お別れの歌

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お別れの歌

もうここがどん底だって思っても
生きている地獄かなって思っても
明日になるともっと下の方に
本当の暗闇が広がっていて
僕はそこから逃れようとして
懸命にはしごに手を掛けて
登ってはまた、登っていくのです

それなのに明日(あす)また見下ろすと
夕べいたはずの奈落はいつの間にやら
下にあるどころか僕のはるか上方に
真っ暗で場所なんか分からないにしても
確かに広がっているらしいのです
握った、はしごの感覚が冷たいのです

最近は何をしても恐いのです
人を見るだけで恐ろしいのです
毎日がひとりっきりの寒さで
いっそ凍えさせでもしてくれたなら
どれほど楽になれるかと思うのです
今も、心臓の鼓動がおかしいのです

人の肉体に限りがあるように
僕らの思想にも比類無き活動の
終着駅が確かに存在しているのです
そのプラットフォームに降り立ったものは
例えそれがほんの十代の少年であっても
もうそれ以上、生きていくことなど出来ないのです

それは悩みを繰り返すこころの営みの
右往左往とはまた次元の異なる事象であって
いわば肉体をつかさどる砂時計みたいな
思想的な帰結点には他ならないのです
その帰結が生涯の帰着点よりはるか前に
置かれることが、たちまち地獄を呼ぶのです

そのことを、あなた方は永遠(とわ)に知ることは出来ません
あなた方の帰結点は人生の遙かかなたにあって
決して向こう側を覗くことなどは叶わないように
うまくコントロールされているのです
ですから、動物的な喜怒哀楽と寄り添いながら
誰もが生涯の歩みを長閑に全うすることでしょう

毎日毎日、真っ黒になった夢を見ます
ただただ、闇に向かって落ちていくだけの
それでいて何の哀しみもなく
冷たい風が差し込むことすらなく
安らかに親しい奈落のかなたへと
緩やかに落ちていく、そんな夢を見るのです

僕は必ずしもそこから出られないと
決めつけている訳ではきっとないのですが
一度見てしまった、闇のなかに潜む闇という
不条理がこころの中に焼き付いたまま
笑う刹那にさえ、いつでもべったりと
こころにへばりついて離れようとしないのです

これ以上、僕は皆さんに暗闇の
案内をしようとはもう思いません
まもなく、すべての言葉が沈黙せられ
ただの恐怖の叫びに還元されるみたいに
奴はもうすでに人では無くなって
奇妙な動物へと還元せられる気配なのです

ですからそうなる前に皆さまに
さようならの挨拶をしようと思うのです
僕は詩人になりたかったのです
それは決して嘘ではありません
随分な努力だってしてきました
知識だって少しは得たのです

歌うほどの言葉がいよいよ花ひらいて
出来損ないのガラクタを突き破って
人様に見せられるくらいの作品を
ようやく奏でようとしているこの時に

歌うべき心はすっかり朽ち果てて
僅かな情緒の名残さえもはや
どこにも見つからないのは悲しいことです
それなのに涙すら出てこないくらいに自分は
干からびちまった末期(まつご)の姿をさらすのです

もう、お別れです、最愛のひとよ
僕は皆さんにこっそり言うのです
本当は愛なんてもうまるっきり
どこにも無くなっちまって……

もうお別れです、最愛の人よ
歌は間もなく朽ち果てて
僕は人でなしに落ちぶれて
本当の台詞なんか、もうありません

ただ、あなたの幸せだけを
これは嘘ではありません
さようなら
僕の……

2010/1/11

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