透明なまどがらす

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透明なまどがらす

糸が切れたみたいにただぽっかりと
浮かんだ灰色の雲がどこへかゆきます
真空に放り込まれて音を忘れたみたいです
叫ぼうとしても声になりません
言葉も湧いては出てきません
ただぽっかりとした悲しみばかりが
浮かんだ雲みたいに過ぎてゆくものなのです
真空管の鳴らせるみたいななぜだか暖かい
不思議の音色(ねいろ)さに酔いどれるみたいにして
鼓動が鼓膜にまで伝わってくるのです

リフレインでもなされるに決まっていると
あなたはまたいつもの定石でもって勘定して
先読みをなさったって駄目なのです
僕だってときどきには不意を打ってみたり
ただしんみりと紡ぎ出された羅列でもって
話すことなしと申しては落書きを加え
これは甚だしい偽りには違いないのですが
しんみりとして空っぽの部屋の中が
灰色に染まっていくのは恐ろしくて
まあ落書きにちょっとしがみついては
拗ねてどなっても見たくなるのです

詰め込みすぎて営みを忘れちまった
人でなしには生きるすべすらなくて
ただ憎しみでこころを閉ざす一方で
白色電灯のつまらなそうなグラスには
水の半分ぐらいは焼酎で引き延ばしつつ
涼しさにも別れ得ぬこおりの親しさと
だらしなくして飲んでいるばかりです

桜桃だってさ
なんでもかんでも
夫婦の悲しい物語で
食べたくもないけれど
不味そうに食べては
種を吐きますだなんて
それはいったいいつの小説か
あんまりよくは思い出せません

古代ローマもアメリカも
ウバリトも夏王朝も
人々の本質の営みの
まるで変わらない愚かさを
教科書咀嚼くらいの知性虚しく
人は優れたる今をばかりに
信じ切っては嘲笑きわめ
誇らしげに論じ立てるばかりです

ぽっかり浮かんだばっかりに
千切れゆくのは秋の雲
ほっこり湯気さえ立つものは
湧かしたままのヤカンの湯
始めはちょっと熱燗を
こころざしたを忘れてた
慌てて消したら悲しみの
ほのうは青く揺らめいて
ふっとどこかへ去りました

さりげなくレトリック
するのも存外馬鹿らしく
独りよがりの象徴も
あなたは意味さえ分からない
不意にどこさえ怖くなり
窓のガラスを二度三度
どしどし叩いて見たものの
何も変わらぬ空の雲
ぽっかりぽっかり流れては
自由な世界を渡るのです
ぽっかりなんて間の抜けた
ひとことくらいが本当は
この詩の底の底の底
祈りのようにこだまする

愛とか友とかいうんじゃなくて
希望とか情熱とかいうんじゃなくて
ただ思い煩うわずかなことは
僕らの目的はどんなだろうか
なすべきこともあればそれで幸せの
なにものもおのれには宿らぬを
さりとて交互に誰も得知りもせずに
なぜこれほどの人並みは和やかにして
幸福の尺度を誤ってはしゃくだろう
それとも僕のただひとり打ちひしがれて
思い侘びしく踏みにじられてしまって
もう本当の真っ直ぐな道を見極めるだけの
ちからが残されていないのであるならば
なおさらに僕は窓ガラスを叩くのだ
どうか出して下さい出して下さいって
そればかりを祈っているのですから

2009/9/15

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