解体新書

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解体新書

人と触れ合えない哀しみと
人を軽蔑できる歓びと
どれほど秤にかけたら
重心傾くものかしらと
涙もろくなった僕はこの頃
そんな馬鹿みたいなことばかり
波打ち際に思うのです

ヤドカリの浜辺にスラックスの
汚れも忘れて座り込んでみたり
波の靴音を確かめればずぶ濡れて
社会の裾はばなどを自分の両手広げて
大海でもがき苦しむほどじたばたしたって
ままならないほど歳月の流れゆくのみ
馬鹿らしくって呆れるばかりです

なぜ僕はいつもひとり苦しいのだろう
自分を愛するばかりに鏡を見つめては
自我のお化けみたいな笑顔を充たし
相手を平然とののしれるくらいの
ありきたりの崇高なる精神性
皆が実践してやまないという
その社会秩序の根本とやらを
どうして守り抜くことが
ひとり出来ないのだろう

苦しみの夜の積もるばかりでは
哀しみぼけの病魔に打ちのめされて
死を待つ若者のだらしなさ
ならばいっそ己の欲望のままに
たゆまぬ自己肯定にしてみたって
その欲望とは何のことやら
自分にはまるで見当もつかず
砂はころころと波とたわむれ
僕の足もとに行き交うばかりで
誰も本当のことだけはきっと
僕には教えてくれないのでした

ああ、また詩から踏み外して
僕は怠惰の乱文を弄んでいる
そうして打ち寄せられてみた
貝殻を探してまわるみたいに
妙な言葉かり集めましては
どんなコレクションをするのだろう

流れ出る川の結末だよ
ほら濁流が静かな砂浜にさえ
巨大なうねりみたいのたくって
ゆらりと蜃気楼じみて太陽の
差し込むあの向こう岸の先に
きっと理想郷があるはずなのに
こうして時を押し流すみたいにして
向かわせることを拒絶するのさ
それはいったい何故だろう

殴って勝つことの正義の旗よ
心殺して歓喜することの強靱さよ
雄叫びは言葉の品位をそぎ落とし
陳腐な符号となり果てたる時
馬鹿な学者がもっともらしくて
言葉は道具でありますと微笑んだ
相互に想いを失った言葉の
人工無能みたいな居酒屋に
ユニークな人だってお互いを
褒めあった生き物を知りませんか
麦酒はすっかり気泡が抜けて
〆の余韻に出された味噌汁の
貝殻は何時のまにやら表面が
どす黒く濁ってまいりました

そう、僕は多分まいっているのだ
灰色の空が毎日だらしなくしては
貝殻の声さえ忘れたみたいにして
奇声より先を知らない親のもとで
園児らは精一杯それを真似したり
五感を知らずに理解できるほどの
表層的情報の端末に溺れ果てて
親に教わった恐ろしい声で
乏しい会話を身に着けたものですから
可哀想にもう数年したらきっと
塾みたいなゴミ箱の中に詰め込まれ
貶められてしまうにきまっています
そして何もなし得ず
娯楽を求めてさまよい歩くのです

本能
人は誰でも
それでいいのだと
保証されたい

泣いても怒っても報われない
殴っても蹴飛ばされても変わらない
時計の針みたいに似たような道筋の
刻みが演繹されてついに証明がなされ
答えに辿り着いた時の味気なさ
その時君の電池は切れることでしょう

誰かの腕の中で
何の心配事もなく
ただ美味しいものだけ
毎日食べてばかり
そんなのが味気ない
社会に生きて行くための
唯一の希望じゃなかったろうか

だってお前は馬鹿だ
なんだって世界一だとか
最高比類無き新記録だとか
売れっ子の某(なにがし)参上せりとか
そんな取るに足らない一文を
懸命に追い掛けて血を流し
とうとう見た目だけを
血眼に追い求める始末
ちょっと他のことさせてみたら
驚くほどこれまた何も出来ないのです
学生の将来の希望
未来一覧表
誰かの希望?
おかしいや
メディアに作られた
学校に作られた
雄叫びの親につけられた
まるで偽物の情緒みたいだ

蟹がささっと僕を馬鹿にして
浜辺を横切る西日の前で
ああ蟹が通りすぎたねえ
僕は暮れかかる夕凪の
滲んだ空を眺めている
鳥はあがったりさがったり
舟は過ぎたり戻ったり
海は揺れたりまたたいて
次第にオレンジになりました

美しい貝殻を
見つけたいと想います
心はすっかりすすけて
最近は人の声を聞いても
泣きたくなるばかりです

あーあこんな小石みたいにして
砂に嵌(は)まって沈みこけたみたいな
不器用な小石みたいにして
感情もなく丈夫にして毎日を
自分におののくなんてぶきっちょな
失敗もせずに堂々として毎日を
生まれてこのかた致さぬほどの
正統でかつ心強い
本質ではなかったのでしょうか

なんと情けない情緒なるや
永遠に無機質の輝くを求め
気が付けば喜怒哀楽という名の
四方向にしか心の羅針盤
向けられなくなった最果ての
野原で人は己の肉体すらも
棄ててはしゃいでみたものです
されどたがいの心はすっかり規格品
固有の名前すらもはや車体番号の
お飾りに過ぎなかったのであります

ああ言葉の羅列の何と無意味で
何と味気ないものなるかな
それでも僕は寂しくてはまた
ただ夕暮れが寂しくてはまた
何かを求めているばかり
本当の記せないほどの心持ちが
叶わずのかなたを期待するばかり
沈みゆく光に手を合わせ
命のありがとうなんて
そんな言葉は出てこないのだ
ただ何十年か過ぎて
昔にくったくもなく
眺めた海へゆく街道の
連なるような車道はきらきらと
たわいもなかったあの頃の
歓びはなぜ続かないのだろうと
そればかり思ってみるのです

P.S.
拝啓、無能の学者さま
1億以上の蟻の国に
蟻の一匹が喋ろうと
蟻の一匹が押し黙ろうと
はなっから意味など無いこと
その延長線上に記して
黙って死ぬ者の嘆きなど
はなっから意味など無いこと
そのぐらいの演繹
お前には出来ないのか
そして僕は失笑する
だって出来ないことだけが
それだけが人の哀しいくらいの
命の証しではありませんか

2009/1/24

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