(ロレンス神父一人。小さな水晶玉のような丸薬を眺めている。)
ロレンス:なんと麗しい。紺碧深淵(こんぺきしんえん)の湖に幾千年浸した水晶を溶解し、一刹那を球体に封じ込めたような瑞々しさ。これが植物から生成された薬だろうか。私は新しい鉱物を創世したのかも知れない。
(パリス入場。ロレンス、慌てて薬の入った籠を隠す。)
パリス:ロレンス神父、お久しぶりです。
ロレンス:これはパリスさん。大分お急ぎの様子だが。
パリス:生涯の大切な節目を向かえ、お願いに上がりました。
ロレンス:少し前、似たような話があった。婚礼を執り行いたいという願いではないか。
パリス:熟練者の経験が描き出す鏡には、すべてが鮮やかに映し出されるもの。まさにロレンス神父のおっしゃるとおりです。淑女の眼差しを一身に浴びる私も、妻をめとらばのシーズンを迎え、婚礼の宴を開催する運びとなりました。
ロレンス:それでいつ結婚式を。
パリス:明日(あした)です。
ロレンス:明日(あした)とはまた急な。最近の若者は、手が触れ合っただけで結婚式に至るのか。
パリス:実は先方からの依頼です。
ロレンス:それで相手は誰なのだ。
パリス:キャピュレット家の娘です。
ロレンス:なんですと。
パリス:なにか。
ロレンス:失礼ながら、そのような結婚は剣呑(けんのん)ですぞ。
パリス:危ないとはどういうことです。
ロレンス:キャピュレットといえば、昨日葬儀をしたばかりではないか。悲嘆にくれるジュリエットの了解があるとも思えない。
パリス:キャピュレットは娘の悲しみが魂を飲み込んでは大変だと心配し、女性にとって一番の幸福、このパリスとの婚礼によって、不幸を覆い隠そうと考えたのです。私がそばにいて、朝な夕なに、彼女の悲しみを取り除いてみせる。
ロレンス:果たしてどうしたものか。
パリス:ロレンス神父、私に何か不足でもあるのでしょうか。
ロレンス:いや、そうではない。しかし大公の了承は得られたのかな。
パリス:もちろんです。万事順風憂いなし、航海の安全は間違いありません。
ロレンス:出航前は誰でもそう言うものだ。人生には予測も出来ない天変地異が不意に襲ってくるもの。私の考えるところこの結婚は。
パリス:心配して下さるのですね。でも大丈夫。準備は周到、婚礼は明日(あした)の朝です。どうかキャピュレット家にいらして下さい。小さな礼拝堂で儀式を済ませ、それから盛大な祝宴です。ではロレンス神父、これから挨拶回りがあるので失礼します。
ロレンス:ああ待ちなさい、パリスさん。
(ジュリエット、走り込んでくる。)
パリス:ああ、愛しの妻よ、どうしました。
ジュリエット:それは夫が言う台詞です。
パリス:これは失礼、気が早すぎた。麗しの恋人よ。
ジュリエット:それは恋人が言う台詞です。
パリス:これはつれない。まだ亡き兄のことが心から離れないのでしょう。私があなたの心から悲しみを追い払い、幸せで満たしてみせます。その時あなたの瞳は輝きを取り戻し、柔らかな唇には微笑みが宿ることでしょう。
ジュリエット:貴族の修辞法は、言葉きらきらなんですね。
パリス:そのとおりです。あなたにも覚えて貰わなければ。私が手を取り足を取り、昼も夜も貴族の作法を伝授しましょう。では明日(あした)。
(パリス、立ち去る。)
ジュリエット:ああ神父様。ひどい、あんまりだ。
(ジュリエット、泣き出す。)
ロレンス:少し落ち着きなさい。
ジュリエット:助けて下さい。絶望という名の毒矢に射抜かれ、心の歯車が壊れてしまった。喜びと悲しみ、幸せと不幸があまり早く交替するので、魂が悲鳴を上げて助けを求めています。どうかお慈悲を。
ロレンス:ああジュリエット。繊細に作りすぎたのかもしれない。細工時計の歯車がゆがんで、時の刻みが狂ってしまったのか。
ジュリエット:家(うち)を出て、ロミオの所まで逃げるしかないわ。
ロレンス:落ち着きなさい、お前一人でどうやってフィレンツェに行くのだ。
ジュリエット:私、パリスなんて人のところに連行されるのは嫌。何が手取り足取りよ、何だか下品だわ、化けの皮が剥がれたのよ。
ロレンス:よほど気持ちが高揚していたのだろう。
ジュリエット:神父様、お聞きします。主の前で果たした宣誓は破ってはならないもの。守らなければならないもの、違いますか。
ロレンス:それはもちろんだ。
ジュリエット:では力をお貸し下さい。神父様しかすがる人がありません。パリスに売り飛ばされるくらいなら、自らの胸を貫いて、天国に行ってロミオを待ちます。私の心と体を、ロミオ以外に触らせてなるものか。
ロレンス:お前達若者は、すぐ殺すか死ぬかで物語を終わらせようとする。理性を振り絞って解決を模索する努力もせず、衝動に走る、暴れ回る、突然泣き出す。若者の悪い癖だ。
ジュリエット:あんまりです。お父様に結婚を強要されて、どなられ突き飛ばされて、泣きながら思い悩み、懺悔(ざんげ)と偽って走って来たのです。そんな傍観者みたいな言葉で私を刺すのね。聖職者なんてみんな薄情者だわ。
ロレンス:落ち着きなさい。そんなところまでロミオの真似をしなくてもよい。私も懸命に考えているのだ。円満な解決のためには、やはり大公におすがりするのが最上の方策。しかし昨日の決闘で歯車が狂い、2人の結婚を告げることが出来なくなった。そのあいだにパリスが婚約者となって、お前と結婚とはどういうことだ。まるで周到に練り上げられた悪魔の罠に掛かって、じりじりと追いつめられているようだ。怯んではいけない。私は大公に頭を下げてでも、必ず説得してみせよう。大丈夫、彼は冷徹を装っているが、情に厚い人間なのだ。
ジュリエット:ああ嬉しい、さっそく大公の元に。
ロレンス:ところが大公はヴェローナを離れ、帰ってくるのは明日(あす)の夜なのだ。
ジュリエット:それでは後の祭りだわ。今日中に家を出るか、命を絶つしかありません。
ロレンス:待ちなさい、私に考えがある。お前にそれほどの覚悟があるならば。
ジュリエット:望みがあるのですね。お願いだから、早く教えて下さい。
(ロレンス、隠していた薬の籠を取り出す。)
ロレンス:ここに小さな薬がある。完成したばかりのものだ。
ジュリエット:なんて美しい。まるで宝石みたい。神父様、これが薬なの。
ロレンス:美しさとは裏腹に、魂を操る恐ろしい薬なのだ。お前にこれが飲めるだろうか。
ジュリエット:ロミオに会えるなら、私なんでもする。
ロレンス:ではお前は家に帰って、パリスとの結婚を承諾するのだ。
ジュリエット:嫌です、承諾なんて。
ロレンス:最後まで聞きなさい。この薬を飲み干すとお前の体は硬くなり、熱は奪われ魂は凍りつき、死者の仮面を身にまとう。しかしきっかり1日後、眠りから覚めた子供のように、すこやかに蘇るのだ。
ジュリエット:そんな薬が。
ロレンス:今夜8時にこれを飲みなさい。いつものカップで水晶玉を喉に通すのだ。体はたちまち硬直し、結婚の朝には死者の姿。私が婚礼を葬儀に変えてお前を弔い、先祖代々の墓に納めよう。そして夜を待って墓を開き、お前を救い出し、2人で大公のもとに向かうのだ。もし聞き届けられない時は、お前も覚悟を決めなければならない。
ジュリエット:私の覚悟は、死をおいて他にありません。
ロレンス:ジュリエット、すべての計画は生きることを前提に練るものだ。これだけは忘れてはいけないよ。
ジュリエット:神父様、ごめんなさい。
ロレンス:もしもの覚悟とは、死ぬことではない。認められない時は、私が手を貸しロミオの元に届けてやろう。お前達は家を捨て、町を捨て、まだ見ぬ新しい世界で、共に永く生きるのだ。生活のつては何とかしよう。その時は私もヴェローナを追われることになるだろう。
ジュリエット:ああ、なんて素敵な覚悟でしょう。神父様、生きる希望が沸いてきました。運命の守護神ノルンが、私達を見守って下さいますよう。
ロレンス:何が運命の守護神だ。そんな神が居るものか。よくも私が自らの職を投げだそうという時に。
ジュリエット:ああ、すみません神父様。感極まって口走った妄想です。主の御名、そうです主のご恩におすがりして。
ロレンス:ではこれを一粒持って行きなさい。いいか、決して噛んではいけないよ。沢山の水で一気に飲み干すのだ。心配することはない、失敗しても仮死に至らないだけのことだ。
ジュリエット:それでは死んだも同然です。どうせ命を絶つのです。
ロレンス:大丈夫、私の全霊を込めた芸術作品だ。間違いなど起きるものか。すべては主のお導きのままに。
ジュリエット:お導きのままに。
(ジュリエット、ロレンスの隣りで祈る。幕。)
(歩くロミオとベンヴォーリオ。)
ロミオ:パリスとの婚礼だって!
ベンヴォーリオ:キャピュレットの奴、後継者がなくなったので慌てて画策して、貴族を血縁に付けようと、急ぎ結婚を取り決めたらしい。
ロミオ:明日(あした)が結婚式なんだな。
ベンヴォーリオ:明日(あす)の朝、キャピュレット家は花で埋めつくされ、礼拝堂には喜びの鐘が鳴り響く。そしてモンタギューの上に立つのだと、大いにはしゃぎ回っていた。
ロミオ:ベンヴォーリオ、すぐヴェローナに戻るぞ。ジュリエットを奪って一緒に逃げるんだ。もうお仕舞いだ。家族とも手を切って、2人で見知らぬ土地で暮らすのだ。
ベンヴォーリオ:落ち着けロミオ。跡取りのお前がいなくなったら、若頭の俺が可哀想だ。
ロミオ:このままジュリエットが奪い去られたら、寝取られのロミオが可哀想だ。
ベンヴォーリオ:大丈夫。ロレンス神父の話では、緻密(ちみつ)な計画が練られているから、心配には及ばない。ちゃんとフィレンツェにもロミオ宛に手紙を書いていた。
ロミオ:それなのに、ロミオはまだこんなところに居る。ジュリエットのことが心配で、フィレンツェなんかに行ってられるか。ベンヴォーリオ、僕はその計画を見届けてから、フィレンツェに発つよ。何かあったらすぐに伝えてくれ。もしもの時は、ジュリエットをさらって逃げるんだ。
ベンヴォーリオ:神父様は明晰な方だ。心配しなくても大丈夫さ。
ロミオ:どんなに優れた計画も、実行するのは愚かな人間。気を付けないと、取り返しのつかないことになる。
ベンヴォーリオ:心配性だな。何かあったらすぐ連絡するよ。
ロミオ:頼んだぞ、ベンヴォーリオ。
(2人、反対側に立ち去る。)
(花嫁衣装を試し着せする乳母とジュリエット。)
乳母:ああ嬉しい。明日(あした)はお嬢様の結婚式。この日をどれだけ待ちわびたことでしょう。まだこんな小さい頃、いいえこのぐらい、もっとこのぐらいだったかしら。私はお嬢様を膝の上に乗せて、歌いながらあやしてさしあげて、そうしたらお嬢様がニガヨモギのお乳に食ってかかって。おかしいですわ、この辺りをどんどんどん、どんどんどんって叩くんですもの。
ジュリエット:ちょっと手を休めないで。
乳母:本当に可愛いしぐさで、どんどんどんって叩くんでございますもの。こんな小さな子が、いつか結婚式の檜舞台に立つのかしら。私、神様にお祈りしたんですの。どうかその日までお嬢様の乳母でいさせて下さいって。それが明日(あした)叶うんですもの。
ジュリエット:よかったわね、ばあや。
乳母:まあ、あなたの結婚式ですよ。そうそう、お嬢様は乳離れの前の日に、俯(うつむ)けにお転びなさいましたっけ。そしたら私の髭もじゃの亭主が。
ジュリエット:ああ、ばあや。お願いだから埋もれた話を掘り起こさないで。私は未来のことで頭が一杯なの。
乳母:未来のことですって。お嬢様ったら、結婚式はまだ朝ですよ。パリスさんのベットのことを考えるには早すぎますよ。
ジュリエット:ああ、考えるだけで鳥肌が立つ。
乳母:初めてでございますものね。体が緊張してこう、固くなって、ちょっと震えてみせたりして。あら、お嬢様、こっちの靴になさいましょう。花嫁姿をユリのように清楚(せいそ)に引き立てますよ。
ジュリエット:じゃあ、それにするわ。もう服の準備は出来たでしょう。明日(あした)は朝から大変なんだから、もう寝るわ。
乳母:そうでございますねえ。少し前に乳離れをなさったお嬢様が、明日(あした)はもう結婚式、何だか夢のようでございます。
ジュリエット:夢を見たままお葬式まで直通かも。
乳母:いやな冗談はやめて下さい。お嬢様はまだ14歳の手前、どんなに長い未来が、虹の向こうに輝いていることか。
ジュリエット:虹の向こうですって、今日は詩人なのねばあや。明日(あした)は随分大変だけど、よろしく頼むわね。さようなら、ばあや。
乳母:お休みなさいまし、ジュリエットお嬢様。
(乳母立ち去る。)
ジュリエット:お休み、ばあや。今度はいつ会えるのかしら。
(小さな薬を取り出してかざす。)
こんな綺麗な水晶なのに、お前を見ていると、たまらない恐怖が込み上げてくる。怖い。ばあや、ばあや、もう行っちゃったの。呼び戻して、もう少しお話しをしようかしら。いいえ、駄目よジュリエット。これは私の一人舞台。スポットライトは私を照らし、観客達は私を見詰めている。こんな小さな部屋の中でも、泣き崩れては駄目。ちゃんと最後まで演じきらなくちゃ。
(薬を見詰める。)
こんな可愛らしい粒なのに、お前は恐ろしい悪魔。ねえ、本当に効き目があるのかしら。もしお前が狙い通りの効果を発揮しなかったら、私は明日(あした)の朝、パリスと結婚させられる。もう婚礼を済ませているのに。もしお前の効き目が強すぎたら、私はずっと夢の中。恐ろしい悪魔達が集う宴会の席で、永遠に踊らされるかも知れない。そしてもし神父様が、自分の不手際を消すために、そっと偲(しの)ばせた毒薬だったらどうしよう。真っ暗な冥界に連れ去られ、灯火(ともしび)のない世界の住人となる。怖い。怖いわ。もうロミオに会えないかも知れない。こうして言葉を交す、目を開いて窓の外を眺める、日の光を浴びて心暖かく、そしてロミオを思って心膨らみ、頬に手を当てるとぬくもりが暖かい。全部全部消えてなくなって、二度と取り戻せなくなったらどうしよう。私は夜をはいずり回る醜い幽霊となって、墓の中では腐りかけた死者達が、腐敗しながらダンスを踊る。ああ怖い。どうしよう。ロミオ、あなただけを、あなただけを思って、主にお祈りしよう。主よお願いです、私を見捨てないで。ロミオ、ロミオ、勇気を下さい。
(ジュリエット、薬を口に入れてコップで飲み干す。そのままベットに倒れ込む。幕。)
(幕開く。婚礼の宴。沢山の人々。)
(前景にキャピュレット、夫人、ロレンス神父。)
キャピュレット:ああ、ロレンス神父。急な申し出、ご迷惑でしたろう。葬儀の直後に婚礼の宴では、いろいろ不満もあるでしょう。
ロレンス:いえ、不満などはありません。ただあまり急なことで、少々驚いています。
キャピュレット:娘のためなのだ。可愛い娘が、兄を思って泣き濡れているのは、親として耐えられないものなのだ。どうか祝福してやって下さい。
ロレンス:もちろんです。しかし、ジュリエットの心は確認したのですか。
キャピュレット:娘の意向だと。あいつは馬鹿だ。ワシがせっかくヴェローナで一番の男を選んでやったというのに、突然喪に服するだの、若すぎて結婚出来ないだの騒ぎ出して。ワシに逆らうなどまだ10年早いわ。本当にがっかりだ。
ロレンス:すると、賛同していないのではありませんか。
キャピュレット:それが、昨日の夜、部屋に謝りに来てな。結婚には不満そうだったが、お父様のご意向に従いますときたもんだ。本当に可愛い娘だ。ワシに従っておけば間違いない。なんといっても、ヴェローナ中の乙女達が追い求めるパリスさんの妻ですぞ。ああ、ワシが乙女だったら、娘から奪ってでも嫁になりたいわい。ほら、噂をすれば、パリスさんが到着なさったようだ。
(パリス入場。)
パリス:お早うございます、皆さん。
キャピュレット:すばらしい。今日は一段とみごとな着こなし振りだ。どうです神父様、こんな好青年がワシの息子になるのですぞ。
ロレンス:新しい息子というわけですか。
パリス:ロレンス神父、今日はよろしくお願いします。
ロレンス:もちろん、祝祭も葬儀も隔てなく、私は全力で執り行います。
(キャピュレット、全員に向かって。)
キャピュレット:どうぞ皆さんお掛け下さい。既婚の方は落ち着いて、未婚の方はそわそわと。誰も欠けずに婚礼の宴を、滞りなく取り仕切ろう。礼拝堂での誓いが済めば、今日は一日無礼講(ぶれいこう)。酔って酒を語るもよし、料理に探りを入れるもよし、花嫁花婿羨(うらや)んで、自分も恋人探すもよし。やがて手に取る互いの脈に、瞳と瞳が触れ合って、同じ鼓動を感じた時は、この婚礼がキューピット。あとのことは責任持てぬ。
キャピュレット夫人:まあ、あなたったら、随分張り切って。
キャピュレット:今日は死にものぐるいで頑張らねばならん。
夫人:パリスさん、あの人ったら2人のために、あんなに張り切って。
パリス:誠に光栄の至り。今日は冷徹な計算機を外して来ましたから、私も年相応に羽目を外して、生涯の祝宴に華を添えるつもりです。ああ、私の妻は何をしているのだろう。
夫人:本当にウブな子供みたいなのね。ジュリエットは、何をぐずぐずしているのでしょう。ばあやを使いに出したので、ぐっすり眠っているのかしら。花婿の前でなんですけど、あの子は朝に弱くって。
キャピュレット:馬鹿を言うな。婚礼の朝に眠りこける花嫁など聞いたことがないわ。恥ずかしさのあまりぐずっているのだろう。
夫人:私が祝宴の準備を確認しながら、ジュリエットを連れて来ましょう。パリスさん、楽しみにしていらっしゃい。
パリス:いえ、これは。よろしくお願いします。
(夫人退場。替わって楽師達入場。)
キャピュレット:さあさあ、皆さん。祝宴を賑わす楽師達が到着した。さあ、お前達、予行演習に一曲頼む。婚礼にふさわしい曲を、愉快に楽しく踊っておくれ。
(楽師達、歌と踊り。)
今は黄金(こがね)の季節だから 人々は手を取り浮かれ騒ぎ
憂いもみせず花咲き乱れ 愛し合うことをよしとした
悲しみもなく誰もが笑う 神の創った理想の里で
苦しみもなく誰もが集う 争いのない理想の里で
黄金の季節の幸福に 人々は手を取り浮かれ騒ぎ
神の愛した花咲く丘で 足をならして踊りくるった
理想の里に雷(いかずち)が落ち すべての幸せが焼き尽くされた
理想の里に雪がつもり すべての幸せが埋もれていった
今は銀(しろがね)の季節だから 人々は手を張り罵り合い
疲れもみせず争いにくれ 互いの命を奪いつづけた
喜びもなく誰もが憎む 神の見下ろす大地の上で
幸せもなく誰もが呪う 怒り狂った雷雨の下で
銀の季節のおぞましさに 人々は手を取り涙を流し
花を忘れた荒野の丘で 神に祈って大地に伏した
理想の里に帰らせたまえ 小さな種(たね)に思いをたくし
理想の里に帰らせたまえ 花咲く頃に願いを込めて
(曲終わる。皆の拍手。楽師達の礼。)
キャピュレット:うまいものだ。ワシも楽しくなってきた。おい、お前達、これをやるから取っておけ。今日は一日よろしく頼むぞ。
(キャピュレット、チップをはずむ。)
キャピュレット:ところでパリスさん。大公は見えられんのかな。
パリス:大公は皇帝との会見という重要な責務に携(たずさ)わり、戻られるのは夕暮れ頃です。私達はそれから大公の元に参りましょう。
キャピュレット:すばらしい。何でもリードして下さる。ジュリエットも幸せ者だ。
(突然、キャピュレット夫人の叫び声。)
キャピュレット:どうしたというのだ。
パリス:ただならぬ悲鳴だ。何があったのだろう。
夫人の声:あなた、あなた、助けて、パリスさん。早く、早く来て。
キャピュレット:皆さん、そのままお待ち下さい。パリスさん、2階だ、ジュリエットの部屋からだ。恐ろしい、悲しみを喜びに変える婚礼に、ふさわしくない呪われた悲鳴だ。せっかくの喜びが不幸に裏返ったら、ああ恐ろしい。
パリス:不吉なことを言わないで下さい。皆さん、そのまま席に。
(キャピュレット、パリス、遅れてロレンス神父立ち去る。幕が下りる。)
(遠くで葬儀の音楽、鐘の音など。サムソンとグレゴリー入場。)
グレゴリー:どうしたんだサムソン。まだ式の途中じゃねえか。
サムソン:だって親方と奥さんがあんなにしょげて、俺は見るに堪えない。婆さんなんて家で寝込んでいる。
グレゴリー:パリスの奴も真っ青だった。親方なんて、今朝の大はしゃぎが奈落に叩き落とされて、追悼の挨拶さえしどろもどろ、俺はとても見ちゃいられねえ。
サムソン:あまりにも残酷ではないか。神様って奴は、そんなにキャピュレットが嫌いなのか。
グレゴリー:そうともかぎらねえよ。
サムソン:それは、どういう意味だ。
グレゴリー:すごいビッグニュースがあるのさ。
サムソン:悪ふざけはよせ。今は気が乗らない。
グレゴリー:そうじゃねえ、たった今物売りから聞いた話だ。
サムソン:今は何も買いたくない。
グレゴリー:ああそうじゃねえって、じれってえなあ。
サムソン:焦らしているのはお前だ。言いたいことがあるなら早く言え。
グレゴリー:だからよ、ビッグニュースだって言ってんだろ。
サムソン:俺は腹の居所が悪いのだ。身内で喧嘩がしたいのか。
グレゴリー:それどころじゃねえ。ロミオだよ、ロミオ。あの野郎がまだこの近くをうろちょろしてるのさ。
サムソン:本当か。嘘を付くと、お前といえど明日(あす)はないぞ。
グレゴリー:誰が嘘なんか付くか。その物売りの話じゃ、近くの集落でヴェローナの様子を嗅ぎまわってるらしい。
サムソン:どこの集落だ、すぐに行って叩き斬ってやる。
グレゴリー:俺もそう思って馬を走らせたんだが、くそったれめ、消えてやがった。
サムソン:さすが疾風のグレゴリー。そういうことは俺を誘ってからにしろ。
グレゴリー:とにかく、まだ近くに居ることは間違いねえ。物売りがさ、ヴェローナをいつ発つか聞かれてさ、また会えたらいろいろ教えてくれって。
サムソン:すると、しばらくは近くに潜んでいるのか。
グレゴリー:あの野郎だけは生かしちゃおけねえ。キャピュレット親方と、奥さんの顔、きっと一生忘れられねえよ。
サムソン:すべてロミオの仕業だ。兄貴が殺され、お嬢様だって、悲しみが深すぎて、喜びに堪えられなかったのだ。グレゴリー、俺は無念でならない。兄貴が殺された日、モンタギュー親子が教会で抱き合ったって、そんなのって許されるのか。
グレゴリー:絶対ロミオを探し出してやる。若い奴ら全員召集して見つけ出してやる。そうだ、刺し殺したら、ヴェローナに遺体を持ち込んで、放置しとけばいいぜ。追放に逆らった罪で、誰もキャピュレットをとがめねえ。
サムソン:どうしたんだ、グレゴリー。そんな頭が冴えるなんて。俺はびっくりした。
グレゴリー:お前に言われて、灰色の細胞を少しばかり磨いておいたのさ。
サムソン:大したものだ。ロミオを殺すという希望が沸いてきたんで、俺も少し活力が戻ってきた。
グレゴリー:そうこなくっちゃ。式が済んだら、さっそく行くぜ。
(2人、立ち去る。)
《注.幕前で行なうほか、この情景から最後の霊廟にすることも可能。後景に葬儀の式を行なわせる。次の6を前景ですませて、場面変更を減らす場合。》
(ロレンス神父一人。)
ロレンス:ジュリットは仮死に陥った。後は魂の復活を待つばかり。ああ主よ、愚かな人間が霊魂を操る罪をお許し下さい。私は何か大きな力に動かされているのです。それはあなたの御意志でしょうか。それとも、恐ろしい悪魔に唆(そそのか)されているのか。
(ベンヴォーリオ入場。)
ベンヴォーリオ:神父様、あんまりだ。あなたは周到な計画があると言った。万事任せておけと言った。それがなんというざまだ。ジュリエットは悪魔に見込まれて、婚礼の朝に天上に帰ってしまったじゃないか。ヒロインがいなくなって、計画など何の意味があるんです。主よ、あなたは残酷だ。ロミオの愛すべき妻を、冷たい骸(むくろ)に変えてしまった。
ロレンス:ベンヴォーリオ、軽々しく主を非難してはならない。
ベンヴォーリオ:だって、ひどいじゃないか。散るも無惨なありさまだ。ロミオは結婚した日に追放され、翌日に妻を失って狂瀾怒濤(きょうらんどとう)。誰にも会いたくないと、怒鳴られて追い返されてしまった。
ロレンス:なんだと、誰に追い返された。
ベンヴォーリオ:ロミオですよ、ロミオ。俺はこれから神父様を連れて、夜通しロミオを慰めるのだ。友として出来る唯一のことだ。
ロレンス:ロミオだと、なぜロミオが。奴はフィレンツェではないのか。
ベンヴォーリオ:ジュリエットのことが心配で、密かに近くに潜んでいたのです。ああ、可哀想なロミオ。
ロレンス:なんという軽率な、考えが及ばなかった。いいか、すぐロミオの元に向かえ。あの葬儀は偽りだ。仮の眠りに付いているだけなのだ。予定の時刻が来れば、死者の仮面は崩れ落ち、ジュリエットは再び目を覚ますのだ。ベンヴォーリオ、誤解が運命に作用して破滅を導かないように、すぐにロミオに伝えるのだ。
ベンヴォーリオ:生きているですって。完全に呼吸を止めて、生死の確認だってしたはずだ。
ロレンス:詳細は後だ、私はジュリエットを起こしに行かなければならない。ベンヴォーリオ、早くロミオを捜すのだ。捜してジュリエットの無事を知らせるのだ。ロミオが愚かな行動に走ったら、私はジュリエットに向ける顔がない。
ベンヴォーリオ:ああ、とにかく、ロミオを捜します。
(ベンヴォーリオ、走り去る。)
ロレンス:私も用を済ませて墓に向かわなければ。何か胸の中がわさわさする。主よ、2人の幸せを見守り給え。
(ロレンス退場。)
(幕開く。月明かりの下。パリスとその配下。)
パリス:お前はここで待つがいい。地上の女性達を従え、女神の憧れさえ受けた私は、妬(ねた)み深いゼウスの怒りを買い、愛するたった一人の女性を失ってしまった。私の花嫁は初夜を待つことなく、はかない花びらを散らしてしまったのだ。
配下:散る花もあれば、新たに開く花もあります。今は思う存分悲しみ、明日(あした)からは喜びを探して下さい。
パリス:当分そんな気分にはなれない。私は散った花びらの代わりに毎日花を供え、私の涙で墓石を潤し、小鳥の代わりに泣き続けよう。ジュリエットが寂しがらないように。
配下:涙の川も穏やかな海洋にそそぎ、薄められて癒やされるものならば、今は悲しみに浸るのもよろしいでしょう。私は後ろに控えています。
(配下、立ち去ろうとする。)
パリス:待て、誰か来る。月明かりに人影が。こんな時間に墓場とは怪しい。隠れて様子を見よう。
配下:はい。
(2人、物陰に隠れる。)
(ロミオ入場。キャピュレット家の墓を開けようとする。)
パリス:あれはモンタギューのロミオ。
配下:恐ろしいことです。死者の亡骸に暴力を振るおうと、墓をこじ開けているに違いない。
パリス:激しい憎悪が押し寄せてくる。おい、お前はすぐ大公に、キャピュレットに、あらゆる人々にロミオが墓地に居ることを伝えよ。私はあいつを許してはおけない。
配下:すぐ皆を集めます。
(配下、走り去る。パリス、墓の扉をこじ開けるロミオに向かって叫ぶ。)
パリス:モンタギューのロミオ。何をしている!
ロミオ:誰だ!
パリス:私は大公の側近であるパリス。追放の令を破り、我が妻ジュリエットの墓を暴こうとは、恐れを知らぬ下劣の男め。
ロミオ:パリスだと。ジュリエットに結婚を申し込んだ。だがジュリエットはお前の妻ではない、すでに私の妻だったのだ。
パリス:恥辱が憎しみとなって駆け巡る。追放の令を破りヴェローナに戻った件、および墓荒らしの現行犯として、お前を捕らえる。刃向かう場合は処刑する。
ロミオ:やめておけ。お前が手を下(くだ)さなくても、僕は自ら終止符を打ちに来たのだ。頼む、しばらく時間をくれ。ほんの少しのあいだ、ジュリエットに会わせてくれ。
パリス:私の妻の墓を荒らし、遺体を蹂躙(じゅうりん)するためか。刃向かうなら、容赦はしない。
ロミオ:待て、ジュリエットは僕と結婚していたのだ。
パリス:まだ言うか、ジュリエットはこのパリスの妻だ。
(パリス、剣を抜き斬りかかる。ロミオ、剣を抜き応戦。)
ロミオ:汚らわしい、ジュリエットを妻などと、二度と呼ぶな。
(しばらく剣の交わる音。激しい決闘が続くがついにロミオ、パリスを突き刺す。致命傷。パリスよろめきついに倒れる。ロミオ、墓の前に走り寄る。)
ロミオ:ジュリエット!
(ロミオ、キャピュレット家の墓の扉を開けていると、月が雲に隠れて、辺りは暗くなる。)
ロミオ:ああ雲よ、月の女神よ。今だけは邪魔をしないでくれ。
(ほどなくして、再び月が雲から顔を出す。光さす墓地。ロミオ、霊廟の中に入る。)
ロミオ:月よもっと明かりをくれ。ジュリエット、ジュリエット、どこに居るんだ。ああ、優しい花の香りで埋め尽くされている。顔を覆うヴェールがまだ柔らかい。よかった、会いたかったよジュリエット。さあ月の下で、お別れをしよう。すぐに君のもとに行く。
(ロミオ、ジュリエットの遺体を墓の外に出す。ヴェールを外そうとするが、遠くから足音。)
ロミオ:誰だ、邪魔をしないでくれ。
(キャピュレット家のグレゴリー、サムソン入場。)
グレゴリー:本当にいやがったぜ。
サムソン:貴様、キャピュレット家の墓を荒らすとは、神も恐れぬ畜生(ちくしょう)だ。それは、それはお嬢様の亡骸ではないか。おぞましい、死体に手を掛ける気か。
グレゴリー:兄貴を殺し、お嬢様を殺し、墓を荒らして死体まで玩ぶのか。ロミオ、人間のくずだ。許せねえ。
ロミオ:ジュリエットは僕の妻だ。殺したのはお前達だ。無理に婚礼などさせて、ジュリエットの心を踏みにじったのだ。
サムソン:狂ってやがる。
グレゴリー:違うぜサムソン。墓荒らしを見付けられて、開き直ってんだ。
ロミオ:お前達に怨みはない。今すぐ消えてくれ。そいつのようになりたいのか。
グレゴリー:なんだと。
サムソン:あれはパリス。貴様、お嬢様の夫にまで手を掛けたのか。
グレゴリー:サムソン、俺、こいつだけは、こいつだけは許せねえよ。ひどすぎだ、どんな悪党だって人情ってやつを持ってるはずだ、こいつは悪魔だ、お嬢様の夫まで殺しちまった。
ロミオ:待て、話を聞け。ジュリエットは僕と結婚していたんだ。ちょうどティボルトとの乱闘があった日に。
サムソン:戯言(たわごと)は沢山だ。兄貴を殺しやがって。
ロミオ:あれは望んだ事じゃない。
グレゴリー:とどめまで刺しやがったくせに、ロミオ、兄貴とお嬢様の仇討ちだ。お前だけは、お前だけは許せねえ。墓が作れないように、ずたずたに切り刻んで、河に投げ込んでやる。
サムソン:こんな屑に卑怯も正統もあるか、2人がかりで殺してしまえ。
ロミオ:頼む、邪魔をするな。そこをどいてくれ、これ以上関わるなら、お前達だって容赦はしない。
(グレゴリーとサムソン、剣を抜いてロミオに斬り掛かる。応戦するロミオ。ロミオの前と後ろにグレゴリーとサムソンが立つが、2対1でもロミオに押される。)
ロミオ:どけ、ジュリエットに会わせろ。
サムソン:くそ、なんて腕だ。
グレゴリー:悪魔だ。悪魔に取り憑かれてやがる。
サムソン:消えろロミオ。お前が居る限り、キャピュレットは滅亡だ。
ロミオ:頼む、退いてくれ。
グレゴリー:殺さなくちゃ、殺さなくちゃ、キャピュレットはこいつに食われちまう。卑怯でもかまうもんか。
(グレゴリー、ポケットから何か砂のようなものを取り出し、いきなりロミオに投げつける。一瞬目が見えなくなるロミオに、すかさずサムソンが深く斬りつける。剣を振りかざすグレゴリー。)
グレゴリー:とどめだ。
ロミオ:死ねるか。
(ロミオ、グレゴリーの剣を跳ね返し、恐ろしい勢いで2人に斬り掛かる。)
グレゴリー:サ、サムソン、こいつ死なねえよ。
サムソン:本当に悪魔なのか。
(遠くで、ラッパの音がする。)
サムソン:まずい、警備兵が来る。グレゴリー、大丈夫だ、血があんなに出ていやがる。剣を引け、逃げるぞ。
グレゴリー:こ、怖ええよ。こいつ死なねえよ。
サムソン:落ち着け、早く来い。ロミオ、いつかお前の墓を蹂躙(じゅうりん)してるからな。楽しみにしていろ。
(サムソン、グレゴリー、走り逃げる。)
ロミオ:意識が、主よ、僕をジュリエットの元に。
(ロミオ、よろけながらジュリエットの元に辿り着く。まるでジュリエットに倒れ込むように。そして彼女のヴェールを外す。)
ロミオ:やっと会えた。ねえジュリエット、2人はいつまでも一緒だって言ったじゃないか。あんなに暖かかった体が、こんなに凍りついて。ねえ、お願いだ、もう一度瞳を開いてくれ、もう一度僕を呼んでくれ。2人でどこまでも行こうって約束したじゃないか。橋の上で始めて逢って、舞踏会場で運命の再会、君が僕の名前を呼んでくれて、幸せに浮かれ騒いだ。そして僕達は誓いを立てて、2人で教会の鐘を聞いた。間違ったことなんて何もないのに、どうしてこんなにうまくいかないのだろう。ジュリエット、啀(いが)み合いのない世界で、僕達これから幸せになろう。いつまでもいつまでも一緒に暮らそう。今、君の所に行くよ。ああジュリエット、まだ微かに暖かい。地上での最後のキスだ、お休みジュリエット。
(ロミオ、ジュリエットにキスをして、そのまま崩れ落ちる。)
(ジュリエット、目が覚めて上半身を起こす。月が静かに雲に隠れる。暗闇が忍び込む。)
ジュリエット:お早うロミオ、ロミオでしょう。いま唇が暖かった。あれ、ここはどこ。私、夢を見ていたのかしら。
(ジュリエット、辺りを見まわす。)
ジュリエット:暗くてよく分からない。そうだわ、私、神父様の薬を飲んで、埋葬されたんだ。怖かった、もう二度と起きられないかと思ったけど、私はちゃんと目を覚ました。ああ、後はロレンス神父を待って、2人でエスカラス大公の元に向かって、きっとすべてを認めて貰う。私はロミオと一緒になれる。待ってなんかいられないわ、神父様を探しに行こう。それにしても真っ暗。
(ジュリエット立ち上がる。何かにつまずく。)
ジュリエット:何、今のは。
(ジュリエット、瞳を凝らす。)
ジュリエット:嫌だ、誰か倒れている。まさか、神父様では。
(隠れていた月明かりが差し込む。ロミオとジュリエットが静かに照らし出される。)
ジュリエット:嫌、嫌よ!ロミオ、ロミオ!
(ジュリエット、ロミオの遺体を抱きかかえる。)
ジュリエット:なんで、ねえ、ロミオ。起きて。血が、なんでこんなことに。ねえ、ロミオ、ロミオ。
(ジュリエット、ロミオを揺さぶる。)
ジュリエット:せっかくうまくいったのに。なんで私を置いて行っちゃうの。起きてよロミオ。一緒にどこまでも行こうって、いつまでも2人で暮らそうって約束したじゃない。さよならの挨拶もなしで私を残して行かないで。ねえ、私、薬まで飲んで、あなたと会うために、心細いの我慢して、懸命に飲み干して、目が覚めたら幸せが待っているって、それだけを信じて眠りについたのに。なんで、なんでこんなに歯車が狂うの。私、何か悪いことしたの。醜い啀(いが)み合いさえなければ、2人で手を取って抱きしめ合えたのに。もう、こんな世界なんていらない。もっと綺麗な世界がいい。ロミオ、ねえロミオ、置いてかないで。私も一緒に行く。あなたの妻だもん。あなたと一緒に行く。争いのない綺麗な空の上で、2人でいつまでもどこまでも歩いていくの。ロミオ、ロミオ、私に最後の勇気を。
(ジュリエット、ロミオの握っていた剣で、自分を突き刺す。)
ジュリエット:痛い、痛いよ、ロミオ。ああ、まだ体が温かい。小さく言葉を交す、あなたを想って心膨らみ、頬に手を当てるとぬくもりが暖かい。ああ、ロミオ、唇が温かい。私の感じていること、すべてなくなっても、2度と帰ってこなくても、私はきっとあなたのそばに居るの。ずっと、ずっとあなたのそばに居るの。お休み、お休みなさいロミオ。
(ジュリエット、ロミオに口づけを交す。ジュリエットの首が落ちる。静寂。)
(ほどなく、ロレンス神父とベンヴォーリオ入場。ロミオとジュリエットを見付け、慌てて走り寄る。)
ベンヴォーリオ:ロミオ、何てことだロミオ。なぜ死んでしまう。起きてくれ、目を覚ましてくれ。
ロレンス:ああ、ジュリエット、せっかく目覚めたというのに、自らを貫いたのか。ジュリエット、ジュリエット。
(ラッパの音と共に、エスカラス大公と兵達入場。)
大公:怪しい奴らだ。すぐに捕らえよ。
(兵達、2人を捕らえる。)
ロレンス:エスカラス大公、私です、お離し下さい。
大公:ロレンス神父、なぜあなたが。そしてこれはどういう事だ。ロミオが墓を荒らすという知らせがあった、それがなぜ血を流して横たわる。そして、ジュリエット、なぜ霊廟から起き出し、刃(やいば)の餌食に。待て、あそこで倒れているのは。
(大公、慌ててパリスの方に走り寄る。)
大公:パリス、なんたること、お前まで。私の片腕として、日々鍛えてやった恩を忘れたのか。ああ、この墓地は呪われている。兵達よ、キャピュレットとモンタギューを呼べ、すべての者を調べろ、怪しい奴らを捕らえ、事の真相を明らかにするのだ。ロレンス神父、あなた達も館に来て貰う。この場所には見張りを付け、明日(あす)の朝、取り調べを行なう。
(大公去る。兵達、神父とベンヴォーリオを連行する。幕降りる。)
(キャピュレット家の人々、モンタギュー家の人々、葬儀を行なうロレンス神父、そしてエスカラス大公と兵達。)
ロレンス:2人の霊魂が共に安らかにありますよう。主よ常しえに2人の魂をお導き下さい。アーメン。
すべての人:アーメン。
ロレンス:キャピュレット、本当に2人をこの霊廟に埋葬して良いのですね。
キャピュレット:ああ、すべての子供に先立たれてしまった。モンタギューのせいではなかった、ワシがモンタギューを憎んでいたせいなのだ。大公の仰せに従って、ワシは死んだ2人を祝福するのだ。ああ、お前、もう泣くな。泣くな。
(キャピュレット、夫人の肩を抱える。)
ロレンス:モンタギュー、本当にロミオをこの霊廟に埋葬して良いのですね。
モンタギュー:大公の仰せに従います。それが妻の望みですから。
(モンタギュー夫人泣き崩れる。モンタギュー、夫人の肩を支える。)
ロレンス:では、埋葬をお願いします。
(ベンヴォーリオとバルサザーがジュリエットの棺を、グレゴリーとサムソンがロミオの棺を持って、2人の遺体を霊廟の中に運ぶ。)
ロレンス:エスカラス大公。私は自らの犯した罪を償うために、ヴェローナを後にして、贖罪(しょくざい)の旅に出ます。教会の後任と私の責務の代行をよろしくお願いします。
大公:良かろう。あなたには残って貰いたいのだが、強いて止めることは出来ない。それで例の薬はどうするつもりだ。
ロレンス:川に流します。溶け出した薬は水と化合して、悲しくも青白い炎を静かに灯し、川の流れに消えていくことでしょう。あの時私は、薬の成功を確かめるという誘惑に唆(そそのか)されたのです。なんという甘い囁(ささや)き。もっと優れた解決法があったかも知れないのに、理性が誘惑に負けたのだ。聖職者にあるまじき行為です。
大公:時の刻みが歩みを変えなければ、今頃2人は抱き合っていたかも知れない。悲劇と喜劇の分岐点は先が鋭く、ほんのわずかな風向きで傾きが変わってしまう。人はそれを運命と呼んでいるのだ。キャピュレット、モンタギュー、お前達は争いを禁じた宣言を2度破り、そのために大切な我が子を失った。私もまた宣誓を厳守せず酌量(しゃくりょう)した罪により、片腕のパリスを失った。だが私は、ロミオとグレゴリー、サムソンの乱闘も許すことにしよう。罪は愛する2人の死によって償われたのだ。さあ、弔いの鐘を鳴らせ、皆で花を撒こう。
(葬儀が続く。幕降りる。終わり。)
2007/1/24改訂掲載