酒とジョンフル

(朗読ファイル)

《夜の歌》

酒とジョンフル

序歌

夜桜なんてないままの
けれども夜になりました
そんじょそこらの夜じゃない
寝そべるくらいの夜ならば
やさしく包むは霧のなか
明けかけくらいの霧ならば
遥香も妻も眠ります

第二歌

歌を夢みて雀は眠る
幼き遥香はなおさら眠る
寝かし疲れの妻には口の
ちょっとお馬鹿な開きもあるけど
やっぱり寝ている窓のかげから
かすかにオホシの歌が聞こえる
夜霧も揺らぎて晴れる気配か

今ごろ庭では草木も眠る
じゃらじゃら伸びゆく鎖も眠る
ジョンフル朝からぐるぐる回り
巡り疲れて木造(きづくり)小屋の
床に寝そべりことさら眠る
夢は散歩か朝食か
ジョンフル散々僕を引っ張り
余分に疲れて眠ってる
かすかにオホシの歌が聞こえる
霧はだんだん晴れてきた

深夜にお空の子守唄
鼻歌交じりのサンダルは
闇にぺたぺた土を踏み
僕は庭へとしのび出た
葉桜わずかのそよ風に
わさわさ揺らすは不整脈
なにさま定まることもなき
拍子が僕らに節となる
大和のこころと唱えたら
霧はすっかりなくなって
空の竪琴笑ってた

十字と三角織り交ぜて
銀河も流れる星どもを
都会のあかりは煌々と
地べたを這ってもみ消した
僕はちょっぴり悲しくて
生まれた頃の空浮かべ
満天ばかりが響き合う
田舎へ住もうとも思うのだ

ジョンフル寝たままくしゃみする
身のほど知らずな体たらく
ときどき酒さえ呑ませてる
僕の育てた犬だから
寝言なんかは言うけれど
お手の仕草もあやふやの
そっと愚かさ滲みだし
僕らは同類の気配です

酒注(さかつ)く頃は移りにけりないたずらに
流れ星とて神話の宴へと向かおうか
僕はぺたぺた庭からあがって
霧の晴れるは喉さえ喜ばしく
こおりや清水は眠れよ冷たさの
すり足忍ぶ必要さえもないけれど
静けさつのればスリッパすべるのだ
グラスはそっと戸棚の影から
穀物並べは引き戸の焼酎から
選ぶほどの豊かさでもないけれど
今日は飲もうか泡盛ごころと
氷ばかりは琉球グラスへ
真っ赤なひび割れこだまするかも
からから鳴らすが夜半の楽しみ

続きますのは星の宴か
途絶えて果てたる霧の余韻か
ひとりの書斎と白紙でもって
落書きしながら飲んでは眺め
からからころんと自堕落ばかり
これこそ春のいたずらでしょうか
それともこいつは怠惰の姿?
疲れて眠るジョンフルの
くしゃみくらいの体たらく?
それでも呑もう
酔うまで呑もう
今日は久しき酒日和
霧もなくなる酒日和

終歌

夜な夜なのしじまを息つくものどもよ
愛するものらはつつがなく眠りたもう
酒のためにか僕のみ起きていて
酔わせてくれるをそっとありがたみ
浮気を許せよ妻のすがたも今はなく
転がすばかりをこおりのかなたまで
まどろむ果てに傾き落ちるまぶたの
伏し目心地に夢や近づく

それからまもなく彼女の横ならび
くちびるさえもポカンと開ききって
ジョンフルくらいのお馬鹿さでもって
僕も眠ろう安らかな姿をばかりに
グラスはクスクス笑っておりまする

霧はすっかり晴れました
ジョンフルぐっすり眠ります
僕はも少し落書きを
記しているのが今は幸せ

されば日にさとく夜(よる)を長らうものどもよ
酒にさとされそが眠りの稔りをこそ選べよ
我が久しきたましいのあずかりとなさんがゆえに
幾日隔てて飲もうかこの酒を
これよりなおさら讃えんのみ

2009/08/16

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