「あかつきのひと筆がき」 「プロローグ」 Ⅰ 気力をなくした風船みたいだね  もうこんな落書きしかできないんだ   惚けたような毎日のあかしに    ただそっと何かを記しておきたい   その思いだけが胸をかすめる  だけど夜明のすがすがしい大気すら   愛することも出来なくなった    泥だらけの朝顔みたいにふさぎ込んで   ただしおれるのを待っているみたい    あるいは乏しくなった炭酸の     懸命にのぼるけなげさみたい      酔いどれのアルコールの合間に     今を残したい思いばかりが      沸きあがっては弾けて消えて       もう尽きかけの炭酸の悲しみさえ        奮い立たせようとするのだけれど       けれども持続するだけの気力はなくて      夕暮れに消されゆくシャボン玉みたい     もうこんな落書きしかできないんだ    思いは細かい泡の風船になって     どれほど舞い上がったかしれない      冷たく吹き抜ける風のいたずらに     ぱちんと音もなく消えてった    まとわりつくような意志もなく     結び合わせるほどの情熱もなく    こなごなになる勇気もなく   ただふっとあきらめたみたい  真っ赤な雲に憧れて   薄い虹色をきらめかせながら    空にのぼろうとはしたけれど   それさえあきらめたみたいに  音沙汰もなく風のなか そんな風にわたしの想いも  わき起こるそばから諦観の   断片となって消えてゆく Ⅱ それから酒に手を伸ばし  夜通しなにをするのやら   いつしか夜明の雲ばかり    窓にぷかぷか浮かんでる  わたしは窓を閉ざしたまま   惚けたように寝転がる    ジョッキにはまだ半分の     お酒が残っているものの   朝日を見てはうしろめたく    眠りに就こうと思うけど     いつしか睡魔は過ぎ去って      意識はもつれたしぐさして    とりとめもなく巡り合う     言葉はひとつになれなくて      周り灯ろうのゆらゆらと       あてなくさ迷うばかりなら     いてもたってもいられずに      わたしはとうとう起き上がる       あきらめみたいなぼんやりと        酒の残りを眺めては……    ノートブックを起動して     いつものテキストを記すのだ      残りの酒をちびちびと       窓辺の空を眺めつつ   とりとめもないあれこれを    あてどもなくてさ迷えば     千に一つの誠くらい      見つけることもあるのかと  そんな希望にすがりつき   指先まかせの言の葉を    欠けらのままに並べては     いのちの証を立てようと 落書きしている始末です  新たな酒を持ち込んで   想い済むまで記したら    たとえば千の断片の  こんぺいとうの一粒くらい   あなたに伝わることもある    そんな妄想にすがりつき     誰かをそっと求めてる   けれどもそれはつかの間を    むなしく生きる僕たちの     たったひとつの本当だから      自分のためには何一つ       なし得ないのがたましいで        たとえばエゴの九割さえ     誰かの視線に支えられ      励まされているとも知らなくて       ひとりをほざく馬鹿もいる    数年間も閉じ込めて     言葉を奪ってあげたなら      気力さえも損なわれ   行為の指標は失われ    ぽっかりあいた胸のうち     さ迷うばかりが関の山  そうして相手を求めている   ひなびたこころの片隅に    誰もがそっと求めている     それがすべての定理です Ⅲ      けれどももはや語りかける     情熱さえも損なわれ    冗長さえもたましいの   残骸にさえ思われた      廃墟ガラスのこなごなの     くだけた思いのいびつさに    すがりつくようなよろよろと   倒れるまでは本能の  歩み続ける犬のよう      やがては倒れ果てるまで     記し続ける願いばかりが    ともし火くらいは揺らめいて   こころを駆り立てるばかりです Ⅳ わたしは台所へと向かう   詩情は途切れて先ほどの  感慨は二度と戻らない    けれども続けて記すとき      それがどれほど悟られる     失態となるかはまた別の   問題であるには違いなく     たとえばそっと眺めている    あなたにしたってどれほどの      言葉の途切れ間を知るのやら       あるいは人の営みというもの         そのような断絶の複合体で        脈絡なんかあるでなく      辛うじて誰かのひとみには        所作断片のひとつひとつが重なって       総体ひとつの精神のようにさえ         錯覚されるがオチのもの     それならそれで       わたしにとっては      今さら結構なことのように        思われるのだけれども……    焼酎には割ものがよく似合う      麦焼酎に注いだときは     麦茶で割るのが一番だ       二つの麦のランデブー   引き裂かれたような恋ならば     叶えてやりたいものだねと    巡り合わせに飲み干せば      さわやかさえも思われる [灰化の部屋] Ⅴ     ちょっと嘘をつきました    わたしはちびちびやるのです     まだ飲み干してなどいないのです      勢い余った失言です    でも不都合はないのです   詩情は殺されてなどいないのです    枯らされた訳でもないのです     立派に果たしているのです   いずれは空になるのです  それよりこころに麦の風が   ちびちびくらいで吹くならば    それこそ嘘のいつわりです     飲み干すからこそ吹くのです  それなら写実でないにせよ 詩情にごまかしはないのです  そうでさえあればこそ   生きた言葉であるのです    それはそれならそれとして   誠に結構ではあるけれど…… Ⅵ もう書くことさえないのです   すべからく胸が空っぽです  あの頃みたいにぷかぷかと   想いがあふれて指先に     乗り移ったような気分には    なれず仕舞いの夜明です     ぼんやり窓辺を眺めれば       とめどもなくて嘆息する      あほうな鳥が伸びをして        アンテナに眺めているのです      まったくよからぬアンテナです        よりによっては向こうから       鳥に観察させるために発起して         ちびちびすするわたくしを          観察日記に付けるとは     恐らくはあの家のわんぱくが       それは健坊に決まっていますが      ちいちび日記などを秋の間の        観察結果として提出です    吹き出した先生は図に乗って      県大会にすら出場です     わたしは鉄棒から落ちたみたいに       たけいちからワザワザと云われて         がたがた震えるばかりです         (みんながわたしを知っている)        やけ酒を飲むのが楽しみです      健坊は怖くなりました        わたしのしがない復讐を    恐れの夜明に抜け出して      屋根に乗り出してみるのです   そうしてそっと眺めます     鳥の代わりに眺めます    わたしの窓を見たのです  健坊は石になりました    真っ白なお化けを見たのです   あんまりぽっかりそこだけが なんにもないのに驚いて   しまったと思ったときには  もう石です    こころのなかが石ころです  わたしを見てはなりません    灰化した真空よりもただぽっかりと   人のかたちをくりぬいて     グラスばかりがちびちびと    傾いては減るばかりです   オブジェとなった健坊は     ふらふら屋根を降りるのです    こころばかりの石ならば      誰も気づきはしないのですが……    それから彼は朝食を      とってもおいしくないのです     みんながにこにこ笑っても     真似さえしてればいいのだと       思うばかりでこころから      楽しむことさえないのです      こころの石は重くって        漬け物くらいは出来るけど       押しつぶされてしまいます Ⅶ   幼い頃の悟りです     虐げられたトラウマです       それは誤った悟りです     触れてはならないゆがみです    石になったわたくしは      こうして歳をかさねては        夜明のグラスにちびちびです     虐げられた妄想です       たくあん石が重くって         歪んだ真珠のたましいです      「触れてはならない触媒に         触れたあなたのたましいよ           わたしは忠告したではないか       これほど純白のたましいに         触れてしまったなら俗人よ           聖者のこころに触れたなら         愚物は地獄へ落とされる」      それならお化けは聖人で        聖人はちびちびのおとこなら          これまたとんだポンチです     諧謔的なよたごとです       ひと粒くらいの真実が         籠もるとさえも述べません    灰化の石に漬けられた      ささやくみたいなあわ粒の        ぶくぶくとした戯(たわ)けです   体裁くらいは保つけど     脈絡なんかは知りません       また、断片へと帰りましょう Ⅷ   ただいまわたしはバッテリーです    電源は抜いてあるのです     不安になって眺めたら      あと一時間しかありません     針が回ればまっしろな    お化けが画面に一杯です   いえいえこれは冗談です    言葉もなくて記すのです     けれども眠くはなりません      そろそろ、なにか新しい     素材があればいいのだけれど……   スピーカーの近くには    紙やらレシートが一杯です     ひなびたこころのスケッチを      書き残してはいつの日か     ひとつの詩人の結晶に    仕立てようとした末路です   臆病者のわたくしは    着想の消えるのが悲しくて     これを残しておいたのです    古いものさえあるのです   ようやくこの落書の    活躍の季節は到来です     束ねて取って眺めつつ      これを素材にこねこねと     時間をつぶして見せましょう   さっそくつまんでみるのです Ⅸ   はてな    これはなにを     記したものやら    分かりません  記憶の引き出しにないのです   おまけにミミズの行進です    文字だか怪しいくらいです   解読するのも困難です    わたしにはよくあるのです     自分の書いたメモ帳の      意味さえ分からずぼんやりと     しているとたんに笑われて      そんなコントはしょっちゅうです       詩人と文字がたったひとつの      結晶ならばわたくしは     まがい物には過ぎません    けれどもわたしは思うのです     いつの時代にも変わらない    詩の本質は語りにこそ   籠もっていると願うのです  小鳥の唄は大空を   讃えたとたんに詩人です    夕日の鹿は恋しさを   奏でたとたんに詩人です    くずし文字にはそれ自身の     美的センスがあるけれど      読めなくなれば詩人には     関わりのない羅列です      そう思えばわたくしの       不可思議の文字もやはりまた        解読されなければなりません       これより試みてみましょうか [一枚目の落書] とりあえずは一枚の  レシートを眺めて見ましょうか   おつまみせっと 298    きゆうり 117     (3ケ×@39)     ねしようが 138    ちはまにんじん 178   ……  レシートの上には2012年   4月10日と記された    わたしの買い物の記録です  なんだか少し違います   うしろを眺めなければなりません   バッテリーさえいたずらに    損なわれてはいるのです     たとえば残り四分の    一時間ほどの気配です  てきぱきしなければなりません   愛するリチウムイオンのために    もう少しだけ酷使する   いじめにも似た愛情が  奴らをきっと強くする   やり過ぎたなら寿命さえ    損なわれゆくばかりです   お酒は焼酎と麦茶です    それなら焼酎は麦なのです   残りもわずかとなりました  こうしてちびちびやりながら   レシートの裏をめくるのです なんだか不思議な落書です  しっかい検討もつきません   ただ真ん中に「ハルノブ」と  記されているばかりです  なんのことやら分からない   そのくせ二重線で打ち消され    右には電話番号が   みどりの文字で記された    ただそれだけのことなのです   まるで誰だか分かりません  名前も番号も知りません   マジカル過ぎて初めから    つまずくような気配です   ただ一つだけ左側に    「テープレコーダー」    と記された     もう一つのメッセージ    これはわたしにも分かります 「テープレコーダー」 それはわたしの見た夢で   哀しい夢ではあったけど  いまでもそっと覚えている    テープレコーダーのことだから 局限すればそれはただ   かみなり響く夕暮れの  木造じみた古風な部屋の    テープレコーダーには過ぎなくて けれどもそれはかつてのパソコンの   生命のみなもとをデータに送りつける  あのピロピロと音を立てる懸命な    磁気の姿には他ならなかった。 それはちょうどいまわたしが   バッテリーの残量をわざと気にしながら  いつわりの消失をおそれるような    そんなはかなさをふくらませて 本当の悲しみへと昇華させたような   あきらめみたいな物がたり  目が覚めたとき苦しくて    忘れたくない想いがした。 大切なものはもう二度と   失いたくないものだから  それはわたしのくだらない    落書きだっておなじなのだから…… わたしは不安になってくる   慌ててノートに電源を  そっと差し込んでディスプレイ    眺めたとたんに明るくなる それから上書きも繰り返す   ただ落書のためだけに  けれどもそれがもしもなお……    もっと大切なものであったならば…… Ⅱ 雨がざあざあ降っていた   かみなりさえも響いていた  作業はすでに終局へ    歩みはもはや戻れなかった それはまだ黎明の   予備電源すらままならず  男は怯える顔をして    ときおり窓を眺めてた わたしにはその印象が   こころに刻まれて離れない  忘れたくない夢の跡を    ノベルに記そうと願いつつ 目覚めた朝にレシートに   「テープレコーダー」と記したんだ  夕べのうちに短編に    仕立て上げようと思ったんだ   (それでいて語られることもなく      ただ仮想的な哀しみばかりが     いまだもそっと胸の奥に       ちくりとさすような余韻ばかり) ありきたりの陳腐なストーリー   使い古された命題には違いなかった  あまりに生々しく眺めたから    自らのように残されたんだ その男は妻を失った   データーのなかに亡きひとを  よみがえらせようと願いつつ    長い歳月を暮らしてきた 膨大なプログラムが打ち込まれた   まるでそのことだけのために  彼の謳歌すべきさわやかなシーズンは    存在しているようにさえ思われた そうしてついに完成した   膨大なプログラムが流れ出した  テープレコーダーは回っていた    ディスプレイを羅列で満たしてた 日が回って差し込んでも   男は食事を取らなかった  じっと装置を眺めながら    すべてが終わるのを祈っていた けれども日暮れは近づいた   いつしか空は黒ずんだ  遠くに雷が響いてきた    怯えるみたいに祈っていた 激しい雨が降り出した   窓さえ悲鳴をあげていた  はだか電球は揺れていた    ときおり稲光が兆していた とつぜん雹が鳴り出した   ガラスが割れるかと思われた  慌てて男が近づくと    すさまじい閃光にあてられた 激しい雷鳴に打ちのめされた   よろけるみたいにうずくまった  けれども電球はそのいのちを    奪われたみたいに消えてしまった 真っ暗になった部屋のなかに   ひとりの男が震えていた  にぶい装置の響きがして    ほの暗い電球がぽつりとついた 予備電源はつたなかった   ディスプレイは光っていた  男はあわてて走り寄った    雨はざあざあ降っていた 震える顔で見わたすと   テープレコーダーの回転が  ともしの尽きたろうそくの    ほのうみたいに弱っていた 男は止まりかけのテープにすがりつく   それは裸のままの巨大な軸が  ふたつに巡り会ういにしえの    装置であったから震えながら その指先で回し始めた   ただ妻の名を呼びながら  この世で、たった一人の    生きる目的を求めるみたいに   (あの人がいなければ      この世は地獄のままだった     ある日あなたが現れた       この世はひかりに包まれた    隠し続けた想いさえ      すべて語れるように思われた     うれしくなってはしゃぎして       つかまえたりして抱きしめた    それなのにいつもみたいに      日だまりのなかに手を取って     おにぎりさえもにこにこと       転がり落とした野原さえ……    いつしかあらしがやってきて      わたしの大切な太陽を     奪い去るように覆っては       激しい雨が打ちつけて……    振り向くとあなたは消えていた      風がそのたましいを奪うみたいに     ちからもなくて倒れていた       あなたは空へと消えていた) 遊びが尽きて残された   哀しみが胸を締めつけた  もう一度だけふたりして    ほほえむことだけが残された 男の願いだったから   絶望感にさいなまれながら  男はテープにすがりついた    大切に大切に回していた 人は機械にはなれなかった   磁気の読み取りさえあやしくなった  ディスプレイにさえときおりは    error の文字があらわれた 男の指は震えていた   たましいは悲鳴をあげていた  文字の羅列がまた始まった    雨はざあざあ降っていた 激しい閃光がひらめいた   ただ薄暗い湿気のなかに  真っ青な顔をしたなにものか    ひそんでいるようにさえ思われた 沢山の記憶が指先を   こぼれ落ちるように思われた  彼女の不規則な鼓動さえ    伝わるように思われた 彼はそれを大切なもののように   途切れることなく回すのだった  あの人のほほえみを念じながら    亡霊のように回すのだった やがて古びた木造小屋に   ディスプレイだけがほの明るく  そっと end の文字が記されて    しばらくは画面は瞬いた いつしか閃光はやんでいた   けれどもランプはともらなかった  予備電源はつたなくて    補助灯さえも揺らめいた 雨はざあざあ降っていた   おとこは身じろぎもしなかった  テープレコーダーはもう止まっていた    そうして画面だけがゆらめいた それからそっと静かに  ディスプレイには横文字が   「あなた」とだけ記された  なみだがひとつぶ、こぼれ落ちた 男は震える指先で  「おかえり」と打ち込んで    答えの来るのを待っていた  「ただいま」と帰ってきた それから  「お久しぶりです」  と記されて、    それからいろいろ記されて…… それから後のことは   わたしには分からない  物語はエピローグへと    向かうらしく思われたけれども わたしは目覚めて   夢の物語は帰ってこない  わたしはそれを小説に    脚色しようと思うあまりに レシートの裏側に   そっと意味の分かるように  「テープレコーダー」と記したのを    忘れたように放置して…… 彼らのいのちのあかしさえ   危うく消えようとしていたものを  こうして今頃見つけては    不思議に思うばかりだった    (するとこれは今年の       四月頃の夢なのか      ここに記さなければ        夢の人はもう二度と     記されることすらなかったのだ       そんな沢山の物語の連続が      人の営みをつむいでいる        ただそれくらいのことなのに     そのひとりひとりはどうしても       ひとつの物語に捕らわれて      かけがえのないもののように        思われてならないくらいのもの) けれどもあの男は   わたしのこころの求めたもの  なぜならわたしの夢に語りかけた    哀しい物語には違いないのだから。 P.S. そろそろ次の酒を注ごうか   むかし学校というものがあって  わたしはそこに放り込まれた あそこへ向かうような   いやな時間帯に近づいたけれど  今はもっと別の束縛に 相変わらず捕らわれているのだけれど   それも今日は休日で  酒を飲んでも今はもう 注意する人さえないのだし   もう少し先まで続けよう  わたしもあるいはあの男のように 今を逃したらもう二度と   なにかを失うような錯覚に  あるいは、捕らわれているのかもしれないけれど 今を記そう   わたしのいのちの  幻影のまぼろしのことを…… [ふたつめの落書]  とりとめもない連続体は 収拾の付かないような恐怖を  誰にでも与えるものらしい   そうであるならば  新たなる酒には   あらたなる章がふさわしい    愚鈍な執筆者のたましいにも   わずかな良心は残されて    次のレシートを眺めてみる   どうやら新聞の領収書  ネット社会の到来に怯えて   新聞などを取り続ける  かといってしっかり読むでもなく たまらせては捨てていく  だらしないようなものである   3565円のうしろには  発句がひとつ転がっている   ずいぶん不始末なことである   「トンネルのかなた     黄昏のほたるかな」   なんて記してある    それからその横に     「時乃旅人(ときのたびと)」    なんて記してある  3月分の領収書だから 夢の頃の発句である  この新しいペンネームを   思いついた喜びに  つい記してみたいに違いない   ずいぶん俗な男である   「新たなお名前に欣喜雀躍   とても諦観の姿じゃない    認められたくって     うずうずしていやがる」     太宰治ならそう言って    糾弾するには違いない     かといってわたしには      いまさら自分の心情なんて     どっちにしたっていいのです      結局どれも同じこった       悟りにも似た煩悩も      煩悩みたいな悟りさえ       等しいことに思われて        俗なこころが生まれたら       俗に任せてはしゃぎして        厭世さえもこころから       願うときには身を委ね      それからときおり苦笑する       ぷかぷか浮かんだ雲である      ポリシーなんかあるものか     ただただただようのが雲ならば      ポリシーなんか知るものか     こころのなかを風が吹く    強さを違えた風が吹く     向きを違えた風が吹く    わたしはそれに従おう   ただそれだけが大切な    守り続けるたましいの   結晶のように思われる  それ以外のことはもう   お化けのような真っ白である  幸いなことに落書の かなたから見て石化する  あなたがたではないけれど…… [トンネルの発句] ともかくも  愚鈍の発句を眺めよう   「トンネルのかなた     黄昏のほたるかな」    いったいこれはなんであろうか   トンネルを抜ければほたるの里なのか  まさか雪国みたいな   列車の光景でもないものを    とぼとぼ歩いて、ふと見上げれば   入日も乏しくただぽっかりと    トンネルの向こうにほのかな蛍光を     ともしているようにさえ思われて      不思議と歩めばたくさんのまたたきが     みどり色に呼吸をするようにさえ思われて    そんな幻想でも記したものなのか     たしかに空想画にはふさわしいのだけれど……      どだいリアリズムが欠落している       トンネルのかなたのホタルだなんて        見えやしませんあるいはなお       トンネルのかなたに残る薄明を      ホタルみたいに思ったにしてもやりきれない       明度の違いがあまりに過ぎて        芭蕉の願いは早くも枯れて       俗物の虚構に見まわれた      憐れなほどのレトリック       陳腐なイメージは羽ばたいた        それでも言い訳するならば         酔いどれ任せの心象の        推敲もなく羅列して       デッサンさえもしどろもどろ      フィーリング任せの自由して     放任主義に描いて見せた    安いスケッチには過ぎなくて   彼らのまことの探求を  侮蔑する訳ではないけれど   それに従うだけの気力も尽きて    記したまでの後始末     そうしてこのような句は      「暗がりの        せせらぎにつく         ほたるかな」     くらいの感慨にさえ    いくら舞台を彩っても   なかなかかなわないものらしい    空想的科学読本みたいな     まことの少ない落書と      時間つぶしのお気楽と……     かといってこれを      メロドラマ風にして          「たそがれて        あなたと指の          ほたるかな」       なんてとぼけたみたいに      描写をぼやかしたらどうだろう     あるいはそれはそれとして    前書きくらいは欲しいけど……   あるいはもっとデフォルメに    イメージを飛翔させながら     「朽ち木より       やみに逃れる        ほたるかな」       くらいになるまで表現を        抽象化してあらわせば         もはやそれがまことなのやら        嘘なのやらも分からない       立派な出鱈目にもなるのかと      あなたは糾弾するのだろう     けれどもきっと間違っている      怠惰に記した落書きも       譲れないことはたましいの        コアにもかけて誓えるもの       守り抜いては記している      そんな夜明の落書を     見損なったらもう二度と    あなたはわたしの友でなく   わたしは味方にもなれなくて  赤の他人へと消えてゆく   わたしの論述はいつわりで    わたしは情緒へと回帰する     空想と解け合った現実を      こころのなかでシャフルして     証明を解くふりをして    詩的な飛翔を試みる   それはたとえばたましいの  譲れないからするのであり それこそいのちの求めている  最後の価値には違いなくて   それでいて酔いどれの精神は    もうその構成を意識しない     ああ、そうであるとしても      これらは、辛うじて保たれた       詩的誘導の証明として      ここに提示されたには違いなく     わたしのしるす落書の      誠みたいなまぼろしと       まぼろしのなかの真実と      すべてに保たれているならば     不体裁の不一致も      局限すればひとつのものへと       もたらされるような        そんな落書き         それにしても……        レシートの横には       時乃旅人(ときのたびと)      おめかしさんの名前である     生きる希望に満ちている    安っぽい発句を並べている   認められたくってうずうずしている  つまりはそれが俗物か   案外しぶとそうである    それなら明日も落書を     続けられる勇気にも      連なるくらいの俗ならば     気にせず先へと進もうか   (酒はまだ     ようやく二杯目の半分を      やり過ごしてはみたのもの)    (けれどもその前にも      さらにその前にも呑んだ)     (ラーメン屋でも呑んだ       歯磨きの前にも呑んだ)      (就寝前にも呑んだ        そうしてまた眠れずに)     (あらたに注いで二杯目の       ようやく半分となっただけ)     それを二杯目と述べるのは    あるいはいつわりには違いなく   かといって時を狭めれば  まことに立派な真実で   言葉の真実もそのくらい    曖昧なものではあるけれど     譲れないことだってあるのです    譲れないことは守るのです。 「その日の特別」 今日は特別なのさ  新しいスピーカをつけたのさ   新しいアンプに買い換えさ  おかげですっかりへろへろさ  いや、酒のせいじゃねえ   それはいつものことなんだ    一心不乱に配線を   こなして疲れてへろへろさ   古い機材のうしろには    白いほこりが山積みさ     掃除機まわして騒音と    ぞうきんさえも揺るぎなく     活躍しながら部屋のうち      片付けさえも兼ねたらば       ずいぶんテンションも狂ったよ      それで眠れずこのざまさ       それがいつかと問うならば        それは昨日のことならば         十二の歳の九月なら        十七くらいじゃなかろうか         ささいなずれは気にしない          敬老の日ならば迫り来る           しわくちゃじみた取り立ての          行われた日じゃなかろうか          実家のじいさんばあさんは         九十を過ぎてよぼよぼと        不平不満さえ並べては         ちんたら生きてはいるけど         まったたいしたもんじゃない        ふたりで生きてお互いが       感謝もせずに愚痴ばかり        述べる俗世はあかぎれの        しわに染まったたましいの       下劣なほどのたくましさ      かかげてよぼよぼ生きている       まったく驚くほどじゃない       それでも死んでしまうよりましさ      近頃はそうも思うのさ     記憶が追憶になっちゃったら      もう声さえも返ってこない      それを近頃悟ったよ     どんなに古けてもなすびだよ    干からびたってもとの枝に     ついているうちはなすびだよ     転げ落ちたらどろんこさ    転げ落ちたらごみだめさ   転げ落ちたらもう二度と    なすびと呼んではもらえない    どうしてへらへら笑うのさ   僕が幼稚だって笑うのさ  あんたはなんでも知っている   神様みたいに笑うのさ   真実なんてこんなもんさ  僕はなんにも知らんけど 知らんことくらい知っている  だからへらへら笑わない   それって    もしかしたら     詩人の    小さな小さな   マナーじゃないかしら  ああ、スピーカーの話だったね   ああ、乙女座のスピカじゃないんだよ    敬老にあやかって記述まで   脱線するんじゃなかったよ    すんまそんやらすまなんだ     いろいろ生まれた言葉さえ      僕らはすっかり乱れして     けれどもそれはさておいて      ともかくアンプを買ったのさ       それよりまずはスピーカーさ        ウレタンさえもぼろぼろの       二十年前を破棄したよ      よくもこれまでにこにこと     音を奏でたものだけど    不思議なくらい高音は     穢れもなくていたけれど    こんなのまるで   スピーカーのふりした箱じゃない  驚くほどのよれよれの   姿はどことなく哀しくて  けれども捨てたよ不燃物   アンプもそれからチュナーさえ    思い出の詰まった品だけど   捨てたやったよごみの日に    ソニーもダイヤトーンもおしまいさ     歳に変えればどれもが灰化した      メタルアーツにさえ逆戻り     それがエコロジーの基本なのさ      お金がなくて耐えたけど       ドとレとミの音さえ出なくなった        父さんのトランペットと一緒じゃない       あんまりぶきっちょなすがたして        ここらでひとつ奮発さ         けれども世のなかなにもかも          鐘の響きなんていう奴は         陳腐なくらいの俗物さ          俗と俗が手を取り合って           俗の世界を生みなしたとき            ただ俗だけが世の中の           立派な人に思われたけど……          そんな御託は並べない           俗な言葉は並べない            そんな詩なんか見たくない           僕にも譲れないことはある……          マンネリズムを嫌うんだ         パフォーマンスも嫌うんだ        思いの真実が道しるべ         しどろもどろにもこぼれずに        ともかく新しいスピーカー       並べてそっと掛けたけど        これは破れかぶれじゃない         新しい息吹をみせたけど        真実を愛するたましいは       ところでちょっと腑に落ちない      前のウレタンぼろぼろの       響きにちょっとそぐわない       あるいはあれが滅びゆく      哀しみにも似た響きなら     鼓弓の響きも懐かしく      新しいものは味気なく      思えるにしてもあるいはこれは     馴れるまでは懐かしいものへの    愛情が勝るくらいの     安っぽい感慨には違いなく    ともかく新しいアンプだから   友達になるまでが大変さ  まだ落ち着かないスピーカーさ   しどろもどろの表現さ   まずセッティングを詰めるのさ  画面には布を掛けるのさ 窓には立派なカーテンさ  そうしてなんとかやりくりさ   もちろん分かってくれるだろ  そんなことなんかどうでもいい   くだらないほどの与太話    僕も歳を重ねたからね    言葉付きに騙されちゃ駄目なのさ     日本語は自由奔放だからね      丁寧にあいてをののしるからね     尊敬語を使って侮蔑だからね    ずいぶんたいした言語じゃない     たいした言語の詩人なら      たいしたことくらいしなければ     たいしたことない偽りじゃない    たったひとつの真実は     ともかくもスピーカーを買ったのさ      それでセッティングと興奮して     眠れなかっただけなのさ     ぜんぜんなっていやしない      僕はやっぱり坊やだよ       姿ばかりは古びても      ちっとも成長しやしない       それだから大切な欠けら一つ        残しておけるのかもしれないと       それだけ信じればいいじゃない      僕はやっぱり詩人だよ 「閑話休題」     二枚のレシートを見送ったばかりに    時計の針は十時をまわった     指もそろそろ疲れては      誤字訂正もひときわつのる       先を急いでもいいだろうか      ようやく二杯目も終わるけど     こうまるまる半日を      酒に過ごしてはやりきれない       それがたまにならいいけれど      年中無休じゃいたたまれない     こんな暮らしが遍歴となって      こころを殺風景に彩った       わたしはそこの住人であり      枯れ野の夕日は胸に響く     ときおり聞こえるなに鳥の      別れ言葉さえこだまする       ああ、言葉よ      脇道に、逸れる事なかれ     わたしは次のレシートを      片付けなければならないのだ     こころの枯れすすきがなびいたなどと    たわけた話はこれまでだ     (ごめんね、でも       そのまえに、酒だけは        持ってきてもいいかしら)     惰弱のたましいめ      たき火にでも燃されてしまえ     遠くの方には真っ黒な    シルエットどもがたそがれた   さて先を進めようか。    どうやら二月のものらしい…… [三枚目のレシート]   さよならと    ことの葉唄を 散らしては      道を違えた あの日の公園    わたしは頭を抱え込む     懈怠の酔っぱらいの落書きか      それは真っ赤なボールペンで     となりには緑のボールペンで    雪を踏む 公園     まんまるな 月明かり      母さんと投げ合って     抱きしめてはなみだ    なんて字余りが記されている      それならきっとこの先に     さっそく批評は繰り広げられる……      なんて思ったら大間違い     わたしはそれには拘泥しない    批評家のシーズンは遠ざかり   おだやかな和解へといたるのだ    今はただ最後の「なみだ」くらい     そのままでいいかと思うばかり      批判はあなたのすべきこと     わたしの知ったことでなし    今はただそっと行き過ぎる     夜汽車にも似た落書よ [四枚目のレシート]    また並べてる三十(みそ)ひと文字   緑のボールペンのしぐさして  一月はじめのレシートへ   逆戻りするみたいです    こがね雲 朝日のさして よみがえる     息吹みたいだね 僕のたましい    思惟の探求の果てよりも   刹那の情緒にすがるような    しょせんは彼の即興性には     安っぽさばかりが付きまとう      けれどもそれはそれ       今はそれとしてとなりには      さみしくて 人恋しさに 浮気して       ふられてもどる ひとりこの部屋        なんて書かれている       まるで今のわたしの気持ち      酔いどれの姿は相変わらずの     年の初めからよどみなく    流れ続ける川の水   すべからくみなレシートは  この水のうちの出来事で   つまりは酔いどれの落書を    果てなく繰り返したまでのこと     今さら振り向いたとしても    かがやきなんかはまるでなく   だらしなくなるばかりです [サードシーズン] Ⅰ 酒を三杯目に過ごすとき  落書はサードシーズンを迎えるだろう   麦茶の予備は底をつき    わたしはオカキに手を付ける     それはおやつの時間である    不規則すぎた生活の   温泉みたいな心地よさ  だらだら食べるスナックの   朝も真昼もかまわない    酒さえあればその時が     食事の頃に早変わり      おやつの時刻に早変わり      (ああ、だらしない、だらしない        うっかり、本心を漏らしちゃった       とりあえずスナックでも食べようか)      なんておいしいカレーおかき     財布いじめの本格派    けれどもそれは伊達じゃない     麦茶で割った焼酎と      たまらないほど本格の     カレーおかきとなりました。      そんなキャッチフレーズも       聞こえてきそうな真昼時      一袋わずかに12グラム     お値段くらいはするけれど    おもちゃのカレーの味じゃない   スパイスばかりと広まった  北海道なら函館の   お土産めかしているけれど    解け合うような風味なら     酒と一緒に楽しもう      悲壮も絶望もあったもの     食い意地くらいが関の山    たちまち釣られてはしゃぎだす   それがあなたのすべてなら Ⅱ  ああ、そうであるならば   健坊はまだ分かっていないのだ    地獄の向こうの極楽を   たましいの果ての夢の国を    だあれもしらない無法地帯     すすき野の原にもひっそりと      明日を夢見る絶望が     哀しく鳴いてひそんでいる    その声を彼は知らない     闇の住人の優しさを…… Ⅲ たとえばそれは窓辺のお化け  くったくもなく踊っている   人には恐ろしく見えるけど    酔いどれのピエロにはまた違う   風景にさえ思えては  うれしくなってまた酒を あおるような哀しみの  果てにもひそむ喜びを   健坊は決して知らないのであれば…… Ⅳ    それならきっとあの子には     灰化のお化けが見えとしても    すぐに教室へ戻れたなら   あわてて友達にお話したら  絶望を逃れるすべはきっとある だって、こころはなにかを勝手に覗いては  あれやこれやのゆがみやら   ひなびたこころへと委ねてみせる    哀しみ色したベールに覆われた     奥底のものまで見通して      恐ろしくなったりするけれど……     けれども、その冷たさに    触れることは決してなく   眺めて震えるばかりなら……  地獄を見るなどと述べたのは   わたしのロマンチックには過ぎなくて    灰色でもなくカラフルな     酒をちびちび飲むばかりの    男を眺めて驚いた   ただそれくらいのことならば……    それはカラフルな世界であり     ポンチにさえ通じる道であり      灰にもならず燃え尽きず       放心するような男がひとり      健坊はそれを見たのだろうか     こころを振るわせることもなく Ⅴ  つまりは健坊はわたしでも わたしの卵でもないならば  わたしの記した落書は   なんの意味をもつのやら……    ぐるぐる回って分からない   わたしは酔っているのだろうか Ⅵ  けれどもちっともだらしなく   思いをぶちまけることもなく    周到に鍵を守り抜いた     この人物が酔っているなどと…… Ⅶ      あなたがたはどうして指さすのだろうか     まっとうに生きるこのいのち    そろそろ次のレシートに   移ればそれは構成的な  事柄にさえ違いなく けれども今はあじきなく レシートに戻ればロンドでも  それを捨て去れば序破急の   まったくことなる結末を    迎えることだってあるわけで     どちらにしようかと迷うのだ    けれどもわたしは形式の   奴隷となって奉仕する  かのやからにはなれなくて…… Ⅷ 佳境に向かう落書きは  いわゆるサードシーズンの   体裁さえも捨て去って    疾風怒濤と突き進む     けれどもそれさえ入念な    ある種の形式であったなら……   それが酔いどれの  だらけた吐露でないとしたら…… 彼の創作とはいったいなんであろうか……  そうしてわたしは突き進む   前代未聞の領域へ    酒の力をお借りして…… 「飛翔」 よお、ひさしぶりだな   元気にやってたか  もっとも、俺には関係ねえがな    どうだ、俺様のこの珠玉の落書きは   誰もなしえねえ、ミラクルな境地だぜ    どだい、日本語じゃなくちゃ出来やしねえ     それでいて、日本人だって出来やしねえぜ  つまりは俺様がスペシャルさ    人格さえも盾にして   プラトン主義のお散歩さ     アリストテレスなんかくそくらえ    ソクラテスさえびっくりさ   おさな言葉を友として     諦観主義を斬りつける    ざっくばらんなやり口さ      その俺様が北限の     悲観のなかの妄想と       あるいはそれを盾にして      もてあそんでるまがいもの   ののしってなどくれるなよ     俺には俺のまことがある    それが正しいって知っているのさ     あんたがたは馬鹿にするんだろ    俺だけが正しいということは      つまりは対数の定理によって     俺ひとりが間違ってるって   横並びのたましいで     情報伝達しあってさ    おんなじ価値観で笑うんだろ      ずいぶん大した個性じゃない     思想がなくってエゴがある       ずいぶんあきれた意見じゃない      答案があって意志がない   誰一人知らない真実が     ひそんでいるなんて考えねえ    見つけたところで怖くって      本当だって叫ばねえ     守り抜こうって思わねえ       信任するものがなにもねえ      おっかなびっくりの迎合さ   誰あれも知らねえところから     新しいものが芽生えてた    たとえばそれは文学の      息吹であることだってあるのさ     未来を委ねることだってあるのさ       どれほど解析を加えては      親身になって寄り添わなくっちゃ   俺たちそいつを見抜けねえ     だから本気の血みどろに    まみれながらも歩みゆく      ただそれだけがたましいの     生きる意味じゃあねえのかって       今なら言えるそれだけの      ロマンチックなひと言さ    俺様はそろそろお別れさ      カレーオカキも終わっちまった     勝手に検証でもしてやがれ       けれどもそれは誰それの      意見じゃなくって筋道の        一本かよった証明の       すがたでなけりゃあ意味がねえ    そうでなければにせものよ      互いに手と手を取り合って     お友達ごっこでもしてやがれ       たったひとつ譲れないことがある      譲れないから誰とでも        手を握れねえこともある       だけどもそんな奴だから         きっと本当の大切と        出会えることだってきっとある     じゃあなそろそろお別れさ       すっかり気力も品切れさ      生きて会えたらいつの日か        本物どうしで語り合う       酒を夢見て生きるのさ。 「次の落書」 Ⅰ     たすけてたすけてと言ったのに     だあれも助けはいたしません     だあれも助けはいたしませんのです     この世はむなしさの連続です     生きていることはまぼろしてす     はかないばかりの幻想です     死にたいばかりの明日です  次のレシートの落書きである あなたは断層に見まわれる  先ほどのトーンとの断層に   けれどもそれはフェイクである  わたしはあえて正反対の   精神を込めたレシートの    探し出しては落書を   ここに記して見ることを    前の終わりに思いつき     連続的に提示した    だから断層は見せかけの     故意の断層には他ならず      いびつな構成をもくろんだ     あるいはそれは構成の      崩壊をさえもくろんだ       とはいえ普遍や構成と      即興や即時のつかの間の       しどろもどろの波形とは        両立するやらしないやら       わかりもせずに突き進む        つまりは千鳥の足並みと         酔いどれにさえ一片の        帰巣本能は働いて         右往左往の道のりも        はるかかなたより眺めれば       一本の道をよろよろと        向かうカタツムリのようにさえ       舞うかとみせて葉の先へ      向かうすがたにも思われて       つまりは頼りない道だけど      それが目的であるならば     わたしのたすけてのレポートは      あながちそれとはぐれない     不規則ながらも調和する    一片の真実には他ならず     記したままに進むのだ Ⅱ  それにしてもこの落書きは ある程度まではコメディーの  詩型にさえも耐えられる   滑稽をさえ奥底に  内包してはいないだろうか   それなのにああ、度し難い……    あなたがたはそれをどこまでも   情緒的にのみ推し量ろうとする    きわめて愚鈍なことである     それでなくても間投詞や    意味をなさない「え」や「あ」らを     会話におぎなう愚鈍には      辟易するような近頃の     情緒ばかりが肥大して      理性に奏でることのない       愚鈍にみちたたましいよ      つまりはわたしの敵であり       わたしを殺したものどもよ      おめでとう、あなたがたよ     大切なものをすべてみな      自ら奪い去ったものはあなたである       あなたは人にもそれをした      おめでとう、だからあなたよ       あなたは人を殺しもした        そうしてまた殺されようと       震えて怯える人がいる        さみしくなって震えている         それはあるいはあなたがたの        かつてのすがたであったかもしれず         そうであればこそなおのこと          あなたがたはそれをさげすんで         どうにかそのたましいを引きずり下ろし          あなたがたの仲間にしようとする         そうしてこんな「たすけて」の        落書を見つけては嘲笑する         虚弱体質とののしるばかり        その場に提示された理由さえ       推し量るほどの思考さえ        麻痺してはまたはしゃぎだす         それならそれで結構と          わたしもうなずいてやりたいが…… Ⅲ  あなたがたのせいで 今苦しんでいる人がいる  虐げられている人がいる   その人たちはもっと真剣で  もっと懸命で、あなたがたのように   たやすく嘲弄を加えない    もっと懸命に判断して   それがために苦しくなるけど    そのことにしかたましいの     まことはないって信じている    愚かなくらいの一本道     歩き続ける馬鹿がいる      それがブームじゃいなんて     それってまるで意見じゃない      意見がないからブームみたいに       お隣に合わせてはしゃぎだす      その延長線上にあなたがたの       すべての真実が宿っている      けれどもどこかにあなたがたに     虐げられた人がいて      毎日毎日をなみだしている     わたしはたったひとりの誰かのために    ひとりぼっちのあなたのために     すべてを敵に回してでも……    だからわたしは戦わなければならない   融通の利かない道だから    それを信じるものとして倒れるまでは   わたしは戦わなければならない  いつしか窓際には灰化した   お化けがふわふわとただよって    それでも戦うそのすがたを   しっかりと眺めておくがいい    隣の屋根の上の……健坊よ…… Ⅳ きっとあなた方は怒るだろう  それから嘲笑もするのだろう   ここまで韜晦を突き進み  煙に巻いたといきり立つだろう   わたしはまことを述べたのである    こころは静寂のうちにある     酔ってはいてもまろばずに    たましいはすっくと立っている     聖職者ぶった偽善者と      ののしるような声がする       それなのに宗教家どもは      わたしのエゴを糾弾する     ああ、勝手にしたまえだ      わたしには、誰も彼もが       それな声を上げるすべてのものが      どれほどのエゴイストだか分からない       怖くなって逃れては        ひとりでぽつんと籠もっている         だらしなくて駄目である        けれどもきっとそのなかに         わたしだからこそ知るという          あのつかの間の理念が流れたとき           ああ、俗物よあなたはきっと          動物の個体を守るべき本能に        すがりついてはなみだする         憐れな幽霊にはほかならず          真っ白になってふわふわと         落書しているふりをして       それでも生にしがみつく        その醜態を捨てきれず         これな落書を加えては        いのちの証を立てるのか Ⅴ たすけての詩には  電話番号がひとつある   不思議に思って眺めると    ああ、これはあの時の     初めのレシートの片隅に    そっと示されたものだった   けれどもやはり分からない  これは誰のものなのか あるいはここに掛けたなら  わたしのろうそくは契約の   時でも終えて果てるのか    けれどもあるいはそうでなく……     もしどこかにないている    あなたにそっとつながって   わたしがなぐさめをかけたなら  あなたのほほえみがこころのうちに 広がることもあるだろうか  ああ、あまりにも甘ったるい   センチメンタリズムへと陥ったものだ    わたしはそれを丸めては     追求もせずに捨て去った      ロマンチックを信じるほど       わたしも幼いたましいを      保ち続ける訳でなし     現実ばかりが味気なく    ぷかぷか浮かんでやりきれない   だけでもあなたがもしこれを  眺めて慰められているならば   あなたはちょっとかわいそう    わたしに近づいた感謝よりも     申し訳ない思いで一杯です      そうしてなにもしてやれない       せめて旗でも振りましょう        フレーフレー         ずいぶん馬鹿な思いつき          むしろわたしは本気なんだ         稚拙だなんてののしりながら        高尚を叫ぶ虫けらの       俗物根性から抜け出して      手を取り合って歩きたい     そうして互いに本当の    大切だけを語り合いながら   生きていけたらそれだけが    いのちだろうと思うのです 「最後の落書」  それにしても落書は 明らかにほんの数日まえ  九月半ばに記された   真新しいものさえあるわけで  散文化されかけた和歌の 領域を模索したものらしい  思いも尽きた今さらに   それを語ろう意志もなく   ねえ離さないで、    怖いよ、あなた、どしゃぶりの     らいめいみたいな、こころどよめく   わたくしの時がすこし     流れてもう笑えないあの頃の    はしゃぎみたいな……      今はたそがれ……       秋の、終わりよ   くれないの 風に吹かれて     哀しみは ひと気もなくて       酔いのまどろみ 「フィナーレ」   わたくしはまだ  たくさんのメモの   残骸に囲まれながら  わずかにそっと嘆息する よくこれほどの落書を  次から次へ飽きもせず   やしない続けたものだねと  均質的なひと筆の   思いをつづったものばかり    まるであなたの     いのちみたいに あじけなく      枯れて行きます 思いばかりは  あるいはこれらを 夕暮れに合わせてそっと  たき火にでもしてみたら     落がきを      紙くずとして 枯れ葉さえ       あつめてぱっと 燃え上がる火よ  そうして見上げれば くったくはもはや風に飛ばされて  どこかへ消えてしまうのだった     一番星に      けむりの故を ゆだねれば       かなしみさえも 今はいずこへ  その時、空にのぼるけむりは まだなにかを夢見るみたいに  けれども叶わないあきらめみたいに   星の瞬きをめざすばかり    もうお化けの生きたあかしさえ     どこかへなくなっているのだった      ただ立ち上るけむりばかりが     まるであなたの生き写しみたいだ…… P.S.  レシートのなかに 「いりほが」とあるのは  小さな文字のボールペン   巧みにすぎて  かえって俗に陥ること   詮索しすぎてその的を    むなしくも外すこと     つまりは初めての    言葉を調べて写してた     ただそれだけのことだけど            同じレシートには     つたない発句が      殴り書きみたいに眠ってた       わたしにはそれが      いりほがであるとは思われず       安い感慨かとは思うけど        大切なものはひとつだけ       守られているように        信じられたのだった。       わたくしのものはどれほどの      たとえばロマンチックであったにしても       それは、クラシカルでなければならないのだと……     慎みも      書院の奥や         影法師 [後書]  2012年9月18日。   朝の8時頃から11時過ぎまでに記す。  叙述のうち、大量のレシートの落書きがあるように執筆されたのは虚構であり、実際はここに示された幾つかのレシート、およびノートなどの切れ端のみを処分するために、この怠惰の落書きは行われたものである。  おそらく、別のところを探せば、新たな落書きも存在するはずであるが、酔いどれのわたしは、たまたま手元にあった、幾つかの切れ端に、生命を与えることしか思いつかず。けれども今はそれも終わり、焼酎を割るための麦茶も尽きた。それからわたしは酔いきることさえ出来ないまま、酒を飲みたい気力さえ損なわれた。  肉体は衰え、精神は愚鈍へと帰るなら、酔うほどの感性さえ、もはや持ち合わせていないわたくしの、怠惰を記したこの作品に、どれほどの価値があるのか、それははなはだ疑問である。  けれどもまた、これほどの執筆はなおさら久しぶりであるし。わたしの底辺に静かに横たわる、灰化した詩情にも、まだ枯渇しきれないみどり葉が、たしかに宿っているのだと考えれば、深い悲しみのなかにも不思議なくらい、創作的な喜びも籠もるものである。  最後までつきあってくださったあなた、どうもありがとう。そうして軽々しく批判を加えて、つばを吐きつけてくれた、別のあなたよ、あなたに永久(とわ)の憎しみを込めて、今を終わろうと思う。    ひとりぼっちのあなたがいつも泣いているから     ひとりぼっちのわたしは太陽になりたくて      けれどもみんなの太陽にではなく     あなただけの太陽になりたくて      ただそれだけのためになら     世界中を敵に回してもいいと思ったのです      ただあなたぼっちが僕のすべてであり     あなたの幸福くらいば僕のたましいの      よりどころみたいに思われたのです       ひたむきは引き裂かれて      穢されるような毎日です       あなたはそれが苦しくて      なみだをながすこともある     わたしは気づくこともないけれど      ほんの言葉のなぐさめです     いつわりにさえ近いけど……       わたしはこうしてひとりして      がんばれがんばれと祈りながら       つかの間、旗を振りましょう      わたしの旗はよれよれで       しどろもどろの語りには      あなたはそっと憎しみさえも     感じることさえあるかもしれませんが      それならそれでよいのです     わたしにとってのあなたは抽象であり      あなたにとってのわたしは抽象であり       それは初めからそうであったことで      それならば、わたしがあなたに語った       あらゆる言葉はでたらめであり        つまりはわたしがわたしへと       語りかけたものには違いなく        こころの求めた悲鳴くらいの        同胞を求める泣き声くらいの       はかない幻にはすぎないのですが        けれども咀嚼はあなたです       読んだあなたの咀嚼です        わたしの思いはわたしを離れ       あなたの思い描いたこころのものへ      作り替えられてもそれでもなお言葉に       もし意味があるように思われるなら        わずかな救いにさえ思われたなら       つまりはそれがわたしの語りかけた        あなたへ伝わるべき事柄です [解説] 作品の構想は単純である  レシートやノートの切れ端に 断片化された言葉があり  束になって転がっていた  昨日アンプとスピーカーを   買い換えながらに部屋を掃除したとき  それらはなおも捨てられず   束になってとどめられた 疲れたままの部屋替えが  わたしを眠らせなかったとき わたしは束を処分する  かっこうのやり口を思いつく  つまりはそれがこれであり   これは仕組まれたものであり  怠惰ながらもプロットの   筋は保たれているのであり いかなる酔いどれの落書きも  はなからこのようになるわけもなく 局限するならこの詩編は  編み込まれたような言の葉の  出鱈目みたいなしぐさして   構造主義というほどの  立派なものではないけれど   ひと筋い道がよれよれと 続いているには違いなく  それこそまさしく全体を貫く ひと筋い概念さえも籠もるものか  あるいはそれはまぼろしなのか  けれども情緒を支えるべき   それな道しるべのすがただけが  本当の詩の価値ではないかとも   ひそかに思われてなりません。 (おわり)