春の宵

(朗読ファイル)

春の宵

愛のせせらぎは私に向かわんことを!
 ささいな日だまりの中へ、宵は還らんことを!
せめても償いつつも、空へと昇らんことを!

散策の、蓮の名残はまたこれ
 どうしたものかと、聞きたくもなるけれど
上野の池もつわものの 頃には栄えてありました

   宵桜とて 一献(いっこん)の盃なるかな
  春高楼の 絵巻さ広げて
   鼓太鼓の どこまでこだまするかな

散策の、蓮の名残はまたこれ
 伸び来るものかと、聞きたくもなるけれど
上野の池もつわものの 頃には栄えてありました

願ひなき 願ひを唄う風衣(かざごろも)
 思ひなき うつろのこころ寄せ来たる
涙色した 琥珀なるかな

あれだからねえ あの人もまあ日盛(ひざか)りに
 手仕事あらずと ぶらつくばかりじゃないか
ひねもす耳のほてりは 今や夜風に諭(さと)かれ

これで何と言うことも ないのであります
 ひとしきり淀んだところ 避けるみたいにしてからに
まあどうにか今日明日(きょうあす)を 過ごせればよいのです

 宴盛りの 鼻歌高く
  水面(みなも)崩して のたくる船よ
 我は黙して ふたたび帰らぬ
今宵桜の 人波は朧なるかな

   あれだからねえ あの人もまた
    あきさえなければ よいのだけれど
   言葉亡くして 途方の暮れだ

2009/2/15
2009/06/11改訂掲載

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