、怪しいぜ。

第4幕その1、最終破棄(2007/1/29)

(ロレンス神父一人。小さな水晶玉のような丸薬を眺めている。)

ロレンス:なんと麗しい。紺碧深淵(こんぺきしんえん)の湖に幾千年浸した水晶を溶解し、一刹那を球体に封じ込めたような瑞々しさ。これが植物から生成された薬だろうか。私は新しい鉱物を創世したのかも知れない。
→多くの錬金術師がなし得なかった、多くの学者達が挫折したまぼろしの妙薬を、私がこの手で完成させた。人の魂を凍らせて、1日後に溶き覚ます伝説の秘薬を、この私が蘇らせたのだ。しかし本当に魂は凍りつくだろうか。再び生命が宿るだろうか。いや、私の調合に狂いはないはず。心配することはない。折を見て自ら試してみよう。

2006/12

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