紙の雪みたいに

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紙の雪みたいに

幾枚かは思い出みたいに
ファイルからこぼれ落ちた
切れ端に沢山の落書きが
もう何年過ごすだろう

それはまるで広告の
白い裏地に塗り込めた
紙背文書ではありませんか
初めの一枚はなんとある

「いつかどこかの景色には
知りもしないおとぎ話の
読みかけほどの気怠さが
日射しに驚き小説の
脇にかかった影を見る
僕の認知はなんだろう」

そんなに記してだらだらと
最後の落ちを眺めれば
夏の大気がなんたらと
呆れて私は破り捨つ
次の一枚はなんとある

「夕立色した水たまり
肩を透かして君の影
追い掛けたいな二人傘
声を掛けたいバスを待つ」

そのあと激しく雨が降り
最後の嘆きを眺めれば
雨が上がって家路には
君と行きたい風が吹く
呆れて私は破り捨つ
恥にも色はあるものさ

懲りずにさらにもう一枚
意味無き荒野がなんたらと
苦しき寂しさ退(の)けてくれ
そしてだらだら泣いたふり
記して一枚を浸すのだ
こんなファイルを大切に
塵集めする子供みたいに
束ねてしまった君がいて
哀しく眺めてなんとなく
破って棄てはしませんか
未練などは露もなく

さらにめくってもう一枚
酔ったみたいな殴り書き
言葉と模様の狭間にして
みみずみたいに動めいた
解読しながら読むほどに
ああこの人は駄目なのだ
呆れるばかりの詩がひとつ
言葉半ばに揺れていた

「友の帰りて席にひとり
ふいっと呆れてこの酒場
たわいもない身ぶり手ぶりの
笑い声ばかりが踊ってる
小さな無駄ということの
乾杯重ねてどこへゆく
美味しい酒をありがとう
真っ赤なおじさんその先は
壁であります振り向くな
ぶつかる先に笑い声
一際たかくにこだまする
月日はかように過ぎ去ろう
僕は勘定をまでも済ませて
ほほえみながら飲み干した
最後の酒の味さえも
忘れ加減に最終の
列車待つのはステーション」

僕は呆れて苦笑する
それからまだ後ろ側
すこぶる言葉が続くのだ

「話していること
黙り込んでいること
その狭間に立ちつくして
僕は何時でも惚けてしまう
追い掛けている時間のほども
人々の笑いの渦にして
いつしか僕は取り残される」

そうして後はもう
ほとんど読めないような
言葉をしばらく懸命に
辿っているうち涙など
流れるほどの価値もない
ただ愚かなる酔っぱらい
「助けて」三つが書いてある
破ろうとしてもう少し

「ありきたりの一期一会
故郷というほどの情けなら
誰もが心の芯にかかえこんで
本気であるなんて信じている
僕はおかしくてたまらない
君の狐に化かされたような
僕に騙されていたような瞳には
何が込められていたものか
そして君は僕の言葉の欠片さえ
理解しようとしないのだ」

たぶんそれは違っている
君の言葉など初めから
誰も知りたくもないほどの
酔っぱらいのたわ言で
胡椒塩振って饗すれば
これぞわたしの特別の
考え抜かれた思想です
あきれて逃げる友たちの
君は顔をすら知らなかった

「またたくネオンが寂しくて
僕は手帳を取り出して
書き記すほどに面影が
スナップみたいにとどまって
僕の命の証しさえ
つまっているようではありませんか」

つまっていたはずの想いなど
そそくさと心をすり抜けて
僕はもはや未練もなくて
その詩篇を破り捨てる
紙は細かく刻まれて
ちょっと高くすると
紙の雪みたいにして
溶けやしないだろうか
言葉に別れを告げるために

2009/01/08

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