(幕開く。マキューシオ、ベンヴォーリオ、後景に町の人達など。)
マキューシオ:やれやれ、ロミオの奴また行方不明だぜ。
ベンヴォーリオ:昼飯を平らげたと思ったら、突然店を走り出していった。
マキューシオ:あんなに慌てて、まるでヘルメースの靴でも履いたみたいに、足が宙に浮いていた。
ベンヴォーリオ:疑う余地はない。ロミオの奴、運命の恋人に鉢合わせしたんだ。確か橋の女とか言ってた。
マキューシオ:昔話にもあるじゃねえか、橋から水面(みなも)を眺めると好きな女の顔が浮かんできて、どうも俺を呼んでいる気がする。おおい、おおいと呼んでみると、はあい、どなたと声がする。
ベンヴォーリオ:それで川に飛び込むのか。まるでダンテとベアトリーチェだな。
マキューシオ:ああ、ダンテが詩人を気取って橋の上を歩いていると、天(あま)の羽衣を優しくまとい、地上に舞い降りた理想の恋人。ベアトリーチェの柔らかい存在感に圧倒されたダンテは、目眩たちまち視界を遮り、狼狽たちまち胸を駆け巡る。はかなくも橋の上から転げ落ちて、哀れアルノ川をどこまでも流れていきました。
ベンヴォーリオ:それでフィレンツェを追放だっけ?
マキューシオ:俺に聞くな。フィレンツェなんて言葉は大嫌いだ。
ベンヴォーリオ:とにかくロミオは、橋の女と再会したんだ。
マキューシオ:舞踏会で神秘の再開、喜び高鳴る鼓動を抑え、ベットに入れば2人きりってやつか。ロミオの野郎、そのままベットに押し倒して、柔らかな世界を駆け巡って、朝のまだきの小鳥の歌に、お早うって挨拶なんか交して、モーニングキッスなどいたすのか。ちくしょう、憎いぜこの野郎。
ベンヴォーリオ:お前は、ペトラルカなみの詩人になれるかも知れない。
マキューシオ:詩人なんか大嫌いだ。お前もケンジとかチューヤとかを持ち歩くのはやめろ。
ベンヴォーリオ:大きなお世話だ。ロミオで持ちきりだけど、恋の悩みの一つや二つ、誰だって抱えて生きてるんだ。
マキューシオ:ほう、それなのに舞踏会場なんかに出かけて、恋人に申し訳は立つんですか、ベンヴォーリオ君。
ベンヴォーリオ:一夜(ひとよ)の友って諺(ことわざ)を知らないのか。一夜なら友情で済むんだ。
マキューシオ:そんな諺は初耳だ。まあ、俺は覚える前から使っているから問題ないがな。
ベンヴォーリオ:さすが二股のマキューシオ。
マキューシオ:残念でした、今は三股(みまた)。でもまた、股があったら入りたいくらいさ。
ベンヴォーリオ:またまたご冗談を。やっぱり貴族の肩書きで釣り上げるのかね。
マキューシオ:焼くな焼くな。肩書きだって人格の一部だ。
(ティボルト、サムソン、グレゴリー入場。)
ティボルト:これはこれは、誰かと思えばモンタギューの若頭。親父の話だと昨日は男同士でダンスなどなさったそうで。
ベンヴォーリオ:どういたしまして。
グレゴリー:兄貴、なんでそんな恥ずかしい真似をしたのかな。
ティボルト:さあな。女に困り果てて、やけでも起こしたんじゃねえのか。
ベンヴォーリオ:そういうあなたも、素行不良で舞踏会から追い出されて、やけを起こして居酒屋の亭主をお撲(ぶ)ちなさったそうですが、欲求不満の賜物(たまもの)かさぞかし活気に溢れたことで。
ティボルト:玉の物が欲求不満だと、お前と一緒にするな。人が慣れない言葉を使って、丁寧に話し掛けりゃ調子に乗りやがって。よくも我家(わがや)の舞踏会を蹂躙(じゅうりん)しやがったな。
ベンヴォーリオ:欠席したんだから、いいじゃないか。
ティボルト:お前らを見て吐き気を催したんだよ。女に飢えてやきが回ったからって、敵(かたき)の舞踏会からお裾分けを貰おうなんて、そんな恥ずかしい真似、おいグレゴリー、お前出来るか。
グレゴリー:そんな貧乏臭いこと出来ねえよ。
ティボルト:貧乏が板についたビンボーリオなら出来るってか。
ベンヴォーリオ:お前の脳みそほど貧困はしてないがな。
ティボルト:なんだと、この野郎。
サムソン:兄貴、今は相手が違う。
ティボルト:おっと、ロミオを捜してるんだった。おい、なぜあいつは一緒にいねえんだ。
マキューシオ:そいつらと違って、忠犬よろしく従ってるわけじゃないんでな。
グレゴリー:兄貴、俺、剣を抜いちゃうぜ。
ティボルト:放っておけグレゴリー、こいつはモンタギューじゃない。俺達とは何の関係もないお偉い貴族だ。金魚のなんとかみたいに、ロミオに従う腑抜け共に用はねえ。行くぞ。
2人:おう。
マキューシオ:待て、ティボルト。
ティボルト:なんか用か。
マキューシオ:今なんと言った。
ティボルト:用はねえって言ったんだよ。
マキューシオ:その前だ。
ティボルト:台詞が聞えなかったのか。心配のあまり忠告してやるが、すぐに医者にでもかかったらどうだ。
マキューシオ:果たし状に「了解来たりて、日時を欲す」なんて書いているような奴に、言われる筋合いはない。
ティボルト:なんだと貴様、ロミオ宛の果たし状を勝手に読みやがったな。おい、マキューシオ、モンタギューの金魚のふん野郎。まがい物のにせ貴族。お前のうわさ話を知ってるか。あんなにモンタギューの尻ばかり追いかけて、お前の本当の親父は、モンタギューじゃねえかってな。
マキューシオ:なんだと貴様、すぐに剣を抜け。
ベンヴォーリオ:よせ、マキューシオ。
マキューシオ:止めるな、家の屈辱を見逃せるか。ティボルト、貴様に正式に決闘を申し込む。立会人は、お前の部下2人と、ベンヴォーリオ。理由は果たし状も書けない愚か者に、我が家柄を罵られたため。
ティボルト:そうこなくっちゃ面白くねえ。決闘なら喧嘩と違って、大公に咎め立ては出来ねえはずだ。今更謝っても手遅れだぜ。
マキューシオ:這いつくばって泣きを見るのは貴様だ。
(2人、剣を抜いて闘う。ロミオ、叫びながら入場。)
ロミオ:待て、お前達。やめろ、すぐに剣をしまえ。
ティボルト:おっと大本命の登場だ。
ロミオ:馬鹿、大公の宣言を忘れたか。2人とも剣を引くんだ。
マキューシオ:止めるなロミオ、これは正式な決闘だ。
ロミオ:これが決闘だと。馬鹿を言うな、どうみたって路上の喧嘩だ。ティボルト、お前はキャピュレット家を潰したいのか。
ティボルト:なんだとこの野郎。
ロミオ:少し落ち着いて僕の話を聞け。今はお前と争いたくないんだ。
ティボルト:ふざけるな、俺はお前を突き刺すことしか頭にねえんだ。えい、一旦離れろ。
マキューシオ:ロミオ、邪魔をするな。
(ティボルト、マキューシオ、離れる。)
ロミオ:いいか、立ち会いってのは、しかるべき地位の人間が行なうものだ。身内同士を立会人にして、負けた方が証言に応じると思うか。キャピュレットは敵(かたき)だが、ヴェローナの名門だ。こんな軽はずみな争いで幕を閉じたいのか。
ティボルト:黙れ。年長者みたいなことを抜かす野郎だ。
ロミオ:それにお前には妹が居るじゃないか。可愛い妹の幸せまで奪う権利があるのか。
ティボルト:なんでお前が妹の心配をしやがる。よりによってジュリエットを思い出させやがって。忌々しい、怒りがへし折れちまったじゃねえか。今朝顔を見たのがいけなかった。もういい、今回はお前が一言詫びを入れるなら見逃してやらあ。
ロミオ:ああ、今回のことは不注意だった。なかったことにしてくれ。
ティボルト:くそったれ、聖職者気取りの、腰抜け野郎め。おいお前ら、もう行くぞ。
(3人、立ち去ろうとする。)
マキューシオ:待てティボルト、お前の相手は俺だ。
(マキューシオ、振り向くティボルトに剣を振るう。避けるティボルト。腕にかすり傷。)
ティボルト:てめえ!
マキューシオ:人のことを無視する気か、貴族のプライドを見くびるな。ロミオ、お前とはもう絶交だ。こんな腑抜けだとは思わなかった。何が不注意だ、お許しくださいだ、キャピュレットに土下座して泣き寝入りか。
ロミオ:よせ、マキューシオ。
(2人、ロミオに構わず闘う。しばらく剣を交えた後、ティボルト、マキューシオに一突き。倒れるマキューシオ。)
(ロミオとベンヴォーリオ、マキューシオに走り寄る。)
マキューシオ:やられた。ロミオ、お前が腰抜けのせいで、冷静を保てなかったんだ。いいか、俺を友達だと思っているなら、ティボルトの奴を討ち果たせ。俺の死に意味があることを見せてくれ。
ロミオ:マキューシオ、マキューシオ、しっかりしろ。
ティボルト。まるで宮芝居の真似だな。お前ら、行こうぜ。
2人:おう。
ロミオ:待てティボルト。マキューシオが天国に行く前に、お前を地獄に送ってやる。
ティボルト:そうこなくちゃ面白くねえ。
(2人しばらく闘う。やがてティボルト、胸を刺されて倒れる。グレゴリーとサムソン、剣を抜く。)
グレゴリー:ロミオ、貴様。
サムソン:仇(かたき)討ちだ。
ロミオ:馬鹿、まだ生きている。息のあるうちに家族を連れてこい。
(ティボルトうめく。2人顔を見合わせ、慌てて走り去る。)
(ロミオがマキューシオの方を向くと、倒れていたティボルト、いきなり立ち上がって斬りかかる。慌てて避けるロミオ。軽い傷を受ける。ロミオ、怒りにまかせて斬り返し、すこし剣を交えるが、ついにティボルトの心臓を貫く。倒れるティボルト。ロミオ、マキューシオの方に走り寄る。)
ロミオ:マキューシオ、見たか、お前の仇(かたき)は取ってやったぞ。
マキューシオ:サンキューロミオ。お前はやっぱり俺の親友だ。くそ、だんだん頭が霞んできたぜ。ああ、もっといろんな女を抱いてみたかった。こんなに簡単に終わっちまうのか。あばよ、ロミオ、ベンヴォーリオ。3人つるんで、楽しかったなあ。
ベンヴォーリオ:しっかりしろマキューシオ、もう一度舞踏会で踊ってくれよ。
マキューシオ:やめてくれよ、男同士で。恥ずかしいじゃねえか。
(マキューシオ、首が折れる。)
ロミオ:マキューシオ、マキューシオ。
(遠くでラッパの音。)
ベンヴォーリオ:ロミオ、警備兵が来る。後は俺に任せて逃げろ。
ロミオ:嫌だ。
ベンヴォーリオ:捕まって処刑されたら、マキューシオの無駄死にじゃないか。逃げろ。
ロミオ:くそ。
(ロミオ、走り逃げる。ベンヴォーリオ、マキューシオを抱えたまま泣く。市民に先導されて兵が入場。ベンヴォーリオを捕らえる。幕。)
(エスカラス大公とパリス、配下の兵達。)
エスカラス大公:マキューシオは遠い親戚ではあるが、審判に私情を持ち込んではならない。ベンヴォーリオ、およびキャピュレット家の若者2人、市民達の話を重ね合わせると、マキューシオとティボルトの諍いに関しては、マキューシオ側から決闘を申し込み、ティボルトとロミオの諍いに関しては、果たし状が存在するため、正式な決闘と認めて構わないように思う。パリス、何か意見があれば進言するがいい。
パリス:つまり今回の事件に関しては、両家の罪は問わないという事でしょうか。
エスカラス大公:勢力もあり名門でもある両家を取り潰すには、十分な罪状とはいえない。ヴェローナのためには、財産を奪い追放するよりも、両家をおとなしく本業に従事させたいというのが、私の願いだ。
パリス:他の都市に貿易の優先権を奪われては困ります。私も大公の意見に賛成します。
エスカラス大公:よろしい。直ちに以下の判決をキャピュレット、モンタギューに伝えよ。2つの斬り合いは共に決闘と認め、両家の取り潰しには至らないとする。しかしこれに伴い争いが生じた場合は、我が軍隊を差し向けて両家を討ち果たす覚悟がある。なお当事者のロミオには、当面ヴェローナからの追放を言い渡す。本日に限り猶予を与えるが、明日(あす)以降見かけた場合は無条件に処刑とする。お前達、くれぐれも仇討(あだう)ちを起こさないよう念を押すのだ。
配下の者達:はっ。
(数名立ち去る。大公とパリスは残る。)
パリス:実はご相談があります。
大公:お前が相談とは珍しい。何でも話すがいい。
パリス:前々から申し込んでいたのですが、キャピュレット家の娘を妻として迎え入れたいと思っています。
大公:キャピュレット家の娘だと。あそこの男達はみな言葉汚く、礼節を弁(わきま)えない。今回の争いの当事者ではないか。キャピュレットをお前と血縁にするのは気乗りしないが。
パリス:娘は違います。娘は幼少の頃より優れた家庭教師につき、淑女のマナーも貴族の言葉使いも心得ています。清楚で上品で私の妻としても、差し支えないと判断します。
大公:それは判断ではい。好きで好きでたまらないと、顔にそう書いてある。
パリス:これは失礼しました。しかし冷静を忘れ、情に溺れているわけではありません。
大公:そう願いたいものだが、恋愛とは危険なものだ。恋に焦がれる想いだけは、理屈で止めることが出来ないもの。まあせっかくの頼みだ、小さな傷には目をつぶり、喜んで信任してやろう。式が済んだら改めて届けるように。
パリス:ありがとうございます。
大公:私はこれから皇帝との会談に向かわなければならない。あさっての日没には戻るが、不在の間の代理はお前に任せる。
パリス:かしこまりました。
(2人、退場。)
(ジュリエット、部屋の中を歩き回る。)
ジュリエット:私ったら大変。一目惚れの恋人に再開して、その日のうちにファーストキス。翌日には婚礼を済ませて、今夜はどうしよう、新婚初夜だなんて。恥ずかしいわ。こんなに短い間に女の一生を駆け抜けて、幸せも今がクライマックスじゃないかしら。主よ、どうか私を末永く見守り給え。いいえ、そうじゃない、未来のことよりまずは今夜だわ。主よ、とにかく今夜です。夜になったら家族の様子を確認して、部屋の鍵を閉めて、皆が寝静まるのを待つ。部屋の灯りを消して、窓辺に一つだけ灯火をかかげる。そしてバルコニーに縄を下ろす。ああ、頭で練習ばかりして、本番を失敗したらどうしよう。でも上手くいったら上手くいったでその後は。いやだわ、私ったら妄想が過ぎるわ。ちょっと歌でも歌って、気を紛らわせよう。
あなたがそっと窓の外に闇をまとって忍び込む
わたしはそっと部屋の中で灯りは窓辺に一つだけ
まだ開かない花びらは日の光では眩しくて
見詰められたら震えてしまう生まれたままの姿では
まだ膨らまないこの胸はつめたい闇は怖くって
声だけだったら震えてしまうあなたの姿が分からない
だから窓辺に蛍のひかり小さくともして待ってます
2階のちいさなバルコニー
そっと縄を投げ下ろし
あなたの姿を待っている
あなたが来るのを待っている
ばあやは何をしてるのかしら。一人で居ると落ち着かないわ。ねえ優しい夜、愛すべき暗闇、早くロミオを手渡して。彼が死んだら返してあげるわ、小さく刻んで星の欠片(かけら)にして。その日夜空は流れ星で一杯になり、誰もが暗闇の優しさに気づくでしょう。そして私もロミオと一緒に星屑となって、夜空を小さく照らしましょう。ああ、私ったらとんでもない妄想家だわ。まるでお祭りの前の晩に、新しい服を買って貰って、でも着るのは明日(あした)ですって、焦らされている子供みたい。あら、なんだか騒がしいわ。何かあったのかしら。
(ジュリエット、入り口の扉を開ける。)
ジュリエット:どうしたのかしら。喜びの島にふさわしくない、悲しみの声がこだまする。やだわ。知りたくないわ。どこかに隠れてしまおうかしら。ばあやだわ、ばあやが私を呼んでいる。この小さな島から出たら、悲しみの荒らしが吹き荒れて、私は幸せに帰ってこれないかもしれない。ああ、ばあや、今行くわ。今行きます。
(ジュリエット、部屋から去る。)
(ロレンス神父とロミオ。)
ロレンス:なんということだ。お前は軽率という名の拳(こぶし)で、緻密に仕上げた細工時計の歯車を、見るも無惨に打ち壊したのだ。これでお前の幸せも、2人の結婚生活も、両家を結びつける架け橋も、何もかも木っ端みじんだ。婚礼の誓いを決闘の宣誓に変え、結婚指輪をはめたまま殺人を行なうとは、主に対するなんたる冒涜(ぼくとく)。これで大公の承認を得ることも不可能だ。もう私は知らない。せっかくの計画が水疱(すいほう)に帰した。
ロミオ:神父様、目の前で親友のマキューシオが殺されたんです。
ロレンス:お前には止めるすべがあったはずだ。
ロミオ:僕は止めたんだ、ティボルトに詫びまで入れて。しかし運命が些細(ささい)な悪戯をして、マキューシオを駆り立て、彼はティボルトに立ち向かって刺し殺された。
ロレンス:そこでやめておくべきだった。
ロミオ:親友が殺されて、その相手を許すのですか。男の恥だ、卑怯だ。
ロレンス:落ち着くのだロミオ。主は相手を許す寛容の精神を最も尊いものだと説いている。
ロミオ:そんな神など偽(いつわ)りだ。愛する者を殺され、それを許すなんて、そんな寛容は偽善だ。独りよがりだ。
ロレンス:分かった、お前には聞く耳がないのだな。
ロミオ:あなたには、真実を見る眼が付いていないんだ。
ロレンス:若者の正義は狭い。あまりにも狭い。では聞くが、お前のために悲しむ者達、妻となったジュリエットの幸せに対して、お前はどう責任を取るつもりだ。手を貸した私に対する責任は。
ロミオ:ジュリエット、その名前を出されてはもう駄目だ。僕は贖罪の許されない罪を犯してしまった。妻の兄を刺し殺すなんて。十字を切って涙を流しても、ジュリエットは許してくれない。僕に騙され踏みにじられた怒りで、復讐を誓っているに違いない。
ロレンス:真の正義とは、目の前の義に走ることではない。主の説く寛容とは、すべてを包む正義なのだ。
ロミオ:もう手遅れです。僕はこの手で妻の兄を突き刺した。神父様、僕は死刑でしょうか。ジュリエットの心まで斬ったのだ、兄弟2人を殺した猟奇的殺人者には、相応の最後を与えたまえ。
(ロミオ、自らの剣で自決しようとするが、神父が杖で剣を叩き落とす。)
ロレンス:何をする。愚か者。ティボルトを殺し、ジュリエットを苦しめ、その上自らを殺(あや)めるのか。悲劇を気取るのもいい加減にしろ。
ロミオ:ああ、僕はどうしたらいいんだ。
(聖職者1人入ってくる。ロレンスに何か囁く。)
ロレンス:よろしい、通しなさい。
(聖職者立ち去る。)
ロレンス:ロミオ、両親が判決を伝えに来たようだ。
(モンタギュー、その夫人、ベンヴォーリオ、バルサザー入場。)
ロミオ:父さん、母さんも。
モンタギュー:ロミオ、よくもやってくれたな。
ロミオ:父さん、迷惑をお掛けして。
モンタギュー:いやさすがだ、それでこそ我が息子。よくやってくれた。さあ、手を取って褒めてやる、褒めてやるぞ。
ロミオ:痛い、痛い。父さん、そんなに振り回さないで下さい。
モンタギュー:ついに致命傷を与えてやったのだ。キャピュレットめの跡取りを葬(ほうむ)ってやった。さすがワシの息子だ。スズカケなどへ入り浸って心配しておったのだが、いや済まなかった、お前は常に臨戦体制だったのだな。
夫人:あなた、少し落ち着いて下さい。
モンタギュー:落ち着いていられるものか。今日は酒盛りの祝宴だ。ベンヴォーリオ、周到に準備を済ませるのだぞ。
ベンヴォーリオ:はい。
モンタギュー:マキューシオのことは残念だが、思えばあいつも心からモンタギューの一員だった。憎き相手のティボルトはロミオとマキューシオの2人で討ち果たしたのだ。2人とも奴の分まで、祝杯を挙げなければならんぞ。あ、いや、神父さん、失礼した、お咎めを受ける前にやめておこう。
ロレンス:すぐにやめていただきたいものです。それより、ロミオに下された裁判のことです。
モンタギュー:心配ご無料。いや、失礼。心配ご無用だ。ベンヴォーリオ、話してやるがいい。
ベンヴォーリオ:はい。エスカラス大公は、関係者に加え市民達の説明を総合して、2組の殺し合いを共に決闘とする判断を下しました。私も親友の死に悲しみ震えていましたが、大公の聡明な判決に勇気を得て、今では処刑を免れたロミオのために、喜びを噛みしめるほどです。
夫人:お前はしばらくのあいだヴェローナを追放ということで、許されたのですよ。でもお願いだから、あまり心配を掛けないでちょうだい。
ロミオ:すみません。
キャピュレット:ティボルトは討ち果たし、家はお咎めなし、息子もしばらくの追放で済んだ。さすがワシの息子、お前はモンタギューの誇りだ。
夫人:これまでの例から見ても、すぐにお許しが出ますよ。ああそれでも、やっぱり淋しいわ。
キャピュレット:めそめそするな、ロミオの気が鈍るではないか。
ロミオ:それで、いつまでにヴェローナを離れろと。
キャピュレット:日付が変わる前に、ヴェローナを去らなければならん。フィレンツェの叔父さんのところに身を寄せるのだ。あそこならキャピュレットが刺客を送っても、なんの心配もいらん。だが、もちろん油断はならんぞ。さあ帰ろう、さっそく準備にかからねば。
ロミオ:先に戻ってください。僕は神父様と別れの挨拶をしていきます。ベンヴォーリオ、お前は残れ、一緒に帰ろう。
キャピュレット:ではそうしよう。神父さん、お騒がせしましたな。
夫人:ロミオ、軽く食事をしてから発ちなさい。料理を作って待っていますよ。
ロミオ:ありがとう、母さん。
(キャピュレット、夫人、バルサザー、立ち去る。)
ロミオ:神父様、僕らの愛憎(あいぞう)の縺(もつ)れは複雑で、物語の結末は誰にも分からない。でも少し心が落ち着きました。ああ僕のジュリエット、今日はなんという一日だ。
ベンヴォーリオ:ジュリエットだって!
ロミオ:ベンヴォーリオ、後で話すから、少し黙って聞いていてくれ。
ベンヴォーリオ:分かった。
ロミオ:神父様、僕はヴェローナを追放、ジュリエットはたぶん僕のことを恨んでいる、それでも希望はあるのでしょうか。
ロレンス:追放を悲観せず、喜び迎え入れるのだ。ティボルトと闘って生きていることも幸せ、追放で済んだことも幸せ、それにお前達にとって、すでに婚礼を済ませたことは幸せだったのかも知れない。
ベンヴォーリオ:婚礼を済ませただって!
ロレンス:ベンヴォーリオ、お前は少し黙っていなさい。天罰が下るぞ。
ベンヴォーリオ:ああ神父様、お許し下さい。
ロミオ:神父様、僕は今夜ジュリエットの元に向かいます。このまま追放は嫌だ。忍び込んでも彼女の前にひれ伏すのだ。殺されても構わない。
ロレンス:お前はすぐ振り出しに戻る男だ。
ロミオ:お許し下さい。でも彼女には会わなければ、会って謝らなければ。
ロレンス:望むようにすればいい。若者の一途な心は神の言葉すらはね除ける。誰にも止めることは出来ないのだ。だがロミオ、合図がなかったら諦めて戻ること、そして太陽が昇る前に必ずヴェローナを離れるのだぞ。
ロミオ:分かりました。暁の女神が太陽神に日の出の催促を依頼する前に。
ロレンス:またしても、またしても太陽神などと。このロレンスまで敵に回すつもりか。
ロミオ:ああ、ごめんなさい神父様。主です、主が一日の始まりをお告げになる前に、必ずヴェローナの町を退去します。もし僕が嫌われたとしても、妻であるジュリエットのことをよろしく頼みます。
ロレンス:私に任せておきなさい。ロミオ、無茶だけはしてはいけないよ。
ロミオ:ありがとうございます。さようなら、ロレンス神父。
ベンヴォーリオ:うんんん。
ロミオ:ベンヴォーリオ、いつまでやってるんだ。もう喋っていいぞ。
ベンヴォーリオ:ロミオ、一体全体何の話だ、最初から説明しろ。
ロミオ:分かったから、すこし落ち着け。
(2人立ち去る。ロレンス、神に祈る。)
(キャピュレット、キャピュレット夫人、そしてパリス。)
パリス:お二人とも、悲しみと怒りをお納め下さい。苦しみが分かると言えば嘘になりますが、悲嘆に打ちひしがれて病(やまい)になっては大変です。
キャピュレット:本当に済まないなあ、パリスさん。ワシはもう家などどうでもよい。若い者を集めて、モンタギューを討ち果たさなければ、殺された息子が可哀想でならんのだ。
パリス:お気持ちは分かります。しかしそれではキャピュレットも取り潰しです。代々築き上げた名門を子孫に渡すことも、あなたの大切な希望ではありませんか。
キャピュレット:その希望が死んでしまったのだ。ワシは憎きロミオを八つ裂きにして、ティボルトの無念を晴らすのだ。
夫人:待って下さいあなた。まだジュリエットが居るではありませんか。あの子が子供を産んだら、後を継がせることも出来ます。
キャピュレット:ああジュリエット、ワシの可愛い娘。5人もおったワシの子供達が、とうとうジュリエットだけになってしまった。
パリス:失礼ですが単刀直入に申しましょう。お嬢さんを私の妻にしていただければ、私達の子供は貴族でもあり、キャピュレット家の跡取りでもある。キャピュレットは貴族の仲間入りを果たし、争いなどしなくても、ヴェローナ唯一の名門にのし上がるでしょう。殴り込みなどもってのほかです。
キャピュレット:よう言うて下さった。さすがワシの見込んだ男前だ。あなたが本当にジュリエットを愛して下さるのなら。
パリス:葬儀の席にはふさわしくないかも知れませんがお伝えします。お嬢さんが好きです、結婚させて下さい。
キャピュレット:パリスさん、すばらしい、ワシはすこし希望が沸いてきた。深い悲しみの湖にも、僅(わず)かな喜びが眠っていて、やがて大きく沸き上がってくる。ティボルトの死にもそんな意味が込められているようで、ワシは泣きながらも嬉しいですぞ。
夫人:パリスさん、本当にありがとうね。
パリス:いえ、葬儀の席で、申し訳のないこと。
キャピュレット:ワシは決めたぞ。明日(あした)はまずいが、あさってにしよう。パリスさん、あさって、2人の結婚式を行なおう。なに娘の意向などは聞かんでもよい。兄が死んで泣きはらしているばかりだ。早く夫を探して忘れさせてやらなければ。それがあなたなら言うことなしだ。葬儀のすぐ後だが、神父様には納得して貰わなければな。その前に、あなたの結婚には大公のお墨付きが必要だったか。大公は反対するかもしれん。
パリス:心配はいりません。すでに了承を得ています。
キャピュレット:なんとなんと。さすがワシの見込んだ男前。いたれりつくせり。これでもうキャピュレットは安泰だ。だんだん喜びが勝ってきた。悲劇とか喜劇とか人はよく分類するが、表と裏で重なり合っておるに違いない。
パリス:喜びの深きとき憂いいよいよ深く、楽しみの大いなるほど苦しみも大きい。東洋の偉大な作家もそう書いています。
キャピュレット:さすが博識じゃな。まったく博識じゃ。ワシも勉強せねばな。貴族の息子が出来るのだからな。おいお前、明日(あす)の朝になったらジュリエットに話しておくのだぞ。
夫人:分かりました。パリスさん、これからよろしくお願いしますね。今日はいろいろとありがとう。頼りにしています。
パリス:こちらこそよろしくお願いします。
(パリス立ち去る。)
キャピュレット:まったく今日はなんという日なのだ。息子の葬儀と、娘の結婚式。生涯忘れることのない日になってしまった。
夫人:11年前の大地震のようだわ。あの頃はティボルトも、本当に小さくて。あの子、まだやり残したことが沢山あったのに。
キャピュレット:お前もワシも十分泣き尽くした。あまり嘆いて呼び止めては、ティボルトの奴が天国に帰れないではないか。ワシらももう眠ろう。小さな夢の妖精が来て、喜びも悲しみも忘れさせてくれる。
(2人退場。)
(幕開く。深夜。暗い部屋、バルコニーの近くだけ灯りが灯る。ベットの上、ロミオとジュリエット。)
ジュリエット:ロミオ、もう一度、キスして。
ロミオ:何度だって。
(ロミオ、ジュリエットにキスする。)
ロミオ:ジュリエット、本当に許してくれるの。
ジュリエット:だって、あなたの妻よ。
ロミオ:マキューシオが刺されて、胸が溶鉱炉のように熱くなって、気が付いたら決闘は終わっていたんだ。
ジュリエット:恨んでない、恨んでないわ。馬鹿な兄さん。決闘は駄目ってお願いしたのに。いつも軽はずみで、怒りっぽくって、でも私には優しかった。
ロミオ:ジュリエットの名前を出したら剣を引いたんだ。でもマキューシオが斬りかかって、ああ、真っすぐ家に戻ればよかった。でも僕がいなくても、あの2人は殺しあって。
ジュリエット:もうやめて。自分を追いつめないで。どんな時でも私は見方だから。もし家が無くなっても、家族がいなくなっても、私の体が燃え尽きても、ロミオの心がそばにあれば、私はそれでいい。
ロミオ:僕達結婚したんだ。これからはどこまでも一緒に歩いていこう。
ジュリエット:時計の針が刻むのをやめて、今がずっと続いて欲しい。ねえ、ロミオ。フィレンツェに行っても、私のこと忘れちゃ駄目よ。
ロミオ:忘れるものか。たとえ死の神が僕の命を奪っても、魂は地上に留まって、必ずジュリエットに会いに来る。
ジュリエット:そんなのは嫌。私達は末永く一緒に暮らすの。ロミオ爺さんとジュリエット婆さんになって、一緒に今日のことを思い出すのよ。
ロミオ:そりゃいいや。一緒にお茶を呑みながら、日向ぼっこも悪くない。
ジュリエット:でもその頃には私達にも孫がいて、私は言って聞かせるの。私の若い頃はカッフェなんか蓮葉(はすは)な飲み物で、これを景徳鎮(けいとくちん)の器に入れていただいては、よく叱られたものですって。すると孫は、蓮葉なんて言葉は知らないものだから、おばあちゃん蓮の葉のお茶なんて聞いたことないよって。
ロミオ:なんだジュリエット、そんなことしてるのか。カッフェなんて、イスラム商人の恐ろしい飲み物だって、親父に怒られたことがある。
ジュリエット:あら美味しいのよ。まだ、誰も知らない秘密の飲み物。それがね、お婆さんになった頃には、ヴェローナで大流行。
ロミオ:じゃあ、2人でお店を作ろうか。
ジュリエット:ロミオ、嬉しい。だから早く帰って来て。でも私達しばらく認めて貰えないかも知れない。
ロミオ:大丈夫。ベンヴォーリオの話では、大公は僕に好意的らしい。さっき神父様に叱られたんだ、絶対に希望を捨てずに前向きに生きなくちゃ駄目だって。すぐに感情に走って、喜怒哀楽に任せて突き進むなって。
ジュリエット:分かったわロミオ。パンドラの手元に残った希望という贈り物を、そっと抱いてあなたを待つわ。
ロミオ:ああ、ずっと今だったらいいのに。
(2人しばらく抱き合っている。《しばらく音楽が流れる。》空がすこし明るくなって、やがて遠くでヒバリの声がする。)
ロミオ:ヒバリが鳴いた。もう行かなくては。
ジュリエット:いや、行ってしまうなんて。あれはナイチンゲール、夜の鳥だわ。
(ロミオ、ベットから離れて準備をする。)
ロミオ:あれはヒバリだ。朝焼けを告げる光の帯が、東の空に浮かび上がって、瞬く夜空の灯火が、ぽつりぽつりと消えていく。
ジュリエット:結婚してたった一日、こんな別れはあんまり。
ロミオ:もう行くのをやめて、殺されてもいい、ここに留まっていたい。
ジュリエット:駄目よ、早く行ってロミオ。私の最後の幸せなんだもの。
ロミオ:ジュリエット、僕の最後の幸せ。必ず戻ってくる。友人のベンヴォーリオにはすべてを打ち明けたんだ。何かあったら彼に伝えてくれ。ああジュリエット、お別れのキスを。
(ロミオ、キスをする。ジュリエット、キスを返す。)
ロミオ:さようなら、僕のジュリエット。
ジュリエット:さようなら、私のロミオ。
(ロミオ、立ち去る。第3幕終了。)
2007/01/21改訂