ひとりぼっちの風景

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ひとりぼっちの風景

沢山のひとりぼっちの風景の向こうに
いまや黄昏のススキ野原が広がるような
夢ばかりにまどろんだ僕のいのちを
生まれながらに墓石に刻み込まれた
悲しき戒名のくびきからそっと
掬い上げてくれたのはあなたでした

沢山のひとりぼっちの景色は春さえも
夏にも秋にも悲しみばかりが募りゆく
灰色の世界しか知らなかった僕の魂は
なおもあなたのこころを蝕んで
柔らかな胸のときめきさえも
愁いなき愛情のひとかけらさえも
氷河に埋めるかとも思われた
僕は苦しくて逃げ出したのでした

なのにあなたは天使みたいに
僕の逃れる姿をまるで純粋に
ピエロを見るみたいに屈託もなく
笑ったままで僕を追っかてくる
あなたはどんな哀しみにすら穢されず
まるで僕の闇のことを日だまりのなかの
縁側の子猫でもあるかのようにたしなめて

それからやさしく包んでくれた
こんなに沢山のひとりぼっちの風景が
僕のこころには満たされたままなのに
あなたはまるでそれをセピア色じみた
楽しい写真図鑑か何かみたいにして
心地よい春風(はるかぜ)の中でみる
無邪気なお化け図鑑か何かみたいにして
ほほえみながらめくったものでした

意味もなくただ愛して下さるという
あなたに対して僕はどうしたらいいだろう
あなたにこのいのちのすべてを捧げ
穢れた想いの全てを葬り去って
安穏(あんのん)の毎日と二人のスナップを
こころに記す生活が僕にも出来ようか

沢山のひとりぼっちの風景の向こうに
いまや黄昏のススキ野原が広がるような
夢ばかりにまどろんだ僕のいのちを
生まれながらに墓石に刻み込まれた
悲しき戒名のくびきからそっと
掬い上げてくれたのはあなたでした

沢山のひとりぼっちの風景は
いつしかあなたで満たされて
僕はすべての意義を屑籠に
放り込めることのよろこびに
あらゆる屈託を裁断機に
投げ込めることのよろこびに
涙を流すくらいの純粋な
少年のこころをまだ奥底に

僕はまだ持っているのだろうか
こんなにもう黄昏のなかを
こころもからだもどす黒くて
穢れに塗りたくられたこの僕に
あなたを愛するということの
資格が残されているのだろうか

またひとつ荒野にぽつんねんと
セピア色した教室の白骨やら
おりの中の風景がこころに浮かんでは
あるいは話し掛けたとしても
交わるべき周波数のまるでない
不気味な世界に放り込まれた
僕のひとりぼっちの風景は
あるいは修羅の数億年の

ああ、これはにせ物だ
これはかつてどこかの詩人が
ちょっとめかして囁いた台詞じゃないか
言い逃れしてみてもきっと今はもはや
あなたへの、あなたへの本当だけを
こんなレトリックやら物まねではない
僕は懸命に伝えなければならないはずで
そうでなければもう二度と、僕は幸せを
幸せを勝ち取れないような気がするのです

……涙に濡れて朝が訪れ
それはまったく女の台詞であり
けれども男と呼んでも今さらなにを
からの威勢を頑張って見せたところで
……男だって涙に濡れて
それのどこが悪いのかも分からない
悲しいばかりが駆け巡るような
夕空はあっけらかんと燃えていた

雲がぷかぷか流れてて
太陽を焦がれて追っかける
ちょっと僕を揶揄してるみたいに
僕はあなたの顔を思い浮かべながら
屈託もなくほほえんで見せよう
だって、それが生きてゆくことの
たったひとつの本当ではないだろうか

明けの明星がソデに下がる頃
僕はひとりで君を思うよ
君だけを永久(とわ)に愛するとは
それはどんな理念なのかしらと
あれこれ考えてみればそれだけに
防波堤ばかりが高まってゆくものを
君はなぜそんなにも無頓着に
飛び越えて僕の手を握りしめ
一緒に笑いましょってほほえむだろう

なぜ、なぜ、なぜですか
こんなぐちゃぐちゃなこころの
僕のことをなぜにあなたは
無頓着に信任なさるのか
僕はたまらなく苦しくて
いっそあなたに抱きついて
ごめんなさいと叫びたい
そんな衝動をこらえて
今日もあなたを見つめては
さみしい気分をさ迷っていたのです

そうでした
君が不意に電話をばかり
平気な声でならすのは決まって
僕のこんな苦しい夜に限って
こころの悲鳴を読み取るみたいな
不思議な感性で僕のこころを
一手一手紡いでゆくような
わざの巧みに過ぎないとしても
僕にはもうどうでもよろしいのです
ただいつも、あなたのことばかりを
近頃はこころに描いているのです

どうしたことだろう
この僕としたことが
ひとりぼっちの風景のなかに
墓標に刻まれた刻印なんて嘲笑して
黄昏をさ迷って居たはずの僕のこころが
沙漠の真ん中で飢えに苦しむみたいにして
干からびかけた僕のたましいが
必死にあなたのこころを求めている

偽善を止して僕は本心を
あなたにそっと伝えたい
リビドーがどうとか愛情の
欲求がなんたらかんたらとかと
馬鹿なフロイトと後継者どもの
むかし叫んだのをこね回して
批判やら発展やらでたいそうな
こころの解析機でも手に入れた
思い込みの書籍が棚を埋めても
僕はちっとも信じない

僕の思いはいつもあなたのこころを
だからとて体のぬくもりを
だからとてこころなくしての
体ではありえないほどの
荒野のセピア色した哀しみを
逃れたいのは体ではなく
だからとてこころだけでもなく
さりとて震えるたましいの
切なる願いには違いなく
およそそれくらいが本当の
誰しもの夫婦の愛情であることを
解析機を自慢し合っている恥知らずの
心理学者とやらに分類の
自業自得のなれの果てを
打ち砕いてやりたいくらいの
思いは僕の中にもあるのです

ただ、僕は、それでも僕は
やっぱり、荒野のぽつねんとセピア色した
震えるかなたの住人であり続け
もしあり続けてこころ蝕まれ
それがもしあなたに伝わって
いつしかあなたの屈託のない笑顔を
僕の汚れた闇で満たすことになったら

辛いなあ
それは辛い
本当に辛い、けれども
本当ってなんだろう
流行とか、現代的とか
自己中心とか、他者本意とか
僕には何も分からないけれど
分からないけれどたったひとつ
僕の小さな小さなこころのうちに
あなたを願えば願うほど
願うほどに近づけないわだかまり
闇の住人である自分自身を
あなたに近づけたくないという思いが
燻って燻ってこころ震わせるのです

こんな露出狂の時代があって
露出狂がいつしか平常となって
羞恥の人が隅に追いやられて
やがてかの心理学者どもに
オプティミストを掲げた衆愚どもに
病名を付けられ抹殺されたとき
小さな良心はどこへ消えるのだろう

僕は今に生まれたのが間違いだらけの
取るに足らない愚か者なのでしょう
それはもはや分かりきったことで
かといって僕のたましいは間違いではなく
僕の大切なたったひとつの本当であって
あなたの幸せのプラトン的な真実を
追い求めてこの僕にだけはきっと
あなたに触れたいこころと
あなたに触れさせたくないこころと
真夏の突然の雷雨みたいにして
喫茶店でお茶を飲んでいる最中でさえ
あなたの前にこっそり震えている
それが、それが僕の本当の小さなこころの
真実なのだけれども……

できることならほほえみましょうか
すべてをありきたりにぶつけるあなたの
笑顔から離れるのは僕はつらいなあ
僕は、本当はあなたの肩を抱きたい
もうこのひと言で、かの心理学者どもが
待ってましたと大喜び、拍手喝采
四十雀みたいな、大はしゃぎ
プラトンの蒙昧を正すべし
そは順次欲求のマグマを源泉とし
純然たる精神的愛情の偽りは
揺るぎないと叫び続けることでしょうが
それでも、僕はそう、はっきり言いましょう
神とて、相手を抱きたい瞬間の
欲求あらずしてなおかつ存在すること
抱き締めることと性的欲求は
数式のイコールでは括れずに
だからこそ人は人のなかの曖昧と
面白みの波間を漂うのであって
お馬鹿のフロイトの妄想やら
それを否定していっそうはじけた心理学やら
ああ、なんでまたこんな呪術的な時代に
僕は、僕は本当の愛情というものを
僕は、どうしたらいいのだろうか
もし、あなたが望むのであれば
僕は、あなたを僕のすべてとして
あなたに託してもよいのだろうか
たとえあなたを穢しても
僕のものとそていよいのだろうか

どうしよう
あなたは残りのコーヒーを
屈託もなく飲み乾している
僕はくだらない冗談で
あなたの笑顔を引き延ばしてみたりする
だけど僕がもし苦しい顔をしたときも
僕は知っているあなたは決して怯まない
ただどこまでも僕を突き詰めようと
迫ってくるに決まってるのだけれど……
そしてそれが僕の本当の
幸せであるかもしれないのだけれど……

そして二人は店を後にして
それぞれの部屋から真夜中に
あなたは突然受話器の向こうから
声が聞きたいなんてつぶやいて
僕らはずいぶん話したあとから
あなたのお休みなさいの声がして
僕は静かに受話器を置いたけれども
淋しさをあなたのこころで埋める卑しさに
震えるみたいにしてそっとカーテンを
開いて僕はひっそりとなみだする
男だからこそ健全であれとか
欲求を果たすのが露出狂時代の
正統なる人間だという主張やら
僕にはもうまるで訳が分からなく
ただ密かに泣いているけれど
けれどそのなみだはけっしてあなたには
見せたりはしないでしょうという
その程度の男らしさが
セピア色の僕の最後に残された砦で
朝を待ってなおかつ決して眠られぬ
僕の最後の矜恃なのでありました

ソラガ、ダンダン、サケテ、キマス
クモハ、ソノテヲ、サシノベ、ナガラ
アサヒヲ、ヤサシク、ムカエル、ノデスカ?
ソウデス、アサヒハ、オノレノ、ユメヲ、
ミンナニ、ワケルト、ハリキル、ケハイデ
ボクラノ、オモイモ、トギレ、トギレテ
ソレデハ、イッソ、キョウジモ、ステテ
ソレハ、アナタノ、ハンチュウノ、コトデス。
デシタラ、ボクトテ、アナタノ、イノチヲ
アナタノ、ココロノ、ボクヨリ、マサルト
シンジテ、スベテヲ、アナタニ、タクスガ
イマハ、アルイハ、アナタノ、コウフク
サイタン、ルートノ、ヨウニモ、思われるのですが
たくさんのひとりぼっちの風景の向こうに
たったひとりのあなたが手を振っている
僕はたったひとつの真実に巡り合って
その黄昏におののきながらも
今はもう、その墓石をすら打ち壊して
僕は、たったひとつの本当を
あなたに託してみようかとも思うのです
たとえ、嫌われたとしても
たとえ、あなたがそれに毒されて
あなたを悲しませることになったとしても
恐れずに、恐れずに、僕は、きっと
そんなことが、出来るだろうか
こころくるしむ

2009/07/26

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