かんかんかんかん鐘が鳴る

(朗読ファイル)

かんかんかんかん鐘が鳴る

静かな安らかさを横たえた棺のなかへ
咲きかけのあの花を投げ入れよう
君はあの世で愚痴さえあるかもしれないが
かといって僕ら、花の彩りを敷き詰めながら
静かに横たわる君をば揺すり起こし
愚痴を聞いてやることはもはや叶わぬのだし
たましいばかりは空へと昇りゆくものならば

経文は早くもまじないみたいに
あるいは君がおはようとばかり
とぼけた仕草して横たえた扉から
ぱっと抜け出しそれから怒声を浴びせ
薄情者めが今こそ葬りやがってと
顔さえ赤らめて食ってかかるのを
誰しも歓喜にむせび泣くくらいの
経文は早くもまじないみたいな
おごそか満たして響き渡るのです

坊さんは君のことなど知り得ようはずもなく
それでいて経文を唱えるのはまるで
僕らのためこその呪文のようでもあり
僕らを代行するための職務のようでもあり
天上の仕来りのわずかひとかけらくらい
こっそり僕らに伝授するための
焼香で満たす先導者のようでもあり
数珠やらなにやら手を合わせているうちに
僕らのなみだもいつしか結晶となって
経文を伝って君の棺を送り出すみたいに
たましいを昇らせるための祈りのようなもの
坊さんはそのかなめを担っているようにも思われて
けれどもその向こうに横たわる棺ばかりは
木魚のポクポク響く合間にあっても
静かに静かに押し黙ったままなのです

愛する者たちの嗚咽が聞こえるか
君はそれをいかなる願いでそこから
木魚を枕に眠っていられるのか
そう思えば棺桶ごと揺すり起こして
起きろとばかりに叫びたい衝動にも駆られ
またもう一方その顔を確かめたいような
物足りなさにもさいなまれて
僕はただ握りこぶしを堅くしながら
泣きたいのをこらえていたのです

かんかんかんかん鐘が鳴る
木魚の合間の不思議な鐘が
それは小坊主の控えて鳴らす
天上の門の呼び鈴みたいにして
ヘブンズドアの歯車みたいにして
かんかんかんかん鐘が鳴ります

足の疲れと騒いで子らは
泣きべそ続けるゆえさえ知らず
あちこち眺めてもう飽き始め
母のなみだと袖口引っ張り
君の家族を困らせているのです
それから僕のかみさんばかり
君の妻とも懇意であるから
それから君のことなんぞ碌すっぽ
深く知らずの気楽さであるから
子らを諭して世話を焼いたり
ハンケチを手渡したりしています
それを君はまたどうしてそんなふうに
ありがとうの言葉もなくてただ棺のなかに
のほほん眠っていられるものか
かんかんかんかん鐘が鳴ります

かんかんかんかん鐘が鳴る
木魚の合間の不思議な鐘が
それは小坊主の控えて鳴らす
天上の門の呼び鈴みたいにして
僕はまた棺桶を揺すりたくなって
泣きたいのをこらえているのです

みんなを残していっちまったからには
お前の墓なんぞもはや訊ねてやらないぞ
僕らを残していっちまったからには
お前のことなどちっとも悲しんで
思い出したりはしてやるものか
お前の墓なんぞ、誰が訊ねてやるものか
それから、僕はまたこぶしを堅くして
くちびるを噛んでは、でも、顔ばかりは凛々しくして
立ちのぼる煙で悲しみを紛らわせ
じっと儀式を眺めていたのです

いつしか坊さんは木魚を止めて
それから木魚をも一度鳴らし
静かに立って後ろを向いて
人の声にもあらざるような
呟きひとつと焼香のため
小さな身振りをするのです

ひとりふたりと席を立ち
坊さんの座る手前のあたり
煙に向かってお辞儀をし
手を合わせては帰って来る
不思議なかおりは沸き立った

いつしか僕にも番が来て
棺が近づけばなおさらに
胸がつまりそうにはなったけど
なみだばかりはついに流さず
誰がお前の棺桶なんぞに
泣き崩れてみせるものかと
煙の儀式もみごと堪(こら)え抜き
葬儀を乗り切って見せたのです

けれども僕らお寺を離れ
骨焼く場所まで壮麗豪華の
飾り車は君の棺を
運びゆくとき僕の車は
妻と一緒に追い掛けながら

ついに体裁失って
なみだばかりが止め処(ど)なく
僕はぐだぐだになってしまい
妻は黙って僕のハンドル
手のひらそっと合わせてくれて
僕のこころはうろたえながら
妻に寄り添っていたのです

棺桶の君よやがて墓標の人となり
時折は夢のなかにでも顔を見せろよ
そうしたらたまには宴の準備もして
天国の様子などをお訊ねましょう
見下ろすくらいでは心配だろうから
僕は君のための子供の話やら
君の妻の近況などもまた
聞いたところで報告してみたり
静かにさかづきを酌み交わしたり
僕らはこれからも友情を深めて
束の間の宴をもいたしましょう

それからきっといつの日か
僕が墓標の人となるべき夕べ
君は向こう岸から手招きをして
僕らは再会を果たすでしょう
二人は手と手を握り合い
懐かしい握手を交わしましょう
ふたたび握手を交わしましょう

2009/08/24

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