本当の歌

(朗読ファイル)

本当の歌

歌えなくって泣いたけど
海鳥いなくて静かです
寝転んでるうち滲んでた
鰯(いわし)を紅でか染めた雲
かざす手のひらなみだ色して
月のみ浮かべた夕空です

歪んだ真珠のかたちして
みやびとかまけて歌ったね
和紙の運びも花盛り
いまは砂漠の底の底
かつては僕らのかみしめた
古代歴史もはしょって逃げた
挫けた涙と踵返して
月のみ浮かべた浜辺です

君知るや無常の犇(ひし)めきを
夕陽を吸ってうずくまるもの
砂の心象スケッチを
その咎(とが)は鈍色(にびいろ)にして
その高笑(こうしょう)はなぜか苛立つ
くすぶる僕らをさえももみ消した

被せし蓋は紺青(こんじょう)の
彼岸千里に色を褪せつつ
家路に忙(せわ)しき海鳥の
歌やいずことさ迷えり

沈黙は僕らの望むところだ
だれが砂の仲間入りなんかするもんか
ああ、僕らはどうして羽ばたこう
「砂よりことさらうるわしく
雲よりかなたの歌となれ」

鉋(かんな)がけして研いてた
砂のお城よどこいった
いのち短くかぎろえば
慕う波間の出来心
ふとして見返す砂の城
僕らの希望よどこいった
あんなに手がけた城だのに
波のやつめにその身を捧げ
歓喜と悶えて消えてった
砂のお城よどこいった

浜を満たせし平らかは
蟹の鋏のよこ歩き
さながら僕はぞっとして
耳をさ塞いで逃げました
追い来る風は今になく
末期(まつご)に寄せるは波ばかり

酔いどれのもののかたちして
凪のやつめは笑います
あくせくあくせくお前らは
砂を切望してたあね
偽り品(ひん)ばかりを集めては
さも威張り散らしていたっけね
隊長気取って身振り手振りと
せこせこせこせこしてたあね
凪の奴めが笑うのです
酔いどれの
凪の奴めが笑うのです
僕らをそしって笑うのです

いかなもう一方真ありとて
砂の奴めは笑いはすまい
焦がれた想いとやつす身の
ほほえむゆとりとてあろうはずなく
指先逃れは一心の
歓喜尽(づ)くしは狂騒の
さらさら溶けゆく哀しみと
染まってはしゃいだ波間とで
砂の奴めは笑いはすまい

およそ憎きは凪ばかり
くすくす笑うは雲の影
それども憎きは凪のやつ
安穏(あんのん)ヶ浜に日は落ちて
ゆたかな星を迎えましょう

ずぶ濡れかかとの弱みは見せまい
僕らは足並みをよくして歌いましょう
なだれのまれて砂にまみれたとて
じゃぶじゃぶ波を踏みつけにしながら
僕らは足並みをよくして歌いましょう

そは始まりより到りしもの
光立ちたる際(きわ)より先の
交じることなきまことの歌よ
己(おの)がかけらに埋(うず)もれて
砂間(すなま)の深くに消え去った
まことの歌とて無かりせば
月の明かりも虚ろなれ

だからこうして足並みよくして
僕らはがねの詩(うた)を築きましょう
だからこうして足並みよくして

凪の奴めに歌って聞かせましょう
砂でこさえたものではあれども
凪の奴めに歌って聞かせましょう

そしてあきらめまい歩みばかりを
砂のかたちで歌いおおせて
僕らのよりどころとなさんがために
そしてあきらめまい歩みばかりを
震えるこころをひとつとまとめ
足並みをそろえようではありませんか

滲(にじ)んだ夢の拐(かどわ)かし
形見となみだのスケッチよ
神をか知らずて祈りむなしく
されども誰をか恨みもせずて
かたくな夜空はつんぼのごとし
あてなく放心するばかり

白粉(おしろい)色して蝕(むしば)んだ
鑿(のみ)や鉋(かんな)に抱かれて
屈服したとて詩人とは
言葉の際(きわ)を生きるもの
それな血潮で淀みを払い
穢れも知らぬみどり子の
たましいのみを頼りとし
かたくな歩いてまいりましょう

穢れた砂粒まとわりついて
僕らの画帳はつぶつぶばかり
記した言葉の見るも無惨に
どしどし奪われ消え去った
かわっていつしか美辞や麗句が
ページページを這っていた

黄昏です
くたびれなくっちゃあなりません
ありきたりの迎合(げいごう)と
肩怒らせたやくざの仕草とで
黄昏です
くたびれなくっちゃあなりません
上ッ滑りの砂はのたくるみたいに
僕らのスケッチは汚されたのです

ああ、とにもかくにも駄目である
まったくもって、駄目である
これでは、世界溶媒の砂の粒だに
呑まれて、どこ吹く風の精一杯で
紅殻色(べんがらいろ)した傀儡(くぐつ)の舞いと
溶媒気取りの砂粒さ紛れては
並列じみたるこころの灯しも
呑まれてどこ吹く風の精一杯で
染めにまみれし今宵一夜を
吹き来る風の自堕落ひとつと
まったくもって、駄目な夕べよ

がんがら回して唄ってた
辻音楽師よどこいった
漕ぎ手と鍵盤踊らせば
歌うがほどの価値もなし
砂の妙なる調べにて
歌うはサタンの情熱か

「奪いし信仰より享楽へといたるべし
砂の情熱にすげ替えしそがたましいを
暁(あかつ)くかなたの我のみは知るべし
そは怠惰にて大地を覆いし砂どもの
這いずり回るよりほかゆえなきもの
やがて奈落の住人とならんことをのみ
我が切望することしきりなり」

ああ、とにもかくにも駄目である
まったくもって、駄目である
これでは、世界溶媒の砂の粒だに
呑まれて、どこ吹く風の精一杯で
紅殻色した傀儡の舞いと
溶媒気取りの砂粒さ紛れては
並列じみたるこころの灯しも
呑まれてどこ吹く風の精一杯で
染めにまみれし今宵一夜を
吹き来る風の自堕落ひとつと
まったくもって、駄目な夕べよ

こないな世の中なんぼのもんじゃ
見渡す妙技とそつなき歌の
砂ともまれて一途(いちず)の関(せき)だ
神に万(よろず)の総意もあらぬは
こないな世の中なんぼのもんじゃ

未熟児のハイカラは食卓をうずめし
甘辛(あまから)はすべてを賄(まかな)えり
未熟児のハイカラは食卓をうずめし

あらざるを在るとみなさんこころや
眺めしをまこととなさん怠惰や
砂塵にあって干からび尽くすとき
そは凪の嘲笑より沸け出でしもの
くしゃみの如き陸(おか)風ひとつと
沓を埋(うず)めて足の重さよ

未熟児のハイカラの食卓をうずめたからとて
甘辛ならざるものへの悟りあらばこそ母親の
稔りははるか有職故実(ゆうそくこじつ)にはあらざらんや

諸君らは歓喜雀躍(きんきじゃくやく)したものでありました
刈られた歌はまあるき砂のかたちして
諸君らは歓喜雀躍したものでありました

僕らは探しくたびれたものでした
貝殻ひとつと己(おの)がたましいを
僕らは探しくたびれたものでした

やがて祈りは指先のがれて
慕う波間の砂粒みたいにして
焦がれて指先さらさらこぼれ

仰向けばいつしか空はまばゆききわの
星明かりばかりなおもこだまするほどの
僕らの息づくまことが込められているほどの
小さき祈りの煙はそっと揺らめいて
だから偽りの歌だって決してひるまない
それを求めて歩いて行こうと思うのです

比肩(ひけん)しうる高尚と危うさ
そびえ立つ伽藍(がらん)のごとき配合に沈めよ
比肩しうる高尚と危うさ
そびえ立つ伽藍のごとき配合にて
僕らの刹那宇宙の対極へといたり
ゆうぜんとして不動のもの
僕らの御手よりこしらえし
砂へと紛れることもなき
僕らの本当の歌やいずこへ?

2009/5/8
2009/07/06改訂掲載

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