心残り

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心残り

真っ暗なんにも見えない洞穴の
さ迷い疲れた奥底のランプはもう消えた
叫んでも叫んでも跳ね返ってくるものは
自分の声ばかりであるのが恐ろしかった

朝だか昼だか真夜中なのか
どこ向く足かも区別がつかず
それでも爪先必死に繰り出しては
擦りむけた靴底からは血さえ滲み出し
ここまで辿り着いたものだった

ようやく見つけたわずかばかりの
地上の隙間へと僕は走り寄った
背中に丸めた麻縄を握り絞め
石を結んで投げては投げては
まるで惨めな闇の釣り人みたいな
助けを求めて声を張り上げた

自分の鼓動さえも今では辛くって
敏感に震える恐怖に怯えながら
懸命に投げ出して誰かひとりくらい
地表の人々の瞳に止まってくれたなら
僕もようやく助け出されはしないかと
もう何度も何度も紐を投げ出すのだ

その度にカランと響く地表の乾きを知って
その隙間明かりから朝の息吹を感じ取り
久しく知らなかった季節という喜びさえも
ああ、そうだ、ようやく初夏の香りさえして
ひかりの世界では楽しい笑い声や
屈託のない無駄話が繰り返されて
人々は穏やかな愛情を信じて
つつがなく暮らしをするのだろう

なのにどうして僕はこんな闇の中を
這いずり回るような惨めな姿を晒し
足はくたくたでどこへも歩けなく
食べ物すらも今こそ失いかけて
泥水をすすってようやくいのちを繋ぎ
それでも生きたいようって鼓動ばかりが
ぶるぶる震えるみたいにしてなみだを流している

僕は何度も何度も石を投げ出して
地上の誰かひとりくらいは掴み取らないかと
それはもう腕が棒になるくらいまで
手のひらの豆が赤くにじみ出すくらいまで
疲れてもなお早まる自分の鼓動に怯えながら
繰り返し繰り返したぐり寄せはみたのだけれど
外ゆく人は僕の意味などまるで知りもせず
足早に通り過ぎるばかりなのでした

きっと僕はここで埋葬されるのでしょう
地上のすべてを呪いながら
僕はここで丸くうずくまるのでしょう
生まれてきたことを呪いながら
見ひらく瞳を今こそ忘れ去るのでしょう

僕はいつしか骨のかけらとなって
はるかかなたのいつの日か
しがない探検隊に発見せられ
僕の思いはもはや虚しくなった頃に
ようやく日の目を見るのでしょう
浮かばれない僕の絶望の悲しみも
この断末魔の苦しみすらも
もう何も込められてはいない
僕の残骸だけとなって見つけ出されるでしょう

僕はもう誰にも助けてくださいとは
必死に紐を繰り出したりは
するのをやめにはしないだろうか
そしてせめて惨めを噛み殺して
人としての最後の尊厳を持って
静かに今を終えようと思うのだ
ああ、泥水が口に混ざって苦いや
僕にだって、小さな誇りくらいは
人として死にたいくらいの
誇りくらいはあったのだけれども
今はそれもどうでもいいくらいに
かすんでゆくようにも思われるのだから
さようなら
僕もちょっとだけ
幸せが欲しかったなあって
それだけがせめてもの
心残りに消えてゆくのです

2009/8/14

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