(幕開く。まさに舞踏会たけなわ。舞踏音楽と踊る人々。)
(キャピュレットと、その夫人、パリスが前景に登場。)
キャピュレット:さあさあ皆さん踊って下され。ご婦人方は誘いに乗って、紳士諸君は一声かけて、誰も欠けずに踊りの鎖を、次から次へと渡していこう。やがて手に取る互いの脈に、瞳と瞳が触れ合って、同じ鼓動を感じた時は、それがあなたのパートナー、あとのことは責任持てぬ。
キャピュレット夫人:まあ、あなたったら、久しぶりに若返って。
キャピュレット:今宵の宴は特別なのだ。もう少し頑張らねばならん。
夫人:パリスさん、あなたのために特別なのですよ。
パリス:誠に光栄の至り。氷上の計算機を自認する私でさえも、年相応に高まりを覚えます。お嬢様はまだいらっしゃらないか。
夫人:心配なさらないで。言葉とは裏腹にまだウブな子供みたい。ごめんなさい、冷やかしてるんじゃないのですよ。
パリス:これは申し訳ない。冷静に見える立居振舞(たちいふるまい)も、若さに膠(にかわ)を塗りつけたようなものです。
夫人:ジュリエットは何をぐずぐずしているのかしら。きっと恥ずかしがって降りられないのでしょう。もう少しお待ちなさい。
(ダンス中の婦人がパリスに近づく。)
婦人1:パリスさん、踊っていただけますか。
パリス:ああ、これは。
(パリス、婦人に踊らされるように、後景に消える。)
キャピュレット婦人:あなた、久しぶりに踊りませんか。
キャピュレット:どれ、ワシの足がもつれなければ。
(2人踊りながら、後景に消える。)
(ロミオ、マキューシオ、ベンヴォーリオ前景に。)
マキューシオ:こんなに沢山のお姉さんが、寝ぼけ眼(まなこ)の心を揺さぶっている。ありふれた風采だって、貴族の名札で釣り上げて、きっとすてきな思い出が、朝まで続く今宵の宴!
ベンヴォーリオ:舞踏の席では肩書きより見た目だ。俺だってすらりと伸びた背の高さ。顔だって2人一緒に並べば、おっと失礼、怒っちゃいけない、マキューシオにだけは負けないつもり。
ロミオ:まあ2人とも、せいぜい頑張ってくれ。
マキューシオ:頑張ってくれじゃないロミオ。いいか、今夜一番手柄が少ない奴は、明日(あした)はきっと財布が空になるから、覚えておけ。
ベンヴォーリオ:そうだ、そうだ。一番実りのない奴は、明日(あした)は大変なとばっちりを食(く)うだろうさ。
(ダンス中の婦人が、ロミオに近づく。)
婦人2:少しお相手してくださらない。
ロミオ:あ、いや、僕は。
(ロミオ、婦人に踊らされるように、後景に消える。)
残された2人:おのれロミオめ。負けてはいられない。
(2人とも自ら後景に消える。)
(サムソン、グレゴリー、後ろからティボルトが、前景に現われる。)
グレゴリー:兄貴、あれはロミオだ、間違いっこねえ。
サムソン:そして、ベンヴォーリオの奴。
ティボルト:あいつら俺様の舞踏会を踏みにじりやがって、生きて帰れると思うなよ。
グレゴリー:寒そうなサムソン、もう一人の、あれは誰だ。
サムソン:あれはマキューシオだ。貴族のくせに、やたらモンタギューの家に出入りするのだ。
ティボルト:奴はモンタギューかぶれなのさ。あんな奴と関わると、エスカラスが騒ぎ出すだけだ、放っておけ。それよりもロミオだ。
(キャピュレット、3人を見て慌てて、近寄ってくる。)
キャピュレット:貴様ら何を相談しておる。
ティボルト:親父も見たろう、この舞踏会にロミオが紛れ込んでやがる。
キャピュレット:憎きモンタギューのせがれ。だが舞踏会の席では、大切なお客様だ。
ティボルト:親父、正気で言ってんのか。キャピュレット家を踏み荒らしやがって、あんな挑戦状があってたまるか。
キャピュレット:そんなことが大したことか。今日はジュリエットの大切な日なのだ。
ティボルト:ジュリエットの大切な日だと。
キャピュレット:ええい、話してやるからこっちに来るのだ。お前達に暴れられたのではたまらん。
(キャピュレット、3人を連れて退場。)
(ジュリエット、キャピュレット夫人、前景に入場。)
キャピュレット夫人:ジュリエット、遅いじゃありませんか。
ジュリエット:ごめんなさい、ちょっとドレスの寸法が。
夫人:パリスさんが来ていますよ。
ジュリエット:はい。
夫人:連れてきてあげるから、ここで待っていなさい。
(夫人、後景に消える。舞踏会を見回すジュリエットの前に、やがてパリスが姿を現わす。)
パリス:ジュリエット、お目にかかれて光栄です。
ジュリエット:どうもありがとう。
パリス:よろしければ、ステップを合わせて頂けますか。
ジュリエット:お手本にあるような誘い方なのね。
パリス:いえ、違います。私が手本そのものなのです。
ジュリエット:そんなに完璧なの。では、あなたにお任せして踊りましょう。私、踊りはあまり上手くないの。
(2人手を取って、踊り出す。しばらく舞踏と音楽。)
(やがて音楽が途切れると、キャピュレット、前景を通り抜けるように登場。)
キャピュレット:音楽の変わり目は、相手の交換の時間。さあさあ、皆さんチェンジして下さい。チェンジして下さい。次のパートナーと新しい舞踏を楽しもう。
(キャピュレット後景へ。)
(ジュリエット、パリスと別れながら前景へ、ロミオもパートナーと別れながら前景へ。2人の目が合う。)
(音楽序奏が始まる。)
遠くからキャピュレットの声:さあさあ、次のパートナーと新しい舞踏を楽しもう。
(見つめ合ったまま、歩み寄る2人。)
ロミオ:踊って下さいますか。
ジュリエット:喜んで。
(手を取り合う。舞踏が始まる。前景で踊る2人。)
ロミオ:よかった、また会えて。
ジュリエット:なに?
ロミオ:知らないでしょう、橋の上でお会いした。
ジュリエット:知ってるわ。3日前に川を見詰めていた。
ロミオ:ああ、嬉しい。僕はあれからあなたのことばかり追い掛けていたのだ。
ジュリエット:お世辞が上手いのね。あなたも貴族なの。舞踏会なんかに出席して。
ロミオ:僕は貴族じゃない。もしかしたらあなたに会えるかと思って、恋に沈む心を駆り立てて、キャピュレット家の門を潜(くぐ)ったのです。そうしたら、あなたが目の前に。
ジュリエット:そんな嬉しい言葉、私ったら鵜呑(うの)みにしちゃう。ほどほどにお願い。
ロミオ:どんなに信じてくれても、僕の思いにはかなわない。だって僕はあの日以来、笑わないで欲しいけど。
ジュリエット:なに、笑ったりしないわ。
ロミオ:あなたを煩(わずら)って、毎朝スズカケの森に出かけて。
ジュリエット:毎朝ですって。すれ違いだわ。私もお昼にあの森に。
ロミオ:スズカケの森に?
ジュリエット:ええ。
ロミオ:なんてことだ。もう好きな人が?
ジュリエット:もちろん。
ロミオ:誰です。そんな幸せな奴は。ぶん殴ってやりたい。
ジュリエット:それは無理だわ。
ロミオ:そんなに立派な人なんですか。
ジュリエット:ええ、とても素敵な人。
ロミオ:奪い取ってやりたい。いったいいつから。
ジュリエット:3日前に、橋の上で。
ロミオ:なんですって。
ジュリエット:始めてすれ違ったの。
ロミオ:お願いです。からかわないで下さい。僕は真剣なんだ。
ジュリエット:私も真剣だわ。
ロミオ:誰です、誰に会ったのです。
ジュリエット:答えて欲しいの?
ロミオ:ああ、声でなくてもいい。もし答えが僕の望み通りであれば。
ジュリエット:あれば?
ロミオ:唇をとがめないで欲しい。
(ロミオ、ジュリエットにキスをする。ジュリエット、ロミオにキスを返す。2人、見つめ会ってしばらく踊る。)
ロミオ:ねえ、スズカケの森で兎を見た?
ジュリエット:うん。スズカケの兎はよく跳ねるわ。
ロミオ:今はあの兎のように心が弾む。
(また踊る。キャピュレット夫人、慌てて走り寄ってくる。)
夫人:ジュリエット、離れなさいジュリエット。
ジュリエット:あら、どうしたのお母様。
夫人:ああ汚(けが)らわしい。モンタギュー、離れて下さい。よりによってうちの娘と踊るなんて、キャピュレットを侮辱(ぶじょく)するにもほどがあります。モンタギューのロミオ、何の真似です。あっちにお行き、早く立ち去りなさい。ジュリエット、パリスさんはどうしたのです。まったくお父様が見たら、どんな騒ぎになるか。
ジュリエット:モンタギューのロミオ。彼がロミオ?
夫人:そうですモンタギュー。憎き敵(かたき)の一人息子。
ジュリエット:知らなかった、知らずに逢ったのが早すぎて、知った時にはもう手遅れ。さようなら、ロミオ。
夫人:早く来なさい。ロミオ、お前は早く消えておしまい。
(ジュリエット、夫人に引かれて退場。)
ロミオ:ジュリエット、ようやく名前を知ったのに、キャピュレットの娘だなんて。期待と絶望が入り交じって、胸がどきどき震えている。
(ロミオ、舞踏の渦に消える。幕が降りる。舞踏会の音楽だけが遠くから聞えてくる。)
(幕前。ロミオ、マキューシオ、ベンヴォーリオが歩く。)
マキューシオ:ロミオ、しっかりしろ。すっかり無口になっちまって。
ベンヴォーリオ:そうだよ、舞踏会に入る前に、恋人なんて居るかって自分で否定したくせに。
マキューシオ:それとも何か、別のお姉さんにやられちまったか。
ロミオ:いや、悪いがお前達、先に帰ってくれ。
(ロミオ、いきなり反対側へ駆け出す。)
マキューシオ:おい、ロミオ!
ベンヴォーリオ:ロミオの奴、どうしちゃったんだろう。
マキューシオ:俺には分かる。栄光という名の麗しき恋人を掴めないで、とぼとぼと家には帰れないってことだ。
ベンヴォーリオ:もう舞踏会から出てきちゃったけど。
マキューシオ:モンタギューから出張した若者が空滑りをしたと笑われては一家の恥辱。ロミオの奴そこに気が付いたんだ。
ベンヴォーリオ:そうかなあ。
マキューシオ:なるほどモンタギューの家名を汚すとは気付かなかった。俺も行くぞ、待ってろ、ロミオ。
(マキューシオ、走り去る。)
ベンヴォーリオ:これはまずい、マキューシオに負けたとあっちゃあ、一生笑いものだ。
(ベンヴォーリオ、慌てて後を追う。)
(幕開く。ジュリエットの部屋のバルコニーの下。)
ロミオ:もう舞踏会場には戻れない。僕をごろつきみたいに罵(ののし)って、あんな母親からどうしてジュリエットが生まれただろう。ああ、きっとこの館のどこかにジュリエットは居るはずだ。話が出来なくてもいい、せめてもう一度だけ姿が見たい。
(ロミオ、バルコニー下の庭を彷徨(さまよ)う。バルコニーの扉が開く。慌てて近くの茂みに隠れる。)
(ジュリエット、扉の近くに姿を現わす。後ろから乳母の声。)
乳母の声:お嬢様。お嬢様。舞踏会の途中で抜け出したりして、お母様に叱られますよ。
ジュリエット:いいの、もうパリスさんとは顔を合わせたから大丈夫。私少し具合が悪いの。夜のとばりも町を覆い尽くして、夢の女王が空から舞い降りる時間。ここから先は大人達の時間。私はもう眠るわ。
乳母の声:そうでございますねえ。パリスさんにお会いしたのなら、お休みになってもよろしゅうございますねえ。
ジュリエット:お願い、お母様にはばあやから伝えておいて。
乳母の声:分かりましたわ。お休みなさいお嬢様。素敵な舞踏会の夜にふさわしいお祈りをしてから、ベットに入って下さいましね。
ジュリエット:ええ、お休みばあや。
(乳母が出て行ったドアの締まる音。)
(ジュリエット、バルコニーに出てくる。少し風に吹かれている。しばらく月を見ているが、小声でロミオと呟(つぶや)いては、こっそり笑ってみる。そして不意に月に向かって話しかける。)
ジュリエット:ロミオ、ロミオ、あなたはどうしてロミオなの。さっき私に語りかけた優しい言葉、あの愛の台詞が本当なら、名前はロミオでもいい、せめてモンタギューという肩書きを捨てて。
(ロミオの隠れている茂みの草が揺れる。)
ジュリエット:誰!そこに居るのは。
(静寂、何も聞えない。)
ジュリエット:風のいたずら。おどかさないで。今夜は月があんなに綺麗。でも月の女神、あなたは残酷。人の運命を玩(もてあそ)んで、こんなひどい演出をほどこして。私は何だか魂が抜けたようになって、馬鹿みたい、一人でバルコニーから、あなたに話し掛けている。お休みなさい、月の女神セレーネー。私の願いを気まぐれに聞いてくれるなら、どうかロミオをここに連れてきて。
(ジュリエット、バルコニーから部屋に戻ろうとする。ロミオ、茂みから飛び出す。)
ロミオ:ジュリエット、待ってくれ。
(ジュリエット、驚いて振り返る。)
ジュリエット:誰!
ロミオ:話がある。部屋には戻らないで。
ジュリエット:ひどい、誰なの。
ロミオ:ジュリエット、大好きなあなたが名前を呼んでくれた。
ジュリエット:ロミオ、ロミオなのね。あんまりだわ、そんなところに隠れて。立ち聞きしていたのね。
ロミオ:違う。ジュリエットに一目会いたくて、月に誘われてここまで来たんだ。
ジュリエット:恥ずかしい、ひとりごとを全部聞かれてしまった。どうしてこんなところに入り込んだの。殺されるかも知れないのに。
ロミオ:あなたへの思いが溢れて、気が付いたらここに来ていた。
ジュリエット:月の女神が願いを聞いて下さったんだわ。でもどうしよう、見つかったら大変だわ。
ロミオ:あなたに会えたから、もう死んだって悔いはない。
ジュリエット:そんなのは絶対に嫌よ。
ロミオ:大丈夫、生きる希望が沸いてきた。
ジュリエット:ロミオ。橋の上の恋人と、運命の再会。なのにあなたはモンタギューの跡取り。ねえお願い、名前を捨てて。私はなんの肩書きもないロミオと、ずっと一緒に踊っていたい。
ロミオ:きっとそうしよう。美しい音楽に誘われて、優しく口づけを交した時から、ロミオはもうジュリエットのものだ。
ジュリエット:本当なの、あんな恥ずかしい言葉を聞かれて、うまくつけ込まれて、私を玩ぶために誘い出しているんじゃないの。
ロミオ:好きで好きで君を捜し回ったんだ、名前も知らずにキスをしたんだ。お願いだ、僕を信じてくれ。
ジュリエット:いいわ、裏切られても、あなたなら許してあげる。でもお願い、その時はひと思いに殺して。
ロミオ:死ぬ時は僕も一緒だ。天国にだって一緒に付いていく。
ジュリエット:そんなのは嫌よ、私が好きならずっと一緒に生きて。この町が様変わりする遠い未来まで、末長く暮らして。
ロミオ:分かった、月に掛けて誓う。
ジュリエット:待って、何も誓わないで。さっきまで名前も知らなかったのに、あまりにも突然、あまりにも向こう見ず。だからもう少し待って。2人の恋のつぼみは、夏の息吹(いぶ)きに誘われて、次に逢う時はきっと美しく花を咲かせる。それまで少しだけ待って。
ロミオ:分かった、誓いは取っておく。でも僕は君の答えを聞いていない。
ジュリエット:だって、それは一番始めに聞かれてしまった。
ロミオ:お願いだ、もう一度だけ。
ジュリエット:なによロミオのばか、愛してるわ。私が好きなら、私を信じて。
(バルコニーの窓の奥から、扉を叩く音。)
ジュリエット:いけない、誰か来た。そこに隠れてて。すぐ戻ってくる。私が来るまで、声を出さないで。
ロミオ:ああジュリエット、待っているよ。
(ジュリエット、バルコニーから消える。しばらくして、出てくる。)
ジュリエット:ロミオ、私のロミオ。
ロミオ:ジュリエット、僕はここに居るよ。
ジュリエット:大変、お母様が下で呼んでいるの。すぐ行かなくちゃ。
ロミオ:僕のジュリエット、もう行ってしまうの。今すぐさらって帰りたい。
ジュリエット:そうして欲しい。どうしようロミオ、私、パリスっていう貴族と婚約させられそうなの。
ロミオ:なんだって。
ジュリエット:お願い、私を助け出して、あなたのものにして。ああ、でもそこまで降りられないわ。やっぱり今日は帰って。大丈夫、まだ約束なんかしてないから。
ロミオ:婚約なんか許さない。パリスと決闘してでも止めてやる。
ジュリエット:決闘なんて駄目。勝っても認めて貰えないわ。
ロミオ:じゃあどうしたらいい。
ジュリエット:信じて、わたし絶対頷(うなず)かないから。ああ、でも首輪をかけられたらどうしよう。
ロミオ:ジュリエット、実力行使だ。僕らが先に婚約を果たそう。結婚式を挙げて、指輪を交換して、婚礼の儀式を済ませよう。君が本当に僕を信じてくれるなら。
ジュリエット:信じるわ、ロミオ。
ロミオ:明日(あす)の午後3時に、ロレンス神父の教会に来て欲しい。僕は絶対に神父様を説得してみせる。何度頭を下げても、暴れ回ってでも。そこで2人の結婚式を挙げよう。
ジュリエット:うれしい、午後3時ね、必ず行くわ。ねえ私、すべてをロミオに預けて、どこまでも付いていく。心に嘘はつけないから。だからお願い、冗談なら今すぐ取り消して。
ロミオ:取り消すもんか。神父様に断られても、教会の外で待っている。
ジュリエット:絶対に行くわ。ロミオ、あまりぐずぐずしていると、母が上がってくるかも知れない、もう戻るわね。
ロミオ:ああ、ジュリエット、お休みジュリエット。
ジュリエット:ロミオ、お休みロミオ。 (ジュリエット、バルコニーから消える。)
ロミオ:ジュリエット、ジュリエット、本当に行ってしまうの。
(ジュリエット、戻ってくる。)
ジュリエット:危ないわ。そんな大きな声を出して。明日(あした)のために今日は我慢して。あなたが見つかったら、大きな希望も粉々じゃない。
ロミオ:分かった、お休み、もう行くよ。
(ロミオ、立ち去りかける。)
ジュリエット:待ってロミオ、本当に行っちゃうの。お別れの言葉がまだだわ。恋人とのお別れって、どんな台詞だったかしら。
ロミオ:思い出すまで、ずっとここに居るよ。
ジュリエット:じゃあ思い出さない。紐を付けた小鳥みたいに、離れるたびにいじわるをしてたぐり寄せてしまいたい。
ロミオ:君の籠(かご)の鳥になりたい。
ジュリエット:嬉しい、でも可愛がりすぎて殺してしまうかも知れない。お休みロミオ、今日の幸せが覚めませんように。
ロミオ:お休みジュリエット。きっと明日(あした)、夢の続きを見よう。
(2人去る。幕降りる。)
(ロレンス神父一人。薬草を取り分けている。)
ロレンス:日々の日課に贖罪(しょくざい)と説教によって、私の神に捧げる豊かな時間が過ぎていく。自ら務める聖職者の義務は、崇高(すうこう)なる主が授けて下さった贈り物。不満などあるはずもない。しかし今日は、市民達からも大公からも、キャピュレット家とモンタギュー家の諍いを調停して欲しいと相談され、私の身ひとつでは体が持たない。
(ロミオ、入場。)
ロミオ:おはようございます、ロレンス神父。
ロレンス:おはようロミオ、まだ苦しみから抜け出せないのか。
ロミオ:神父様、朝から晩まで思い悩み抜いた運命の女神と、突然、何の前触れもなく、出会ってしまった時の人間の感情というものを、考えてみて下さい。
ロレンス:お前は私の説教を忘れて、まだ同じ煩悩を玩ぶのか。主はそのような囚われを好まないぞ。
ロミオ:違います、ついに再会してしまったのです。宿命の再会だ。
ロレンス:橋の上の恋人と再会したというか。
ロミオ:ああ神父様、我々を見守る神というものは、やはり天上にいらっしゃるんですね。僕は、ちっとも真剣に祈ってこなかった。反省してます。今は感じる、神の力の偉大さを、聖三位一体ってすごっくいい。
ロレンス:少し落ち着かないか。すごっくいいなんて言葉で、主を語ってはいけない。人々の怒りも笑(え)みも嘆きも喜びも、高い空から眺めれば、神の栄光に包まれているのだ。もしお前の再会が主の本意であるならば。
ロミオ:本意ですよ、本意以外に再会する理由がないじゃないですか。もう押せ押せ大本命ですよ。
ロレンス:そんなギャンブルのような言葉を使うものではない。それでお前は恋を打ち明けたのか。
ロミオ:心の命じるままに、思いのすべてをぶつけてみました。
ロレンス:それで相手の返事は。
ロミオ:ああ、舞い上がるな僕の心!2人は相思相愛だったのです。神父様、こんな奇跡は、主の本意でなくちゃ、起こせる訳がありません。
ロレンス:メフィストフェレスの誘惑ということもある。
ロミオ:そんなことを言う神父さんこそ、悪魔に呪われているんだ。
ロレンス:ロミオ、すこし落ち着かないか。ここは教会で、私は聖職者だ、お前の友達ではないのだよ。
ロミオ:すみません、いつになく血が沸騰して。
ロレンス:しかし両想いなら、それはそれで良いこと。
ロミオ:でもロレンス神父、新たな苦難が待っていたのです。それを解決してくれるのは、神父様をおいて居ないのです。ああ、仇(かたき)だったのです、仇なのに恋に落ちて、でも敵(てき)ではないのです。
ロレンス:ロミオ、お願いだから、筋道を考えて話しなさい。贖罪を受ける時のように、心を静めて小さな声で。
ロミオ:すみません。
(ロミオ、ロレンス神父の耳元で祈るように口を動かしすべてを話す。)
ロレンス:それは奇妙な宿命だ。分水嶺の頂(いただき)から、希望と絶望のどちらに転げ落ちるか、運命が思い悩んでいるようなものか。
ロミオ:でも僕は悩んでいません。塀を乗り越えてキャピュレット家の庭をさ迷っていると、月の女神の采配か、僕はジュリエットの元に辿り着きました。
ロレンス:月の女神などあるものか。そんな邪神を崇めるようでは、私はがっかりしたぞ。
ロミオ:いや、違いました。イエス様の采配により、ジュリエットの元に。
ロレンス:ジュリエット、キャピュレット家の娘の名だな。
ロミオ:はい、そして僕達は愛を確かめ、ジュリエットに婚約話が持ち上がっていることを知り、神父様の力におすがりして、先に僕達の結婚式を執り行って貰おうと思い、こうして朝から教会に駆け込んだのです。
ロレンス:両親の意向に逆らって、仇同士の家柄から10代の若者2人を結婚させるだと。ロミオ、物事にはみな掟というものがあるのだ。もっとも偉大なのは神の掟で、これは聖書に書いてあるが、他にも人間社会にはそれぞれ定められた法や慣習があり、すべてを満たして初めて円滑に執り行われるのだ。
ロミオ:神父様、そんな言葉は間違ってます。主の掟に従うならば、他のことなど心配しなくていいのです。だって、すべての世俗の掟は、主の掟という最終目標のための、過程に過ぎないからです。主は愛することを説いているはずだ。
ロレンス:愛したら、翌日に結婚することを説いている訳ではない。それに婚姻というものは、制度自体が世俗的な事柄なのだ。
ロミオ:だって、おかしいじゃないですか。イエス様の両親の、マリアとヨセフだって、結婚しているじゃないですか。聖家族、いい言葉だ。僕も家族を作りたいんだ。それのどこが間違っているんです。
ロレンス:やれやれ、困った奴だ。だがモンタギューとキャピュレット、ヴェローナ中の市民達が迷惑し、大公が悩みの種とする、2つの名門の闘争を、あるいはこれで収めることが出来るかも知れない。
ロミオ:それですよ、それ。実は僕達もこれが両家の橋渡しになれば、こんな幸せなことはないと話していたんです。そうだ、まったくそれに違いない。
ロレンス:仕事に追われるエスカラス大公からは、両家を治める妙案があるなら即座に実行して、後から報告するようにと言われたばかり。両親が認めないとあれば、先に既成事実を作って、大公から婚姻の事実を伝えて貰えば、市民、大公、若い2人の悩みが、すべて解決するに違いない。そして両家の和解にも繋(つな)がるはずだ。まるで周到に組み込まれた細工時計が、誰かの手に委ねられているようだ。主よ、これがあなたのお導きでありますよう。
(ロレンス、神に向かって祈る。慌ててロミオも隣りでそれを真似する。幕。)
(ベンヴォーリオとマキューシオ登場。)
ベンヴォーリオ:なあマキューシオ、あの後ロミオを見たか。
マキューシオ:見ない。いくら捜しても、影法師すら見あたらなかった。
ベンヴォーリオ:俺もだ、きっと舞踏会場にはいなかったんだ。
マキューシオ:怪しい、抜け駆けのお姉さんじゃないか。
ベンヴォーリオ:お姉さんじゃない。ロミオのまぼろしの相手は、俺と同じように妹だって。
マキューシオ:いやベンヴォーリオとは違うはずだ。妹といっても学校の後輩ぐらいだろう。お前のは親父と娘ぐらいなんだから、困っちまうわ。
ベンヴォーリオ:失礼な、俺はまだ二十前の好青年だ。お前なんか、自分の曾ばあちゃんぐらいだろう。
マキューシオ:ひい、そりゃ洒落にならん。曾ばあちゃんは行きすぎだ。ああ、思わず、頭に浮かべちまったよ。さむっ、寒い、寒すぎる。
ベンヴォーリオ:お前の曾ばあちゃんはシワのお化けじゃないか、俺まで寒くなってきた。
マキューシオ:これが夏冷えってやつかな。
ベンヴォーリオ:まるで怪談話なみの震えがきた。ほら見ろ、鳥肌だよ、鳥肌。
マキューシオ:それは見せるなよ。気持ち悪いの苦手なんだよ。ああ、体がかゆい。
(ロミオ入場。)
ロミオ:グーテン・モルゲン。2人とも朝っぱらから馬鹿に精(せい)が出るね。
マキューシオ:なんだロミオ。その晴れやかな顔は。幸せ一杯の表情は。
ベンヴォーリオ:まるで英雄気取りだ、なんて勝ち誇った顔をしているんだ。
ロミオ:それは誤解だよ。僕はあのあと家に帰った。
マキューシオ:怪しいもんだ、昨日まであんなにしょげていたのに。
ベンヴォーリオ:まさか一目惚れと運命の再会か。
ロミオ:一目惚れなんて古い話しさ。
ベンヴォーリオ:じゃあ、新しい恋人をゲットして。
マキューシオ:必殺技で相手を痙攣させてやったのか。こんちくしょうめ、なんて憎い奴だ。
ロミオ:マキューシオ、妄想と狂騒に突き進むのは若さの特権だが、あまり度が過ぎるのは職権乱用だ。慎みを忘れてはならない。
マキューシオ:おい聞いたかベンヴォーリオ。神父様みたいなことを言ってやがる。
ベンヴォーリオ:ロミオ、今朝も教会に顔を出したんじゃないだろうな。
ロミオ:出したとも。大切な用事があったので。
マキューシオ:なんだって、朝から教会に出向くなんて、そりゃ何の真似だ。足を踏み外して聖職者になっちまうって、親父が心配して泣き出すぞ。
ロミオ:馬鹿を言うな。聖職者になったら、大切な恋人を抱きしめられないじゃないか。
ベンヴォーリオ:ほら見たことか。ロミオの奴、やっぱり舞踏会で勝ち逃げしたんだ。
ロミオ:お前達、その浮かない表情じゃあ、2人揃っての敗退だろ。悪いが今回は僕の勝ちだ。いや、またしてもと言った方がふさわしいかも。
マキューシオ:きたー。いつものロミオが戻ってきた。
ベンヴォーリオ:黄泉の国から帰ってきた。
ロミオ:また大げさな。とにかく後でお前達にも話すから、今は何も聞かないでくれ。
マキューシオ:そりゃひどい。男とダンスを踊った後は、男に焦らされるなんて、踏んだり蹴ったりだ。
ロミオ:男とダンスだって、面白そうじゃないか。そっちの話を聞かせろよ。
ベンヴォーリオ:話しても好いが、馬鹿にされるのは嫌だなあ。
マキューシオ:待て、向こうからキャピュレットの奴が来るぜ。
(キャピュレット家の召使い、3人に近づく。)
召使い:これはモンタギューの皆さん、どうかお控えなすって。
マキューシオ:おう、そちらこそ、お控えなすって。
ベンヴォーリオ:お前、本当に貴族か?
マキューシオ:もちろんだ。さあ、控えて控えて控えまくって。
召使い:そんなに控えられては申し訳が立ちません。お控えをお控えなすって。
ロミオ:お控えを控えろだって、マキューシオ、こりゃ一本取られたな。それで僕達に何のようだ。
召使い:どうかこれをお納めなすって。キャピュレットの突撃隊長ティボルト様からの果たし状です。
ベンヴォーリオ:果たし状だと。
召使い:これをモンタギューのロミオに手渡すようにと。
ロミオ:それは僕だ。
(ロミオ、果たし状を受け取る。)
召使い:お勤め確かに果たしやした。
ロミオ:ああ、ティボルトによろしくな。
(召使い去る。)
マキューシオ:そりゃいいや。ティボルトによろしくか。
ベンヴォーリオ:それよりロミオ、何が書いてあるんだ。
(ロミオ、果たし状を開く。)
ロミオ:「災(わざわ)いなるかな極悪なるものモンタギューよ、汝らは我が青春の舞踏会を蹂躙(じゅうりん)したもう。君は知らんのか、我が激高(げきこう)の天に昇り、広がる憤怒(ふんぬ)は大地を覆い、ああ、いっそ血の雨となって降りそそげ。もはや猶予はない。我は汚名を晴らすべく、汝に決闘を申し込まん。了解来たりて、日時を欲す。」
ベンヴォーリオ:何だか変な言葉使いだな。最後の「了解来たりて、日時を欲す」ってのはどういう意味だ。
マキューシオ:日時を決めたいってことだろう。言葉を無理矢理こね回して、体裁を整えようとした文章だ。それでロミオ、この果たし状をどうするつもりだ。
ロミオ:ティボルトと決闘なんて、考えも及ばないことだ。ベンヴォーリオ、この手紙はそのまま親父に渡してくれ。どうせ仲裁するに決まっている。
マキューシオ:なんだと、果たし状を受けての決闘を拒むなんて、お前はそれでも男か。見損なったぞロミオ。
ロミオ:僕が決闘してモンタギューが追放になったら、お前はどう責任を取るつもりだ。跡取りというものは、自らを封印してでも家名を存続させる必要があるのだ。
マキューシオ:ちぇっ、そりゃ悪かったな。どうせ俺は感情任せさ。決闘拒否は不賛成だが、お前に決闘を勧めるのはよそう。
ベンヴォーリオ:分かった、この果たし状は俺が責任を持って親方に渡しておくよ。
ロミオ:よろしく頼む。さあ、まだ午前中だが、どっかで早めの昼食でも取ろう。今日は僕がおごってやるよ。
マキューシオ:言ったな。腹の居所が悪いから、高いものを食ってやる。
ロミオ:任せておけ。ただしハイカラ亭だぞ。
(3人退場。)
(乳母とジュリエット。)
乳母:お嬢様、またお化粧道具なんかでお遊びなさって。お母様に叱られますよ。
ジュリエット:ばあやも手伝って。今日は私の大切な日なの。丁半賭けて一世一代の大勝負の日よ。
乳母:そんなばくち打ちみたいな言葉はおやめ下さい。いったいどこでそんな言葉を覚えてきたのでしょう。
ジュリエット:あら、兄さんがよく口にしてるじゃない。
乳母:お兄様の言葉は、あれは淑女が真似をしてはいけない言葉ですよ。
ジュリエット:ばあや、そんなことはいいから、一番似合うとびっきりの服を出して。
乳母:あらお嬢様、怪しいのでございますわ。急にお化粧を始めたかと思ったら、今度はとびっきりの服装でございますって。昨日のダンスパーティーで何かお約束なさったのでしょう。ばあやはちゃんと分かっています。パリスさんとデートなのかしら。大丈夫、お母様には教会にお祈りに出かけたって、言っておきますから。やっぱり結婚の前は、慎み深く思われていないと、損でございますからね。
(入り口に、ティボルト登場。)
ティボルト:ようジュリエット。
ジュリエット:あら、兄さん。昨日はどうしたの、ちっとも見かけなかったけど。
ティボルト:お前のせいで舞踏会を追い出されちまったのさ。
ジュリエット:やだわ、私何もしてないわよ。
ティボルト:すっとぼけるな。婚約者とダンスを踊りなさるって、親父が意気込んでたぜ。それで俺は騒動屋だから出て行けってわけだ。
ジュリエット:嘘、自分で出て行ったんでしょ。お父様からお金を巻き上げているのを見たわ。
ティボルト:馬鹿を言うな。金を巻き上げられるような玉か、あの親父が。
ジュリエット:うんそうね。兄さん、剣でも棒でもまだ、10本に1本も取れないものね。
ティボルト:悪かったな。それよりお前、今からデートじゃないか。そんなにそわそわして、怪しいぜ。
ジュリエット:大きなお世話よ。兄さんも、ついでだからこっちの袖を手伝ってよ。
ティボルト:はいはい、余計な時にきちまったぜ。
(ティボルト、ばあやを手伝う。)
ティボルト:なあ、ジュリエット、昨日モンタギューの奴らが紛れ込んでいるのを見たか。
ジュリエット:え、そうね、そう聞いたけど。
ティボルト:あいつら土足で我が家を踏み台にしやがったんだ。3人で横滑りしながら女をあさりに来やがって。
ジュリエット:いいじゃない、放っておきなさいよ。
ティボルト:いや、家の恥辱だから、俺は果たし状を書いてやった。お前の幸せに華を添えるべく、モンタギューの跡取り息子を葬ってやるのさ。
ジュリエット:なんですって。
ティボルト:両家の闘争という愁いに終止符を打ってやるぜ。
ジュリエット:やめて下さい、兄さん。
乳母:お嬢さま、そんなに動かないで、ボタンが留まらないじゃありませんか。
ティボルト:なんだ、何が気にくわないんだ。
ジュリエット:兄さん、私の婚約が近いことは知っているでしょう。お願いだから、結婚式が済むまでは誰とも決闘しないで。
ティボルト:馬鹿野郎、俺が負けるとでも思ってるのかよ。
ジュリエット:思ってないわ。でも兄さんは短気だから、正規の決闘を踏み外したり、乱闘を起こしたり、居酒屋の亭主をお撲(ぶ)ちなさったり、何があるか分からないじゃない。
ティボルト:いや、居酒屋の亭主は、あれは酒を出さねえからさ。
ジュリエット:お願い、私が結婚するまでは、決闘も乱闘もやめて。ねえ、私のことが嫌いなの。嫌いでないなら、子供の頃から遊んでくれたじゃない、妹の頼みなのに、聞いて下さらないの。
ティボルト:分かったよ、果たし状は出しちまったんだから仕方がない。断ってきたらこっちから踏み込んだりはしねえよ。それで好いだろ。
ジュリエット:ありがとう兄さん。私が幸せになれたら、きっと兄さん達も幸せになれるわ。
ティボルト:大変なのぼせっぷりだな。そんなにパリスって奴はいい男かね。ごちそうさまだなジュリエット。
ジュリエット:約束したからね。破っちゃ駄目よ。
ティボルト:おう。
(ティボルト、立ち去る。)
乳母:はいはい、これで用意が出来ましたよ。まあ、可愛いお姿だこと、まるで小さい頃やった結婚式のおままごとみたいですわ。
ジュリエット:ばあや、おままごとじゃないわ。決死隊よ、決死隊。
乳母:お願いでございます、パリスさんの前でそんなふしだらな言葉を使うのだけはおやめ下さい。ばあやの頼みですよ。一言で嫌われてしまうかも知れない。
ジュリエット:大丈夫。私の愛する人は、そんな小さな事で私を捨てたりしないから、ああ幸せに向かってまっしぐら。ばあや、行ってきます。
(ジュリエット退場。)
(ロレンス神父とロミオ。うろうろと落ち着かないロミオ。)
ロレンス:少し落ち着くのだ。聖なる婚礼の儀式に、蛇に睨まれたネズミのような振る舞いは慎みなさい。主のほほえみという最高の祝福を受けられず、2人の婚礼が不幸な最後を向かえたらどうする。
ロミオ:ああ、すいません神父様。立ち止まると、この辺がそわそわとして。僕はもうどんな悲しみが押し寄せても決して怯まない。ジュリエットを妻と呼べる幸福を、どうして奪い去ることが出来るだろう。
ロレンス:焼け石に水だが聞いておきなさい。激烈な愛情というものは、感極まった花火のように、煌(きら)びやかに華開き、一刹那(いっせつな)に燃え尽きてしまう。それは芸術家の好題目だが、真の幸福ではない。お前が永久(とわ)の幸せを願うなら、もっと落ち着いて、主の御心を歌い上げるような、穏やかな愛情を奏でることだ。
ロミオ:分かります。分かります。歌い仕る御姿(うたいつかまつるおんすがた)でしょう。
ロレンス:歌い仕る御姿だと。それは一体どういう意味だ。
ロミオ:ああ落ち着かない。神父様、なんですこの沢山の乾燥した草は。教会に雑草とは不釣り合いだ。
ロレンス:今、薬を調合している最中なのだ。
ロミオ:ははあ、幸せになれない人に幸福感を与える薬ですね。
ロレンス:馬鹿を言ってはいけない。それは悪魔の管轄する薬ではないか。口ばかり先走りおって。
(ジュリエット入場。)
ロミオ:ああ、ジュリエットが来た。まだ覚めていない。昨日の夢は、やはり現実だったんだ。
ジュリエット:ああロミオ。私もすべてがマブ女王の夢で、ここに来て誰もいなかったらどうしよう。胸が張り裂けて死んでしまうんじゃないかって。
(ロミオ、ジュリエットの手を握る。)
ロミオ:ほら、夢じゃない。こんなに暖かいんだ。
ジュリエット:私、ばあやを誤魔化すのが大変だったわ。
ロミオ:僕もこの服装で精一杯だった。だって正装なんかしたら、怪しまれるし、あまりカジュアルではしまりが悪いし。
ジュリエット:私も、これで大丈夫かしら。
ロミオ:綺麗だよジュリエット。橋で見た時は清楚だったけど、今日の服装はもっと華やかで愛くるしい。
ジュリエット:ロミオも、橋の時よりずっとハンサム。
ロレンス:そこのご両人、お取り込み中まことに申し訳ないが。
ジュリエット:ああ神父様、申し訳ありません。心が勝手に羽ばたいて、飛んでいるように上の空。悪気がある訳じゃないのです。
ロレンス:やれやれ、婚礼を控えた恋人達には、大司教でも話し掛けない方が良い。どんな言葉も上の空なのだから。さあ、こちらにおいで。誰もいない結婚式だが、主はお前達の婚礼を見守って下さる。エスカラス大公には、後で話を付けておこう。
(婚礼の儀式。祝福の鐘の音が鳴り響き、幕が閉じて、第2幕終了。)
2007/01/15
2007/01/19改訂