正統主義

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正統主義

お酒を飲んだときばかり
穏やかな心で満たされるのだけれども
それ以外のいかなる時にも
不安以外のなかりし夜な夜なに
僕はなんだか指先がぶるぶると震えたり
不意に窓ガラスを打ち破ってみたいような
悲しい衝動に駆られたりもするのですが
どうにか自らを押さえつけるのでした

生まれてから一度も本当のことを
語らう人もあらぬ長い年月を
僕は必死で役者みたいにして
無難な会話で平穏無事に
されどもこころのなかはいよいよぽつりと
長い真っ暗な道を歩いてきたものでした
僕は今までよくも崩れきることもなく
ズタボロのボロ雑巾みたいな有様とはいえ
生き延びてきたことだけは感謝で満たして
社会でなくただただ僕を包む自然に対しての
ささやくくらいの感謝で満たして
それでも僕も人には違いなく
そのくらいで幸せを得ることは
決して出来ないのでありました
だからといって誰と話したところで
僕はいつも苦しめられる一方で
本心はいつも誰の言葉も理解しがたく
疲労感ばかりが詰み重なれる一方で
だから僕は今さら誰に対しても
憎しみと呪いの言葉くらいしか
こころのなかには思い浮かばずに
とぼとぼ歩んで行くばかりなのです

例えばあなたが僕を見かけたからといって
僕には声を掛けない方がよいでしょう
巻き込まれて不愉快な想いをばかりに
互いにするのは得策ではないのだから
ただそれだけをあなたにそっと伝えて
それからまた僕はひとりで毒づくのだ
あらゆる人々を藁人形ほどに呪いながら
けれども酒のかおりはそのような行為さえも
虚しく思わせてくれるのであるならば
僕はやがて彼が僕を害するにしたところで
ただ唯一の友を酒と定めて
残り僅かな悲しい余生を
とぼとぼ歩ききろうとは思うのです

多数が正統なわけでもなく
少数が邪道な分けでもない
多数がとち狂うことはあまりに多く
それが歴史を生みなす力でもあることを
それでいて常に少数のものを迫害し
ひたむきなものを苦しめるのであるとするならば
あながち手首を切り裂く者どもの
苦しむくらいの世の中だってきっと
ただわずかばかりの真面目さにほかならず
享楽の笑いをのみひたすらに奔走するものと
ほとほとどちらが狂っているのやら
強権力はいつでも手に負えないものなのです

僕らにとって多数が過ちであるとき
震え合う少数は悲しくも殺されかけ
民族問題の弾圧などないそれは島国の
その実もっとも恐ろしい弾圧の仕草であり
たとえばどのくらい下等を極めた人民の
なれの果てにあたまを叩いて笑いを取るときに
吐き気をもよおすのが当然のところを
それを食い物にして笑い転げるくらいしか
出来ない生き物が世の中を謳歌したとき
それがもし国家構成要員の多数派であったなら
少数のまっとうなものは精神的に弾圧せられ
その国の人民大多数は世界に向けて悪臭を放ち
ほとんど狂っていると言って
差し支えないと僕は信じるのです

こころ苦しきわずかの人々よ
あなた方は決して間違ってはいない
僕はそれだけをただ、あるいはたったひとりの
同士のためにでもそっと言っておきたい
千の嘲笑が僕らに降り注ぐだろう
だとしてもあなたの苦しみのためだけに
僕はそっとささやいてみたいのです
あるいはそれがあなたに対する
ほんの小さな支えにでもなれば
僕自身とは何の関係もなくなった
中立的な言葉の断片さえも
まあ生きた証しくらいにはきっと
なるとも思うのではあるけれども

2009/8/10

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