あなた見たことがありますか

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あなた見たことがありますか

あなた見たことがありますか
真夏の真昼間の灼熱の日ざしのなかに
見あげた窓辺が洞穴の奥底みたいな
闇に包まれたその瞬間を

いえいえ僕はなにも金環日食の
思い出話をしている訳ではないのです
それなら僕だってどれほどお気楽な
ものかもしれやしないのですけれども

冷や汗出るくらいのぽっかりで
暗闇は視界を覆い尽くすらしくて
原色の柔らかさのままに絶対零度の
瞬間冷凍に処されるみたいなもの
午後の世界が覆われたあのひととき

随分惨めな思いばかりしてきました
もはや何ものをも肯定できないくらいに
湧き出すほどのつかの間の愛情すらも
まるで肯定できないくらいにして
僕はすっかり干からびちまっているのです

あれはたしか僕がまだ
なにも恐れ知らずの腕白と
高を括って歩きまわっていた
夕暮れの森なみのことでした

足を引きずるみたいにして
干からびた乞食がへらへらと
棒きれひとつで僕に向かって
不思議な予言を残したのでした

その不気味なしわがれ声に
僕は随分長いこと悩まされ
夢のなかさえあの日の場面を
思い出さずにはいられませんでした

奴はそれほどたいしたことを
僕に言い放ったわけではありません
ただ夕暮れを呼ばう暗がりにあって
へらへら笑う姿ばかりを焼き付けて

「お前は俺のことを軽蔑して
負け犬みたいに眺めていやがるが
俺はお前の歩むほんの先から来た
やがてのお前に他ならないんだ
焼き付けろ、これがお前の未来だ
焼き付けろ、夢も希望も破れた姿だ
崩れ落ちそうにへらへら笑う
やがてお前は俺の姿だ」

それから惚けたように突っ立つ僕を
もう構うでもなく森の奥底へ
闇の住人ででもあるかのように
のっしのっしと消えていったのです

僕は何時までも忘れませんでした
そうしてなんだかそれがきっと
世のつまらない現実の何もかもであって
僕ら願いの妄想やらまぼろしこそがきっと
夢やら希望とかのいつわりで満たした
下らない蜃気楼のようにさえも
もはや思われるような気さえし始めたのです

すべては予言者へと成就しました
僕はこんなに干からびちまって
以来というのは逃れであるなら
あの乞食に会うずっと以前より
僕はやることなすことどれもこれもが
箸にも棒にもかからないような生涯を
生まれたときからとぼとぼ歩きまわる
一塊のナメクジにすぎなかったらしいのです

そうしてだんだん衰えて
瑞々しささえなくなって
だんだんあたりは暗くなって
そうしてある時ぽっかり浮かぶのです
こころに不思議な真っ黒の
闇がぽっかり浮かんだのです

あなた見たことがありますか
真夏の真昼間の灼熱の日ざしのなかに
見あげた窓辺が洞穴の奥底みたいな
闇に包まれたその瞬間を

それは罪なき人を断罪する
不条理という名の真実の
誰も欲しがらない果実のようなもの
それが見えてしまう僕らと言えども
それは感性でありこそすれ決して敗北では
きっと無いのだとは思うけれども
僕はもうそいつに打ちのめされて
ここから這い出せそうにありません

さようなら、おげんきで
そろそろ終わりにしましょうか
なんだか僕は近頃は
夕陽ばかりが哀しいのです

2009/8/24

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