眠っているのです

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眠っているのです

指先にあなたを確かめた頃には
何もかも求め得るように思われて
望むがままのほほえみあったり
ずいぶんいたずらもしたけれど

あんな柔らかさと戯れてみたり
どんなことさえはしゃいでみせたって
あなたは咎めないような優しさばかりが
嬉しくって縺れ合ったりもしたけれど

今もぬくもりだけはかすかに
指先からそっとあふれ出るみたいで
もう触れることさえ叶わないような
ひとりぼっちの部屋となりました

今なおあなたを好きというほどの
懐かしくっては膝を抱えた僕だけど
そっと面影に語りかけるみたいにして
束の間寄り添っていたいのです

僕らはきっと繋ぎ止められると思います
本当にあなたを知っているのは僕ばかりなのだし
あなたはきっと僕の崩れ落ちそうなこころをばかりに
繋ぎ止める防波堤のようにさえ思っているのです

指先にあなたを確かめた頃には
何もかも求め得るように思われて
望むがままのほほえみあったり
ずいぶんいたずらもしたけれど

もはや触れることすら叶わない
柔らかい綿毛みたいな遠くまで
漂ようばかりのあなたの影法師を
僕は窓辺に見まもっているでしょう

いつまでだってあなたを思うよ
いまなおそっとあなたを願うよ
どんなにどんなに離れてしまっても
二度とは触れ合えない僕らだとしても

あなたの髪が僕の首筋に
触れたみたいな小さな夜は
そっとベランダに見つけた街の
明かりさえも嬉しかったのに

お休みなさいぽつんとひとり
僕はたとえあなたがどこまでも
羽ばたくばかりをそっと誇らしく
幸せを願ってはいるのです

雲のように果てしなくなって
小さな思いは弾けてしまうのです
しゃぼん玉みたいなたなびく風に
誘われてそっと消えるみたいに

それでも僕は忘れはしないでしょう
二人で奏でた右手と左手の
つたないようなピアノ連弾の
触れ合うこころを忘れはしないでしょう

あなたは高く羽ばたくがいい
どこまでもはるかに駈けるがいい
僕はもうここでこころも枯れ果てて
あなたを幸せになど出来っこないのだから

お休みなさいたったひとりの
小さな部屋にいつかふたりして
聞いたこともある小さなピアノ曲
そっと流して僕は眠るでしょう

けっして愚痴などではないのです
僕はただあなたと触れたあの時が
ただ生涯に唯一生きていたような
懐かしみをもって佇んでいるのです

そうして今はまた昔へ踵を返し
僕は人のこころなどまるで分からぬ
あらゆるものを軽蔑するみたいな
鋼のような頑ななこころで
憮然として夜明けを待っているのです

ただあなたのことばかりは
恨みもなく軽蔑もなくて
僕の美しい思い出となって
小さく小さく眠っているのです
祈るみたいに眠っているのです

2009/10/13

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