手招きの歌

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手招きの歌

悪魔が手招きしてますね
僕に死ねとおっしゃるのですか
血管がこんなに太くて青白く
浮き出て不気味なくらいです
赤い血潮がこの中に
流れていると思えば哀しみも
夕焼け色かと思えるくらい
懐かしいような気もいたします

こんなに晴れてる日ざしにも
悪魔が手招きしてますね
僕に死ねとおっしゃるのですか
懸命に生きてきたものを
もう終わりにしろとおっしゃるのですか
まだ喜びの一つも知らないくらいの
僕の一生が無為に消されゆく
そのばかばかしさを糧として
あなたは喜び浮かれ騒ぐ
みすぼらしくされた僕の敗北を
あなたはそんなによろこぶのです

なんでまた悪魔なんぞに
見初められてしまったものでしょう
生きながらにして幸せの
意味ばかりに楽しみにして
僕ら一人一人精一杯の
歩く仕草さえ不平等で
なんで価値なきものどもの
巷に溢れて歎くのでしょう

ちっぽけな虫けらなのに
路傍の石ころなのに
それはもう浜辺の砂粒の
かけらの一粒に過ぎぬのに
僕らどうして自分のことばかり
星の煌めきみたいに
神々しいもののように思い込むのだろう

ある子が幼い命を散らすとき
何も知らぬ五万の人々の
町並みの下らぬ嘲笑を
ひとりの労働者が職を失い
高きビルディングの屋上に
今飛び降りんとする人の
悲しき影は舞い降りる

それを眺めた蜘蛛の巣の
真っ黒々の悪魔どもの
されどまるで事務処理みたいに
用件を片づけて笑いもせずに
現代は颯爽として過ぎるのです

ホテルの窓辺の町明かり
ぽつりぽつりと散るような
夜更けの灯しは消されゆく
不思議にそれを眺めてた
僕は幼きおもかげを
今だ忘れずにいるのですが
それが事務処理の悪魔どもに
なんの意味があることやら
僕にとってさえ今では重荷の
はるかかなたの思い出です

日の出がまぶしく照らすのに
悪魔は手招きするのです
夜明けを待って飛び降りた
下らぬ疲労の失職の
情けないほどの人生の
敗北さえも照らし出す
そんな朝日は人々に
何をもたらすというのだろう

僕にはすべてが分からなくて
命の意味が一つでも欲しくて
悪魔の手招きなど誰ひとりとして
欲するものなどいないというのに
それでもダレモガいつの日かきっと
目の前に真夏の灼熱の最中にさえも
娘の婚礼の幸福の余韻にさえも
しがない挨拶のひとときにさえも
そっと忍び寄るその手招きの
姿を見る日が来るのです
誰の心にも生涯一度の
真っ黒の姿が見えるのです

だからといって
…………
僕はどうしようも
…………
ないのではあるけれど
…………

2009/9/6

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