バイクの音

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バイクの音

長い冬の夜の中に
光を忘れた空が
渦巻くようにどす黒い
雲を押し流していく
何をしたい訳ではない
ベランダに這いだして
白い息に驚くみたいに
また来る明日(あす)を思う

もう夜明けも近いのに
眠ることすらかなわず
命の証しを残したいと
気持ちは焦るばかり
こころの中で渦を巻いた

かといってその焦りを
向ける場所も分からず
次第に寒さに怯えるように
眠くなるのを待っている

それでも夢の中をさ迷って
幸せはいったいどんなだろう
けたたましいベルが鳴って
闇に酔ったような頭がずきりと
痛むように起き出す明日
たまらなく馬鹿げたもの

寒さに軋んで部屋に逃れ
仄かな電灯をかざすみたいに
ノートを開いて次のページ
意味もなく言葉書き連ねて
寂しさに飽きるまで待っている

そのうち言葉も途切れて
体が重くもがれるみたいに
布団の中に隠れ込むまでの
小さな小さな時間つぶし
ふと気が付けば秒針が
前よりすこしだけ先に
進んでいるだけのこと

すっかり寒くなった
夜明けの寒気の影が
すこしずつ部屋の中に
染み渡ってくる
暖房を切った指先が
少しかかじかむみたいで
もうしばらくすれば
暖かい布団の中で
真っ黒な夢の中で
静かに明日の来るのを
待ち続けるだけのこと

記せば少しでも落ち着くから
思いが僅かでも軽くなるから
沢山の無駄な走り書きでも
心を慰めることは出来るのだから
今はそれだけでいい

小さな置き時計をひとつ
目の前にそっと備え灯せば
針の音は規則正しく安らかに
カチカチと時を刻み続けている

針が一回りするたびに
長針が僅かに震えて
ひたすらに累積されて
今日一日が過ぎていく
いつまで見つめていても
同じところを回っている
それなのに明日一日が
累積されて流れ始める

ほらまた細い針が
観覧車のお祭りみたいに
一番上を通り過ぎて
番号順に降って行くのだ
不意に早朝を告げる
新聞のバイクの音が
窓の外の遠くから
素朴に朝を伝え始めた

このまま次の日は
なお辛いばかりだ
もう眠ろう毛布の中で
もう眠ろう布団に抱かれて
夢を見ないように祈りながら
静かに眠りに就こう
誰もおやすみを伝える
相手すらないけれど
今はこの暗い部屋の中で
おやすみなさいとつぶやいてみる

作成時2008/08/03

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