悲しむほどでもないけれど

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悲しむほどでもないけれど

何を悲しむでもないけれど
近ごろ指先震えます
ペンを持っても震えます
ナイフの先も揺れるのです

何が理由でもないけれど
近ごろこころが震えます
目ざめるときさえ震えます
朝日に驚くくらいです

月日はどしどし流れます
顔を洗ったその水の
威勢ばかりに名残など
留(とど)めぬくらいに流れます

何を悲しむでもないけれど
慌てて手のひら掬い上げ
果てなく過ぎゆく水道の
時を掴もうとするのです

何が理由でもないけれど
留まることなき冷たさの
極みの無常を噛みしめて
捻った蛇口は茫然として
ただ立ちつくすばかりです

私は人がこわいのです
動物みたいでこわいのです
ちょっとにこにこしてたって
さいころ転がす感情の
犬猫らしさがこわいのです

こんなに小さな部屋のなか
いまでは気力も損なわれ
ずいぶん無理さえしたけれど
報われなかった一方で
夢とか希望とかさらさらと
流れる気配はこころにおもく
私は床に転がるばかりです

その時です、私の気だるい耳奥の
鼓動の響きがばくばくと
いびつな太鼓と血を送る
生暖かさにはぞっとして
いのちの本意を悟るのです
床のまわりは何もない
瞳を閉ざせば音さえ消えて
荒野を踏みしめるばかりです

それでも他人はこわいのです
動物みたいでこわいのです
ちょっとにこにこしてたって
さいころ転がす感情の
犬猫らしさがこわいのです

けれどもひとりもこわいのです
ほら穴みたいでこわいのです
小さな観葉植物の
葉っぱをなでて精一杯
愛しく思うようなこころさえ
覗くと真っ黒でこわいのです

私はずいぶん生きました
人なみ苦労もありました
こころもからだも弱り果て
抜け出せないまま泥沼の
もがく仕草も今はもはや
夜ごと苦しむ一方です

同情が欲しいわけではないのです
それはまるで偽りなきこころです
私は同意も憐憫(れんびん)も求めはしない
けれども批判はなおさら求めはしない
憎しみなどは顔さえ見たくない
ただただこの小さな部屋のなか
ぽつりぽつりとひとりごと
廃人みたいに繰り返し
こころが壊れるその日まで
落書きばかりが毎日です

2009/9/4

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