過去の絆

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過去の絆

こんなに目をつむれば触れるみたいに
あの頃は懐かしいくらいに横たわって
小さな物音さえも耳が驚くみたいに
こころの中に浮かんでは消えてゆく

瞳を閉じて幾つ指折り数えたならば
ぱっと広げた手はあの頃の僕の腕を
握りしめるような気がするのだけれど
なぜ僕たちもう二度と踵を返して
こんなにもリアルな過去の幻影に
辿り着くことが出来ないだろう

こんなに瞳閉じれば夢見るみたいに
思い出と未来とは溶け合ったままで
小さな囁きさえも胸に触れるみたいに
こころの中に鳴り響いては消えてゆく

瞳を閉じて幾夜夢を数えたならば
ぱっと開いた目はあの頃の僕の姿を
認めるような気がするのだけれど
なぜ僕たちもう二度と踵を返して
これほどリアルな過去の幻影に
移り変わることが出来ないのだろう

小さなまぼろしの形をして
話し掛けるあなたは誰だろう
小さな生意気な顔をしながら
気障に笑うあなたは誰だろう
随分おかしな言葉ばかり
並べてどこかへ消えてしまった

それは確かにこのような
言葉ではありませんでしたか
それは確かにこのような
言葉ではありませんでしたか

僕はずっとずっと座っていたよ
広い横並びのベンチの端は冷たく
僕はずっとずっと座っていたよ
誰か腰を下ろす人が居たならば
僕はあの空の澄み渡るかなたに
いのちの不思議が広がっていることを
朝から晩まで語り合いたいって
いつも思って座っていたよ
銀杏の公園は人影もなくて
人々はただ心震えるほどの
意志など持たずに街路樹の
向こうの方を歩いていたのだ

そうだったね
君の席はいつも忘れられて
僕は一人で考えていた
文化や豊かさの価値なんて
幾つものベンチに少しくらいの
人が好みつつ集まるくらいの
小さなまとまりの星たちみたいに
互いに瞬きあって生まれるならば
席取り合戦の子供の遊びみたいに
同じ席ばかりを皆が駆け巡って
そうして他の席は空っぽのまま
ペンキの色さえ剥げ落ちた

同じ席で同じ言葉にすがりついて
ひどく安心を覚えるくらいにもう
思想も意志も衰えてしまって
ただ離れるのが怖いばかりに
違う意見をどんどん消していきました

そうして一人ひとりと消えてゆく
人でない不思議の生き物になって
与えられた席に記された
その言葉だけを鸚鵡みたいに
谺するだけの淀みにも似た
灰色の虚ろな瞳となって
仲良く朽ちていくのでした

乏しい言葉を窮め尽くして
皆はおみくじみたいに生まれた
言葉も人の営みから生み出された
言葉も分からなくなってしまいました

だから驚くほど短いセンテンス
捕まえて信じられないような
雄叫びを張り上げるのでした
全体も文脈もないものですから
ベンチに記されなかった言葉を
手の届かないところで遠吠えして
まだ生き残った少数の人々の
逃げ延びたベンチに吠え立てるのです
そうして僕らはきっともう
どこへも行くところがなくなりました

だからあなた
僕らは僕らだけで理想の
生活を始めなければなりません
そうでなければもう一つ
破れて滅びなければなりません
でもそれはとても怖ろしくて
勇気の要ることのように思われて
僕もあなたも手を震わせて
それぞれのベンチにしがみつく

ねえ
僕らは互いに
ここで凍えたまま
死んでしまうのかしら

あなたはいつもそこで
ただ震えている弱虫の
情けない生意気ぶった
小さな少年に過ぎなかったけれど
瞳閉じればほんのわずか
その哀しみを救い出して
手をたずさえて見たこともない
あたらしい社会をきっと
作れるような気がするのだけれど

こんなに目をつむれば触れるみたいに
あの頃は懐かしいくらいに横たわって
小さな物音さえも耳が驚くみたいに
こころの中に浮かんでは消えてゆく

瞳を閉じて幾つ指折り数えたならば
ぱっと広げた手はあの頃の僕の腕を
握りしめるような気がするのだけれど
なぜ僕たちもう二度と踵を返して
こんなにもリアルな過去の幻影に
辿り着くことが出来ないだろう
なぜ僕たちもう二度と踵を返して
あの頃の寂しい日常から
自らを解き放つことすら
許されないのだろう

2008/12/12

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