敗北

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敗北

もしもなにか答えのあるような
世の中だったどんなにか僕たち
幸せに生きることだろう
もしなにか意味のあるような
生命だったらどんなにか僕たち
ゆたかに笑うことだろう
小さな透明な箱の中では
ガラスの見えないお人形が
まるで世界を我がもののように
自由闊達に踊り回っては
派手なジェスチャーで台詞など
大業そうにまくしたてる
そんな小さな箱の中で
なぜ人はそんなに幸せそうに笑うだろう

例えば君が人のため
社会で認められたって
例えば君が情を駆り立て
人々に感動を与えても
それを歓ぶはずの君がそっと
谷間に消えて無くなれば
いったい何の価値があるのだろう

だって何かもしもだよ
残された遺物にも作品にも
考える君はもう居ないのだし
記憶する人々だって
人々の長い連なりだって
あらゆる人の作り出した
歴史も言葉も愛も希望も
生命が誕生したみたいに
いつか消滅するならば
雨上がり前の泡粒みたいにして
ぱっとはじけて消えてしまうならば

大気が消えても
空が闇となっても
星々がまたたきを失って
優しい混沌が訪れても
僕達動物ほどの快楽の
知恵のない生命力の
営みに身を任せたまま
真実を心で受け止めず
ただ知識として受け流して
平然と無頓着にして
生きてゆくだけのものならば
倫理や社会や哲学のことを
懸命に考えた辺境の人々は
偽物の生命の営みを仮初め
狂ったように邁進した
人のまがいものに
過ぎかったというならば

おやすみなさい皆さん
今夜は月がきれいです
思想は思考の産物ではなく
思想は思考を自らの感情に
咀嚼して生み出された
不可解な人間というものが
過ちで生みだした無意味な
あだ花に過ぎないのだとしても
僕たち命の無価値を知っても
なお相手を殺すこともなく
僕たち未来の終焉を知っても
なお平然と笑い合って
随分秩序立った社会というもの
平然とおくっているではありませんか

それはなにも人の世に
感情を離れた真理があるからでなく
人の感情に合わせた偽りの
神のあずかり知らぬ思想に
支えられているだけなのに
人はなぜそれを推し進めて
思想で路の先のかなたまで
見通して心で受け止めて
自分を崩壊することが無いのでしょう

カントのあまりの馬鹿さ加減に
僕は随分涙したものでした
こんなにおつむがお悪くて
それが哲学者の姿だなんて
心の底から哀しくなりました
哀れで哀れでなりませんでした

プラトンのあずかり知らぬ法則を
勝手に彼の思想に陥れたままで
平然と発展する無意味な西洋の
ある種の哲学というものも
科学に廃れて意味もなく
漂っているほどの有様に
私は恐れおののくのです
それをアジアの民が今頃
西洋哲学なんて呼んでみて
馬鹿みたいに自分の思想もなく
教科書にして教えているのです

暗い闇の風を誤魔化して
さんざ歩いてみたところで
頭空っぽにしたままでは
三歩歩くのがやっとのこと
不意にまた心にぽっかり
思想と共に浮かんだこんな
苦しい絶望さえもきっと
ただの幻に過ぎないならば

まるで存在するように
安心しかかる僕の影も
本当はそこに何もない
投影された動画みたいなもの
思想の幻影にはっと惚けて
胸の中が凍りつくような
不思議の虚無に打たれながら
その虚無さえ何もない
その虚無さえ何もない
必死に心に言い聞かせて
そしていつしか消えるほどの
毎日が怠惰に過ぎていくのだ

それでもやっぱり
消えるのは怖くて
小さな幸せが欲しくて
小さな温もりが欲しくて
ぶざまにはい回る命というもの
心の中は乱れたままで
明日良いことが
きっとありますように

そんな言葉はきっと
思想を押しのけて僕のなか
感情が哀しくてひめいを
あげている証拠なのだから
僕は思想の敗北を認めて
哀しい心に連れ従って
終焉を恐れる魂というものに
すがりつくようにしてまた
明日の朝おはようの声を出して
一日分密かに進んでいこうと
そんなことも考えるのです

2008/12/13

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