最後の行為

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最後の行為

存在の証しが見つからず
虚無が胸を巡るとき
ぽっかり洞穴みたいな
闇に心が奪われるような
おぞましい恐怖に襲われて
気の触れた自分はきっと
部屋の中のところを構わず
見るもの全てを打ち壊し
破壊して回って肉体が
疲れて動けなくなるまで
発作のように暴れ回る

そんな夢を描いては
でも僕は握りしめたグラスの
赤く煌めくワインの香り
哀しく感じるみたいに
押し黙って見つめている
そのグラスを投げることさえ
何も変わらない馬鹿らしさに
打ちのめされて安っぽい
芝居のように思われる

変わらないと
小さくつぶやいて
明日のこと
明後日のこと
それからずっとずっと先
焼けた鉄道レールのように
味気なく間延びした路線の
果てに終着駅が見えるようで
何をしてもレールの上に
へばり付いているだけならば
必死に記した僕の言葉の
どこに価値があるというのだろう

そんな夢を描いては
グラスを床に置き去りに
オレンジに揺れる電灯を
哀しく感じるみたいに
押し黙って眺めている
この小さなノートを破ることさえ
何も変わらない馬鹿らしさに
打ちのめされて安っぽい
芝居のように思われる

何故人は笑うだろう
そんなことを記しては
呆れ返って破り捨て
しばらく惚けたみたいに
白線の上を漂っていると
それから不意に怖くなって
苦しい
助けて
恥も忘れて
そう大声で叫んだら
少しは気が晴れるだろうか
そんなことを考えながら
白紙を眺めている

沢山の昔がありまして
でもそれは今の自分とは
まるで重なりのない
不可解な思い出でありまして
本で読んだような記憶なら
もうそれが夢の出来事であっても
他人の記憶のすり替えであっても
どのみち今の自分とは
まるで重なりのない
不可解な思い出でありまして
綺麗に飾られた面影の中に
たたずむ自分の姿が
今はただ不愉快で
それ以外には何一つ
残された感情がないのです

郷愁も
懐かしさも
喜びも
悲しみも
希望も
憧れも
何もなく
ただ空っぽの
暗闇が浮かんでる
心を奪われたみたいに
感情を吸い込んで
闇が広がっていく
きっと食われて僕は
どこかへ消えるのだろう

もう自分はどうしたらよいだろう
辛うじて残されたこの指の動きを
願いにして残らず記し終えて
心に残る幾つかの文脈を
願いにしてかたちにしたら
せめて生活を保ぐらいの
命の糧にはならないだろうか
消滅を望むつかのま僕の心は
醜くも浅ましい生命力の
現実の欲求に戻されて
だからこそ僕らぶざまにも
毎日を安閑として首を振って
過ごすことも出来るのだろうけど

そして詩は崩れ去り
じっと留まる暗闇の
永久(とわ)に続けば心さえ
哀れにも崩れ去る筈なのに
感情はいのちを受けて復元し
ひとつの思いを結晶化するための
詩は哀れにも崩れ去って
だからこそ僕はこうしてまた
ノートを閉じては安閑として
明日を迎えることが出来るのだろう

今は考えても無駄なこと
迷い定まらぬ心のすべてを
言葉朽ちるまで書き連ねて
その行為以外に僕はもはや
なにもなし得ないのだから
誰かがやがて審判を下さなければ
埋葬されることさえも
僕には出来ないのだから

2008/12/18

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