ひとりよがり

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ひとりよがり

あなたの肌の恋しさに
そっとひとりでこの腕を
掴んだばかりの夕まぐれ
けれども泣いたりしないのです

ぽつんと灯るはお隣の
見知らぬ人の軒明かり
入り日にたたずむベランダを
小さな鉢が笑うのです

交換可能なものならば
買い替えるほどのものならば
柔らかく仕上げた人形だって
まるで同じことではないですか

束の間鼓動の愛しさに
ずいぶんあなたの邪魔をして
困らせたこともあったけど
あなたはやっぱり笑ってた

鼓膜に伝わるその胸を
いつまで触(ふ)れると信じてた
そんな幸せの欠けらさえ
忘れてしまった僕だけど

それでもきっとあなたばかりを
好きでいたような僕だから
求めすぎては苦しめた
ことさえあったものでした

けれどもあの日あの時に
あなたは僕の胸のおく
踏み込み掛けたあの時に
僕は悲しく飛び退いた

僕はあなたが好きでした
だからほんとは恐かったのです
こんなに真っ暗な闇のなか
あなたに移ったらどうしよう

あなたはきっと幸せの
羽ばたく翼があるのです
僕にはきっと幸せの
欠けらはどこにもないのです

たった一つの幸せを
求め尽くしたらあなたさえ
真っ黒に染まりやしないかと
僕にはそれが恐かったのです

こんな気持ちはいつの時代も
偏差の極みのどちらかにひっそりと
誰かが持っているものなのです
だから誰もが嘲笑するのです

けれども僕にはこれだけのことが
真実のまごころのように思えるものですから
けれどもあなたはもう僕のことなど
なんとも思ってはいないことばかりを

ただただ僕を見かぎって
忘れて高く羽ばたいて欲しいと
独りよがりにまたこの部屋から
空を見あげているのです

2009/10/13

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