[短歌] 怖いよ 枯れ野に浮かぶ あれはなに? ひとだまの 慕わしく舞う すすきかな 夕やけの 影もなくして 手まり唄 森に吸われ 闇へと消える 鴉かな 冷たさや 数えてもまた 足らぬかな [長歌] 父さん僕を   枯れたお声が     呼んでいる……  坊やあれは……    すさんだ野分の響きだよ……     だってピエロみたいに       ちろちろ笑って         燃えている……   坊や 坊や     あれは 野焼きの炎だよ……      違うよ。僕の名前を        はっきりと告げて          おいでおいでって……    坊や 坊や      あれは からすのお歌だよ       違うよ。僕のこころを         かどわかすみたいに           つかまえているよ……     坊や 坊や       こんなにしっかりと         つつんだ腕を見ておくれ       ここにいるのは私だよ。    ああ、怖いよ、怖いよ   こんな不気味な手のひらは……      坊や ああ坊や        父さんの顔を見ておくれ          しっかり返事をしておくれ    ああ、馬の毛だ、化け物だ   こんなの父さんの腕じゃない     僕は知らない間に捕まったんだ      坊や どこへいくんだ坊や        父さんを離れては雪山の       樹氷となって砕け散る         その鼓動さえこなごなに……     やだ、やめてよ、離してよ       父さん、父さんはどこなの、      やだよ、どいてよ、噛みついてやる        逃げなきゃ、だって、こんなのにせものだよ         坊や、坊や、          そっちは、そっちは駄目だ         どこへ行くんだ、坊や      やだやだ、追いかけて        こないでよ、本当の       本当の父さんが、手招きしている……    坊や、坊や     そっちは、そっちは駄目だ、どこへ行くんだ   ああ、本当の父さんが     立派な姿で控えてる。    ものばかりでなくたましいを      ひたむきに与えてくれる父さんが……  (さあ坊や     いつわりめかした父さんに    けがされた幼(お)さなたましいを      これからはやさしく暖めて        あれやこれやの思いさえ       惑わされないしっかりとした     ひたむきな本当の愛をわたしが    それはこの世のなかで      たったひとつの必要なおもちゃなのに     いつわりのがらくたで埋め尽くして       与えられなかった触れあいを      きざみこまれたぬくもりを        静かにそっとそそぎましょう)  ああ、そうだ、僕は本当に    あんなところに、生まれてなんか   こなけりゃ、よかったよ     ねえ、神様そうだろう。   (ああ、坊や      けれども父さんは     今ごろになって       慌てふためいているよ    何もしてやらなかったものが      急に消えたって騒いでいるよ)     ああ、もう僕は構わないよ       あんなにせものの父さんは      僕を失って本当にざまあみろさ        いい気味だと思うよ       きっといじめ抜かれて消えてから         被害者ぶってる奴らなんて        みんなあんな姿をした          にせものの父さんには違いないよ      だけどもきっと信じない        もうにせものにはうんざりさ       父さんなんて初めから         いなかったのなら気が楽さ……    (坊や、坊や       本当に、それが本心かい)   ううん、ちょっとやせ我慢     だけれどもあいつらに    いつわりの父さんにいい面を      これ以上させちゃいけないんだ     それが、社会のためなんだ        僕の我慢が貢献するのさ      幼くたって世の中の        本当に本当によくするすべを          自分なりに考えてみせるのさ     考えるからこそ        悪くもなるけれど       それで純真からは          乖離(かいり)しちゃうけど    だって、立派にしようと思ったら      どうしたって純真なんて     いつわりをかざしちゃいけないのだし       咎めることさえなかったなら         けがれまくった大はしゃぎじゃない        ちっともよくなんか          なりっこ無いじゃない     つまりは純真が       本当の立派なじゃないよ      僕はようやく知ったんだ        こころを穢しても本当を       探求する精神と、懸命に         考えて、それから行動する        バイタリティーこそがなによりの          僕らの、たったひとつの            本当じゃないかしら……   (でも、それを知ったばかりに      坊やはこうして楽園の……)   いいんだ僕は、それに生涯を     悟りもせずに、今さらおろおろと    右往左往するいつわりの      まがいものじみた父さんより……  僕はずっとはるかな本当を    生ききったように思えるのだから。   だから、あとはあなたの御腕のなかに、  安らかに、眠らせてください。 (お休み、坊や   坊やのために  静かな、静かな 唄を、唄おうよ) [反歌] 唄い止めて    墓地へ消え去る 鴉かな 手まり唄    かすかに慕う 彼岸かな